PSO小説
present by ゲバチエル
エピソード『心の座』

Seraphic Fortune PHANTSY 第六話〜想い出の場所、消せない傷〜/制御塔『エリス=レナフォード』 「フォル、いいの?」  イリスと軽く別れを済ませたフォルが、ルナとエリスの元へと走ってくる。 もっとゆっくりしてくると思っていたエリスは、フォルにそう尋ねていた。 「あれでも充分なくらいさ。続きも、話も、気兼ねなくゆっくりやりたいからな。  ―――それより、行こう。こっちはこっちで大仕事だ」 「そうね。それじゃあ行くわよ」  ルナがフォルとエリスの先を行く形で三人は走り出した。 ラヴィス=ブレイドの光もまた、走れば走るほどに大きくなっていた。  やがて―――その光は、溢れんばかりの光を放ちはじめる。 まるで、『そこだ』と訴えているかのように。 「―――ふぅ、ついたわね。」  そこは、転送装置から少し外れた場所だった。 中央管理区内部にいくつか存在する避難用端末―――その一つがある場所だ。 「ここのどこにその海底トンネルがあるんだ?」  しかし辺りにあるもののは、他の場所とさして変わらない。 ここのどこに大型の海底トンネルがあるのか――― フォルもエリスも、ルナを信用してないわけではないが、疑わしく思えていた。 「まあ見てなさいって」  自身に満ち溢れた表情で、ルナが端末を操作する。驚くべきほど、早いスピードで。 「パスワードは―――motherっと。よし!」  ルナが端末を操作し始めてから数十秒。変化は、誰が見ても明らかなほど大きく現れていた。  ゴオオオ・・・  突然、床だと思っていたはずの部分が、大きな音を立ててスライドをはじめる。 開いた先には、海底トンネルへと続くであろう階段が姿をあらわしていた。 「普通に考えておかしいと思わない?  避難用端末なのに、中央管理区内しか行き来できないなんてこと。  実際はコレの起動スイッチをカモフラージュしたものだろうけど、  あたしの情報網を甘く見てもらっちゃ困るわ。」  二人はルナがいったいどんな経由でこんな情報を入手しているかが疑問だった。 それほどまでにルナは情報を知っており、そしてそのどれもが衝撃的なものばかりなのだ。 「―――どうしたの?」  開かれた、海底トンネルへの入り口。 しかしあまりに平然としているルナと、そんなものがあったという事実が二人を思わず足止めしてしまっていた。 「いつも言ってるけど、情報の入手手段とかはいくら二人でも企業秘密よ?」 「我が双子の姉ながら・・・呆れてくる」  フォルは、自分が何も知らないことに少しだけ歯がゆさを覚えながらも、その階段を下る。 それに並ぶように、ルナも階段を下っていく。 「―――何だろう。この光景―――どこかで・・・?」  しかしエリスはというと、この光景に違和感を感じていた。 なぜか―――どこかで見た事がある、と。  未だに欠けている記憶―――もしかしたら、その一部かもしれない。 自分の知らない自分を見つけられるかもしれない―――。  エリスはそんな予感を、違和感から覚えずにはいられなかった。 「エリスー!早く!」 「あ、待って!」  自分がぼーっとしていた事に気づいたエリスは、慌ててルナ達の後を追いかけるように階段を下った。  進めば進むほど、エリスは不思議と懐かしい―――と感じていたのは、本人すら気づいていなかった。  やがて長く暗い階段の果てには、それまでとはまるで違う空間が姿を見せていた。  高さはゆうに30メートルを超えるドーム状の空間に、横幅もざっと20メートル以上はある。 「綺麗・・・」  その空間のなかエリスは、思わずそんな事を口にしていた。 それもそのはず。  それほどまでに広い空間にも関わらず、周りはすべて透明なガラスのように透けていた。  言うならば、通路の周りがそのまま水族館になったような―――そんな綺麗さがそこにはあったのだ。 「こんな時じゃなきゃもっと綺麗に感じるわね・・・。  ―――行こう。残念だけど―――水族館に遊びに来たわけじゃないのだから」  ルナもまた、この海底トンネルには驚きを隠せなかった。 本来いたって冷静に見えるルナだが、本当は好奇心いっぱいの女の子なのだ。  それはフォルもエリスも知っている。 けれど―――こういう真面目な時に人一倍冷静でいられるのも、またルナだった。 「そうだな。―――なんも出なきゃいいけど」 「そうだね・・・。出たら出たらで、倒せばいいだけだけどね♪」  綺麗さとは裏腹に厳重に隠された場所だけに何が起こるか判らない。 それだけに、三人は警戒しながらに先へと進んでいった。 「分かれ道ね・・・」  三人の警戒とは裏腹に、エネミーが出る事はなかった。 しかし、そのままある程度進むと、そこには十字路が待ち構えていた。 「看板とか無いのか?こちら制御塔!みたいな」 「あるわけないでしょ。極秘なトンネルでわざわざそんなもの立てないわよ。」  しかし、道を間違えたら戻るまでの距離も相当なものになる。 ―――そんな無駄な労力は、三人ともできる限り割きたくは無かった。 「うちの出番ね。」  そういいながらエリスは、静かに十字路の真ん中でラヴィス=ブレイドを構える。 ―――そのまま彼女は、光を放つラヴィス=ブレイドへと意識を集中させていった。  キィィィィン、キィィィィン。  ラヴィス=ブレイドの放つ光。それは制御塔の中から感じられていた。 中央管理区から見える大きな塔。その、はるか奥底から。  その反応はあまりにも強く、気を抜けば飲み込まれてしまいそうなほどだ。 それでもエリスは、普段と何一つ変わらない顔でいられた。  それがラヴィス=ブレイドを自在に操る『所有者』である証のように。 「そっち―――」 「え?」 「待てよ!」  エリスが示した方向は、あろうことは今来た道であった。 「本当にそっちなの?」  険しい顔つきで、ルナがエリスを見る。 「―――ううん」  しかし、その真剣な顔を前にエリスは首を横に振っていた。 そのまま―――来た道とは反対側の道へと、静かに歩き始める。  こっちが正解の道だ、といわんばかりに。 「ごめん、正解はこっち・・・」 「なんで嘘なんかついたのよ?」  エリスの行為に、ルナは不満をあらわにする。 そんなルナの声や表情を前に、エリスはやりきれない気持ちに押しつぶされそうだった。 「・・・怒らせるつもりじゃなかった・・・。  ごめんね、少しピリピリしてたから和ませようと思ったんだけど―――。  逆効果だったね。こんな時に―――ふざけちゃだめだよね。  ほんとごめん―――」 「もういいって・・・」  ルナは静かに、エリスへと歩みよると・・・そっと彼女を抱きしめていた。 「ありがと、あたし達の事考えてくれてたんだね。  ―――ちょっときつく言いすぎた。こっちこそごめんね?」 「ううん、うちこそ―――」 「二人とも、お互い謝りあうのやめない?  この件はチャラ、進む道も決まった、それでオッケーじゃないか?」  お互いにごめんと言い合う二人をおかしさを覚えながらも、フォルがエリスの示した道へと歩き出していた。 「それもそうよね。―――よし、行こう?エリスン!」 「ルナ・・・?」  ルナの突然の呼び名に、エリスは少しばかり戸惑っていた。 「そういえば愛称で呼んだこと無かったなぁって思ってね。  いいでしょ?別に」 「うん・・・。ありがとう、ルナ。それじゃ、行こう!」  エリスは愛称でわざわざ呼びなおしてくれた事が嬉しかった。 そんなルナに感謝の気持ちを告げると、愛剣の示す方向へと走り出す。 (―――やっぱり気のせいじゃない。うちはこの場所を・・・知ってる)  愛剣の光と共に強まる気持ちを、確かに感じながら・・・。  ドクン、ドクン。  不意に三人は、悪寒にも似た何かを感じとっていた。 「何―――」 「エリスも・・・?あたしもよ」 「俺もだ―――って全員か。こりゃ、気のせいなんかじゃないな」  三人はなんだ?とばかりに顔を見合わせる。 ―――辺りには何も無い。フォルとルナが魔力を感じているわけでもない―――。  だが、肌にまとわりつくような悪寒は消え去る事は無い。 悪寒により一層警戒を強めながら三人は先へと進む。  ―――しかし進めば進むほど、悪寒は肌をまとわりつくように強まる一方だった。 「―――なるほど、そう言う事。  予感だけあって姿を見せないと思ったら、そう言う事だったのね・・・」 「ルナ?」  一人納得したかのように喋りだすルナに、フォルは今一つ意味が判らない。 だが―――そのフォルの疑問を打ち消すかのように、エリスが喋り始めた。 「そりゃあ悪寒の一つも感じるね。アレの発する殺意のようなものは半端じゃないから」 「二人とも―――勝手に納得してないで説明しろよ!」  フォルの疑問も最もだ。 と言うより、一人だけ話が判らない事に疎外感を覚えたのが何よりも辛かったのだが。 「「来る!!」」  丁度地上へと進む階段が見え始めた頃だろうか。 ルナとエリスは、口をそろえてそう叫んだ。  何の事か判らない―――とにかく何かが来る。 そう判断したフォルは、周囲に眼を配りながらに双剣を構えた。  ―――二人に遅れるようにフォルもまた、その気配に感づいていた。  キィィィィン!!  勢いよく、何かがぶつかり合う音が辺りに響き渡る。 「奇襲なんて、やる事せこくなったね?」  何か―――それは武器と武器がぶつかり合った音に他ならなかった。 エリスは突如繰り広げられた斬撃を受け止めながら、その元凶へと冷たく言い放つ。 そう、それは―――悪寒の主が、現れた証拠だったのだ。  悪寒の主。それは三人とも知らないはずのない存在であった。 深紅の装甲に黄色い眼光が輝くアンドロイド、そしてその手に握る鎌―――。  何よりそこから放たれる威圧感は、間違いようもなく本人である事を現していた。 「フリット・ザ・レッドハウンド―――!!」  エリスは目の前に現れた深紅のアンドロイドの名を、強く叫んだ。 驚き―――ではない。むしろ、彼女にはフリットが現れるであろう事は予測できていたくらいだ。  ―――ならなぜその名を叫んだか―――それは相手が強敵であり因縁めいた存在であるからに他ならない。  いや。むしろそれを感じたのは、エリスよりもルナのほうだった。 「紅(くれない)の猟犬がこんな所に何の用?」  ルナは腰に手をやりながらに静かにフリットを睨んでいた。 ―――ある意味、宿命めいたものを持つ相手を。  しかしフリットもまた、何も言う事なく静かにルナのほうを見ていた。 アンドロイドだから表情はうかがえない。  しかし―――そこからは圧力のようなものが、確かに感じられる。 「何か言ったらどうなの?それとも何、怖気ついたのか―――音声システムでもいかれたの?」  武器を持たないまま、ルナは静かに挑発にも似た言葉を発していた。 そんな彼女の言葉にさすがに怒りを覚えたか、フリットは静かに答えた。 「呼んでいる―――」  しかし、言い出したことはまるで理解できない単語だった。 その言葉に、三人は本当にフリットが狂ったのじゃないか?とすら思い始めていた。 「オイラを呼んでいる―――そして、ここに貴様らがいる」  低い声とは一致しない一人称。 ―――だが、その軽ささえ感じる一人称は逆に、威圧感を保っている要因に一つであった。 「あいにく呼んだ覚えは無いわよ。話はわざと聞こえるようにしたけどね。  ―――でもあんた、ただそれだけの為にここに来たんじゃない。  自分でも判っているんじゃない?」 「そんな事は知らない。ただ、何かがオイラを呼んでいた。  ―――それが貴様―――ルナ=フェイドとの戦いの舞台。違うか?」  言っている事は滅茶苦茶だった。 けれど―――ルナには判る。フリットがただ単に戦いを求めている事。  そして他でも無い―――その戦いの相手が、ルナだと言う事が。 「フリット、キリーク。紅と黒の猟犬。  一つは鍵、一つは破壊と監視の為に造られた存在。  ―――ハウンドの名が示す通り、あんた達二人は兄弟機―――」  ルナは突然、それこそ突拍子も無くそんな事を言い出していた。 フリット、そしてキリークの後ろに潜む真実を。 「それがどうした?オイラは貴様を最大の宿敵と認めている。  ―――ならば当然、貴様と戦う事が存在意義の一つ。  破壊―――戦い―――それこそがオイラの意味。  それが今更何だと言う?」 「はぁ・・・どうやら本気で判ってないようね。  ―――いや、自動的にそこへたどり着くように作られている・・・とも考えられるけど。」 「ちょっとルナ!どう言う事?」 「ここは極秘中の極秘。スゥやキリークだって知っているかすら危うい場所よ。  ―――そんな場所を、あたし達よりもフリットは先についていた。  つまり、何らかの手段でこの場所を知ったって事」 「あ・・・!」 「―――って事はまさか・・・」  エリスとフォルは、突然の事態に戸惑っていたが、ようやくどう言う事なのか判ってきていた。  今から向かう場所にあるもの。極秘海底トンネル。そこに現れたフリット・・・。 それらが三つの意味するものが。 「だから言っているだろう?呼んだのだ、貴様との戦いと言う名の宿命がな」 「アンドロイドが宿命が呼んだなんて、大分無茶苦茶言ってない?  あんたは気がついてないだけよ、自分の行動の意味にね。  確かに存在意義の一つにあたしと戦う事が含まれているかもしれない。  ―――でも、それは本質のカモフラージュに過ぎない。」 「カモフラージュだと?フン―――ただオイラは宿敵である貴様らと戦う。  貴様らが進むべき道に立ちふさがる・・・それだけだ」 「立ちふさがる意味は何?戦う意味は何?」  ルナは気がついていた、フリットの行動の一つ一つの意味に。 だが―――いくら言ったところで、本人はそれを理解する事は無かった。  そして唐突に、話し合いは終わりを告げる。 「くだらんない話は終わらせようぜ。  ―――この先に進みたいのならば、オイラを倒してからにするんだなっ!」  静かにフリットは鎌を構えはじめた。 それはまるで―――ルナの話を聞いていたく無いような、そんな感じさえあった。  フリットが構える―――とほぼ同時に三人もまた構えの姿勢へと入る。  ―――が、ルナはフォルとエリスに対して首を横に振った。 「どうして―――?」 「フリット。あんたの相手はあたし達ではなく『あたし』でしょう?  なら、一対一でケリをつけない?その方が公平でしょ。  ―――それに悪いけど、こっちも急いでいるの。  三人仲良くあんたの相手をしてる暇、残念だけど無いの。  ってなわけで、エリスンとフォルの二人は先に行かせてもらうわ。  もし二人を始末しようと思うなら、それもあたしと決着をつけてから。  ―――何か異論は?」  ルナは静かにそう宣言した。一対三という有利な状況を自ら否定したのだ。 それも―――自分が相手になるのだ、と。  しかしそれは、エリスとフォルが目的に早くたどり着けるというメリットも含んでいる。 「いいだろう。むしろ―――それでこそ我が宿敵。  フォル=フェイドとエリス=レナフォード。  こいつらがこの場所から離脱してから・・・貴様と決着をつけようではないか」 「オッケー。まあそんなわけで、先に行っててくれない?」 「ルナ・・・最初っから、そんなつもりだったんだろ。」 「まーね。でもフリットの事は色んな意味でよく知ってるから、相手になるならあたしが一番でしょ?  それにエリスンがあの場所に行かなきゃ意味がない・・・」 「でも、ルナの言っていた魔力の結界とかなにやらはどうするの?」 「心配しないでも平気よ、エリスン。  ラヴィス=ブレイドの力―――そしてあたしと対をなす力の持ち主がいるからね」 「やっぱり俺の出番になるのか・・・。そんな気はしてたんだけどさ。  ―――実の姉の頼みとあらば、断る理由もないけど」  フォルは、冗談めかしてそう言った。 実際姉―――と言ってもフォルとルナは双子である為に年齢はまったく一緒だ。  意味のなさない言葉―――だからこそ、フォルはあえて冗談として姉と言う言葉を使っていた。 「ふふ、まあすぐに追いつくから。それともお姉ちゃんが心配?」  ルナもまた、フォルの冗談に冗談で返していた。 そんな二人のやりとりに、エリスは笑いをこらえずにはいられなかった。 「話は終わりか?いい加減はじめようぜ・・・」  そんな三人とは裏腹に、一人威圧感と共に妙な雰囲気を発している存在がいた。 「そうね―――フォル、エリス、そっちはよろしく!」 「オッケー、ルナ姉さん」 「何が姉さんなんだか・・・。それじゃ気をつけてね・・・ルナ」  それだけ交わすと、フォルとエリスは地上へ繋がっていると思われる階段を駆け抜けていった。  二人の背中が消え、気配を感じられなくなっていく。 ―――そしてそれが完全に消えた時。それが、戦いの合図と変わっていた。 「戦いを始めるって時に丸腰とはふざけた女だなっ!オイラを馬鹿にしているのかっ!?」  丸腰のルナへ向かって、チャンスとばかりにフリットがその鎌を振るう。 それこそ―――弾丸のごとく速いスピードで。 『あたしの想い!刃を形成し意思を示せ・・・ヴァニッシュメント!!』  キィィィン!!  しかし、フリットの鎌は突如見えない何かによって阻まれていた。 ―――いや、見えないのではない。それは突然、ルナの手元に現れていた。 「チャンスだと思った?だとしたら、とんでも無い勘違いよっ!」 「笑止・・・丸腰の貴様を仕留めようとは思わん。  我が宿敵―――そして同じ鎌の使い手として、万全な状態でなければ意味が無い!!」 「ふぅ〜ん。そう言って勝てた試しがないのは、どこのどいつかしら?」  キィィィィン!!  再び、鎌と鎌とかぶつかり合う。 しかし彼は気がつかない。ルナの言うとおり―――その戦いさえもカモフラージュである事に。 「貴様を試しているだけにすぎん。それに気がつけない貴様のほうがおろかだ」 「そういうのを負け惜しみって言うんじゃない?  最も―――あんたの本質から考えれば確かに勝ち負けはどうでもいいわね」  ルナは攻撃と防御を繰り返しながらに、フリットへ言葉を投げかけていた。 それこそ―――まるでルナがフリットを試しているかのように。  カィィィィン!!  お互いの鎌を振るう腕前はすさまじいものがあった。 それこそ、本物の死神か何かのように。  しかし二人の死神は、鎌だけが武器ではない。 「さっきから何が言いたい!ルナ=フェイド!」  とっさにルナの攻撃を飛びのくように避けたフリットが、その腕から何かを放っていた。 「くっ!」  その何かをルナは、とっさのサイドステップで避ける。  ドオオオン!!  直後、後ろではその何かが勢いよく爆発していた。 ダメージトラップ。アンドロイドのハンターズのほとんどが所有しているものだ。 「素早さだけはほめてやろう。だが真の意味で貴様ではオイラを倒す事はできん!」  言いながら突然、フリットは鎌を降ろしその場で立ち止まっていた。 (チャンス―――いえ、隙を丸出しにするような奴じゃない――)  ルナはその行動に、何かある―――そう判断する。 近づいたら危険―――そう判断するとすぐに、ルナは攻撃を切り替えていた。 『偽りの負の力よ!空を切り裂く弾丸となれっ!』  ルナの言葉―――詠唱と共に、その鎌先から紫色の弾が飛び出す。 その弾は高速でフリットへと―――到達寸前で消滅していた。  ドオオオオオオオン!! 「―――やっぱりね」  紫の弾に反応したかのように、フリットの周囲では爆発が発生していた。 ―――周りに取り囲むように設置されたダメージトラップ。それが起動したのだ。  ヒュ!!  しかし、ルナは最後の詰めを誤っていた。 ダメージトラップが起動した―――と思うもつかのま、爆炎の中から再び何かが投げ込まれていたのだ。  その何かに反応しきれなかったルナは、それに勢いよく被弾してしまう。 ―――しかしそれは、爆炎をあげることはなかった。  シュウウ・・・・カチン  炸裂した何かは、ルナを瞬時に冷気で包み込む。 そしてその冷気は彼女全体を包み―――その動きを止めていた。  今度はフリーズトラップだった。  対象を冷気で動きを封じる―――ある意味でアンドロイドの中でも最大の攻撃手段だ。 「貴様―――小娘如きが。所詮貴様は口だけの女だったというわけだ。  宿敵のあっけない幕切れに少々興ざめだが、仕方あるまいっ!!」  フリットは冷気で動けないルナへ向かい、勢いよくその鎌を振り下ろしていた。  ザシュッ!!  しかしそれは、ルナをとらえることなく勢いよく大地に突き刺さっていた。 「馬鹿な!」 「それくらいで幕切れにされちゃ困るわっ!!」  フリットの正面にいたはずの彼女―――しかしルナは、フリットの真横で今まさに鎌を振るっていた。  高速の斬撃が勢いよく放たれる。 あまりにも素早い一撃と自らが攻撃を行った反動でフリットはそれに反応する事ができない。  ズシャッ  あまりにも綺麗に決まった一撃は、フリットを吹き飛ばし―――そのまま、叩きつけていた。 「―――それでこそ我が宿敵、そうこなくてはな!」  大ダメージの一撃であるにも関わらず、フリットは再びルナへと鎌を向ける。 「その執念には呆れるわ。ま、いくらでも付き合ってあげるけどね。  ―――いい加減、手加減するのはやめたら?」 「貴様相手に加減する理由が見当たらん。」  ルナはその言葉にやっぱり、と思わずにはいられなかった。 (本気を出さないんじゃない・・・恐らく、出せないのね。  だから本人はこれを本気と疑わない―――)  フリットがここへ来た理由。それ恐らく自分たちと同じだ、とルナは考えていた。 ―――同じと言うよりも、同じモノが目的・・・と言うべきか。  それも、無意識に。恐らく―――そう行動するようにプログラムされているのだろう。 (あたしを宿敵と認めるのは―――あくまで表面上の本質。  いいえ―――あたしを狙うことで目的に近づける―――そう言う事ね)  その目的を考えれば、疑問こそ残るがフリットの行動が判らなくもない。 問題は、本人がそれにまったく気がついていないと言う事だが。  ―――つまり、何を言ったところで無駄。  もしかしたらとぼけているだけかもしれないが、そうとも考えにくかった。 (――――もし目的の場所が一緒なら、急いで見つけ出さなくちゃ)  同時に彼女は、焦りを覚えていた。 目的の場所が一緒なら、自分の行動の理由に気がついてないフリットが何をするか判らない。  最悪の状況すら考えられる。 「何を考えている。斬撃が鈍っているぞ!!」  その考えを打ち消すかのように、フリットは絶えず襲い掛かってきていた。 「―――あんたを倒す手段を考えていただけよ!」  ルナはフリットの鎌を押し返すと、強く一歩を踏み込んだ。 押し返したその勢いを利用し、そのまま鎌を振り下ろす。  ガギィィィィィ!!  しかし、フリットも負けてはいなかった。 態勢がととのっていない状況で、ルナの鎌を受け止めたのだ。 「それくらいでオイラは倒せん!!」 「きゃぁっ!」  ―――と、次の瞬間。フリットは鎌ではなくその足を勢いよく突き出していた。 予想外の場所から放たれた蹴りに、ルナが悲鳴とともに吹き飛ばされる。 「悲鳴だけは女か。なんとも情けない声だな」 「ったく――いちいち気に障る奴ね。あたしは女である事を誇りに思ってる。  そもそも、その情けない相手に喧嘩を売ったのは誰よ!」  ルナは受身を取りながら、立ち止まる事は無かった。 言葉と共に勢いよくフリットへ向かい突っ込むと、その鎌を振り下ろす。 「勢いに任せた攻撃などあたらん!」  縦に振り下ろされた鎌を、フリットは難無く避ける。 ―――そしてそのまま、先ほどルナにやられたのと同じように鎌を振り回す。  いや、振り回そうとした。 「せーのっ!」  ルナは振り下ろした鎌と共に、フリットへ向かって宙返りを試みたのだ。 ―――いや、ただの宙返りではない。  フリットの鎌を飛んで避けると共に、蹴りと斬撃を同時に叩き込んでいた。 いわば―――サマーソルトキックに鎌の斬撃の加わったものだ。 「がぁ・・・ちょこまかちょこまかとっ!!」  不意打ちとも呼べるくらいその攻撃をもろに受けたフリットは、 怒りをあらわにしながらに着地するルナへ無数のトラップを射出する。  ドオオオン!!!  空中と攻撃の反動で避ける術を持たなかったルナは、そのトラップをモロに被弾していた。 「クク・・・避けたつもりだろうが逆効果だったようだ―――な!?」  しかし―――それでもルナは止まらなかった。 爆炎の中、自らもぶすぶすと黒煙をあげながら、それさえも切り裂く勢いで鎌を振り回していたのだから。 「ガアアア!!!」  繰り出された斬撃は、フリットはモノの見事に吹き飛ばされていた。 そしてそのまま・・・ドシャ、と言う音と共に紅の猟犬は大地に崩れていた。 「フハハ―――ルナ=フェイド。貴様ノ勝チダ」  フリットは静かに戦いの終了を告げる。そう、それはルナが勝利した瞬間だった。 「・・・」 「我ガ好敵手―――貴様ガ強クナルホド我ガ渇キハ満タサレル。  我ヲウチヤブルコト・・・ソレサエモ、我ガ望ミ」  フリットはよろよろと立ち上がりながらに言葉を発した。その声はどこかおかしい。 それをルナは、衝撃とダメージでおかしくなっているのだろうと軽視する。  ―――だが、実際は違う。ルナも無意識の中で―――それをぼんやりと感じ取っていたのだが。 「またね、紅の猟犬さん。二人をこれ以上待たせるわけにもいかないから。」 「ナゼ・・・貴様ハイツモトドメヲササナイ・・・!」 「別に?ただめんどくさいからよ。  ―――それに、あたしは殺しなんて事はしたくない。それがアンドロイドでもね。」 「貴様ト戦ウ―――ソレコソガ――――ガー」  それは突然だった。フリットは突然、そのまま動きと言葉を止めていたのだ。 「システムダウン―――?」  実際そうなのかは判らない。が、戦闘の末にシステムダウンしたのだろう。 これ以上反応すらできない相手に構っていても仕方ない。  そうおもったルナは、フォルとルナの元へと駆け出した。  しかし彼女の中には、未だに消せない悪寒が確かに根付いていた。 「まさか、ね」  悪寒―――しかしルナは、それを振り払うように先へ進む事だけに考えを集中させる。 システムダウンの理由も、紅の猟犬がここの来た理由も、戦いの意味も。制御塔の地下に眠るモノも。  ―――それらの示すもの、関連付けるもの。それを認めたくない、信じたくない。 それでも―――いくらそう願っても、悪寒は消せなかった。  どんなに振り払おうとしても、嫌な考えがルナを支配してしまう。 「―――ああああ!なったらなったでそん時よ!!」  そんな考えが無限ループしてきた自分に言い聞かせるように、ルナはあえて口にしていた。 そして―――その悪寒が現実にならないように、焦りと苛立ちを胸に―――二人の下へと急いだ。 「やっとついたな」 「うん。―――またどんよりした場所に逆戻りだったけど」  ルナに言われるがままに先に走り出していた二人は、 海底トンネルを抜け、ようやく制御塔の前にたどり着いていた。  綺麗な水族館から、途端に異界に逆戻り―――そのギャップに落胆しながら。 「―――で、エリス。反応はこの真下なんだろ?」 「うん。反応が強すぎて、頭痛いくらいだよ」  反応は強すぎ―――逆に言えば、目的の場所まであと一歩と言う事だ。 「入り口はどこだ?」  正面に構える門―――制御塔への入り口を無視し、二人は地下への入り口を探す。  ギャッギャアア!! ―――と、突然地面から不気味な声が響き渡った。 「―――こんな場所にもいるとはな」  制御塔の周りの地面から、一斉に無数の植物型エネミーが飛び出していた。 黄色いつぼみのようなものと、赤いつぼみのようなもの。 「メリルリアとメリルタス―――レーダーに映らないから、こんなにいる事に気がつかなかった」  辺りには、ざっと五十は超えるであろうエネミーが取り囲んでいた。 一体だけでみればさほど強力ではない―――が、この数だ。  一匹ずつ相手にしているのは限界があるし、確実に不利だ。 「フォル、あいつらをひきつけて!一気に爆破する!」 「よっしゃ。頼むよ、エリス!」  そう言ってフォルは、双剣を構えながらにエネミーの群れへと突っ込んでいった。 「ああああああああああああいいいいいいいうううううううう!」  突然―――フォルは馬鹿みたいに大声をあげていた。 戦場で大声をあげるのは本来得策ではない。  何せ無数の敵に気がつかれてしまうのだから。  だが、フォルはそれを逆手に取っていた。 無数の敵に気づかれれば、それだけまとめて爆破できるのだから。 「こっちだ!!」  植物型エネミーと言う事もあって、移動速度は遅い。 それゆえ、ひきつけるのもまた簡単な事であった。  それがたとえ五十を超えようとも、フォルにとっては朝飯前にすぎない。 「フォル!離れて!」  充分ひきつけた―――と同時にエリスが叫ぶ。 彼女の声にフォルはとっさに飛びのくと、そこへ向かって無数の機雷が放たれた。 「3、2、1・・・」  カウントダウンがゼロになるとほぼ同時に、機雷の全てが爆発した。 爆発が爆発を誘発し、またたくまにエネミーの群れは爆炎の世界へと変わっていく。  ―――やがて爆炎が消えると、そこにはエネミーの残骸が静かに転がっていた。 「ちょっとかわいそうだけど――――え?」  だが突然、エリスの足をガクンという衝撃が襲う。 そのまま両腕に何かが絡みつき―――そのまま地面へと押し倒されていた。 「まだいたのね・・・」  エリスは地面に倒されながら、目の前のエネミーを見据える。 先ほどの爆破によってボロボロになったのだろう、その外見は焦げ後がついている。  そんな今にも朽ち果てそうな身体にもかかわらず、エリスへ攻撃を試みていた。 「く・・・」  つるのようなものに動きを封じられ、思うように動けない。 ―――しかし、目の前のエネミーは確実にエリスへ攻撃を加えようとしている。 「エリス!」  フォルの叫び―――とともに、エリスは両腕と両足の違和感から解放されていた。 「あ、ありがと・・・」  エリスは助けられたことに少し悔しさを覚えながらも、素直に礼を口にしていた。 「今のは詰めが甘いって。あんな爆炎じゃ、こっちも敵を確認しきれないからな」 「そうだね・・・」 「まああんなに数がいたんだ、今のは無理もないか・・・。  それより―――」  言いながらに、フォルが辺りを見回す。 無数のエネミーがいた・・・と言う事は辺りに入り口があるとも考えられるからだ。 「エリス、特定できるか?」 「ちょっと待って」  フォルの言葉に、エリスは愛剣を抱くかのように意識を集中させる。 ―――そして愛剣が示す方向へと、静かに歩き出した。 「この辺―――のはずだけど」  この辺―――そこは丁度正面の入り口から正反対に位置するところだった。 辺りには岩や植物があるばかりで何も無い。制御塔の裏側も・・・何かあるようには見えなかった。 「何も無いけど・・・本当にここでいいのか?」 「・・・今度は本当だよ。信じないならそれでいいけど」 「いやそういう意味で聞いたんじゃないって。  ―――って事は、やっぱり封印してあるって事か・・・」 「封印・・・」 「場所が判ったんなら、俺の出番だな。」  下がってと一言添えると、フォルは静かに双剣を交差させた。 そしてそのまま、意識を集中させる。 「フォトンテクノロジー・・・つまりは魔力・・・ならば・・・」 「!?フォル・・・!?」  エリスは驚きの声をあげずにはいられなかった。 フォルの眼が、深紅に光り輝いていたからだ。 「ルナとイリスしか知らないんだけどな―――まあ見てろって」  深紅に輝く眼―――それは魔力がそこへ集まっている証拠だった。  フォトンテクノロジー、ようするに魔力を利用した技術。 制御塔がその技術によって造られた物ならば、その地下を隠している技術もまた魔力。 ―――そして、魔力ならば同じ魔力の使い手として、それを知ることができる・・・。 「―――」  更に意識を集中させる。―――と、フォルはほころびのようなものを感じ取っていた。 そこだけ、どこかおかしいような。何かが微かに漏れているような・・・違和感を。 「視えた・・・!」  やがてそれは、形としてフォルの眼にはっきりと映っていた。 魔力で厳重に封じらている、それこそ周りと姿は一切かわらない扉を。  制御塔の裏側。入り口以外はどこも同じような壁に覆われている。 が―――そこには一箇所だけダミーが存在していたのだ。 「そこだぁっ!!!」  入り口が判る―――とすぐに、フォルはその場所に向かって意識と魔力を集中させる。 そしてそのまま、勢いよく双剣を交差させるように切り付けていく。  ゴオオオオン!!! 「やった・・・!」  直後そこには、先ほどまでは存在しなかった禍々しい扉が姿を表していた。 「すごい―――すごいフォトン反応がこの扉から感じる!」 「ああ・・・俺もだ」  先ほどまでは一切感じなかったはずの感覚。 それが扉が姿を見せると同時に、二人を襲っていた。 「―――ううん、むしろ・・・この先から・・・」  エリスはそれを、扉よりも更にその奥から何かを感じ取っていた。 それはラヴィス=ブレイドの反応のせいもあるだろうが―――強い反応なのは間違いない。  いや―――その「何か」は奥から感じるものだけではなかった。 ここに来て、彼女の中で気のせいは既に確信へと変わっていたのだから。 「よし・・・行くぞ。」 「待って―――!!」 「どうしたんだ・・・?」 「うち―――ここを知ってる。この扉も、この制御塔も確かに知ってる・・・。」 「そりゃ・・・そうだろうな」  しかしフォルは、エリスの言葉に驚く事なく普通に返していた。 「そうだろうな―――って、フォルはうちの事何か知ってるの!?ねえ!!」  その普通の態度に、エリスはフォルへと詰め寄るように肩をつかんでいた。 そんな彼女に、フォルは振り払うことなく・・・静かに答える。 「―――俺も詳しくは知らない。ただ、エリスがここと深い関係があったのは知ってる。  だからこそ、俺たちはエリスをここに連れてきたんだけどな」 「うちと制御塔が・・・?」 「ああ。だからどっちにしろ、行けば判ると思う。  エリスの知りたかった事―――欠けている記憶―――そういうものがさ」 「うちの記憶・・・それがここに・・・。」  彼女は欠けている自分の記憶が何よりもほしかった。 自分が何者なのか、何をしてきたのか、結局のところほとんど判っていないからだ。  強いて言うなら―――自分がラヴィス=カノンを抜いた事・・・それくらいしか覚えていない。  だからエリスは欠けている記憶を求める。 自分が判らない事で―――自分が不安になるから。怖くなるから。 「無理だけはするなよ。俺たちにとってエリスはエリスだからさ。  ―――さて、行こう。この扉の先へっ!!」  これ以上話ししててもしょうがない―――そう思ったフォルは、禍々しい扉をそっと開いていた。  その先には、薄暗い下へと続く螺旋階段が姿を見せる。 そこをためらいもなく、フォルは先に下っていく。 「フォル・・・ありがとう」  その背中にそっとエリスは感謝の気持ちを告げた。 エリスはエリス―――その言葉が何よりも嬉しかったからだ。  しかしその言葉を聞いていたのかいないのか、フォルな何も言わずにそのまま階段を下っていった。 「ま、まってよっ!」  エリスは慌ててその背中を追いかけた。自らの大切な人に似ている―――その背中を。  二人が下る螺旋階段。 その螺旋の中央には制御塔のフロアらしきものの外壁が見えていた。 「なんか不気味だな」  明かりは薄暗く、中はじめじめとしている。 更に肌にまとわりつくような冷気も感じられ、二人は気味の悪さを覚えていた。 「―――この感じ・・・確かに覚えてる。  私はここにいた・・・それだけは、はっきり判るよ」 「制御塔と関わりがあるのは調べたけど、実際に生で見るとなんっていうか―――。  本当にこんな気味悪い場所にエリスがいたのか、にわかには信じがたいな」 「私もそうだよ。だけど・・・この感覚は嘘なんかじゃない・・・。  自分がこんな場所にいたなんて思えない―――でも、この気持ちは消せないの」  エリスはその気持ちに、不安と期待の二つを感じていた。 しかし―――欠けた記憶への期待は、だんだんと小さくなっていたのもまた事実だった。  気味の悪い場所―――なのに知っているという気持ちは強まるばかり。 こんな場所に、期待できるようなものがあるのか―――もはや不安ばかりしか抱けないでいた。  キィィィン、キィィィィン!  不意に、ラヴィス=ブレイドが異常なまでの光を発していた。 すぐそこにいる。まるでそう訴えかけるように・・・。 「これは―――ダークファルスの時と一緒!?」 「何だって・・・?」 「あの時よりは弱いけど―――でも、感覚は同じ・・・!」 「ってことはやっぱり・・・」  二人とも元々そのつもりでここにきた。 しかし―――できれば何も無ければいい。そんな希望がどこかで抱いていた。  そして、その光と共に長い長い螺旋階段は、ようやく終わりを告げる。 見るからに頑丈そうなその扉が、静かに待ち構えて。  カツン、カツン、カツン  そこへたどり着くと同時に、勢いよく階段を下る音が響く。 敵か―――!?そうおもった二人は、静かに武器を構える。 「フォル!エリス!」  ―――が、その緊張も無駄なものに終わっていた。 階段を勢いよく下ってきたのは、他でも無いルナだったのだから。 「脅かすなよ。―――ルナがここに来たって事は、大丈夫だって事だな」 「一応はね」 「一応・・・?」  ルナの意味深な言い方に、二人は怪訝な顔つきでルナを見る。 「あたしは無傷じゃないにしろ大丈夫って事」  しかし―――ルナは自分の抱いている悪寒を二人に言う事はなかった。 自分自身もそれを受け入れたくない。だから・・・いえるわけがない。 「―――それより、行きましょ」  ルナはそれに気づかれまい、と頑丈な扉をゆっくりと開いた。 フォルとエリスは彼女の言葉の意味が気になっていた。  だが本人が言わない以上聞き出す事はできないし、何よりも進む事が先決だ。 そう思った二人は、黙ってルナの後へと続いた。 「何・・・ここ」  扉の先は、殺伐―――むしろ恐怖すら感じる空間が待ち構えていた。 無数の機材とコンピュータ、それらを繋いでいるケーブルはむき出し。  それらのケーブルは部屋の奥の巨大なコンピューターへと繋がっている。  地下のせいか窓はなく、海底トンネルにあったかのような透明な部分もない。 そして誰かが生活をしていた後と思われるベッドが置かれていた。  しかし生活感は一切感じられない。 部屋は白く綺麗な方だが―――本棚、椅子、そういった最低限なものが一切無いのだ。 「あんまり―――長居したくないな」 「そうね・・・」  フォルとルナは、この空間にいるだけで息が詰まりそうだった。 部屋の環境が悪いわけではない―――が、閉鎖的なこの空間は気分が悪いからだ。 「う―――」 「エリス!?」  不意に隣で、右手で胸をつかむようにエリスが苦しむようなそぶりをみせていた。 「大丈夫か?」 「平気―――でもここ・・・うちはここを知ってる・・・。  ベッドも、コンピューターも、覚えてる・・・うぅ・・・」  ここを知っている―――エリスの言葉に、二人はショックにも似た感情を覚えていた。 何せ生活観が一切無い―――とても人がいるような場所じゃないからだ。  強いていうなら、まるで実験場のような・・・そんな気さえする。 「とにかく―――メインコンピューターを操作しましょ。  エリスンのことも、何か判るかもしれないわ」 「うん・・・そうだね」  他に見当たるようなものもないため、三人はメインコンピューターへと向かった。 ―――だが部屋の奥まで進んだところで、エリスの異変が起きていた。 「いや・・・いや・・・いや・・・!」 「エリスン・・・どうしたの?」  嫌。拒否の言葉をただ繰り返すエリスに、二人は戸惑いを隠せない。 「いやあ・・・あれはうちを・・・いや・・・やめて・・・  痛い―――お願いだから・・・やめて・・・!!」 「エリスン!!」  しかしルナがその名を強く叫んでも、エリスは答える事なく拒否の言葉を繰り返すばかりだ。 「―――過去にここでなんかあったのは間違いないな。それも嫌な事―――」 「やめて・・・やめてよっ・・・こんな事になるなら・・・いっそ眠り続けていたかった!!」 「眠り続ける―――?」  それがどういう意味かよく判らない。が、その言葉からはただならぬ事を感じられる。 やがて二人は、なんとかエリスを連れながらにメインコンピューターへたどり着く。  ―――がそこで、フォルは妙なものを発見していた。 「なあルナ。あれ・・・なんだ?」 「あれ―――」  フォルの指差す方向―――そこには無数の鎖が見えていた。 囚人でも捕らえていたのか―――と思ったが、すぐ近くにはコンピューター。  どうやら鎖もコンピューターと繋がっているようだった。 「ちょっと待って・・・」  言いながら、ルナがコンピューターを操作する。 どうやらセキュリティはかかっていないらしく、難無く操作に成功する。 「えーと・・・あれはコールドスリープ―――生命をあそこで眠らせる機械らしいわ。  生命活動を一時的に停止させて保存する―――試作段階、とは書いてあるけど」 「保存する・・・?」 「よく判んないけどね」  言うならば、生命の冷凍保存。その装置がそこにはあった。 「ルナ、これは?」  言いながら、フォルは気になったデータを開く。 データ名は、地下施設の発見と書かれている。 「・・・!!ちょっと、これ―――」  データを開くと、モニターに映像が映し出されていた。 そこに映るのはコールドスリープ装置―――その鎖にがんじがらめにされている、一人の少女の姿。  深紅の髪。赤を基調とした服装。白い肌。 ―――他でも無い、今まさにここにいる・・・エリスの姿がそこにはあった。 「いや・・・いやあああああ!!」  ドサッ と、その映像を見ていたエリスは・・・すさまじいばかりの悲鳴と共に気を失ってしまった。 「エリス!!―――くそ」 「記憶を思い出してその反動で気絶したのか―――嫌な感覚に耐え切れなくなったのか・・・。  どっちにせよ、エリスがここにいたのは間違いないわね」  流れる映像を切りながら、ルナがそっとエリスを楽な姿勢で寝かせる。 「だけど・・・これは半端じゃない・・・もっと調べる必要がありそうだな」 「ええ―――その前に一応、データのバックアップを取っておくわ」  言いながら、ルナはディスクを取り出し、コンピューターへと差し込む。 「制御塔地下―――こんなものが眠っているとはね・・・」 「エリスに何があったんだ・・・?」 「さあね。でも・・・データが教えてくれるわ」  バックアップが終了を告げ、そのディスクをさっとしまうと・・・ 二人はコンピューターのデータを洗いざらいチェックしはじめた。 ・地下施設の発見  先日我々は、ガルダバルの一画の地下に施設があるのを発見した。 昔ここで何が行われていたかは判らない。  だが我々コーラルの文明と同等―――いや、それ以上の文明の機械などが置かれていた。 中でも興味を引いたのがコールドスリープ―――つまり生命の冷凍保存が可能な装置。  ―――そして、その装置で静かに眠っていた少女の存在だ。 どうにかしてこの少女を起こせれば、驚くべき情報が聞き出せるかもしれない。  また我々は、極秘裏に計画していた制御塔の建造をこの場所に行う事を決定した。 そうすればこの装置を利用できるし、調査も円滑に行えるからだ ・地下施設の少女  先日発見したコールドスリープ装置とそこで眠る少女。 この二つの本格的調査を開始した。  少女の左腕部分には『RENA-E01-fake-』と刻まれており、アンドロイドではないかという可能性にいきついた。  しかしfake、つまり偽りの意味が気になる。この少女に関してまだまだ調査が必要だろう。  またコールドスリープ装置のほうだが、厳重なセキュリティがかかっている様子。 なんとかして解除したいところだが、こちらも時間がかかりそうだ。 ・セキュリティ解除  コールドスリープ装置のセキュリティ解除に成功する。 とはいえ、まだ完全に解除できたわけではなく、まずは第一段階といったところだろうか。  そのデータによると、少女の名前は『エリス=レナフォード』と記されていた。 左腕に刻まれていたRENAだが、どうやらこれは製作者の事をさしているらしい。  また、彼女はアンドロイドではないようだ。 一部機械パーツが埋め込まれているが、れっきとした生命体のようである。  我々はこれを『生体アンドロイド』と名づける事にした。 しかし問題は彼女―――エリスを目覚めさせると言う事だが、さらにセキュリティを解く必要がありそうだ。 ・第二段階突破  コールドスリープ装置のセキュリティ解除だが、次の段階へ進んだ。 どうやらあと一段階で完全に解除できるようだ。  データによると、エリスは事故にあったらしい。 その時の事故で瀕死の重傷を負った彼女を、特殊な方法で治療。  その影響で、身体の一部に機械パーツを埋め込まれたようだ。 だが我々の言う機械―――とかいささか勝手が違うようで、錬金術と書かれている。  その時エリスの治療に立ち会ったのが、レナ=シルディアのようだ。 「レナ=シルディア―――」 「レナ=シルディアって、名前からさっするに俺たちの――」 「多分・・・。だからあの時―――エリスンはあたしを知っているって言ったのね。」  二人は話が今一見えてこないが、自分たちとエリスに共通する事があるのは判った。 「う・・・ん・・・」  と、背後で気を失っていたエリスが静かに声をあげる。 「エリスン!!」  その声に、ルナが飛びつくように駆け寄り、その肩をゆさぶった。 「ルナ・・・?」  ゆっくりと眼を開いたエリスは、まだはっきりとしない意識の中でその名を呼んだ。 「ええ。良かった・・・心配したんだから・・・」 「うち・・・そっか・・・あのまま気絶しちゃってたんだ・・・」 「突然の事でビックリしたわよ・・・」 「ごめんね・・・。うちもわけわかんなくなって・・・何か怖くなって・・・。  突然、色んな情報が頭の中流れてきて―――と思ったら気絶してた」 「大丈夫なの・・・?」 「うん。それに―――ちょっと頭痛いけど、この場所に来て色々思い出せた。  自分がここで眠っていた事。ここで実験体のような扱いをされていた事―――」  エリスはまだ完全ではないにしろ、 嫌な過去の集合体であるこの場所にきたことで記憶を取り戻していた。  思い出した事。判った事。 それが辛い事ばかりで、涙すら出そうだった。 「データ調べてる途中なんでしょ。うちの事は大丈夫だから、続き見よう?」 「でも―――いいの?」 「うん・・・。辛い事でも、本当の事・・・確かめておきたいから」  それでも、泣いてばかりもいられない。 たとえ辛くても、それが自分自身の事なら逃げてばかりもいられない。  エリスはその思いでいっぱいだった。―――嫌な事を思い出した直後だと言うのに。 「それじゃ・・・続き」  三人は再びモニターへと眼を向けた。 真実の眠る―――データの山へと。 ・最終段階突破  ついにコールドスリープ装置のセキュリティを完全に解除した。 我々はさっそく、装置の稼動を停止させてエリスを起こす事にする。  エリスを傷つけないように丁重に扱いながらの作業は難航したが、 なんとかエリスを解放する事に成功する。  目覚めたエリスから、我々の知りたかった情報を聞き出す。 ―――どうやら、彼女はある目的の為に眠っていたらしい。  しばらく我々は、エリスから情報を聞き出す事に専念することになりそうだ。 ・ラグオルの秘密  ある目的―――それは地下遺跡のダークファルスと関連しているようだった。 元々彼女は、ラグオルやこの文明の人間ではないらしい。  ラヴィス=カノン―――ダークファルスを抑制する剣の所有者として、ここに眠らされたようだ。  どうやら、眠りについたのは彼女の意思ではないとのこと。 エリス、そしてレナ=シルディアの住む世界で脅威を振るっていた破壊神ダークファルス。 そしてそれに対抗するべく造られたダークファルスの抑える剣、ラヴィス=カノン―――。 しかし完全に破壊する事は叶わず、動きを抑制するに止まった。  ラヴィス=カノンを扱えるのはエリスしかいなかったらしく、 またそんな危険な存在をその世界にとどめている事もできず、巨大な宇宙船を建造。  そのまま、このラグオルへダークファルスを封じ込め、エリスもまた眠らせたとの事。 この施設はどうやらその時のものらしい。 ・MOTHER計画  エリスから大体の情報は入手でき、制御塔も完成に近づいていた。 そこで我々は、大々的にMOTHER計画の始動を開始させる。  まず着手していたのは、計画を管理するためのアンドロイドだった。  そこを我々は、エリスを参考に生体アンドロイドなるものを作成する。 従来の人肌付着ではなく、完全に人間そのものとよべるものを、だ。  地下施設の機械の手も借りながら、我々はそれを完成させる。 MOTHER―――開発中の3つのAIを次なる生命へと進化させる計画。  それらを導くべく、そしてγ実験体と続く試作品として、これを『デルタ』と名づける。 生体アンドロイド―――マグが人間になったもの、と考えてもいいだろう。 ・D因子の特性  エリスとデルタは、我々の研究に実に役にたっている。 だがそれも潮時だ。我々はD因子の驚くべき特性を発見したのだ。  マグを開発した時は判らなかった。 しかし驚くべきことに生命・機械を問わず侵食し、劇的に進化をもたらすというのだ。  つまりマザーシステムをもちいる事なく、次なる生命へと進化する事ができるのだ。 しかも、待つ必要などない。  我々はこれにより計画の変更を決定する。 ・ラヴィス=カノンの発見  先日我々は、ラヴィス=カノンの存在を発見する。 どうやら抑制のほかに封印の能力も持つらしく、実に興味深いものがあった。  それのおかげでダークファルスを自由に研究できるというものだ。 また我々は、ダークファルスを模して造ったアレの抑制にも似たようなものが必要と考える。  そこで我々は、ラヴィス=カノンの詳しい調査を開始する。 研究の結果、ラヴィス=カノンもD因子に似た特性を持っている事が判る。  その研究データをもとに、アレを抑制する道具を開発する事を決定。 「―――ざっとこんなもんね」  三人は、特に注目をひいたデータを閲覧していた。 とはいえ熟読したわけではない。とりあえず重要と思われる部分だけ、軽く眼を通した程度だ。  だが―――真実に近づくには、それだけでも充分なほどだった。 「デルタ・・・」 「知ってるの?」 「うん・・・。唯一友人と呼べた存在、それがデルタだよ。  この制御塔の管理者のはずだけど―――」  言いながら、エリスはコンピューターを操作した。 ようやく思い出せ始めた記憶だけを頼りに。 「あった!!制御塔内部のデータベース―――。  管理者デルタ・・・マザーシステム・・・。  彼女は・・・最上階にいるみたい・・・」  エリスは、ようやく見つけた記憶の中にいるデルタの姿を思い浮かべた。 笑いあった日々。楽しかった日々。 何もかもが閉じ込められた世界で、それだけは幸せだった時間の数々を。 「エリスン・・・あとで、会いにいってあげて。せっかくここまできたんだし。」 「ありがとう、ルナ」  あまりに辛いものを思い出させ、見せすぎた。 そんな状況でルナが気を遣える事といったら、それくらいだった。  こんな場所に連れてきたのは自分。なら離れていた友人とくらい会わせてやろう、と。 そのまま、辺りを沈黙が包み込んでいた。  色々とんでもない事を知ってしまったりもしたが、三人はあえて聞いたり口に出したりはしなかった。  何より―――この沈黙がどこか居心地のいいものだと、三人は感じていた。 「―――あ、エリスンのことで肝心な事を忘れるところだったわ」 「うん?」  ルナは思いついたように、沈黙を打ち破る。 突然の言葉に、フォルとエリスはいったなんだとばかりに彼女を見た。 「肝心な事―――というか、むしろ本題ね。  ラヴィス=ブレイド―――光ってるでしょ」 「あー」 「あ・・・」  ルナの言葉に、二人は間抜けな声をあげていた。 むしろ―――そう言わずにはいられなかった、というべきか。  爆発的な光を放つラヴィス=ブレイド。それは何かがすぐそばにあるという証拠に他ならない。  しかし―――すぐそばにあるはずにも関わらず、あたりにそれらしきものは無かった。 「・・・そういやさっき、ダークファルスを模したものって・・・。  それにラヴィス=カノンのように抑制するための道具を作った・・・。  ってことは・・・」 「ストップ、フォル。それ以上言わなくていいわ。  言わなくても―――判るから」  ルナはフォルの言葉を止めた。その先を・・・あえて言葉として聞くのが嫌だからだ。 どのみち―――嫌でも現実を見ることになるのだし。 「それじゃ、うちの出番ね?」 「エリス・・・大丈夫なのか?色々思い出して頭痛いんだろ?」 「んーちょっとね。でも平気。それくらいで、投げ出すほど弱くは無いよ!」 「ふふ。それじゃ、頼むわね」  エリスの前向きな台詞に、ルナはそっと微笑みながらにその肩を叩いた。 そんなルナに、任せてと返すと―――そのまま、愛剣を抱きしめるように意識を集中させる。  すさまじい反応の強さに押し返されそうな気持ちになりながらも、すぐそばにあるはずのその場所を特定する。 「ここ!!」  言いながらエリスは、勢いよく近くのコンピューターへと斬撃を叩き込む。 ―――正確には、その装甲へ。 「え・・・!?」  突然の行動に、ルナとフォルは戸惑いを隠せない。が―――それもすぐ。 ぱっくりと開けた端末の中からは、巨大な剣が地面に突き刺さっていた。 「あれか」  不気味なライン―――まるでD型亜生命体―――からは、独特の威圧感のようなものが感じられる。 「コンピューターのパーツで隠してるなんてね・・・。」  開けた部分には端末やケーブルなどは一切なかった。 そこにあるのは禍々しい剣だけだ。当然、メインコンピューターには支障はない。 「気味悪いな・・・まるでD因子―――」 「まるでじゃなくて、本当にD因子なんだと思うわ。  ―――それにしてもあの剣―――フロウウェンの愛剣に似てない?」 「そう言われてみればそんな気もする」  目の前に突き刺さる大剣は、禍々しい雰囲気を発してこそいるが、フロウウェンの愛剣に似ていた。  しかしその色は透き通るような空色ではなく、どす黒い黄色のような刃だが。 その刃には無数のケーブルのようなものが絡みついていた。 「―――そういえば、人為的に造り出したダークファルスの抑制に使う剣を作っていたような・・・。」 「さっきのデータにもあったわね、D因子の特性に似たラヴィス=カノンって話で。  ―――だとすればこれは・・・」 「ちょっと待って!」  目の前の禍々しい大剣を前に、エリスは素早くメインコンピューターを操作していた。 まるで―――何かを知っているかのように。 「あった・・・!見て!」  ―――それもつかのま、何かを見つけたエリスははやる気持ちで二人を呼ぶ。 「コレは―――」  エリスが開いたデータ。それはまさにタイムリーなものだった。 ・ダークフロウ  あれを抑制する為に、あれが生前使っていた剣を媒体に選んだ。 D因子の特性と生体オル・ガの二つを抑える能力を、剣に備える。  完成させたその剣で我々はあれの抑制を試みる事にした。 しかし、あれの成長は予想以上であった。  抑制するどころか、剣のほうがあれのエネルギーを吸い取ってしまったのだ。 元々D因子に侵食させていたその剣だが、それにより抑制などというレベルではなくなっていた。  むしろ―――新たなあれを造り出してしまったといってもいいだろう。  我々はこの剣を抑制に使うのは得策ではないと考え、地下のエネルギー源として利用する事にする。  D因子に完全に侵食されたあれの剣―――ダークフロウと名づけて。 「ダークフロウ・・・。待って・・・。あれの剣―――フロウ―――」 「エリスン、答えを出すのはまだ早い。まだ・・・まだ早いよ」  エリスの言おうとした事。ルナはそれを遮った。 先ほどフォルにしたように、その先を聞きたくなかったからだ。  言いたい事は判るし、自分だってその可能性にいきついている。  それでも―――認めたくない。せめて、現実を見ていない今くらい、夢見ていたかった。 「ルナ―――そうだよね。まだ決まったわけじゃないよね・・・」 「―――んで、あれをどうするんだ?持ち帰るのか?」 「冗談やめて。決まってるでしょ、壊すのよ!」  三人がダークフロウを破壊しようとそれぞれ武器を構える。 「同時に行くぞ!!」  フォルの声とともに三人が一歩を踏み出す。―――が。  ドックン、ドックン、ドックン。 「何―――!?」  突然、ダークフロウは静かに脈動のようにその刀身を震わせる。 その音は三人に聞こえるほどはっきりと、それでいて強かった。  しかし―――突然起きたのは、その脈動だけではおさまらなかった。  シュウウウン!! 「デルリリー・・・」  脈動の直後、まるでそれに反応したかのようにその周りには三体のデルリリーが姿を現していたのだ。 「邪魔だっ!!」  しかしそれに止まる事なく、フォルはその双剣と共に駆け出していた。  ヒュンヒュン! と双剣が十字を描くと共に、三体のデルリリーはあっけなく消滅していった。  ドクン、ドクン、ドクン  しかしそれと入れ替わるように再びダークフロウが脈動を始めていく。 ―――今度は、その周囲を守るように五体ものデルディーが立ちふさがっていた。 「今度はデルディーかよ。  制御塔に出るエネミーと遺跡に出るエネミーじゃ関連性がなさすぎる」  フォルは出てくるエネミーに呆れ混じりにそういいながらも、デルディーへと剣を向ける。 「馬鹿ね。関連性がなさすぎる?むしろ、正反対よ。  考えても見てよ。デルリリーも、こいつらも、同じD型亜生命体なのよ?」  そんなフォルに向かって、ルナは静かに訂正した。 「馬鹿は無いだろ、馬鹿は。―――でもそうだな。  そしてそれを今このダークフロウは生み出した――――」 「そう言う事になるわね。ラボのデータとかで判っちゃいたけど・・・。  これではっきりしたわ。D型亜生命体がD因子の根源から生み出されてる事が」 「そうだね・・・。これがラヴィス=カノンを模して造ったなんて・・・」  エリスは自分の愛剣にどこか恐怖に似たものを覚えていた。 D因子と似た性質を持つラヴィス=ブレイド。そしてそれを真似て造られたダークフロウ。  だから、自分の愛剣もこんなことになるんじゃないか・・・と。 「正と負ってやつよ。あたしとフォルみたいに、ラヴィス=カノンとダークフロウ。  似たような力なのに性質はまるで正反対―――ってね」 「そんなもんこんな場所に残しておけないっ!!」  デルディーを片付けたフォルが、勢いよくダークファルスへその双剣を振るう。  バチイイイイイイイイイ!!! 「なっ・・・」  しかし、その刃がダークフロウにふれたかふれていないかの所で、すさまじい音を立てていた。 「くそ・・・魔力のバリアか?D因子のエネルギーで破壊も楽じゃない・・・」  シュウウウン!  刹那、再びダークフロウは脈動を始め、またしてもエネミーがその周りに立ちふさがる。 「イルギル―――次から次へとっ!!」  ルナは現れたイルギルへ、間髪いれずその鎌を振り回す。 ダークフロウごときりつけた斬撃―――が、彼女の鎌もまたすさまじい音と共に弾かれていた。 「―――とんでもないエネルギー量ね。あたしやフォルじゃ破壊は無理―――。  エリスン!ダークフロウの破壊―――よろしく」  ドクン、ドクン、ドクン。  しかしダークフロウは止まらない。 まるでルナの会話を打ち消すかのように、再び脈動を始めていたのだ。  そこには不気味は一つ目の大型犬が、一度に二体も姿を見せている。 「フォル、あたし達に注意をそらすのよっ!  判ってるわね・・・エリスンに近づけないで!」 「いちいち言わなくたって判ってる!ルナこそ近づけるなよっ!!  口だけになったら俺が笑ってやる」  言うまでもない―――だがフォルは、余計な一言を残していた。 「ああいえばこういう。素直に判ったって言えないの!?  それとも何?姉の言う事が聞けないっていうの?」  フォルの一言―――それはルナに対して爆弾を投下していたようなものだった。 こんな状況下―――にもかかわらず、二人は口論を始めていたのだ。 「姉とか弟とか双子だから関係ないって言ってるの誰だよ。  こんな時だけ姉を気取るな!  あーほんと、うるさい姉を持つと大変だ!!」  ザシュッ!!  ルナの態度に腹を立てたフォルは、その八つ当たりとばかりにデルバイツァを思い切りきりつけた。 「どいてっ!そいつはあたしが止めをさすのよ!!」  ブウン!!  ―――と、横からそれに割ってはいるようにルナが鎌を振るう。 その斬撃を前に、一体のデルバイツァは消滅していた。 「何が止めだ!そうやっていっつもかっこつけやがって。  止めとかこだわってる場合か!!それとも俺に見せ場は作りたくないってか!?」 「ちょ・・・ちょっと二人とも!」  こんな真面目な場面で喧嘩をはじめた二人に、エリスは困ったように制止に入る。 ―――だが、加速した二人の感情は、エリスでも止める事はできなかった。 「エリスンは早くダークフロウをぶっ壊して!さもないとフォルの馬鹿が移るわよ!」 「むしろルナの騒がしいのが移るんじゃないか?  変な事吹き込まれる前に、ダークフロウを!!」  ダークフロウと二人の喧嘩―――緊張感のかけらもない。 しかし―――こんな時に変に緊張せずにいられるのも逆に二人の力だ。  それが判っているエリスだけに、今はその喧嘩さえも心地よいものに聞こえていた。 そして、静かにラヴィス=ブレイドを構える。 「―――二人の馬鹿とか騒がしいところなら心配しないで。  とっくに、移ってるから」  一発で破壊する―――そう決めたエリスは、静かに意識を集中させていく。 二人に投げかける言葉―――それは、自分自身が自然にいられるように言い聞かせる言葉でもあった。 「ちょっとは否定なんなりしなさいよ。そう返されると困るでしょ。  でもほどほどにね。こいつの馬鹿は筋金入りなんだから」 「馬鹿で結構。さしずめルナは歩く騒音って所か?  ほんっと、どこでもかまわず喋りすぎだよな」 「ふふ・・・そうだね。でも―――そんなところも含めて、うちは二人の事好きだよ?」  エリスは愛剣をしっかりと構え意識を集中させると、二人に正直な気持ちを告げた。 ―――そして、二人の返事を待つことなく・・・ダークフロウへと飛び出した。  ドクン、ドクン、ドクン。  そのエリスを遮るかのように、再びダークフロウは脈動を始める。 「あいにくだがエリスに手を出させない!  どっかの誰かさんじゃあ、少々不安だしな」 「へー何?その誰かさんの弟はかなり不安だと思うけど?」  二人の喧嘩も止まらない。 ―――が、それでもしっかりとエリスをエネミーから守るようにその前へと飛び出していた。  シュウウウウ!!  直後、そこからは三体のエネミーが姿を現した。 デルバイツァ、デルリリー、イルギル。制御塔に巣食う三種のD型亜生命体が・・・! 「「邪魔ッ!!」」  フォルとルナは、声を揃えてその武器を振るった。 鎌と双剣が、それこそ流れるように三体のエネミーを襲う。  その様は―――とても喧嘩をしているとは思えない、完璧なほどに息が合っていた。  そんな二人が切り開いた道―――その先には、ダークフロウがある。 「このぉぉぉっ!!」  光り輝くラヴィス=ブレイド。二振りの短剣が、素早くダークフロウへ舞う。 ―――が刹那。まさにその斬撃が触れるか触れないかの瞬間だった。 「貴様―――殺ス――解放スル為ニ―――全テハ破壊ノ力ノ為ニ!」  横から、素早く紅の猟犬―――フリットが姿を現していたのだ。 その場にいた三人誰もが、目の前のダークフロウの威圧感を前に、その気配に気づけなかった。  予想外の出現―――いや、どこかで予想はあったかもしれない。 だがこんな時に現れるとは誰が思ったか―――その衝撃に、三人は思わず手を止めてしまった。  止めたというより緩んだというべきか。 「力ヲ・・・我ガ手ニ・・・!!」  まさにその一瞬の隙だった。 紅の猟犬は―――ダークフロウをその両手に掴んでいた。 「なにを・・・!」  突然のその行動に、三人は思わず凍りつくかのように身体を止める。  ドックン、ドックン、ドックン。  紅の猟犬の手に握られたダークフロウは、まるで反応するかのように脈動を始めた。 「ちょ―――と待て。何なんだ一体―――」  脈動と共に高鳴る波動―――その波動は禍々しいものそのもの。 まるで肌にまとわりつくような―――そんな悪寒に、三人はいいようのない緊張を覚える。 「ガアアア―――力―――アアア―――殺ス――!!」  放たれる波動―――それは、紅の猟犬ごと静かに飲み込み始めていった。 まるで剣と同化するかのように侵食が始まり―――そのまま、一つにならんばかりに。 「―――やはりね」  しかしそのおぞましいばかりの場面にもかかわらず、ルナは納得の声をあげていた。 「やはりって・・・何が・・・?」 「あいつ―――フリットの事よ。  なんでさっきあたし達の前に現れたと思う?」 「なんでって―――ルナとケリをつけにきたんじゃないのかよ」 「違うわ。考えてもみてよ。  いくらあたしとけりをつけるとはいえ―――海底トンネルの場所が判るとは思えない。  ―――それは他でも無い。知っていたという事だと思う。」 「知っていた・・・?」 「ええ。―――この剣、ダークフロウの事を。  はじめからここへ来るようにプログラミングされていたのでしょうね。  ―――彼の製作者、制御塔の製作者、そしてダークフロウの製作者。  そしてラグオル―――これがどういう事か、判るでしょ?」 「ああ―――。本当に、とんでもない事をしてくれたもんだなっ!」  ルナの言うとおり―――それら全てを繋げる線をフォルは判っていた。 「―――科学者ってのはっ!!」  その全てを繋げる線が元凶ともいえる存在。 もう戻せない―――その結果に憤りを感じながら、フォルは双剣を振り下ろす。  バチイイイイ!! 「くっ!!」  だが再び、その双剣はすさまじい音と共に弾かれていた。 ―――その身をD因子に染めた赤き猟犬が・・・さらなる力を取り込んだダークフロウと共に。  もはや原型と呼べるものはほとんどない。 元々威圧感を放っていた紅き装甲。それがD因子に侵食された事により、更なる威圧感を放っていた。  もはや機械装甲―――とは思えないほどの外見。 その装甲に浮かび上がるD因子のライン―――辺りを飲み込まんばかりの波動を放つ剣。  ―――その姿はかつてのダークファルスの小型版―――とも感じられた。 「力―――イイゾ―――ミナギル―――!!」  その禍々しい姿と共に、紅の猟犬は大剣を構える。 ―――とそのまま、狂ったかのような声と共に三人へ向かってその剣を振るった。  ブウウウウンッ!!  重く低いうなりごえにもにた音が空を切る。 「避けるわよっ!!」  ルナの言葉と共に、三人はとっさに飛びのく。  シュウウウウウ!!  ―――直後。高速の斬撃が大地を走る。 「何あれ・・・!?」  エリスが異様なその光景に思わず声をあげる。 それもそのはず―――斬撃の走った大地のあたりを徐々に黒い何かがにじんでいたのだ。 「D因子・・・!?あんな形で出るなんて――――  あんなのに触れたら危険すぎるわっ!」  ルナが言うまでもなく、二人もまたそれが危険なのを肌で感じ取っていた。 当たったらアウト。だが―――いつまでも避け続けているわけにもいかないのも事実。 「一気にけりをつけるっ!!!」  ―――守りに徹していたら不利。 そうおもったエリスは、強く一歩を踏み込んでいった。  ヒュヒュンッ!! 放たれる二振りの斬撃が紅の猟犬へと飛び交う。  キィィィィン!! 「フハハ―――イイゾ―――ラヴィス=ブレイド―――ソレサエモ止メルトハ!!」  しかし―――ダークファルスを抑制すべく造られた神剣さえも、ダークフロウの前に受け止められてしまった。 「効いてない・・・!?」 「エリスン!下がって!」  ルナの合図にエリスが飛びのくように後方に下がる。 ―――直後、なぎ払うかのような鎌が紅の猟犬へと襲い掛かった。  バチィイイイイ!!  ルナの鎌もまた、すさまじい音とともに弾かれてしまう。 「ルナ!」  ―――だが、その後ろから続くようにフォルが叫ぶ。 その言葉の意図―――それが判ったルナは、とっさにしゃがんだ。  ルナがしゃがんだとほぼ同時に、フォルの双剣が振りぬかれる。 しかし―――絶えず続いた攻撃は、全てが全て受け止められてしまっていた。  バチバチバチ――― 「く―――俺たちの攻撃がまるで通用してない」 「違う―――エリス!」 「うんっ!」  何が違うというのか―――それを促すかのようにルナはエリスに呼びかける。 その言葉に、待ってましたとばかりにエリスが走り出す。 「何度ヤロウト同ジ事―――!!」  キィィィン!!  再び、ラヴィス=ブレイドはダークフロウによって受け止められる。 しかしバチバチと弾く音ではなく―――金属同士のぶつかり合いのような音だった。 「音が違う―――そうか!  効いてないわけじゃない―――ラヴィス=ブレイドなら!」  フォルはその理由に気がつく。 ダークフロウといわば対を成すかのようなラヴィス=ブレイド。  その性質は酷似している―――そして今の音。 フォルやルナの魔法剣は弾かれていたが、ラヴィス=ブレイドはただ受け止められただけ。  ―――つまり、エリスならば決定打を与えられるという事だ。 「毒には毒をもって制する―――とはよく言ったものね。  ならあたしとフォルで隙を―――」 「マズハ貴様―――ガガ――我ガ宿敵――ガアア!!」  三人はようやく打開策を見出す。 ならあとは攻めるのみ―――三人がそう武器を構えた瞬間だった。  目の前に、ダークフロウを構えた紅の猟犬が迫っていた。 「ルナ!危ないっ!!」  狙いはルナ―――しかしあまりに突然の行動に反応しきれていなかった。 避けきれないかも―――危険を感じたエリスは、押し倒すようにルナへ覆いかぶさった。  シュウウウウウウ!!  ―――刹那斬撃は大地を走り、そこには黒い何かがうっすらとにじんでいく。 「ありがと・・・エリスン」 「ふふ、どういたしまして。  ―――それより。うちのこの剣でしかダメージを与えられないのなら・・・。  一気に決める―――ダークファルスを倒したあの一撃で!」 「そうこなくっちゃ・・・!」  ルナはすぐさま立ち上がると、そのまま紅の猟犬へと走り出した。 「フォル!あんたなら判るでしょ!!」 「ったくさっきまで馬鹿馬鹿言ってたくせに何だよな・・・。  ―――よし、一気に決めるぞ!」  言いながらに、二人がそれを挟むように武器を構える。 そしてエリス―――三人は三角形を描くかのように、紅の猟犬を取り囲んでいた。 「無駄ナ事ヲ・・・我ハ無力ニシテ全テヲ持ツモノ・・・。  コノ力ノ前ニハ・・・ナニモカモガ無力!!」  紅の猟犬もまた、囲まれている事にも構わずその剣を構える。 「行くわよ!エリス―――あとはまかせたわ」  三人は顔を見合わせると、静かにコクンと頷く。 ―――そのまま、それぞれの行動へと移っていった。 「フリット・ザ・レッドハウンド―――あんたはダークフロウの使い手として選ばれた。  ―――最初から、その目的で造られた。  でもね―――あたしはあんたを知っている。  戦いと力に渇望し、それを常に求めている―――戦う為に行動していることをね。  ―――それをここで放棄するのは許さないわ。  たとえそうだと仕組まれていたとしても―――。  あたしとあんたが互いに全力で決着をつける―――それまでは絶対にね!!」  ルナは大きく鎌を振り上げる。 目の前の相手と―――真の意味で、決着をつけるために。  周りは馬鹿だと思うかもしれない。でも、ルナにとってはそれで充分だった。 フリットが宿敵と認めるように。ルナもまた―――好敵手のような存在と認めていたのだから。 「あんたは―――あたしと決着をつけるまで、死んだら許さないっ!!」  ルナの声とともに、すさまじい斬撃が紅の猟犬へと降りかかる。  バチイイイイイ!!!  その鎌は、それに触れる事なく激しい音と共に弾かれていく。 ―――が、それでもルナはひるむ事ない。決して、攻撃の手を休める事はなかった。 「ドウシタ―――我ガ宿敵―――貴様ノ力ハソンナ――ガガ――カ」  幾度となく舞う斬撃―――しかし、そのどれもは一撃たりとも決まらない。 だが、それでよかった。少なくとも、こうして注意をひきつけることはできないから。 「ったく、俺の姉ながら呆れたもんだ。  ―――気持ちは判らなくもないけどな。  ただ―――ルナの気持ちもそうだし、何よりあんなものをここままにはしておけない!」  フォルもまた、勢いよく双剣を振り下ろす。 左右から二つの斬撃―――しかし、それは決まらない。  バチィイイイ!! 「力ヲ―――ソノヨウナ攻撃デ我ヲ倒ス事ナドデキン!!  フハハ!!我ガ力ノ前ニハ貴様ラ双子サエモ無力!!!」  ギイイイイン!!  紅の猟犬は、高速でダークフロウを振り上げていく。 そのから全てを吹き飛ばさんばかりの衝撃が放たれ、フォルとルナを吹き飛ばしていた。 「ラヴィス=ブレイド!!うちの想い、力――その光に変えてすべてを切り裂いてっ!!」  ―――と、その瞬間。エリスは素早くラヴィス=ブレイドを振るった。 そこから、青白い二筋の光の刃がラヴィス=ブレイドに展開されていく。 「馬鹿ガ!!ソノ攻撃ナド予測済ミ――返リ討チニシテクレルッ!!!」  しかし―――それは隙などではなかった。 エリスを、三人を油断させる為の―――挑発にも似た行為だったのだ。 「ガアアア!!アアア―――殺ス――我ガ前ニ立チハダカルモノ―――スベテ!」  けたたましい叫びと共に、ダークフロウの刃をエリスへと向ける。  ジジジ・・・ジジジ・・・  ―――同時に、ダークフロウに浮かび上がるD因子が静かに光と音を発し始めていた。 D因子―――それとともに、強烈なエネルギーがそこへ収束していく。 「―――ッ!!」  エリスは目の前に向けられたダークフロウに、死にも似た悪寒を感じていた。 ―――絶大ともいえる恐怖。その感情に思わず一瞬、凍り付いてしまっていた。 「ガアア――ガア――殺ス――我ガ力ヲ示ス為ニ―――スベテノ力ヲコノ剣ニ!」  シュウウウウウウウウン!!! 「―――エリスッ!!」  ダークフロウへと収束するエネルギー、そして脈動するかのようなD因子。 フォルはそれに―――いいようのない強大な魔力を感じ取っていた。 「ギガアア―――魂――消シテクレル―――アア!!」  もはや狂ったとしかいえない紅の猟犬。 その声と共に、ダークフロウからエネルギー状の何かが発射されていく。  更に、エネルギーそのものにはD因子特有のラインが浮かび上がっている。 そこから発せられるのは威圧感、悪寒、そして―――強大な力。  ―――まさに『死』そのものが塊となったようなもの―――  その全ては今まさにエリスを飲み込まんとばかりの勢いを吹き上げていた。 「エリスンッ!!!」  ゴオオオオオオオオン!!!  すさまじいエネルギーは爆音をあげ、そして光が辺りに広がっていく。 何もかもを、破壊するかのように。 「エリス!ルナ!!」  その衝撃と、まばゆいばかりの光に、フォルは二人の名前を叫ぶ。 ―――いや、叫ぶことしかできなかった。  目を開けていることも、駆け寄る事もかなわなかったのだから。 「――――」  すさまじいエネルギーは辺りに勢いよく弾けわたり、そのまま消えた。 そこには音という音が一切消え、静かに――――その世界だけが再び元の形へと戻っていく。  ドサッ  何かが崩れる、音と共に。 「――――ル・・・ナ・・・?」  死を予感したエリス。 その恐怖と光の前に目を背けていた彼女は、ゆっくりとその世界へと目を開く。 「ルナァッ!!」  元の形に戻った世界。だが、全てが元通りになっただけではなかった。 エリスのすぐ目の前には、ルナが力なく倒れていたのだから。  その背中からは、すさまじいばかりの焼け跡とも傷跡ともとれるものが浮かび上がっている。  ―――なにより、ピクリとも動きを見せない。 「ルナ、ルナ!!」  言葉にしきれない状況に、感情と思考が追いつかない。 だがそれでもエリスは叫び、駆け寄った。 「しっかりして!ねえ!ルナ!!」  エリスは強くルナを抱くように揺さぶる。願うように、すがるように。 「―――ご――めん。  エリスン――ラヴィス=ブレイドを―――持つ――あなたを死なせるわけには―――いかないから―――」 「ルナ・・・」 「でも良かった―――なんとか間に合っ――――」 「ルナ―――!?」  そのまま、だらりとルナの身体から一切の力が抜けていく。 不意にかかる彼女の微かな重さ―――それにエリスは、あふれ出す想いと涙を止める事ができなかった。 「フン―――邪魔ガ入ッタカ―――ガガ―――マアイイ。  クアアア―――我ガ宿敵モ無残ナ最期ダッタナ―――!!」  すさまじいエネルギーの放出の反動か、 紅の猟犬は剣で身体を支えながらにルナを倒した――その事実に歓喜の声をあげていた。 「許さない―――」  エリスは想いと涙を溢れさせたままに、静かに立ち上がった。 抱きしめていたルナを、そっと寝かせる―――ルナがエリスにしたように―――と、 そのまま、エリスは紅の猟犬へと向き直る。  全ての感情を、むき出しにしたままに。  涙は止まらない。でも―――それ以上にこいつが許せなかったから。 そして何より―――ルナが自分を守ってくれたから。  ―――だから、エリスは想いと愛剣と・・・そしてルナに誓う。 その行為を無駄にしない事。絶対こいつを倒す事を。 「ハア―――クウ―――マダ我ニ力ガ融ケコミキレテイナイトイウノカ―――。  ダガ―――貴様ラゴトキ―――許サナイダト――」 「―――許さない」  今の彼女を突き動かしているのは、ルナの為に紅の猟犬――ダークフロウを倒す事だけだった。 「―――フォル、ルナを頼むね」  泣きながらに、背中越しにフォルへと伝える言葉。 冷たく、いつものような明るいエリスはそこにはいない。  それは『許せない』という気持ちに包まれる彼女の精一杯だった。 「ああ、任せとけ―――」  フォルが今できる事は、エリスの頼みを聞くくらいであった。 自分の攻撃が通用しないのが判っているから―――せめてそれくらいは、と。 「―――絶対に」  フォルの言葉を背中で聞き終える―――と、エリスはラヴィス=ブレイドへ意識を集中させていく。  ルナのために流す涙。―――それさえも、今のエリスには力と変わって。 怒り。哀しみ。そして涙。ルナが仲間として、親友として好きだという気持ち。  その感情すべてが―――ラヴィス=ブレイドへ集まり、閃光のごとく光を放ち始めていく。  高まる想い、感情、力。そして展開される蒼く透き通った刃と光。  グッ―――と強く両手を握り締めると、エリスは強く深くその一歩を踏み込んだ。 「許サナイダト―――口ダケノ娘ガアア!!アア!!」 「絶対に、許さないからぁっ!!!!」  シュウウン!!  叫び、感情、涙。 それらと共に、蒼い光が紅の猟犬へと弾丸のごとく放たれる。  しかし相手もそれを見過ごしてはいなかった。 エネルギーを放出した反動さえ振り払うかのように、ダークフロウをエリスへと向けたのだ。 「貴様モ我ガ剣ニテ消シテクレル!!」  ゴオオオオ・・・  再びダークフロウへと収束するエネルギー、浮かび上がるD因子。 それは先ほどルナを倒したものに他ならなかった。 「ルナの想い―――無駄になんかしないっ!!!」  しかし、エリスはそれさえひるむことはなかった。 「ラヴィス=ブレイド―――全ての想いをその力に変えてっ!!」  放たれた蒼い光が被弾する寸前、自らも近づいたエリスが両手の愛剣を大きく振り上げる。  パキィィィン  まるでその声に反応したかのように、 蒼く溢れんばかりのエネルギーがラヴィス=ブレイドを覆うように放たれていく。  放たれた光、そしてすさまじいエネルギーを帯びた刃。 それらが交差し、斬撃が辺りに舞う。  蒼き無数の斬撃の筋―――それと収束するエネルギーの放出は、ほぼ同時だった。  そのまま、辺りに衝撃と光が走る。 ―――世界は再び白に包まれた。まるで、月のように。――― ―――だが、それさえ切り裂くかのように、蒼き斬撃が辺りに刻まれていく。  ガシャアアアン  ―――直後、唐突に白き世界は音と共に終わりを告げていた。 例えるならそう、まるでガラスが砕け散るかのように。  ガラスが砕け散った先―――そこに広がるのは、制御塔の地下。 何もかもが元通りで、いつもの世界を保っている。  パシィッ!! 「ガ・・・ガ・・・力ガ―――抜ケ―――アアアア―――ガアアア!!!」  その世界が訪れるとほぼ同時。待っていたのは浄化と破壊。 紅の猟犬の握るダークフロウに、無数の蒼き筋が走っていたのだから。  やがてその筋は光を内側から放出し、そのまま―――それごと吹き飛んでいた。  紅の猟犬の手から離れたダークフロウは、勢いよく大地へと突き刺さる。 ―――と思うと、光がそこから弾けわたり、あたりを蒼く包み込んでいた・・・。 「・・・綺麗」  その光に、エリスは思わず見とれていた。 怒りも、涙も、過去も、何もかもを流してくれそうな―――浄化の光に。  シュウウウ・・・・ 「消えた・・・・。終わったのね、これで・・・」  その光が導くかのように、そっとダークフロウが消えていく。 消えていくその姿にエリスは、どこかはかなさを覚えずにはいられなかった・・・。 「―――っ」  ガクン、とエリスを支えていた力が抜けていく。 抜けていく力に逆らう事もできず―――そのまま、彼女はひざをついていた。 「エリス・・・大丈夫か?」 「―――うん。なんとか―――ね」  肩で息をするのがやっと―――それでもエリスは強がってみせた。 そんな彼女に、フォルはそっと手を差し伸べる。  ―――しかし、その手を一人で立てる!とエリスは受け取らなかった。 そのまま―――今にも倒れそうな足取りでゆっくりと立ち上がる。  いや、立ち上がろうとした。 やっぱり身体が追いつかない。何度も立ち上がろうとしても、倒れてしまった。  ―――最後まで強がるエリス。そんな彼女を、半ば無理やり救いの手が差し伸べられた。 「―――なーに一人で・・・かっこつけてんの」 「ルナ・・・!!!」  エリスを立ち上がらせた手―――それは紛れもなく、ルナのものだった。 さっきのダメージが痛むのか――いや、痛まないはずはない――どこか辛そうにも見える。  しかしそれでも、ルナは微笑んでいた。まるで―――それこそお姉さんか何かのように。 そんなルナに向かって、エリスは嬉しさや愛しさや―――色々な感情と共に飛び込んでいった。 「きゃ―――」  ルナに抱きとめる力が残っているはずもなく、そのまま二人倒れこむ。 「ちょっとは考えてよね・・・あたしだって、立ってるのがやっとなんだから・・・」 「ごめん―――でもなんだか嬉しくって・・・」  言いながら、エリスは涙をこぼしていた。 その涙は頬をつたい、やがてルナへと流れていった。 「エリスン・・・」  自らに触れていく涙―――その熱さに、ルナは奥底から何かがこみ上げてきていた。 そのまま―――こみ上げた何かと共に、ぎゅっとエリスを抱きしめる。  そして笑って見せた。心からの笑顔を。 「良かった・・・本当に良かった・・・無事でいて・・・無事でいてくれて・・・」  その行為と笑顔を前に、エリスもまた想いを止める事ができなかった。 一生分の涙を流してしまいそうな―――それくらいの、涙と共に。 「エリスン―――」 「ルナ・・・?」  そっと、ルナがささやく。改まって何だろう?と、エリスは顔を寄せる。 「ありがと。そして―――これからもよろしくね。―――これはほんの―――気持ち」 「え―――!?」  改めて言われると照れるような言葉に、エリスは戸惑いを隠せない。 ―――がそれもつかのま、ルナは大胆な行動に出ていた。  ルナの唇は、そっとエリスの頬へと口づけていたのだから。 「ちょ!―――やめてよ―――女同士だよ・・・?  それにライがいる―――じゃなくて―――」  突然の行為―――それもルナからという事に、エリスは困惑していた。 「ちょっと、何変な事考えてんのよ・・・。  そんな風に思われるとこっちも恥ずかしいでしょ!  ただ単純に、これからもよろしくねって思っただけよ。親友として、ね。  ―――他に思い当たらなかったんだもの。  それともなに?そういうの期待してた?」 「え?あ、う、ううん!そんな事無いよっ!!  からかわないでよ・・・。もう、いきなりルナがそんな事するからっ!!」 「ふふ、冗談よ。―――それより、そろそろ帰ろう?  イリスも・・・もう終わってる頃だろうし」  ルナはそっとエリスに回していた手を離しながらにそう言った。 もう、やるべき事はすべて終わったのだから。 「あ、うん。そうだね・・・・」  ちょっとだけ名残惜しさを感じながら、エリスはルナからそっと離れる。 それに続くように、ルナもまた起き上がる。  そのままお互い支えあうように―――まだおぼつかない足で、二人は立ち上がった。 その表情はどこか希望に満ちたもので、見守っていたフォルもなんだか嬉しくならずにはいられなかった。 「ふぅ、やっと終わったな」 「ええ、終わったわね」 「うん・・・みんな無事で良かった」  三人は顔を見合わせながらに、目的を果たせた事をわかちあう。 こうして三人無事でいられたこと―――それが何よりも幸せであるかのように。 「さあ、帰ろう!」 「待って。あいつも―――連れていかないと」  ルナはあいつ―――やや離れたところで倒れているフリットを指差していた。 ダークフロウの影響か、その装甲は無残な状態だ。  しかし、稼動するのにそこまでの悪影響はなさそうで、直せば何とかなりそうだった。 「そうだな・・・。それじゃあ俺が―――」  しかしフォルが動き出すよりも早く、ルナがフリットを肩にかついでいた。 かなりのダメージを負っているルナが無理するな、と二人が心配そうな声をあげる。 「ライバルみたいなもんだし」  そんな二人に当たり前のようにルナはそう言った。  あまりにもはっきりと言い切るので、 フリットもフリットだがルナもルナだ、と二人は思わず笑ってしまったが。 「よし、このまま転送―――」 「待って!」  フォルがメインコンピューターから転送を起動させようとする―――が、それをエリスが遮っていた。 「エリスン?」 「デルタに・・・デルタに会わなくちゃ・・・!!デルタに・・・会いたい」  全ては終わった。しかし―――エリスにはまだやりたい事が残っていた。 離れ離れになった友人に会いに行くという事が。 「そうだったわね。―――場所は?」  ルナは、静かに場所を尋ねる。エリスを―――友人のもとへと送り届ける為に。 「制御塔―――ここの最上階」 「オッケー。ちょっと待ってね・・・よし、座標セット完了!」 「ありがとう、ルナ。―――ごめんね、こんな時に一人だけ」 「何言ってるんだ。ここまで来たんだ、やれるだけやってこいよ。  やらないで後悔したくないだろ?それに後悔してるエリスなんて見たくない」 「そうそう。二人っきりで再会を楽しんできて?  お土産話はたーっぷりと聞かせてもらうから。  ―――それじゃ、送るわ。準備はいい?」 「うん。お願い」  エリスが頷く―――と、ルナは転送を起動させた。 ――と。柱のようなものがエリスを包み、そして―――そっと消えていった。  他でも無い、友人の場所へと。  転送が終了したのを見届けるとすぐに、ルナは自分たちの転送を起動させる。 始まりと終わりの場所―――海岸へと。  判り始めた真実、よみがえる過去。 ―――それらが何に導くのか判らない。  それでも今はただ、達成感だけを・・・胸に抱いて。 あとがきという名の駄文 05.4/8  ・・・最悪のパターンだ。一話が無茶苦茶長くなってしまったあ!! きっと読んでてくどくなってだれてきたんじゃないかと思います・・・。 ここまで読破したみなさん、本当にお疲れ様です。目薬をお忘れなく(ぉ  しかしオリジナル―――ってわりには色々とごまかしてる部分が・・・。 コンピューターに残っているデータがちょっと都合よすぎたかなってのが一番・・・。  過去に制御塔に来た人間がセキュリティを解いているから、エリス達が見れたんですけど。  あと―――最後のルナ&エリスのシーン。 女同士の特別っていうのは書けないと思ってたんですが、勢いって怖いですね(笑) 半ばルナが勝手に喋ってました。まさに、キャラの一人歩きです。  しかしごめんなさい。第五話のあとがきで、次デルタ出すよといっときながらこの始末。 あんまり長くなりすぎたので、次の話へ持ち越しになっちゃいました。  この話―――長い反面出来のほうは個人的には今一です(爆 修正を加えたら別作品に変貌するんじゃないかと思えるほどです(笑)  戦闘シーンで「紅の猟犬」と表記したのは、フリット自らの意思じゃないからです。 ダークフロウに侵食された存在―――だからフリットではなく「紅の猟犬」と。 どうでもいいことなんですが(笑)くだらない事にこだわってる自分・・・。  とりあえず心の座から書き始めるという馬鹿をやったので、補完しきれてない部分が多いです・・・。  特にエリス絡みの事は、ちんぷんかんぷんな所もあるんじゃないかな・・・。 っというかエリスとフリットのキャラ、なんだか半分暴走してしまったし・・・。  ゲスト出演キャラなんだけど・・・ごめんなさい、二人とも(反省 それでは第七話―――今度はこれよりは短い・・・はずです。  あとはエリス&デルタと海岸でのシーンだけですし。 それでは、次の話でお会いしましょう!