夢の星の物語 ――星乃Side:4第一次大空大戦(中編)

前半戦、ちょっとだけ優位に立った状態で、星乃はデートの後半戦に臨もうとしている。
大地は相変わらず、彼女達の言動に、何の疑問も抱いてはいなかったが、それでも、姉の夢乃との
間で繰り広げられる激しい攻防戦は、密かに、だが確実にお互いを競り合わせている。
さっきの詐欺行為の失敗でちょっぴりお冠な夢乃。引きずらない性格とは言え、自分が詐欺師だと
思われていたことにはやっぱり腹立たしいようで、さっきからキーキーわめいてばっかりなので
あった。
「あー、ムカつくわ、あの親父!!あたし=詐欺だなんて!!」
夢乃にとっては超意外な展開だったようで、さっきのことを思い出しては、しばらくの間同じ事を
ぼやきまくっている。
ちょっと考えてみれば、今までの行いが悪かったのは一目瞭然なのだが・・・。
それをサクッとツッコむ星乃に対しても、夢乃は辺りかまわず怒鳴り散らす。
「ナニあんた!!姉に向かってその態度わ!!??」
・・・ここまで来ると、手がつけられなかった。
(お姉ちゃん、ここまでくるとどうしようもないからなぁ・・・困ったなぁ・・・)
さっきからまったく機嫌が直らない夢乃に、星乃はほとほと迷惑していた。
これでは、せっかくのデート気分が、姉のせいで台無しである。
仕方なく星乃は、大地にそっと、こう伝えるのだった。
「次どこに行くか、決めて、大地くん・・・。」
それに対して大地は、最初は「何で!?」と小声で返したが、「それもそうだ」と思い直したのか、
彼はすぐに答えを見つけ出すと、「次はあそこ行こうぜ〜」と、たちまち駆け出していった。
それを見とめた夢乃が、「だっ大地、ちょっと待ってよ!!」と、さっきの怒りっぷりをすっかり
忘れて後を追った。
その速さと来たら、星乃がかなうレベルではない。
「待ってぇ〜・・・はーはー」
どんどん先に行ってしまう二人を眼前に、星乃は懸命に走って行く。
逃げる夢乃、追う星乃!!そんな構図にも見えてしまうのがちょっと面白いが・・・。
そんな3人を、周りの人は面白そうに見詰めている。
仲の良い姉妹に振り回される少年の姿が、この時ちょっとしたショーになっていたのは言うまでも
なかった。

そして、ついた場所は、高浪商店街の隣に位置する公園。
3人にとっては、どこよりも思い出深い場所である。
昔は大地が、夢乃に守ってもらっていた。
大き目の上級生に絡まれ、どうしよう、と星乃と二人して震えているところを、さっそうと夢乃が
現われ、敵をめった打ちにして勝利する――という、想像してみるとすごい光景なのだが、そういう
事もあった。
そんな、嵐のような日々が去り、今、公園は二つの顔を持ちあわせている。
昼間は子供と奥様の憩いの場として、夜は柄の悪い兄ちゃんの溜まり場として。
もちろん、今は昼だからそんなのいないのであるが、それを良いことに、夢乃と大地、そしてようやく
追いついた星乃は、ここを第二会場と定めたのだった。
「いつも通学で通ってるけど、3人で来ると懐かしいわね〜。」
そう言って大きく深呼吸する夢乃の顔に、さっきの怒りの表情はもうなかった。
「成功だな、星乃。」
小声で大地が、星乃に言う。
「うん、よかったね。」
それにも、小声で返す星乃。
しかし、それをさっきから見ていた夢乃は、急に2人のほうを見つめるとジト目でこちらを伺い――
「あんたたち、さっきからひそひそ話してるけど何!?あたしのけ者!?」
急に大声を発する。
当然、周囲の視線は自然とこちらへと向かい、それをも気にせずまたわめき散らす夢乃に、星乃は
ほとほと困った様子で、今までのやり取りを姉に説明してみせた。
すると、夢乃もようやく、自分が怒りに任せてやったことの恥ずかしさを感じたのか、急におとなしく
なって、彼女のちょうど後ろにあったベンチにとすん、と座って、言う。
「ご、ごめん・・・取り乱しました」
ふぅ。星乃、ようやく安堵。
だが大地は、さらに言葉を夢乃に送った。
「どこのお笑い芸人のマネしてるんだよお前。」
そう言って、夢乃の肩をぽんっとたたく大地。
それに対して夢乃は、まるでスイッチが入り直ったかのように、いつものボケモードに走り始めた。
「さぁ、どこかしらねー、って今セクハラしたでしょ?」
「セクハラぁ?今のがそーなのか!?」
「とーぜんでしょっ!!」
「じゃあもっとしてやろう、フフフ」
「あ〜れ〜って何やらしてるんじゃい!!」
次々と言葉が飛び出してくる。その周りには、桜がとうに散って、青々とした葉っぱを満開にさせて
いる桜並木が揺れている。
そこにある木製のベンチに座った夢乃の横に、ついに大地が座ってしまった。
(・・・まずいかも・・・)
思って星乃も、慌てて大地の横へと座った。
すると、タイミングよく転がってきたのはお子様のサッカーボール。
息をはーはー言わせながら駆け寄ってくる子供に、星乃は笑顔で、「はい、あまり遠くに蹴飛ばしたら
おっかないからね」と手渡す。
実は、お決まりというかなんというか、この公園のすぐ横には、とっても怖い「江戸っ子」の家が
あるのだ。
いくら姉でも、この江戸っ子の剣幕にはしり込みしてしまうほどで、その怖さと来たら、子供なら
まず耐えられたものではなかった。
さて、余談はこれくらいにして、ボールを受け取った子供は、「ありがと、お姉ちゃん」とかわいく
お辞儀をすると、元の場所まで戻っていった。
ふぅ、と、なぜか肩をなで下ろす星乃。
だが、すると今度は、複数の子供がいっせいに星乃の方へと駆け寄ってきて、いきなり、「お姉ちゃん
あそぼー」と誘ってきたのだ。
どこからともなく駆け寄ってくる、お母さんらしき人。
「こら、お姉ちゃん困ってるじゃないの」と、やさしくしかる様子がまたほのぼのとしていた。
そのほのぼのさに負けたのか、星乃はベンチから立ち上がると、大地に言った。
「ごめん、ちょっと行ってくるね。」
大地は大地で、夢乃との漫才に精一杯だったようで、「ん、ああ、気をつけて」と言って、耳から
入ってくる戯れ言に言葉を返している。
「じゃあ、何してあそぶ?」
星乃の目はすでに、お子様のほうへとむけられていた。

それからしばらく、星乃は、子供の相手に一生懸命になっていた。
「お姉ちゃん、上手だねー」
星乃が砂に描いた絵は、子供たちの賞賛を浴びるのには十分な出来だった。
「お姉ちゃんね、漫画家になりたいんだ」
星乃が子供に向ける目は、優しさに満ち溢れている。
「すごいねー、すごいねー」
さらに子供たちの歓声が上がる。
それにすっかり気をよくした星乃は、さらに、ほかの子供が砂の上に描いた絵を見て、言う。
「のびのびしてて良いね・・・上手だよ、僕?」
と、子供の絵を誉めちぎった。
「ありがとー」
これでは、どこかの幼稚園の先生だった。
しかし、気になるのは、ベンチのところで相変わらず漫才らしきことを展開している姉と大地。
ちらっと見ると、なんだかミョーに良い雰囲気になってないか!?とか一人で焦る。
だが実際は、そんな事お構いなしに、「みなさーん!ここにいる人はさっきあたしに・・・」と
大声で大地をからかっているのだった。
その声に、みんなの注意が一気に、夢乃のほうへと向かったのは言うまでもなく。
当然、星乃もそっちのほうへと向く。
すると・・・。
「お、おい!!何言ってるんだよ!!」
と、顔を真っ赤にしながら大声をあげる大地の姿が。
ざわっとどよめく周りの人々。
(な・・・何をしたっての、大地くん・・・!?)
星乃の表情が、穏やかさを失う。
するとそこへ――
「何にもしてませーん!!あはははは」
それが夢乃の戯れだと知った周りの人たちは、いそいそと、自分達のことへと戻って行く。
された大地の顔は、安堵したのか、がっくりと落ち込んでいた。
星乃は、これ以上はまずいと思い、子供たちに「お姉ちゃん、そろそろ行かないといけないんだ、
ごめんね」と謝ると、大地たちが座るベンチへと戻っていった。

星乃が戻ってきて、改めてベンチに座ったところで、3人でのデートは再開された。
昔からそうだった、左から星乃、大地、夢乃の配列。
それは今でも、同じように展開されていた。
そこで、まず口を開いたのは、夢乃。
夢乃はちょっとにやけ顔を残しつつ、極力、大地だけを見つめないようにして振り向き、いきなり
「大地って好きな人潮来とあるの?」と聞き始める。
「はぁ!?」
びっくりして、大地は思わず奇声を発した。
なんでこんなにも唐突にこの話題になるのか、と、汗だらだらで必死になって答える。
「い、いない!!」
そう言って顔を赤らめた大地に、さらに夢乃がボケまじりで言う。
「へぇ〜・・・じゃあ、初恋はこれからなんだ〜。いいねぇ〜、御若いの」
・・・何を言ってるんだか。
星乃はあっけに取られていた。
しかし、この後すぐに、大地が問題発言をするのである。
「告られた事ならあるんだけどな。」
――ドキッ!!
さっきから横で聞いている星乃も、この時は思いっきり動揺してしまう。
しかし、それを隠すのに精一杯で、言葉が出ない。
代わりに、また夢乃が言葉を返してしまった。
「ま、マジっすか・・・?どんな人?」
夢乃も必死で平静を装っているが、星乃から見ればもう、心のうちが手に取るようだった。
何でも、大地に告白した相手は、中学の後輩で、おとなしい子だったとか。
(私みたいだな・・・)
横手、星乃はそう、聞こえないようにつぶやいた。
しかし、すぐ横にいる大地にははっきりと聞こえてしまっていた。
「何か言ったか?星乃」
「な、何でもないよっ!!」
大地のさりげない聞き返しに、星乃の胸のうちは今にも弾けそうだった。
それは夢乃も同じようで、目が潤みさえしていた。

と、その時だった。さっきまで晴れ渡っていた空が、急に曇り始めたのは。
さわやかな風が一変、頬に冷たい北風となって3人に吹き付ける。
「ん・・・?降るかな?」
そう言って、星乃は不意に空を見上げると、次に来る風に備えて、ジャンパーを羽織り直した。
だが、降ってきたものは、星乃が想像していたものとは明らかに違う、白くてふわふわした粒。

「雪!?」

雪が降るなんて、朝の天気予報ではやってなかった。
さっきまで暖かかったのが、急に雪。
こんな事があって良いのだろうか、星乃の頭の中はグルグルだった。
すると聞こえてくる、姉の声。
「あーあ、今日はここまでかー・・・。」
その声はとても、残念そうだった。
それは星乃も一緒。
二人はがくーんと肩を落とすと、荷物をまとめて帰りの支度をし始める。
すると、大地が突然、こんな事を言い出してきた。
それは、二人にとって、願ってもないことでありながら、同時にパニックに陥るようなことなので
あるが――
「しょうがないなぁ、後は俺の家でしゃべろーぜ」
・・・え、えぇ〜っ!!
思わず同時に声を挙げる夢乃と星乃。
特に、星乃の素っ頓狂さには、まだちらほらといる子供たちをびっくりさせていた。
「二人とも、いやなのか?」
・・・またしても、大地のさりげない相づちが胸に響く。
「そ、そういうわけじゃ・・・」
そう言おうとした星乃の口を手で覆い隠す夢乃。
そして、発言権を奪って自分で言った。
「そんなわけないじゃないの!!あたしだって暇だし・・・」
お姉ちゃん、ここは苦しい役どころを引き受けたつもりなのだろうが・・・完全に、自分が大地と
しゃべりたいだけなのである。
だが、その姉も、頭の中は星乃同様、グルグルのぱーなのであった。
さっきまで握っていた、会話の主導権が、一気に大地のほうへと流れ込んでいく。
「じゃあ、早くいこーぜ♪」
そう言って、二人に手を差し伸べた大地は、笑顔なのかほくそえみなのかよく分からない笑みを
浮かべた。
二人とも、この時すでに、頭がパンクしそうだった。
なんでいつも、そんなうれしいこと・・・じゃなくて困らせるようなことしてくれるのよ・・・。
そんな思いが、二人の頭で同時に揺らめく。
そんなんだからか、手を取る手も、ふるふると震えていた。
「なんか、さっきからおまえ達変だぜ・・・?」
大地が不意に、言った。
ま、まずい、これはバレた――!?
星乃の脳裏に、不安が過ぎる。
ところが、やっぱり大地は鈍感の塊だったようで、「やっぱり、まだ風邪なんじゃねぇの?」と首を
傾げてしまうのである。
ほっ――助かった。
だが、握られた手は更に強く握り締められ、星乃達を引きずるように歩かせた。
「とりあえず、俺の家のほうが近いから、そこまでいこう」
「う・・・うんっ」
大地のそんな言葉に、今回も素直に甘えることにした二人は、大急ぎで大地の家へと向かっていった。

「だぁぁぁぁ〜、こんなんじゃあ肌が荒れるぅ〜!!」
ダッシュになっている姉。
「お、おい、行き過ぎ行き過ぎ!!」
・・・大地の家を通り越していた姉。
あぁぁぁぁ〜・・・バレるのも時間の問題かも・・・。

そして着いた、大地の家。
都市に似合わず、古めかしいたたずまいを備えたこの家は、じいさんの代から続く不動産屋。
そんな場所だからだろうか、「入居募集」だかなんだかの張り紙が、入り口のいたるところに貼られて
いるのである。
その扉をがらがらと音を立てて開けたのは、もちろんこの家の住人、大地。
「おじゃましまぁ〜す・・・」
大地に続いて、入っていったのは夢乃だった。
それにしても、古めかしい建物だけあって、中も恐ろしく寒い。
「は、肌に悪いわね・・・くしゅっ」
あまりの寒さに、思わず夢乃はくしゃみをしてしまった。
すると、大地が唐突に、古い建物には不釣り合いな近代道具、ハロゲンヒーターをどこからか持って
来て、夢乃達に来るように促した。
「おーい、こっちの方があったかいから、来いよ!」
「おぉ、なかなか現代的な機械じゃないの♪」
夢乃はそう言って、我先にと、まるで扇風機のような形状のヒーターへと近づいていった。
それに続いて、星乃も。
こうこうと照りつづける赤外線の管の周りは、一気ににぎやかなものへとなっていく。
「しまっておかなくてよかったよ、コレ。ふー。」
ヒーターに手をかざしながら、大地は思わず、生活臭い言葉を発した。
「あれれ、主婦みたいだったぞ、今?」
思わずツッコミを入れる夢乃の左肩に、星乃の右手がぽんっと乗ったのは、それから瞬く間の事。
「大地くんって・・・片親じゃない・・・」

妹のツッコミにはっとする姉。
そうだった、と言わんばかりに、「い、今のなし!!」と取り消しにかかる夢乃。
これでは、大地が気分を害してしまうかな・・・。
と思いきや、大地は意外にもあっさりと、その取り消しを認めた・・・と言うより、言葉を返して
来たといったほうが正しいのかもしれないが。
「ああ、オフクロは月に一度会いに来るからいいんだよ。さて、部屋に行こうか。あっちにもヒーター
  あるからな」
その言葉に、夢乃をはじめ、なぜか星乃までほっと胸をなで下ろしたのだった。
あ、危なかった・・・。

唐突に水を差してきた雪と、唐突に降ってわいた、大地の自宅でのトーキング続行・・・。
どきどきはらはら、星乃の胸のうちが休まるときは、果たしてやってくるのでしょうか・・・。
  

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