夢の星の物語 ――夢乃Side 1:初恋!!相手はアイツかよ!?

夢乃と大地が一緒に遅れて入って来た1時間目がよーやく終わった。
科目は、二人が共に超ニガテ分野としている、恐怖の数学。
何でこんな使わない公式ばっかり出てくるモンが必修科目なのか、二人には
永遠に理解できない事だった。
だが、二人にとって更なる脅威は、この後にやってくるのである。
そう、いつも――
担任「お前ら、全っ然こりてないんだなぁ・・・。遅刻ばっかししてたら永遠に
      1年生のまんまだぞ?」
担任による、お説教だった。
弁当食べる時間になると二人はそろって担任に呼び出され、いつもこう言われる
のである。
おまけに彼は体育教師で、体格は人並みだけど筋肉はしっかりついていると来ている。
そんな正担任の鉄拳が飛んで来ようものなら、二人とも半泣きでは済まされない――
という先入観が未だにあるため(特に大地)、「すみませんごめんなさいもうしません」
と平謝りするしかないという。
この時、セリフはしっかり棒読みなのであるが。
ちなみに、この正担任の名前は日原明斗(ひばら あくと)。
夢乃はこの人を、中学の時から知っている。
彼女の母校であるカトリック系のミッションスクールで、やはり明斗は体育教師を
していた。
ルックスは割かしいいのだが、性格は正義感の塊と言った感じで、あんた、けーさつに
なればよかったのに、と周囲からツッコまれることもしばしばであった。
こんな先生だから、遅刻常習犯の二人にとってはまさに脅威。
悪い事しよーもんなら、容赦なく平手打ちを敢行するに決まっている。
いつもは強気な夢乃が、明斗にだけはアタマが上がらないのにはこういった理由が
あった。

きーんこーんかーんこーん・・・。
お昼タイムの終了を告げるチャイムが、無情にも校内全体に響き渡る。
明斗の熱のこもった説教が終わった頃には、すでにご飯の時間はとっくに過ぎていた。
こうして二人はまたもや、ご飯抜きの刑に処せられたのである。
さすがにこれはシャレになってない。
夢乃「お腹すいたぁ〜・・・。ふけんこーバンザイ・・・」
大地「いつか死ヌ・・・お墓がしょーらいのすみかになるぞ、コレ・・・」
二人は幼なじみらしく、全く同じポーズを取りながら、次の授業が待ち受ける教室
へと、ふらふらしながら歩いていくのだった。

そんな、泣きが入ってしまうほどキッツイ一日の学校生活も終わりを迎えようと
していた頃。
部活に向かう者達が続々と教室を出て行く中、夢乃はふと、中学生時代の事を
思い出していた。
そこで出会った2人の友達。思えば、彼女らを護るため、ずいぶんと自分を犠牲に
してきたものである。
ミッションスクールらしからぬ嫌がらせの数々を耐え抜いて、ようやく今の自分が
いる。
今頃、今もあの学校に通う2人はどうしているのだろうか。
いくら元気が取り得の夢乃でも、この時ばかりはちょっぴりブルーになってしまう
のだった。

そんな時だった。
「おーい、夢乃ぉ。何ボーッとしてんだぁ?」
・・・大地だった。
アバウトな感じでそういう彼も、どことなく顔にブルーが入っている印象を受ける
のは気のせいだろうか。
「あんたこそ、ナニやってんの・・・?不動産屋の勉強するんじゃなかったっけ?」
ヤル気0の夢乃の言葉のせいか、大地は立ったまま一瞬硬直した。
が、すぐに正気に戻り、夢乃にさらに近付いてくる。
そして、言った。
「今日は定休日だからなぁ、ヒマでしょーがねぇんだわ、これが。」
今時、不動産屋に定休日があるというのは附に落ちない人もいるかもしれないが、
彼の家は自営業ゆえにそれは仕方の無い事である。
「そーなんだ。」
大地があからさまに、何かに誘おうとしているのにも気付かず、夢乃は生返事ばかり
繰り返していた。
しばらく続く、沈黙。
夢乃は沈黙が大のニガテだった。
一見、気が強そうな彼女でも、やはり孤独感というものには幾ばくかの不安を
持っている。
大地もそれは知っていたが、夢乃の中学時代を知らない彼に、今の彼女の気持ちを
察する事はほぼ不可能だった。

「さて・・・。帰るかなぁ。」
沈黙がもたらす不安から逃げたくなった夢乃は、いよいよサクッと帰宅する事を
決意した。
「んじゃ、俺も・・・。遠回り、していくか。俺は。」
つられて大地も、腰かけてた机から立ち上がると、夢乃に続いて教室を後にした。
教室も、誰もいなくなってしまうと寂しいものであるが、これもまた必定という
もの。
永遠に繰り返されるであろう、時の螺旋だった。

快晴高校の形状は左右対称の、近代的な造りの校舎になっている。
昇降口から生徒用の正門までの距離は、それほど遠くはない。
だが、お昼ご飯ヌキの二人にとっては、ミョーに長い道程に感じてしまうのだった。
そして、学校と外界を隔てる、割と背の低い垣根の向こうには、なぜか妹の星乃が
二人を待っていた。
「ご飯抜きだったんだね、お姉ちゃん達・・・。」
星乃は二人の姿を見とめるなり、いきなりこう言って来た。
どうやら、ご飯抜きを察した彼女が、二人を心配して待っていたようだが、彼女は
元々、人間関係には積極的になれないためか、こうやって、わざわざ回りくどい
手段を使っている。
「おーっす、星乃ぉ・・・」
元気なさげに言葉を返す大地に対して、姉の夢乃はというと、何も言葉を出さない。
・・・いや、出せなかったのだ・・・。

こうして、3人は小学生時代以来、久しぶりに3人での下校をする事になった。
何しろ、中学生時代はバラバラの学校に通い、高校に入ってもしばらくは、昔の
ように大手を振って街中を歩く事などできなかったのだから。
やはり、男と女という事で、思春期にもなればそれなりの恥じらいくらいは出てくる。
特に顕著に出ているのは、やはり星乃だった。
テンションがなかなか上がらないながらもフツーに会話を交わす夢乃達。
それから少しだけ距離を置いて、何もしゃべる事ができない星乃。
と、その時だった。
「うっ・・・いったぁぁぁぁぁぁっ・・・!」
いよいよ限界に達したのか、夢乃が突然頭を押さえて、苦しみだしたのは。
「お、おい、夢乃、どーしたんだよっ!?」
夢乃が久々に見せる苦痛の表情に、大地は戸惑いを隠せない様子で、しゃがみこんだ
夢乃に、何度も声をかける。
そして、夢乃達から距離を置いて歩いていた星乃も、慌てふためいて駆けつけてきた。
「お姉ちゃんっ、何で保健室いかなかったの!?」
まるで、何かを知ってるかのような態度で問い詰める星乃。
そういうと、彼女は急いで夢乃の額に手を当てた。
・・・熱がある。
息遣いも荒い。
だが・・・。
「ん・・・っ、っ――!!」
今まで何もそんな様子を見せなかった星乃まで、頭を押さえて座り込んでしまったの
だった。
「お、おい、二人ともっ!!大丈夫か?」
予想外の緊急事態に、ただただ慌てふためく大地。
「大丈夫・・・帰れる・・・」
「私も・・・大丈夫です・・・」
大空姉妹はそう言って、再び立ち上がろうとするが、その様子はどう見ても「大丈夫」
ではなかった。
それを見かねた大地は、ついに言った。
「アホか!?お前ら!具合悪い時くらい頑張るんじゃねぇよ!!お前らブッ倒れたら
  学校つまんねぇんだよ!!」

えっ――。

その時、夢乃の中で、不思議な感情が湧きあがった。
今まで、誰にだって感じた事の無い感情が。
頭痛による苦しみしか感じていないはずの彼女の頭が、体が、今まで感じた事の無い、
何かに包まれていく。
熱のせいもあるのか、彼女の顔はみるみるうちに赤く染まっていった。

・・・気がつくと、そこは保健室だった。
学校には珍しく、うら若き男性の保健の先生「海風 渡」先生から聞いた事だが、
ここに夢乃を連れて来たのは、他ならぬ大地だったとの事。
彼女の隣には、妹の星乃がスースーと寝息を立てていた。
・・・二人も、運んだんだ・・・。

大空姉妹がほぼ同時にかかった病気は、どうやらタチの悪い風邪のようだった。
渡先生がくれた薬を飲んで、熱も下がった二人は、今度は姉妹だけで帰路につく。
だが、この時夢乃は、同時に、厄介な病気を併発していた。
なぜか、大地のあの時の顔が焼き付いて離れない。
熱は下がったはずなのに、未だに鼓動はいつもより激しい。
それは寝る時まで続き、夢にまで大地が、毎日のように出るようになった。
なんでアイツの事ばっか出てくるのか。
みっともないところばっかり見て来た。
男なのにそんなに強くない。
特に美形でもなく、性格的にもありふれている、アイツ。
でも、アイツがアタマから離れなくなった。
決まって高鳴ってしまう彼女自身の鼓動が、証明するもの・・・

それは、俗に言う、恋だった・・・。
それも、初恋・・・。

次の日。
昨日、保健室で寝たからか、夢乃は珍しくも普通の時間に起きていた。
だが、大事を取って今日は学校を休むように親からキツく言われている。
「せっかくの早起きだったのにぃ〜・・・あうう〜・・・」
ぼやきながら自分の部屋へと戻る夢乃。
そこにいた星乃の目が、なぜかうつろだったのに気がつくのに、そう時間は
かからなかった。
「星乃ぉ?昨日からあんた、なんか変よ?」
何気なく声をかける夢乃だったが、星乃はその声に気がつくなり、近くにあった
星乃の想い出のぬいぐるみをぎゅっと抱きしめて、執拗に顔を隠そうとする。
その様子にたまりかねた夢乃が、思いっきり推測をズバっと言う。
「あんた、ひょっとして誰か好きなんじゃない?」
――ギクッ!
言われて星乃が一瞬、硬直した。
「そうなのね〜。そっか、うんうん、恋する事はすばらしいー♪」
すっかり決め付ける夢乃だったが、手前も恋をしている以上、人の事は言えなかった。
だが、この後の星乃の言葉に、夢乃は絶句した。
「お姉ちゃんも、恋してるでしょう・・・?」
そして流れる、しばしの沈黙。
だが、こうなってしまっては、さすがの夢乃も認めざるを得なくなってしまった。
「う、うん。まぁ、そーだけど・・・。」

互いの恋が、互いの知る所になった。
だが、まだその相手が同一人物である事を、二人は知らない。
回り始める二人の歯車。
恋の螺旋はいつも、壊れた時計のように、唐突に動き出すのだ。
  

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