夢の星の物語 ――星乃Side 3:第1次大空大戦(前編)

いよいよ来てしまったこの日。
とは言うものの、まだあれから、一日しか経ってはいないのだが。
あれから姉とは一切口を聞いてはいない。
互いの胸のうちが、互いに手に取るようにわかるようになってしまった今となっては、それも
仕方のないことではあるのだが、この日も、何かのいやな予感を隠しきれずにいる星乃は、
それでも、姉の前では平静を装おうと心に決めていた。
眠れぬ夜をすごした・・・そんな感じ。
だが、意外にも目にできるはずのくまはできず、最初に出ると思われた戦果が、余計にわからなく
なることは必定だった。

「さて、ここはこれでよし、あとは・・・。」
すっかり正午になったときには、すでに姉は、今日のデートの準備を開始していた。
しかし、いつもご飯を食べるのが遅い星乃は、それからやや遅れて、30分ほど経ってから、
いそいそと支度を始める。
こんなんで、本当に、手の早い夢乃に勝てるのかどうか・・・。

それからも、星乃は悩みつづける。
それは、どんな格好をしていくか。
普段から外に外出する機会の少ない彼女にとって、おでかけ用となる服に相当するものなどほとんど
ないと言っても過言ではない。
次々と着飾る夢乃とは対照的に、星乃はどうしても、悩みに悩んでしまうのである。
しかし、今更買いに行く時間もない。(2時間前)
何事も決断が遅い星乃にとっては、この時間は痛い。
でも、決めなければ普通に会っているのと変わらない。
そんな思いが、グルグルと頭の中を回り始め――
そのころには、夢乃の衣装チェンジは終わっていた。
いつも、予定の5分前にはその場所にいなければならないとは、中学校のときの教えではあったが、
星乃はそれを、いまだにきっちりと守っている。
と言うか、ポリシーにしている。
そんな彼女が、この美少女遅刻魔に後れを取ったとあれば、自分のポリシーに許しを請おうとしても
無理な話だった。
「ん、仕方ないっ!!」
ついに意を決した星乃は、なんと・・・。
ずっと姉には黙っていた、両親が1ヶ月ほど前に買ってきた服を決め込んだのである。
姉とは対照的に、春らしい萌黄色という珍しいジャンパーと、落ち着いた印象を受けるも流行に従順な
ローライズジーンズ。そして、ピンク地の、縁に猫があしらわれた女性用時計を身に纏い、完了した。
少々ダサい感じもしたが、星乃が着ると、意外とそんなでもないような印象を受ける感じに
仕上がったのだった。
ちなみに、ピンク地に縁の猫と言うデザインの時計は、姉を通じて知り合った友達からのプレゼントで
ある。
しかし、予定の時間まで、あと30分に迫っていた。
そこで、急いで財布の中身と、ちょっと長めの髪型をチェックした星乃は、今度は負けじと、急いで
ウェーブハイツを飛び出し、落ち合う場所である高浪商店街へとその足をせわしく動かしていった。

「はぁ、はぁ、はぁ・・・ついた・・・。お姉ちゃんより先に、ついた・・・」
星乃が、大地と落ち合う場所――商店街の入り口に着いたとき、時計は定時より10分も前だった。
これで一応、彼女のポリシーは守られた形となったが、ここからが本番なのは、言わずともわかる
事である。
それから8分ほどして、夢乃はいきせき駆け込み、ぎりぎりセーフと相成った。
夢乃は、先ほどの星乃同様、息を切らせながら辺りを見回し、星乃を見とめると、眉をひそめて言う。
「ちょ、ちょっと、何よ、その服・・・いつの間に!?」
その様子に、星乃は動作を淑女っぽくしながら、「年頃の女がそれじゃいけないわよ、って、
お母さんに買ってもらったんだよ、1ヶ月前に」とあくまで正直に答えた。
――お母さん。
いくら夢乃の気が強かろうと、かなわない相手だった。
「あ、そ、そなの・・・あうう・・・。」
夢乃はそう言いながら足元に顔を向け直すと、いつもの萌えキャラまがいの言葉を発し、息が整うまで、
ずっとそのままでいた。
きっと、自分もそうしてもらえばお小遣いを無駄にしなかったのに、と悔やんでいるのだろう。
心の底から。

そんなこんなで、昨日の一触即発の事態が嘘だったかのように振る舞う二人。
その前に、ようやく、待ち人がやってきたのは、それから5分ほど経ったころのことだった。
「早いなぁ、おまえら・・・って、なんだよ、その気合の入りようは!?」
二人を散々(でもないか)待たせた大地の第一声は、これだった。
それに対し、夢乃はあくまであっさりと、今までどおりの言い回しで返す。
「このー、こんな美女二人とデートできるんだから、あんたもそーとー御偉くなったもんねぇ♪」
・・・デートと言う言葉を強調するこの姉。
それが、星乃に対するプレッシャーがけであることは、一目見て明らかである。
しかし、ここは、あくまで平静を保たねば・・・と、星乃は、姉の発言権をさりげなく奪うと、
しぐさをおしとやかに、髪をなでつつ、言葉を代わりにならべた。
「ん・・・。自分で美女って言うのもなんだと思うけど・・・。今日は、よろしくね、大地くん」
しかし、顔はまっかっかだった。
おいおい・・・。
でも、二人の目の前にいる「鈍角三角形」の大地は、このあからさまな星乃の態度にも関わらず、
やっぱりきょとん、と首をかしげるにとどまってしまう。
まるで、獲物を目の前にして逆にたじろぐ、子ライオンそのままに。
(何かが抜けてる・・・。)
この時、大空姉妹の胸中に去来している言葉は、双子らしくピタリと一致していたのだった。

こうして、ようやく始まった二人の一回戦。
共にセールスポイントの違う二人は、それぞれのキャラクターで強くアピール合戦を繰り広げて
いた。
夢乃は喋りまくり、星乃はあくまで御しとやかに。
そして、話は星乃にとっては有らぬ方向へ・・・。
夢乃が、あくまでもいつもの調子を装いつつ、いきなりこんな事を言い出した。
「ねーねー、せっかく久しぶりの三人一緒なんだからさ、何か買って食べない?」
その言葉に、星乃の表情が曇る。
彼女にとって、これは予想の範疇ではなかった。
まさか、買い食い・・・。
そんな思いが、星乃の頭を駆け巡る。
しかしっ!!ここは意思表示をしていかないと、完全に二人の世界に持ち込まれてしまうっ!!
思わず星乃は、その言葉を発していた。
「買い食いはちょっと、気が・・・。」
何とかして、大地をこっちに向かせなくては。
必死だった。
しかし相手は天下の鈍感魔人、まさかそんな風に思われてるとはつゆしらず、星乃の顔をちらっと
見て、いきなり諭して来たのである。
「ん?俺達はもう高校生だからいいんだって♪そんな、中学生みたいな校則なんてあそこにはないし。」
それを聞いた星乃だったが、まだまだそんな理屈では納得するはずもなく。
「そ、そうだけどぉ!!」
顔を真っ赤にして、久々の大声を挙げる星乃。
だが、相手は幼なじみ、そんな時の対処法などもお手の物だった。
「それじゃあ俺、お金持ってきた意味ないじゃん?おごるからさ、な?」
・・・や、やさしい・・・。
その言葉に、星乃の頭はまたもやぽわ〜っとした感じになってきてしまう。
だが、まだそれを気づかれるわけにもいかない。
あくまでも自分のキャラを、と、彼女は内心、必死になって言葉を返した。
「それじゃあ・・・。」
「んじゃ、決まりっ!俺に任せときなっ!」
言って大地は、星乃達の記憶の中にもしっかりとある店への方向へと駆け出していく。
「ちょ、ちょっと大地ってば、なんで走るのよ!?」
慌てて後を追う二人。
時折ぶつかり合う視線が、赤々と火花を散らす。
「あんた、タラシ込み上手いじゃないの」
夢乃の目がきつくなっている。
「し、知らないもん、たまたまだよ・・・」
その視線に恐怖を感じつつも大地を追いかける足は止めない星乃。
二人のバトルは、この後も延々と続いていく・・・。

大地が足を止めた場所は、3人にとってなじみの深いお好み焼き屋だった。
通常、東京はもんじゃだと思われがちだが、その食文化はさまざまなところで交錯している。
つまり、もんじゃ専門店ばかりとは限らない。
ゆえに、この店のように、もんじゃもお好み焼きも半セルフサービスで行っている場所もあるのだ。
「ここは・・・」
足を止めた星乃が、思わず小声になってつぶやく。
この場所には、星乃にとっては、やりたくなかった悪行の記憶がある、曰く付きの店だった。
それは、先ほどの通り、買い食い・・・。
嫌がる彼女の襟首をふん捕まえては、大地と共に親から失敬してきた御小遣いを惜しげもなく使った
夢乃の、あの時の表情が鮮明に蘇える。
「う・・・。」
彼女から続いて出た、声にもならない声。
しかし、乗りかかった船からはもう飛び降りることができなかった。
「んじゃ、入ろう〜」
それとは対照的に、夢乃の表情は、さっきのタイマン顔とは一変、惜しみも無い笑顔に満ち溢れて
いた。
「久しぶりだなぁ、ホント。寄り道最高♪」
続いて、大地も満面の笑みを浮かべつつ、店に入っていく。
「ま、待って!!」
この様子にまたも危機を感じた星乃は、今までの過去も振り払うべく、大急ぎで店へと飛び込んで
行った。
そのころには、すでに席についた夢乃が、大地を手招きして誘い込んでいた。
だ、出し抜かれるっ!!
星乃の足はさらに速さを増す。
そんな事とはつゆ知らず、大地は夢乃と向かい側の席について、店の人に注文を出した。
「おばちゃーん、いつものヤツ3つたのんまーす!」
その声を聞きつけた、店の奥にいる主人らしきおばさんが、威勢の良い返事を返してきた。
「あいよー!」
そして、ようやく星乃も、大地とは反対側、つまり、夢乃の横へと座った。
本当なら大地の横に行きたかったのだが、そうしようとすると発生する、夢乃の爆裂・嫉妬のオーラが
肌に痛いので、仕方なくそうしたのだった。

それからほんの少しだけ経って、おばさんは3人のもとへと材料を持ってやってきた。
「あ、おばさん。どーも♪」
さっきからゴキゲンな大地が、その材料を手渡してもらう。
しかし、その時、おばさんの口から、またもハプニング的要素の言葉が飛び出した。
「おやまぁ、3人でデートかい?」
言って笑い声を挙げるおばさんに、星乃は大焦り全開。
しかし、夢乃は反対に、その言葉に乗じてかる〜く言葉を放つ。
「そうかもね〜♪」
その間にまとまった言葉が、星乃の口撃として飛び出した。
「幼なじみなのになんでなんですか!?」
しかし、そこはおばさんのほうが一枚も二枚も上手。
当事者である星乃では分かり得ない場所をついて突っ込んでくる。
「そんなおめかしして言う言葉かい、星乃ちゃん!?」
そして、その後に続くおばさんの高らかな笑い声。
こうなってしまっては、顔がまっかっかの星乃には反論不能。「もぉ・・・!!」と、顔をさらに赤く
してしまった。
その様子を見た大地が、なんだか笑って良いのかよくないのかというような微妙な表情をして星乃を
じっと見詰めていた。
一方、星乃の横では、妹の敗北に、笑うでもなく、ただ固まっている夢乃の姿が。
本当は笑いたくてたまらないのだろうが・・・。

それから3人は、どこにでもいる仲良し三人組と言った感じのトークを繰り広げていた。
もちろん、その手にはしっかりと、お好み焼きをまとめ、動かす小手が握られている。
その間の主導権は完全に夢乃にあった。
いろいろな言葉で、マシンガンのように発言を繰り返す夢乃に、大地も星乃も圧倒されっぱなし。
しかし、夢乃が持ち出した次の話題が、大地をその地獄から救出することとなる。
同時に、星乃はさらに沈黙してしまうのだが。
「でさぁ、中学のころ、何やってたの?」
・・・中学のころの話である。
こうなると、大地が出す答えといえば、これだった。
「んー、部活に「工作部」ってのがあったから、それに入り浸りだったぜ?」
あくまで趣味の世界にいたようである。
それを、対面側で聞いている星乃にとって、それは当然、そうだろうな、と思えるものだった。
しかし、このままでは・・・
「そこの先輩がいかにもって感じでさー、あははははは」
笑い話に持ち込まれるのである。
「ど、どんな?」
と、ここでようやく、夢乃と一緒のタイミングだったが、星乃も声を発した。
大地によれば、その先輩は、「髪の毛が異様に長くて、めがねかけてて、顔洗ってるのかどうかも
わからないくらいぶつぶつができている」男だったそうだ。
「うっ、気持ち悪い・・・想像しちゃった」
口に運んだお好み焼きを飲み込んでから、星乃はぞっとして答える。
「だろー?そいつ、あだな、フルネームでウィル・オ・タッキーだったんだぜ」
ウィル・オ・タッキー→(良く)いる・オタッキー。
そのあだなはどこから出た発想なのかはよく分からないが、その言葉には夢乃も星乃も大爆笑なので
あった。
「あはははは、それってばめちゃくちゃ失礼じゃん!!」
あまりの面白さに、夢乃はわれを忘れて大笑いを繰り広げる。
それを止めようと必死になっている星乃のしぐさは、確かに大地へのアピールなのだった。

「はい、今日は特別にオマケしておいてあげるわ」
ようやくその会話が終わったのは、そろそろお客さんが商店街にやって来始める時間だった。
大地は、昔のよしみでオマケしてもらった300円を片手に、それをじゃりじゃり言わせている。
しかし、夢乃の様子がおかしいのに気づいたのは、それからしばらく経ってからのこと。
なんだかそわそわしている。
「お、お姉ちゃん、どうしたの・・・?」
またもイヤな予感がビンビン来ている星乃が、その夢乃に問う。
その言葉を待ってました、とばかりに、夢乃は、今度は自分の財布を取り出して、いきなりこう切り
出した。
「次は、あそこにいかない?」
そう言って夢乃が指差ししたのは、こちらも、姉の恥ずべき行動の数々で恥ずかしい思いをしてきた
星乃の思い出の駄菓子屋だった。
「えっ、まだ食うのか?」
ちょっとびっくりして聞き直す大地の顔をさりげなく見詰めつつ、夢乃はこう言ってさっさと走り
始めてしまった。
「今日は食べたい気分なのよ♪」
その足の速さときたら、すごいものだった。
さすが、遅刻魔としての訓練は熟達している・・・そう思う大地と星乃は、それを追いかけるのに
夢中になっていた。
星乃「ま、まさか・・・」

そのまさかだった。
夢乃は、その後を追いかけてきた二人に制止をかけると、一人、勇んで店の中へと入っていく。
たしかにこの行動は星乃にとってはやめてほしいことの一つなのだが、裏を返せば、今は大地と二人
きりのチャンス、ということ。
星乃はそれを見逃さなかった。
「ねぇ・・・。私のこと、どう思う・・・?」
ちょっとおっとりした星乃の言葉に、さすがの大地も、一瞬「え?」と言葉を詰まらせた。
「だから・・・っ」
一方、必死で言葉を出した星乃も、それ以上は言えなかった。
「ん・・・。なんだか、びっくりしたよ。星乃って、地味〜ってイメージがあったからさ、今日の
  その格好、結構イケてるぜ?」
「あ・・・ありがとうっ」
言うほうも言われるほうも、両方、顔が少し赤くなっていた。
そんなところへ、夢乃がちょっと不機嫌な顔をして店から出てくる。
ここで、ちょっとドキドキのやり取りが終わった。
そして、大地が、夢乃がやってきたことの結果を聞こうと、軽く言葉を投げる。
「どうだった?」
その言葉に、星乃の不安は更に現実味を帯び・・・。
「良いわけないでしょー・・・とおっくにバレバレだったわよ」
「や、やっぱり・・・。」
夢乃がやらかした所業の全貌をようやく確信した星乃は、思わず身をずずずっとひいてしまう。
夢乃は夢乃で、相変わらず不機嫌そうな顔をしつつ、大地と星乃にお菓子をぽんっと手渡して、
づかづかと歩いていってしまった。
その後ろからする大地の声。
「あれ、おまえ、自分の分はどうしたんだよ?」
すると夢乃は、大地達に背を向けたまま、「あ、あたしはいらないから・・・」と苦笑いをしていた。
そんな夢乃に、大地も星乃も、同じ方向へと首をかしげるのだった。

前半戦、終了。
今のところ、五分五分なのか、星乃がリードしているのかはわからないが、今日の星乃は、夢乃よりも
積極的だったところがあったのは確かだろう。
恋は女を変える・・・。
そんな言葉が、ぴったりなのかもしれない・・・。
  

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