エピソード『心の座』
Seraphic Fortune PHANTASY
第五話〜想いの集う場所、心の揺れる時〜/制御塔『AIカル・ス』
「カル・・・イリスさん・・・」
「もう少しばかり落ち着いたら?キミはさっきから落ち着きがなさすぎるわ」
「でも・・・」
二人中央管理区に残されたスゥとエリは、ぎこちない会話をしていた。
エリの頭の中には愛しのカルと迷惑かけっぱなしのイリスの事しか頭にない。
だから、会話と言うよりもスゥが一方的に喋っている―――という感じでもあったが。
「知ってるわよ。キミとイリスが地下にある坑道でAIカル・スのバックアップを取った事。
そのカル・スとキミはオンライン上で知り合った―――まあ、恋仲って事もね」
「恋仲・・・そんなんじゃ・・・」
「周りから見れば充分そう見えるわ。
でも・・・キミたちの起こした行動は、個人単位で済む問題じゃなくなってるのよ。
現にAIカル・スはラボのメインを任せてるでしょう?」
「そうです・・・けど」
「それに、あの子達―――個人単位どころか、
パイオニア計画やMOTHER計画そのものに首を突っ込んでいる。
私達なんかよりも、ずっと深くね。」
あの子達―――つまり、イリスたち。
彼女達がラグオルの真実を探っている事、
そしてそれがブラックペッパーやラボの知っている情報でも判らない事を知っている事。
最も・・・真実に近い存在。スゥはそう認識していた。
「パイオニア計画とMOTHER計画・・・?」
「ええ。そんな彼らにキミがついていっても、はっきり言ってできる事なんてないわ。」
「イリスさんたちが・・・そんな事を・・・」
「それに見たんでしょう?イリスの力を・・・」
スゥもまた、イリスの魔法の力を知っていた。
それゆえに彼女の力を知っているし、自分が何かした程度で止められない相手であることもまた判っていた。
「はい・・・。テクニックなんかと全然違う・・・魔法、みたいな」
「みたい、じゃなくて本当に魔法なのよ。
私たちとは完全に違う・・・異世界の人間。
そんな人相手に、どこまでついていくか判らないけど。
あの子達と行動を続けたら、本当に戻れなくなるわ・・・。」
スゥは静かに警告を発していた。イリスたちと行動をする事の危険性を。
真実に迫る事―――それだけでも命の保障はできないということなのだから。
「そんな・・・。でも・・・みんなはもっと危ない事をしてるんです・・・。
危険なのは判ってます・・・。でも・・・私・・・」
「はぁ―――やんなっちゃう」
スゥは再び溜息をついた。それはエリが聞き分け悪いからではない。
まるで―――昔の自分を見ているような錯覚を覚えたからだ。
カルとイリスの事で焦りにも気持ちを抱いたままその時を待つエリ。
昔の自分をエリに重ねながら、予定が狂った事に不満を隠せないスゥ。
二人にとって、この場所で待つこと―――それは果てしなく長く感じるものだった。
「雑魚がッ!!」
どういう風の吹き回しかは判らない。
ただ、今私はキリークと共に制御塔へ向かっていた。
「クハハハッ!!!」
立ちふさがる機械エネミーを、高らかな声とともにその鎌で破壊していく。
その姿は、猟犬と呼ばれるにふさわしい何かを放っていた。
「―――ついた」
何体かの機械エネミーを排除しながらに進むと、ようやく転送装置へとたどりつく事ができた。
「期待してるぞ、イリス。」
キリークは一言だけ背中越しにそう告げると、一人先に転送装置へと乗り込んでいった。
「待っててね・・・エリ・・・。」
私は一呼吸して自分を落ち着かせると、キリークへ続くように転送装置を起動させる。
転送処理が終了すると、私はようやく目的地へとたどり着いていた。
―――制御塔。異界と化した中央管理区とは雰囲気はまったく違う。
白を基調としたシンプルなデザインに、フロアは螺旋を描くかのような斜面。
窓越しには、東西の制御塔がうっすらと姿を見せていた。
「やっとここまで来た・・・。」
「油断するなよ・・・。ここからが本番だ」
「言われなくても!!」
しかし関心している暇は無い。
私たちは静かに顔を見合わせうなずくと、そのまま最上階へと走り出した。
だが、少し走ったところで三つの端末が立ちふさがっていた。
それだけじゃない。次のフロアへの扉は赤―――つまり、ロックされているのが確認できた。
「次の区域への扉は塔のシステム側でロックされているようだな。―――フン。
イリス。扉をロックしている端末を破壊できれば次に進めるはずだ。
ただし・・・端末を破壊した場合何が起こるかは判らない。
どちらにせよ突破する事には変わりない。
お前の運次第だ。―――任せたぞ。」
なんて投げやりな言い方。―――と言うより、私を試しているような―――。
でもどちらにせよ端末を破壊しなければ進めないなら、やってやる・・・!
私は槍を構え、深く一歩を踏み込んだ。
「はああ!!」
そのまま掛け声と共に、真横に槍を振り払う・・・!
ザンッ!!
三つの端末は、無残な音を立てて見事真っ二つになっていた。
「女のくせに大胆な事を―――来るぞ!!」
キリークの声と共に、目の前には巨大な花が二匹姿を現していた。
私とキリークは、無言のままそれぞれ一体の巨大な花へと駆け出した。
巨大な花―――メリカロル。赤く大きな花びらと、その触手にも似た鎌。
それらを光らせながら、じっとこちらを睨んでいた。
「このっ!」
私はそのまま間合いをつめながら、槍を振り上げる。
ゾクリ。
―――が、言いようの無い寒気が身に走っていた。
このまま近づいたら危険―――そう判断して私は、静かにメリカロルの出かたをうかがった。
シュバッ!!
突然メリカロルはつぼみを閉じた―――と思ったのもつかのま、再びその花びらを開いていた。
それだけじゃない。花びらの中央からは、赤い弾のようなものがこちらへ向かってきている・・・!
「あれは―――」
あの弾は当たっただけで体力を著しく奪う危険なもの。
あんなのに当たったら一たまりもない。だからと言って、ずっと距離をとっているわけにもいかない・・・。
しかし、目の前のメリカロルはそれを連射してくる事は無いはず。
多分・・・効力がすさまじいがゆえに、発射までにエネルギーを蓄える時間が必要なのだろう。
「・・・なら!」
私はメリカロルへ向かって勢いよく駆け出した。
シュウン!!
そのまま向かってくる弾を転がり込むように避ける。
同時に、相手のすぐそばまで近づいた私はすぐさま槍を構え―――勢いよく突き立てた。
ギャアアアア!!
メリカロルはすさまじい叫びをあげる。が―――それは断末魔の叫びではなかった。
ピッピッピッピ・・・
まるで自爆をカウントダウンするような音が目の前から響き渡る。
危険、と直感で判断するも今から安全な所まで離れられる保障もない。
何より―――防御にまわっている時間は、無い!
「舞い上がれ・・・私の翼ッ!!」
背中の翼を広げて、突き立てた槍ごと空中へと飛び上がる。
ヒュッ!とメリカロルを抜けその勢いで空を切る音が響く。
ドシャアア・・・
すぐ下では、声もなくメリカロルが崩れていった。
傷口からは勢いよく魔力にも似た何か――恐らくD因子――が放出されていく。
その魔力からは、どこか恐怖にも似た感覚を覚えずにはいられない。
生命を劇的に変えてしまうD因子。
ダークファルスはもういないはず・・・。それにここは地下に眠る遺跡からはかけ離れてる。
―――なのに、ガルダバル―――プラント―――制御塔。
そのいずれにも、D因子を内包するエネミーが巣食っている。
と言うことは―――。
「ロックは外れた。行くぞ!」
しかし私の思考はそこで中断させられた。
キリークもまたメリカロルを排除し終えると、強く私に呼びかけていた。
そうだ・・・。今は考えてる時間じゃない・・・!
「そうだね・・・。行こう!」
「ククク・・・それでいい。それでこそ、俺の認めた相手だ」
キリークはどこか嬉しそうにそういった。
―――そもそも、なぜキリークが私と共に制御塔へ行く事を提案したのか。
その理由が、ようやく少しだけど・・・判りはじめてきた。
そのまま二階へと踏み込むと、そこにも端末が待ち構えていた。
しかも先ほどとは違いバラバラな場所にあるため、一気に破壊して強行突破をする事もできない。
「―――手前にあるとは考えにくい・・・。だとすれば・・・奥ね・・・」
侵入者を阻む仕掛けならば、すぐに触れるような端末が正解とは思えない。
そう考えた私は、一番奥の端末へと走り―――斬撃を叩き込んだ。
ザンッ
「なかなか勘がいいな。開いたようだぞ。」
硬い音が地面に転がる―――と共に、すぐそばのゲートもまた解除されていた。
どうやら、私の勘は当たったらしい。
一発で正解を見つけ出せた事にほっとするもつかの間、私たちは次のフロアへと急いだ。
ドオオオン!!
だが、背後ではそれを許さないとばかりにすさまじい地響きが響き渡っていた。
それはつい先ほどとまったく同じ感覚―――振り返らずとも、それがギブルスであると判る。
「―――急ごう。あれの相手をしてる暇は無い。
いくらなんでも次のフロアまでは追って来れないはず・・・!」
しかし私達は、その相手をする事なく次のフロアへと向かった。
案の定、ギブルスは次のフロアまで迫ってくる事は無かった。
単純に巨大なその身体は、次のフロアへの通路をくぐれなかっただけなのだが・・・。
「フン・・・また端末か。今度はどうする・・・?」
またも、先ほどと同じように端末が配置されていた。
「一番手前は違うと思う―――なら奥―――。」
意表をついて手前という可能性の考えられる。
しかしそれでは侵入される危険度が多くなる―――そう考えるとやはり奥しかない。
「―――二つか・・」
奥のほうには端末が二つあった。
恐らくどちらかが正解で、どちらかがハズレ・・・。
どっち―――ううん。考えてるくらいなら、いっそ・・・!
「キリーク、右の端末をお願い。私は左の端末を破壊するから!」
「判った。同時に破壊するぞ」
私とキリークは、端末の前に立つと―――掛け声と共に勢いよく端末を破壊する。
ビー!
私の壊した端末から、警報と共に赤い光が辺りを包む。
どうやらハズレは私のほうだったらしい。
しかし、私の読みは間違いじゃなかった。
「ゲートロック解除確認。」
キリークの破壊した端末は正解だった。
だが―――二つを同時に壊した事で、すんなりと先へ行く事はできそうもなかった。
「よりによってそんな場所に・・・」
低い音を立てながら、次のフロアへ続く通路の前に二体の巨大な蜂が降下してきていた。
巨大な蜂―――ギ・グー。巨大の度合いは既に私達の身長を超えている。
「クク・・・ギ・グーが二体、面白い!!」
キリークはこんな状況下にそんな事を言っていた。
面白い―――その言葉が示すのは、彼の闘争本能をかきたてていることだ。
「待って!ギ・グーが周りに膜を張っている時に攻撃しないで!
あの膜は防御膜!攻撃を受け流される!
―――ううん、それどころかそのままカウンターが飛んでくる!」
今にもキリークがその鎌を振るおうとした瞬間、ギ・グーは狙ったかのように膜を展開する。
私はとっさに、大声で攻撃を中断させるように叫ぶ。
「フン・・・こざかしい奴め・・・!」
キリークは攻撃のチャンスをつぶされた事に、苛立ちにも似た声をあげていた。
―――だが、それで諦めたわけじゃなかった。
ギ・グーの展開する膜が消えたと思うと、キリークは勢いよく鎌を振るったのだから。
ザシュッ!!
斬撃とともに紫の炎が燃え盛る。
だが、すさまじい一撃を前にしてもギ・グーは倒れなかった。
ヒュンヒュンヒュン・・・!!
二体のギ・グーは斬撃にひるむことなく、その針先から弾を放ってきた。
至近距離で放たれた無数の弾丸は、全てがキリークへと集中していった。
「くっ・・・」
ただでさえギ・グーの破壊力をすさまじい。
それを二体分うけたとなると・・・ダメージは計り知れない。
『癒しの力、集まれ!!』
そう思った私は、とっさに癒しの魔法をキリークへと放った。
キリークはアンドロイドだ。だからどこか私のこの行為に違和感を覚えたかもしれない。
しかしフォトン――魔力の前では、そのダメージを癒す事は用意だった。
「すまんな・・・」
癒しの魔法で楽になったか、キリークは素直に礼を述べてくれた。
その言葉はなんだか意外で―――なんだかくすぐったかった。
「どういたしまして。―――それより、これじゃらちあかない。」
けれど、喜んでる場合でもなかった。
ギ・グーは膜を展開したまま、じっとこちらの様子をうかがっているのだ。
「イリス・・・お前ならどうする?」
この打開策を、キリークは私に求めていた。
「こんな時―――」
私は必死に考える。この状況を打開する、一番安全な作戦を。
恐らくギ・グーは、キリークの一撃で大ダメージを負っているのだろう。
それが証拠に、防御膜を張ったまま身を守る事だけに徹している。
攻撃しようものなら、手痛いカウンター攻撃が返ってくるのは間違いない。
―――でも、カウンター攻撃を起こす時は・・・?
その瞬間は・・・確か防御膜は展開されなかったはず。
攻撃に全エネルギーを集中させる・・・その瞬間。時間にするとものすごく短い。
―――それゆえに、一番確実なタイミングとも言えるんだけど。
でも―――今私は一人じゃない。仲間―――とは言いがたいけど、キリークがいる。
そして彼の腕前は、黒き猟犬と呼ばれるほどのものだ。
キリークなら―――その短い瞬間を狙えるはず・・・!
「私がギ・グーへ攻撃する。無論、私の攻撃は受け流される。
それを狙って奴らは攻撃の態勢にはいると思う。
―――その瞬間、攻撃にエネルギーを集中させるはずだから防御がおろそかになるはず。
その瞬間を狙って欲しい。」
「随分と俺を過大評価してくれているようだな。
―――良いだろう。イリス、お前の作戦でいこう。
だがいいのか?失敗した時お前の命の保障はないぞ」
「―――キリークならできるはずだよ。
それとも―――自信無い?」
「クク・・・そこまで言われてやらないわけにもいくまい。
―――仕掛けるぞ。」
私はキリークの声に静かに頷くと、そっと槍を構えた。
チャンスは一瞬。失敗したらどうなるか判らない―――。
「行くよ・・・!!」
不安を打ち消すように強く一歩を踏み出した。
そのままギ・グーの横をすり抜けるように槍をなぎ払う。
ジンッ!!
案の定、私の攻撃は防御膜によって阻まれていた。
オオオオ
直後、低い羽音がより大きく辺りに響き渡った。
二体のギ・グーは、私に向かって発射態勢へと入っている。
防御膜は、予想通り張られていないっ!!
「今よ!!」
私は叫ぶ。ギ・グーの後ろで鎌を振り上げるキリークへ。
「クハハハハハ!!!!」
ザンッ!!
すさまじい斬撃が辺りに響き渡る―――と共に、ギ・グーは残骸となり地面へ崩れてく。
キリークの鎌からほとばしる紫の炎が、その残骸すらも・・・焼き尽くしていた。
「ふぅ・・・。」
なんとか作戦が成功した事に、ほっと一息つかずにいられなかった。
「お前のとっさの判断、中々のものだったぞ。」
「どういたしまして。でも―――まだ終わりじゃない。急ごう!」
「クク・・・その意気だ」
まだまだ安心する事は出来ない。気を引き締めなくちゃ。
大丈夫・・・いける・・・。自分にそう言い聞かせながら、強く槍を握り締めた。
「―――今度は二つか」
次のフロアは、予想に反して端末は二つしか置かれていなかった。
と言うことは―――確実にどちらかが正解と言うことだ。
「さっきと同じで行くよ!」
再び、私達は同時に端末を破壊する。
―――が、破壊した後にそれが間違いだった事に気が付いた。
ビー!ビー!
両方の端末から、警報が鳴り響いたのだから。
「チ―――両方ともダミーか。ならばどこかに端末があるはずだが―――」
だがそれを考え、そして探す時間はそう簡単には与えてくれなかった。
「あいつは―――」
警報と共に、頭上から二体の鎌を持つエネミーが降りてきたのだ。例えるなら死神。
―――と、エネミーを確認する余裕すら奪われていた。
ドンッ!!
目の前に現れた死神は、私が構えるより早く勢いよくこちらへ突っ込んできていた。
「くぅ・・・」
そのあまりもの衝撃に、私は一気にフロア入り口近くに壁まで吹き飛ばされていた。
「イリス!運がいいぞ・・・お前のすぐそばに端末があるようだ。
恐らくそれが正解だ。お前はそれを破壊しろ!俺はこいつらを始末する」
「イルギルを・・・二体同時に・・・?」
私はゆっくりと身体を起こしながらにキリークにたずねた。
死神を模したエネミー、イルギル。制御塔に巣食う中でも屈指の能力を持つエネミーだ。
身体の一部は紫のラインのようなものが走り、それがD型亜生命である事を示している。
他のエネミーとは比較にならない事も言うまでも無い。
そんな奴を相手に―――いくらキリークでも、二体同時はきついはず・・・。
「同じ鎌を振るう身、エネミーごときにはやられん!」
そういうと、キリークは二体のイルギルへと切りかかっていった。
強烈なタックルを鎌で防ぎながら、キリークもまた斬撃を叩き込む。
すさまじい攻防戦が、そこでは繰り広げられている・・・。
「ううん・・・。私は端末を破壊しなくちゃ・・・」
私はまだ痛みの残る身体を起こすと、すぐそばにある端末へと近づいた。
丁度フロアに入った場所からは壁のせいで死角となっている場所であった。
「こんな場所に・・・。でも―――何が功を制するか判らないね・・・」
もしもあのままイルギルと戦っていたら、気が付くのがもっと遅れていただろう。
身体はちょっと痛む。でも―――それくらいで、ひるんでいられない。
私は癒しの魔法でその痛みを抑えると、そのまま端末を破壊した。
ガゴン―――と、遠くでゲートロックが外れる音が聞こえる。
「ふぅ。―――ッ!?」
なんとか解除できた、そう安心しているもつかの間。私は唐突に魔力を感じ取っていた。
ギュルルルル!!
感じ取った直後、その魔力の主が姿を現していた。強烈な体当りと共に。
「こんのぉ・・・!」
だけど、同じ場所で同じ失敗は二度もやらない。
その体当りを槍で受け止める―――が、その衝撃に勢い良く槍が弾かれてしまった。
私もまた、槍をも弾く体当りに、その場に踏みとどまれず後ろへと飛ばされていた。
「くっ―――」
一つ目の不気味な犬―――デルバイツァ。
不気味なラインのようなものが浮かんでいるその姿は、ダークファルスを連想させる。
それこそがD型亜生命体である証拠であるように・・・。
―――しかし疑問も残る。イルギルもデルバイツァがD型亜生命体だからだ。
D型亜生命体。ダークファルスのようなD因子の根源から派生、分離した存在。
アルタードビーストは生命に無理やりD因子を侵食させ進化したもの。
だがD型亜生命体は、D因子そのものが分かれたものと言って良かった。
言い換えれば―――アルタードビーストはヴァンパイアに血を吸われヴァンパイアと化したモノ。
そしてD型亜生命体は、ヴァンパイアが造り出した使い魔や自らの子孫―――。
D因子は、対象をヴァンパイアに侵食するヴァンパイアの血―――そう置き換えて考えられる。
ようするに大元を断たない限り、エネミーは現れ続ける・・・と言う事だ。
しかしその根源であるはずのダークファルスはエリスンが確かに倒したはず・・・。
しかも地下の遺跡から遠く離れた場所にある制御塔に、D型亜生命体が出現するだろうか?
倒す前に残していたとしても―――ここは遠すぎる。
そう、この場所にダークファルスが生み出したD型亜生命体がいるとは考えにくい。
つまり―――このガルダバルに、ダークファルスのような存在がいると考えられる。
いや―――もしかしたら、ダークファルスは一体だけじゃなかったのかもしれないけど・・・。
どちらにせよ、D型亜生命体を生み出す根源がどこかにいる―――そうとしか、考えられない。
ビュンビュンビュン!!
そのD型亜生命体の中でも格段にたちの悪いデルバイツァは、巨大な眼からビームを放ってきていた。
しかも、続けて三連射。
「いい加減にっ!」
私はとっさにデルバイツァのそばに張り付くように近づきそのビームを回避する。
そのまま、発射の隙をついて魔法の詠唱をはじめた。
『封じられし力、刃と化し全てを―――』
ドンッ!
しかし発射の隙をついたにも関わらず、デルバイツァは私を蹴り飛ばしていた。
強烈なその打撃に、思わず私は詠唱を中断してしまう。
「ガーディアンブレードがあれば・・・。」
先ほど体当りをくらった勢いで、私はガーディアンブレードを弾き飛ばされている。
つまり今は丸腰の状態だ。
私は魔法の詠唱をガーディアンブレードと意識を集中させる形で行っている。
だからこそ、何も持たない状態ではうまく魔力を集中させる事ができず詠唱が遅くなってしまう。
おそらく―――だから先ほどもうまくいかなかったんだと思うけど・・・。
「―――あまり何度も魔力を使いたくないんだけど・・・今はそうも言っていられないね。
仕方ない・・・」
私はデルバイツァの攻撃をなんとか避けながらに、両手に意識を集中させる。
ワオオオオン!!!
何度目かの攻撃をかわすと、デルバイツァは咆哮と共に紫の霧を身にまとっていた。
その咆哮の隙をついて、私もまた両手に集中させた意識を形にさせる・・・!
『確かなる守護の力よ、魔を射抜く刃となれ!ガーディアン・ブレード!』
ガーディアンブレード、それは魔法剣と呼ばれる自らの魔力を武器に転換したものだ。
最も命名は私だけど―――自らの魔力を転換する性質上、
たとえ武器を遠くに弾かれても再び作り出すことができる。
だけど魔力消費はへたな魔法よりよほど大きい。
だから出来るだけ一度転換した以上は、出来る限りその一本で戦いたかった。
―――だけど、今は取りに行っている暇も無ければ魔法で戦う事も苦しい。
そういう状況な以上、多少のデメリットは目をつむるしかない・・・。
ザッ、ザッ・・・
―――と、私が槍を作り出した直後に、デルバイツァは右足を地面にこするように蹴っていた。
あれは―――体当りの態勢・・・!!
ギュルルルル!!
紫の霧をまといながら、デルバイツァは私に向かって勢いよく体当りをかましてきた。
「今度は当たらないんだからっ!」
予想通りの行動に、私はとっさに飛びのくような形でそれを避ける事に成功する。
デルバイツァは勢いあまって私とだいぶはなれた所で止まっていた。
―――今度こそ!!
今がチャンスと思うと、私は槍を構え再び魔法の詠唱をはじめた。
『封じられし私の魔力、刃と化して全てを切り裂け!ルーンセイヴァー』
私の魔力は、言葉通り刃と変わっていた。
ズビュッ!!
刃は空間を引き裂くような勢いで、深々とデルバイツァを切りつけていく。
オオオオオン!!
しかし、それでもデルバイツァは止まらない・・・。
素早く私の方向へと向き直ると、そのまま再びビームを発射してきていたのだ。
ビームを発射する犬なんて可愛くない。
―――なんてエネミーに突っ込みたくなるのを抑えて、私は再び翼に力を込める。
そのままビームを避けるように、空中へと飛翔する。
が、今度は三発なんてレベルじゃなかった。
それこそマシンガンのように、無数のビームが私へ向かって飛び交っていたのだから。
制御塔の入り口には猛犬注意の看板がよく似合うな、なんて思いながらも的確にそのビームを避ける。
いや―――避けながら、ゆっくりとデルバイツァの真上へと近づいていった。
何とか一度も被弾すること無く真上へと近づく事に成功すると、私は槍を握りなおす。
さすがにデルバイツァも真上にはビームを放てないのか、私が降りてくるのを静かに待っていた。
ガクン―――
―――と、突然背中の辺りから力が抜けていくのを感じていた。
よりによって、こんな時に・・・!
背中の辺り―――そう、魔力で作り出していた翼が、ものの見事に消滅してしまったのだ。
そのまま、情けないことにデルバイツァの待つ地上へと真っ逆さまに落ちていく。
だが、私はそれを一つのチャンスと発想を転換させた。攻撃のチャンスだと。
そう判断するとほぼ同時だった。
私は無意識―――むしろ当たり前のように空中で態勢を整え、大きく槍を振り上げていた。
「これで・・・!!」
勢い良く地上へと迫ったその瞬間。
「とどめぇぇぇぇっ!!!」
ありったけの力を込めて、槍を振り下ろす。
真上から繰り出した全力と落下の加速が加わった一撃に、デルバイツァは反応しきれていなかった。
ものの見事に一撃を受けたデルバイツァは、断末魔の叫びと共に消滅した。
「これで終わりね・・・。」
やっと倒せた・・・。私は安堵感に思わず気が抜けるような感覚を覚えた。
けど、安堵感を抱くのが早すぎた。最後の最後で、気を抜いてしまったのだから。
「きゃ―――」
着地の瞬間、不意に襲い掛かる脱力感。
私はまたも、着地に失敗してしまった・・・。
「また失敗―――」
しかも今度は単に失敗で終わらなかった。
あまりに高いところから着地したせいだろうか。
ゴン!!
と、硬い音とともに私は地面に頭をぶつけていた。
「いったぁ・・・」
そう。なんとも恥ずかしい事に、私は派手に転んでいたのだ・・・。
キリークがいるっていうのに、これじゃ格好つかないや。フォルにも笑われちゃうな。
「ふぅ・・・」
気を取り直して何とか立ち上がると、キリークもまたイルギルを倒し終えこちらへ走ってきていた。
「デルバイツァを倒したか。クク・・・」
キリークがどこか嬉しそうに私を見ていた。―――といっても向こうはアンドロイドだけど。
でも、その口調からはどこか興奮にも似た何かを感じ取れる。
まるで―――この状況を楽しんでいるかのような、そんな感じだ。
「―――次のフロアへ!」
そんなキリークに構わず、私は次のフロアへと急いだ。
「そうだ、それでいい・・・。それでこそ我が好敵手―――」
走り出した直後に、何か言っていたような気がした。
けれど、先へ進むという気持ちがいっぱいで何を言っていたかまでは判らなかった。
「厄介な数だな。逆に言えばゴールは近いと言うわけだが・・・」
私達が次のフロアへ進むと、そこには無数の端末が待ち構えていた。
先ほどまでの比較じゃない。ざっと十個以上はあるように見える。
「一個ずつつぶしてたら時間は無いし・・・かといって全部壊したら危険・・・。」
あまりの数の多さに、どう対処したらいいか判らない。
でも―――少なくとも、入り口近くにある数個の端末は違うと思う。
さっきのフロアで死角とはいえ、入り口のすぐ近くに正解の端末があった。
二度続けて同じような場所に設置するとは考えにくい・・・。
「手前はダミーだと踏んでいるのだろう?ならばここはパスだ」
キリークは手前に並ぶ端末を無視しながら奥のほうへと歩き出していた。
私もまた、考えながらに彼の後を追う。
「奥の端末は五個・・・。天国か地獄か、さあどうする・・・?」
キリークの言うとおり、辺りには五個の端末が待ち構えている。
―――いや。状況を確認するように見回すと・・・違和感があった。
「―――違う!!六個あるっ!」
「何―――」
馬鹿な、といった様子でキリークが声をあげる。
それもそのはず。私も気を抜けば、見落とすような場所にそれはあったのだから。
「上―――ゲートの上―――あれ、端末だよね?」
次のフロアへ続くゲートの上の壁には、それだけ不釣合いな端末がむき出して張り付いていた。
顔を見上げなければある事すら判らない。
それでも私は、視界にうっすらと見える壁とは違う妙な違和感を・・・見逃さなかった。
「クク・・・勘がいいな。―――あれが正解の端末に間違いないだろう」
「うん。―――ここは私に任せてっ!」
私はとっさに魔法の詠唱をはじめると、端末へ向かって魔力の雷を落とした。
バチバチバチ・・・
すさまじいショート音と共に端末は煙をあげ、ゲートロックが解除された音が辺りに響く。
「―――いつから土の無いところに花が生えるようになったの・・・」
私達がそのまま次のフロアへ向かおうとしたまさにその瞬間だった。
破壊した端末から種のようなものが地上へ落下し、そこからみるみるうちに花が姿を現していた。
「気味の悪いチューリップ・・・オブリリーのほうがよっぽどまし・・・」
「デルリリーか。どうやらそれだけ俺たちを先に進ませたくないらしいな」
気味の悪いチューリップ、デルリリー。
洞窟に生息していたリリーと行動パターンや基本的な見た目は一緒だ。
―――だがその名の通り、不気味なラインが浮かび上がってる―――D型亜生命体であった。
「雑魚がっ!」
「邪魔しないでっ!」
ザンッ!!
私とキリークは、デルリリーをほぼ同時に切りつけていた。
その斬撃は、まるでエックスを描くかのように・・・交差しながら。
その一撃に花弁が地に落ちたと思うと、デルリリーは霧のように消滅していった。
「よし、一気に突っ切るぞ!!」
「もちろんっ!!」
勝利に喜ぶ事などなく、私達はゲートの先へと足を踏み入れる。
だがゲートに先にあったのは次のフロアではなく、転送装置が待っていた。
「いよいよ・・・ね」
迷う事なく、私達はそれを起動させた。
期待と、不安と、色々なものを胸のどこかで感じながら。
―――そこは目的の場所、そこは真実の眠る場所、そこは始まりの場所―――
転送先は、先ほどとはまったく違う部屋だった。
かなり広い四角の部屋に、奥には巨大な機械端末が置かれている。
頭上にはデータログのようなものを現すモニターが所々に見えた。
中央には穴のようなものが開いており、そこを渦巻くような何かが流れていた。
それは床だけではなく―――天上にも同じようなものが見える・・・。
―――不意に、辺りに光が走った。
――と思うと、そこには一人の女性が姿を現していた。
『イプシロン、侵入者を排除しなさい』
しかし、話す余裕はおろかその女性が何者かを判断する余裕すらも与えてはくれなかった。
「来るぞ・・・!」
キリークが静かに鎌を構える。私もまた、警戒しながら槍を構えた。
―――と、一筋の光と共に女性の姿は消え、再び辺りに光が走る。
「―――強力な魔力反応確認・・・それも、半端じゃない!!」
光と共に、私は強力な魔力を感じ取っていた。
それは先ほど下のフロアにいたエネミー達より、数倍大きい。
「何あれ・・・」
私が魔力を感じた直後だった。光が消えると、今度はそこから大きな機械が姿を見せていた。
女性の声から察するに―――あれがイプシロン。
私達くらいの背丈に、四メートルはありそうな横幅。
そしてまるで何かを覆うかのように、ドーム上に張り付く四つの肩のような装甲。
その四つの装甲からは、赤・青・黄・紫のフォトンの光が放たれている。
装甲の色は赤く―――その形といい色といい、何かに似てるような―――そんな感覚を覚えた。
「フンッ!!」
キィィィン!!
それはイプシロンが現れたとほぼ同時だった。
キリークがすぐさまその鎌を振るっていたのだ。
―――が、その攻撃はものの見事に弾かれてしまっていた。
「なら私がっ!!」
キンッ!!
キリークだけじゃない。私の槍をも完全に弾いてしまっていた。
「どんだけ硬い装甲なの・・・?」
キリークの鎌も私の槍も歯が立たない―――そんな存在がいるなんて・・・。
少なくとも私の槍は、ドラゴンの鱗ですら切り裂けるほどの威力は持っている。
キリークの鎌がどれだけの破壊力を持つかは判らないが―――並の武器とは比べ物にならないだろう。
それを一切受け付けない―――なら、魔法で・・・!
『煉獄の炎よ!!球となり敵を焼き尽くせ!!』
すかさず槍先から高速の火球を発射する。
シュウウウウ
しかし、その火球もまたイプシロンの装甲の前にはじけて消えてしまっていた。
「魔法も効かないなんて・・・?」
ダメージを与えないどころじゃない。焦げあとすら残っていなかった。
―――攻撃が、通用しない。
いかに炎に強いとしても、その痕跡くらいは残るはず。
だとすれば、あの四つの装甲がシールドのようなものだろう。
なら、そのシールドの効果を無くせば・・・!!
『脆弱なる光よ、改変の力をここにっ!』
しかし、私のはなった魔法は、魔力ごと勢いよく装甲に弾かれてしまっていた。
―――防御性能を下げる魔法も通用しない。
つまり、あの装甲はシールドと言うよりも全てを弾くバリアみたいなものなのだろう。
でも―――それが判った所で、どうすれば・・・!?
ビー・・・
不意に、イプシロンからは赤外線のようなレーザーが私に向けられた。
標的を定めるような―――そういえばこんな事前にも―――。
「そうだ・・・これは・・・ボル・オプトと同じ・・・!!」
私は初めて戦う相手にも関わらず、次に相手がしてくる事が予測できていた。
次の攻撃―――それに対処する為に、私は赤外線の光から外れるように勢い良く走る。
ドオオオオオン!!!
不意に赤いレーザーが消える。
―――と、つい先ほどまで私のいた場所には大爆発が発生していた。
「どうやらそいつはお前を目標と定めたようだな・・・。」
キリークの言うとおり、イプシロンは再び私に光を私に向けてきていた。
しかし、それは私にとって好都合だった。
坑道の奥にいたボル・オプト―――それと目の前のイプシロンは見た目がかなり酷似していた。
最もボル・オプトは爆発ではなくプレス攻撃だったけれど・・・。
しかし、イプシロンがボル・オプトと決定的に違うところがあった。
それは自らが動く事、だ。
迫ってくる―――つまりそれだけで狙いが正確という事に他ならない。
ドオオオオン!!
再び、後ろでは大爆発が発生していた。
その火力はすさまじく、床の一部に焦げあとができているほどだ。
「―――でも」
いかに狙いが正確とは言え、攻撃パターンが判ってしまえば避けるのは難しい事じゃない。
ただ―――このままではまずい。このままの状況が続けば、こちらが不利だ。
何せ、こちらの攻撃が一切通用しないのだから。
それに向こうは疲れを知らない機械。それ相手に逃げ続けているのは限界がある。
「どうしたら・・・?」
ドオオオオン!!
三度目の爆発が後方で起こる。その隙をついて攻撃をするも、やはりダメージは通らない。
「く・・・。」
―――どうすればいい!?
攻撃を避けなければならない危機感と、攻撃が通じない苛立ち。
その二つに、焦燥感を覚えずにはいられない。
―――それでも、冷静さだけは失わないように、必死に自分を奮い立たせる。
こんな時こそ、冷静にならなくちゃならない。
「大丈夫・・・イリス、落ち着いて。」
言葉にすることで自分を静めながらに、私は頭をフル回転させた。
―――まず、イプシロンの攻撃パターン。
ボル・オプトのように標的を定めての爆発攻撃だけど、避けるのはそこまで難しく無い。
―――そして、一切の攻撃が通じない事。
ボル・オプトはダメージが通らないと言う事は無かった。
いや・・・周りにイプシロンと同じように、様々な機能を持つパーツが備わっていた。
そう考えれば、やっぱりあの四つの肩みたいなのはバリアって事になる―――。
だけど、そのバリアをずっと展開しているだろうか・・・?
防御に専念すると言う事は、それだけでかなりのエネルギーを消費する。
ましてサイズはそこまで大きくないから、蓄えられるエネルギーも少ないはず。
それに、簡単に避けられる爆発攻撃で侵入者を排除するとも思えない。
防御に専念して、牽制にも似た攻撃を繰り返すだけ・・・?
それじゃあ、私達と条件は同じ。限界が来るのがどっちが早いか・・・それだけだ。
でも、そんな賭けにも似た性質を持たせるだろうか。侵入者を排除する為の機械なのに、だ。
もしも私が侵入者を排除する立場にあったとすれば・・・そんな持久戦を自ら持ちかけたりはしない。
様子をうかがいながらでも、相手を倒すチャンスをうかがう。
そして隙あれば、一気に攻める・・・!!
侵入者を排除する為の機械なら、このままでいるとは思えない。
―――だとしたら、この『いたちごっこ』は、私達を油断させる為の時間・・・!
ドオオオオオン!!
私は自らの考えに自信を持ちながらに四度目の爆発を避ける。
―――と、まさにその時だった。
イプシロンはその場に止まり、勢い良く四つの装甲を周囲へと射出したのだ。
「ようやく本体が姿を見せたね・・・」
装甲が周囲に射出された事により、ものの見事に本体がむき出しになっていた。
まさに―――裸の王様状態。
装甲を外側に展開した今なら、ダメージは通るはず!!
そう思った私は、強く深く一歩を踏み込んだ。
―――が、私はそこで踏みとどまった。
自分の考えどおりならば、これが単純に本体をさらけ出すだけに終わらないと思ったからだ。
ピ・・・ピ・・・ゴオオオオ
本体から射出された四つの装甲は、その周りを大きく一定の距離を保ったままにまわり始めた。
「回転―――なら!」
大きく距離を保つ―――つまり本体から離れていると言う事。
本体から離れている以上、この密閉された空間で射程外に逃げるのは難しい。
ならばいっそ、本体に近づいてしまったほうが安全だと思う。
そう思った私は、止めていた足を再び本体へ向けて強く踏み出した。
ドックン。
―――それは私が本体へ接近するとほぼ同時だった。
射出された四つの装甲に、強力な魔力が集まっていくのを感じる。
―――と思うのもつかの間。
集まっていた魔力は弾け、それは眼に見えるほどの形を成していた。
装甲の周りをそれぞれ赤・青・黄・紫のエネルギーが球状に包んでいたのだ。
「キリーク!そのバリアに触れないで!!」
「イリス!そいつに触れるな!!」
私とキリークは、ほぼ同時にほとんど同じ事を言っていた。
あそこから強力な魔力を感じた―――という事は、あれに触れたら危険なのは明らかだ。
それも本体をむき出しにしてまでの攻撃―――さっきの爆発よりも危険だと考えるのが妥当だ。
「しかし意見が被るだけじゃなくて、考えてる事まで一緒なんてね」
本体を挟んで反対側には、キリークの鎌が姿を覗かせていた。
―――それは彼が、私と同じように本体のすぐそばへと潜り込んでいたに他ならない。
「それはこちらの台詞だ。―――話は後だ!集中攻撃でけりをつけるぞ!!」
「ええ!」
私とキリークは、乱撃にも似た勢いで本体を攻撃する。
―――だが、バリアが無いとはいえ、本体の強度もすさまじい・・・!
『脆弱なる光、改変の力をここにっ!!』
私はとっさに、防御能力を低下させる魔法を本体へと放った。
―――バリアが無い今、魔法も問題なく通じると思ったからだ。
ザシュッ!!!
「いいぞ、イリス・・・!」
予想通り、バリアに阻まれる事なく本体の防御能力は著しく低下していた。
そのまま脆くなった本体を集中的に叩く。
―――が、いくら脆くなったとはいえ耐久力ばかりは変えられない。
二人がかりの攻撃にボコボコにゆがみながらも、危機を感じたかバリアを静かに引き寄せ始めていた。
「まずいぞ・・・」
「キリーク!離れてっ!」
再び本体を隠される―――これを逃したら、もうチャンスは無いかもしれない・・・。
それだけはゴメンだ。あと一息で壊せそうなイプシロンを、逃がさない!
「こんのぉぉぉぉ!!!」
ありったけの魔力を込めて、ガーディアンブレードを振り上げる。
そのまま勢いよく本体へと突き刺すと、私はイプシロンから離れた。
―――と、ほぼ同時に装甲が本体を守るように張りついていった。
内部には、ガーディアンブレードが突き刺さったままで、だ。
装甲の色が変わり、再びレーザーが私を追尾する。
よし。これで完全に―――防御態勢に移行したはず・・・!
『リーベレーション!!』
タイミングを見計らい、勢いよく『解放』の名を叫ぶ。
―――その声に応えたかのように、イプシロンの内側から閃光がほとばしる!
他でもない―――突き刺していたガーディアンブレードの光だ。
バリアの内側から放たれた光は、赤・青・黄・紫のフォトンの光をも飲み込んでいった。
エネルギーの逆流。外側からの攻撃は防げる。
だが、それを制御している本体側からエネルギーが放出されたら・・・?
ジジ・・・ジジジ・・・
イプシロンのバリアの内側では、外側から見ても判るほどのエネルギーで満ち溢れていた。
ガーディアンブレードの魔力と、バリアのエネルギー。
その二つが入り混じり、まるで虹を描きながら渦巻いていた。
だがそれも一瞬。
ドオオオオオオオオ!!!
膨大なエネルギーに耐え切れなくなった装甲が、勢いよく膨れ上がりそのまま弾けとんだ。
吹き上げる虹色のエネルギーが、まばゆい光を放ちながらにフロア全体を走る。
その眩しさに、思わず眼を閉じずにはいられなかった。
カラン、カラン、カラン・・・。
やがて光が消え、地面に何かが転がる乾いた音が鳴り響く。
その音を合図とばかりに、ゆっくりと眼を開ける。
そこに広がっていたのは、無数の機械の残骸だった。
「はぁ―――はぁ―――これで・・・やっと!」
肩で息をしながらに、私は自分たちが勝利した事を実感する。
そこに転がっているのは間違いようもなく―――イプシロンの、残骸なのだから。
その残骸さえも、最初から無かったかのように中央の渦へと吸い込まれていく。
まるで―――再結合するかのような―――そんな違和感を覚えずにはいられなかった。
「クハハ、これで片付いたな。エネルギーの逆流、お前ならではの発想だ。
お前の槍、あらかたフォトンエネルギーの結晶体だろう?
それをフォトンエネルギーそのものに転換する・・・クク、面白い」
キリークの言うとおり、私の槍―――ガーディアンブレードは魔力を武器に転換したものだ。
言い方を変えれば、魔法を持っているようなもの。
それを『解放』の一言――詠唱みたいなもの――でエネルギーに変えたにすぎない。
バリアのエネルギーが強力なら、内側からエネルギーを放てば・・・。
ちょっとばかし賭けが入っていたけど、自分の魔力には自信がある。
だから成功する確信があったし、ためらいなんてものもなかった。
「だが安心するのはまだ早い。ここからが本番なのだからな。」
言いながらにキリークがテレパイプを使用し、制御塔内部に転送ゲートを開く。
開かれたゲートからは、瞬く間にスゥとエリが姿をあらわしていた。
「イリスさん!大丈夫ですか?」
エリは私の姿を見つけるとすぐに、よほど心配だったのか勢いよく飛び込んできた。
「―――っと・・・危ない。この通り、大丈夫だよ」
私は何とかエリを抱きとめると、今にも泣き出しそうなその顔に笑顔を作ってみせた。
「ずいぶん時間がかかったわねえ、お二人さん。待ちくたびれたわよ。
もう、この子が落ち着きないったら。」
今も落ち着きないエリに、スゥは溜息交じりにそう言っていた。
―――でもそれも無理もない。エリは私達とは違う・・・本当に普通の女の子なんだから。
「―――さて・・・」
スゥは他愛も無い話を自ら止めると、辺りを見回していた。
私もまた、先ほど注意深く見れなかったこの空間を注意深く見回す。
ドーム型のだだっぴろい空間、そしてその奥には巨大な機械端末。
中央には天井と地上両方に渦のようなものがあり、穴のようなものがあいている。
それと、別の所には三枚のモニター。
そこには女性――アンドロイドの設計図だろうか?――の正面、側面、背面の三面図がそれぞれ表示されている。
その女性は―――先ほどほんの一瞬だけ私達の前に姿をあらわした女性にも見える。
「!!!これは・・・?」
エリは、その中でも中央の渦に興味を示したのか、そこへと静かに近づいていった。
―――とその瞬間、天井の渦中央から、光の球のようなものが現れた。
まるでここに入った時と同じ―――。
そう思うもつかの間、光は地上と天井の中間で止まると―――まばゆい光を発していた。
思わず目をつむる―――と刹那、そこからは先ほどの女性が姿を現していた。
短く整った青いショートヘアーに、カルのように澄んだ緑色の瞳。
そして白く柔らかそうでつやつやした肌に私より明らかに大きい豊満な胸・・・。
その身体は青黒いレオタード?みたいなものに包まれているけど、胸の上半分は露出されていた。
そんなに大きいのを自慢したい―――ううん、くだらない事を思ってる場合じゃない。
と、とにかく目の前の女性は、言葉で表すならばそんな感じだった。
―――ただ、肩の付近には間接部分のつなぎ目が見える。
彼女はアンドロイド―――悔しい、アンドロイドなんかに負けるなんて―――じゃない。
目の前の女性のプロポーションを前に勝手に負けた気分になりながらも、
私はそんな考えを振り払うようにもう一つの可能性を考えた。
エリスンと同じような存在だとしたら、という可能性を。
エリスンと対象な青い髪からは、どこか共通点を感じずにはいられない。
姉妹機―――なんて事は普通に考えてありえないだろうから、考えすぎだろうけど・・・。
天井のモニターに写る女性の三面図も―――彼女なのは間違いないだろう。
だが、彼女がアンドロイドとは不思議と思えなかった。
肩のつなぎ目以外でアンドロイドと判断する部分はない。それほどまでに人間にしか思えないからだ。
「これは次なる生命の渦」
唐突に、彼女はそう言った。
あまりに唐突すぎる言葉に「これ」がさすものが一瞬なんだか判らなかった。
けれど、渦という単語からそれが中央に位置するものをさしている事だというのは判った。
「カル・スは眠っています。」
そしてさらに唐突に、彼女は単刀直入にそう言った。
前置きなどほとんどなしの本題。
私達がここに来た目的を知っている―――そうとしか思えない。
「眠ってる・・・?」
エリの疑問。それはこの場にいるみんな――少なくとも私とエリ――が抱いている疑問だろう。
カルの事が知りたくて私達はここに来たけど・・・。
眠っています、その言葉の意味するところがいまひとつ見えてこなかったからだ。
「再び彼が目覚めるのはまだ先。」
しかし、彼女はエリの問いに答える事なく、そのまま話を続けていた。
「彼が目覚める時。
それは彼が次なる生命体として生まれ変わる事を意味します。」
生まれ変わる―――。ここに来て、ようやく意味が少しだけど判ってきた。
カルは中央管理区で「エリと同じ身体に生まれ変わる」ような事を言っていたからだ。
生まれ変わる事を意味する―――それは、カルの願いがかなったということだろうか?
「あきらめなさい。あなたのことを覚えていることはないでしょう。」
しかし、彼女は私達の考えを見抜いているかのように淡々とそう言った。
あまりにも冷静に、そして簡潔に。
そのせいで、話の内容がぼんやりしか見えてこなかった。
ただ判るのは・・・カルが生まれ変わったところで、エリを覚えていないというところだろうか・・・。
あまりにも冷たい言葉の意味に、何の為にここまできたのか判らなくなりそうだった。
「そんな―――あなた・・一体・・・?」
カルはエリの事を覚えていない。
その言葉に震えながらに、エリが静かに女性に尋ねていた。
「人間。アンドロイド。そしてニューマン。
それに続くような新しい人工生命体の誕生を目的として創られたもの。
次なる生命の渦。マザーシステム。」
彼女は静かに、スケールの大きい話を始めていた。
新しい人工生命体―――。それを作るための装置が・・・この渦?
それに・・・カルはMOTHERという単語を口にしていた。
いや、それだけじゃない。エルノアとモンタギューも、だ。
「そして、その管理者がこの私。デルタ。
父様にはそう名づけられました。」
デルタ―――α、β、γ、Δ(あるふぁ、べーた、がんま、でるた)。
確か―――オスト博士を中心としたパイオニア1が実験していたのって・・・。
機械――α実験体、アルタードビースト――β実験体、D型亜生命体――γ実験体。
γの次にくるアルファベットは―――Δ。
だとすれば・・・彼女は、それらに続く実験体・・・?
それとも―――人間、ニューマン、アンドロイドの三つの集大成の意味をこめてΔ?
どちらにせよ――名前から深読みするに、彼女が重要な存在なのだろう。
いや――名前だけじゃない。制御塔の管理者であるのだから、なのだろうというよりも、間違いと言うべきか。
「・・・デルタ?まさかオスト博士が最後に研究してた・・・?」
デルタの言葉に、スゥが反応を示していた。
言葉から察するに、同じような事を考えていたのだろう。
最も・・・スゥはデルタという名前を知っているようだけど。
と言うより、スゥはオスト博士絡みで知っているデータの量は計り知れないと言うべきか。
「正確に言えば最後に、ではありません。」
しかしデルタは、スゥの言葉を否定していた。
それは同時に、データが違っているという意味でもあった。
「私は捨てられたのです。マザーシステムとともに・・・」
「捨てられた?」
またも意味が判らない。スゥはというと、怪訝な顔つきでデルタを見ている。
スゥだけではない―――多分、私もだろうけど。
「父様が創られた3つのAI。
ボル・オプト。カル・ス。オル・ガ。」
それはここまで深入りしている私達にとっては常識とも言える事だった。
いや―――パイオニア2でも、三つのAIとその製作者がオスト博士常識レベルだった。
それでもデルタは、淡々と言葉を続ける。
「彼らは全てこのマザーシステムから生まれたのです。」
それらのAIは、全てこの場所で生まれたのだ、と。
誰でも知っているような事―――しかしその裏では、突拍子の無い真実が潜んでいた。
それだけスケールの大きな話をしながら、デルタはそれでも淡々と話すばかり。
あまりにも淡々とした口調からは、どこが大事な部分なのかすら見失いそうになる。
「母親から生まれ巣立った子らが各々が進化した結果・・・
自らの意志を持って生とも死ともつかない母親の胎内へ帰る。
そこで初めて次なる生命体へと進化する準備ができる。
AIというものが自らの意志を持ちその可能性を信じること。
意志が知性を超える。その瞬間を待ち続ける。
マザーシステムはそう設計されているのです。」
「エリ、判る?」
私は小声で、かなり難解になってきた話をエリにたずねた。
「えっと・・・よく判らないですけど・・・。
・・・でも、少しずつ判ってきたような・・・」
「ごめん、邪魔したね」
私はそれだけ聞くと、少し安心した。
あまりにもスケールの大きな話に、エリがオーバーヒートしてしまったんじゃないか不安だったからだ。
でも―――話が段階を重ねるごとに、ゆっくりと真相が見えてきていた。
エリもまた、同じようだった。
デルタの言葉を要点だけまとめると、AIが進化する意思を持ち、その可能性を信じる事。
そしてこのマザーシステムへと還りその時を待つ。
マザーシステムとは、そのために作られたもの―――って事になるのかな・・・?
「―――けれど・・・父様は途中であきらめてしまった。
・・・待てなかったのです。」
先ほどまで淡々と喋っていたデルタが、はじめて声色を変えた。
落胆の声―――それがそこにはあった。
「生命体との強制融合―――ね。」
何を待てなかったのか。落胆の顔を浮かべるデルタに変わり、スゥがそれを代弁していた。
「・・・そうです。」
デルタは静かに肯定する。
―――そう、そしてそれこそが・・・このラグオルで起きていた真相の一つ―――。
「ラボの研究でもある程度わかってたわ。」
今度は、デルタに変わってスゥが説明を始めた。
説明と言うよりも―――デルタの話の解説、といってもいいかもしれなかったけど。
「物質的な侵食や融合による進化を行わせることで・・・D因子そのものの特性は強調される。」
「特性―――その結果があのエネミー・・・」
スゥの言っている事は完璧じゃないにしろ理解できた。
―――というよりも、肌で理解しているといったほうがいいかもしれない。
さっきのたとえ話を使うなら、ヴァンパイアの血の特性はもちろん吸血行為だ。
D因子はそれが単純に進化、力。ゆえにその特性が強調された結果があのエネミーなんだと思う。
「オスト博士が作った3つのAIは、
D因子が行う他の生命体への侵食融合を円滑にするための媒体。
そして、その進化を統制するための基本構造として使われていた、とね。」
「―――それって、オル・ガとボル・オプトだけならず、カル・スも媒体だったって事?
その進化を統制する為―――って、まさか次なる生命体って・・・!」
何かおかしい。D因子の侵食融合を円滑にするための媒体の一つがカル・スなら。
最終的には自らを―――。でも、カルは「エリと同じ身体」になる事を望んでいる。
―――いや・・・坑道でカルと出会った時はまさに侵食が近づいている時だった。
だとすれば―――判らなくもない・・・けど・・・。
「―――あくまで結果は。」
「結果は・・・?」
「そうです。AIというものが自らの意志を持ちその可能性を信じること。
それらを計画として、マザーシステムと3つのAIは作られました。
しかし父様は待てなかった。父様は物質を侵食し変質させるD因子に目をつけたのです。
父様の生み出した3つのAIは名前をそのままに変わってしまいました。
D因子の媒体と制御を行うAIへと・・・。
その結果、私とマザーシステムは共に棄てられました。
AIの進化を待つ必要性が無かったのですから・・・」
オスト博士の当初の目的は見えてこない。
けど―――彼の計画の中で生まれたのがあのエネミー達―――そして一種の次なる生命体―――。
しかし、目的は見えてこないが、結果は今現在形として現れていた。
「AIボル・オプト―――そう言われれば、色々繋がるところがある」
「ええ。未だにD因子を組み込んだ機械エネミー群を生産しているのはご存知の通りよ。
―――逆に言えば。
坑道の機械エネミーは森や洞窟と違っておかしくなったんじゃないわ。
大元が最初から狂っていた。はなっからああなるように仕組まれていたのよ」
つまり。ボル・オプトは狂ったんじゃなく、狂うように仕向けられていたと言う事。
―――あの時、カル・スも危なかった。
話から推測するに、カル・スもまた狂うように仕向けられていた―――と言う事になる。
もしもカル・スがエネミーを生産していたら・・・事態はもっと最悪だったに違いない。
それを回避できた事はよかった―――と安心できるほどではないけど、気休め程度には救いに思える。
「そうやって生み出された不完全な次なる生命体。
・・・その成れの果てがラグオルに徘徊するエネミー。
・・・その結果があの爆発―――」
あの爆発―――それはダークファルスの復活に他ならない。
けれど―――直接ダークファルスを目覚めさせたのはオスト博士―――じゃない。
―――蒼き短剣を持つ深紅のハンター。私の親友でもある、彼女だ。
でも・・・そんな事を言ってこの場を混乱させるわけにもいかない。
それに、彼女だって目覚めさせたくて目覚めさせたわけじゃない・・・。
D因子、そしてダークファルスの思念―――決して、彼女自身の意思じゃない。
彼女は悪くない―――それに、黙っててあげるのも彼女の為―――。
「・・・そんな・・・」
エリは信じられない、とばかりに絶望にも声を発した。
いや―――考え方は違うが、誰もこんな結果を信じたくはないだろう。オスト博士自身も、だ。
「そう・・・そして、皆いなくなった。父様も。」
デルタは寂しそうにスゥの言葉に続いた。
オスト博士に関しては自業自得―――だけど、それでどれだけの犠牲―――。
人間、機械、植物、動物、ラグオル、コーラル。
―――計り知れないその結果に、怒りを通り越して呆れてくる。
「なぜ信じられなかったのでしょう?なぜ待てなかったのでしょう?」
デルタは哀しげにそう言った。3つのAIが自ら進化するのを管理する役目を担う彼女。
―――だが、計画が予定変更された以上、彼女は用済みに等しかった。
だからこそ、その為だけに作られた彼女は、
その計画を行わなかった事を誰に聞くでもなく―――強いて言うならオスト――問いかけた。
「―――けれど。AIカル・スは自らの意志でその可能性を選択しました。
母なる渦に再び帰ることを・・・。」
それでも、カルは還ってきた。次なる生命体への進化を求めて、マザーシステムへと。
計画は変わってしまった。でも―――それでも今、デルタは喜ばずにはいられないだろう。
はじめてとも言っていい―――彼女に、存在意義が生まれたんだから。
「次なる生命体に進化することを信じて。だからこそ彼を今起こすことはできません。
あきらめなさい。」
―――だからこそ、デルタは淡々とエリへと言った。あきらめろ、と。
制御塔、そして3つのAIを管理するものとして。マザーシステムの管理者として。
「待ってください!!
・・・最後にひとつ―――1つだけ・・カルに伝えたいことがあるんです。
お願い―――彼と話をさせてください。」
「エリ・・・」
ここまで段階を重ねてあきらめろ、といわれてもエリは退かなかった。
私はそんなエリを・・・なんだか嬉しく思えていた。
自分の事じゃないのに―――おかしいけど。
「―――AIカル・スにあなたが与えた力は大きい。
できるならば私もあなたを信じたい。
―――けれど管理者としてそれはできないのです。
彼は自ら望んで眠りにつくことを選んだのですから・・・。」
眠りにつく―――つまり進化を待つという事。
今起こしては、せっかく奇跡的に形となった『次なる生命体』への進化への第一歩。
それが無駄になってしまう―――。だから、エリとカルを会わせる事はできない―――。
「―――カル・・・ここまで来たのに・・・」
エリも完全に―――ではないにしろそれは判っているだろう。
―――それでも、大切な人への想いを前には引き下がれない。
何より―――普通の女の子であるはずのエリをここまで突き動かしたのは、
恋―――いや、愛に他ならないだろうから。
『エリ・・・泣かないで・・・エリ・・・』
「え・・・?」
だがそれは突然だった。
デルタの言葉とは裏腹に、諦めていたはずのその声が辺りに響いたのだから。
「―――!カル・・・」
想いが届いた―――としか言いようの無い状況に、エリは心からの笑顔で大切な人の名前を呼んだ。
「起きてしまいましたね。不安定なまま覚醒させるのは危険なのですが・・・
仕方ありませんね。わずかの間ですよ。こちらへ。」
カルが目覚めてしまっては、デルタもエリの願いを聞かないわけにはいかないのだろう。
彼女はエリを中央まで招くと、現れた時のように光の球となり―――消えた。
―――と同時に、デルタが現れた時のように―――カルが姿をあらわしていた。
「エリ・・・」
「・・・カル」
見つめあう二人。お互い色々な想いはあるだろうけど―――私達はそれを静かに見守る事にした。
エリはやっと会えた―――そんな嬉しさに、涙を静かに流していた。
それに気づいているのか気がついていないのか、涙を拭う事無く・・・想いを口にしはじめた。
「話してなかったよね。
私の生まれた街もね。自分たちのせいで大変なことになっちゃったの。」
エリの故郷―――それは私が住んでいるような穏やかな場所じゃない。
惑星コーラル。度重なる戦争や環境破壊により、人々の住めない星と化した世界。
―――そして、一度だけ話してもらったことがある。
戦争によって、エリの街、エリの家族、エリの友達、エリ自身―――そういうものをぐちゃぐちゃにされたんだ、と。
「とても悲しかった。なんでこんなことになったんだろうって思った。」
けれど、それは誰にも判らない。
当たり前だったものが、どうして壊れたのか。
「私たちはすごく愚かなのかもしれないし。
すごくいけない方向へ進んでるのかもしれない。
―――でも。でもこの世界で頑張るしかないの。」
戦争、そしてオスト博士の引き起こした結果。
誰がどう考えたって、いけない方向へ進んでいるのは明らかだった。
それでもエリは、絶望してはいなかった。
頑張るしかない。そう、力強く。
「夢みたいな未来を想像しながらもしかしたら、もしかしたらって、
すごくみっともない時も多いけど。」
もしかしたら。―――私は、そういうのは好きだった。
どんな事があっても諦めないで、そうやって考えていける。
みっともない時―――理想と現実がついていかないときは多いかもしれない。
それでも―――最初から可能性を諦める生き方なんかより、ずっと良いと思う。
「一度きりの命を一生懸命使って―――それが私たちの可能性。生まれた理由だと思うの。」
それはエリの精一杯。そしてエリが今を生きる事に対して導いた答えだった。
「―――あなたはAIで、私たちと同じじゃないのかもしれない。
でもね、きっと、きっとあなたもその可能性のために生まれてきたの。
それだけは覚えていて・・・。」
カルはこれから、新たなる生命へと進化しようとしている。
だけどデルタは、エリのことを覚えていることはない、諦めろ・・・と言った。
それでも―――そうだと判っていても、それだけは判ってほしかった。
例え忘れられたとしても・・・。
生まれた意味、生きてきた意味・・・それだけは覚えていて欲しかった。
好きだから、カルと一緒にいたい。
でも、好きだからカルの行動を止める事はできない。カルが望むならそれでいい。
―――そんなエリの気持ちが、痛いほど強く伝わってきていた。
もちろん、私が彼女の言葉から勝手にそう思っているだけかもしれない。
それでもこれだけは判る。エリは、純粋にカルの事が好きなんだ、って事だけは。
「―――私、あなたのこと・・・あなたのこと・・・忘れないから。」
抑えきれない気持ちは、決壊したダムのようにあふれ出していく。
ぼろぼろとこぼれる涙。―――でも、私にそれを拭ってあげることはできなかった。
こんな時にかける言葉が見つからない。できるのは・・・見ている事・・・だけだ。
「ありがとう。エリ。」
そんなエリに対して、カルは優しく微笑んでみせていた。
エリのその想いに、ありがとう・・・と。
「・・・でもね・・・ごらん。僕らの母親。生命の渦だ。」
カルは天井の渦を見上げる。それにつられて、エリも――私達もだけど――上を見上げる。
生命の渦―――マザーシステムを。
「僕らは消えて無くなるわけじゃない。
君と同じ世界に居続けるんだ。」
涙を溢れさせるエリに、カルはそう言った。
死ぬわけでも消えるわけじゃない。ただ、眠り続けるだけなのだ・・・と。
「僕らはあの中で溶け合って繭になる。
また君に会える日を楽しみにして、ね。」
そしてカルは言った。再びエリに会うのを楽しみしている・・・と。
再び―――それは彼もまた、忘れたくないという気持ちを抱いているからだろう。
「―――元気で、エリ。」
最後にカルは、エリの今後を気遣うと―――光となり、再び生命の渦へと戻っていった。
「またね・・・カル・・・」
そんなカルに向かって、エリは決してさよならは言わなかった。
また会える―――いつかその日を夢見ながら、また会おう・・・と。
「―――制御塔内。管理義務に従い――侵入者を地上へ強制転送します―――」
カルと入れ替わりで現れたデルタは、どこか沈んだ口調で淡々とそう言った。
突然辺りに「何か」が走ったと思うと、ゆっくりと意識が闇へと閉ざされていた・・・。
「忘れないよ。エリ。」
完全に意識が闇に消えるその刹那、確かにそんな・・・カルの声が聞こえていた。
―――ごめんね、エリ・・・最後の最後で、私―――。
エリに何もしてやることのできない自分、そしてそのまま意識が落ちていくのに抗えない自分。
そんなものに半ば呆れながら―――そこで、全てが途切れた。
あとがきと言う名の駄文 05.4/6
第四話が終わればすぐ―――と思ったんですが・・・結果は散々(?
第四話よりも長くなってしまいました。
いやあ、あとはちょこちょこっと戦闘があってシナリオの核心に肉つけて―――。
そんなつもりが、苦手のはずの戦闘描写の比率がものすごく・・・(笑)
苦手ゆえに、そんなもんを多くするなと見苦しい所があると思いますが・・・(汗
しかしイリスのキャラが、まだまだな部分がありますが個人的にはいいかな?と思ってます。
最後の最後で格好つかなかったり、大事な場面でデルタと自分を比べてたり(笑)
シリアスの中にも、ああいうギャグ(?)っぽい所を備えてる。
そんなイリスのキャラ、自分でも書いててよけい愛着わきました。
しかしイリスの心情―――と言うよりも、作者である自分の考えが多々ありますね。
デルタの名前の由来―――とか。イリスの心情=ゲバチエルの考えな部分が結構(ぁ
制御塔内部のスイッチですが、最後のスイッチ以外はゲーム中と合わせてみました。
出現エネミーも大体一緒です。
一階にレコボクス出さなかったり、五階で変なところにスイッチがあるのは許してクダサイ。
あとイプシロン。イリスが状況を分析して打開策を見出すところ、ちょっとくどかったかな?
デルバイツァもそうだけど、理屈っぽくなりすぎてるような気がしてならない。
でもイプシロンの倒し方も、ゲーム中に合わせました。
最後決める時は―――せっかく魔法を出したんだから、ここでドーンとやってみよう。
でも、詠唱の台詞はあるけど、判りやすい魔法だったんじゃないかな?
出来るだけ世界観を著しく破壊しないように、テクニックと似てる形を維持したんで。
飛翔魔法だけは・・・ぶっ壊してますけど(笑)
ただそれのおかげでイリスがああいうキャラになってくれたのでいいかな?(ぁ
次の第六話―――制御塔『地下』の話です。メンバーはルナ、エリス、フォルの三人。
本当は五話でまとめてやろうと思ったんですけど・・・この長さ。
続けてくっつけたら読む方もただで大変なんだから・・・と思い別の話に分けました。
次の話は本来無い場所なので、相当オリジナルな部分があります。ご了承を(ぉ
ちょっとネタバレを言うと、次の話にもデルタを出そうと思ってます。
どのような形かは、作者もまだはっきり言い切れる段階ではなかったりするけど(爆
―――っと、完結したわけでもないのに長々と喋ってもしょうがないですね。
それでは、第六話『本当のオリジナル心の座』でお会いしましょう♪ |