ジェイク7

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12

 ワイバーンと戦った広間から洞窟をさらに奥へと進むと、通路が少し狭くなっていた。
 これなら巨大なドラゴンと鉢合わせる心配もなさそうだ。
 まあ、ドラゴン以外にも何が出て来るか分からねえからな、油断は禁物だ。
 ついさっき血を吐いたランバートの容態が気になったけど、ランバート本人が構うなと言い張る以上オレ達にはどうしようもない。
 幸い今では足取りもしっかりしているし、顔色もずいぶん良くなってきたように見える。
 それは魔族の持つ回復能力によるものなのか、それとも体力を回復させる物でも持っているのか、その辺りはちょっと分からないな。
 いずれにしても、血を吐いて倒れかけた割りには脅威の回復力と言えるだろう。
 先ほどのお茶会の効果もあってランバートとはだいぶ打ち解けたように思える。
 特にエイティとの関係改善は大きな前進だよな。
 もしもここでランバートが倒れたとしても、オレ達には見捨てて行くなんてできるはずがない。
 単にドラゴンと戦う時の戦力的な話をしているわけじゃないぜ。
 すでにオレ達とランバートは、共にいくつもの苦難を乗り越えてきた同志とも言える関係になったんだからな。
 みんなで力を合わせたからこそ湖も渡れたし崖も登りきることができたんだ。
 けれど、まだ完全に信用できるって程でもないんだよな。
 オレの母さんの件に関してオレ自身はそれほどわだかまりは無いつもりだ。
 ベインのことも、この前死者の世界でベインに再会した時に、オレの中である程度の気持ちの整理がついている。
 しかしランバートが何を考えているのか分からないし、何をするつもりなのかも予想がつかない。
 依然として微妙な関係を保ったまま、オレ達は洞窟を進んで行った。
 そのまま無言で歩いていると。
「妙だな」
 ランバートがボソリとつぶやいた。
「どうかしたのか?」
「溝がある。明らかに人の手によるものだ」
「溝だって?」
 ランバートが指差す場所をよく見てみると・・・
「これか」
 なるほど、確かに溝があるな。
 幅50センチ深さは30センチ程の溝が、洞窟の通路を横切るように真っ直ぐに走っていたんだ。
 さらに溝は洞窟の壁を這い上がり、天井まで続いていた。
「トラップじゃないの?」
 エイティが恐るおそる溝を覗き込んでいる。
 砂漠のピラミッドを探索して以来、オレ達はトラップに関しては特に敏感になっていた。
 モンスターにやられるのならまだしも、トラップに引っ掛かって全滅なんて全くシャレにならないだろ?
 まあ、冒険者としては良い傾向だよな。
「考えられるトラップはシャッターだ。ここを通過すると天井から分厚い壁が落ちてきて戻れなくなる」
 さすがは長年生きているだけのことはある、どうやらランバートはトラップの類いにも精通しているらしいな。
「なんだ、それなら平気じゃない」
「エイティ?」
 あっけらかんとしたエイティの言葉にオレ達はみなキョトンとなった。
「だって、どうせ戻ったって出口なんて無いでしょ? だったら先に進むだけよ。私達には後戻りする道なんて必要ない。必要なのは先へ進む勇気よ」
 エイティが聖なる槍でビシッと通路の先を指し示した。
「なるほど、違いない」
「だな」
 ベアとオレがエイティの顔を見てうんと頷く。
 そして
「おもしろいじゃないか。ここはアイツの言う通りに踊らされてみるか」
 ランバートもクックと笑っていた。
「決まりね。行きましょう」
「でも一気に通り抜けないとだよな。先頭のヤツが通り抜けた後で後ろのヤツがシャッターに挟まれたりしたらたまらないよな」
「それもそうね。それなら・・・」
 エイティの提案で、オレ達は洞窟の通路を横一列に並んだ。
「せーので行くわよ。良いわね。せーの!」
 そしてエイティの号令でみんな一緒に溝を駆け抜けた、その直後。
 ズズズーン!
 オレ達の背後で重い物が落下した音がした。
 振り返って見ると確かに、天井から落ちてきたんだろういかにも分厚そうな壁が退路を遮っていた。
「これで帰り道はなくなったわ。あとは進むだけね」
「ああ、行こうぜ」
 これは一体何なんだろうな?
 退路を断たれたことでかえって開き直ったって感じかな、オレ達は意気揚々と先へ進んだんだ。

 シャッターから少し進んだところで、通路はまた開けて広い空間に出たんだ。
「あれを見ろ!」
 ランバートが指差すほうを見るとドラゴンが一体、ゆっくりと宙を彷徨っていた。
「ティエンルンだな」
 ベアがそのドラゴンの名前を口にした。
 ティエンルンとは東洋の言葉で天の龍という意味らしい。
 翼の無い長い身体とその大きさの割には小さめの脚、顔の部分に生えた一対の角と長く伸びたヒゲが印象的だった。
「襲ってくる気かしら?」
「いや、ちょっと違うみてえだな」
 ティエンルンはオレ達の姿を認識してはいるんだろうけど、一向に襲ってくるような気配は見せなかった。
 ゆっくりと大きな輪を描くように浮遊しながら、少しずつ高度を下げてくる。
 そして長い胴体を器用に丸めてまとめると、オレ達の目の前に着地したんだ。
 ティエンルンが顔をもたげてオレ達をじっと見据えている。
「どうするんだ?」
「どうするったって・・・」
 戦うべきかそれとも様子を見るべきか?
 迷っているオレ達には構うことなく、ティエンルンが吼えた。
 あまりの迫力に気圧されそうになる。
『よくぞここまで来た』
 じっと身を固くしているオレ達に、誰かが話し掛けてきたように思えた。
 いや違う、実際には頭の中に直接誰かの声が響いているんだ。
「誰? 誰なの?」
 キョロキョロと周囲を見回すエイティ。
 しかし、オレ達の他にこの場にいるのはティエンルンだけだ。
「ひょっとして、ティエンルンが話し掛けてきているのか?」
「そんな・・・本当に?」
 オレ達の視線はみなティエンルンに釘付けだ。
 すると再び頭の中に声が響いた。
 どうやらこの声の主は、目の前にいるティエンルンで間違いなさそうだな。
『この先は太陽の回廊と月の回廊に道が分かれる。正しき道を選ばねば先へは進めぬぞ』
 ティエンルンはそれだけ告げるとまたふわりと浮き上がった。
「太陽の回廊と・・・」
「月の回廊?」
 エイティと二人で顔を見合わせる。
 いきなりそんなことを言われても何のことやら見当も付かない。
「ここで考えていても仕方ないだろう。行くぞ」
「あっ、ちょっと待ってよランバート」
 ティエンルンが宙を彷徨う下を、ランバートを追って走り抜けた。
 広間の反対まで行ってみるとなるほど、ティエンルンの言った通り道が二つに分かれていた。
 向かって右側には太陽の紋章、そして左側には月の紋章がそれぞれ入り口の上の方に記されてある。
 つまり右側が太陽の回廊、そして左側が月の回廊なんだろう。
「どっちへ行けば良いんだろうな?」
「正しき道を選ばないとダメなのよね」
 右の道と左の道、それぞれ入り口付近を調べたり奥のほうを覗いたりしたけど、どちらが正解かなんて分かるはずもない。
「おいジェイク、お前が決めろ」
「オレがか?」
「ああ、お前が決めた方で良い」
「何でオレなんだよ?」
「さあな。ただなんとなく、太陽と月と言えばオマエだろう」
「んなこと言ったってな・・・」
 ランバートの言うことも分からないでもないけどな、確かにオレは皆既日食の瞬間に生まれたんだから。
 でも今回は別に関係ないだろう?
 どっちへ進めば良いのかなんてオレにだって決めようがない。
 困ってエイティやベアの顔を見たけど、二人とも何も言わずにオレの決断を待っているようだ。
 オレを信じて任せるというよりも、イザという時に自分が責任取りたくないからとかじゃねえだろうな。
 こうなりゃオレだってヤケだ、どうなっても知らねえからな。
 オレは適当に目をつぶり、軽く手を振り回して
「こっちだ」
 と右側の通路を指していた。
「太陽の回廊ね。どうしてこっちを選んだの?」
「いやだから適当なんだけど・・・」
「適当でも何でも良い。こっちに進むのに反対が無ければ決まりだ」
 ランバートがオレ達をチラリと見回したけど、誰も反対なんて言うはずがない。
 だってどっちに進むべきかの根拠も何もないんだからな。

 進路が決まったらあとは意を決して進むだけだ。
 ランバートを先頭に、ベア、オレ、そしてエイティとボビーの順で太陽の回廊へと進んで行った。
 しかし・・・
 回廊へ進んですぐのところで、突然ティエンルンが現れてオレ達の行く手を阻んだんだ。
『ここは汝らの立ち入れぬ場所。直ちに立ち去るが良い』
 脳裏に直接響く声でティエンルンがそう宣言した次の瞬間には、オレ達はさっきのシャッターのところまで戻されていたんだ。
「太陽の回廊は外れだったみたいね」
「なら反対側へ進めば良いさ」
 二つにひとつの選択で片方が外れなら残りが正解なのは道理だ。
 再び分かれ道の前まで戻ったオレ達は、迷うことなく月の回廊へと進んだんだ。
 でもな、世の中そんなに甘くなかったよ。
 こちらの通路でも同じように行く手をティエンルンに阻まれて、オレ達はまたシャッターの前に戻されてしまったんだ。
「どういうことよ! 二つの通路のどちらに入っても戻されるなんて」
 エイティが怒るのも無理はないよな。
 オレだって同じ気分だよ。
 おまけに。
「後ろはシャッターだから戻って他の道を探す、なんてのも無理だしなあ」
「マロールは?」
「さあ、どうかな?」
 チラリとランバートを見てみたけど黙って首を横に振るだけ、つまりマロールでの移動や脱出は相変わらず封じられているみたいだ。
 ここで無理に試して貴重な7レベルの呪文を消費するわけにも行かないしな。
「うーん、ダメかぁ・・・」
 進むもならず、戻るもならず。
 さーて、一体どうしたもんだろうな?
「落ち着け。きっと先へ進む方法がある」
「うむ」
 ランバートとベアは共に腕組みをして考え始めた。
 そうだよな、ここでグダグダ言ってても始まらない。
 オレ達はもう一度太陽の回廊と月の回廊の入り口まで行ってみることにしたんだ。

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