第三幕「悪夢の向こうの夢1」

「さて、良太、現実夢の時の動かし方は、わかって頂けただろうか?」
久しぶりに天候が変わった(雨になった)日の朝、あの猫は現れた。
なんだ・・・ずっと見ていたのか。
不思議と、僕は納得してしまっていた。
それをよそに、猫は、自分の仕事をせっせと片付けようとするかのごとく、
僕に、一つの紙切れを渡してきた。
わら半紙じゃない、良質の紙で出来たそれには、こう書かれている。

「昔みたいに、あたしに何でも相談しなよ。
  そうすれば、少なくとも、根暗ガイよりはマシになれるわよ? byアヤ」

「・・・これって・・・」
あまりに唐突な内容に、僕は、いぶかしみながら、猫に訊ねる。
すると、猫は、何故かにこやか(実際の猫の顔の筋肉では、
人間のような笑顔は作れないから、僕の錯覚かもしれないな)に微笑みながら、
まるで、今思い出したかのように、こう答えた。
「ふむ、昨日の娘から、伝言として渡された事に気付いて、な。
  強引だが、なかなか良い娘ではないか。君には似合っているぞ、ふふ」
なっ――。
猫が浮かべた笑みが、実はほくそえみだと気付いた時には、彼の顔は、すでに、
元の凛々しい表情に戻っていた。
「これから先、彼女の存在は、君にとって、大きな導(しるべ)となるであろう。
  この際、お言葉に甘えてはいかがだろうか?」
・・・自分で解決しろ、と言っていたのに、なんなんだよ、それは・・・。
僕一人じゃ、ナニもできないって言うのかよ。

・・・そう思った後で、僕は、重大なことに気付いた。
そう、この猫には、僕の考えが、手に取るようにわかってしまうのだ、と。
当然、僕が、心の中でツッコんだ言葉は、そのまんま、彼の口で代弁されて
しまったのだった。
しくじった、くそう・・・。

「まあ、君次第だがな。」
言って、猫は、きびすを返した。
「それでは、機会があれば、また逢おう。」
そう、言い残して。

(アヤには助けてもらったけど、そう、何度も、迷惑をかけるわけには・・・)
僕は、いつもとは違うことを考えながら、でも、全く同じポーズで、
学校へと向かっていた。
人に借りを作ってしまうと、不安でしょうがない。
いつか、それをネタに、良いように奴隷扱いでもされやしないか。
そうじゃなくても、ナニかにつけて、恩着せがましく当たってくるのではないか。
たとえ、それが、アヤであっても、この疑念だけは、晴れそうもなかった。
と、そこへ――

ドンッ。
ナニかに、突き飛ばされた。
軽く、だったが、不意打ちだったため、僕は、思わず悲鳴を上げて、
音を立ててこけた。
クソッ誰だ――
言いかけて、後ろを向くと、そこには――
「おーっす、根暗ガイ。良い夢見れた?」
・・・アヤがいた。
彼女は、ついさっきまで走っていた、と言った様子で、軽く、息を激しくしていた。
「・・・おっす」
ワンテンポ遅れて、僕は返事を返す。
「あはは、やっぱり一日二日じゃあ、変わらないわねー。」
これまた軽く笑いながら、アヤは言う。
「・・・」
なんだか、バカにされたような気がする。
その思いは、表情になって表れていた。
「・・・ん?怒った?」
それを見透かされたか、アヤが、僕の顔を覗きこむ。
「・・・や、やめろって・・・他の奴らに怪しまれるからっ」
いつもながら、あまりに唐突な彼女の行動に、僕は、思わず、後ずさりした。
「とか言ってぇ、本当はうれしいんじゃないのー?アハハハっ」
意地悪に、アヤは言う。
僕も、即座に否定すれば良かったものを、何故か、言葉にならなかった。

何か、昨日から、調子が狂ってるよなぁ・・・。

そして、その日の午後・・・6時間目。
教室に入って、僕が、見たものは、「自習」と大きく書かれた黒板だった。
自習――。周りは、早くも、勉強などそっちのけで出歩いているが、
僕は、この時、何故か、一抹の不安を覚えた。
・・・問題が、起こりそうな気がする・・・。

・・・その予感は、的中した。
もう、数時間経っているはずなのだが、一向に、チャイムが鳴らないのだ。
(いい加減、授業、終わってるはずなのに、何でだ!?)
周りの連中のうるささもあいまって、イライラしながら、僕は、黒板の、
向かって右側の時計に、目をやった。
・・・時計の針は、あれから、少しも動いていなかった。
(マジかよ・・・)
僕は、時計を見たことを、激しく後悔した。

それにしても、一体、今度は、何の問題が発生しているって言うんだろうか。
こないだもそうだったけど、僕自身が関係している事柄であることには
間違いないだろうけど、今、この空間内で、僕が起こしている問題なんて、
どこにも見当たらなかった。
一体、ナニが原因なのだろう。
サッパリ、判らない。

それに、周りの連中が喋っている内容を漏れ聞くと、ある一定の間隔で、
全く同じ会話に戻っているのが判る。
この事態が、僕の頭の中に、更なる憤りをもたらしているのは、明らかだった。

今にも、叫びそうになる。
でも、叫んだところで、どうせ、邪見に扱われるだけなんだ。
僕が主張しても、無意味なんだろう。
やっぱり、わからなかった。

それから、さらに、(体内時計で)数時間が経過した。
周りは、相変わらず、全く同じ話題で、全く同じタイミングで談笑してやがる。
雨が上がることもなければ、時計の針が動くこともない。
さっきから、変わってきているとすれば、それは、周りの連中の、話し声の大きさ、
だろうか。
話が繰り返されるほどに、その声量も、これ聞けよがしに大きくなって行く。
いい加減にしろ。
僕の頭の中で、その言葉が、渦巻き始めていた。
地獄だ。
こんな状況で、どんどん、話し声が大きくなられて行ったら、間違いなく、
耐えられなくなる。
発狂してしまいそうだった。
それでも、何故、時が進まないのか、未だに判らない。
どう言うことなんだ、これは・・・。

それから、僕は、何時間も、我慢した。
我慢に我慢を重ねた。
それでも、連中の話し声は、どんどん、遠慮のないものになっていった。

そして、僕は、とうとう、我慢の限界を超えた。
「うるさいッ!!静かにしてくれッ!!」
青筋を立てながら、僕は、腹から、ありったけの声量を出した。

・・・ざわざわざわ・・・
皆の視線が、僕のほうへと、向けられた。
とても冷ややかな、軽蔑の目だ。
・・・しかし、その時だった。
突然、教室のドアが開け放たれ、教科担任の先生が入ってきたのは。
先生は、僕をじと目で見ている連中に、睨みを聞かせながら、言う。
「おとなしく自習してなさいッ!!真面目にしている子に迷惑だろうッ!?」
まさに、鶴の一声だった。
元々、怖いとされている先生だからなのか、みんな、不満そうな顔をしながらも、
自分の席に戻り、教科書を開き始めたのだ。

僕は、ちらりと、さっきまで、まるで動いていなかった時計を見る。
・・・10分ほど、長針が回っていた。

・・・結局、僕は、何の問題を解決したのだろうか。
あの地獄が終わったあとになっても、僕には、サッパリわからなかった。

6時間目が終わり、僕は、また、いつものように、一人で帰宅しようとしていた。
やはり、昨日は部活をサボったらしく、さすがに、今日は、アヤは現れない。
たった、それだけなのに、なんだか、妙に寂しくなってしまうのは・・・
僕の、気持ちの変化なのだろうか。
それとも、優しくされたから、気になってしまうだけなのか。
・・・まあ、そんなことはどうでも良いか・・・。

しかし、待っていたものが、誰もいないかと言えば、そうでもなかった。
靴を取り出し、履こうとした、その時・・・。

足の裏から、チクリと、痛みが走った。
慌てて、靴を脱ぎ捨て、さかさまにしてみる。
すると、そこには、誰がやったのだろう、数個の画鋲が入っていた。
くそ、誰だ。
誰が、やりやがった。
睨みつけながら、僕は、辺りを見まわしていた。
すると、別の下駄箱の棚から、いかにも、人を馬鹿にした目で、
ほくそえんでいるバカが数人、こちらに視線を投げていた。
クソッ、奴らか――
でも、僕は、バカバカしい、とつぶやいて、画鋲を抜いた靴を履きなおし、
帰路にに着いた。

本当は、殺したいくらいに憎く感じていた。
でも、それをやってしまったら、僕がバカを見る羽目になってしまう。
それだけは、勘弁してほしかった。

それからと言うもの、一日一回、そいつらの顔を見る羽目になっていった。
陰湿な虐め行為と共に。
来る日も、来る日も。
こいつらの時だけ、何故か、様々なパターンがあった。
中には、一日、2回以上、そいつらの悪辣な攻撃に遭う日もあった。
くそ、結局これか。
あの時、たまらず怒鳴ったせいで、結局、虐めが始まるのか。
・・・最悪だった。

朝が、辛い。
学校に、行きたくない。
でも、親は、僕の表情を見ても、知らん振りをして、学校に行かせた。
とてもじゃないが、行きたくない、なんて、言わせてくれそうもない。
登校しても、アヤに逢っても、辛いのは変わらなかった。
猫よ・・・こんな思いをさせるために、お前は・・・

そして、その日の夕方。
珍しく、虐めがなかった日の下校時間、アヤは、また、僕を誘ってきた。
雨の中、傘を差して、公園へ・・・。

「・・・」
もはや、声を出す気力も残ってない僕が、目だけ、彼女に向ける。
傘を差した彼女の顔も、なんとなく、曇っていた。
そして・・・

バシィッ!!

唐突に、彼女の平手が、飛んできた。
「――なッ・・・何するんだよッ!?」
感情剥き出しで、僕は、アヤを睨みつける。
対して、アヤは、とても残念そうに、言葉を返した。
「・・・やっぱり、相談してくれないじゃない。」
話が噛み合っていなかったが・・・彼女の顔は、真剣だった。
「何をだよッ!?」
僕は、なおも、抗議の声を挙げた。
平手打ちを受けた頬が、さっきから、ずっと、もみじのように赤らんでいる。
でも、アヤはかまわず、言葉を続けた。
「・・・こないだ、アンタに渡した手紙、ちゃんと読んだのッ!?」
・・・は?
て、手紙?
あまりに唐突過ぎる発言に、僕は、思わず、素っ頓狂な声を挙げた。
「て、手紙って?僕はもらって・・・」

ハッ――
言いかけて、気がついた。
・・・そう言えば、いつだったか、猫が、アヤからの手紙を、僕に見せてきた
事があった。
そこに書いてあった内容は、確か、「相談して」だった・・・。

「アンタ、いじめに遭ってるでしょ?」
アヤは、神妙な面持ちで、さらに言葉を続けた。
その声は、激しく降りつづける雨の音すら、もろともせずに、僕に伝わってくる。
しかし、僕は、言葉を返せない。
あまりに鋭い、彼女の洞察力に、ただただ、感服しているのかもしれない。
その様子を見て、アヤは、少し間を置いてから、続きを言う。
「今のアンタって、昔の、虐められてる時のアンタの表情にそっくりなのよ?
  あたしが見れば、一発でわかるし。」
・・・やっぱり、言葉を返せない。
でも、彼女はまだ言う。
「・・・言いづらいのはわかるけど、バレバレなのに、隠しつづけてたって、
  意味がないと思わない?」
・・・うっ。
「そう・・・だな・・・。ごめん。言う。」
・・・いつのまにか、僕は、彼女に、言葉を返していた。
それから、僕達は、ちょっとした雨宿りができる場所へと移動し、僕は、
事の顛末を、彼女に、全て話した。

「ふぅん・・・。じゃあ・・・訴えよう。」
・・・は?
毎度ながら、僕は、彼女の結論に、生返事を返した。
「とりあえず、訴えるの。先生でも、何でも。
  虐めが止まらない理由って、確か、みんなが見てみぬ振りするのと、
  本人が、解決しようとしないからだって聞いたことがあるよ。
  だから、アンタは、虐めを、解決しなきゃいけないの。
  先生がダメなら、親。親がダメなら、他のところ。
  あたしだって、いつもとはいかないだろけど、力にはなってあげられるから、ね。
  解決しなきゃ、いつまで経っても、根暗ガイのままだぞっ、良太ッ。」

・・・言われてみれば、そうだった。
僕は、虐めに遭いながら、何をしていただろう?
後悔と憎悪しか、してなかったような気がする。
それに、時が動いているなら、とっくに、雨は止んでいるはずなのに、
未だに、降り続けている。
自習の時、僕が叫んで、時が動き始めたあれは、実は、新たな問題が生まれるための、
プロセスに過ぎなかったんだ。

僕は、しばらくしてから、彼女に、言った。
「ありがとう、それと、よろしくな・・・」と。

次の日・・・。
相変わらず降りつづける雨の中、僕は、学校の、いろんな人に、虐められている事を
訴えてまわった。
日ごろから、行くことに抵抗を感じていた、「スクールカウンセラー」にも、相談した。
アヤも、その活動をしている僕が、虐めグループの攻撃に遭わないよう、
付き添ってくれていた。

・・・まだ、この問題は、解決していないが、だが、雨は、徐々に、小雨になって
来ているような気がする。

それにしても、アヤに、世話になりっぱなしと言うのは・・・。
確かに、彼女がいなければ、解決する気にもなれなかったが・・・。
なんというか・・・。
僕が、無能みたいに思えてきてしまうな・・・。
何か、アヤに申し訳ないし、何より、助けてもらってばかりじゃ、シャクだ。

よし・・・ケリは、自分の力だけでつけてやる・・・。