第三幕「悪夢の向こうの夢2」 僕が受けた虐めの問題は、最初、先生たちは、取り合ってくれなかった。 誰だって、自分の所属する場所の「不祥事」は認めたくないし、あってほしく ないだろう。 これが、世間と言うヤツだった。 しかし、僕は・・・と言うより、アヤは諦めなかった。 担任がダメなら副担任、副担任がダメなら他の先生・・・と、 次々と、僕と一緒に、虐めの事実を訴えて周ってくれたのである。 そんな中、僕は、思いきって、聞いてみた。 「何で、自分の身を危険にしてまで、僕を助けてくれるのか」と。 ・・・もちろん、これは、夢の世界だ。 きっと、本物は、そんなこと思ってもないのだろうけど・・・ でも、気になって仕方がなかった。 それに対して、アヤは、左手で、短くまとめた髪に触りながら、言う。 「幼馴染がボッコボコにされてるの見て、何もしない方がどうかしてるわよ」 アヤらしい、つかみきれないけど、ストレートな表現だった。 話を戻して、大概の先生は、虐めの相談を拒否し、つき返してきたが、 その中、たった一人、その事実に向き合ってくれた人がいた。 保健の先生である。 保健室を預かる先生は、通常、医療知識のほかに、生徒のメンタルケアも 習うことがあるらしく、僕のことは、前々から、注意してみていたのだそうだ。 僕は、保健の先生に、虐めの経緯を話した。 できるだけ、事実と相違のないように言った。 それを、先生は、途中で突き返すのではなく、最後まで、耳を傾けてくれた。 「・・・つまり、授業中に注意した後、ひどい虐めに遭った、と言うわけね?」 先生が要約し、僕は、それにうなずく。 その後で、先生は、僕を見つめて、言う。 「辛かったでしょう、綾さんに打ち明けるまでは、誰にも言えなかったんだよね? 今も、辛いでしょう? しばらく、ここで休みながら、受けられる授業だけ受けるといいわ。」 ・・・こんなに優しい先生が、他にいただろうか・・・。 いつの間にか、僕は、両目に、うっすらと涙を溜めていた。 僕って、こんなに、涙もろかったっけ? それから、先生は、僕に、こう付け加えた。 「スクールカウンセラーの人にも、話してみるといいわよ。 あの人は専門家だし、私よりも、踏み込んでアドバイスできると思うわ。」 言われて、僕は、顔だけ、アヤの方を向く。 腕組みして仁王立ちして、黙って聴いていたアヤが、そこで、初めて、口を走らせた。 「行ってみなよ?理解してくれると思うし」 「ん・・・そうだな・・・」 溜まった涙をぬぐいつつ、僕は、再びうなずいた。 今更だけど、保健室は校庭に近い場所に、スクールカウンセラーの部屋は反対の 駐車場側にある。 そんなに広くない校舎だけど、そこまでの距離は、結構なものだった。 そこを移動している最中・・・アヤは、一言も発さず、周囲に気を配っていた。 恐らく、虐めグループの気配を探っているのだろうけど。 本当に、何で、ここまでしてくれるんだろう? かすかではあるが、彼女の真意が、知りたくなっていた。 そして、無事に着いた先は、カウンセリングルーム。 その内部は、一見すると、学校の中とは思えないような、おもちゃやテレビ、 学校のネットワークから外れたパソコンが、独自に置かれている。 その奥、廊下に、声がもれ聞こえないような位置に、カウンセリングを 行うのであろう、両者が向かい合う際に隔てる机があった。 入ろうとしたとき、アヤは、入り口の前で、足を止め、僕に言う。 「ここからは、一人で行きなよ。どうせ、カウンセリングって、1対1が基本だろうし あたしが一緒に入ったんじゃ、喋れないこともあるでしょ?」 言って、アヤは、扉を閉めようとした。 「ま、待って――」 思わず口にする僕に、アヤは、一瞬、その動作を中断した。 そして、一言だけ。 「終わったら、真っ先にあたしのところへ来ること!いーわね?」 そして、扉は閉められた。 ・・・なんか、保護者っぽいぞ、今の言葉・・・。 しかし、アヤだって、授業を抜け出して、来てくれてるんだ。 早々、迷惑をかけるわけにもいかない。 受験だって、そう遠くない未来にあるんだし。 そう思いながら、僕は、奥の、パーティションに隔てられた区画へと赴く。 「いらっしゃい、良太君。」 そこに居たのは、顔から判断して、30代も半ばの、街中でよく見かける格好の男性だった。 そこで、僕は、事の顛末を、もう一度、順に話して行った。 もちろん、現実夢の事は、あまりに、現実とかけ離れすぎていることなので、 伏せておいたが。 その内容を、要約して、カウンセラーは、新しいノートへと書き込んで行く。 そして、僕が、話の全容を言い終えて、しばらくしてから、カウンセラーは言う。 「疲れたな。苦しいだろう。 だが、残念なことに、私達大人が、彼らに注意しても、虐めはなくならない。 逆に、事態が悪化してしまうだろう・・・」 カウンセラーは、僕が、想像もしていなかった言葉を口にした。 思わず、硬直する僕。 でも、カウンセラーは、言葉を続けた。 「原因を取り除かなければ、君の心労は、終わらない。 そのための方法は、ただ一つ。 ・・・君自身が、虐めを解決するんだ。」 結局、アヤと同じ答え。 やっぱり、それしかないのか。 諦めが入ったうなずきをする僕。 それを見て、カウンセラーは、まだ、言葉を続けた。 「虐める側の心理を、考えたことはあるかな?」 ・・・え? その質問に、思わず、僕は、生返事を返した。 その様子に、やはりな、と言う感じで、頭をぽりぽり掻きながら、カウンセラーは 口を走らせる。 「虐める側は、虐めている相手が、絶対に反撃してこないものだ、と、 そう思っている場合が多いんだ。」 ・・・つまりは、虐めている相手を、ナメているということなのだろう。 「だから、君が、今、為すべきことは、虐めに抵抗することだ。 思いっきり、抵抗しなさい。 確実ではないかも知れないが、少なくとも、彼らは度肝を抜かれるだろう。」 「そう、言われても」 カウンセラーの提案に、僕は、難色を示す。 すると、カウンセラーは、さらに、こう返してきた。 「強制ではないよ。でも、できる時で良いんだ。 怖いのはわかる。不安なのもわかる。 でも、このまま、ずるずると引きずって行っても、君のためにはならない。 そうだろう?」 ・・・その後、僕は、延々、30分以上、説得を受けつづけた。 その口ぶりに、だんだん、僕は、その気になっていき、僕は、最後に、「はい」と 答えてしまった。 「また、来ると良い。私に相談したことを含め、外部には漏らさないからな。」 カウンセラーとの初対面が終了し、僕は、カウンセリングルームを後にした。 カウンセラーにはああ言ってしまったけど、本当に、抵抗すれば、虐めは なくなるのだろうか? むしろ、殺されるのではないか? そんな不安が、未だにくすぶっている。 でも、僕は、同時に、こうも思っていた。 「アヤの力を借りずに、ケリを着けられれば、僕が無能でないことを証明できる」と。 とりあえず、まずは、準備を整えてからだ。 そう思い、僕は、保健室へと戻って行く。 アヤの言いつけを無視して。 いつ襲われても、一人で決着が着けられるように。 そうしなければ、虐めはなくならないんだ。絶対。 そう、思える。 そして、カウンセリングルームと保健室の間にある、正門側の玄関に差し掛かった頃。 「へぇ、一人で歩いてるとは、度胸ついたじゃん?」 ・・・虐めグループの奴らが現れた。 奴らは、どこからかぎつけたのか、僕が、いろんな先生に相談を持ちかけていることを 察知し、脅しをかける目的で、現れたようだった。 実際、彼らが発する言葉には、それらしきニュアンスが、ふんだんに盛り込まれている。 しかし、ここは、屈するわけには行かない。 僕は、反撃に出る機会を、うかがい続けた。 浴びせられる罵声と脅し文句に耐えながら・・・ 「返事はどうしたよ、この根暗ッ」 相手が、ついに、僕の胸倉を掴んできた。 ・・・今だ。 直感的に思った僕が、大声を上げて、相手を突き飛ばした。 「いつまでも調子に乗ってるンじゃねぇよ!!」 相手の顔を見れば、今の僕の反応に、面食らっているようだ。 意を決して、僕は、倒れたままの相手の胸倉を掴みに行く。 だが、そこへ―― 鈍い音が、僕の体を駆け抜けた。 衝撃に、よろめき、倒れる僕。 ――他のヤツの、膝蹴りだった。 「調子に乗ってンのはどっちだよ、ええ!?死にてえのか?」 くっ・・・やっぱり、こうなるのか・・・ 思いながら、僕は、後悔していた。 やっぱり、こんなことしなきゃ良かった・・・ それから、僕は、殴る、蹴るの暴行を受けた。 それをしているヤツらの目は、やはり、楽しそうである。 僕を殴って、楽しんでいるのだ。 く、くそ・・・ と、その時。 相手の後ろ側から、大きな、ハリのある声が、響き渡った。 「何やってンのよ良太ッ!!立ちなさいッ!!」 一瞬、僕を含めて、一同の目が、その声の主に向けられた。 その先に居たのは・・・ アヤッ!? それを見た瞬間、僕は、ワケがわからなくなった。 何も見えなくなった。 その後、しばらく、何が起こったのか、僕には、理解できなかった。 ・・・はっと目が覚めた時、そこは、保健室のベッドだった。 口の中に、刺さるような痛みと、じんわりと響く痛みが、交互にこだまする。 相当殴られたようだ・・・。 生きていることを、実感したけど。 なんか、目を開けるのが怖い。 でも、開けないわけにも行かない。 開けるか・・・仕方がない。 ・・・て、え? 「気がついた?良太」 目を開けると、そこには、保健の先生と、アヤがいた。 聴いた話によると、僕が、あの時、ワケがわからなくなった後の顛末は、 こうだった。 表情が、怒りと憎しみに満ちた顔になり、相手を殴るわ蹴るわ、もう、すごい剣幕。 そのあまりの様相に、虐めグループは、情けない言葉を吐いて、蜘蛛の子を散らす ように、逃げて行ってしまったと言う。 最終的には、アヤと、後から駆け付けた保健の先生とカウンセラーに止められ、 その途端、何かが切れたように、気絶してしまったそうだ。 「それにしても、もう、根暗ガイなんて、呼べないかな?ふふ」 アヤは、最後に、そう言って、何故かウィンクして見せた。 ・・・気でも、あるのかよ・・・? ・・・それから、しばらくして・・・。 長らく降りつづけていた雨が、すっかり止んでいた。 窓からは、眩しいくらいの朝日が照りつけ、窓を開けると、すがすがしい空気が、 部屋中に満ちて行く。 何年ぶりだろうか、こんなにすがすがしい朝は。 あれから、虐めは、雨と共にぴたりと止み、以後、僕は、傷ついた心と体を癒すため、 保健室を経由して、行ける授業にだけ、顔を出している。 ・・・しかし・・・。 このままで、本当に、現実夢は覚めるのだろうか? ここのところ、猫は全然現れないし、何事もなく、すっかり、平穏そのものだ。 あるとすれば、以前とは打って変わって、僕と接する機会を多くしてくれた アヤが「忍耐の修行よッ!!」とか言って、バケツを1時間持たされたり、 自分の部活に付き合わせたり、など、何か、スポコンめいたことをやらされているくらいだ。 こうなってくると、逆に、不安で仕方がない。 現実夢の世界が、永久だったら、どうしよう、と・・・。 しかし、現実夢は、この時、確実に、佳境へと向かって、動き出していた。 僕の知らないところで・・・。