魔導の書〜第二章〜

戻る


エピローグ

 塵となって崩れ落ちたサイデルの残骸をジャシっと踏み締めるアイーシャ、そのままツカツカと歩き始める。
 アイーシャが向かう先にあるのは、この世界と冥界とを結ぶ巨大な門であった。
「あとはこの門だが・・・果たして破壊できるかな」
 巨大な冥界の門を見上げて呟く。
 その時。
「おっと、それは壊さないでもらえるかな」
「バンパイアロードか」
 アイーシャの目の前、冥界の門のすぐそばに不死王バンパイアロードが現れたのだった。
「マイルフィックに続いてサイデルまで倒してしまうとは・・・君たちの強さには恐れ入ったよ」
「そっちこそ、あの死神は始末してきたんだろうな?」
「ああ。千年くらいはおとなしくしているだろう」
「千年か・・・キサマらの話は、気の遠くなるような未来のことばかりだな」
「悠久の時に渡って存在する我々にとっては、ほんのひと時のことさ」
 ふっと笑みを漏らすバンパイアロード。
 そこへ、アイーシャの周りにラウドらが集まった。
「それで、今回の事件の原因はやっぱりコレだったのかな?」
 ラウドが命の書をトントンと叩く。
「そうだな。命の書を君たち人間に渡したことを不満に思った死神が暴挙に出た、といったところだろう」
「確かに。この書物には不死の魔物に対して絶大な効果があるみたいだしね」
 バンパイアロードの説明に納得とばかりに頷くラウド。
 だが次の瞬間には「でも・・・」と目を伏せるのだった。
「僕がこの書物を手にした代償は、あまりにも大きかったね・・・」
 ラウドはソニアの手を取ると、その場に膝まづいた。
「ソニア、済まなかった。僕たちのせいで君の大切な人を失うことになってしまって・・・」
「そんな、顔を上げて。立ち上がってくださいラウド。決して貴方のせいなどではないのですから」
「しかし・・・」
「もちろん、父上や大臣を失った悲しみは大きいです。でもこうして・・・」
 ソニアはラウドの手を引いて立ち上がらせると、アイーシャたちに視線を巡らせた。
「素敵な仲間ができました。わたくしと皆さまは、共に困難を乗り越えた仲間です。そうですよね?」
「ソニアちゃん、あたいも仲間だよね?」
「ええ。エアリーも大切な仲間のひとりですわ」
 パッと顔を輝かせるエアリーに対して、ソニアはクスリと笑うのだった。
「それに、いつまでも悲しんでもいられませんから。わたくしにはこの国の民を護るという責務があります。これから政治のことなどたくさん勉強しなければなりません」
「うえへ、勉強は苦手だよ」
 さっきまでニコニコしていたエアリーだったが、勉強という言葉にその表情を暗くしてしまう。
「何もエアリーが勉強するわけじゃないだろう」
「あっ、そうか。なら良いかな、てへへ」
 アイーシャに言われてエアリーの顔が再びほころんだ。
「ソニア・・・いや王女」
「なんでしょう、ホムラ?」
 次に言葉を発したのはホムラであった。
 ソニアをあえて王女と呼び直したことで、話の内容が公式的なものであるということを伺わせる。
「俺を・・・いや、私を近衛兵の任務から解いていただきたい」
「それは近衛兵の職を辞する、ということですね」
「はい」
「分かりました。それではただ今この時を以て、ホムラを近衛兵の職務から解任いたします」
 ソニアがホムラの解職を宣言し、主君と家臣という改まった関係は解消された。
 改めてソニアは、仲間としてホムラに問う。
「それでホムラ、近衛兵を止めようと思った理由は何でしたか?」
「ああ、やはり俺の居場所は王宮の中ではなく、こいつらのそばだと思ったから」
 神妙に答えるホムラだったが、その返事を聞いてソニアはまたもクスリと笑った。
 その表情は、国の行く末を背負った王女のものから、恋の話を楽しむひとりの少女の顔へと変わっていた。
「ホムラ、貴方の居場所は『こいつらのそば』ではなくて、『アイーシャのそば』なのではないですか?」
「あっ?」
「なっ!」
 思わぬソニアの言葉に、完全に意表を突かれたホムラとアイーシャである。
 口をパクパクさせて慌てる二人を放置して、ソニアはバンパイアロードへと向き直った。
「大変お世話になりました」
「こちらこそ、迷惑を掛けてしまいましたね」
 一礼するソニアに対してバンパイアロードはやわらかく微笑んでみせるのだった。
「それではお嬢さん、私はこれで」
 マントをひるがえすと、バンパイアロードの姿は消えていた。
 それと同時に、冥界の門もすぅと消えてしまったのだった。
 その時。
「あーっ!」
 突然、何かを思い出したとばかりに声を上げたのはエアリー。
「どうした、エアリー?」
「アイーシャ言ってたじゃない。『今度バンパイアロードに会うことがあったら聞いておけ』って」
「聞くって、何をだ?」
「ホラ、どうしてバンパイアロードが命の書を持っていても平気だったのか、だよ。あー、忘れてたー」
 悔しそうに地団太を踏むエアリー。
「そういえば、そうだったな」
「そうだねえ、僕も忘れていたよ」
 アイーシャとラウドも首を横に振って笑うのだった。

 地下室から階段を上がって再び王宮内へと戻ると、周囲はすっかり明るくなっていた。
「いつの間にか夜が明けていたんだね」
「長い夜だったな」
 窓から差し込む朝日を浴びてうーんと背伸びをするエアリーと、やれやれと嘆息するアイーシャ。
 アイーシャとエアリーが下水道へ進入したのが、真夜中の日付が変わる頃だった。
 それから夜を徹して戦い続けていたことになる。
「皆さんお疲れでしょう。どうか休んで行ってください」
「いや、それは遠慮しておこう」
 ソニアの申し出だったが、アイーシャがそれを辞した。
「王宮内もまだゴタゴタしていて片付けなければならないことが山ほどあるだろう。とても客人をもてなす余裕もないだろうからな」
「そうですか・・・では落ち着いたらまた訪ねてくださいね。きちんとお礼もしなければなりませんから」
「その時はまたお邪魔するとしよう。今度は下水道からじゃなく、正門から堂々と、な」
「はい。お待ちしています」
「それじゃあソニア、僕たちはこれで」
「ラウドも・・・また」
 ほんの一瞬ではあったが、ラウドとソニアが見詰め合うのをアイーシャは見逃さなかった。
 その後、ソニアや他の家臣たちに見送られながら、アイーシャたちは王宮の門を出たのだった。
 王宮から寺院までは、目と鼻の先である。
 しばらく歩いたところで、エアリーが小声でアイーシャに耳打ちしてきた。
「ねえ良かったの? ソニアってラウドのことが好きなんでしょ。それにラウドも・・・」
「ああ。だが今は色恋どころではないだろうからな。ソニアにはこれからやらなければならないことが山のようにあるはずだ」
「なら、なおさらラウドがそばにいてあげたほうが良いんじゃ」
「まあそう焦るなエアリー。王宮と寺院はすぐそばだ。会おうと思えばいつでも会える。
 まずは国王と大臣の葬儀を行わねばならないからな。もちろん葬儀は寺院が執り行うだろう。その準備担当者にラウドを推薦しておくか」
「あっ、いいねそれ。でも・・・二人はいつ頃から好き合っていたのかな?」
「それはかなり前からじゃないのか。ラウドとソニアには信仰という共通項があったからな。それに・・・」
 アイーシャはそこで腕を組むと、おもしろくなさそうに吐き捨てた。
「ラウドのヤツ、こんな良い女と10年以上一緒にいて一度も口説いてきたことがなかったんだぞ。何処かに好きな女がいたに決まってる」
「アイーシャ、それって・・・」
「お前の性格の問題だったんじゃねえのか?」
 エアリーに加えてホムラまで呆れた顔をしている。
 先を歩くラウドは自分を話のネタにされて素知らぬふりをしていたのだが、我慢しきれずに肩がぴくぴくと震えていた。
「くっ・・・」
 三人の思わぬ反応に、アイーシャは矛先を転じることにした。
「そういえばだなホムラ。見ろ、私のこのドレスを」
 アイーシャがスカートを手で掴んで広げて見せた。
 純白だったはずのドレスは下水道を歩いた時の泥汚れにまみれ、レイスの鎌で切り裂かれ、炎の煤なでど灰色にくすんで汚れてしまっていた。
「近衛兵の給金が出るのだろう。それで新しいドレスを買ってもらうぞ」
「なんでそうなる? 服くらいは寺院からいくらでも買ってもらえるだろうが」
「それでは意味がないだろう。ホムラがお詫びの気持ちを込めて私に新しいドレスをプレゼントしろ」
「そんなこと言って。本当はアイーシャがホムラから新しいドレスを買ってもらいたいんでしょ?」
「エアリー、私はただ・・・」
「ハイハイ。それじゃあ、あたいは何かおいしい物が食べたいなあ。もちろんホムラのおごりでね」
「それじゃあ僕は、新しい書物でもお願いしようかな」
「エアリー、それにラウドもかよ・・・」
「ホムラ、それで今回の件は水に流そうと言っているのだ。仲間の厚意をありがたく受け取れ」
「分かったよ。全部俺が悪うございました」
「うむ、それで良い」
 大仰に頷いてみせるアイーシャ。
 エアリーとラウドからも笑い声が上がった。
 見上げれば、春の日差しを受けた寺院の建物はもう目の前に迫っていた。
 帰ったらまずは泥と煤で汚れた身体を洗い清め、ぐっすりと眠ろうと思うアイーシャであった。

魔導の書〜第二章〜・・・END