小説ウィザードリィ外伝4・「魔将の塔」

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十五幕・沖田と沙羅

 全ての黒幕であった黄泉御前と、御前によって創り出された魔将ノブナガは息絶えた。
 不動の塔に祀られていた神器「力と技を表す剣」はなみの手の中にある。
 深手を負った者がいるものの、探索隊は神器の奪還に成功したのであった。
「沙羅、よくやったね」
「お姉ちゃん」
 沙羅と十六夜は抱き合って互いの無事を確認し合っている。
「まり、怪我の具合はどうですか?」
「総司さんこそ・・・よくぞご無事で」
 静の治療の呪文でだいぶ回復したまり、沖田総司の前に走り出て目を潤ませていた。
 他の皆もそれぞれの健闘を讃え合い、共に勝利を噛み締めている。
 後は神器を城へ持ち帰るだけである。
「さあ皆さん、帰りは任せて下さい。転移の呪文で一気に出口まで運びますから」
 十六夜が明るい声で言った。
「お姉ちゃん待って!」
 しかし沙羅が十六夜を止める。
「どうしたの沙羅?」
「ちょっと沖田と話がしたいんだけど・・・」
 沙羅は言い難そうに俯きながら答えた。
「うん、お父ちゃん・・・?」
 沙羅の様子を不審に思いながらも、十六夜は大牙に確認を求めた。
 大牙はただ黙って頷いている。
「我々も少し待ってあげましょう」
 綱も大牙に同意する。
「ありがとうございます。それじゃあ」
 沙羅は一同に頭を下げる。
「沖田、ちょっといいかな」
「はい」
 沖田はまりの側を離れ、沙羅の方へと歩き出した。
「総司さん・・・」
「まり、二人にさせてやろう」
 静がまりの肩を叩き後ろへ連れて行く。
 沖田と沙羅の因縁についてはまりはもちろん、この場にいる全員が承知している。
 まりは静に促されるままに素直に沖田達との距離を取った。
 自然、他の者もそれに続く形になった。

「すごかったね、最後の剣」
「沙羅殿こそ、見事でしたよ」
 二人の協力があったからこそノブナガに勝てた、沖田も沙羅もその想いは一緒である。
「あたしさ、昨日の事があってからどうしたら良いか分かんなくて・・・ずっと混乱してた」
 沙羅が自分の胸の内を語り始めた。
「沖田はあたしのお父ちゃんの仇だって・・・
 沖田にとってはついこの前の事かも知れないけど、あたしにとっては子供の頃の事だったよ。ずっと昔の事。それに、今のあたしには大牙のお父ちゃんと十六夜お姉ちゃんがいるんだ。二人ともあたしにとっては大切な人だよ。あたし今幸せだよ。
 だから・・・よく分かんないよ、あたしがどうしたら良いのか、どうしたいのか。沖田を殺してお父ちゃんの仇を取るなんて言われても、ちょっと違う感じだし・・・
 って、何言ってるんだろ、あたし」
 沙羅はアハハとはにかんでみせた。
「沙羅殿・・・」
「待って!」
 沖田が話そうとするのを遮る沙羅。
 沙羅は一人ウンウンと頷きながら気持ちの整理を付けていく。
「沖田、あのね。あたし自分がどうしたいのか分かってきたみたい。あたし、沖田と本気で試合いたいんだ」
「いつかの約束でしたね」
「うん、そうだね。塔の探索が終わったら手合わせしてくれるって約束だったでしょ。あれを今やって欲しい」
 沙羅は沖田の顔を真っ直ぐ見詰めている。
「どうして私と闘いたいのです?」
「うーん、うまく言えないんだけど・・・
 あたしさ、大牙のお父ちゃんに拾われてから十年、ずっと武術の修行ばかりしてきたのね。普通の女の子がするような遊びなんて全然しなかった。始めは殺されたお父ちゃんの仇を討つ為、なんて言ってたけど・・・
 そのうちにさ、自分がどれだけ強くなれるかなって、そっちのほうが面白くなってきてさ。
 だから、沖田と闘えばその答えが分かるんじゃないかなって。あたしの十年て何だったのか、その答えが欲しいんだ」
「私が沙羅殿の答え、ですか」
「うん」
「いいでしょう」
 そう言われては沖田も沙羅との闘いを拒む訳には行かない。
 決して憎しみからではなく、純粋に力と技をを求める者同士として試合う。
 それは沖田自身が求めるものでもあった。
「言っておくけど真剣だよ」
「無論です」
 沖田と沙羅は互いに顔を見詰め合ったまま「うん」と頷いた。

「ちょっと待って二人とも。真剣で立ち会いだなんてそんな・・・」
 我慢しきれなくなったまりが沖田と沙羅の間に走り出た。
 せっかくノブナガとの闘いに勝利し生き延びたのに、ここで真剣での立ち会いなどしたらどちらかの、否、下手をすれば二人とも命を落としてしまうかも知れない。
「まり、いくらまりが止めてもこればかりは譲れませんよ」
「総司さん・・・」
 沖田の表情はいつになく険しい。
「これはきっと定め、運命です。私と沙羅殿がともにこの世界へ迷い込んだのも、忍者として成長した沙羅殿と私が再会したのも。そして、今日共に信長公と闘ったのも」
「あたしもそう思う。子供のあたしじゃ逆立ちしたって沖田に敵わなかったはずだよ。でもあたしは沖田より十年先に出た。その十年の間に忍者として修行出来たんだ。これってきっと運命だよ」
「でも、でも・・・」
 沖田と沙羅の間には、まりには介入出来ない「何か」があるのだろうか。
 まりは幼子が「いやいや」をするように首を横に振る。
「まり、分かってあげよう」
「静さん・・・」
 静がまりの傍らに立ち、優しくまりの肩を抱く。
「私も武人だから二人の気持ちはよく分かる。沖田殿と沙羅殿の間には意地でも決着を付けなければならないものがあるのよ」
「静さん、そんな・・・
 綱様! 竜乃介さん! なみちゃん! それから十六夜さんに大牙さんも・・・良いんですか?」
 まりが涙声で訴えるも誰も応えられない。
 それは暗黙の「承認」に他ならなかった。
「まりちゃん、私からもお願い。分かってあげて」
 十六夜がポツリと呟く。
 二人の立ち会いを認める事、それが姉として沙羅に何をしてあげれば良いのか悩んだ十六夜の結論でもあった。
「まり、私が付いています。決して二人を死なせるような事はしません」
 高度な治療呪文を習得しているのは綱である。
 綱はノブナガとの死闘でも出来るだけ呪文を温存させてきた。
 それはこうなる予感があったからなのだろうか・・・
「分かりました」
 皆に説得されてまりはついに首を縦に振った。
 ここで自分一人反対したところでいつか二人は立ち会う事になるだろう。
 それが二人の運命ならば。
 静と十六夜に連れられて、まりは沖田と沙羅の側を離れた。

 この場にいる全員の承諾を受け、沖田と沙羅は真剣で立ち会う事になった。
 二人距離を取り、それぞれ相手を見据える。
「誰でもいいよ。審判してよ」
「俺がやろう」
 沙羅の要請を受け大牙が審判役を買って出た。
「二人とも、良いか?」
 大牙は沖田と沙羅の中間に立ち、交互に二人に視線を廻らす。
「沖田、あれ使わないの?」
 沙羅が首で自分の後方を差して言った。
 そこにはノブナガの手から沙羅が蹴り上げた妖刀村正が真っ直ぐに床に突き立っていた。
「あれは侍用の刀だよ。使いたかったら使っても・・・」
「それには及びません」
 沙羅の提案を沖田は迷わずに一蹴した。
「この刀は沙羅殿の父親を斬ったものです。あなたの相手もこの刀でするのが礼儀かと。それに・・・」
 沖田は菊一文字が納められた鞘を沙羅に示して言った。
「得物は使い慣れたものが一番でしたね、なみ殿」
「もちろんですよ!」
 なみは大きく頷いて応える。
「物騒なものは片付けておきましょう」
 綱はノブナガの亡骸の腰から鞘を取り外すと床に突き刺さっている村正の下へ向かった。
 村正から邪気、妖気などが発せられていない事を確認してから慎重にそれを引き抜くと、司教職にしては意外にも慣れた手つきで鞘へ納めた。
 綱は、ついでに竜乃介に命じて黄泉御前とノブナガの遺体をこの部屋の隅へ追いやらせた。

 舞台は整った。
 沖田と沙羅は二間程(約三.六メートル)の間を取って互いに見詰め合っている。
「二人とも、構え」
 大牙が告げると沖田は菊一文字をスラリと抜き下段に構えた。
 沙羅は忍者刀をいつものように逆手に持ち、低い姿勢を取る。
「始め!」
 大牙の声が高らかに響く。
 それと共に沖田と沙羅は互いにゆっくりと右へ動いた。
 審判を中心に大きな弧を描く形になる。
 沖田は菊一文字を下段から中段、そして再び下段へとしきりに移動させ、仕掛けの間合いを計っていた。
 一方沙羅は、低い姿勢を保ったままである。
 先に動いたのは沖田だった。
 一気に踏み込むと下から上に菊一文字を走らせる。
 沖田の一刀をかわして上体がのけぞった沙羅、沖田はその隙を見逃す事無く得意の三段突きを繰り出した。
 しかし沙羅は慌てない。
「その技はもう見切っているよ!」
 沙羅は素早く身体を沈めると菊一文字の下を掻い潜り、ノブナガの時と同じように沖田の刀を蹴飛ばしに行った。
「一発で決めてやるから」
 踏み込んだ沙羅が後方回転の体勢に入る、しかし沖田はそれを待っていたのだ。
 菊一文字を左手一本に持ち帰ると右手で素早く脇差を抜き、自分の懐に入っている沙羅を薙ぎ払いに行く。
「しまった!」
 沙羅もそれに反応する。
 後方回転を中断し沖田の繰り出した脇差を避けるべく横へ飛んだ。
「沙羅殿の蹴りはもう二回見ました。私もそれは既に見切っています」
 沖田がフッと笑みをもらした。

 その後は一進一退の攻防が続いた。
 沖田の剣を沙羅がかわし、沙羅の攻撃を沖田が受ける。
 それぞれが、侍、忍者としての持ち味を存分に発揮していた。
 時にはひやりとする場面も何度かあったのだが、両者ともぎりぎりのところで凌いでいる。
 二人が交わす剣には憎しみなどという感情は全く感じられなかった。
 沖田も沙羅も、純粋に力と技を極めんとする者として、むしろこの闘いを楽しんでいるかのようであった。

「もう見ていられません」
 耐え切れずにまりが顔を背ける。
「駄目だよまり、ちゃんと見ていてやらないと」
「はい・・・」
 静に促されて、まりは視線を沖田へ戻す。
 となりには十六夜が、こちらも真剣に沙羅の姿を追っていた。
 その他の者も皆、いつ終わるとも分からない両者の立ち合いに釘付けになっていた。

 先に息が上がってきたのは意外にも沙羅の方だった。
 が、それも無理はない。
 接近、離脱といった得意戦法を持つ沙羅は、実際のところ沖田の何倍も動いているのだ。
 沙羅がいくら体力に自信があるとは言え、消耗する体力に差があり過ぎる。
「そろそろ決着付けないとね・・・」
「そうですね」
 沖田はまだ余裕のある顔で、悠然と構えている、ように思えたのだが・・・
 それは突然やって来た。
 沖田の表情が急に苦し気なものに変わったかと思うと、胸に手を当ててその場にしゃがみこんでしまったのだ。
「ゴボッ、ゴホホ・・・」
 呼吸を乱し、大きく肩を上下している。
 激しい咳が続いたかと思うと、沖田は口から大量の血を吐き出してしまったのだ。
 元々胸の病を患っていた沖田であったが、ここ最近は綱から貰っていた薬でその症状を押さえていたのだが・・・
「こ、こんな時に・・・」
 シュゲン、黄泉御前、ノブナガらとの死闘に加えて沙羅との立ち合いで、沖田の身体にも限界が来ていたのだった。
 沖田は菊一文字を杖代わりに、片膝の姿勢から必死になってその場に立ち上がろうとしていた。
「沖田、隙有り!」
 沙羅はこの時を逃さないとばかりに走り出していた。
「沙羅、もういい、止めろ!」
 大牙が叫ぶも沙羅の耳には届いていない。
 忍者としての本能が捉えた獲物を仕留めようとしているのだ。
「総司さん!」
「沙羅ー!」
 まりと十六夜の絶叫が響いた。
 沙羅が狙うのは沖田の首、そこを狙って忍者刀を振り抜く。
 沖田も辛うじて反応する。
 杖代わりにしている菊一文字は使えない。
 再度脇差を抜き、飛び込んでくる沙羅へと突き出した。
「アッアアー!」
 悲鳴を上げたのは沙羅のほうだった。
 沖田の突き出した脇差が沙羅の左肩へ深々と食い込んでいる。
 その反動と全身が焼けるような痛みとで沙羅は床を転げ回った。
 それでもなお、沙羅は攻撃の手を止めようとはしなかった。
 左肩に刺さっている脇差を強引に引き抜くとそれを持って沖田に迫る。
「いかん、もう止めさせろ!」
 綱が叫ぶと竜乃介と静が二人の間に割って入るべく動き出した。
 しかし、より早く駆け出していたのはまりと十六夜だった。
 まりは沖田を、十六夜は沙羅をそれぞれ抱きかかえる。
「総司さん、大丈夫ですか?」
「沙羅、もういいから、ね」
 それぞれの想いで言葉を掛けるまりと十六夜。
 それを受けて、沖田も沙羅もついに闘う事を諦めた。
 沖田は口から大量の血を吐き、沙羅もまた肩から大量に出血している。
「両者戦闘不能。よってこの勝負、引き分けとする」
 大牙が闘いの終わりを宣言した。

終幕

 沙羅の傷を綱が応急処置で治療してから、一行は十六夜の転移の呪文で不動の塔から脱出した。
 塔の外には緋連城から遣わされた救護隊が待機していて、一通りの怪我人の治療を施した後に輿にて全員を街まで運んでくれた。
 緋連城到着後、王輝羅に謁見したのは綱、静、竜乃介、なみ、大牙の五人だけであった。
 大量の血を失い容態の思わしくない沖田と沙羅は城の医療施設へ運ばれ、まりと十六夜もそれに付き従ったのである。
 二人とも、手厚い治療と質の良い薬のおかげで命を落とすような事はないと診断され、まりと十六夜はほっと胸を撫で下ろしている。
 王に謁見した綱は、天守閣での出来事を余す所なく報告した。
 そして魔物を封じる為に、今一度各神器を塔に安置し直す事を提案した。
 回収したばかりの神器を元に戻せとは・・・これには王輝羅も驚いていた。
 探索隊の働きが全て無駄になるではないか、と。
 しかし綱は、塔の中に巣食っていた不穏分子を一掃出来た事を挙げ、探索の成果は十分にあったと王を説いた。
 王は、神器に頼って地方勢力を押さえようとしていた自分の未熟さを恥じ、綱の提案を受け入れる事を決意した。
 今後は、緋連城直属の警護隊が塔の管理をする事で話がまとまった。
 余談ではあるが、天守閣に放置されたままになっていたノブナガと黄泉御前の遺体は後日回収された。
 そのうち、ノブナガの遺体は沖田の強い意向もあって手厚く葬られたが、黄泉御前のものは、ノブナガが切断した首の部分は晒され、胴体の方は山中に捨て置かれ、鳥や獣の餌にされた。
 王の命を狙ったシュゲンの遺体も御前のものと同様に扱われた。
 
 輝羅は次に、希望する者を城へ仕官させたいとの旨を綱達に伝えた。
 綱達は「返事は後日」と王に伝えて城を辞したのであったが、結果として城に仕官したのは綱、静、竜乃介の三人だけであった。
 なみは「お城勤めなんて息苦しい」と言っていたし、沖田は病気療養を理由に断った。
 沖田が断ったものをまりが受けるはずもない。
 死霊の塔探索隊の面々は、大牙親娘は三人とも「柄じゃない」と断り、飛鳥と花梨は故郷へ帰って結婚するという事でこれも仕官を断っていた。
 王輝羅は、自分の命を直接救ってくれた飛鳥と花梨の仕官を強く希望していただけに、これには大いに落胆していた。
 若き王にとっては、身を呈して自分を危険から護ってくれた花梨こそが初恋の相手だったのかも知れない。
 なお、幻術の塔探索隊の面々は皆故国に帰ってしまった為、こちらも仕官を辞している。

 あれから一箇月・・・
 沖田とまりは松屋を後にしていた。
 沖田の容態が落ち着いたので、まりの田舎へ移って療養する事になったのである。
 まりの故郷へは女の足で街道を歩いても四〜五日といった所である。
 まりの両親は既に他界してしまっているが、田舎には叔父夫婦がいるという。
 そこは緋連の街よりずっと人も少なく、日々の暮らしものんびりとしていて病気療養にはもってこいだとまりは主張していた。
 沖田は当初、まりの田舎へ行く事を渋っていたのだが、まりの「病人はおとなしく言う事を聞きなさい!」という決め台詞に押し切られてしまったのだ。
 実際、まりは沖田の看病をする際にもずっとこの「病人はおとなしく言う事を聞きなさい!」を連発していたくらいであった。
 看病してもらっているという弱味もあって、沖田はまりがこの台詞を口にする度にすっかり頭が上がらなくなっていた。
 天候は晴れ。
 松屋の前で綱や静らと別れを済ませた沖田とまりは街外れ目指して歩いていた。
 やがて二人が緋連の街から街道へ出る辺りに差し掛かった時である。
「おーい、沖田ー! まりちゃーん!」
 二人を追って駆けて来たのは沙羅であった。
「良かった、間に合ったよー」
 沙羅はほっと胸を撫で下ろしている。
「ちょっと待って、沙羅ー」
 沙羅の後から十六夜も息を切らして駆け込んできた。
「お姉ちゃん、遅いよ」
「あんたが速過ぎるの」
「だって沖田達もう出掛けたって聞いたから」
 相変わらずの姉妹の会話を繰り広げる沙羅と十六夜。
「どうしたのですか、二人とも?」
「どうしたって、見送りに決まってるじゃない」
 当たり前だと言わんばかりに沖田を見返す沙羅。
「病気のほうはもう良いの?」
「ええ、何とか。それより沙羅殿の肩のほうは?」
「ああ、もう大丈夫。でも・・・傷跡残っちゃったなあ」
 沙羅はすっかり回復した左肩をグルグルと回してから、着物の左袖を捲り上げた。
 露わになった沙羅の左肩には、沖田が付けた傷跡が今もくっきりと残っている。
「もう、女の肌に傷を付けるなんて・・・責任取ってよ、沖田」
「何言ってるの、この娘は。だいたい沙羅が沖田さんに真剣の立ち合いを希望したんでしょ。それくらい文句言わない」
 十六夜が沙羅のおでこをピシャリと叩くと一同に笑いが起こる。
「そうそう、これ渡そうと思ってね。今朝貰ってきたんだよ」
 沙羅が懐から取り出したのは神鳥神社のお守りだった。
「道中の安全を祈願しておいたから」
「ありがたく頂戴しておきます」
 沖田がそれを快く受け取る。
「私はこれだよ」
 続いて十六夜が取り出したのは朱塗りの櫛だった。
「それは・・・?」
「まりちゃんがノブナガに斬られた時に二つに割れちゃってね。それを持ち帰って職人さんに直しを頼んでおいたんだ」
 二つに割れたはずのその櫛はきちんと元通りに継ぎ合わされていて、補強された継ぎ目には丁寧な飾り細工が施してあった。
「なくしたとばかり思ってました。十六夜さんが拾っていてくれたんですね」
「それってさ、沖田さんがまりちゃんに買ってあげたものなんでしょ」
「ええ、そうなんです」
「あの時のさ、まりちゃんの怪我って思いの他軽かったでしょ。きっと、その櫛が身代わりになってくれたんじゃないかな」
「そんな事って・・・」
 まりは不思議そうな顔で十六夜の手にある朱塗りの櫛を見詰めている。
「あたしもそう思うよ。きっと沖田がまりちゃんを護ってあげたんだよ」
「私は何も・・・」
 沙羅に突っつかれて恐縮する沖田。
「いいじゃないですか。そういう事にしておきましょうよ。その方が素敵だと思いませんか?」
「そうですね。この櫛、わたしのお守りにします」
 まりはにっこりと笑いながら十六夜から櫛を受け取ると、それを大切に懐に収めた。
「しばらく向こうにいるの?」
「ええ。でも身体が治ったらまたこの街に戻ってこようかと。その時は小さな剣術道場でも開きたいですね」
 沖田がささやかな夢を口にする。
「まりちゃんと二人で、でしょ?」
「ううん、その時には三人かもよ」
「あー、そうだねえ。あはは」
「はっ?」
「ちょっとやだ、沙羅さん、十六夜さんも」
 沖田は沙羅と十六夜のからかいの意味に咄嗟に気付かなかったけれども、まりの方は顔を真っ赤にして照れている。
「沙羅殿はずっとこの街に?」
「うん。もうここがあたしの故郷だからね。あたしの居場所はこの街だよ。お姉ちゃんとお父ちゃんと、三人でやってくよ」
「あら、私はそのつもりはないけど」
「えっ、お姉ちゃん、どうして?」
「早く良い人見つけてお嫁に行かないとね。まりちゃんに負けてられないから」
「十六夜さーん・・・」
 矛先が自分に向けられる度にまりの表情はクルクルと変わる。
 沖田も十六夜も沙羅も、そんなまりの様子を楽しそうに眺めていた。

 一頻りの別れの挨拶を済ませた後、四人はそう遠くない再会を約束してそれぞれの道へ進んだ。
 沖田とまりは街道を進み、十六夜と沙羅は街へと戻る。
「ねえ総司さん、最後にもう一度あそこに行ってみましょうよ」
「私もそれを考えていたところです」
「なら行きましょう」
 あそことはもちろん不動の塔に他ならない。
 まりの田舎へは街道を西へ進むのだが、二人は分かれ道から北へ伸びる街道へ向かった。
 通い慣れた道を辿ると目指す塔はもう目の前である。
 二人が不動の塔を訪れるのは正に一月振りの事であった。
「何だか懐かしいですね」
 まりがしみじみと塔を見上げる。
「中に入れるかな?」
「行ってみましょう」
 勝手知ったる、とばかりに塔の入り口を開けると中には長槍を持った門番が二人、槍を交差して行く手を遮ってしまった。
「ここは緋連城の直接管理施設です。どうかすみやかにお引取りを」
 門番は丁寧ながらもきつい口調でそう言い放った。
「さようでしたか。これは失礼」
 沖田も丁寧に頭を下げる。
「それにこの中は複雑な造りになっています。無闇に入ってしまうと迷ってしまいますよ」
「あら、わたし目をつぶったって天守閣まで行けますよ」
 見取り図の作成を担当してきたまりは毎日のように自分が作った塔の見取り図とにらめっこをしてきた。
 地形は全て頭の中に入っているのである。
「総司さん、行きましょう」
 ふふと笑いながらまりが塔を後にする。
 門番はまりの言葉に「は?」と目を丸くしていた。
 その様子がおかしくて沖田も思わず苦笑してしまう。
「それでは御免。まり、待って」
 沖田が呼びかけるとまりは沖田の方へ振り返り、そしてもう一度塔を見上げていた。
「わたし達、ここで出会ったんですよね」
「ええ、そうですね」
 沖田もまりと並んで塔へ視線を廻らした。
 この世界へ来てからの出来事が走馬灯のように沖田の頭の中を駆け抜けて行く。
「わたしと総司さんはここで出会うべくして出会った。これも運命ですよ」
 まりはおどけて沖田の口調を真似てみせると今度はアハハと声を上げて笑っている。
「運命、ですか」
 この世界へ迷い込んだのも、まりと出会ったのも、そして今こうしてまりと一緒にいるのも運命なのだろうか・・・
 ならばこの先、この娘と添い遂げる運命もまた悪くないかも知れない。
 うん、悪くない。
 沖田の心は決まった。
「まりの田舎へ行ったら叔父さん達にきちんと挨拶しなくてはなりませんね」
「挨拶、ですか?」
「ええ、まりを嫁に下さい、と」
「えっ!」
 突然の沖田の言葉にまりは息を呑み、大きく目を見開いている。
「あれっ? やっぱり唐突過ぎたでしょうか・・・」
 まりのあまりの驚きように逆に沖田の方が慌ててしまった。
 しかしまりはブンブンと頭を振って答える。
「ぜ、全然唐突なんかじゃありません! わたし、嬉しい・・・」
 感激のあまり目に大粒の涙を浮かべるまり。
「きっとですよ。約束ですよ。ちゃんと叔父さんに挨拶して下さいね」
「はい、約束します」
 今までは自分一人の運命だったが、これから先はまりと二人、共に歩く運命になるのだろう。
 沖田はまりに永遠を誓った。
 仰ぎ見る不動の塔は、清んだ初秋の空にそびえ陽光を浴びて輝いている。
 沖田とまりは、二人が出会った塔に一礼してから別れを告げると、未来へ向けて共に歩き出した。

小説ウィザードリィ外伝4・「魔将の塔」・・・完