「どうして・・・! どうしてあんたみたいのがっ!!」
一人の女性が、甲高い声で狂ったように叫び続けた。その目の先にいるのは、一人の少女。
「・・・」
少女は、何も言わない。その体はあざや切り傷でいっぱいで、何があったのか頬は赤くはれている。服さえもボロボロで、とてもじゃないが普通の状態ではなかった。それでも少女は、何も言わない。
「なんでっ!? 私に似てない・・・何一つ私に似てない! 気持ち悪いったらありゃしない!」
ドス。女性が、言葉の勢いにのせて少女を蹴り飛ばす。ゴロゴロと、無残なまでに床を転がる少女。
「いい気味ね。産まれてくるのが悪いのよ。作った覚えの無い、あんたなんて」
見下すように、女性が言い放つ。そんな女性を、少女は顔を上げ・・・じっと見る。やはり、何も言わずに
「・・・何よその反抗的な目は。本当私と違って生意気ね」
未だ立ち上がらない少女の身体を、幾度も幾度も女性が踏みつける。その目は明らかに不満に満ちており、いや・・・狂気に満ちているといっても過言ではなかった。
「あんたが産まれるはずなんてなかったのよ! なんで、なんで、私は子供なんて作ってないのよ!? だっていうのに、どうしてあんたが産まれて・・・!」
少女が苦痛に顔をゆがめてるのさえ構わず、女性の言葉はエスカレートしていく。
そう、明らかにおかしかった。女性にとってみれば、少女が産まれる予定なんてかけらもないのだから。
「男と遊ぶような馬鹿な真似はしてない・・・。なのに・・・あんたはなぜ産まれたのよっ!? おかげで世間から白い目で見られるわ、結婚もできないわ、散々だわ」
子供を作るということ。それは、性交渉をしなければならない。しかし、女性にはその覚えが一切無かった。だというのに、産まれてしまった目の前の少女。性交渉は忘れようと思って忘れられる事象じゃないだけに、子供ができたという事実は不可解にもほどがある。
「うぅ・・・」
何も言わなかった少女が、痛みが限界に達したのが小さなうめき声をあげる。口からは血が溢れ、背中も痛々しいあざが浮かび上がっている。それこそ、目を背けたいくらいに。
「黙りなさい。・・・私に似てれば少しはましだったわ。けど、あんたは何一つ私に似てなかった。見た目も、性格も、全部私と違う・・・。髪の色だってそう! 不気味なくらい真っ白・・・」
自嘲気味に、女性が言う。彼女の言うとおり、二人の髪の色はまったく異なっていた。女性はやや茶色のかかった黒で、少女の方は銀髪とも白ともつかない色。白髪とは違い、産まれた時からその色だった。
また、目の色もまったく異なっており、女性が黒めに対して少女は薄めの青。明らかに違うどころか普通じゃない。そして何より、覚えがないのが気味悪いとしか言いようが無い。
「何かに使えると思って育ててみたけど・・・。まるで駄目ね。反抗的な上に、口もまともに動かせない。こんなのに利用価値なんてあるわけない」
なおも蹴りつけながら、女性が言う。恐らく、そうなった原因が自分にもあるとは考えていないのだろう。いや、考える余裕など無くしていた。覚えのない娘を産んだ。その時点で、女性の心もボロボロだったのだから
「お母さん・・・。前みたいに・・・優しいお母さんに戻ってよ・・・」
苦痛に耐えながら、それでも何とか声に出す少女。・・・けれど、その言葉が届くことはなかった。
「うるさい、うるさい、うるさいっ!! あんたに優しくする理由なんて無いわっ!!」
女性は、止まらなかった。何かが壊れたように少女を蹴りつけ、時に殴りつけ、言葉の暴力は加速するばかり。彼女にしてみれば、少女を産んだことが人生の終わりに等しいのだ。それこそ、止まる理由を探すほうが難しかった。
「はぁ、はぁ、はぁ・・・」
「・・・お母さん?」
―――やがて。それさえも疲れたのか、女性は大きく肩で息をしていた。元に戻ったのだろうか? 少女はそんな期待を胸に、心配そうに声をかける。
「あんたなんて私の娘じゃないわ。気安くそう呼ばないで」
女性は少女の顔を掴みあげると、ドスの聞いた低い声で吐き捨てる。そして数秒その顔をにらめつけた彼女は、勢いよくたんを吐きつけ、そのまま床へとその顔をたたきつける。
「・・・もう限界だわ。こんな少女、私には必要ない・・・」
ぐったりと横たわる少女を見つめながら、ぽつりと女性はつぶやいた。その声は安堵と・・・そしてどこか、悲しみに満ちていた。
―――その言葉が、少女にとって最後の母親の言葉だった。
・・・雨が降っていた。人によっては傘をさしておらず、雨量自体はたいしたことは無い。だが―――。
「うん・・・」
その雨の下、少女は目を覚ました。身体中に痛みが走り、口の中が血の味で気持ち悪い。おまけに降り注ぐ雨が傷を刺激し、少女の身体にはあまりにも耐えがたいものだった。
「え・・・?」
しかしそんな痛みや気持ち悪さなどどうでもいいくらい、彼女は自分の目を疑った。そして、状況を全く理解ができなかった。
「ここは・・・」
少女が今いる場所は、まったくもって見覚えがなかった。目の前には川が流れており、すぐ上には電車が通ると思われる橋。丁度少女がいる場所はその橋の影で、よほど物好きでもなければ人が来るような場所ではなかった。記憶をたどっても、彼女が覚えているのはヒステリーを起こした母親の姿で、どうしてここにいるのかが理解できるはずがない。
「うぅ・・・」
ぽつりぽつりと肌に触れる雨粒が、傷を刺激する。橋の影にいるおかげかそこまで酷くは無いものの、それでも電車が通る橋はスカスカで、防ぐには程遠い。
・・・だんだんとはっきりしてくる意識と思考。そこで少女は、それらに気がついた。
少女の周りには、衣服、布団、本、カバンといったものが散乱しており、そのどれもが少女のものだった。逆に言えば少女のものだけがこれでもかというほど置かれており、それこそその場所に引越しでもしたかのような勢いである。
「全部、私の・・・」
一つ一つを確かめるように手にとる少女。嫌というほどそれらは自分の家にあった自分の物であり、この場所に捨ててあったものなどではない。いや、強いて捨ててあったというのなら―――。
「・・・そう。私、捨てられたのね・・・。それなら、全部納得がいく・・・。」
そう。彼女自身が、捨てられた存在だった。
冷たい雨と、自分にとって見慣れた物たちと、見たこともない風景。今まで母親がしてきたこと。そして、最後の母親の言葉。ただただ現実を認識し、そして納得した少女は、再び意識を失ってしまう。現実から、逃げるかのように・・・。
―――それはまだ、少女が14歳の時の話だった。
あとがきとか
どうも、ゲバチエルです。ズラズラと長かった部分が、かなり短くなってます。
というのも、少女の母親のやりとりの部分がかなり長かったのです。
しかしあんなもの誰もいい気分にならないので、ばっさりカットしました。それでも長い気がしますが。
少女にとってあんまりな現実ですが、女性にとってもあんまりな現実だったりします。
まったく記憶にすらないのに、子供を作ってしまった。女遊びされた挙句子供ができてしまったのだって心に傷ができそうなのに。
・・・その記憶すら、ないのです。誰の子供か、どころか。子供が生まれるはずもないんです。
この覚えもない、ってのは単なる記憶障害とかじゃなく、物語の鍵の部分の一つです。
『覚えがない』って部分で、アセリアやった人は判るかもしれませんが(笑)
ちなみに布団やら勉強道具やら何やらが置いてあるのは、女性が少女と関わるものを全て残したくなかったからです。
布団とかを離れた場所に持っていくのは人目につきますが、もはやそんな事考える余裕も無かったんです。
14まで育てられたのも、女性がまだしっかりした人だからですね。
いい子に育てば・・・。しかし、そんな結果を見る前に彼女の方が壊れてしまうという現実に。
そしてもう完全に自立した心を持つ14歳ですてられた少女。のっけから重い話ですけど、基本的にそこまで重くは無いと思います。
しかしまあ、我ながらとんでもない主人公を作ったもんだなあ。これ、大分前に書いた話なんですけど。