ヨーロッパ映画

マーク・ハーマン監督 「ブラス!」

映画ファン待望のイギリス映画の傑作「ブラス!」が、ようやく京都でも公開された。一足早く、昨年の「東京国際映画祭」で見る機会を得たが、最近では、最も心をゆさぶられた映画で、感動と興奮のあまり、しばらく席を立てなかった程だ。

映画の舞台は、炭坑閉鎖の波にゆれるヨークシャー地方の小さな街。モデルとなったのは、炭坑夫たちで結成されたブラス・バンド。頑固者のダニー(ピート・ポスルスウェイト)の率いるバンドが、人間としての尊厳と誇りにかけて演奏に情熱を燃やし、アルバートホールでの全英選手権で見事に優勝するまでを感動的に描いている。

この映画の主役は、やっぱり「音楽」と「労働者」だ。

「ダニー・ボーイ」「ウィリアム・テル序曲」「威風堂々」などの曲が実在人気バンドの手で演奏されるが、迫力ある演奏がストーリーと見事に溶け合い、胸に迫ってくる。

また、炭坑閉鎖に反対してたたかう炭坑夫とその妻たちのリアルな描写が秀逸。様々な不安をかかえ、動揺しながらも、みんなたくましく輝いている。おじさん達の中に一人で飛びこみ、みんなをヤル気にさせるヒロイン(タラ・フィッツジェラルド)も爽やかだ。

そして、優勝した後にダニーのおこなう演説が、労働者の心意気を示して圧巻。サッチャー政権への批判も鋭く、彼らは今後も不屈にたたかうだろうと確信させてくれる。

とにかく、誰が観ても、共感の笑いと涙につつまれ、勇気づけられる素晴らしい映画。この機会に、ぜひ一見を。

パトリス・ルコント監督 「仕立て屋の恋」

 先月紹介の「美しき諍い女」につづいてのフランス映画。「髪結いの亭主」の日本公開で多くの映画ファンを魅了したパトリス・ルコント監督が、「髪結い」の前作として89年に完成させた作品で、映画としての完成度は、こちらの方が上である。

 孤独で純情な中年男の仕立て屋が、向かいのアパートに住む女性に恋こがれ、毎晩見つめるうちに、ふとしたことから殺人事件にまきこまれ、最後には、その女性の「密告と裏切り」により人生を大きく狂わせていくという物語。

 恋こがれる女性の裏切りに直面しても、「私は君を少しも恨んでないよ。死ぬほど悲しいだけだ。でも構わない。君は私に喜びを与えてくれた」と語る中年男のせつなさ。愛の喜びと残酷さをこれほど痛切に描き切った作品は、最近では珍しい。

 思いがけない恋の訪れに戸惑う中年男・イール氏に扮するのはミシェル・ブラン。イール氏に見つめられつづけ、一度はその純愛に心を動かされながら、結局は裏ぎってしまう女性・アリスに扮するのはサンドリーヌ・ボネール。それぞれのベストとも思える熱演は、主人公の心情を象徴する寒々とした色調、息づまるようなエロチシズムにあふれる描写とあわせ、80分の上映時間を一瞬たりとも目の離せない至福の時にしてくれる。

 原作は、ジョルジュ・シムノンの「イール氏の婚約」(邦訳「仕立て屋の恋」ハヤカワ文庫)。

スコット・ヒックス監督 「シャイン」

東京・大阪でヒットした話題の秀作「シャイン」が、ようやく京都でも公開される。この映画は、実在のピアニスト、ディヴィッド・ヘルフゴッドの波乱にとんだ半生を描いた作品で、「ピアノ・レッスン」に続いて、オーストラリア映画の実力を世界に示した。

「お前は常に勝たねばならない」。幼いディヴィッドは、厳格な父親からそう言われつづけ、ピアノのエリート教育をうけてきた。やがて、「家族の結束を第一に」と考える父親の猛烈は反対をおしきってロンドン留学をはたし、天才的な才能を発揮する。だが、目に見えぬ重圧から、精神に異常をきたしてしまう。そんな彼を立ち直らせたのは、年上の女性たちとの出会い、なかでも、妻となるギリアンの「無償の愛」だった……。

一人の天才と彼に過剰な愛情をそそぐ父親との葛藤のドラマとして傑出した出来栄え。ディヴィッド役のジェフリー・ラッシュが、アカデミー主演男優賞の熱演ぶりだが、父親ピーターに扮したアーミン・ミューラー=スタールの渋い演技も忘れがたい。

だが、最大の見どころは、なんといってもピアノ演奏シーンで、とくに、ディヴィッドがラフマニノフの難曲「ピアノ協奏曲第3番」を演奏する場面。髪を振り乱し、汗を飛び散らせながら、一心不乱にピアノを弾きつづけるシーンは、息づまるような緊張感にあふれており、人生が「輝く」瞬間の素晴らしさを実感させてくれる。

ピアノ演奏の大半は、ヘルフゴッド自身によるもので、映画ファンだけでなく、音楽ファンにも必見(必聴)の1本。今年度ベスト1の最有力候補だ。

マルレーン・ゴリス監督 「アントニア」

今年のお正月映画は、話題の超大作「タイタニック」をはじめとして、力作・秀作がそろっているが、その前に、ぜひ観ておきたい1本がオランダ映画「アントニア」だ。

「アントニア」は、オランダの美しい田園地帯を舞台に、主人公アントニアとその家族の4世代の女性たちのたくましく豊かな生き様を描いた作品。オランダ映画が公開されるのは珍しいが、米アカデミー賞の外国語映画賞などに輝いた秀作で、必見の1本である。

戦争直後のオランダ。40代のアントニアは、10代の娘ダニエルをつれて故郷の村に帰り、農婦としての生活を始めるが、太陽のような彼女は、古い因習の残る村に新風を吹き込んでいく。生活力が旺盛で、誰にも分け隔てのない愛情をそそぐ彼女のまわりは、いつも新しい仲間が加わり、友情や恋愛が生まれていく……。

「ガープの世界」と同様、次々と常識の枠をやぶる奇妙な出来事がおこるが、テンポよく語られる4世代の物語が大人のおとぎ話の様で、観るものを幸せな気分にしてくれる。

脚本・監督のマルレーン・ゴリスは、オランダを代表する女性監督。「命は生きる定めなのよ」との台詞が象徴的にしめすように、人が生きることの意味を、移り変わる四季の中で、おおらかに見つめている。

イアン・ソフトリー監督 「鳩の翼」

「宗家の三姉妹」の予想を上回るヒットのため、延びのびとなっていたイギリス映画の秀作「鳩の翼」が、ようやく京都でも公開された。

この映画は、文豪ヘンリー・ジェイムズの恋愛小説を若きイアン・ソフトリー監督が大胆な解釈で甦らせた力作で、最近、「元気のいい」英国映画の中でも、傑作「ブラス!」とともに、頂点をなす本だ。

20世紀初頭のロンドン。没落した中産階級の娘ケイトは、貧しいジャーナリスト・マートンとの交際を伯母から禁じられていた。そんな時、不治の病に冒される富豪のアメリカ人娘ミリーと出会ったケイトは、自分の欲望を実らせるため、ある策略をめぐらせる。

ロンドンとヴェニスという魅惑的な二つの都市を舞台に、男女3人の微妙で複雑な三角関係が、みずみずしい映像でつづられていく。

結局は、嫉妬のためにすべてを失うケイトに扮したヘレナ・ボナム・カーターが、女心の複雑さと怖さを見事に演じて、新境地を開いている。

ヘルマ・サンダース=ブラームス監督 「林檎の木」

 「旧ソ連は社会主義社会でもそれへの過渡期でもなかった」との日本共産党第20回大会での不破委員長報告を聞き、すぐに想起した映画が3本あった。ポーランド映画「大理石の男」、旧ユーゴ映画「パパは出張中」、そしてドイツ映画の「林檎の木」。強制労働の存在や専制的支配の点で、東欧諸国もソ連と同様であったことを教えてくれるからだ。

 ようやく京都で公開される「林檎の木」は、旧西ドイツの女性監督ヘルマ・サンダース=ブラームスが、旧東ドイツに住む一組の農民夫婦をとおして、東西ドイツ統一前後の人々の心と生活を、深い痛みと未来への祈りをこめて描いた秀作で、絶対に見逃せない。

 主人公の女性レーナは、「ベルリンの壁」ができて1年後に生まれ、革命の理想にもえて成長する。やがてハインツと結婚するが、党の権威を背景にしつこく言い寄る農場組合長と過ちを犯し、「社会主義は人間をソーセージにしただけ」と罵る夫は逮捕される。

 その夫による密告と裏切りで、こんどはレーナが逮捕され、夫婦関係は完全に冷え切ったものに。そんな時、「ベルリンの壁」が崩壊する。新生ドイツへの希望に胸ふくらませるレーナだったが、その「幻想」も、資本主義経済の現実の前にすぐに打ち砕かれる。ブルドーザーが林檎の木を暴力的に引き抜いていくシーンが印象的だ。

 ラストシーンは、「たとえ明日,世界が終末を迎えても、今日、わたしは林檎の木を植えるだろう」との言葉を支えに、祖母の残した土地でやり直そうとするレーナ夫婦。その姿に作者の希望と祈りを見た。

フランチェスコ・ロージ監督 「遥かなる帰郷」

ズラリ並んだ夏休み映画の大作は、ほとんどが期待はずれ。そんな中で、近く公開されるフランチェスコ・ロージ監督の新作「遥かなる帰郷」は、キラリと光る珠玉の作品だ。

この映画は、アウシュヴィッツから奇跡的に生還したプリーモ・レーヴィが、故郷イタリアへと戻るまでの8ヵ月間の旅を書き記した自伝的小説「休戦」を映画化したもの。

商売上手でたくましく生きるギリシャ人モルド、口達者で世渡り上手なユダヤ人チェーザレ、家族・親戚のすべてを失ったイタリア人ダニエーレ、天才的スリのフェラーリ…。 プリーモ・レーヴィは、彼らとともに故郷への帰還の旅を続ける中で、収容所生活で粉々に打ち砕かれた人間性を次第に取り戻していく。とくに、ソ連軍キャンプでしたたかに生きる看護婦ガリーナと、収容所で体を提供されられていた娘フローラ、この二人の女性との出会いを通して「生きる意欲」を呼び覚ましていく様子が印象深く描かれている。

この映画は、声高に「反戦」を叫んだりしていない。むしろ、時にはユーモアもまじえながら、詩的ともいえる美しい映像の中で、人間そのものをじっくりと見つめている。それが人間性を破壊しつくしたナチの犯罪に対する静かだが鋭い告発となっているのだ。

戦争の記憶を正確に語り伝えようとする「志の高さ」と映画としての完成度の点で、今年度屈指の傑作といえよう。

ミルチョ・マンチェフスキー監督 「ビフォア・ザ・レイン」

「映画は現実を映す鏡」というが、今年は、バルカン半島を舞台に旧ユーゴ諸国の民族対立を描いた映画が3本公開されている。「ビフォア・ザ・レイン」もその1本で、91年に旧ユーゴから独立したマケドニア出身のミルチョ・マンチェフスキー監督のデビュー作。94年のベェネチア映画祭で金獅子賞(グランプリ)など10部門を独占した力作だ。

映画は、三つのラブストーリーを軸にした3話構成。マケドニアからロンドン、そして再びマケドニアへと舞台を移動させながら、登場人物を巧みに交錯させる。最後に、映画全体が複雑な円環をなす一つの物語であることが明らかになる仕掛けだ。

第1部「言葉」は、沈黙修行中の若き修道僧キリルとアルバニア人の少女ザミラとの恋と絶望的な逃避行を追う。第2部「顔」は、世界的に有名な写真家アレックスと退屈だが安心できる夫との間で揺れる女性編集者アンの苦悩を描く。そして、第3部「写真」で、16年ぶりに故郷に帰国したアレックスが見たものは、マケドニア人と少数派アルバニア人との憎悪と対立の激化だった。ラスト、映画は冒頭のシーンへと再び戻っていく。

雨雲のたれこめる暗い空、荒涼とした大地、中世に逆戻りかと錯覚させる協会や修道院……。日本のスクリーン初登場のマケドニア山岳地帯の景観は、息をのむ美しさだ。

マンチェフスキー監督は、美しい風景の中でくり広げられる祖国の悲劇を、第1作と思えない格調の高さで描きながら、人々が争いあうことの愚かさを切々と訴えている。いつまでも余韻の残る映画で、民族対立の複雑さを理解するためにも見逃せない。

ケン・ローチ監督 「カルラの歌

ケン・ローチ監督の新作「カルラの歌」は、バス運転手とダンサーの切ない恋物語を通して、ニカラグアへのアメリカの軍事介入を告発し、歴史の真実に迫ろうとした力作だ。

映画の前半は、イギリス北部の都市グラスゴーが舞台。バス運転手のジョージは、黒く輝く髪と深い悲しみをたたえた瞳のカルラと出会い、たちまち恋に落ちる。彼女は、ニカラグアからやってきたダンサーだった。カルラを心から愛するジョージは、かつて彼女が自由のために共にたたかった恋人アントニオを探すため、ニカラグアへと旅立つ。

そこで、ジョージが見たものは? 独裁者ソモサを倒して成立したサンディニスタ政権を転覆させようと、CIAの後押しをうけ武装攻撃を続ける右派組織コントラ。その攻撃に屈することなく、革命の成果を守ろうと命がけのたたかいに立ち上がる青年や女性たち。旅の中で、カルラとアントニオが強いられた悲惨な過去か明らかになってくる。

一貫してイギリス労働者階級の生活と感情を温かいまなざしで描いてきた社会主義者ケン・ローチ監督の集大成ともいえる作品だ。「リフ・ラフ」「フル・モンティ」で主役を演じたロバート・カーライルが、いかにも人の良いバス運転手役を好演している。一方、カルラ役には、ニカラグアの新人女優オヤンカ・カペサスが抜擢され、とくに後半、舞台がニカラグアに移ってから、見違えるように輝きをましていく。

なお、岩井俊二監督「四月物語」は、女優・松たか子のプロモーションビデオともいうべき小品だが、東京で一人暮らしを始めた女子学生の不安とときめきの日々をみずみずしく映像化しており、今年の収穫の1本だ。

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