「あっ!!」
いきなりだが、旅に必要なモノと言えば、あれらである。
「急に飛び出したは良いけど・・・。旅って、何持っていけばいいんだろう?」
彼女は、学校からもっとも近い町、その名も「タグス」の街まで来てしまってから、その事に
気づいてしまった。
失敗したー、先生に聞いておくべきだった・・・。
そう、後悔するマナ。
日はとっくに、一日でもっとも高い場所に到達しようとしている。
今更戻ったら、物語的にもカッコ悪いし。
「し・・・仕方ない・・・まずは、あそこで話を聞こう・・・。」
ここはすっぱりあきらめて、マナの眼前に見える、一つの小さな宿へと向かった。
聞き込みと言えば、市場など、現地住民がいそうな場所である。
でも、彼女は宿へと向かった。
なぜなら・・・。
妙に、人が少ないのである。
市場も見えるのだが、人っ子一人いやしない。
これでは、聞きようがなかった。
だから、宿、なのである。

「ごめんくださーい・・・。」
キィー・・・ときしむ宿の扉。
その先に見えるのは、店らしくカウンターと、赤い髪にポニーテールがお似合いの、結構若いが年上
の美形の・・・お兄さん?だった。
とりあえず、そこのお兄さん?に聞こう。
「あのう・・・ここ、どうしちゃったんですか?」
聞かれたお兄さん?は、その声に応じて、くるりとその向きをマナのほうに向けた。
か、カッコイイ・・・!!
しかし、マナが目を奪われるその先の人は、御気楽にこう答えるだけ。
「さぁ?私にもわからないよ。何しろ、私は冒険者だからな。」
「冒険者」と言うフレーズを吐いたそのお兄さん?が次に視線を投げかけたのは、マナの後ろ、ドアの
付近。
彼(?)はいぶかしそうにそれを見つめながら、マナにこう言った。
「それで、君と・・・君の後ろにいる坊やは誰だい?」
はっ・・・坊や・・・って・・・。
さっきから視線は感じてたけど、まさか・・・。
マナがはっとして振り向く。
「げっ、リック!!」
こんの男、まだしつこく、マナを追い掛け回していたのだ。
ぴぃんと張り詰める、その場の空気。
マナが不機嫌そうな表情を取り、リックにこう問い掛けた。
「あんた、なんでここにいるの!?」
それに対してリックは、いかにも「慌ててまス。」と言う雰囲気を存分に出しながら、答える。
「かかかか・・・食事の買い出しだよ!決してお前をストーカーしてたわけじゃない!!」
・・・苦しい言い逃れだった。
もちろん、そんな言い訳、マナに通用するはずがない。
「あっれー・・・?買い出しに来た人がなんで、宿にいるのよ。」
「あ。」
矛盾点を突かれ、またもや思考停止するリック。
そこへ、マナがさらなる攻撃をする。
「それに・・・あたし以外は普通に授業やってるんじゃなかったの?
  食事は食堂で出るんじゃないのかなー?」
「う・・・」
矛盾は決定的なモノだった。
そのやり取りを、ただ唖然と見つめている冒険者。
その冒険者に、急にマナが飛びついた!
「な、なんだい、お嬢さん?」
それを払うわけでもなく、ただたじろぐ冒険者。
次にマナが言ったこと、それは・・・
「助けてカッコイイ冒険者さま、この人、あたしをしつこく付け回してるストーカーなんですぅ!!」
「そうなのか?」
そのマナの言葉に、あくまで御気楽に聞き返す冒険者。
それに対してマナはさらりと「うん」と言って、ストーカー呼ばわりされているリックをじろりと
睨み付ける。
「い・・・いや・・・違うんだ、俺はストーカーじゃない!!信じてくれよ、ちょっと、あんた、目が
  鋭くなってるよ、う、うう・・・うわぁぁぁぁ!!」
自分の置かれた立場にようやく気づいたリック。
勝手にわめきたてて、近所迷惑な大声を上げ続ける。
だが、冒険者の口は、リックには冷たかった。
「私は彼女を信じるね。・・・さってと。」
そして、冒険者はどこから取り出したのか、皮製の鞭を地面に叩き付けると、勢い良く啖呵を切った。
「若い男が女追い掛け回してるんじゃないよ!!さっさと学校に戻りな!!」
・・・勝負、あり。
リックは戦う前から負けた。
「く、くそぉぉぉ・・・・」
彼は半泣き状態で、慌てて宿から出ていった。

「あ・・・ありがとうございます・・・。」
何とか難を逃れたマナは、冒険者にぺこりとお辞儀をしてお礼を言った。
「いいんだよ、これくらい・・・。」
それを見てから、冒険者はふぅとため息を一つついて。マナに言う。
そして、カウンターのほうに向き直すと、そこで一部始終を迷惑そうに見つめていた宿の主人に、
この街に何があったかを聞き始めた。
「で、おっちゃん。この街、妙に静かだけどさ、何でこんな事になっちゃってるんだい?街の規模から
  して、こんな寂れてるのはおかしいんだけど。」
さすがは冒険者、旅慣れた言葉で、物怖じせずに物事を聞いている。
そして、聞かれた宿の主も、ふぅとため息を一つ吐くと、その事情を淡々としゃべり始めた。
「それはじゃな・・・。急に、ここから北の森のモンスターが暴れ出しおってな・・・。
  そやつは、にらんだ相手を石に変えてしまうんじゃよ。」
・・・よくいる、迷惑UMAの類である。
しかし、石にしてしまうとは穏やかではない。
いつもはちと気が強いマナでも、寒気が背中を駆け巡るほどだった。
さっきから淡々としゃべりつづける親父の顔も、急に曇ってきた。
「わしのめいごも石にされてしまってなぁ・・・。」
・・・う・・・。
この手の話に、マナは弱かった。
世界樹を探すのはもっとも重要なこと。
でも今は、旅に出たばかりで、右も左も分からない。
おまけに、ここは学校の近く。
そのモンスターが学校に行ったらと思うと、マナの心中は穏やかではなかった。
そして――
「あ、あたしが退治してきます!」
「え?」
突然のマナの発言に、親父も冒険者も、声をそろえて疑問符をつけた。
「し、しかし、おまえさんまだ若いんじゃし、そんな無理頼むわけには・・・」
不安がって、親父が慌てる。
そこで、マナはとうとう、正体を明かした。
「あたし、そこの魔法学校で首席を勤めさせてもらってる、如月麻奈です。卒業試験で旅に出ることに
  なって・・・。勉強もかねて、行かせてください!」
正体を知った親父の表情が、不安から一気に安堵へと変わる。
すると、さっきまで黙っていた冒険者も、自分も行くと名乗りをあげてくれた。
「じゃ、仲間になるんだから、自己紹介しなきゃな。私はカミュー=フェルノン、ある事情があって
  探索の旅をしている。よろしく。」
こうして、にわかパーティーによる、暴れモンスター退治の冒険が始まった。
・・・と思ったら!
カミュー「・・・あんた、また悪さしに来たの?」
宿のドアからひょっこり覗いている、さっきのストーカーに向かって、カミューが一瞥をなげた。
慌てたのはリック。
急に素っ頓狂な声を挙げると、そのまま続けて、「俺も行く!!」と言ってしまった。
再び慌てたのは宿の親父。
親父「おいおい、あんたはやめておけ、強いんだぞ、あのモンスターは」
するとリックは、急に胸を張って、こう答えたのである。
リック「大丈夫!こう見えても俺は次期主席のエリートなんすから♪」
・・・よく言うわ。
そういう面持ちで、3人はリックをただ、じーっと眺めるだけなのであった・・・。

では改めて・・・。
こうして、にわかパーティー3人組みによる、暴れモンスター退治の冒険が始まった。

おっちゃんの話によると、暴れモンスターの名前は「ジュエルバブーン」、何よりも宝石が好きで、
にらんだ相手を、体から発せられる不思議な光で宝石に変えてしまう力を持つと言う。
カミュー「姿は、お面をかぶった巨大なサル・・・か。ふぅ。」
言いながら、カミューはまた一つ、ため息をついた。
マナ「どうしたんですか?」
その理由が知りたくて、マナが聞く。
それはリックも同じだったようで、「何でため息なんだよ、そんなにいやな相手なのか?」と続けて
尋ねた。
するとカミューは、頬に突いた手を離すと、その理由を答えた。
カミュー「いや、ね。最近、妙な大きさの宝石が店に並んでたんだよ、ひょっとして、ここの被害者を
          加工して売り飛ばしている連中がいるのかな・・・と。」
・・・実にいやな話である。
でも、マナはそんな風には考えてなかった。
仲間ができたことですっごい御気楽になってしまった彼女は、不意にこんな事を言い出す。
マナ「でもさぁ、宝石にだったらなってみたい気もしない?」
すると、リックがすかさず合いの手を入れる。
リック「すっげぇやな宝石だけどな。」
それを聞いたマナ、すっごいカンカンになってリックのみぞおちにパンチを食らわせようと拳を
振るった。
端から見ているカミューは、ただ失笑しているにとどまっている。

そんなこんなで、いよいよ森の中に足を踏み入れたマナ達。
うっそうと茂る森の木々に、どこからともなく聞こえる、鳥の声。
それに混じって、何か・・・聞こえてきたのは、彼女達が森の中に入ってから、数分経ってのこと
だった。
マナ「ねぇ・・・なんか、聞こえない?」
耳を澄ませてみる。
すると、聞こえてきたのは、子供が泣いているような、そんな声だった。
思わずぶるっと身を震わせたのはリック。
つい勢いで一緒に行くと言った手前、声には出さないが、実際は相当の恐怖らしい。
それを横から見ていたマナが、ちゃちゃを入れた。
「あれ、あんた怖いんだ。あぁ・・・そこの物陰から人の視線が・・・」
「・・・おい、ふざけんなよお前。」
本当は怖いくせに、リックは強がって、また悪い口を開く。
だが実際、足は震えていた。
目ざといマナは、そこを見て言っていたのである。
「っと・・・御取り込み中すまないが、声の発生源がいたぞ。」
かたや震え、かたやるんるんで足を進めている二人を呼び止め、カミューが指差す。
その方向には、何やら、小さな子供のような人が、両目を小さな握りこぶしで多いながら泣きじゃくる
姿があった。
人に似ているが、その頭のてっぺんには、一輪の赤い花が咲いている。
カミュー「ほう・・・女のプリティグラスじゃないか。」
プリティグラスとカミューが言ったその生物は、マナ達を見とめると、一瞬、その身を退き、ぶるぶる
と振るえ始める。
マナ「モンスターなの?あれ。」
いきなり怖がられたマナは、ちょっと不機嫌になってカミューに問う。
それに、カミューはあっさりと、そうだと答えた。
だが、3人がこの生物をいきなり襲って倒すことはない。
ファリスタにおいて、モンスターはあくまで「生命体」の一種であって、それ全部が危険なわけでは
ないからである。
それどころか、隅っこのほうで震えているプリティグラスのほうに、軽く声をかけるのである。
マナ「怖がらないでよ、あたし達怪しい者じゃないわよ?」
いきなり森に土足で入ってきて、怪しい者じゃないと言われてもなぁ。
そんな気もしないでもないが、とにかく、どんどん近寄って行く。
だが、そのプリティグラスの横に見えたのは、その子よりちょっと大きいくらいの同種の形をした、
大きな宝石!!
カミュー「まさか・・・なぁ、君の親かい、これは?」
眉をひそめて、カミューは、ちゃんと動いているプリティグラスに、しゃがんでから聞いてみる。
すると、そのプリティグラスは、震えて声が出ないながらも、顔を縦に、こくりとうなずいた。
その横では、プリティグラスを見て、まるで猫でも見ているかのような目で、「かわいい〜」と
言ってみせたりしているマナ達がいる。
そんな3人に、プリティグラスも、3人に敵意がないことをようやく知り、その顔を上げた。

ゆっくりと、子供に対する口調で質問をするカミュー。
事情を聞いてみると、やはり、大きなサルににらまれ、親は宝石にされてしまったようであった。
カミュー「やっぱりそうか・・・。」
事の重大さに、カミューの顔も少し曇る。
しかし、それは一瞬だけ。
また、子供に対する表情を取り戻すと、カミューはマナ達の方向を向き、こう聞いてきた。
カミュー「ここにこの子を放っておくのは危険だと思うが、どうする?」
おぉ・・・。
可愛いもの好きなマナにとっては、願ってもない申し出だった。
対してリックは、「連れて行くのも危険だろう」と首を横に振る。
ここでも対立し、二人はあれやこれやと言い合いを始めてしまった。
呆れ顔になったのはカミューとプリティグラス。
そんな二人は放っておいて、直接、この子に聞いてみることにした。
カミュー「君は、どっちがいい?どっちも危険だけど。」
すると、プリティグラスは意外にも、あっさりと「ついていく」と答えた。
子供だてらに、親を宝石に変えられたことに対する思いは、一つのようだった。
一方、こちらはまだ喧嘩をしている二人。
中には放送禁止用語が混じっているような気もしたが、具体的には触れないことにしておく。
その中に割って入ろうとするカミューに、二人は声をそろえて、言った。
「カミュー、ロリコン趣味だったの?」
聞いて、一瞬、「はぁ?」と声を漏らすカミュー。
カミュー「いや、ロリコンって・・・私、女なんですけど・・・。」
マナ「えぇ〜、女の人だったの〜!?」
突然の告白に、マナは狼狽した。
こんなカッコイイ人が、女の人・・・。
ちょっと、マナはがっくし来ていた。
だが、そんな事で口悪小僧の悪口が止まるはずもない。
彼はへへーん、と言う感じでカミューを嘲笑うと、子供がやるみたいに指差して、おちょくった。
リック「やーい、男顔!!鞭なんか振りまわしてたら嫁の貰い手ねぇぞ〜!!」
・・・さすがにこれは・・・カミューの額に、一筋の血管が浮かんだ。
カミュー「今度は本気で打ち込むぞ。鞭」
まさに、一触即発の状態。
だが、意外にも冷静だったのはマナだった。
くいくいとスカートのすそを引っ張るプリティグラスに目をむけると、その言葉を聞いてやっている。
だが、そのプリティグラスが言っていることとは・・・。
プリティグラス「ねぇ・・・。「ロリコン」って、何?」
焦ったのはマナ。
つい、子供に悪い教育をしてしまった、と、自分で言ったことを後悔する。
マナ「な、何でもないのよ、さ、行こう・・・。」
いつまでも喧嘩をしている二人のどうしようもない人たちを大声で呼ぶと、マナはプリティグラスを
連れて、いそいそと森の奥へと歩いていってしまった。

そしてついたのは、ちょっと開けた森の広場。
そこに辿り着く間に、マナ達はこのプリティグラスの名前をすでに聞いていた。
名前はシルフィー。300年ほど前に、人の手を借りずにその姿が確認されなくなった同名の風の精霊が
いるが、それとは無関係だそうである。
その、プリティグラスのシルフィーは、この場所に辿り着くや否や、3人の前を急に駆け出すと、そこ
に広がる無数の宝石たちを彼女らに見せ、これがみんな、森の動物や人間たちだということを説明
した。
その不気味さと壮大さは圧巻である。
ごくりとつばを飲む3人。
気がつけば、木々の間から見え隠れする太陽が、徐々に西に傾き始めている。
森の空気は澄んでいて、とても暴れモンスターがいるような雰囲気ではない。
マナ「ホントに、まだ森にいるのかな、宝石屋さん。」
疑問を投げかけるついでにボケるマナ。
リック「宝石好きなサルだろ・・・」
リックは辺りをきょろきょろするでもなく、マナのその素っ頓狂な言葉に脱力している。
対してカミューとシルフィーは、まだ森の中にいると信じたい相手であるジュエルバブーンの気配を、
必死に探っていた。
しばらく二人が探っていると、少し離れたところで、何かが動くのが確かに見えた。
「しっ・・・マナ、リック、何かいるよ!」
森の空気を乱すほどに騒ぎ始めるマナたちを制止し、その場所に注意を向けるカミュー。
隣で同じ事をしているシルフィーの目も、真剣そのものだった。
ガサッ。
確かに、何かがいる。
しかも、大きな葉っぱからはみ出るそれは、並みの大きさではない。
さっきまで漫才を続けていたマナたちも、その物体に目をこらし、様子をうかがう。
すると聞こえてきたのは、巨大な爆発とも取れる、低いうなり声!!
その声は、周囲のものを激しく震わせる。
シルフィー「ば、化け物・・・出た・・・!!」
シルフィーが思わず声を上げる。
それに気づいた巨大な生物は、その体をゆっくりとこちらへと向けると、ガタイに似合わない、何とも
奇妙なお面から覗く目をぎょろりとさせて、言葉を吐いた。
「う・・・うるさい・・・ぞ・・・」
言って、のしのしと近づいてくる化け物。
聞いた話と相違なければ、間違いなく、それはジュエルバブーンである。
「来るよ・・・」
怖がるシルフィーの前に、カミューが出る。
ジュエルバブーンは、歩くほどに大きな地響きを起こしながら、ゆっくりと、カミューのいる場所へと
近づいていく。
一気に緊迫する空気。
鞭を持つ手にも、力が入る。
一方のジュエルバブーンも、手に持っているこん棒を、ゆっくりと上へ持ち上げる。
一触即発の展開。
だが・・・。
そこでもマナは目立ちたいのか、びしいっとポーズを決めると、カミューより先に啖呵を切って
しまう。
「あんた、宝石って奇麗だけど、これはちょっとひどいでしょ!!反省させたげる!!」
その言葉を聞いたジュエルバブーンのお面の色が、一気に赤一色になっていく。
「だーっ!!う・・・うるさいぞ・・・!!」
サルのこん棒が、カミューではなくマナに向いた。
とっさに、学校で習った魔法の詠唱に取り掛かるマナ。
その横で、リックは・・・何をしているのかと言えば、寮からでも持ち出したのだろう斧を構えて、
いつでも飛び出せるようにしていた。
だが、いつまで経ってもこん棒は振り下ろされず、代わりに・・・
「我が芸術に・・・ケチを、つけるなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
ジュエルバブーンの目が、ギラリと光るっ!!
と、共に放たれた体からの閃光が、マナたちを包む!!
「きゃっ・・・」
そのまま・・・石になってしまうのか――

と、思いきや、次の瞬間、マナたちはその場に立ち尽くしていた。
シルフィーも無事だった。
だが、そこにジュエルバブーンの姿はない。
しかし、あれだけの地響き立てながら湿っている地面を歩いたせいか、しっかりと足跡が残っていた。
カミュー「ちっ、逃げられたか・・・。」
マナ「卑怯者だなぁ・・・。」
さっきまでの張り詰めた空気が一変、また、穏やかなものになろうとしていた。
と、その時!
消えたジュエルバブーンの足跡をたどるすぐ先に、どこかで見たことあるような形の宝石が。
シルフィー「・・・ねぇ・・・これ、お兄ちゃんじゃない・・・?」
見上げながら言うシルフィー。
言われてみれば、確かにリックの形をしている。
ま・・・まさか・・・。
こいつ、カッコつけて、あたしを守ろうとしたの!?
そんな思いが、マナの頭を駆け巡る。
マナ「ねぇ・・・リックって、まさか・・・」
カミュー「かばおうとしたんだろうな。まったく、ストーカーみたいなことしてると思えば・・・。」
そう、リックがこんな事になったのは、マナがあの光を浴びる直前に、リックが猛ダッシュでマナの
前に辿り着き、そのまま、マナに影を作る形で浴びてしまったからだったのである。
マナ「・・・あんの野郎・・・あたしの目の前でこいつを石にするなんて・・・!!」
握る手に、汗がにじむ。
カミュー「私としても許し難いな。にわか仕込みとは言え、仲間をこんな風にされては。」
一気に、二人の士気が高まる。
そして、二人の意志は固まった。
「よし、敵討ちだ!」

と・・・その前に・・・。
どこからともなく、マナはマジックを取り出した。
それを見て、きょとんとするカミューとシルフィー。
カミュー「何するんだ?マナ・・・?」
いぶかしげに問うカミュー。
それに対して、さっきまでの士気に満ち溢れた顔はどこへやら、鼻息交じりで、宝石と化したリックの
体に、ラクガキを始めたのだった。
そして、彼女はなぜか、人数分のマジックを取り出して、にっこり笑う。
マナ「倒すのは良いとして、さっきのうさばらしに、どう?お絵描き」
・・・おいおい・・・。
そう思う、カミューとシルフィーだった・・・。

さて、改めて、ジュエルバブーンの捜索をスタートさせた3人。
足跡がある上、ヤツはのろい。
そして、その足跡のすぐ側には、森の動物と思われる、無数の宝石たち。
そんなだから、すぐにでも、あの地響きのような咆哮が聞こえてきた。
「いた、あそこだ!!」
一方、その声に気がついたジュエルバブーンは、再度体をこちらへと向けると、その目をぎょろっと
突き出すような感じでマナたちを見つめる。
カミュー「逃がすか、ジュエルバブーン!!」
再び、戦いの空気が双方の間に流れる。
マナ「魔法でどかぁぁぁん、よっ!!」
ジュエルバブーンに向けて、両手を突き出すマナ。
「無音の大気は聖なる壁を生み出して・・・」
勢いを増して興奮し、なぜか持っていたこん棒を捨てて、平手でマナの頭を叩き潰そうとする、
ジュエルバブーン!!
間一髪、マナの魔法が作動した。
「我が盾となれ、セイレント・ウォール!!」

ガキィィィンッ!!

空気から紡ぎ出された強靭な壁がマナを覆い、ジュエルバブーンの豪腕はセイレント・ウォールに
弾き飛ばされ、その手が自分のお面にぶつかるっ!
カミュー「マナ、やるぅ!」
その様子を見て、ぽんっと柏手を打つカミュー。
マナ「甘いわよ、サル!!」
そう言って、マナは次の魔法をそそくさと唱え始めた。
「炎と大地よ、摩擦を起こし円の上に爆燐を放て、エクスプロ・サークルっ!!」

ずどぉぉぉぉん!!

対した威力ではないが、ジュエルバブーンの足元に突如描かれた円の上に、爆発の花が咲いた。
粉塵を上げた大地。
シルフィー「お姉ちゃん、すごい!!」
歓声を上げるシルフィー。
土ぼこりが消えていくと同時に、ぼろぼろになったジュエルバブーンが見えてきた。
そのお面には、しっかりと亀裂が入っている。
そして、それが見えてから少しラグを置き、サルの左腕がマナを襲う。
食らったらひとたまりもない。
だがっ!
カミュー「させるかっ!」
今度はナイフを腰の鞘から引き抜き、飛んできた左腕に浴びせつけるカミュー!!
けたたましい咆哮が、辺り一面に轟く。
「お、おのれぇぇぇぇぇっ!!」
切られた左を一口なめると、ジュエルバブーンは、今にも割れ落ちそうなお面をなりふりかまわず、
特攻を試みてきた。
しかも、その対象はシルフィー!
どうすることもできず、その場にすくんでしまう彼女。
切り付けた後、体勢を立て直してから、シルフィーのところへと駆けるカミューが、その小さな体を
突き飛ばし、その場から上方へと舞い上がる。
対象を失い、するりと抜けたジュエルバブーンのガタイが、その先にあった大きな樹の幹へと突進
していく!

ガコォォォォォン!!

ジュエルバブーンはその場で倒れ伏し、粉々に割れたお面が、辺り一面に散乱した。

マナ「よぉぉぉし、ノックアウト!」
その場にて、小さくガッツポーズを決めたのは、前半活躍していたマナだった。
これで、宝石にされた仲間も浮かばれて、一件落着・・・。
そんなムードさえ、漂い始めている。
だが・・・。
ゴトリと音が鳴った。
倒れているはずの、ジュエルバブーンの場所から。
それと共に放たれる閃光。
だが、それは、リックを石にしたときの光とは、明らかに違う、激しい光。
「きゃっ・・・!!」
思わず目を覆う一同。
その光が消えたとき、それは現れた。
さっきのサルとは色も形も違う。
真っ白で、顔だけが異様に赤い。
先ほど打ち付けられたはずの左手が、さらに大きくなっている。
長く伸びた犬歯が、ねらりと輝くその口。
カミュー「・・・た、祟り神・・・「ビースト」!?」
カミューの額に、汗がにじむ。
その異様な姿は、カミューが口にした「祟り神」そのものだった。
その祟り神「ビースト」が、重々しい口を開いたのは、彼が自分の威風堂々たる姿を、一同に
見せ付けたすぐ後だった。
プレイラ「正体が分かったのなら・・・無駄なあがきはやめることだ・・・。
          我が名は・・・プレイラ・ビースト・・・森の守護者・・・
          森をないがしろにする人類を・・・滅ぼすため・・・」
途切れがちな言葉の節々に、恨みの念がこもっているのがよくわかる。
しかし、その言葉を別の意味で捕らえているヤツが、ここに一人・・・。
マナ「こんなのが守護神〜!?絶対嘘!!ただの白いバケモノよ!!」
・・・そういう問題か?
それでも、マナはしっかりとプレイラ・ビーストを眼前に置くと、「いつでもかかってきなさいサル」
と指差し挑発をする。
それに乗ってしまったのはプレイラ・ビースト。
プレイラ「面白い・・・まずは、貴様からじゃ・・・」
言ってプレイラは、丸太ほどもある樹の枝をへし折ると、それをこん棒の代わりにして、マナに振り
おろした!

ガキィィィィン!!

その丸太は弾き飛ばされるはずだった。
ところが、なんと、マナの周りを覆っていた結界が、丸太に触れた瞬間に宝石に変わると、粉々に
砕け飛んでしまったのだ。
続けてプレイラが、マナに猛烈なタックルをかます。
「・・・がっ!!」
それをまともに食らってしまったマナが、空中高くへと弾き出される。
カミュー「ちぃっ!!」
その隙を突き、カミューがナイフを浴びせつけようとする。
だが、プレイラの動きは、先のジュエルバブーンをはるかにしのぐ瞬発力を誇っていた。
逆に、プレイラの右フックが炸裂する!
「うあああっ!?」
あごに受け、こちらも弾き飛ばされた。
そして・・・最後に狙われたのが、シルフィーだった。
左に持ったこん棒を、そのままシルフィーの頭上へと振り下ろすプレイラ。
このままでは・・・
辺りがスローモーションのように、ゆっくりと動くように見える。
だが、その時っ!!
シルフィー「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

ずどぉぉぉぉぉぉんっ!!

殴られるすんで、シルフィーの頭に咲く花から飛び出したのは、なんと、爆発を巻き起こす花粉!
それが、すごい勢いでプレイラの体にヒットしていく。
プレイラ「ぐあああああぁぁぁぁぁぁ・・・」
爆発の衝撃に混じる、プレイラの咆哮。

間一髪、シルフィーは難を逃れることができた。
しかし、戦況は悪いままである。
激痛で、動けないカミューに、さっきの爆発で力を使い果たしたシルフィー。
そして、プレイラのタックルをまともに食らったマナ。
だが、あれほどの衝撃を受けたにも関わらず、マナの息は荒くなっただけで、途絶えることがない。
それどころか、彼女はゆっくりと、だが確実に起き上がる。
そのマナの目の色が、この時、確かに変わっていた。
目には涙を溜め、顔は怒りと苦痛に満ち溢れていた。
そして、周囲の空気までもが、マナを中心に変わり始めている。
その、異常な光景にようやく気がついたプレイラが、うなり声を上げ、こちらに向かってこようと
する。
しかし・・・マナの魔法の詠唱は、さっきよりも格段に早い!
その言葉に混じり、「謝れ・・・あなたはひどいことをしたのよ・・・」という心の奥の声が、
変質した空気に乗って、カミューたちの耳まで届く。
「立ち込める雲より出でし破壊の轟き、汝の力を今ここに!」
変質した空気から溢れ出す、無数の雷龍!
たじろぎ、動きを止めるプレイラ!
そして――魔法が、発動した。

「汝の敵をうち滅ぼせ、エレキテル!!」

無数の稲妻が、プレイラの体を射抜く!
「ぎゃああああああああああああああああああぁぁぁぁっ!!」
断末魔の咆哮が、辺りに、地鳴りのように響き渡る。
雷が、プレイラの脳を焼けこげさせる。
それはまるで、大きな獲物に食らいつく、無数の龍の姿のようだった・・・。

その後、カミューにありったけの回復魔法を使ったマナは、代わるようにして、その場に倒れたの
だった。

それから、どれくらいの時が経っただろうか。
辺りはすっかり夜が更け、丸い月が、やさしく大地を照らしている。
「う〜ん・・・」
マナの目に、薄らぼんやりと飛び込んできたのは、宝石になったはずのリックとシルフィーの両親、
そして、シルフィーにカミュー。
カミュー「気がついたか・・・。」
マナの額に乗せられていたタオルを取り、水に浸けてからもとの場所に戻すカミューが、ようやく
ほっとしたように、ため息を一つ吐いて言った。
その横で、リックは、自分の背中に何かの違和感を感じたのか、急に上着を脱ぐと、そこにあった
ものに怒り心頭していた。
リック「マナ・・・これ、お前の字だよな・・・?」
書かれていたこと。
「ストーカー」、「実はロリコン」、「変態」。
マナ「あー・・・頭痛いからその事は後で・・・」
リック「ふざけるなよてめぇ!!」
マナがテキトーにごまかそうとしたのを、リックがすかさず話を元に戻そうとする。
カミュー「こら、怪我人に怒鳴りつけるもんじゃない!」
言って、カミューがリックを制止する。
そして、マナには妙にやさしく接する。
カミュー「まったく・・・無茶が過ぎるよ、君は。14であの魔法を使うなんて・・・」
・・・あれ?
カミューに歳なんて言ったっけ?
マナの脳裏に、よぎったのはそれだった。
マナ「あれ・・・?なんで歳まで知ってるの、カミュー?」
痛む頭を押さえつつ、マナは聞いてみた。
それに対してカミューは・・・。
カミュー「旅してきた時間が長いからね。見ればそれ相応のことは分かるんだよ。」
と、なんだかあやふやな答えをするにとどまった。
とりあえず、納得しておこう。マナはそう思って、それ以上の疑問はぶつけなかった。

ちらりとリックのほうへと目をむけるマナ。
何か言いたそうな顔をしているリックを見とめると、今度はそっちに矛先を向けようとした。
マナ「あんた・・・ラクガキのことは謝るけど、女の子に守られたんだから、それでチャラよ。」
突拍子もなく、さっきの話題をほじくり返す。
するとリックは、なぜだか照れくさそうな顔をすると、ただ一言、「ありがとう」と言ってみせ、
それ以上、何も言おうとはしなかった。
マナは、「こいつ、意外と良いところあるじゃないの」と、一人、感心していたのだった。

タグスの街は、夜になってもにぎわいを続けていた。
宝石状態から見事に生還を果たした住民たちは、歓喜の涙を流しながら、魔法学校から来た小さな
英雄の話を、夜通し語り明かしたという。
その英雄の名は、「如月麻奈」。
だが、物語は、この時点では、まだ何も動いてはいない事を、彼らも、マナたちも知らなかった。
運命と宿命の出会いが、時を超えて果たされる、その日まで。
  

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