夢の星の物語 ――夢乃Side 2:突然・・・来たぁっ!?

突然の風邪で休みを取った夢乃は、同時に風邪にかかった妹、星乃と共に、
自宅の部屋で静養をしていた。
賃貸マンション「ウェーブハイツ」の5階から見える景色と言えば、都会の割には
牧歌的なイメージの背景と、その先にそびえる高層ビルの数々。
一見、このアンバランスな場所が、彼女達の故郷である。
そして、その中にいる二人の、突然の恋が明らかになった。
その直後から、二人の会話は、徐々に、互いを詮索するものへと変わっていく。
「でさ、あんた、誰が好きなの?」
さっきまで硬直していた体を立て直し、夢乃は星乃に尋ねた。
それに対して星乃は、なかなかその口を開こうとはしない。
「・・・。」
こんな状態が、約30分も続いたのだから、じれったいのが好きじゃない夢乃に
とっては、イライラが積もるばかりだった。
星乃は星乃で、相変わらず、顔をぬいぐるみで隠したまま。
そして――
「言わないなら予想を言ってあげるわよっ!!」
耐え切れなくなった夢乃が、声を荒げながら、すくっと立ち上がった。
オーバーリアクション気味に指を指しながら、夢乃は間髪入れずに言葉を続ける。
「保健の海風先生でしょ?」
「違うよ・・・。」
――ガクっ。
今まで黙りこくっていた星乃の、あまりに意外な言葉に、夢乃の肩ががっくりと
落ち込んだ。
だが、このまま引き下がるのは夢乃の性分ではなかった。
気を取り直して、夢乃はもう一つの推測を言ってみせる。
「じゃ、日原先生?」
「違うよ、全然。」
――ドテっ。
あまりにサクッとした星乃の否定の言葉に、さすがの夢乃も、今度はベッドの
近くの床にコケたのだった。
「あ、あううっ・・・、あたしの推理が外れるなんてっ・・・」
たかだか妹の好きな相手くらい、と高をくくっていた夢乃は、この時ばかりは
思いっきり悔し涙を流していたという・・・。

「じゃ、お姉ちゃんの好きな人、誰・・・?」
さっきの推測攻めで完全勝利を収めた星乃は、今度は形成逆転とばかりに、
夢乃の片思いの相手を詮索し始める。
夢乃は夢乃で、まるっきり敗北を認めようとせず、
「ちょっとそこっ!まだ質問は終わってないわよっ!!」
と、星乃の質問をあっさりと退けてしまう。
いつもなら、この辺で星乃の両目に涙が溜まり始めるのだが、今日に限っては、
それがなかなか訪れない。
イライライライライライライライラ・・・。
そして、ついに業を煮やした夢乃は、星乃にある提案をした。
それは、1、2の3っ!で、好きなヤツの名前を同時に言う、というモノ。
「これなら文句はないでしょお、星乃?」
「・・・わかった・・・。」
互いが隠したがっている事を同時にさらけ出す事を、星乃はしぶしぶOKし・・・。
「1っ!」
「2の・・・っ」
「さ・・・」
と、その時だった。
食事をする部屋を兼任している、ドアと隣接したリビングに置かれた電話が、
けたたましい音を立てて鳴り始めたのは。
「・・・」
「・・・」
二人の間に流れる、沈黙のひととき。
だが、家にいるのが二人だけである以上、どちらかが出なければいけないのも
また事実。
出足をくじかれた夢乃だったが、ここはお姉ちゃん、と言う事で、自分が出る事に
した。
だが、その実、「今出て行けばバレずに済む」という、一種の逃げが入っている事は、
火を見るよりも明らかだった。

「はい、大空ですぅ♪」
病み上がりのクセして、喜び勇んで電話の受話器を取った夢乃。
そこから聞こえて来た声は・・・。
「ああ、夢乃か。俺だ、日原だ。」
――チーン・・・。
まさか、よりにもよって、担任から電話がかかってくるとわ・・・。
誰からの電話を期待していたのかは知らないが、なぜかすっかり拍子抜けして
しまった夢乃は、さっきまでの調子とは一転、いかにも「病気でございまス」
みたいな口調に変えていた。
「せ、先生・・・。な、何か、御用でしょうか??」
あまりにコロコロ変わる夢乃の態度に、明斗はちょっと呆れつつも、言った。
「すまんな、風邪を引いているのを知らなかったとは言え、気付かずにご飯ヌキの刑に
  処してしまって。」
いつもはあんなに明るい(って言うか、ちょっと怖い)明斗の声は、この時ばかりは
夢乃の身を案じているように聞こえる。
「あ、お気になさらずに・・・あハはハ、、、」
口ではそう言いつつ、額からはしっかりと汗が一筋、確認できた。
当然、電話ではそれを見る事はできないが、明斗は、電話越しの夢乃の様子に、
またも呆れ顔を見せつつも、次の用件を伝える。
「・・・あのなぁ・・・。声が引きつってるように聞こえるのは、俺だけか?
  ・・・まぁ、いい。連絡だが、明日は職員研修だから学校は休みだ。」
「ほへ?マジでスかぁ?」
「マジでス。」
学校が休みだという知らせに、思わず夢乃は、相手が担任である事も忘れ、
いつものくだけまくりの表現を用いて問いただしたが、そこはやはり若い先生、
その調子に合わせて、自分も同じような口調で言葉を返したのだった。

「それじゃ、お大事に。」
「はぁ・・・。そこそこに。」
こうして、担任との電話は終わった。

学校が休み・・・。
正直、夢乃の心中は複雑だった。
今までの彼女なら、いの一番で「やったぁぁぁぁぁぁぁあっ!!」と雄叫びを上げる
トコロだが、今までとは状況が、一味も二味も違う。
学校が休みという事は、それイコール、大地に会う可能性が激減してしまう。
幼なじみだからいいじゃないか、というツッコミは来るかもしれないが、快晴高校
に所属している生徒の中には、幼なじみに会ってしゃべっていただけでも、それが
異性ならば、面白おかしく噂を作り上げてしまう女が少なからず混じっているのだ。
それに、学校は休日でも、大地の家である立原不動産は休みではない。
少なくとも、定休日ではないのだ。
将来、不動産屋を継ぐつもりらしい大地の夢の勉強の邪魔をするのは、夢乃にとっては
あまりしたくない事でもある。
・・・つまりは、八方塞がりなのである。
「はぁぁぁぁぁ〜・・・。休みがこんなに辛いものだとわ・・・。」
今の夢乃にとって、今回の休みの知らせは、決してうれしいものではなく、彼女は
またもがっくりと肩を落し、自らの部屋へと戻って行った。

部屋に戻って来た夢乃は、早速、明日、学校が休みである事を星乃に伝えた。
それを聞いた星乃の表情もまた、さっき以上にうつろになっている。
だが、いつまでも一つの暗い話題を気にしているほど、夢乃の性格はじめじめした
ものではない。
ここはさっさと気持ちを切り替え、夢乃は再び、星乃の恋の相手を聞き出そうと
手を打ったのだった。
「で、あんた、誰が好きなの?」
「・・・またその話なのぉ・・・?」
まだ諦めていない様子の夢乃に、星乃はため息を一つついて、窓の外の景色に
目を向けてしまった。
「・・・また、推測攻めするわよ?」
じれったい星乃に、夢乃は少し間を置いてから、脅しをかける。
「・・・わかった・・・、話す・・・。」
その脅しは、星乃には効果てき面だった。
彼女は窓の外に顔を向けたまま、しぶしぶ語り始める。
「私の、好きな人は・・・。」

だが、その時だった。
今度は、ドアホンを鳴らす音が、部屋中に鳴り響いた。
「・・・」
「・・・」
またもいい所で邪魔が入った夢乃。
仕方なし、今度もまた、彼女が応対する事にしたのだった。

「ごめんくださーい。」
ドア越しに聞こえる、若い男性の声。
この声には、確かに聞き覚えがあった。
(!!まさかっ!?)
その声の主を確かめようと、ドアの覗き窓に目を近づける夢乃。
そこにいたのはなんと、大地だった。
夢乃、頭真っ白。
なぜか手が震えて、チェーンロックを上手く外す事ができない。
「ごめんくださーい!」
そんな事とはつゆ知らず、大地はさらに声を張り上げて呼びかける。
その声にはっとした夢乃は、慌てて返事を返した。
「ご、ごめぇんっ!!」
そして、未だにガタガタ震えている手で、何とかチェーンロックを外す事に
成功した夢乃は、そのまま、マンションにしては珍しく、内部に向かって引く
形式のドアを勢い良く開ける。
そこに立っていたのは、まちがいなく、大地一人だけだった。

「夢乃、大丈夫か?・・・って、その様子じゃあ大丈夫じゃなさそうだな・・・。」
突然の訪問に、汗かきまくりの夢乃を見るなり、大地はドアの外に立ったまま、
いきなりこう言った。
まぁ、確かに「大丈夫」ではないのだが・・・。
「あ、風邪はだいじょーぶだから。あんなの、ひと暴れすれば何ともないわよ。」
それでも夢乃は、この気持ちを悟られまいと、あくまで平然を装って答える。
そして、大地自身、まさか自分がこの幼なじみに惚れられているとは思うはずもなく、
「暴れたのかよ!?」と、いつものようにツッコミを入れるに留まるだけ。
こうなれば、いつもの二人の夫婦まんざ・・・もとい、かけあい漫才に火が点くのに
時間はそれほど必要なかった。

しかし、こんなにうるさくしているのを、星乃が気付かないはずもなかった。
彼女はこっそりと部屋を抜け出すと、その足で玄関の方へ近寄り、その先にいた
大地を見るなり、硬直してしまう。
話に夢中になっている夢乃はそれに気付く事さえままならなかったが、入り口から
星乃がまるみえ状態の大地にとって、星乃を見とめるのは実に簡単な事だった。
「おっす、星乃。」
「・・・こ、こんにち、わ・・・っ」
声をかけられ、硬直していた星乃の顔が、さらに真っ赤になった。
そして、大地が声をかけた事によって、ようやく星乃の存在に気付いた夢乃が、
ちらりと後ろを振り返り・・・。

気付いてしまった。
星乃の好きな相手が誰か、というのを。
(マジで・・・?星乃も、大地の事が好きだっての・・・?)
夢乃の頬から、再び一筋の汗が流れる。
だが、その、あからさまに「好き」でいる星乃と、それに気付いてしまった夢乃の
表情と言う名の決定的証拠を目の当たりにしてもなお、大地はそれを見抜く事が
できていなかった。
その割には、妙に二人を喜ばせるような用件を伝えては来るのだが。
「あのさ、明日、うち、親父の友達の子供の結婚式で、休みなんだけどさ。」
突然の大地の言葉に、夢乃の表情が一気に明るいものへと変わる。
「ほえ?マジっ!?」
星乃はというと、嬉しそうなのだが、なぜか言葉を発しようとしない。
「・・・。」

かくて・・・。
本来なら切ないほどに暇になるはずだった明日の予定が、まるでカモがネギをしょって
来たかのように舞い込んで来た。
それは、小学生の時みたいに、大地と一緒に、3人で公園や高浪商店街をぶらつく、
というモノだったのだが・・・。
星乃がまさか、自分と同じ相手を好きになっていたとは、夢乃は、ついさっきまで、
思いもつかない事だった。

あまりに突然の、ライバルの出現。
しかもそのライバルは、双子の妹・・・。
いつもは勝ち気な夢乃の心中は、今は決して穏やかなものではなかった。

用件を済ませ、大地が帰路に就いた後、部屋に戻った二人。
・・・でも、二人の間に、これ以上、会話が生まれる事は、決してなかった。
  

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