第43回映画大学(呉)に参加して



赤松 陽構造
(題字・タイトルデザイン)
 第1講  映画タイトルデザインとは
 400本を超す映画のタイトルを手がけてきた赤松陽構造(ひこぞう)さん。

タイトルの歴史、タイトルの種類、タイトルの制作過程などにふれ、
自らが手がけたいくつかの作品のタイトルを紹介しながら解説された。

「アナログからデジタルの時代へ」の今日の流れについて、
「10日ほどかけてつくってきたタイトルも瞬時に出来てしまう」と指摘。
「映画の技術を支えてきた職人を見守っていただきたい」と訴えられた。

これから、映画のタイトル観る時の見方が変わることは間違いない。
交流会の抽選で、赤松さん作のタイトル集が当たった。貴重な宝物だ。


周防 正行

(映画監督)
 第2講  周防正行の映画の作り方
 新作「舞子はレディ」を完成させたばかりの周防正行監督。

「経験、時間、労力にこそ、人間の進化の源があるのでは」との思いから、
デジタル化の進む中でも、今回の新作までフィルムで撮影されてきた。
残存している映写機を活用した映画上映会を期待しているとのことだ。

映画の企画の発端は、つねに自分の「驚き」であったとし、
「同時代を生きている人々に向けて、映画を作りつづけてきた」と語る。

映画的ウソの積み重ねで真実を見せることが劇映画の魅力と語り、
いつも「社会派」のつもりで撮ってきたから、作風は変わっていないという。


三上 智恵

(ドキュメンタリー映画監督)
 第3講  なぜ辺境のニュースキャスターが映画を作ったの
 1日目夜の覆面試写会で上映された「標的の村」の三上智恵監督。

辺野古での座り込みが、沖縄以外の全国ネットで報道されない現状に怒り、
琉球朝日放送でドキュメンタリー番組を撮り続けてきた経験を紹介。
「マスコミは、権力の暴走をとめるために監視するのが役割」と断言された。

「1995年の少女暴行事件いらい、現実は何一つ好転していない」とし、
「沖縄に住む一人の大人として、責任をとりたい」と決意を語られた。

講演の最後に、故伊丹万作監督の一文「戦争責任の問題」を紹介、
「二度とだまされない」という強い決意と反省が国民にも必要と訴えられた。
 
西崎 智子

(広島フィルム・コミッション)
 第4講  地方のフィルム・コミッションの役割
 1000本以上の作品のロケなどを支援してきた広島フィルム・コミッション。

実際にどのような形で支援しているのか、大変、興味深い講演であった。

初支援作「父と暮せば」では、ガレキ一つ動かさないという条件で撮影。
7時間をこす撮影が、数十秒のシーンになるのを目の当たりにして、
映画の持つ秒単位の価値の大きさを改めて実感したという。

講演の最後に、日本でも例のない大がかりなビル爆破シーンの
8分間の映像が流されたが、フィルム・コミッションの役割はますます重要だ。



和田 竜

(作家)
 第5講  瀬戸内海と映画と私
小説 「村上海賊の娘」が今年の本屋大賞を受賞した和田竜さん。

最初に「脚本」を書いた上で、それを小説にするというスタイルが特徴で、
映画監督になりたいと思っていて、シナリオ講座にも半年通ったという。

書きたいと思う「事件」「バトル」をまず構想し、人物相関図をつくっていく。
「ござる」では不真面目な人間は描けないので、現代の言葉で書くという。

記憶に残る好きな映画・脚本は、「ターミネーター」と「切腹」。
好きな時代劇映画は「椿三十郎」「利休」(三國蓮太郎)という。
 

高畑 勲
(アニメーション映画監督)
 第6講  映画を作りながら考えたこと
 昨年、「かぐや姫の物語」でアニメの新境地を開いた高畑勲監督。
二人のインタビューアーの質問に答える形で、監督の思いを語られた。

疾走シーンが話題を呼んだ「予告編」には関与されておらず、
「かぐや姫の罪と罰」というコピーも、実は気に入っていないなどと、
映画制作の裏話などもとりまぜながら、新作の見どころを紹介された。
これは、もう一度、見直さなければいけないと痛感させられるお話であった。

次回作についての質問には、「つくりたいものはあるが…」としながら、
「年齢、気力、スポンサーの問題」などを課題としてあげられた。




黒崎 博
(NHKディレクター)

渡辺 あや
(脚本家)

尾野 真千子
(女優)
 第7講  「火の魚」のこと
 午前中に、「火の魚」劇場版が上映された後、午後に3人のトークショー。
尾野真千子さんも出演するということで、撮影が出来なかったのは残念。

だが、監督・脚本家・主演女優のトークショーは、興味津々の内容で、
上映された秀作「火の魚」劇場版の理解を深める上で、貴重な企画となった。

最初は、「私にはお笑い関係の質問を」と言っていた尾野真千子だが、
司会者やトーク相手からの的確な質問に答える中で、本音のトークを連発。
映画女優として成長し、今なお新鮮さを失っていない生の尾野真千子の
トークをたっぷりと聞けたことは、映画ファンへの大きな送り物となった。

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第42回映画大学(京都)に参加して



海南 友子
(ドキュメンタリー映画監督)

第1講  人として、母として、ドキュメンタリー映画監督として

「いわさきちひろ〜27歳の旅立ち〜」が昨年公開された海南監督は、
山田洋次からの要請、4年がけの約50人のインタビューの様子などを紹介。

波乱にみちた人生を知り、人間として母として職業人として強さを持つ人と
実感。「ちひろの生き方をたどって自分も生きていきたい」と語った。


東日本大震災に直面し、現地の取材を始めた矢先に妊娠が分かり、
「母として」を優先し関西で出産。被災地からの避難者の取材を続けている。
3月公開予定の新作は3・11後の出産をめぐるセルフドキュメンタリーという。



北村 明子
(演劇プロデューサー)

第2講  だから演劇は面白い!〜演劇とわたし〜
シス・カンパニー代表として多忙な日々の演劇プロデューサー・北村さん。
今日までの演劇人生で、芝居を始めた京都くるみ座での2年間の経験、
そこでの先輩たちの教えが一番の血肉になっていると語った。

「企画の面白さが命だ」と語り、「今、4年先の企画を考えている」
「寝る前に必ず1本の戯曲を読む」と語る北村さん。

「公演で赤字を出さないコツは」との参加者の質問に、
「自分が見たいと思う芝居をかけること」と自信たっぷりに語る
北村さんに、会場の参加者は圧倒されていた。


芦澤 明子
(撮影監督)

第3講  つくり手から送り手へ   

芦澤さんは、撮影監督を務めた原田眞人監督「わが母の記」に
ついて、井上靖さんの実家で撮影した時のエピソード、
わさび田の撮影でCGを活用したことなどを紹介。

後半では、フィルムとデジタルの問題について熱弁。富士フィルムが
フィルム製作をやめ、国をあげてデジタル化を進めている現状について、
「日本の美を自分の手で失ってしまう」と批判。

「フィルム撮影・デジタル上映」のケースが増えていることも紹介し、
「フィルムとデジタルの共存を」と訴えられたが、説得力があった。


山田 洋次
(映画監督)

第4講  いま、思うこと 
毎年欠かさず講師として参加している山田監督。インタビュー形式で、
1月公開の「東京家族」について、「東京物語」との違い、
撮影中のエピソード、黒澤明監督の思い出などを語った。

「東京物語」の時代はスタッフ全員が正規雇用であったと紹介。
「スタッフの雇用条件の確保は政府のやるべき仕事ではないか」と
指摘されたことが印象に残る。

来年1月公開予定の新作「小さいおうち」の製作は最終段階。
中島京子さんの直木賞受賞作の映画化で、大いに期待できそうだ。


加藤 千洋

(大学院教授)

第5講  気になる隣人・中国のゆくえ
「朝日新聞」北京特派員、中国総局長などを務めた加藤氏。
「文革世代」が担う習近平政権をどう見るのか、分かりやすく講演された。

「強い国家」と「もろい社会」が併存する現在の中国。映画「三姉妹」でも
描かれた経済格差の拡大、見直しが迫られる「天安門事件」の評価など、
課題山積の中国の動向から目が離せない。

「紛争は平和的手段で解決を」とうたう日中平和友好条約に立ち返り、
隣人・中国に対して、今こそ文化交流・民間交流を広げようと呼びかけた。


山本 太郎
(俳優・参議院議員)

第6講  自称俳優語る    
参議院議員に初当選した山本さん。忙しい日程の合間をぬっての参加で、
参加者からの質問に答える形で、映画・政治について熱く語った。

「脱原発」を宣言してから映画・TVの仕事が減り、今も半年の1本のペース。
「俳優業は卒業ですか」との質問に対しては、
「卒業する程の実績はないが、社会を変えない限り仕事は戻らない」と語る。

TPP参加や機密保全法の危険性について熱弁をふるい、
「国民が声をあげて戦う以外にない」と強調。
自らも9月後半から全国を回り街頭で訴えていくという。


ヤン・ヨンヒ
(映画監督)

第7講  北朝鮮へ渡った兄たちへ〜映画と家族〜
「かぞくのくに」で昨年の「キネ旬」ベスト1に輝いたヤン・ヨンヒ監督。
自分の家族を描いた「ディア・ピョンヤン」「愛しきソナ」に15年を費やし、
「いつか劇映画を」と思っていた時に話が持ち込まれた。

主役の3人の俳優からすぐ「快諾」の返事があったこと、ヤン・イクチョンから
「監督に必要なのは生き様だ」と言われたことなどのエピソードを紹介。

温めている企画が数本。「何をつくりたいのか」にこだわってもう少し頑張って
みたいと抱負を語る。日本映画の新しいジャンルとなるよう期待したい。


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第41回映画大学(明石)に参加して



浜田 毅
(撮影監督)

第1講  映画の時間

大蔵映画の撮影助手として映画界に入って41年の浜田監督。
もっとも知られている代表作は、アカデミー賞に輝いた「おくりびと」。


ピンク映画の現場は忙しく、「270万円の予算。1週間」で撮影したと言う。

その後、テレビの世界に移り、三船プロで数百本の時代劇を撮った。


昨年公開の「ツレがうつになりまして」を除いて、
すべてを35mフィルムで撮影していると言う浜田監督。
「フィルムに優るものはない」と語り、デジタル化は「少し悲しい」と語った。



鎌仲 ひとみ
(ドキュメンタリー映画監督)

第2講  ドキュメンタリーの力


全国300ヵ所で上映会の計画がある新作「内部被ばくを生き抜く」が
鎌仲ひとみ監督の講演の前に、特別に上映された。

「ミツバチの羽音と地球の回転」も、570ヵ所で上映会が行われたという。

「内部被ばくに関して正しく理解しなければ、健康・命が守れない」と痛感し、
4人の医師に取材した映画で、内部被ばくに関する貴重なドキュメンタリー。

「マスコミの情報をうのみにせず、私たちが変わらなければならない」と語り、
「自分の頭で考え、情報を吟味していく訓練をする必要がある」と強調された。



井筒 和幸
(映画監督)

第3講  オレの映画渡世    

「世間を騒がすスターが多いが、マスコミに狙われている」と語る井筒監督。

「首相官邸前での集まりと報道との間に距離感を感じる」と率直な批判も。
 
「ヒーローショー」の過激な描写は、映画界に対する問題提起だったという。

「感受性が強く頼まれてもいないのに映画を作りだした世代」と自己紹介。
映画を撮ることは趣味で、生きること。未だに「永遠のアマチュア」と語る。

経済の象徴である銀行と大阪を正面から描いたという新作、
11月公開予定の「黄金を抱いて翔べ」に、大いに期待したい。



松原 弘直
(工学博士)

第4講  脱原発から持続可能なエネルギーシフトへ 

環境エネルギー政策研究所で自然エネルギーの研究に携わる松原氏。

地球温暖化と世界のエネルギー事情、日本の原子力発電の現状、
福島原発事故の深刻さ、再生可能エネルギーへの転換などを語った。

原発の再稼働問題についても、厳しい条件を示し、
まずは「脱原発」の決断と具体的なロードマップが必要だと強調された。

よく準備された分かりやすい講義だったが、映画についての言及が
一言もなかったのは、映画大学の講義として残念であった。


山田 洋次

(映画監督)

第5講  今、思うこと
今や常連の山田監督は、クランクアップ直後の「東京家族」について語った。

「東京物語」からのセリフを引用する中で、多くのことを学び、発見したという。

俳優そのものを正面からとらえ人間に迫るのが小津監督の特徴と語るが、
「若い頃は小津映画に全く興味を持たず、『過去の人』と思っていた」という。

最近のデジタル化について、「映画110年の歴史の中で最大の転換」とし、
経費が安く上がるという経済性がその背景にあるのではないかと、
映画界の大きな流れに、疑問を投げかけられたのが印象的だった。


出川 三男
(美術監督)

第6講  役者・演出に溶け込む映画美術     

「男はつらいよ」シリーズなど山田洋次作品の美術を担当してきた出川監督。

「脚本は映画の命」と自分で脚本を書いて撮る山田監督は、
観客を画面に釘付けにするため、カット割に頭を悩ませる監督で、
セット重視の三谷幸喜監督作品とは対照的と語る。

美術監督にとって工夫の余地の少ない現代劇は面白くなく、
逆に、時代劇では当時の資料の不足に困ったという。

「男はつらいよ」のマドンナについても多くを語られたが、
一番好きな作品は、石田あゆみがマドンナの「あじさいの恋」という。



七沢 潔
(NHK放送文化研究所
・主任研究員)

第7講  NHKのドキュメンタリー番組の歴史
ETV特集「ネットワークでつくる放射能汚染地図」を担当してきた七沢さん。

NHKにおける教養ドキュメンタリー番組の流れを、「年表」も示して紹介。
ドキュメンタリー部門での蓄積が今日に引き継がれていることを理解できた。

その中で、「原子力」をテーマにしてきた七沢さんが
制作した6本のドキュメントの経過と内容を詳しく紹介された。

「事故直後に現地に入ったため、貴重な汚染のデータがとれた」
「何も知らされず、ホットスポットに取り残された人々が多い」との言葉は重い。

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第40回映画大学(広島)に参加して



藏本 順子
(序破急社長)

第1講  心の広島革命を!

八丁座をはじめ、広島の都心で6スクリーンを持つ蔵本さん。
「映画のまち」と言われてきた広島で、「サロンシネマ」を父から受け継ぎ、
以来、映画の世界で活躍してきた。

「ミニシアターは時代遅れ」との大会社社長の発言に発憤し、
日本のどこにもないユニークな劇場をめざしてがんばってきたという。

「良心的な映画をかけていけば生き残れる」「映画館があればこそ
映画・文化を残せる」との言葉には、実績をふまえた説得力がある。

八丁座で「一枚のハガキ」試写を観たが、「日本一の劇場」を実感。



李 相日
(映画監督)

第2講  映画がほんものになる瞬間

日本映画学校で学び、卒業制作作品を皮切りにして
、「フラガール」「悪人」などの秀作を連打している李相日監督。

最も印象に残っている映画は「E..」で、高校までは
ジャッキー・チェンとハリウッドの大作をよく観ていたという。

「フラガール」では、キャスト全員を福島で軟禁状態にして追体験させた。
「悪人」の父親役は、「飢餓海峡」で伴淳三郎が演じた刑事役を
イメージしたとの話など興味がつきない。

影響を受けた監督としてポン・ジュノ、コン・リーの名が上がった。

 特別講 映画スター看板制作再開! 手描き映画看板の実演   

佐藤 定信(手描き映画看板師)


わずか1時間のあいだに、「小川の辺」の東山紀之を描き上げた。


堀川 恵子
(フリーデイレクター)

第3講  「命」と向き合う     

テレビのドキュメンタリー番組を、インタビューを重点につくってきた堀川さん。
最近のテーマは「死刑制度」で、最近では、ようやく
テレビ番組でも公然と「死刑」論が語られる状況が生まれているという。

死刑囚の永山則夫や長谷川武の人生について、
獄中からの手紙を元にした著作にもふれて語られたが、深く考えさせられた。

「正義という言葉が権力者によって利用されているのでは」
「『裁く側と裁かれる側』という視点で、死刑制度に向き合っていきたい」
という堀川さんの今後の活躍に期待したい。



湯浅 誠
(反貧困ネットワーク
事務局長)

第4講  震災と貧困から日本を考える 

学生時代には年間100本の映画を鑑賞し、
キアロスタミやケン・ローチの映画をよく観ていると語る湯浅さん。

「震災」と「貧困」の関係では、@新しく貧困になる、
A震災により元々あった生活苦があぶり出される、の二パターンがあるという。

「急激な経済成長をとげた国は、どこでも急激に高齢化社会になっていく」
「日本は小さすぎる政府だ」との指摘は当を得ている。

今の仕事について、「人のためにではなく、自分がそういう社会であって
ほしいと望んでいるから」との言葉が印象に残った。



木村 大作

(映画監督)

第5講  誰かが行かねば、道はできない

日本映画界を代表する撮影監督である木村さん。
映画界では「非常識」で通っていると自己紹介しながら、
初監督作品となった「劔岳 点の記」を振り返って大いに語られた。

山小屋での200日以上の集団生活が続いたが、
スタッフもキャストも、「撮影」ではなく「行」であると観念したという。
完成後には車で47都道府県をキャンペーンしたとのこと。

「楽な道ではなく厳しい道を選んだ方が、人生はうまくいく」
75歳までに、もう1本つくりたい」との言葉が印象に残った。



佐藤 忠男
(映画評論家・
日本映画大学学長)

第6講  映画は教えられるか     

今村昇平監督がつくった日本映画学校の校長をたのまれて引き継ぎ、
今は日本映画大学の学長として活躍中の佐藤さんが、三池崇史、佐々部清、
李相日など、映画学校出身監督の活躍ぶりを紹介された。

「日本の偉大な映画監督には学歴の低い人が多い」と指摘し、
「撮影所そのものがすばらしい学校であった」と、その背景を説明された。

「小さな国も含め、世界の各国で、観るにたる映画がつくられている」
「まだ表現されていないテーマは多く、映画の未来には洋々たるものがある」

との佐藤さんの話に納得だ。



山田 洋次
(映画監督)

第7講  いま思うこと 
BSで「山田洋次監督が選ぶ100本の日本映画」が始まった。
前半は「家族」がテーマで、後半は「喜劇」特集。期待できそうだ。

「東京物語」の現代版をと、新作を準備中であったが、
東日本大震災で、製作を延期したと語られた。大震災を経て、
どういう日本をつくってきたのかとの思いと反省をこめたいとのことだ。

山田さんは、若い映画人には「古くさい」との評価が圧倒的であった
小津映画の魅力について語られた。「人間に対する好奇心と関心があれば、
面白い作品をつくり続けられる」との言葉を重く受け止めたい。

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第38回映画大学(京都)に参加して



山田 洋次
(映画監督)

第1講  いま思うこと

岡本健一郎氏のインタビュー形式で始まった山田監督のお話。

脚本を書き上げたばかりの「京都太秦恋物語」は松竹・
立命大映像学部との共同企画で、10月から撮影がスタートする。

正月公開の新作「おとうと」は、市川崑監督の旧作をモデルに
した映画で、吉永小百合と笑福亭鶴瓶が「母べえ」に続いての共演。

「ディア・ドクター」「グラン・トリノ」への厳しいコメントもあった。
「よい映画・小説・音楽に触れてほしい」とのメッセージが印象的。



部谷 京子
(美術監督)

第2講  「これぞ天職」 映画美術と私

「しこふんじゃった」など周防監督作品の美術担当の部谷さん。

学生時代の美術助手アルバイトがきっかけで映画界に進んだが、
当時、美術・照明などに女性スタッフは殆どいなかったという。

「俳優さんの肉体以外のすべてを美術部がつくる」との話は、
「なるほど」と説得力があり、今後の映画の視点が変わりそう。

一つひとつの映画制作過程でのエピソードが興味深かった。
私の時間の都合で、講義の後の質疑応答が聞けなかったのは残念。



山内 智也
(エイゼンシュテイン
・シネクラブ会員)
特別講  なぜ、いま、デジタルか

初の試みである会員による特別講義。山内さんが映像のデジ
タル化について、今後の課題も含めて、分かりやすく講義された。

デジタルは明るさを数値で表現し、数値を明るさに変えて再現するもの。

映像のデジタル化にはメディアを選ばず、どんな手段でも相手に
渡せるメリットがあるという。編集・字幕・録音による画質劣化もない。

「初期投資額の大きさ」が課題で、自主上映運動への影響も必至。
国でもデジタル化支援の動きが始まったとのこと。どう配分されるのか。



二宮 厚美
(神戸大教授)

第3講  さらば自由主義     

新自由主義は小泉内閣以来の「構造改革」路線。
今回の総選挙は、これに一つの区切りをつける選挙になるという。

経済学が専門の二宮さんは、映画の話題にもふれながら、
新自由主義の「成功物語」と
「失敗物語」について詳しく講義された。

「年越し派遣村」の教訓、サブプライムローンの説明は分かりやすい。

後半は「劇場型政治」とメディアの影響力、文化の役割についての話。
時間がなくなって、駆け足の報告となったのは少々残念だった。



坂田 雅子
(映画監督)

第4講  映画をつくって思うこと  

ドキュメンタリー映画「花はどこへいった」の宣伝で全国を回る
坂田さん。報道写真家である夫の死を機に制作を決意したという。

ベトナムを訪問し、枯葉剤の残した傷跡を探る取材について報告。

この映画の制作を通して「悲しみは乗り越えるものでなく
共に生きていくもの」と実感。「個人的な悲しみ」が
「普遍的な悲しみ」に変わってきたという。

今も枯葉剤問題は解決しておらず、同テーマの次回作に期待したい。



山上 徹二郎
(プロデューサー)

第5講  私が〈シグロ〉でめざすもの

「靖国」「沈黙を破る」などのドキュメンタリー、「ぐるりのこと」
「シリアの花嫁」などの劇映画を制作・配給してきた山上さん。

ガルシア・マルケスの「百年の孤独」を読んで、映画への道を決意。

映画「靖国」は大ヒットしたが、肖像権侵害の訴訟をおこされている。
時には肖像権を侵害してでも撮る必要のある場合があるという。

日本映画界の全体が厳しい状況にあることもリアルに語られた。
アメリカと日本のプロデューサーシステムの違いの報告も興味深い。



山田 和夫
(映画評論家)

第6講  映画の資本論     

毎回「映画大学」の講師を務める山田和夫さん。
今年のモスクワ映画祭で、長年の貢献が評価されて表彰された。

研究中の「映画の資本論」という壮大なテーマの「中間報告」で、
様々なことを考えさせる、知的刺激に満ちた講義であった。

映画商品の「価値」について、観客と創造者が「使用価値」の文化
を守り発展させる共通の利害・欲求を持っているとの指摘は鋭い。

「マルクスは生きている」(不破哲三)への言及も興味深かった。



伊藤 千尋
(ジャーナリスト)

第7講  映画の舞台を訪ねる  

今や「映画大学」の常連講師となった伊藤千尋さん。ベトナム・
韓国・スペインから奄美大島まで映画の舞台の訪問記を報告された。

光州事件の舞台となった全南大学の壁新聞を見て、「自分の手
で独裁
政権を打ち倒した経験」のない日本との違いは歴然だという。

映画「卒業」撮影時のエピソード、ブラジルのカーニバルについての
指摘
など興味がつきない。「男はつらいよ」最終作と
渥美清についての
言及も、もう一度、映画を見たくなる話だった。

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第37回映画大学(姫路)に参加して




山田 和夫
(映画評論家)

第3講  映画の世界に「社会主義」は可能か?

毎年の映画大学で講師をつとめてこられた山田和夫さん。
「映画『靖国』問題は何ら解決していない」と経過・現状を報告。
「今、映画史の総括が必要になっている」と映画の歴史を振り返られた。

映画産業を国営化し、国立映画学校などをつくってきたソビエト映画。
ハリウッドに新しい風を吹き込み、ネオリアリズムの源流ともなったが、

1930年代に、「上からの革命」で急速に萎縮していったとの指摘は重い。

映画制作には金がかかり、産業としての振興・助成が必要。
文化・芸術の公的支援とともに、「創造の自由」の確保が必要で、
その中でこそ、「社会主義」的なあり方が見えてくると締めくくられた。



太田 直子
(映画字幕翻訳者)

第4講  字幕屋は銀幕の片隅で日本語が変だと叫ぶ

これまで1000本をこえる映画の字幕を製作してきた太田直子さん
たまたまのアルバイトがきっかけで字幕屋の世界に飛び込んだという。

字幕作成作業のだんどり、配給会社の担当者とのやりとりなどは、
ほとんどが初めて聞く話で、これから「字幕」を見る目も変わりそう。

「させていただきます」の表現など、日本語の使い方についての言及は、
映画字幕の世界を離れても、大いに参考になる指摘といえよう。

「映画はあまり観ていません」との正直なコメントに会場は笑いの渦。
昨年出版された同名タイトルの新書は、映画ファンには必読の面白さだ。




加藤 武

(俳優)
第5講  俳優人生を語る

演劇・映画・テレビで俳優人生を送ってこられた加藤武さん。
神戸新聞記者との対談形式で、ユーモアも交え、縦横無尽に語られた。

『犬神家の一族』の名セリフ「よし、わかった」の誕生秘話は興味津々。
築地小劇場などが解散となる中で、文学座だけが許可されていたこと、

大学卒業後1年間、教職(英語)についたことなどを懐かしく語られた。

市川崑監督、浦山桐郎監督、今村昌平監督、黒澤明監督等の話の中で、
「杉村春子さんと黒澤明監督が怖かった」との話は実感がこもっていた。

「昔の日本映画と比較し思うこと」として、「便利は利用しても便利には
使われないこと」「手づくりの良さは失わないで」との指摘は印象に残る。



伊藤 千尋

(ジャーナリスト)
第6講  反米大陸から日本を見る

昨年末に新刊『反米大陸』を出されたジャーナリストの伊藤千尋さん。
左派政権が相次いで誕生しているが、やっている事は中途半端な「改革」
でなく、ほとんど「革命」であるとして、南米における変化を詳しく紹介。
左傾化の背景には民営化・リストラなどの「新自由主義」があるとされた。

現地で直接取材されたチリ軍事政権下の反政府行動をリアルに紹介。
韓国軍事政権に反対する市民らのたたかいと似ていると指摘された。

コスタリカで平和憲法が国民の暮らしに息づいていることを紹介し、
「南米から問われているもの」として「アジアでは共同体に向けた取り
組みが遅れており、日本はアメリカからの自立が必要」と強調された。



山田 洋次

(映画監督)
第7講  今、思うこと

今年1月に新作『母べえ』が劇場公開されたばかりの山田洋次監督。
最近観た演劇にふれ「半径5メートルの芝居が多いのが残念」と感想。

若い監督たちの手で日常生活を描いた映画が数多く作られている中で、
「日常の生活の向こうに何が見えるのか」「問われるのは創り手の世界観」
との問いかけは、日本映画の現状に対する貴重な問題提起といえよう。

日常を描く映画の伝統をもつ松竹映画の中で頂点をなす小津作品を紹介。
俳優たちの存在感、ムダなものをはぶいていく演技指導などを強調された。

質問に答えて、「寅さんシリーズ」と渥美清の思い出について語られ、
死を覚悟した晩年の渥美清さんの生き様が聞けたのも、貴重な収穫。

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第35回映画大学(神戸)に参加して



岡田 浩樹
(神戸大助教授)

第1講  いま韓国映画が面白い
講師の岡田浩樹さんは、東アジア地域研究、文化人類学の専門家。
韓国映画の面白さの秘密は、韓国社会の変化の中にあると指摘された。

テレビ以上に自由度があり、大衆的な娯楽の代表であった映画。
歴史物の多くが、日本の植民地支配の時代を描いていたが、
90年代以降、日本という「呪縛」からの解放が進んでいるという。

徴兵制の韓国では、実感としての戦争体験がしばしば登場するが、
南北分断状況のもと、北朝鮮の兵士たちの人間性を描くように変化する。

紹介される作品の大半が古い韓国映画で、理屈っぽい講演だったが、
いまの韓国映画を楽しむ上でも押さえておきたいポイントを示された。


山田 洋次
(映画監督)

第2講  今、思うこと
12月公開の「武士の一分」を完成させたばかりの山田洋次監督。
藩主の毒味役である若き下級武士の物語で前2作よりドラマチックな展開。
「(藤沢周平原作の)3作目で一つの区切りをつけたい」と自信満々の様子。

「美男子をとりたくてキムタクに目をつけた」と語る山田監督。
ところが、木村拓哉は幼少の頃から剣道の技を見につけていた。
おかげで、果たし合いの場面にも本物の迫力が生まれたとのこと。

今回も幕末が舞台で、「先祖をいとおしく思う気持ちを込め作った」、
つつましく生きた生活、貧しさをむしろ誇った気風が好きだという。

「いつも日本の将来を考えて映画を作っている」 との言葉が印象に残った。


古居 みずえ
(フォトジャーナリスト)

第3講  「ガーダ パレスチナの詩」に込めた心
「ガーダ パレスチナの詩」上映後、映画への思いを語った。
この映画は1人の女性ガーダの日常を描き、パレスチナ問題に迫るもの。

パレスチナ占領地の様子を描く映画が少なかっただけに貴重な映像。
女性の自立を描いた映画としても秀逸で、 今年のドキュメンタリーの収穫。

OLであった古居監督は、病気をきっかけにカメラマンの道に入る。
パレスチナで女性が生き生きと働く姿を見て「女性を撮りたい」と痛感。
通訳の仕事をしていたガーダとの出会いが、今回の映画につながった。

そのガーダが「自分に何ができるか」と悩み、聞き書きを始めていく。
ガーダの成長を撮り続ける中でパレスチナの全体像が見えてきたという。


伊藤 千尋
(ジャーナリスト)

第4講  世界を駆ける特派員の映画ルポ     
昨年に続いて講師として登場の朝日新聞記者・伊藤千尋さん。
今回は、「海賊研究家」の肩書きも加えての熱のこもった講義であった。

題材となったのは「パイレーツ・オブ・カリビアン」と「愛をつづる詩」。
「パイレーツ〜」では、「海賊と山賊の違い」からはじまって、
「海賊は一種の共和国、起業家、NGO」というお話は、興味津々。

アイルランド人とレバノン人の大人の恋を描いた「愛をつづる詩」では、
それぞれの国の歴史にもふれながら、映画の背景が深く解明された。

伊藤さんは、最後に、キューバのカストロとゲバラについて力説。
「新自由主義」の政策が破綻し、南米は「反米大陸」となったと指摘された。


熊谷 秀夫
(照明技師)

第5講  光と影を自由に操る照明技師の仕事  
記録映画「照明熊谷学校」の上映後、質問に答える形で語られた。
この映画は、照明技師・熊谷秀夫の仕事ぶりを丹念に追った力作。
技術の一部門に光をあてた作品として、貴重なドキュメントとなっている。

大映出身の熊谷監督は、「明るく楽しい」がモットーの東宝・松竹と違い、
「技術を大切にしてきた大映京都で学んで良かった」としみじみ語る。

予算の関係で、照明部分が削られる傾向に強い懸念を表明された。
日本ではムダを省く傾向だが、ハリウッドは金をかけ見せる物を作るという。

映画監督との思い出について、参加者からの質問が相次いだが、
「映画は監督のもの」で監督の意図を具体化するのがスタッフの仕事という。


川本 喜八郎
(アニメーション作家)

第6講  最大の夢「死者の書」を実現して
「死者の書」上映後、人形アニメの魅力について語られた。

大学卒業後、東宝美術部に入り、激動の時代に映画を学んだ川本氏。
チェコの人形アニメと出会い、チェルンカ先生から直接学んだとのこと。
「日本文化の様式美を生かして」とアドバイスを受け人形アニメの道を進む。

日本のマンガ・アニメの影響力は大きく、世界を席巻しているが、
「CGアニメでは人を感動させることはできないのでは」と断言された。

「死者の書」は非業の死をとげた人々の魂を鎮める事がテーマだが、
イラクやレバノンで非業の死をとげている人々への思いをこめ完成させた。
ヒロインの声優については宮沢りえさん以外に考えられなかったそうだ。


山田 和夫

(映画評論家)

第7講  映画史と映画理論への入口
映画大学の講師を、毎回、務められている山田和夫さん。
「映画の過去を知らなければ」と映画史と映画理論について語られた。

映画と写真、モンタージュの機能、トーキーと「音つき映画」など、
映画史を振り返りながらの映画の基本についての話は大変参考になる。

グリフィスやエイゼンシュテインなどの映画も紹介しながら、
ソビエト映画とアメリカ映画がお互い学びあってきた歴史も興味深い。
映画史がグローバルに発展し世界史の一環であることを痛感させられる。

「映画史を学んでこそ、いまの映画を二倍、三倍に楽しめる」と実感。
映画大学の結びの講義にふさわしい知的刺激に満ちた講演であった。

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第34回映画大学(大津)に参加して




山田 洋次
(映画監督)

第1講  映画『東京物語』を読み解く
映画大学の講師として、毎回のように参加されている山田監督。
今回は「映画『東京物語』を読み解く」として、DVDを活用しての講義であった。

『東京物語』は小津安二郎監督の代表作で、世界に誇る日本映画の金字塔。
息子らに会うために上京した老夫婦が、自分の暮らしに追われる
子どもたちに裏切られるという物語で、親子の関係を深くほりさげている。

山田監督は「ほとんど欠点のない傑作」と評価して、監督の演出を解析され、
「想像力を刺激してやまない作品こそが傑作ではないか」と語られた。

次回作は、藤沢周平原作の時代劇と戦争体験を伝える作品の2本を
現在、並行して準備中とのこと。一日も早く新作を完成させてほしいものだ。


金勝 浩一
(美術監督)
第2講  美術監督の仕事
映画で使われる大道具のデザイン(設計)を行うのが美術監督の仕事で、
「映画の裏方」そのものだが、映画にとって欠かせない貴重な仕事である。

金勝監督は、「ビリケン」「ピンポン」「赤目四十八瀧心中未遂」「火火」など、
美術監督を務めた作品の資料を駆使し、「美術」の仕事の内容を話された。

「失敗の連続」「まだまだ修行の身」と謙虚に語られる金勝監督だが、
「映画の一シーンに刻み込むことに命を賭けている」との言葉が印象に残る。

いままで、大道具のことなど余り気にしたこともなかったが、
これからは、映画の見方が少し変わるかも知れないと思った。
映画は「総合芸術」であることを、改めて認識させられた講義であった。


藤村 志保
(女優)

第3講  大映、そして今 
映画「ターンオーバー 天使は自転車に乗って」上映後、舞台に登場された。

この映画は、京都の古い町屋を舞台に年老いた夫婦の愛情を描いた佳作。
岩波ホールで、「二人日和」と題名を改めての公開も決まっているという。

藤村志保の名前は、姓・名ともデビュー作である『破戒』からとったとのこと。

市川雷蔵と勝新太郎の二大スターが活躍した全盛期の大映について、
「映画好きが集まり、ワンカットに命を賭けていた」と、熱を込めて語られた。
「大映の誇りはスタッフの力で、美術、撮影、照明などにこだわりがあった」と。

「映画は『人間賛歌』でありたい」「どこかで人間を信じることができたら」
と語る藤村志保さん。これからも、スクリーンで元気な姿を見せてほしい。


伊藤 千尋
(ジャーナリスト)

第4講 人々の声が世界を変えた!     
取材で海外の65カ国を訪問してきたジャーナリストの伊藤千尋さん。
インタビューした監督の思い出や名作の現場を訪ねての印象記を語られた。

講義の後半では、軍事政権下のチリや「東欧革命」さなかのチェコで
「人民が自由と正義を求めて命がけでたたかいに立ち上がっていた」と、
大きな共感をこめて紹介されたが、講義の中でも、特に熱がこもっていた。

「良い映画を見ると、人間を凛とさせる」「人間って捨てたものではない」と、
世界各国の映画を愛し、見続けてきた感想を語る伊藤さん。

「新聞記者にとって、必要なことは何か」との質問に対して、
「弱者の視点に立つ事と社会を良くしようという自覚」との答えが印象的。


黒土 三男
(映画監督)


第5講  15年越しの夢がかなった『蝉しぐれ』  
最初に藤沢周平の小説『蝉しぐれ』を読んでから15年。
念願の映画化を完成させた黒土監督が、新作への思いを縦横無人に語った。

映画完成までの15年の苦労をふりかえりながら、
「日本で時代劇を撮ることの難しさをいやというほど痛感したが、
京都でなくても時代劇は撮れると、途中で認識を変えた」と語る黒土監督。

市川染五郎や木村佳乃、そして、子役の俳優たちの熱演について、
「侍の立ち居振舞いそのもの」「透明感ある女性として描けた」なとど評価。

「絶対に妥協はしない」「黒澤時代劇には負けたくない」と自負する同監督。
10月1日の公開が待ち遠しく、この秋一番の期待作となりそうだ。


海南 友子
(映像作家)


第6講 ドキュメンタリ−から生まれる絆
海南監督は、NHK報道ディレクターの経験をもつ若き映像作家。
新作『にがい涙の大地から』のキャンペーンで全国を飛び回っている。

この映画は、旧日本軍の遺棄兵器に今も苦しむ中国の人々の姿を追った
ドキュメンタリーの力作で、戦争責任者への怒りを新たにして制作された。
映画の後半では、日本政府を相手にして進行中の裁判を描いている。

海南さんの話は、かつて所属していた日本のテレビ界の現状にも及び、
「日本にとって都合の悪い情報が殆ど出てこない状況は異常」と語る。

ドキュメンタリーを志したのは、是枝裕和監督の影響が大きかったとの事。
パワフルな行動力と流暢な語り口に感心したが、今後の活躍に期待したい。


山田 和夫

(映画評論家)

第7講 日本映画が自由でなかった時
映画大学の常連講師を、毎回、務められている山田和夫さん。
今回は、検閲と映画法に縛られていた戦時下の映画界の状況を語られた。

当時の「映画法」による統制は、@検閲の強化、A映画人の登録制、
B映画企業の統合再編成、の3本柱によって全面的に進められたとのこと。

亀井文夫、稲垣浩、木下恵介監督らの戦時中の作品に触れながら、
「軍国主義」が、素朴な人間の感情さえ否定してしまうものであること、
その中でも、日本映画人の勇気ある抵抗、良心の発揮があったと語られた。

自衛隊の全面協力による映画が、次々に制作・公開されている中で、
憲法第9条の大切さについて強調されたのは結びの講義にふさわしかった。

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第33回映画大学(岡山)に参加して




藤岡 惇
(大学教授)
第1講  アメリカの戦略をどう見るか
藤岡氏は経済学が専門で、現在、立命館大学教授。
世界の学生たちと広島・長崎の地を旅する国際交流セミナーを主宰している。

藤岡氏は、戦後のアメリカの戦略を歴史的に振り返りながら、
ブッシュ政権のもとで、「新帝国主義の時代」を迎えていると分析し、
その構想実現の絶好の追い風となったのが、9・11事件だったと指摘された。

そして、世界社会フォーラムに参加して「元気をもらった」として、
自然と人間を中心におく平和な社会への転換が必要と熱っぽく語られた。

韓国の「スクリーン・クォータ制」から学ぼうとの指摘も、大いに共感できる。
ブッシュ戦略が最近の映画にどう現われているのかを聞けなかったのは残念。



田中 光敏
(映画監督)
第2講  劇映画二本を監督して
「化粧師」「精霊流し」の二本の映画を手がけてきた田中監督は、
先輩の監督から「一流の仕事をしろ」とアドバイスされたことにもふれ、
「伝説の中に必ず弱者」ありとの信念で、「いつも人間を撮ってきた」と語られた。

そして、デビュー作「化粧師」のメイキング・ビデオも映しながら、
撮影現場でのウラ話や、出演俳優のことなど、貴重な話を紹介された。

「沢山のスタッフのがんばりや市民の協力があったからこそ」と
一本の映画が完成するまでの撮影現場の苦労話は、めったに聞けない話。
「化粧師」「精霊流し」を、もう一度、観なければと痛感させられた

次回作は、戦国時代劇で、シナリオを作成中とのこと。大いに期待したい。



鎌仲 ひとみ
(映画監督)
第3講  ドキュメンタリーの可能性 
「ヒバクシャ 世界の終わりに」キャンペーンで多忙な日々を送る鎌仲さん。

「なぜ、ドキュメンタリー映画をつくるようになったのか」と、
学生時代以来の映画制作遍歴を、カナダ国立映画製作所への勤務や
出稼ぎのつもりでいったニューヨークでの経験もふくめ、詳しく紹介された。

日本に帰ってからは、NHKを中心にテレビ・ドキュメンタリーを制作。
1998年の初めてのイラク訪問と番組制作が、「ヒバクシャ」の出発点となった。

「誰でも一本のドキュメンタリーを作ることができる」と人間のドラマ性に注目し、
自分自身がつくる中で成長していく「竹の子映画」と、自らを語る鎌仲さん。

4月から制作中の新作「六ヶ所ラプソティー」にも、大いに期待できそうだ。



山田 和夫
(映画評論家)
第4講 「映画で読むアジアの心」−韓国、中国、イラン−     
毎回、「映画大学」講師を勤め、新刊「世界映画の発見」を出した山田さん。

これまで35ヵ国を訪問しながら、韓国訪問は今回が初めてとのこと。
「日本人にとっては、つらい苦しい時間だった」と、韓国訪問の印象を語る。
国民の社会的関心に応える作品が大ヒットしている韓国映画の背景に
忘れることのできない民族の記憶と南北統一への悲願があるとの話に納得。

中国映画も、文化大革命の歴史的経験をふまえ、力作を連発してきたが、
ハリウッド資本に頼らず、本来の中国映画らしい映画をとの注文を忘れない。

「学校と子ども」をキーワードとする最近のイラン映画にもふれ、
その背景に中東における米国の軍事的支援・援助があるとの指摘は重要だ。



田中 まこ
(神戸フィルムオフィス代表)
第5講  フィルムコミッションの今とこれから  

ロケ撮影を支援する神戸フィルム・コミッションでがんばっている田中さん。

下見から始まって、ロケハンの手配、許可とり、エキストラ集めまで、
文字通りの舞台裏でロケ撮影を支える仕事の詳しい報告は、初めて聞く話。
行政の支援があるものの、これらの仕事がすべて無料とは本当にビックリだ。

映画「GO」の成功で、神戸に地下鉄シーンの注文が殺到しているとのこと。
「リターナー」のメーキング・ビデオを見せながらのお話も、説得力があった。

日本のフィルム・コミッションは、いま「成長期」にあり、
今年10月には、アジアのネットワークが正式に立ち上がるとのこと。
日本でも、正々堂々と映画の撮影ができるような環境づくりが望まれる。



吉村 実子
(俳優)

金 秀吉
(映画監督)

第6講 「千の風になって 天国への手紙」のことなど<対談>
前日夜に、映画「千の風になって 天国への手紙」の試写があり、
金秀吉監督と女優・吉村実子さんの対談という形で、トークショーが行われた。

吉村さんは、デビュー作「豚と軍艦」や「鬼婆」「母」「みんなのいえ」などにふれ、
今村昌平監督、新藤兼人監督、三谷幸喜監督などの演出ぶりと人柄を語る。
それにしても、今年61歳とは思えない凛とした美しさは、参加者を魅了していた。

一方、「吉村実子さんが僕のオマージュ」という金監督は、
新作のテーマと演出にふれ、「生命のバトンタッチを描きたかった」と語る。

かけあい漫才のような二人のトークショーは、呼吸がぴったり。
ふだん、あまり聞けない映画界の内輪話もあって、興味がつきなかった。



山田 洋次

(映画監督)
第7講 今思うこと−「隠し剣 鬼の爪」のことなど
新作「隠し剣 鬼の爪」を完成させたばかりの山田監督は、
「たそがれ清兵衛」のチームと、「もう一度、一緒に仕事がしたかった」と語る。

ラブ・ロマンスであると同時に復讐の物語とのことで、大いに期待できそう。
「幕末における混乱ふりをこっけいに描いてみた」との話も、見どころのようだ。

山田監督は、最近、流行の「コンテンツビジネス」という言葉にふれて、
映画は生まれた時から「ビジネス」であり、「芸術」の要素が加わったと指摘。
大切なことは、「映画の表現力を信頼することだ」と講演をしめくくった。

質問に答え、「藤沢周平は平侍、市井の人々が主人公だから好き」と語り、
永瀬正敏、松たか子の人物評も、ここでしか聞けそうにない率直な話だった。

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第32回映画大学(東京)に参加して



山田 洋次
(映画監督)
第1講  映画の演出とはどういうものか
昨年、「たそがれ清兵衛」で映画賞を総なめにした山田洋次監督。

演出家不在の制作現場になりつつある映画・テレビ界の現状にふれ、
「映画はみんなでつくりあげるもの」「俳優・スタッフを信じること」と強調。

演出家の仕事は、俳優・スタッフをまとめあげる組織者であり、
「オーケストラの指揮者や学校の教師などと共通するところが多い」
「演技指導とは、俳優に自信をもたせることだ」と語られた。

次回作は、「学校5」か「藤沢周平もの」とのこと。大いに、期待したい。


黒井 和男
(角川大映映画社長)
第2講  映画ビジネスの素顔
黒井氏は、業界紙記者、キネマ旬報編集長などの経歴をもつ事情通。

「日本人が映画を見る習慣をなくしたのは入場料金が高いことが原因」と、
アメリカと比較しながら、映画ビジネスの現状について裏話をまじえて報告、
とくに、日本映画の振興をはかるのが最大の課題と、熱っぽく語られた。

「映画は、時代を超越したメディア」であり、
「テレビは、今を映し出すメディア」との説明には、なるほどと納得。

「単館上映のシネコンをつくりたい」との夢は、ぜひ、実現させてもらいたい。


戸田 奈津子
(映画字幕翻訳者)
第3講  映画の裏側
年間40本前後の字幕翻訳で、第一人者として活躍中の戸田奈津子さん。

その体験にもとづく話は、これまで、聞いたことのない話題であり、
今後、外国映画を見る上での、新たな視点を与えてくれた。

字幕作成は、ヒヤリングでなく英語シナリオにもとづき作業するとのこと。
「英語よりも、むしろ日本語の能力がためされる」との話は、意外であった。

これだけ外国映画を字幕で見ているのは日本だけとの紹介や、
最近の「カタカナタイトル」の流行についての指摘も、興味深かった。


新藤 兼人
(映画監督)
第4講  無声映画の詩   映画「忠治旅日記」の上映  
「幻の傑作」として語り継がれてきた伊藤大輔監督の「忠治旅日記」。

1992年に、フィルムセンターが一部発見・復元したフィルムが上映された。

この映画を15才の時に見て、毎日マネをしていたという新藤監督は、
その魅力について、まるで自分の映画のように愛着をこめて解説され、
「戦艦ポチョムキン」のモンタージュに匹敵する傑作だと、高く評価された。

「忠治旅日記」の復元の仕事を「ぜひ自分の手で完成させたい」と
意欲を語られた新藤監督の希望を、ぜひとも、実現させたいものである。


高野 悦子
(岩波ホール総支配人)
第5講  女性と芸術   映画「たけくらべ」上映
「エキプ・ド・シネマ」を主宰する高野悦子さんは、映画大学3回目の登場。
過去の講演を振り返りながら、最近の映画界の現状について報告された。

とくに、日本映画を振興するための懇話会のメンバーとして参加し、
12項目にしぼった「提言」としてまとめるまでの裏話は、大変興味深かった。

また、「国際女性映画祭」にとりくんできた経験もふまえて、
映画はもっと「バラェテイにとむ女性像」を描くべきだと熱っぽく語られた。

上映された「たけくらべ」では美空ひばりの初々しく爽やかな演技に驚いた。


山田 和夫
(映画評論家)
第6講  世界映画の今を読む
毎回、皆勤賞で「映画大学」の講師をつとめる山田さん。
今回は、「なぜユダヤ人迫害の映画」が続くのか、深くほりさげて語られた。

その中で紹介された「名もなきアフリカの地で」を劇場で見たが、
ナチによるユダヤ人迫害問題を新たな視点から描いた秀作であった。

先住民マイノリティが映画史の新段階を開きつつあるとの指摘に、
さっそく「氷海の伝説」を鑑賞したが、水準の高さにビックリさせられた。

これからも、世界映画の今について、どしどし紹介をしていただきたい。


佐々木 徹雄

(予告篇編集者)
第7講  私の予告篇人生
予告篇編集の第一人者として活躍してきた佐々木さん。
実物の予告篇の上映とあわせたお話もまた、初めて聞く話ばかりであった。

予告篇は映画の宣伝媒体の一つだが、題名はいっそう重要だとして、
カタカナタイトルの流行について触れられた部分も、大変面白かった。

「予告篇は、ダイジェスト版をつくることとイコールではない」
「最近の予告篇はCMの延長線上の物が多い」との指摘は的を得ている。

上映された予告篇を見て、未見だった映画が、俄然、見たくなった。

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第31回映画大学(尾道)に参加して



千光寺ロープウェイ




大林映画「転校生」「ふたり」
のロケに使われた「こもん」

大林宣彦監督「尾道三部作」の舞台を訪ねて

映画大学に参加した機会に、午前中、尾道の町を歩きまわったが、
坂道を上がったり下ったりしているだけで、映画に出ている様な錯覚に。

さすが、ロープウェイで上がった千光寺公園からの眺めは素晴らしい。
あいにくの曇天で、四国連山まで見れなかったのは残念だが。
山上にある「文学のこみち」を歩いていると、作家の気分に浸れる。

「転校生」「ふたり」のロケに使われた「こもん」のワッフルは絶品。
評判のラーメン屋「朱華園」では、45分待ちの行列で、やっと昼食に。

市営「おのみち映画資料館」も2年前にオープンしていた。
大林監督の方針らしく、同監督の資料が一つもなかったのは予想外。

映画大学で尾道市長が挨拶したが、文字通り、映画と文学のまちだ。



竹山 博英

(大学教授)
第1講 イタリア映画の現在

竹山氏はイタリア文化史が専門で、現在、立命館大学文学部教授。

戦後イタリア映画の流れを概括し、代表的監督・作品を紹介した後、
ナンニ・モレッティと「息子の部屋」について、つっこんだ講演をされた。

「僕のビアンカ」「親愛なる日記」「息子の部屋」などのビデオ・DVDも
活用してのお話は、さながら、大学の講義をうけているような感じ。

くり返し強調される「靴」へのこだわりや下手な歌をうたう場面など、
これまで気がつかなかったナンニ・モレッティの特徴の指摘はさすが。
これまでの作品と「息子の部屋」との関係についての解明にも納得だ。

私生活の映画化に一貫してこだわってきたナンニ・モレッティ。
今後、どのような映画をつくっていくのか、大いに注目していきたい。



吉永 春子
(テレビ・プロデューサー)
第2講 ドキュメンタリーはなぜ嫌われるのか
吉永さんはラジオ出身で、TBS報道局長の経歴をもつジャーナリスト。
現在も「現代センター」代表として、炭疽菌事件などの取材を続けている。

「松川事件」「「帝銀事件」「下山事件」「731部隊」など、
取材の苦労話もまじえての経験談は、興味深く聞くことができた。
松川事件での、松本善明氏や岩崎ちひろさん夫婦とのエピソードも初耳。

ドキュメンタリー番組がテレビ界からどんどん姿を消している中で、
あくまでドキュメンタリーにごだわり、社内でがんばってきた経験は貴重。

「ドキュメンタリーはなぜ嫌われるのか」と問いかける吉永さん。
「番組をつくる側にも責任の一端があるのではないか」との
「自省」をこめた結びの言葉は、実践に裏打ちされて、説得力があった。


袁 葉(エンヨウ)

(大学講師)
第3講 銀幕の向こうの中国

袁さんは、現在広島大学他で「中国語」「中国文化」等の講師を担当。

北京出身の経験を生かし、中華人民共和国成立後の半世紀の歴史と
中国映画について、自らの体験をもとにして、興味あるお話をされた。

50年代には、国民の暮らしも向上し、映画・文化にも活気があったこと、
文化大革命の時代こそ、「文化砂漠の時代」であったこと、
「下方政策」のため2年間、南部ですごした体験など、リアルな報告だ。

時間の関係で、80年代から今日までの現代中国映画について、
詳しく聞けなかったのは残念で、続きをぜひ、お聞きしたいものだ。

ウォン・カーワィ監督来日の際に翻訳を務めた時の苦労話も面白く、
「映画が大好き」な袁さんの、面目躍如たる講演であった。



川上 皓一

(撮影監督)
第4講 カメラを廻しながら思うこと
川上氏は、東陽一監督作品「サード」で撮影監督デビュー。
「もう頬づえはつかない」「東京兄妹」などを撮り、最新作は「折り梅」。

講演が苦手の様で、インタビュー形式で、司会者の質問に答えながら、
女優の思い出、最新作「折り梅」などについて、淡々とお話をされた。

「カメラマンと映画監督との関係」について、
「時には激しい夫婦ゲンカもする様な仲でありたい」とは、けだし名言。
桃井かおり、秋吉久美子、大原麗子などの女優論も興味深々であった。

「折り梅」の松井久子監督とは、ロマンポルノ時代からのつきあい。
「説明的なシーン」をめぐる松井監督とのやりとりの裏話もあり、
絶妙のチームワークで秀作を撮りあげたという自信がうかがえた。


磯村 一路

(映画監督)
第5講 “えひめ映画”を撮り終えて

「がんばっていきまっしょい」の成功で評価を高めた磯村監督。
監督としてのスタートは成人映画で、日活ロマンポルノも経験との事。

新作「船を降りたら彼女の島」が、いかにして企画され、撮影されて、
公開にこぎつけたか、珍しいスケジュール表を資料にしてのお話だった。

愛媛県で、映画をつくりたいという話が持ち上がったのが2年前。
県が出資し、県内企業の協力で、約2億円の資金が集められたそうだ。

前日夜に、同作品の特別試写上映があったこともあり、
参加者からは、映画を見ての感想をふまえた質問があいついだ。

講義でも交流会でも、作品にこめた監督の意図などの説明があり、
劇場公開時に、もう一度、きちんと見なければと痛感させられた。



山田 和夫

(映画評論家)
第6講 ハリウッドを読む
山田氏は、世界的影響力をもつハリウッド映画の鑑賞力を
高めることが重要だと強調し、ハリウッドと米国の歴史をふりかえる。

「移民により、移民のために、移民がつくった」のがアメリカ映画。
17世紀の第1次移民に続き、19世紀後半の第2次移民の中心である
ユダヤ人たちが目をつけたのが、新しい娯楽としての映画であった。

ハリウッド映画には観客の心をつかんで離さない魔術的作法があると
「ドタバタ喜劇」「追っかけ劇」「メロドラマ」の3点を指摘された。

アカデミー協会は、ユニオン(労働組合)対策として生まれたとの事。
「マジェスティック」にもあるが、「赤狩り」の記憶は今も消えていない。
最近の戦争映画については時間切れとなったが、有意義な講演だった。


山田 洋次

(映画監督)
第7講 初の本格時代劇に挑む

最新作「たそがれ清兵衛」を完成させたばかりの山田監督は、
初めての本格時代劇への挑戦をふりかえり、新作への思いを語った。

「かあちゃん」「雨上がる」「どら平太」など最近の時代劇には不満と、
時代考証に1年以上かけ、下級武士たちの日常生活を再現したとの事。
クライマックスには、命がけで戦う斬り合い場面が用意されている。

藤沢周平の原作を変えて、時代設定は「幕末」となっている。
「近い時代の設定なら、手が届くのではないか」との監督の思いから。
劇場公開は11月2日から。今から、待ち遠しくなる講演であった。

最後に紹介されたケン・ローチ監督の新作「ブレッド&ローズ」。
いま、一番見たい映画であり、「今年のベスト1かも」と期待したい。

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