PSO小説
present by ゲバチエル
Seraphic Fortune PHANTSY エピソード1

第三話〜紅き少女〜

 一歩、また一歩。『彼女』は、ラグオルを歩いていた。
 どこへ向かえばいいのか判らない。どうすればいいのか判らない。何より、自分のことがなにも判らない。もう何日こうしているかさえも、定かじゃなかった。全身をけだるさが襲い、視界は今にもまわりそうなほど正確にとらえられない。
更には空腹で吐き気すらもするほどで、それこそ気を緩めたら倒れてしまうくらいだ。
「はぁ・・・はぁ・・・」
 『蒼きセイバー』を杖代わりにしながら、あてもなく森をさまよい続ける。
 途中幾度となくエネミーに襲われたりしたが、満身創痍ゆえに無我夢中で、戦っている時の明確な記憶はなかった。最もこうして無事な以上、撃退することに成功しているのだが―――。
「このラグオルで何かが起こっている・・・。それはきっと 間違いない」
 彼女は近くにメッセージパックが落ちているのを確認すると、そのスイッチを入れる。何か手がかりになれば、と思うもそれにこめられていたメッセージはそれだけだった。
「ラグオル・・・。この、星の名前だっけ・・・」
 しかし進展はあった。少なくとも、彼女が今どういう名前の場所にいるかは思い出せたのだ。
「何かが起こっている・・・。何か・・・?」
 知っているような気がしても、やはり彼女には何も無かった。考えようとしても行き着くのは暗闇で、思考のまわしようがない。
「・・・今はとにかく、人のいる場所を探さなくちゃ・・・。そろそろ、限界・・・だし」
 それでも彼女は歩くしかなかった。この森を抜け出さないことには、事態は好転しないのだから。
 グオオオオオオ!!
 ―――だが、そうもうまくはいきはしない。次の区画へ進むやいなや、ブーマの群れが彼女へと襲い掛かる。
「こんな・・・時に・・・!」
 普段なら恐れるような相手ではないが、今の彼女にとっては十分脅威と呼べた。何せ、歩いてるのがやっとの体なのだ。
 ―――だが、ブーマが現れた次の瞬間には、その群れは跡形もなく消滅していた。何があったのかを確認できないほど、一瞬で。ただ一つ確かなのは『剣』が蒼く輝いていたことだが―――。
 ドオオオンッ!!
 しかし、それで終わりではなかった。彼女のすぐ後ろで、勢いよく「何か」が飛び降りてきたのだから。
 「何か」が着地した際に生じる衝撃に、今の彼女が耐え切れるはずもなく・・・がくり、とその体は地面へと倒れこんでいく。
「う・・・く・・・」
 立ち上がろうとしても体は動かない。剣を握ろうとしても手さえ動かすことができず、ここに来て彼女は・・・もはや限界へ達していた。
 ドシン、ドシン、ドシン。
 後ろから何かが近づいてくるのが判る。自分を、殺そうとしているのが判る。判っている。それでも、彼女はどうすることもできずにただその時を待つことしかできない。
 ―――やがて、彼女の体はふわりと宙を浮いた。頭を何かに掴まれたのかと認識するも、直後に彼女を襲ったのは全身を襲う鋭い痛み。
「―――!!」
 痛みのあまり声もでず、かといって体も動かず、ただただ全身を痛みが支配していく。そして・・・彼女の意識は途切れた。

「今の地響きは・・・?」
 ・・・それよりほんの少しだけ遡って。ライたちは、大地に衝撃が走るのを感じていた。
「・・・っ! ライ、あれっ!」
 カナの指差す方向は、次の区画だった。言われるがままにその方向へ目を向けると―――そこにはアンドロイドのような紅き一人の少女が倒れており、その後ろで巨大な熊のようなゴリラのような生物が、今まさに少女へと歩みよっている。
「おい、カナ! あいつを足止めしろ! 早くっ!」
 ライは慌てた様子で叫ぶと、そのまま少女のもとへと走り出した。それが「紅」かったからなのかは判らない。とにかくライは、「彼女」を助けることで頭がいっぱいだった。
 ドシャッ!!
 ・・・しかし。ライたちが気がつくのが遅すぎたのだ。少女の体は大きく宙を舞い、勢いよく地面へとたたきつけられてしまう。
「そんなっ・・・」
「カナ! 怯んでんじゃねえ、あいつを足止めしろって言ってるだろ!」
「ご、ごめんっ」
 ライの言葉ではっとしたカナが、愛銃を高速で連射する。乾いた銃声が響く・・・も、それでも巨大エネミーはひるむことはない。
「カナ様、お下がりください!」
 そのままではまずいと判断したアレクが、すかさずエネミーの動きに合わせて「機雷」を投げ込む。その機雷は見事にエネミーの眼前で炸裂し、そこからは強烈な冷気が巻き起こっていた。
 ―――アンドロイドの切り札ともいえる、『フリーズトラップ』が発動したのだ。そこからたちこめた冷気は巨大エネミーを瞬く間に氷漬けにし、見事動きを封じ込めている。
 そのまさに直後、エネミーの全身に光の矢が集まり・・・そして、炸裂する。フォースの最上位攻撃テクニック、『グランツ』だ。
 その破壊力を前に巨大エネミーはどしゃりと崩れ落ちていった。
「・・・ふぅ、何とか倒せたみたいですね・・・」
 杖をかざしたまま、ミラはふぅ・・・と安堵の息をつく。それは他のメンバーも同じようで、エネミーを倒せたことにほっと表情が緩んでいるのを感じられる。
 ―――だが、それで安心というわけにもいかない。むしろ、本題はこちらにあると言えた。
「おい、大丈夫か・・・? しっかりしろ・・・!」
 ぐったりと倒れている紅き少女を静かに抱きかかた、何度も何度も呼びかけ続ける。その体はひどいくらいに傷だらけで、その傷のせいか少女は目を閉じたままだ。最も、『服』と呼べる部分は装甲なのだが。
 パアアア・・・
 次の瞬間、少女を白い光が包み込む。その光は少女の傷を塞ぎ、たちまち治していく。治癒系テクニック、レスタの光だ。
「これで少しはましになるといいんですけど・・・。―――それにしてもこの子、変わってますね」
「ああ、俺も思ったところだ」
 ミラとオーウェンは、少女の体を見て不思議に思わずにはいられなかった。
「・・・アンドロイドの人肌付着は禁止されてますよね? ・・・彼女は、その逆・・・なのでしょうか?」
 アンドロイドへの人肌付着。それはパーツに人の皮膚などを移植し、それこそ本物の人間のように見せる手段である。そのことで論議がされ、今では人肌付着は禁止、既存のアンドロイドもパーツが交換が義務づけられている。
 最もレスタが効果を発揮した、という時点でアンドロイドじゃないのは間違いないのは判っており、それゆえにミラは「逆」なのかという疑問を抱かずにはいられなかった。
「何にせよ・・・この少女が何か変わっていることは間違いない。それ以前に、彼女はパイオニア1の生存者だと思って間違いないだろう」
「そうですね・・・。事実、ラグオルへ降りたのは私たちが最初です。この傷だらけな状態を見ても・・・あの爆発からの生き残りでしょうね・・・」
 二人は、紅き少女をそう判断した。いや、誰がラグオルへ降りて少女を見つけたとしてもそう結論づけるだろう。最も、どうしてここにいるか・・・までを考えるものは少ないだろうが。
「・・・んなこと、今はどうでもいいだろ。問題はこの子が無事かどうかじゃねえのか?」
 推理を展開する二人に、ライが不機嫌そうに言い放つ。
「ライの言うとおり! すぐに考えちゃうのは二人の悪い癖だよ」
 普段は何も考えないで突っ込む二人だが、かえってこういう場面では二人の方がしっかりしていた。ある意味、人間らしいといえば人間らしいのだが。
「う・・・ん・・・」
「!!」
 不意に、少女の唇が動く。それに合わせるように、ピクリと体を震わせる。
「しっかりしろ、大丈夫か・・・!?」
「んん・・・。あなた・・・は・・・」
 ゆっくりと苦痛に顔をゆがめながらも、少女はしっかりと目を開き、かすれるような声でライにたずねた。
「ライ、ライ=シュナイダーだ。君の名前は?」
「うちは・・・エリス。エリス=レナフォード・・・。皆さんが・・・助けてくれたんです・・・か?」
 弱々しい声で、エリスは尋ねる。儚すぎて、今にも息がつまりそうなくらい、弱々しい声で。
「そうですよ。パイオニア2から、ラグオルの調査に来たんです。そこで、エリスさんを見つけたってわけです」
「パイオニア2・・・。良かった・・・うち・・・もう駄目なのかなって・・・思ってたから・・・」
 助けが来たことに安心したのか、エリスはふっと笑顔を浮かべた。よほど、絶望的だったのだろう。こんな危険な地に、一人放り出されていたのだから。
「・・・あれ? なんだか・・・眠くなって・・・」
 カクン、とそのままエリスの全身からは力が抜けていた。
「お、おい・・・!」
「―――大丈夫、ちょっと疲れているだけですよ。それより、エリスさんをこのままにして調査を続けるわけにはいかないでしょう。カナ、リューカーを出して」
「うんっ」
 姉の合図に合わせて、カナが左手の「テクニックジェネレーター」に精神を集中させる。そうすること数秒、カナの目の前には赤い光の柱が立ちのぼっていた。簡易転移ゲートを開くテクニック、それがリューカーだ。
「それでは、パイオニア2へと戻るぞ。ライ、エリスをしっかりと抱えていろよ」
「いちいち言われなくても判ってるよ」
 うるせえなあ、と思いながらもそっとエリスを抱きかかえ、そのままライたちはパイオニア2へと帰還した。
 ―――パイオニア1の生き残りと思われる、エリス=レナフォード。彼女との出会いが、『ルナティックウイング』をどう導くのか・・・それはまだ、動きだしたばかりである。