Seraphic Fortune PHANTSY エピソード1
プロローグ〜呼び声〜
『・・・抜け』
深紅の少女は、頭の奥底に訴えかけるような何かを聞いていた。まるで、暗い暗い闇の奥底から聞こえてくるかのような・・・そんなものを。
「何―――空耳かな?」
『自由に・・・自由になるために』
しかし、少女の思考をさえぎるかのように、頭を訴えかけてくる何か。その何かに・・・少女は恐怖を覚えずにはいられなかった。
「一体何・・・?誰か近くにいるの?」
問いかけても、返事は無い。あたりを見回してもそこには誰もいなかった。いや―――いるわけがなかった。
「―――気のせいだよね。はあ、一人で遺跡のエネミーと相手にしてたせいで滅入ったのかも」
わけのわからない声に、少女は思わず独り言をもらさずにはいられなかった。
―――ここはパイオニア1が発見した・・・地下に埋もれた遺跡。コーラルとはまた違う文明が、ここに存在したという証。それも、かなり高度な文明が。
しかし同時に、内部は無数のエネミーが巣食う場所にもなっていた。無数のエネミーが巣食うのでは調査もできない。そのためエネミーの排除の為に、少女は秘密裏に遺跡内部に潜入していた。
『更なる力を・・・全ての物へと進化するために』
「―――何よ。」
三度目。少女の頭の中へ、再び何かが呼びかけてきていた。いったい何の事を言っているかも判らない。しかし、声だけは確かに聞こえている。さすがに三度目ともなると・・・少女も気のせいと決め付けることはしなかった。
『剣を抜け。』
「剣―――?一体何の事・・・」
『全てが・・・全てのものへとなるために。更なる力を・・・』
「くっ―――」
少女は、頭の中に確かに『黒い物』が入ってくるのを感じていた。頭痛のような耳鳴りのような、そんなものを・・・。
『解放しろ。破壊・・・破壊の為に・・・』
ズキン、ズキン。
謎の呼び声と共に、少女を頭痛のような痛みが襲い掛かる。気を許せば、その痛みに食われてしまいそうなほど、鋭い痛み。
だが彼女は、それに屈する事なくその手にセイバーを握りなおした。
「大丈夫―――依頼、きっちりすませなくちゃね・・・」
少女は自分に言い聞かせながらも、遺跡の奥へと足を進めていった。
しかし進めば進むほど、謎の呼び声は大きくなり、また少女の痛みも強まるばかりであった。
「はぁ―――はぁ―――」
少女を襲う痛みと黒い何か。そして、謎の呼び声。まったく理解できないそれらに、少女は心身ともに徐々に限界が近づいてきてた。
しかし、彼女には止まれない理由があった。依頼を達成する。ただそれだけの簡単な理由が。
『さあ・・・抜け。その手で、剣を・・・』
「剣―――?」
『自由を手にする為に・・・抜け』
少女の問いかけを無視するかのように、一方的に繰り返される声。それでも―――彼女は歩みを止めることは無かった。ただ、目的の為に。ハンターズである以上、ここで帰れないから。
『もうすぐだ・・・全てのものに進化するために・・・』
何を言われようとも、彼女はその声に耳を貸す事は無かった。ただ、自分がハンターズでいることを証明するだけに・・・ひたすらに歩みを進めた。
まるで何かに取り付かれたかのように・・・一心不乱に。
『さあ、手を伸ばせ。抜け。今こそその剣を・・・!』
はたして、目の前には無数の花畑が広がっていた。
「・・・ここは?」
先ほどエネミーが徘徊していた遺跡とはうってかわった景色に少女は思わず目を疑わずにはいられない。さきほどまで閉鎖的であったはずが、突然青空と花畑が待ち受けていたのだから。
よくは判らないが、彼女にはそれが遺跡の最深部である事は理解できていた。
「これで・・・依頼は終了なのかな。エネミーは大体倒したし・・・」
『待て・・・』
「誰―――!?」
しかし、やはり辺りを見回してもそこには誰もいるわけはない。こんなエネミーの巣食う場所で、ハンターズ以外の人間がいるわけはないのだから。
「・・・あれは?」
辺りを見回していると、彼女はある一点へと眼を奪われていた。それはその花畑の丁度中央あたりに位置する、墓のような縦長のオブジェ。
そして、その目の前には石碑とすさまじい光を放ちながら台座に突き刺さる一振りのセイバーがあった。
『抜け。その手で、その剣を・・・』
「剣って・・・これ・・・」
謎の問いかけに、少女が考えられるのはそれしかなかった。すさまじい光を放つ、蒼く透き通ったセイバー。彼女にとって忘れるはずもない、忘れようがないセイバー。
「・・・そっか。ここで『アレ』を止めてるのね・・・」
『抜け。それを抜け。その剣をその手で抜け。』
懐かしむようにセイバーの元へと近づくと、声はしつこいばかりに抜けとだけ繰り返していた。
「―――これを抜いたら、駄目・・・」
少女は目の前のセイバーを抜くという行為がどういうものかを理解していた。そして同時に、頭の中に響く声も。
「―――行こう。私の依頼は終わったんだ。そして今はまだ、剣を抜くときじゃない・・・」
そして少女はそのまま、その場を後にした。・・・いや、しようとした。
『さあ抜け・・・!!全てが全てのものへと進化するために!!』
ドクン、ドクン、ドクン
今までよりもずっつ強い呼びかけに、彼女の何かが激しく反応していた。共鳴するような、支配するような、禍々しい何かに・・・。
「・・・」
少女は振り返ると共に、台座に突き刺さる蒼きセイバーに手をかけていった。何かに取り付かれたかのようにゆっくりと。しかし・・・確実に。
『進化の時は来た。再びこの時はやってきた。』
「私―――は―――」
『抜け!!その手で全てを解放するのだ!!!迷う事など無い!』
ガシャアアア!!
少女は、しっかりと蒼きセイバーをつかむと、それを勢い良く振りぬいていく。
やがて少女が完全にセイバーを抜き去ると、そこからは光が消えうせ、また少女を襲う痛みや声も綺麗さっぱりなくなっていた。
「あ・・・私・・・一体・・・」
少女は、蒼きセイバーを片手に花畑の中央でただただずむだけだった。自分がしたこともよく判らないほど、ぼんやりと・・・。
「・・・っ!嘘―――私、抜い―――」
『礼を言わせてもらうぞ・・・!!』
それは先ほどと同じ声。しかし、それは先ほどとは違い外側から聞こえていたが―――。
ドックン、ドックン。
「何―――!?」
また同時に、彼女は言いようの無い不安と恐怖を感じずにはいられなかった。
『―――時ハ満チタ。再ビ破壊ノ時ガオトズレタノダ!!!』
ゴオオオオオオオン!!!!!
突如、目の前の墓は勢い良く砕け散り、すさまじいフォトンエネルギーがそこへと収束していく。
「逃げ・・・なくちゃ。こんなフォトン―――いくらなんでも異常すぎる・・・」
『今コソ、全テガ全テノモノヘト進化スル日ガキタノダ!!』
ゴオオオオオオオオオン!!!!!
「きゃああああああああ!!!」
直後、すさまじいフォトンエネルギーが勢い良く弾け渡り、そして爆発した。
すぐ傍にいた少女もまた、そのすさまじい爆発に飲み込まれていってしまった。
その少女を守るかのように、蒼きセイバーは光を放っていたが・・・それを確認する術など少女自身にもなかった。
その爆発は炎となり花畑を走り、そして地表へとむかって勢い良く吹き上げていく。ラグオル一帯を包む爆炎―――それは幸か不幸かパイオニア2が丁度到着した時であった。
「ん・・・う・・・」
どれくらいの時間が経っただろうか。先ほどとはまったくかけ離れた場所―――森に少女は倒れていた。
「・・・ッ」
ゆっくりと眼を開けた少女は、全身を打ちつけたかのような軽い痛みに襲われる。
が、それでも大した事は無いようで、難無く立ち上がっていく。
「・・・?」
だが、そこで少女は気が付く。何も判らない事に。考えても、考えようとしても、全てが真っ暗闇だったのだから・・・。
「私は―――」
いや、唯一つだけ・・・消えなかったものがあった。それは、自らの名前。
少女は心の中で静かに自分の名前を告げる。確かめるように、はっきりと。それが深紅のハンターである少女の名前であることを確認するように
「・・・でも私・・・。どうしてここに・・・」
しかし、彼女はその経緯を思い出そうとしても、何も判らなかった。正確に言えば判らないのではない。何も無いのだ。
「わから・・・ない。どうしてここにいるの・・・。」
言いながらに、少女は傍らに転がっていた蒼きセイバーを握りしめた。―――それだけが、自分を知る手がかりになるんだと思って。
そして少女は歩き出した。自分を、知るために・・・。
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