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甲児は、戦い疲れた事を感じさせないかの様にして、軽やかにマジンガーZのコック
ピットユニット【ジェットパイルダー】から降りた。
「お疲れさま」
甲児を出迎えたのは、艶やかな黒髪を揺らす碧眼の美女マリア・グレース・フリード
だった。
タオルを手にして、こちらへ差し出している。
甲児はマリアの心遣いをありがたく思いながら、一言言ってそれを受け取った。
「ありがとよ、マリア」
「どういたしまして。
でもね、お礼を云うのはまだ早いと思うわ」
それを聞いて、甲児は首を捻った。
「?……どう云うことだ?」
「う、し、ろ」
ウインクしつつ、丁寧に一音づつ区切ってマリアは、甲児の後ろを指した。
つられて甲児が後ろをみると、そこには笑顔を貼り付けた妙齢の美女がいた。
特務機関【ネルフ】は作戦部長、葛城ミサト少佐(【ロンド・ベル】に出向中のため、
階級表現が連邦軍式になっています)その人である。
男であれば、凝視せずに居られないメリハリの効いたスタイルに、十人居ればまず9
人は美人だと答えるその美貌。その彼女が微笑んでいるのだ。これで振り向かねば男で
はない。
しかし、今回はその例外であったかも知れない。
彼女の額に浮かんだ青筋が、全てを裏切っていたからだ。
やや甲児の腰が退ける。
ソレが見えなかったかの様にして、ミサトは甲児の労を労った。
「こーじ君、シンジ君達の面倒を見てくれてありがとう……」
「い、いや……今回大したこと無かったし……」
甲児の言葉など聞くつもりが無いのか、甲児に最後まで云わせずに言葉を続けるミサト。
「あら、ご謙遜。
でもね、チョーチ聞きたいことがあるのよねん」
ミサトの言葉にもの凄く不吉なモノを感じた甲児は、そろりそろりと逃げだそうとす
る。無論ミサトが逃がすわけがない。
ミサトは甲児の後ろ襟を捕まえて、その耳元へ極薄ソリッドレコーダー(メモリ型録
音機)を近付けて、再生した。
『......ならいいだろ。
お前さん達の面倒見てくれって、殺人シェフのネーちゃんから言われてんだ。
うだうだ、抜かしてたらあの殺人カレー、口に詰めて縫い合わせるぞ!』
甲児の顔色が劇的に変わる。
「敵前逃亡は銃殺刑よ」
今度こそ本気で逃げようとした甲児へ向けられた、ミサトの言葉だ。
何かが何処かで違うような気がしたが、それを指摘するような奇特な人物は居なかっ
た。ミサトの右手で、10mm自動拳銃が高らかに存在を主張していたからだ。
背を向けていたので顔が見えていなかったが、その時甲児の心の中に写ったミサトは
正しく夜叉に見えていた。
「……誤解は正さなきゃあね。
もう一度、私の手料理食べさせて上げるわ」
甲児は、視界が何故か滲むのを押さえられなかった。
:
その日【アーガマ】格納庫では、床に額をこすりつけるようにして許しを乞う男の姿
があったという。
スーパー鉄人大戦F 第六話〔突破:Escape from the crisis〕
Dパート
<セバストポリ近郊連邦軍基地>
さて、話は少し遡る。
所は先程まで戦いが繰り広げられていた辺りだ。
「……どうやって追い掛ける。
このまま、追い掛けるわけにはいかんだろう?」
ドモンの問いが、アムロに答えを要求する。
いい加減な答えならば、只では済まさないと云う剣呑さに溢れた問いだ。
数々の死線をくぐり抜けているだけあってアムロは、ドモンの様子にも全く怯む様子
は無かった。
『心配ない。
【アーガマ】が来た』
そういってアムロが指し示した先には、【アーガマ】がその姿を現してた。
「……俺にあのフネに乗れと云うのか?」
ドモンは幾分不機嫌そうに問い質す。
『そういう事になる。
何か、問題はあるかな?
ドモン……君?』
アムロは、ドモンをどう呼ぶべきか多少迷ってはいたが、武骨な彼の相手を初めてす
るにしてはかなり上々の対応をしていた。
ドモンも、流石にアムロの肝の据わった対応をみて多少は信用したのか、話を詰め始めた。
「……ドモンでいい。
連れがいる。
一緒に乗ってもいいのか」
『勿論。
歓迎する。』
「歓迎など、いらん!
やつらを追い掛けるのに都合がいいから、乗るだけだ!」
だが、その時新たな通信が彼らの間に割り込んできた。
『こら、ドモン!』
若い女性が発したらしいその通信は、ドモンの無礼な言い様に彼の名を呼んであから
さまに非難していた。
「何だ、レイン!
今男の話をしている!
口を出すな!」
ドモンはレインと呼ばれた女性を黙らせようと一喝するが、全くの逆効果だった。
実に濃密な口撃が、即座に叩き返された。
『何よ、ドモン!
「男の話だ、口を出すな」、ですって!
時代錯誤もいい加減にしなさい!!
ホントに、いつもいつもぶっきらぼうな言い方して、あっちこっちで騒ぎを起こして!
誰がその後始末していると思っているのよ!
それでなくても………….』
ドモンはレインの剣幕に明らかに狼狽していた。
アムロは先程まで威勢の良かった青年が、一転して情けない姿を晒すのを心持ち楽し
みながらも、話を進める事にした。
【アーガマ】が、機動兵器の収容を行い始めたからだ。
「……レインさんで良いかな。
僕はアムロ・レイと云う」
『はっ、はい。
レイン・ミカムラです』
「話は聞いていた思うが、これから僕たちはさっきの連中を追うことになる。
ドモン君達の目的も同じ様だから、一緒に【アーガマ】へ乗っては貰えないか?」
『えっ!?あっ、はい。
むしろ、こちらからお願いしたいぐらいです……でも、いいんですか』
「ああ、構わない。
無論こちらにだって、ドモン君の戦闘能力をアテにするぐらいの下心はある。
気兼ねしなくていい」
『はぁ……良いわね、ドモン?』
先程のレインとの一戦で気力が大幅に減退していたドモンの答えは実に投げ遣りであった。
『……好きにしろ……』
これが、ドモンが【ロンド・ベル】に参加する事になったくだりであった。
<セバストポリ近郊連邦軍基地上・機動巡航艦【アーガマ】ブリッジ>
「亜州作戦本部との連絡、まだか!?」
ブライトの張り上げた声が、通信オペレータを務めていた青葉を急かす。
緊急起動、緊急出撃、緊急出港と緊急づくしで出た【アーガマ】のブリッジは未だに
慌ただしかった。
本来ならば、基地司令と連絡を取り合って然るべき策を採るのであるが、要塞に対し
て行うような攻撃を加えられ殆ど全壊した基地でその様な幸運など望むべくもなかった。
実際基地生き残りと連絡をどうにか取ったが、基地指揮所は全壊、其処に居た筈の基
地司令他基地スタッフは絶望的とのことであった。
そこでここを統括する連邦軍亜州作戦本部との連絡を取るべくブライトは、先程青葉
に向かって叱咤していた。
「待って下さい!
あと……少しです!」
ブライトに急かされつつも、青葉はコンソールを実に的確に操作し、生き残っている
通信路を確保し、連絡を取ろうとしていた。その彼の努力は着実に実を結んでおり、極
僅かな時間クリアーとなった衛星通信網から連絡が取れようとしていた。
軍用機密コードにて極度に圧縮された通信内容が、この時代の通信速度としては亀よ
りも遅い歩みを見せつつインジケータを塗り潰していく。
青葉は、少し興奮気味にしてその様子を見守っていた。
「よーし、よーし……来た、来た、来た、来ったぁ〜!
ブライト司令!
連絡付きました!」
「よし!
向こうは何と行って来ている?」
「『発:亜州作戦本部 宛:【ロンド・ベル】
貴隊ハ独立部隊トシテノ機動ヲ発揮シ、独自ノ判断デ行動サレタシ。
ナオ当方麾下ノ部隊ニテ索敵線ヲ展開中。
ちゃねるこーどD117−X・秘匿こーど517ニテ、情報取得可能。
追伸:
せばすとぽり基地ノ状況ハ確認済。
既ニ救援隊第一陣ガ、急行中。
到着ハ0510ノ見込ミ』
以上です」
度重なる戦乱の洗礼を受けているだけはある。
連邦軍亜州作戦本部は、実に迅速に【ロンド・ベル】の行動権を認めていた。
作戦上のフリーハンドを得たブライトは、まずファに問うた。
「【グラン・ガラン】はどうなっている?」
「現在待機中。
直ちに出撃が可能だそうです」
ファの答えを聞いて、ブライトはトーレスの名を呼ぶ。
「トーレス!」
「推進機順調、反応炉出力正常!
いつでも行けます!」
ソレを聞いて、ブライトは素早く決断した。
「【グラン・ガラン】と合流後、【ロンド・ベル】は直ちに敵機動部隊を追撃する。
機動兵器収容を急げ!」
ブライトの命令に、ブリッジ要員が一斉に返答した。
「「「「「「了解」」」」」」
:
アムロ達を収容し終えた【アーガマ】は【グラン・ガラン】と共に【グール】追撃す
べく、基地の残された兵士から声援を受けて、基地を後にした。
<機動巡航艦【アーガマ】下層格納庫>
そこは丁度戦闘で傷ついた機動兵器をみるべく整備員が右へ左へてんやわんやしていた。
その中で異相の大男ボスは機嫌良さそうにして、彼が個人所有している作業用大型ロ
ボット、ボス専用 Basic Occupation Replacement Oddity Toy(基本作業代替奇想玩具)、
略して【ボスボロット】を操っていた。
『とーちゃんのためなら、エーンヤこーら〜ぁ♪
かーちゃんのためなら、エーンヤこ〜らっ♪』
本来彼の年齢では、似合い様も無いはずの古臭いその鼻歌は何故か異様にハマってい
た。粗末な内部配線のため外部拡声器へ漏れ出ているが、誰も咎め立てしない。それど
ころか一緒になって口ずさむ者が居る始末だった。
男臭い鼻歌を聴き流しながら、【アーガマ】整備長モーラ・バシット中尉は細かく指
示を出す。
「ほら、そこ!
次の出番が押してるんだよ!
手を休めない!」
そして一息ついて、【ボスボロット】を見遣った。
「ボースッ!」
『なーんざんしょ?
モーラのネーチャン』
威勢の良いボスの返事に一層機嫌をよくするモーラ。
その彼を、最も必要としそうな場所へ向かうよう、指示を出す。
「済まないけど、ゲッターの整備を始めるから第一機動兵器ドック(大型機動兵器用整
備設備)の方へ行ってくれるかい」
『まーかしてのちょ〜よ』
どこまでも気持ちのいい返事に、モーラはリップサーヴィスをしてやる。
「ふふっ……ボス、アンタっていい男だよ。
キースが居なけりゃ、惚れてたよ」
無論、本意ではない。
ボスもそれは判っているが、気持ちのいい返事を返してドックへ向かっていった。
『サンキューのベリーマッチョ!
んじゃぁ、ドックの方に向かうわさ』
「頼んだよ!」
モーラの声を背に受けて、【ボスボロット】は格納庫内奥のドックへ向かっていった。
:
「ドモンー!
こっちは準備OKよ。
リフトオンして頂戴」
『判った』
レインの指示に従い、ドモンの【シャイニングガンダム】は【アーガマ】格納庫内
の片隅に駐められたレインの乗るMSトレーラへ向かった。MSトレーラのランチアッ
プしたベッドの所定位置へ機体を合わせて、動力を切る。
機体が駐機状態なったことを確認して、レインはドモンへ呼び掛けた。
「ご苦労様。
もう良いわよ」
そういってレインは、【シャイニングガンダム】の診断シーケンスを走らせる。
ドモンが降りてくるのを待っていると、視界の隅に見慣れないモノを見つけた。よく
見てみるとどこかで見覚えのある黒髪少年が、やや赤みがかった金髪の少女の手を引い
てこちらに向かってくる所だった。
その光景は、幼女が飼い始めた好奇心旺盛な仔犬が突然駆け出したところ、思わずそ
のまま引き摺られてしまっている様な印象を受けた。
「ちょっ、ちょっとシンジ!」
「ダメだよ、アスカお礼まだ言ってないだろう」
「わかったから、ちょっと……」
何やら手を引かれる少女の顔が赤いような気がするが、まぁしょうがないとレインは
思った。ジャケットを着ては居るが自分であったら、まず人前に出たくなくなる、身体
のラインがビッチリと出るインナーウェアもどきを着ていたからだ。
無論、少女の人目を惹く腰から脚に向かう艶めかしい曲線が犯罪的までに露わになっ
ている。
そして、少女のまだ女に成り切っていないお尻の曲線は、可愛いモノをレインに感じ
させた。多少は、ごく一部の特殊な趣味の持ち主の気持ちを理解できたような気がした
が、レインは自らの考えていることに思わず赤面してしまい、その考えを振り払った。
実際にはレインの思っていたことと違うことで、少女は顔を赤らめていたのであるが
そんなことはレインが判り得よう筈も無かった。
レインが興味深そうに彼らを見ていると、彼らもレインに気付いたようだった。
彼らはレインの方へ向かって、駆け寄ってきた。
その時になって、レインは彼らが誰であるかようやく気付いた。
セバストポリの繁華街で、ドモンが助けたらしい少年とその少年に護られていた少女
であった。
彼らの微笑まし気な様子に、思わず頬を緩めてレインは彼らを迎えた。
「いらっしゃい。
何か私達に用?」
レインの問い掛けに、少年の方が答えた。
「あの、……レインさんでよかったですよね?
レインさん達も【アーガマ】に乗ることになったんですか?」
「えぇ、そうなの。
よろしくね。
えーと、君はたしか、……あの食堂に居た子よね?」
「そ、そうです。
ぼっ、僕は碇シンジって言います。
よろしくっ!」
「よろしく。
私はレイン・ミカムラ
この【シャイニングガンダム】のパイロット、ドモン・カッシュと一緒に旅をして
いるの」
「そうなんですか……
あっ、まだ紹介していませんでしたね。
こっちは、アスカです。
ほら、アスカ……」
「なによ!
急に何も言わず、こんな所に連れてきて……」
「アスカっ」
「もう、判ったわよ!
惣流・アスカ・ラングレー。
よろしく」
ややぶっきらぼうな言い方をするアスカをフォローする様にしてシンジが言葉を継ぐ。
「すいません。
アスカ、戦った後で少し気が立っているんです。
ホントは礼儀正しい良い娘なんです」
レインは少年の口から「戦い」と云う少年の印象に最も沿ぐわない言葉に意外性を感
じながらも、シンジへ向かってにこやかな笑顔を向けて応じた。
「えぇ、判っているわ。
それで何の?
私たちに用があったんでしょ?」
「あの……ドモンさんはこちらに居ますか?」
「えぇ、居るわよ。
ドモーン、まだ出られないの?」
すると思わぬ所から声がした。
「ここだ」
声の方に向いてみるとそこには【シャイニングガンダム】からいつの間にか降りて
いたドモンがいた。
彼はシンジ達を見下ろして、面倒臭そうに質問した。
「……俺に何の用だ?」
「ドモン、そんな言い方無いでしょう!」
「レインさん、いいんです。
すいません、僕は碇シンジって言います。
あの……街の食堂でお世話になりました。
お礼が言いたくて……」
「ふん、あのことか……礼などいらんと言ったはずだ」
ドモンの言い方が気に入らなかったのか、アスカが半ば喧嘩を売るようにして呟いた。
「何よ、無礼な奴ね」
それをドモンは聞き逃さなかった。
「何だとぉ!」
「何か文句あるっての!?!」
「ドモン!」
「アスカぁ〜」
レインとシンジの非難を受けて渋々矛を収める二人。
だが、二人ともかなり不服そうだった。
「何よ、アイツが悪いんじゃない……」
そのアスカをシンジは諫める。
「アスカ、あの人は食堂で僕たちを助けてくれた人だよ。
ほら、アスカからもお礼言って!」
「何でよ!」
「アスカっ!」
「判ったわよ、言えば良いんでしょう!
言えば!」
「取り敢えず、礼は言って置くわ!
あ、り、が、と、う!」
アスカの、まるで感謝の気持ちが篭もっていない礼を聞いて、黙っているドモンに向
かって、レインの一喝が飛ぶ。
「ドモンッ!」
それを聞いてもう「ウンザリだ」と言わんばかりの表情でドモンはアスカに返事を返
した。
「どういたしまして、だ。
レイン、もう良いだろう!
俺は行くぞ」
「ドモン!何処へ行くのよ!」
「このフネの艦長に挨拶してくる。
礼儀……だからな」
そういって、当て付けがましくアスカに一瞬視線を向けてドモンは格納庫から出ていった。
「……もう、何よアイツ!
失礼しちゃうわね!」
アスカのご機嫌は至極悪かった。
「しょうが無いよ。
ドモンさんも、戦闘が終わった後だから気が立ってるんだ。
許してあげなよ。
僕たちの恩人だよ」
「……もう、しょうが無いわねぇ……アンタがそうまで云うんなら勘弁してあげる
わ!
ただし……」
「ただし……?」
アスカの言葉に非常に不吉なモノを感じるシンジ。
だが、それは珍しく杞憂だった。
「この後、ドリンクを奢ってくれたらね!」
予想外に控えめなアスカの要求に、胸を撫で下ろしつつ承諾するシンジ。
その時シンジは無意識であろうが、会心の笑顔を浮かべていた。
「うん!」
アスカは初めて見たシンジのその笑顔に、頬が再び紅潮するのを感じていた。
彼らの小っ恥ずかしい会話に聞かない振りをするレインであるが、その彼らを見つめ
る紅い瞳の少女を見つけた。服装からして間違いなく目の前の彼らの仲間だろう。レイ
ンは気を利かせて、教えてあげることにした。
「シンジ君、あの子お友達でしょう?」
「えっ?」
シンジはレインの指差した方向を見るとそこにはレイが居た。
基本的に人の良いシンジは、当然レイも誘う。
「綾波ぃ〜」
シンジに呼ばれたことで、レイは小走りして駆け寄ってくる。
その様子は、一見無表情であったがどこか喜色で色付けされていた。
「ねぇ、アスカ。綾波も一緒に……」
シンジがそう言いながら後ろを振り返った時だった。
彼は、額に青筋を張り付けたアスカの十分にテイクバックされた右手を確認していた。
:
「何よ、アレ〜!」
アナハイム・エレクトロニクス社MS設計局三課【アナハイム・ローゼス】の名に恥
じない美しさを持つニナ・パープルトンは、美人にあるまじき声を上げて驚嘆していた。
「やだ、嘘、なっ、何よあのガンダムは!
あの大きさは、50フィート級!?
でも、サナリィのじゃない……アナハイムのでも無い……もちろん連邦(軍工廠)
のでもない。
一体、どこのガンダムよ!」
悲鳴の原因は、ドモンの持ち込んだ【シャイニングガンダム】である。
A.E.社きって美女として有名な彼女は、少し特殊な趣味を持つことでも知られていた。
異常なまでのガンダム嗜好、である。
それが高じて【ガンダム・ゼフィランサス】その他を設計・開発、ひいては【ロンド・
ベル】へ居着くことになったのであるがそんなことはどうでもいい。今はただ現存する
全てのガンダムを知っている筈の彼女が知らないガンダムがあった。ただ、そのことだ
けが重要だった。
彼女の矜持を十分に打ち崩す衝撃に肩を振るわせるニナに、誰かが呼び掛けた。
【ガンダム・ゼフィランサス】パイロット、コウ・ウラキ少尉だ。
「あれ、ニナどうしたんだい?
あのガンダムは何処のかな、見たこと無いな……ニナ知っているだろう?
教えてくれよ」
コウの若干甘えるようなその言葉を聞いて、ニナは更に肩を振るわせた。
ニナの怪しい様子にコウは地雷を踏んだような喪失感を感じたが、既に遅かった。
「知らないわ……」
「や、やだなぁもう、ニナが知らないガンダムが在るはず無いじゃないか。
知ってるんだろう、教えてくれよ。
アナハイムの新型?……いや、この時期地球でテストするはず無いよな……じゃ
あ、連邦工廠の新型? ……まさか、サナリィの新しいヤツじゃ……」
コウがそこまで言った時、ニナは振り返った。
だが、そこにはいつもの笑顔は無い。鬼気迫る表情でニナはコウの胸元を持って締め
上げた。
「知らないのよ……このガンダムが、今の今まで存在していることすら知らなかった
の! こんなの許せる!? 私に断り無くガンダムを作ろうなんて……絶対赦せな
いわ! コウ、アナタもそう思うでしょう!?」
ニナの演説が盛り上がらんとしたところで、新たなる人物からの呼び掛けがあった。
コウの士官学校同期生、【GMキャノン2】パイロット、チャック・キース少尉だった。
「やぁ、ニナ」
「あら、キース」
キースはいつものように軽い口振りだ。
その口調のまま、まるで緊張感とは縁の無い様子でニナに語りかけていた。
「何だか、盛り上がってるみたいだね。
でも、もう少し押さえた方が良いと思うんだけどな」
自分でも思い当たる節があるのか、少し恥ずかし気に答えるニナ。
「そ、そう?
でも、どうして?」
「あぁ、今みたいに落とされちゃ可哀相だからね。
コウが」
そういってキースは、ニッコリ笑って指差した。
そう言われて、コウの存在を思い出したニナはキースに指差された、彼女の腕の先に
居るはずのコウに目をやる。
「あっ、あら……コウ?」
高ぶる精神そのままに襟元を掴まれて振り回されて只で済むわけがない。
そこではコウが白目を剥いて、落ちていた。
「あら、あは……あはははははは……」
ニナの空虚な笑いは、暫く【アーガマ】下層格納庫に響いていた。
<火星軌道・【ゲスト】根拠地>
ここは火星衛星軌道に設けられた【ゲスト】の根拠地。
彼らは、今次地球圏大戦の真の仕掛け人であった。
彼らは評議会の命を受け、誠実な外交努力をしたにも関わらず、礼に対して非礼で応
えた地球人に対して、文明人として野蛮極まりないこの星系の知的生命体を文化的矯正
すべく派遣された。
文化矯正プログラムの尖兵として派遣された、彼らの作戦目的は比較的シンプルであった。
地球圏文明よりの戦力剥奪。
彼らはまず、非理性的で極めて危険な地球人からその凶暴とも言える戦闘能力を削ぎ
剥いで、文明人たる彼らの再教育を円滑に行える状態を作り出すため、この辺境星系へ
と派遣されていた。
出来うる限りの最新テクノロジーと人材を投入して編成された派遣軍であるが、実戦
経験に欠ける彼らの軍は、評議会をして漠然たる不安を感じずにはおれなかった。
そこで評議会は、星系間傭兵団と契約を交わし、かつて外交のあった文明圏で最も攻
撃的で且つ理性的なペンタゴナ文明と取引をすることによって、その実戦経験豊富な軍
を地球圏派遣軍へと引き込むことに成功した。
その評議会に抱えられた傭兵団指揮官、グロフィス・ラクレインは愛機で出撃前最終
点検に追われていた。彼らが直接参加する初の戦闘だ。勢い全ての事柄で慎重に為らざ
るを得なかった。
「ふむ、チェックリストオールグリーンか……コントロール!
発進準備状況知らせ!」
『グロフィス隊長の【ライグ・ゲイオス】で最後です。
無人機動兵器【ガロイカ】48機、汎用機動兵器【レストレイル】14機全て問題あ
りません。
でも、宜しいのですかグロフィス隊長?』
「ロフで構わん。
で、何がだ?」
「はい、今回の構成です。
わざわざ旧式機ばかりを集めずとも。
何故、【カレイツェド】(強襲型機動兵器)や【レストグランシュ】(汎用型の最新
機)を組み込まないのでしょうか?」
「これは初陣だ。
試験以外で使われたことの無い様な機体を使うことなど、出来ん」
『差し出がましい口を訊いてすいませんでした』
萎縮する部下を労うように、ロフは部下に言葉を掛けた。
「気にするな。
……すまんが酒の準備をしていてくれ、初陣と戦勝祝いにな」
『了解!
全隊に通達しておきます』
因みに彼らの酒盛りは無礼講と決まっており、非常に賑やかなことで知られていた。
無論ロフがその中心で騒いでいることは、言うまでも無い。
彼が出撃しようと命を下す直前に、新たな通信が入った。
『準備はいいか、ラクレイン?』
その男はテイニクェット・ゼゼーナン。
評議会に任命された派遣軍の総司令でなおかつ地球圏矯正プログラムの総責任者であ
るが、腹に何か一物を抱いているような後ろ暗さが見え隠れする男だった
その様なゼゼーナンをロフは毛嫌いしていた。
ロフはゼゼーナンと同じ文明圏の出身であるが、ゼゼーナンと同種の人間ばかりの社
会に嫌気が差し、国を捨てた経緯がある。
「出撃前で込み入っています。
ご用ならば、手短に」
自らが嫌われていることに慣れているのだろう。
ロフの非友好的な口調にも全く動じた様子は無い。
『ふむ、それは済まん事をしたな。
では、手短に言おう。
出来うる限り、作戦目標の確保に留意せよ。
情報班からの報告では、地球連邦政府戦力では無いようだ。
あの巨艦は戦略拠点に為り得る』
「命令ならば」
『続いて、シャフラワース隊の出撃も控えている。
これからの士気に関わる事だ、色良い報告に期待する』
そう言ってゼゼーナンは、通信をうち切った。
ロフはゼゼーナンが口にした後続隊の名を聞いて、心がざわめくのを感じていた。だ
が、これから彼は戦いに赴くのである。これでは、戦えない。
だから、ロフは気持ちを切り替えるため、表情を引き締めた。
そして、気分を一転させたロフは軍人としての精悍さ溢れる口調で命令を下した。
「グロフィス戦闘隊、出るぞ!」
「了解!
転送を開始します!」
<シベリア北部北極圏近く・超巨大浮揚戦闘艦【ゲア・ガリング】>
「兵の様子はどうだ……」
クの国々王ビショット・ハッタは、幾分投げ遣りに部将に問うた。
尋ねられた家臣もやや困惑気味にして、返答する。
「はい、見知らぬ世界へ投げ出された事で兵の士気も低く、戦を出来る様子ではありま
せん。加えて先の戦いで……」
「えぇい、先の戦いのことは言うな!」
ビショットは、手にしていた杯を投げつけ耳障りな報告を止めさせた。
「は、ははっ」
萎縮してしまう、部将。
所詮は、人の背後にて策謀を巡らせる事の多かったクの国部将である。
宮廷内の政争に生き残れたモノは、武勇よりも小賢しい知恵ばかり優っており『赤の
三騎士』ガラミティの様な男は、殆ど居なかった。
その極少数居たガラミティの様な真の武人達は、殆ど先の異郷の戦いで帰らぬ人となっ
ていた。その事はビショット軍全体に大きな影を落としている。
通夜のような陰気な所へ、新たに入ってきた者が居た。
ルーザ・ルフト。
北米アリゾナで事態を静観しているドレイク・ルフトの妻である。
彼女は入ってくるなり、ビショット達を笑い飛ばした。
「ホホホホ……」
「何が可笑しいのです。
ルーザ殿!」
「可笑しい? ……そう、可笑しいかも知れませんわね。
いい男衆が一戦負けたぐらいで、この世の終わりとでも言わんばかりのこの様子。
これが可笑しくなくて何と言えばよいのでしょう」
ルーザの言い様に憮然とするビショット。
口振りも自然と、険しさを増していた。
「ご婦人は気楽なモノですな!
この様な異世界に投げ込まれたのですぞ!
これで呑気な事を言えるとでも思っているのですか?」
「あら、これは心外な……異世界であろうと、この【ゲア・ガリング】を持ってすれ
ば、何の事はありますまい?
ここを新たな私共の国にしてしまえばよいだけのこと……」
「好き勝手なことを言いなさる……」
そうビショットが呟いた時だった。
「ビショット様!
アレを!」
兵が叫んで、外の一点に向かって指差した。
そこでは、空中にいくつもの光が瞬き消えていた。そして、光が消えた後には明らか
に戦闘用らしいマシンが現れていた。
「敵か!?」
「判りません」
「合戦準備!
オーラバトラー隊の発進準備急げ!
準備できた者は、下命あるまで待機せよ!
向こうの出方を見る!」
本来であるならば、この時点での遅れは致命的だ。出来得ることなら、戦力展開した
い。だが、今のビショット軍の内情がそれを阻んでいた。
異世界への放逐と敗戦で兵の士気も落ち、大幅に戦力低下した。この状態で無闇な戦
闘は即、組織崩壊へと直結してしまう危険性がある。その為無用な戦闘は、極力避ける
必要があった。
敵の出現がどうやら一段落したようだ。
敵の総数は60機前後で、過半数はオーラバトラーより2回りほど大きいどこかネズ
ミをイメージさせるマシンだった。
そして他は一機を残して全て同じだった。
全高でオーラバトラーの数倍あるような人型だ。スタビライザーをかねているらしい
尻尾が何故かユーモラスだった。
指揮官機らしい最後の一機はあからさまに凶悪な気配を漂わせている。先の尻尾付き
人型よりも更に2回り程大きく機体各所にゴテゴテと兵装をこれ見よがしに取り付けて
いた。明らかに強力なことが見て取れるマシンであった。
焦燥感を煽るような奇妙な静寂は、ビショットを苛立たせる。
いっそ全軍総攻撃を命じて、何らかのカタを付けてしまおうか。
そんな誘惑に駆られている時だった。
空中にスクリーンの様なモノが展開されて、細面に意志の強い眼差しと左目に付けら
れた疵が印象的な男が映し出された。
【ゲア・ガリング】へビショットの理解できない方法で、目の前の部隊指揮官らしき
男が通告してきた。
『貴公らに告げる。
私は【ゲスト】麾下指揮官グロフィス・ラクレイン。
当方は貴公らに降伏を勧告する。
繰り返す、当方は貴公らに降伏を勧告する。
猶予は5分与える。
当方の勧告が受け容れられない場合は、速やかに貴公らを排除する』
正体不明の相手からいきなり降伏を勧告されたビショット軍首脳部は、混乱を起こし
ていた。日和見な重臣などは早々と「降伏すべきだ」等と喚き立てる。はたまた将軍達
は即時攻撃を強硬に主張する。全く混乱の渦と言って間違いなかった。
だが、時間は刻々と過ぎていく。
与えられた5分が過ぎ去った時、グロフィスと名乗った男は再び告げた。
『猶予は与えた。
だが、我々は無駄な戦いは望まない。
貴公らの判断が円滑に行えるよう、材料を提供しよう』
そう言ったかと思うと、指揮官機らしい機体の肩口に備えられている砲身がビショッ
ト達に向けられた。その砲口が暗く光ったかと思うと全ての光を呑み込んで闇が二筋奔っ
た。
それは信じられない事に【ゲア・ガリング】の巨体を激しく揺さぶる。
直撃からは程遠い筈の攻撃余波ですら、これだけの威力が見て取れるのだ。
直撃ならば【ゲア・ガリング】といえど、数発で沈む事が本能的に理解できた。
硬直するナの国首脳陣は全く動きが取れない。
何時までも返事の無い事に苛立ったのか、ロフは再度攻撃を行った。今度は、【ゲア・
ガリング】の周囲に随伴していた浮揚戦闘艦へ直撃させた。
その哀れな艦は、暗き光条へ向かって一瞬縮んだかと思うと瞬く間に四散していた。
その凶暴な威力は元々意気消沈していたナの国首脳陣から抗戦意識を剥ぎ取るに十分で
あった。
ロフは三度告げた。
『これが最後だ。
降伏せよ、貴公らの安全は保障する』
力無く玉座に座り込んだビショットは、小さく呟いた。
「降伏する……我々の負けだ」
<サイド7グリプス港内・機動巡航艦【アレキサンドリア】>
サイド7、【ティターンズ】根拠地【グリプス】ドッキンベイに係留された機動巡航
艦【アレキサンドリア】ブリッジで着々と進む出師準備を見ながらカクリコン・カクー
ラー中尉は物思いに耽っていた。
無論、これからの事も考えていてはいるが、その考えの大半は先程訪れた営倉でのこ
とだった。
:
「よう、ジェリド。
元気にやってるか?」
MP(軍警官)に案内されて、カクリコンは機体の無断使用で営倉入りしていたジェ
リドの元を訪れた。カクリコンの予想に違わず、案の定ジェリドは営倉で腐っていた。
「これが元気に見えるか?」
何処か愛嬌溢れるその姿に笑みをこぼしつつ、カクリコンは言葉を継ぐ。
「まぁ、そう腐るな。
今日は良い話を持ってきてやったぞ」
だが、ジェリドの反応は良くない。
等閑な返答のみである。
「何だ」
「実はもうすぐウチで任務部隊が編成される。
表向きは消耗した地球軌道艦隊の増援って事になってるが、この間の件(伍話のサイ
ド7襲撃事件)で実戦能力に疑問を感じた連中が、実力査定をしたいらしい」
「そりゃ、ご苦労なこった」
「人ごとだな。
まぁいい、それでお前にもおこぼれを分けてやろうと思ってな。
どうだ、ここから出たいと思わんか?」
何を分かり切っていることを訊いているんだとばかりに、ジェリドの口調が険しくなる。
「出たいに決まっているだろう!」
ジェリドをあやすようにして、カクリコンは話を続けた。
「そういきり立つな。
おれもその任務部隊に出ることになったんだが、どいつもコイツも役に立たん。
でだ、腕のいい相棒を捜している。
お前が良ければ、此処から出してやる。
無論、任務部隊に参加して貰うがな」
「どうせ、【GM】かOZの腐れMSだろう。
俺はあんな棺桶に乗るつもりはない」
「奇遇だな、俺もだ」
「何?」
「そう言うことだ。
当然、まともなMSをせしめてある。
どうだ、やるか?」
「あぁ、それならその話し乗った!
で、モノはなんだ?」
「そいつは出てからのお楽しみだ」
「ちっ、勿体振りやがって……
でも、どうしてだ?
何で俺にそこまでよくしてくれる?」
「なぁに、お前に営倉は似合わんと思ってな。
陰気臭い営倉が人外魔境になる前に、原因を取り除くのが人の道だろう?」
「俺は、環境汚染物質か!?」
「いや、環境破壊危険物だろう?」
:
営倉での一部始終を思い出していたカクリコンは、ジェリドの笑える様子に思わず表
情に出していたようだ。ブリッジ要員から怪訝な顔を向けられていた。カクリコンはわ
ざとらしく咳づいて誤魔化す。
暫く静寂が漂うが、それは【アレキサンドリア】艦長ガディ・キンゼー中佐がブリッ
ジ入りするまでであった。艦橋保安員の声が響く。
「キャプテン、オンブリッジ!」
艦橋詰めした居た者全員が、今し方ブリッジ入りしたガディ中佐へ向かって敬礼する。
ガディ艦長は歩み寄って、敬礼するカクリコンに書類を渡しつつ、愚痴た。
「面倒を押しつけてくれるな、カクリコン中尉」
カクリコンは、艦長の疲れた様子に一応礼を述べた。
「ご理解に感謝します、ガディ艦長」
「苦労をさせてくれる。
まぁ、信用できる連中が少ないからな、仕方あるまい」
「高い評価に感謝しますよ。
お陰で安心して戦える」
「そうで無くては困る。
で、このジェリド中尉とやらは役に立つのか?」
「少なくとも、ここ最近の連中よりは役に立ちます。
それに……」
言い淀むカクリコンを見て、多少引っかかるモノを感じないではなかったが、それは
取り敢えず無視して、ガディは話を続けることにした。
「それに……?
まぁ、いい。
だが、何故そんなにヤツに拘るんだ?
確かに腕はいいが……」
ガディのその問いに、カクリコンは少し考えを巡らせて答えた。
「……あいつは叩けば、まだまだ延びます。
燃え尽きちゃいないんですよ」
<機動巡航艦【アーガマ】休憩所>
兎角、軍艦というモノはあるモノは全て使おうとする。当然云うまでも無く人もその
範疇に含まれる。と、云うか最も乱用される。その事実は階級意識が極めて薄い、ここ
【ロンド・ベル】では顕著だった。誰しもがその苦役逃れようと数度ぐらいは画策する
ものだが、そもそも閉鎖空間である軍艦内である。成功した者は少なかった。
だが、ここに先人の努力を嘲笑うかのように飄々と苦役から逃れ続けている男が居た。
【ネルフ】保安四課より【ロンド・ベル】へ出向した、加持リョウジ大尉である。
彼はいつものように、仕事の気配を本能的に嗅ぎ取って、迅速にその臭いから逃れて
いた。そして、最も忌み嫌う臭いの少ない、ここ休憩所でくつろいでいたところ彼らと
遭遇した。
2、3日見ていないだけであったが、久しぶりに顔をあわす気がする少女は、彼が記
憶に刻んでいる姿とはかなり異なっていた。
無論、ソレは彼にとっても喜ばしいことだった。
彼の国での少女の惨状を目の当たりにして、何もできなかった彼が赦されている。そ
んな気分を味わえるのだ。これほど喜ばしいことは無い。
その為に贄として哀れな子羊を一人所望していることなど、彼にしてみれば全く問題
が無かった。彼は贄である少年で無いのだから、尚更だ。
だから、彼はにこやかな顔で彼らを迎えた。
「よう、アスカ。 元気しているか?」
そう、加持はまだ彼に気付いていないらしい少女に呼び掛けた。
呼び掛けられた少女は【鬼】と云う存在が居れば、多分そうであろうと云うような鬼
気迫る様子で、失神しているらしい少年、サードチルドレン・碇シンジを引き摺ってい
た。
:
《変われば、変わるモノだな……》
加持は止めどない少女の話を聞きながら、思っていた。
そう思っている間にも、少女は実に事細かに彼女の身の回りの出来事を加持に話して
いた。
《気付いているのだろうか?》
そう加持は思う。
少女は、日本へ、そして【ロンド・ベル】へ移って変わった。
《気付いているのだろうか?》
少女は良く笑うようになった。
無論ドイツにいた頃も笑っていた。だが、それはどこか暗い蔭のある作り物めいた笑
いだった。それが今はどうだ。年相応の、光こぼれんばかりの笑顔が出来るようになっ
た。
《気付いているのだろうか?》
少女は怒るようになった。
ドイツにいた頃は、稀に癇癪を起こす事はあったが、殆どは怒ることすら馬鹿馬鹿し
いと云わんばかりに冷笑してせせら嗤っていたモノを。彼女は本当に怒るようになった。
《気付いているのだろうか?》
少女は喜びを謳歌するようになった。
ドイツにいた頃は、おそらくは彼女の定めた何かに押し潰され、生きていると云うこ
とを楽しんでいる様子は無かった。それが今では、人生全てを楽しんでいる。
《これで誰かの為に泣けることが出来るようになれば、イイ女の出来上がりだな……》
だが、そうなることは約束されている。
少女と一緒にいる少年が側にいるなら。
《気付いているかい、碇シンジくん?》
その全てに君が関わっていることを。
《気付いているかい、碇シンジくん?》
今自分と話している間にも、少女の目は気付くといつの間にか君の方に行こうとして
いることを。
だが、その君は目の前の少女とは違う少女の手当を受けている。
そして君は、実に個性的なその少女との会話に努力する。
自分は、その少女についてはよく知らない。
いや、ある一見地から見た場合の情報としてはそれなりに知ってはいるが、少女自身
については殆ど知らないと言って良かった。その持っている数少ない情報についても早
急に修正する事を迫られていた。
自分の目の前に居るのは、アルビノと云うごく稀な身体的特徴を持ってはいるが、そ
れ以外は、少し感情を表すことが得意では無い、ごく普通の少女でしかなかったからだ。
《だがな、碇シンジくん?》
君に気のある女性の前で、そう云う事をするのは自殺行為以外の何者でも無いことを
知っておいた方がいい。
加持はそう思った。
「じゃ、アスカ。
俺、仕事に戻るわ」
そう云って加持は、残念がる少女に多少のリップサーヴィスを残して席を外した。残
念がる少女の瞳の片隅で、押さえ込んでいた何かが噴き出さんとしていることを確認して。
《どこかの髯オヤジの云う様に真実なんて、大した価値無いかも知れんなぁ……》
だが、少年には真実が必要であったようだ。
案の定、少女の機嫌の悪そうな声が響いてきた。
《今度オリを見て、男と女の間の真実を伝授してやろう……》
何かが思いっきりはたかれた様な音を聞きながら、そう加持は一人ごちた。
<火星軌道・【ゲスト】根拠地ポセイダル軍割り当て区画>
こればかりはペンタゴナと変わらない深遠なる宇宙を、対熱対爆対閃光防御された分
厚い窓越しに眺めて、赤毛の美女レッシィは人知れず溜息を付いていた。
「何で、私はこんな所にいるんだろう……」
何度も浮かんでは消え、消えては浮かぶ、その問いの答えを未だに彼女は見つけるこ
とが出来ないでいた。
いつまでもその様な事ばかり考えていてもしょうがないので、他の事を考えようとする。
彼女の脳裏に浮かんできたのは、チャイの嘲りを受けた後に訪れた洗面所での出来事
だった。
:
そこでは、口内を切ったらしい長身の新参者ギャブレット・ギャブレーが口を濯いで
いた。
レッシィは、ギャブレーに嫌みを7忠告を3でブレンドした物言いで言葉を掛けた。
「格好つけようとするから、格好悪くなる。
その辺判んないかな、ポッと出の田舎者には?」
どこをどう取っても友好的とは言い難いレッシィの話しに、ギャブレーは比較的冷静
に応じていた。
「好き勝手なこと云ってくれる。
見知らぬ世界でそれなりに上手くやっている。
誉めて欲しいぐらいだ」
レッシィは男が口にしたその言葉に、せせら嗤いながら侮蔑を込めて褒めてやった。
「誉めて欲しいんなら、誉めて上げるよ。
坊や?」
「坊やと呼ぶのはよして貰おう!
私には、ギャブレット・ギャブレーという名がある」
「そうかい、ギャブレーちゃん?」
そこまで云われて流石に堪忍袋の緒が切れそうになったギャブレーであったが、驚異
的な自制心でそれを押さえ込んだ。
「ぬぅ!
……まぁ、任務を果たせ無い者が、十三人衆の末席とは言え、名を連ねているより
はマシだろう」
「なんだって!」
ギャブレーの言葉が癇に障ったのか、レッシィが憤る。
だが、それを十三人衆としての矜持でどうにか押さえ込んだレッシィは更なる憎まれ
口を叩くことで己を御した。
「ふん、まぁせいぜいお偉方に媚び売ってセコく出世するんだね」
レッシィの憎まれ口に、ギャブレーは己の真実を告げることで応じた。
「軍は出世すれば、何でも出来る。
出世しなければ、駒として使われる。
私は駒で一生を終えるつもりは無い!」
それは常々レッシィが家の者に聞かされていた言葉だった。
次に出たレッシィの言葉は、彼女すら予想し得ないものだった。
「軍だけが、人生じゃないでしょが!」
:
「軍だけが人生じゃない……か」
彼女の脳裏に、誠実そうな青年の顔がちらついていた。
<第六話Dパート・了>
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ver.-1.03 2001/11/25 公開
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<作者の願望>
作者 「……なんとか間に合った……かな?
頑張れ、大家さん! (^^; 」
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