第二幕「幼馴染が諭す夢」

「どう言うことだったんだ?あれは・・・夢、だったのか?」
あの猫は、それからと言うもの、姿を現さなかった。
そして、僕は、こうして、いつも通りの暗い生活を送っている。
友達もなく、学校へは勉強しに行き(本来の利用法だけどさ)、帰ってきては、
親の機嫌を伺いながらの生活。
・・・こんな、窒息しそうな毎日なら、いっそ・・・。
そう思いながら、僕は、眠りについた。

でも、その日の寝心地は、いつもとは全然違っていた。
――妙に、寝ている感じがしない。
確かに、僕は眠っているはずなのだが、そこで見る夢はなく、まるで、
時が止まっているかのような、永遠を感じさせる何かに包まれているような。
・・・そう言えば、猫が言っていたっけ。
「問題を丸投げにしている限り、時は進まない」みたいなことを。

・・・そして、翌日。
僕は、いつも通りに起き、味気ないシリアルの朝食を食べ、学校へと向かった。
・・・景色が、いつもと同じように、流れて行く。
そう、全く、同じ。
何もかもが、昨日と全く同じだった。

学校への道のりは、それほど長いものじゃなかった。
途中、クラスメイトの家は何軒か通るが、僕に声をかけるヤツなんて、
いやしないので、実際はいてもいなくても同じだった。
ただ、学校を目指して、僕は歩いていた。

・・・と、その時。
「おーい、根暗ガイッ!」
聞き覚えのある声が、僕を呼びとめた。
・・・「根暗ガイ」で自分だとわかる僕って、一体なんなんだろうな・・・。
「あ・・・」
特に急ぐ必要もなく、顔だけ振り向くと、そこには、アヤ・・・
「木崎 綾」がそこにいた。

「全く、根暗言われて振り向くなんて。自分で認めててどうするのよ」
呆れた顔で言うアヤ。
彼女と僕は、一応、幼馴染だ。
「事実なんだから、仕方ないだろう?お前だってそう見てる」
どうせ、からかうために声をかけただけなんだろう・・・
そう思って、僕は、適当にあしらった。
でも、何か・・・。
今日は、何か、アヤの様子が、いつもと違っていた。
「おぅい、良太ッ。みんながアンタを避けるのは、そうやって、
  アンタが、人を避けてるからなんだよッ?」
・・・妙に、しつこい。
「どうでも良いだろ・・・、どうせ、僕は」
「どうでも良いなら最初から喋りかけないわよッ」
・・・僕の言葉をさえぎり、アヤは、僕の方へ、顔を突き出した。
そして、続ける。
「仮にもあたしの幼馴染でしょッ!?もっとオープンにしてなさいよッ」

・・・アヤが、僕に命令口調になるのは、今に始まったことじゃなかった。
どうしても体力のなかった僕に比べ、アヤは活発そのもの、
「男勝りのじゃじゃ馬」と言う比喩表現さえ、生易しく聞こえてしまうくらいの
女の子だった。
僕が、近所の悪ガキ共にいじめられていると、正面切って、助けに来てくれた。
だから、僕は、彼女には逆らえなかった。
逆らったら、助けてくれないような気がして。
・・・実際、今は、助けてなんかくれないけど。

「ねぇ、聞いてンのッ!?」
隣では、相変わらず、アヤが、高圧的な態度で、僕に呼びかけつづけていた。
でも、僕の頭の中は、今、暗い霧が充満していた。
とても、相手にできるような状況じゃなかった。

しばらくすると、アヤも、だんだん、嫌気が差してきたかのような態度を
取り始めた。
「無視するなら、もう話しかけないわよッ!?」
「・・・ご、ごめんッ」
アヤの、不機嫌な表情を見て、どう言うわけか、僕は即、返事をしていた。
「わかったならよし。」
そう言って、アヤは、僕から、ほんの少し、距離を置いた。
流石に、僕みたいなヤツと付き合ってるみたいな風に取られるのは、
精神衛生上、とてもまずいのだろう。

・・・と、その時、学校のほうから、大きなチャイムの音が、
けたたましく鳴り響いた。
・・・まずい、予鈴だ。
そう悟ったのはアヤも同じだったようで、一気に焦りの表情へと、
そのボーイッシュなショートカットの髪型で決めた顔をしかめた。
「ま、まずいッ、良太、急ぐよッ!?」
言って、駆け出す。
つられて、僕も駆け出した。

その瞬間、何故か、妙に懐かしい気分になった。

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学校へは、なんとか、遅刻せずにたどり着いた。
おかげで、息はハァハァだったが。
そんな僕に、周りのヤツらの多くが、冷ややかな視線を投げつけていた。
これは毎日のことだから、もう慣れているが・・・。

ただ、なんか、今日は、今までの中学生活では、決してなかったことが
起こりそうな気がする。
そう思えてならなかった。

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キーンコーンカーンコーン・・・。

一日の授業が、全て終わった。
授業が終わると同時に、クラスの連中は、部活へと向かって行った。
部活に入っていなかった僕は、これで、学校への用事はなくなり、
そのまま帰るのが日課だ。
特に、言葉を発することもなく、学校の玄関へと向かう。
と、そこへ・・・。
「おーっす、良太ッ!」
・・・あれ、アヤじゃないか。
部活はどうしたんだろう?
・・・それは置いといて、返事をしないとまた怒られるので、
僕は、とりあえず、返事を返した。
「アヤ・・・おっす」
言いながら、アヤの方に体を向けると、アヤの顔が、窓から差しこんだ
夕日に照らされて、朝とは違う感じに見えた。
・・・日の光が似合う女、木崎 綾。
思わず、一瞬、ドキッとしてしまった。
「おぅい、何ボーっとしてンのよッ?あたしの顔に、何かついてる?」
僕の反応に気付いたのか、アヤは、朝と同じように・・・いや、
朝とは違う表情で、僕の前に、顔を突き出した。
「いや・・・何もついてないよ。・・・で、何の用?」
一瞬の心の中を、見透かされたような気がして、僕は慌てて、
つっけんどんな返事を返した。
それにも関わらず、アヤは、何故かうれしそうに、僕の手を引っ張った。
そして、言う。
「話あるから、さ。一緒に帰ろ」

・・・大胆だな・・・。
後で騒がれても知らないぞ・・・。

それから、僕は、アヤに連れられて、小さい頃に、よく二人で遊んでいた
公園にやってきた。
夕日は、徐々に落ち始め、もうすぐ、金星が、その姿を輝かせ始めようと
している。
「・・・で、話って・・・」
早く帰らないと、親に罵倒されるので、僕は、できるだけ早く終わらせようと、
アヤを促す。
すると、アヤは、ほんの少しだけ間を置いてから、口を開いた。
「前から言おうと思ってたんだけどさ、どうして、アンタは、
  あたしにまで心閉ざしちゃうのよ?」
「そ、それ・・・は」
どうしてか、僕は言葉に詰まった。
・・・いや、言葉が、思いつかないと言った方が、正しいだろう。
「あたしはアンタのこと、心配してた。
  相談もしてほしかった。
  でもアンタ、あたしまで避けてるじゃない。」
・・・何も言い返せない。
ただ、呆気に取られているだけ。
でも、アヤはかまわず、言葉を続けた。
「誰かに理解してもらうには、自分の心を、まず開かなくちゃいけないんだよ?
  それをしようとしないで、誰が理解してくれるのかな。」
性格に似合わず、諭すような口調で、アヤは言う。
珍しいこともあったもんだ。
「・・・。」
僕は、相変わらず、何も言い返せなかった。
・・・でも、いつのまにか、僕の頭の中から、警戒心が消えていた。
「あたしも、今のアンタみたいに、辛い時、あったんだ。
  誰にも言えなくて、暗い考えばっかり浮かんできて。
  何もかもがウザくなる。
  あたしだって、そんな日はあるんだ。」

アヤは、ちょっと切なそうな表情で、僕に語りかける。
アヤの、こんな表情を見たのは、これが初めてだ。

アヤの言葉は、さらに続く。
「でも・・・不覚にも、アンタに助けられちゃった時も、あったんだよ?」

・・・え!?
一瞬、僕が、素っ頓狂な声を挙げる。

「アンタ、いつか、言ったじゃない。
  涙をこらえるの、辛くない?・・・って。」

そう言えば・・・。

いつだったか、アヤが、珍しく、落ちこんでいた日があった。
小学生の頃だった。
いつものように、この公園で、アヤを待っていたら、
いつもとは逆の方向から、アヤが、下を向いて、歩いて行くのが見えた。
いつもと違うアヤの様子に、僕は、考えるより先に、アヤを追った。
追いついたところで、僕は、アヤに訊ねた。
「何があったの?」と。
返ってきた返事は・・・。
「お父さんとお母さんが、離婚した」
・・・この、唐突にして、にわかには想像し得ない自体に、
僕は、ロクな言葉も掛けてあげることができず、ただ、こう言った。
「涙をこらえるの、辛くない?泣けば、楽になるよ」

・・・それが、アヤの心の中に、響いてたなんて。
衝撃の告白だった。

「だから、今・・・あたしが言ってあげる。
  昔みたいに、泣いちゃいなさい。
  あたしに、泣きついちゃって良いから。
  これ以上、アンタが根暗になるの、耐えられないから。」

その言葉を聞いた僕の両目から、大粒の涙があふれ出す。
そして・・・。

時が戻ったかのように、僕は、アヤの前で泣いた。

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次の日・・・。
朝から、勢い良く、雨が降った。
・・・どうやら、時が動いたようだった。
そう悟った僕の前に、いつかの猫が、ひとときだけ、姿を現した。
そして、言う。
「この夢の「時」を動かす方法は、わかったかな?」・・・と。