Seraphic Fortune PHANTSY エピソード1
第二話〜そこは、ラグオル〜
「これがラグオル・・・」
―――地表へと降下してすぐのこと。ライは、思わずそうつぶやかずにはいられなかった。
「パイオニア1の報告には聞いていたが・・・。なるほど、本星とよく似ている」
辺りに生い茂る木々、飛び回る虫。そのどれもが、「本星」と酷似していた。
「・・・うーん、こうしてラグオルに降りたはいいけど・・・。なんか異常なしって感じだよ?」
「カナ、私たちはそれを確かめに来たのよ。そういうことはもっと調査を進めてから言うべきだと思うけれど」
「ミラ様の仰るとおりです。確かにこの『ラグオル』を構成している要素は本星コーラルと極めて酷似しています。ですが―――」
「判ってるってばっ! オーウェンも何か言って!」
二人がかりの指摘に、助け舟を求めるカナ。
「そうだな、俺からも言わせてもらう。もっと気を引き締めろ、カナ。・・・それに、ライもだ」
「・・・何で俺もなんだよ。いいから、行くぞ!」
そこで自分の名前を出されたことに苛立ちを覚えたライは、一人先へと駆け出してしまう。
「あ、一人で行かないでよ!」
それを追いかけるように、カナが走り出す。・・・そういうことをオーウェンが指摘したのだと、まったくもって気づいていないらしい。
「減点だな。やはりまだまだ未熟だ・・・」
先ほどライをほめたのが間違いだったか、と思いながらもオーウェンもその後を追う。何にせよ、ここで止まっているわけにもいかないのだ。
「・・・あれ?」
だが、ライとカナはすぐさま足を止めていた。いや―――止めるしかなかった、というべきか。
「カナ、どうしたの? 突っ込んでいったと思ったら止まるなんて、らしくないけど・・・」
妹の性格を判っているだけに、ミラはカナの行動に疑問を持たずにはいられなかった。
「判るだろ。この区画・・・ロックがかかってやがるんだよ」
すぐ目の前のゲートを指差しながら、ライが言う。本来ならばそれこそ自動で開くものが、反応さえもしないのだ。
「ライ様の言うとおり、この区画はロックがかかっています。誤作動かどうかは判りませんが―――」
グオオオオオオ!!
「・・・!?」
アレクが言い切るより早く、突如あたりに『獣』のような咆哮が響き渡る。
「・・・ラグオルの原生生物か?」
その咆哮の主は地中から現れ、ライたちを取り囲むようにしてじりじり、じりじりとこちらへ向かってきていた。その姿は大きなアナグマのようだが、爪はするどく―――そんなものでひっかかれれば、ひとたまりもないだろう。
タタタンッ!!
それらが「敵意」を持っていると判断するとすぐに、乾いた銃声が轟く。
「間違いなく・・・これは敵だよ! 原生生物があたしたちを襲うわけないっ!」
「言われなくても判ってる!」
ザンッ!!
カナの言葉に、ライも負けじと自らのセイバーを抜き払う。力強い一撃に『アナグマ』は切り裂かれ、断末魔をあげながら沈んでいく。
「―――ライ、カナ、下がれ」
極めて冷静なオーウェンの言葉にあわせるように、二人はとっさに彼の「射線上」から飛びのく。
タンッタンッタンッ!
・・・直後には、三体のアナグマが断末魔をあげる。見れば弾丸は頭部を貫通しており、どれも一撃でしとめられているようだった。
ガゴン―。
そうしてすべてのアナグマが倒れると、区画のロックが外れる音が響く。
「・・・ふぅ、ビックリしたぁ。でも、ロックの原因は今のだったみたいだね・・・」
「そうだな。けど聞いてないぜ、ラグオルにこんな凶暴な奴がいるなんて」
ロックの原因が判ったにしろ、そこで更なる問題が浮上する。パイオニア1の報告では、それこそ「敵」と認識される存在はいないはずなのだ。
「アレク、データ照合を頼みます」
丁寧な口調で、ミラが指示を送る。
「・・・照合データはありません。が、極めて類似しているデータがあります。それによりますと・・・先ほどの「エネミー」はブーマと呼ばれる原生生物の一種のようです」
アンドロイドらしい淡々とした口調で、アレクが説明する。
「・・・類似ってことはなんだ。さっきのはブーマの新種か?」
「照合結果から、鳴き声や外見といったものが一致しています。細胞レベルで調べないことには断定はできませんが・・・先ほどのエネミーがブーマの一種であることは間違いないでしょう」
「それっておかしいだろ。パイオニア1の報告じゃ原生生物はおとなしいって・・・」
「ええ、その通りです。データによればブーマは比較的大人しく、人を襲うことは滅多にないようです。・・・逆に言えば、その一点以外はパイオニア1のデータと一致しています」
ライの疑問は最もだった。しかし、アレクが搭載しているデータはパイオニア1の報告データそのもの。現状と報告で矛盾こそあるものの、それが事実だった。
「なるほどな・・・。ならば、先ほどのエネミーはブーマで間違いないだろう」
「だからそれがおかしいだろ。パイオニア1の報告じゃ人を襲わないって言うけど、あからさまに向こうから襲ってきただろ」
データはどうあれ、現実としてそのブーマはライたちを襲っている。ライがそういった疑問を持つのは当然といえた。
「ライさんの言うとおりですね。・・・となれば、突然凶暴化したと考えるのが自然なところでしょう。考えられる原因は・・・先日のあの爆発でしょうか?」
考える仕草をとりながら、ミラがメンバーに問いかける。ライがマスターなら、ミラはさしずめ参謀といったところか。ともかく、このチームで「思考」を展開させるのはミラとオーウェンの二人が基本だ。
「うーん、でも姉さん。爆発したからってそこまで凶暴化するのものかな?」
「・・・確かに考えにくいな。アレク、何か過去にこういった事例はないか? 爆発以前のセントラルドームのデータでいい」
「しばらくお待ちください・・・。出ました。爆発の少し前に原生生物のトラブルが数件あるようです。どれも、未解決で終わっていますが・・・」
「・・・ということは、爆発で変わった・・・というわけでもなさそうですね」
判った、と思えばかえって判らなくなる始末。情報が極端に不足しているのだから、当然といえば当然なのだが。
「とりあえず、あの爆発が原因じゃないってことでいいんだな?」
「いや、そうとも言い切れん。それにそもそも、人を襲わないという情報が虚偽の可能性も否定できん」
「お言葉ですがオーウェン様。我々が現在いる区画は「移住区」として位置づけられています。そのような場所に先ほどのようなエネミーがいるとは考えがたいと思われます」
瞬時にデータを照合しながら、アレクが答える。
「とすると。現状から言い切れるのは、ブーマは以前は人を襲わなかったこと、そしてなんらかの原因で凶暴化したこと、ですね。それが爆発と関連性があるかどうかは極端に情報が不足しているため、これ以上考えても結論は出せないでしょう」
現状で言い切れるのはそれくらいだった。いや、この短期間でそうまとめきれるのはさすが、といったところだろうか。
「・・・あれ?」
不意に、カナが間の抜けた声をあげる。
「変な声を出すな。ここが危険な場所だと判ったばかりだろう」
「小言は聞き飽きたよっ! それよりこれ・・・メッセージパックじゃない?」
ゲートのそばに落ちているものを指差して、カナが言う。メッセージパックとは手のひらに収まる程度の映像と音声を記録できる装置で、主な用途は簡単な記録を残すのに使われる。
「誰かが落としたんでしょうか・・・?」
メッセージパックを拾い上げながら、ミラがデータが残ってないかどうかを確かめべく、そのスイッチを入れる。―――そこに映し出される姿と声に、その場にいた誰もが驚かずにはいられなかった。
「あたし リコ。ハンターのリコ=タイレル。 レッド・リング・リコといえばわかるひともいるかしら?」
「な・・・っ!」
まさかいきなりその姿を見ることになるとは思わなかっただけに、ライは動揺を隠せなかった。―――だが、すぐ隣にいたカナにそっと口を塞がれてしまい、そのまま黙ってメッセージの続きを聞くしかなかった。
「・・・これから メッセージをカプセルに残していくことにする。後に あたしに続いて来る者のために。今、これを 聞いてるなら判るわよね。この惑星『ラグオル』に何らかの異変が起きつつあるって。忠告しとくわ。気を抜かず、常に周囲に気を配ること。もし 生き抜くことを望むなら、ね」
そこでメッセージは途切れていた。・・・それは、ライの良く知っているリコだった。いつでも他人に気を遣う、それこそ自分のことなどおかまいなしな、リコの。
「・・・リコの奴、変わってねえな。こんなとこに来てまで人様の心配かよ」
「―――ライ、気持ちはわかるが・・・後にしろ」
「んなこと、判ってら」
ライにとって、ラグオルへ降りることがそのままリコへの再会と直結していることくらいオーウェンは判っていた。だが、だからこそ歯止めをかけた。ここは紛れもなく、『戦場』なのだから。
「口ぶりから察するに・・・爆発以前のもののようですね。アレク、このメッセージを録音しておいてください」
「それならば、先ほど再生した時に完了済みです」
主人の考えることが判っているのだろうか? 何はともあれ、アレクの行動は実に的確だった。
「行動が早くて助かります。―――それでは、先へ進みましょうか」
メッセージパックを『地面』に置きなおすと、ミラはくるりとゲートの方を見つめた。
「あれ? 姉さん、リコのメッセージ持っていかないの?」
「聞いてなかったの、カナ。『これから メッセージをカプセルに残していくことにする。後に あたしに続いて来る者のために』って言っていたでしょう? ここで私たちが持っていては、メッセージの意味がないでしょう?」
「あ、そっか・・・」
言われてから、カナははっとする。そう、それが「リコ」がメッセージをここに置いた理由なのだから。
「ここでするべきことはもう無いだろう。先へ進むぞ」
オーウェンの言葉に合わせて、メンバー達は次の区画へと足を運ぶ。一人、ライを除いて。
「ライー? 何やってるのー?」
「・・・悪い、今行く」
それでも、今は感慨にふけっている場合ではない。そう自分に言い聞かせると、ライはメンバー達を追いかけた。
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