小説・「ジェイク2」

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「で、ボビー、オレ達が船を離れてから何があった?」
「ハイ、大変なんですよー。実はエイティさんもベアさんも捕まっちゃいました〜」
「何だって!」
 ボビーの話によると、オレとクレアがホワイトスワン号から逃げた後、ガリアン達が船を占拠してしまったという。
 エイティもベアも腕は立つが所詮多勢に無勢だった。
 船長が必死に懇願して一般の乗客には手を出さないとガリアンは約束してくれたが、船長と数人の船員、そしてエイティとベアも武器を取り上げられ拘束されてしまった。
 そのままホワイトスワン号はこの島の南側にあるガリアンが使用している港へと移動させられ、今はそこにあるという。
 エイティ達はその近くにあるガリアンのアジトに連行されてしまった。
 物陰に姿を隠していたボビーは、エイティ達がアジトに入ったのを見届けてから島へ下りてオレを探し回ったというのだ。
「よく無事でここまで来れたな」
 この島にはジャイアントマンティスのようなモンスターがいるくらいだ。
「チッチッチ、ボクを見くびってもらっちゃ困るなあ。これでもボクはボーパルバニーなんだから」
 えらそうにふんぞり返るボビー。
「途中熊を一匹、虎も一匹、それに狼を二匹仕留めました。ああ、そう言えば何だか大きなカマキリが氷付けになってたけど、あれはジェイクさんの仕業ですね。でもね、まだ息が残っていたからボクがきっちり止めを刺しておきましたよ」
 ったく、とんでもねえウサ公だ。
 地下迷宮のようなモンスターの巣窟でボーパルバニーが生き残れるのは、その長い牙を突き立てて敵の喉笛を噛み切る特技があるからだ。
 以前ボビーに「茶色の夏毛に生え変わらないのか?」と聞いたところ、「ボーパルバニーは目立った方が良い」のだそうだ。
 油断して近付いて来た相手をガブリとやるのが常套手段らしい。
「ジェイクより頼りになるんじゃないの?」
「うるせえ」
 とむくれてみせるが今はそんな事をしている場合じゃねえな。
「よし、それじゃあ皆を助けに行こう。クレア、おめえはここに残れ」
「どうしてですの!? こんな所に一人残されたらそっちの方がより危険ですわ。私も行きます。ダメって言われても絶対に付いて行きますからね」
 何だ、ちっとも変わってねえじゃねえか、このお嬢様は。

 ボビーの案内でガリアンのアジトを目指す。
 島の東側へ出るとうっそうとしていたジャングルが突然開けて切り立った岩場になっていた。
 ちなみに、だ・・・
 オレはまだ例の女装の格好のままだった。
 カツラと帽子は船で脱ぎ捨ててしまったけど、ピンクのブラウスにピンクのスカートなのは相変わらず。
 本当はクレアと服を交換してもらいたかったけど、その為にはお互い一度自分の着ている服を脱がなきゃならない。
 そんな事クレアが承知するはずも無いし、オレとしてもマズイ。
 普段着ているローブもあまり動きやすいとは言えない格好だが、今はいているこのスカートの動き辛さはそれに輪をかけて最悪だった。丈はそれ程長くないのだが、とにかくヒラヒラが足に纏わり付いてうっとおしい。
 その上靴底はツルツルで、苔で覆われた岩場を歩くには最悪だった。
 油断するとズルッと行ってしまう。
 そんなオレに対してクレアはというと、動きやすい服装のおかげか難無く岩場を歩き、いつの間にかボビーと一緒に先へ行っている。
「ほらジェイク、しっかり歩きなさい。だらしないわねえ、男の子のくせに」
「しょうがねえだろ、この格好なんだから」
 オレはスカートの裾を持ち上げながら必死に抗議する。本当に情けなくて泣きたくなってきた。

 ボビーに案内されて辿り着いたガリアンのアジトは適当な洞穴か何かだろうと思っていたら大違いで、しっかりとした石造りの建物だった。
 パッと見は平屋のようで二階部分は見当たらない。
 外からじゃ地下があるかどうかまでは分からねえな。
 物陰に隠れながらグルリと周りを探ってみる。
 若干南北に広い長方形、その四隅が張り出しているのは見張り小屋だろうか。
 想像以上に大きい、というのが正直な感想だった。
 入り口は北側、もちろん見張りが立っていた。
 その数三人。
 船に乗り込んで来た連中よりも大柄な男達が、上半身裸で手には巨大な蛮刀を持って周囲に目を光らせている。
「どうするの、呪文で倒しちゃう? それともボビーに任せようか」
 クレアはオレとボビーを交互に見比べている。
「いや、どっちにしろ入り口で騒ぎを起こすのはマズイな」
 まずはアジトに侵入しなくちゃ話にならない。
 オレは見張り達の前に飛び出すと「眠りに落ちろ」とばかりにカティノを唱えた。
 何が起こったのか分からないままバタバタと崩れ落ちる男達。
「行くぞ」
 オレ達はアジトへと滑り込んで行った。
 アジトの内部は短い通路と小部屋とで細かく仕切られてあって見通しが利かない構造になっていた。
 おまけにそれらが複雑に組み合わされていて、ちょっとした迷宮のようだった。
「ボビー、分かるか?」
「任せて下さい。あっ、こっちですよ」
 ボビーが自慢の鼻をクンクン鳴らして臭いを辿る。
 あのジャングルの中でオレ達を探り当てた程だ、一番なついているエイティの臭いを嗅ぎ分けるくらいは簡単なのだろう。
 小部屋を仕切る扉の前で、ボビーがその大きな耳をピンと立て向こう側の様子を探る。
「大丈夫です。誰もいません」
 慎重に扉を開けて先へ進むとそこもやっぱり小部屋になっていた。
 反対側の扉には鍵が・・・
「任せて」
 これもボビーが長い牙を鍵穴に差し込んで難無く開けてしまった。
「本当に頼りになりますわねえ、ボビーって」
 クレアはすっかりボビーが気に入ってしまったようだ。
「気を付けて下さい。この部屋には誰かいますよ」
 オレは無言で頷くとゆっくりと扉を押し開けた。

「誰だてめえは!」
 部屋の中には蛮刀を持った大男が一人、オレ達を見つけるといきなり躍り掛かって来た。
 オレはクレアの手を引きながらそれをかわす。
 相手は一人、出来るだけ呪文は温存したい。
「ボビー、殺れるか?」
「ハイ!」
 目の前のガリアンはオレとクレアにだけ集中していてボビーの存在に気付いていない。
「オレ様にも運が向いて来たぜ。ここで娘を捕まえれば一気に幹部だ」
 ガリアンが一歩を踏み出した、その時。
「ギャー!!!」
 背後から飛び跳ねたボビーがガリアンの喉笛を噛み切っていた。
「見るな」
 とっさにクレアの視界を遮る。
 ガリアンの喉から大量の血が噴き出していた。冒険者でもない普通の女の子に見せて良いような光景じゃない。
「侵入者はあっちだ」
「娘を捕まえろ」
 今の悲鳴を聞き付けたのだろう、背後の部屋からガリアン達の声が迫っていた。
「やべえ」
 オレはクレアの手を引いて次の部屋に飛び込んだ。
 しかしそこには既に数人のガリアンが待ち構えていた。
 後ろからも追い付かれ、15人ぐらいのガリアンに完全に囲まれてしまった。
「ジェイク・・・」
 不安そうな顔のクレアはギュッとオレの手を握り返してきた。
「しょうがねえ、とっておきだ」
 これだけの大人数、細かい呪文でチマチマやってたら埒が明かない。こっちも大技を繰り出すしかねえだろ。
 高らかな呪文の詠唱と共に周囲の空気が圧搾され、それが一気に炸裂した。
 ズガーンという爆音と共に巻き起こったティルトウェイトの業火がオレ、クレア、ボビー以外の全てのものを飲み込んでいく。
 それと同時にバリバリという振動が走り、高温の炎に包まれたガリアン達は瞬時にして消し炭と化す。
 それは正に地獄絵図といった様相だった。
 やがて炎が鎮まる。
「爆音に振動。これだけ派手にやればもうオレ達の動きは相手に知れ渡っちまっただろうな」
 グズグズしてればまたすぐに囲まれてしまうだろう。
「ジェイクさん、この扉の向こうにエイティさん達がいます」
「分かったボビー。クレアも覚悟はいいな?」
 固い表情ながらもコクンと頷くクレア。
「よし、行くぞ」
 ここまで来たらもう後戻りは出来ない。
 オレ達は次の部屋へと踊り込んだ。

10

 アジトの最深部にあるその部屋は少し広い空間が開けていた。
 数人のガリアンが色めき立つその向うに、他とは風格の違う男が一人。
「ようこそクレアお嬢様。それとそのお友達も。私はハイコルセアのシルバー。このガリアンの頭だ」
 ゆったりとした黒衣を纏い頭にはターバン、右手に蛮刀左手には丸い盾を装備した男に見覚えがあった。
 確か、最初にホワイトスワン号を襲撃した時に指揮を執っていたあの男だ。
「私の事をご存知ですの?」
「もちろんですよ」
 シルバーがニヤリと口元を歪めた。
 部屋の片隅に目を向けると確かにエイティ、ベア、そして船長達が後ろ手に縛られ口をふさがれて転がっていた。
(ボビー、行けるか?)
(はい)
 ボビーと目配せを交わす。
 オレが奴らの相手をしている間にボビーがエイティ達のロープを切って救出するのだ。
「シルバー、オレが相手だ。クレアには手を出させねえからな」
 ワザと大きな声を出しガリアン達の気を引く。
 ボビーが忍び足で動き始めた。頼んだぞ。

「ガキのくせになかなかやるじゃねえか。お前のおかげで多くの部下を失った。その償いはしてもらうぜ」
 蛮刀を振り上げ迫り来るシルバー。
 部下のガリアン達も皆蛮刀を手にしている。
 さて、何の呪文を使うか。
 ティルトウェイトやラダルトのような呪文じゃ強力過ぎてエイティ達を巻き込んじまうかも知れない。
 かと言ってマハリト程度じゃ全員を始末出来そうもない。
 ラハリトはもう少し使えるか。よし、それで行こう。
 オレは呪文の詠唱に入った。
「・・・!」
 声が出ない。まさか・・・
「どんなに腕の立つ魔法使いでも呪文を封じてしまえばただのガキだな」
 グヘヘと笑うシルバー。
 しまった、後ろにプリーストが隠れていたのか。
 どの呪文を使うかなんて迷っている間に、あいつがモンティノでオレの呪文を封じ込めたんだ。
 モンティノはスペルユーザーの発声そのものを封じ込めてしまう呪文だ。
 だから今のオレは呪文はおろか声を出す事すら出来ないんだ。
 ボビーは今ようやくエイティの下へ辿り着いたばかり、ロープを切るにはもう少し時間が掛かる。
 呪文を封じられたオレにはガリアンに対抗する手段が無い。
 迫り来るシルバー。
 マズイ、どうする? どうする・・・

「お待ちなさい!」
 凛した声を上げたのはオレの後ろに控えていたクレアだった。
「あなた達が欲しいのはこれでしょう?」
 クレアはオレの前へ進み出ると首に掛けていたネックレスを外し、右手に持って目の前に差し出した。
 クレアのネックレス、それは魔よけだ。
 金銀の台座に埋め込まれた宝玉が妖しい輝きを放っている。
(それを渡すな)
 叫ぼうとしたが依然として声が出ない。
 シルバーが部下の一人に「取れ」と顎で命じた。
 大柄なガリアンがクレアの持つ魔よけに手を伸ばし、握り締める・・・
「うっ、うわー」
 魔よけを掴んだガリアンが突然苦しみ出した。
 白目を剥いて口から泡を吹き、喉をかきむしりながらその場に崩れ落ちると、ガリアンの身体が煙のようにその場で蒸発してしまった。
 その光景を目の当たりにした全員が息を呑んだ。
 クレアの一族以外の者が魔よけに触れると災いが起こると言っていたが、まさかその場で蒸発してしまうとは思わなかった。
 クレア自身もまさかそこまでとは予想だにしていなかったのだろう、魔よけを持つ手が震えている。
 それでもクレアは魔よけを取り落とす事無く尚も声高に話す。
「分かりましたか? このペンダントはあなた方には触る事すら出来ないのです。分かったら諦めて私達を解放して下さい」
「成る程な。普通の人間はそれに触る事も出来ないと。だが・・・」
 シルバーは左手に持っていた盾を投げ捨て、そのまま自分の左手をクレアへと突き出した。
「これが何か分かりますかな? クレアお嬢様」
 シルバーの左手には白銀に輝くグローブが・・・
「オレ様は名前の通りシルバーが大好きでね、世界中のあちこちからありとあらゆる銀製品を略奪してきた。その中にあったのがこのシルバーグローブさ。
 これがただの手甲じゃない事は一目で分かった。だから色々と調べたさ。そして分かった。
 このグローブは昔、大魔導師が魔よけを扱う時に自分が呪われないように手にはめたものだったのだ。魔よけとは、そうクレアお嬢様が今手にしているそのペンダントだ。
 このグローブさえあればオレ様でもその魔よけを自在に扱える。そして魔よけの力で世界を我がものにする事も可能だ」
 何てこった。
 ヤツは魔よけを手に入れる為の切り札を最初から持っていたんだ。
 銀色の魔手がクレアへ伸びる。
「いや」
 凍り付いた表情のクレアは、魔よけを後ろ手に隠しながら後ずさりする。
 オレはクレアの前に出てシルバーに立ちはだかった。
 まだ呪文は使えない。
 しかしこのままシルバーに魔よけを渡す訳には行かないんだ。
「どけ、小僧」
 シルバーの蛮刀がオレの鼻先に付き付けられた。
 もうダメか・・・何も出来ないままギュッと目を閉じる。

「させるかー!」
「うわっ」
 目を開けるとオレの鼻先から蛮刀が消えていた。
 そしてシルバーがいたはずの場所にはベアが。
「大丈夫か、ボウズ」
「オッサン!」
 ボビーが間に合ったんだ。
 ロープから解放されて自由になったベアに突き飛ばされたのだろう、シルバーは横の方へ吹っ飛ばされて転がっていた。
「こっちも良いわよ」
 エイティも既に自由になり、船長達のロープを解いていた。
 武器を取り返しガリアンどもを蹴散らしている。
「話は後、まずは脱出だ。この先が通用口になっていて外へ出られるらしい。急げ」
「ああ。クレア、こっちだ」
 オレはクレアの手を取って奥の通用口へと駆け込んだ。
 そう言えば、いつの間にか声が戻っているな。
「さあ、早く」
 エイティを先頭にボビー、船長達、そしてオレとクレアが続く。
 ベアはしんがりの位置にいて、追っ手を防いでいた。
 短い通路を抜けると目の前には海が広がっていた。
「船はあっちよ」
 エイティが走る先にはホワイトスワン号のマストが見える。
 スカートが走り難いなんて言ってる場合じゃねえ、オレはしっかりとクレアの手を握り締めながら懸命に走った。

 ホワイトスワン号の乗船口にいた見張りのガリアンをエイティがスピアで薙ぎ払う。
 渡してあった板の橋を駆け上り船に乗り込むとやはり見張りのガリアンがいたからそれも手早く片付け拘束されていた船員達を解放する。
「出航の準備を、急げ」
 船長の命で船員達が動き出す。
 ベアはまだ乗船口の所で暴れている。絶対にガリアンを乗り込ませないつもりだ。
 ふと、ホワイトスワン号から50メートルぐらい先に、ガリアンの蒸気船が停泊しているのが目に入った。
 よし・・・
「ちょっと行って来る」
「あっ、ジェイク、どこへ行くのです?」
「アレを始末してくるから」
 心配そうなクレアを尻目にホワイトスワン号を駆け下りると、そのまま蒸気船へと向かった。
 走りながら呪文の詠唱、そして発動したのは
「ティルトウェイト!!!」
 呪文を封じられた腹いせとばかりに最大の破壊力を持つ呪文をガリアンの船に向けて放ってやった。
 ここは屋外、呪文結界の影響を受ける事無く燃え盛る炎が蒸気船を走り回る。
「うわー」
「逃げろー」
 炎に追われ慌てふためくガリアン達。
 オレもその場から逃げ出した。
「ボウズ、急げ」
 ベアが乗船口で待っていてくれた。
「二人とも、出航の準備出来たから早く乗って!」
 エイティの声に、オレとベアが船へと乗り込む。
 橋を切り離し係留ロープを巻き上げると、ホワイトスワン号はゆっくりと離岸し始めた。

11

 うまい具合に風が出て来た。
 ガリアンの港を離れたホワイトスワン号は再び夏の海へと踊りだす。
 港を振り返ると、燃え盛っていた蒸気船がドガーンと轟音を上げて爆発を起こしていた。
 その様子にホワイトスワン号の甲板から歓声が上がった。
「蒸気船の釜に引火したな」
「やったな、ボウズ」
 オレはしてやったりとばかりにベアと手を叩き合った。
「もう大丈夫ですわね。一時はどうなる事かと・・・」
 ホッと胸を撫で下ろすクレアだったが・・・
「ちょっと待って。ねえ、アレ何?」
 エイティが港付近の洋上を指差す。
 大型の手漕ぎの船がこちらを目指して進んで来ていた。
 ガリアンだ。
 船首部分で蛮刀を振り回すシルバーの姿が確認出来た。
「ったくしつこい連中だ。どうする、エイティ?」
「どうするって言われても」
 どうしようもないって首を振るエイティ。
 弓矢の使い手でもいれば話は別だが、距離がある今の段階では武器で攻撃する事も出来ない。
 オレの呪文もまだ射程外。
 うまくホワイトスワン号が振り切ってくれれば良いんだけど・・・
 ガリアンを乗せた船はもうすぐそこまで迫っていた。
 再び甲板に迎え入れての戦いになるのかと皆息を呑む。
「ねえ、何かいますわ。あの船の下」
「何?」
 クレアがガリアンの船のそばの洋上を指差した。
 そこには黒く巨大な影が蠢いている。
 影が濃く浮かび上がったと思うと、巨大な生物の尻尾らしきものが海上から跳ね上がった。
 デカイ!
 尻尾だけであの大きさだと全長はどのくらいになるんだ?
 巨大な尻尾が海面を叩く、盛り上がったその波で翻弄される海賊船。
 一度影が深く沈む。そして・・・
 海賊船の背後から巨大な生物が顔を覗かせた。
「ウォータードラゴンか!」
 誰からとも無く声が上がった。
 
 その顔は正しくドラゴン。頭部に生えた角と大きく裂けた口からは巨大な牙。蛇を思わせる長い身体にヒレを兼ねた前足が見える。紺碧の鱗が夏の陽光を浴びて不気味に輝いていた。
 尻尾で、前足で、そして鼻先で。
 ウォータードラゴンは海賊船を弄んだかと思うと次の瞬間には一気にかぶりついていた。
 ガリアンの何人かはそのままウォータードラゴンに食われ、何人かが海に飲み込まれるのが見えた。
 それでもまだ物足りないのか、ウォータードラゴンはついにホワイトスワン号に目を付けたようだ。
 巨大な身体をくねらせてこちらへ近づいて来る。
「銛を撃てー!」
 船長の命でホワイトスワン号の船尾から長さ2メートル以上ある大きな銛が放たれた。
 銛はウォータードラゴンの首下に命中するも、ドラゴンにはさしたるダメージになっていないようだ。
 ウォータードラゴンが暴れる度に銛から繋がっているロープが振り回され、ホワイトスワン号が大きく揺れた。
「キャー!」
 悲鳴が上がる。
 傾いた甲板上を多くの人が転げ回っていた。
 右に。左に。
 船は激しく揺れている。
「オッサン、ロープを、ロープを切るんだ」
「そうか」
 ベアはバトルアックスを甲板に叩き付けて身体を安定させると、ほふく前進で船尾へと進んで行った。
 船尾まで辿り着くとよろめきながらも両足を踏ん張って立ち上がり、バトルアックスを振り上げた。
 船べりをまな板代わりに、ウォータードラゴンとホワイトスワン号を繋いでいるロープにバトルアックスを叩き付けた。
 水しぶきと共にロープが船尾から流れていくと船の揺れもどうにか収まった。

「ジェイク、何とかしなさいよ。あなたは魔法使いでしょ。今この状況であのドラゴンを倒せるのはジェイクの魔法しかありませんわ」
 泣いているのか怒っているのかとっいた声でまくし立てるクレア。
「何とかしろったってなあ・・・」
 実際のところどうする?
 竜族は他のどのモンスターよりも遥かに体力が高く、その上呪文を無効化されてしまう確立も高い。
 最大の破壊力を持つティルトウェイトをぶつけたところで仕留めるのは難しいだろう。
 それに相手は水の中だ。炎の呪文はあまり期待出来ない。
 ん・・・水?
「そうか、水だ!」
 オレは船べりへと身を乗り出してウォータードラゴンの動きを追った。
 ドラゴンは船尾から船の右舷にかけて大きく蛇行しながら進んでいた。
 顔は水面下だが、うねる背中や尻尾が水上に見えている。
 オレは魔力を集中させながらタイミングを見計らっていた。
 再度船尾へ向かうウォータードラゴン、オレもそれを追って船べりを走る。
 そして・・・
 大量の水しぶきと共にドラゴンが水面から顔を上げ、ホワイトスワン号の船尾へと躍り掛かってきた。
 今だ!
「水竜さんよ、覚えておけ。水は凍るんだ!」
 高まった魔力を一気に放出する。その呪文はラダルト!
 何度も言うけどここは屋外だ。
 結界の影響を受けない屋外では、攻撃呪文は地下迷宮などよりも遥かに高い破壊力を発揮する。
 猛烈な吹雪がウォータードラゴンの周囲で渦巻いている。
 船尾から外へ呪文を放ったのでホワイトスワン号が巻き込まれる心配は無い。
 呪文無効化?
 ふっ、オレの狙いはドラゴン本体じゃない。オレが狙ったのは・・・
「あっ、ウォータードラゴンの周りの水が・・・」
「凍っていく」
 そう、オレの狙いはドラゴンの氷付けだ。
 大量の水しぶきを巻き上げた瞬間、その水しぶきと共にドラゴンを氷に封じ込めるつもりだった。
 顔周辺が凍り付いたドラゴンは、次に尻尾を振り上げた。
 良いぞ、ヤツが暴れれば暴れるだけこっちにはチャンスだ。
 尻尾目掛けて再度ラダルトを放つと面白いようにドラゴンが凍り付いていく。
 前足を振り上げて暴れるドラゴン、すかさずラダルトをお見舞いする。
 次はうねる背中だ。
 さすがに胴体は長い、ラダルト2発を放ってついにウォータードラゴン全身を氷に封じ込める事に成功した。
 昨日からあれだけ戦って、不思議な事にラダルトを一回も使っていなかったのがラッキーだった。
 身動き出来なくなったウォータードラゴンが、ゆっくりと海の底へと沈んでいく。
「死んじゃったの?」
 不安そうな顔で海を覗くクレア。
「いや、ただ氷付けにしただけだ。氷が溶ければまた動き出すさ」
 今回はたまたま策が当たっただけだ。
 ラダルトはもう使い切っちまったし、何より今のオレのレベルじゃあのドラゴンとまともに渡り合う事は出来ないだろう。
「急ぎ現場を離脱せよ!」
 船長が叫ぶ。
 何たって夏だからな。氷が溶けてドラゴンが動き出すまでそれ程時間も掛からないだろう。

 ガリアンとウォータードラゴンから逃げ切ったホワイトスワン号は、何も無かったかのように海上を進んでいた。
 本来のコースを大きくそれてしまった為に、目的地に着くのは今日の夕方になるそうだ。
 オレ達は蒸し暑い船室を避ける為デッキの一郭を陣取って、今回の事件について話し合っていた。
 特に話題が集中したのはクレアが持っていたペンダント、すなわち魔よけについてだった。
「なあクレア、クレアがその魔よけを持っている限りまた今回のような事件が起こるんじゃねえのか?」
 オレ達が最も心配しているのはその事だった。
「あら、私に何かありましたらまたジェイクが助けて下さるのでしょう? だって言っていたじゃないですか。『オレを信じろ』、『オレが付いていてやる』って。あれはウソだったのかしら?」
「それとこれとは話が違うだろ」
「まあ、やっぱり男の子は信用出来ませんのねえ」
「女の子にウソをつくなんて最低ね、ジェイク」
 クレアとエイティが二人掛りでオレを睨む。
「分かった、分かったから。何かあったら遠慮なく呼んでくれ」
「それではそうさせて貰いますわね」
 クレアは満足そうにニッコリ微笑んだ。ったく、人をさんざん振り回して何がそんなに嬉しいんだか・・・
「ガッハッハ、良かったなボウズ。かわいいガールフレンドが出来て」
 ベアがバシバシとオレの背中を叩く。
「あのなあオッサン、オレは別に・・・」
「あらお髭のおじ様、私は別にジェイクになんてこれっぽっちも特別な感情なんて持っていませんのよ。何と言いましても私が好きなのはボビーですから」
 クレアはボビーを抱き上げると頬ずりし始めた。
「ねえエイティ、この子私に下さいません事?」
「それはダメよー。ボビーは私のものなんだから。ねえボビー」
 今度はエイティがボビーを受け取る。当のボビーはどうして良いか分からずキョロキョロしていた。
「あら私ったら、いけませんわね。またおねだりの癖が出てしまいました。それではボビーの顔を見に遊びに行きますわ。それなら良いでしょう?」
 ボビーを介してすっかり打ち解けたクレアとエイティはお互いの連絡先を交換している。
 クレアの顔から笑みがこぼれる。
 最初会った時から比べるとよく笑うようになったと思う。
 今回の事件は大変だったけど、クレアにとっては「本当の自分」を取り戻す良いきっかけになったのかも知れない。
 ところで、本当の自分に戻る、と言えば・・・
「なあ、これ着替えたいんだけど。オレの服はどうした?」
 そう、昨日クレアの偽者として女の格好をさせられてから、オレはずーっとピンクのブラウスにピンクのスカートだったのだ。
 いい加減慣れたというか半分諦めたというか。
 それでも用が済んだらさっさと着替えてしまいたい。
「あー、それなんだけどねジェイク・・・実はガリアンが『売れば金になるから』ってクレアちゃんのお洋服全部持ってっちゃったのよ。その時ジェイクの服も一緒に・・・」
「何!? それじゃあオレの服は・・・」
「多分ガリアンが自分達の船に積み込んだんじゃないかな。だから・・・」
「あの時船と一緒に燃えちゃった、と?」
「おそらくねー」
 アハハと力無く笑うエイティ。
 何てこった、オレは自分の服があるのも知らずにガリアンの蒸気船を燃やしちまったのか・・・
「まあ宜しいじゃないですの。とても似合ってますわよ、その服も。良かったら差し上げますからそのまま着ていらっしゃいな」
「そう、そうよね。良かったじゃないジェイク。似合ってるってさ」
「他に着るものが無いんだ。せっかくだからもうしばらくその格好でいろ」
 クレアにエイティ、それにベアまでもが必死に笑いを噛み殺している。
「あー、もうめんどくせえ!」
 オレは着替えるのを諦めてゴロンと仰向けに寝転んだ。
 夏の空は青く澄み、どこまでも高く広がっている。
 遠くから聞こえる波の音はどこか懐かしくも優しい子守唄。
(港に着いたら真っ先に古着屋へ駆け込んで新しい服を買おう)
 そう決心すると同時にオレの意識は心地良いまどろみへと落ちて行ったんだ。

小説・「ジェイク2」・・・END