「おはようございます」
挨拶と共に、私は部屋へと入る。そこにそろっているのはいつものメンバーで、当たり前すぎるその光景にどこかほっとする。
「おはよ、アリス。今日はいつもより遅いんじゃない?」
そんな私に、一人の女性が勝気な顔で挨拶を返す。パッチリとした黒目に、肩にギリギリ届かない程度の黒髪。緑色の目に銀髪の私と違って典型的な日本人顔で、その胸には青く輝くペンダントが首かけられている。そんな彼女は私にとってすっかり見慣れた顔だった。
「・・・何言ってんのよ。珍しくさつきの方が早く来てるだけでしょうが」
彼女の名前は、春日さつき。当然ながら同じ仕事仲間で・・・そうね、私にとっての親友といったところかしら。もっとも、お互いそう意識してるわけでもなく、気がつけば一緒にいることが多いんだけど。
「珍しいなんて酷いなぁ・・・」
ぷぅっと頬を膨らませながら、さつきが私を睨む。私と年齢が同じくせに、そういった行動はどうみても年下にしか見えない。顔立ちも幼さがまったく抜けきっておらず、本当に23歳なのかどうかが不安になるくらいだ。
まあ、それもさつきらしくい、かわいい一面だと私は思っているんだけど。
「朝から二人は元気ですね、相変わらず」
そんな私たちのやり取りに、面白そうに一人の男性が会話に入ってくる。その落ち着いた口調、整えられた長髪、そしてメガネ。そんな人は、この場所では一人しか知らない。
「そうですかー? 私たちはこれが普通ですよ。ね、アリス?」
「・・・同意を求められても困るわよ。―――それに、元気なのはさつきだけです。黒沢大尉、こんな元気の塊と私を一緒にしないでください」
彼は、黒沢拓斗。階級は大尉で、一応私たちの上司にあたる。本人が上司の自覚があるかは怪しいところだけど。
「そうですか? 僕にはアリスさんも十分元気そうに見えますけど。少なくとも体調は良さそうですし」
確かに彼の言うとおり元気ではある。ただ、さつきと一緒となると話は違ってくる。・・・まあ、そんなこと言ってもしょうがないけど。
「・・・ところでさつき。この前言ってた出雲の件なんですが・・・」
真面目な顔つきで、大尉がさつきに尋ねる。その言葉に、待ってましたとばかりにすばやくさつきがプリントを手渡す。
「さすが、ベストパートナーなだけあるわね」
「か、からかわないでよ。ほら、アリスも目を通して!」
どこか慌てた様子で、さつきが半ば無理やり私にもプリントを手渡してくる。大尉とさつきは色々な試験やら何やらを経て決定されたパートナーで、これでもかってくらい相性は最高である。だから当然ベストパートナーなんだけど、さつきが慌てる理由は他にある。
それは、彼女が大尉に恋心を抱いていること。・・・というか、判りやすいにもほどがあるけど。
「・・・確かにこれは異常ですね。あの辺りは特に何かが盛んなわけでもないはず。なのにこの数値とは・・・」
プリントを読みながら、大尉がそうコメントする。一体どんな内容なのか、と私もすぐに目を通してみる。
「さつき、このデータに間違いはないの・・・?」
その内容を、私は疑わずにはいられなかった。そう、それほどまでに異常なのだ。
「私も驚いたけど・・・。でも、出雲付近に何らかの要素が働いているのは間違いないよ。じゃなきゃ、こんな意味不明なエネルギー感知できないし」
さつきの言うとおり、その内容は『意味不明なエネルギー』だった。電気とか熱とか重力とか。そういったエネルギーとは別の、解析不能な何か。
それだけならまだしも、その感知した量が半端じゃなかった。それこそ、日本を一週間はどうにかできそうなほどなのだ。
「調査するにしても、不用意には動けませんね。下手にハンターを送っても、危険なだけです」
「だけど、表社会に影響が出たらアウトよ。放っておく・・・ってわけにもいかないでしょう」
大尉の言うことはもっともだ。しかし、だからといってこのままにしておくわけにもいかない。それをどうにかするのが、私たちのような人間なんだし。
「でも、これじゃ不確定すぎて上に提出しても通らないよ。単独調査でもして情報かき集めないと」
カタカタカタ、とキーボードをいじりながらさつきが言う。顔に似合わずかなり手馴れており、さすがはオペレーターって感じだ。はたからみれば、機械いじれなそうなんだけど。
「アリス、何考えてるの?」
「え? 別に何でも無いわよ?」
まじまじとアリスのことを見つめていた私は、彼女の一言ではっとする。・・・多分、心の中で馬鹿にしてたのもお見通しなんだろう。
「ふーん。―――で・・・どうしよう? 不用意に動くといざって時大変だし・・・誰が行くべきかな」
話がそれると判ってるのか、さつきは構わず話を続けた。どうやら彼女の中で行くことは決定稿らしく、コンピューターを見つめるその目がより険しくなる。
「三人そろって、しけた顔だな。どうした、何か問題でもあったか?」
そんな空気を無視するように、一人の男性が入ってくる。その声に、私は思わずビックリせずにはいられなかった。大尉とは違ってツンツン頭の茶髪に、きりっとした赤眼。黒いコートで身をつつんだ姿は、私たちにとって大切な仲間の一人である。
「おはようございます、レンさん」
彼の名は、レン=キサラギ。その名の通りハーフで、階級は少佐。私たちの中で一番偉いのだが、やっぱり大尉と同じで自覚があるのかは怪しいところである。
そして、私のパートナー。これまた色々な試験やらを経て選定されている。もちろん相性は最高で、お互いの背中を任せられるくらい信頼している。とはいえ、さつきみたいに恋心は抱いてないのだけど。
「おはよう。・・・なるほど、さつきちゃんが調べてたのはこのことだったか」
モニターに映し出される情報を見つめながら、人懐っこい声でさつきの方を見る。どうやら、レンさんはこのことを知っているらしい。
「はい。あ、これを」
すばやく男性へとプリントを手渡すさつき。その素早さは、前もって彼が来ることを見越してたようにさえ思える。
「・・・やっぱな。これの解析はできるかい?」
「いえ、何かのエネルギーであることくらいしか判ってません。地球の文明にあるエネルギーとは別かと思いますが」
レンさんの質問に、さらりと答えるさつき。しかしながら、さり気に突拍子もないことを言っていた。
「・・・じゃあどこのエネルギーなのよ。あんなエネルギー、普通じゃないわよ?」
「それが判ってたら苦労しないさ。まあ、アリスなら知ってるかもしれないが・・・」
「私が? さつきが調べて判らないものを知ってるわけないでしょ」
「それもそうだな・・・。―――てことは、誰が現地に行くか考えてたのか?」
その通り、と私たちはそろって頷く。
「・・・なら、アリスとさつきちゃんで行ってきてくれないか?」
「私とアリスで、ですか? こういうのってパートナーで行くのが自然だと思いますが・・・」
さつきの言うことはもっともだった。しかし、レンさんの言うメンバーは私とさつき。確かに編成としては戦力的にも問題はないんだけど・・・。
「いや、だからこそなんだ。というのも、このエネルギー量の原因と思われる情報を見つけたんだ。俺と拓斗で原因を探って、二人には現地の状態を調べてほしい。パートナー同士、情報を取り合えたほうがいいだろ?」
「レンと組むのは久しぶりですね。僕がさつきと組んでからははじめてじゃないですか?」
どこか楽しそうに、大尉が言う。レンさんと大尉は昔からの仲らしく、私とさつきがここへ来る前までは一緒に組んでいたらしい。
「ああ、そうだな。頼むぞ、拓斗。アリスとさつきちゃんは・・・心配いらないか」
「レンさんひどいです。少しは心配してもいいじゃないですかー」
むくれた顔でさつきが反論する。それだけ信頼されている、ということでもあるんだけど。
「・・・さつきは緊張感が無さすぎるのよ。色んな意味で、尊敬するわ」
「色んな意味ってどういう意味!? もー、みんなして酷いよ」
ぶーぶーという擬音が聞こえてきそうな顔を浮かべるさつき。その表情に、私たちは思わず笑わずにはいられなかった。
「さつきちゃんらしいよ、そういうところ。・・・それじゃ、具体的な行動を決めないとな」
「そうね」
方針が決まったところで、私たちは詳細を決めていくことにした。今日は、この話で一日が終わりそうね・・・。
『・・・・・・』
「アリス、聞こえない?」
「特に何も聞こえないけど・・・どうかした? もしかしていつもの?」
帰り道。いつものようにさつきと一緒に帰っていると、唐突にそんなことを聞いてきた。さつきと喋ってた以外は、何も聞こえないけど・・・。
「うん。やっぱりアリスには聞こえないのかな・・・」
『・・・・・・を』
「え?」
―――さつきが言った直後だった。かすれるような小さな声が響き、同時に彼女のペンダントが青く光ったのだ。
「今の、アリスも聞こえた?」
「聞こえたっていうか感じたっていうか。ペンダントが光ったような気がするけど・・・」
正直のところ良く判らない。とはいえ、二人揃って空耳ということはありえないだろうし、気のせいなんかじゃないだろう。
「・・・最近、多いんだ。このペンダントが喋りかけてくることが」
そっとペンダントを握りながら、さつきが言う。別に昨日今日はじまったことじゃないにしろ、私にも聞こえたのは初めてだった。
「それって、さつきの家で代々伝わってるペンダントでしょ?」
「うん。代々伝わってるお守り。いつからあるのか、何であるのかはさっぱりみたい」
さつきの表現には、思い当たる節がある。だからこそ、言葉の意味が良く判った。
「・・・それって、覚えがないのに存在するってこと・・・?」
「え? うん、そうだけど・・・。アリス・・・思い出しちゃった・・・?」
申し訳なさそうに、さつきが顔をうつむかせてしまう。
「まあね。いつ作ったのか、何で産まれたのか判らない。それが、私」
「でも・・・捨て―――」
そこまでいいかけて、さつきが言葉を止める。自分の口で言うのが辛いのだろう。・・・そんなさつきの優しさが、たまにこっちまで辛くなる。
「自分で言うわよ。・・・確かに私は捨てられたし、おかげで人間なんて信用した覚え無いわ。・・・悪いけど、さつきのことだって完全に信用してるわけじゃない」
言ってて酷いのは判ってる。だけど、本当のことだった。実の母親に心身共にボロボロにされた挙句捨てられた私は、いつか人はこんなことをするんじゃないかって思えてしまってる。
・・・親友であるさつきとて例外じゃなく、いつか裏切られるんじゃないか・・・って何度も思ったことがあるくらいだ。
「・・・うん。アリスがどこか私を避けてるのくらい判ってるよ。付き合い、長いし」
お互い、顔は合わせないで言葉を交わす。・・・そして、そんなさつきの言葉があまりにも痛かった。
「・・・ごめんなさい」
そうして出た言葉は、たった一言のごめんだった。歩く足さえ、止めて。
気がつけば涙が溢れてた。さつきに対して。そして、何よりもこんなにも最低な自分に対して・・・。
「謝る必要なんて無いよ。私だって、アリスのこと完全に信用してるわけじゃないから」
背中越しにつきささるさつきの言葉。薄々そうだと判っていた。けれど認めたくない現実。それが、そこにはあった。
「・・・でも、信頼してる。なんだか矛盾したこと言ってるけどー」
変なの、と苦笑するさつき。だけど、私には彼女の言おうとすることが何となくだけど・・・判った気がした。
「それで充分よ。・・・ありがとね、さつき」
きっと、それでいいんじゃない? とさつきは言いたいんだと思う。もしかしたら間違ってるかもしれないけど・・・それでも私は、こういわずにはいられなかった。
「大したことは言ってないよ。―――それよりアリス?」
ぐいっと後ろから腕を掴まれる私。すぐ真横に見えるさつきの顔は、何だか妙に楽しそうに見える。
「あそこのコンビニ、新しい中華まん入荷したんだって。一人じゃつまんないし、一緒に食べよ!」
「・・・ダイエット中じゃなかったの?」
「アリスの勘違いじゃない? ほら、行こうよー」
ぐいぐいとしきりに腕を引っ張るさつき。まったく、こういう時のこの子には本当に適わない・・・。
「判ったから引っ張るのはやめて。そのかわり、また太っても私知らないわよ?」
「大丈夫、なんとかなるよ、多分」
多分って付け加えるあたり、本人も不安らしい。華奢なさつきが少しくらい増えたって、誰も気づかないと思うけど。
「それじゃー中華まん全品制覇へレッツゴー!」
「ちょっと、目的がなんか変わってない?」
「いいからいいからっ!」
「良くないわ。ったく、調子がいいのよ、さつきは」
満面の笑みを浮かべるさつきに呆れながら、一方でそんな彼女の気遣いが嬉しかった。
そして同時に、こうも思う。私にはもったいなすぎるくらいの存在よね、と。
「アリス、早くしてよー!」
「さつきの気が早すぎるのよ。今行くから」
そんな彼女の元へ、慌てて駆け寄る。気のせいかペンダントが光ってたような気がしたけど・・・今は、確かめようとも思わなかった。
あとがき
そして大人になった少女・・・アリスは、それなりに立派に成長しました。
しかし過去は未だ彼女の心を縛っており、それが後半部分の台詞の一部でもあります。
今回はタイトルにある「友達」をイメージしてるので、さつきに焦点があたってます。
天然系ですが、馬鹿ではなく・・・むしろかなり頭が切れます。
アリスの心の闇も当然ある程度判っており、自分が真に心を許されていないのも判っています。
けれどさつきはそれを許容し、そして自身もアリスを真に心を許していないことを素直に言います。
でも、信頼はしてる。この言葉の矛盾の中に、さつきの気持ちが込めてある・・・つもりです。
多くを書こうと思えば書けるのですが、これでも削っている方です。
中華まんがらみのやり取りはテンポよくもっと書いてたんですが、半分くらいになんとか抑えました。
しかし・・・リメイクしてみて、さつきのキャラが暴走してる気がする(笑)