夢の星の物語 ――星乃Side 2:恋(魔)の三角地帯

星乃が風邪を引いたのは、これで何度目だろうか。
引込み思案であるがゆえ、普段からあまり外に出る事をあまり好まない彼女は、夢乃と
比べると免疫力が若干劣っていた。
しかし、その夢乃も、今回は風邪を引いている。
今日は学校は通常通りやっているのだが、二人は大事を取って欠席する事にした。
夢乃のベッドと星乃のベッドは、二つとも同じ部屋にある。
さらには、彼女達の部屋も、そこ。
寝る時などは、いつも顔を合わせなければならない環境ではあったが、それは金銭的
理由からだけではなく、双子なんだから仲良くせよ、という親の教育方針からでも
あった。

そして、その中に、通常はいるはずのない時間帯にいる二人の、互いの恋が互いの
知る所になった。
星乃からすれば、こういう事はあまり詮索して欲しくなかった。
ましてやその相手が幼なじみだとは、どうしても言いたくない。
しかし、夢乃にその気持ちがわかるはずもなく、彼女は星乃に、不意に痛い所を突いて
来た。
「でさ、あんた、誰が好きなの?」
その言葉で、ぬいぐるみの影に隠れている星乃の顔は、さらに紅潮していった。
当然、そんな状態でしゃべるのは難しい。
「・・・。」
しかし、それを知っているはずの夢乃は、なぜか同じ問いを何度も繰り返して来た。
その度に、ぬいぐるみを抱きしめている星乃の腕が、どんどんきつく締まっていった。
こんな状況が、延々30分以上も続く。
事態が硬直したまま、そのまま。
だが、なんでも白黒はっきりさせたいタイプの夢乃には、その無為な時間の経過が、
相当腹立たしいものであった。
そして、我慢できなくなった夢乃が、立ち上がりつつ声を荒げて言う。
「言わないなら予想を言ってあげるわよっ!!」
その、天まで届かんばかりの声に、星乃は一瞬、ビクッと身を縮ませた。
その様子を知ってか知らずか、夢乃は続けざまに、宣言した通りに推測を言って
みせた。
「保健の海風先生でしょ?」
が、それはとんでもない見当違いの推理だった。
その事にほっと胸をなで下ろした星乃は、今度は間髪入れずに答える。
「違うよ・・・。」
言ったその時、夢乃の肩がガクッと落ち込んだのが、ぬいぐるみ越しに見えたのは
言うまでもない。
だが、この1回で夢乃の推測攻めが終わった試しは、はっきり言ってなかった。
彼女は落ち込んだ肩をもう一度スクッと立ち上げると、またもビシィッと指を
指しつつ、もう一つの推測を明らかにする。
「じゃあ、日原先生?」
だが、これも全くの的外れだった。
久しぶりに味わう勝利の瞬間に、星乃の声のトーンはさらに上がり――
「違うよ、全然。」
その、あまりにも意外過ぎる反応に、さすがの夢乃も、よくあるギャグ漫画みたいな
コケ方をしてしまった。
そしてそのまま、「あうう・・・」と鳴咽をもらしていたのだった。
この時、ぬいぐるみに隠れて見えてはいなかったが、星乃の顔は確かに、微笑を
浮かべていた。

こうなってしまえば、後は攻守交代、である。
しかし、星乃も知っての通り、夢乃はメチャクチャな負けず嫌いだった。
ある意味、今の彼女を支え、形作っているのはその負けじ魂が大半を占めている、
そんな感じさえする。
「ちょっとそこっ!まだ質問は終わってないわよっ!!」
あらかじめ、夢乃がこう言って無理矢理「攻め」を取ろうとするのは星乃も重々
理解していたが、この気合の入りように、星乃はあっさりと、さっき勝ち得たばかりの
ポジションを夢乃に明け渡してしまった。
こうなったら、後はだんまりを決め込むしかない。

・・・さらに、30分が経った・・・。

どんな聞き方をしようと完全黙秘を続けている星乃の態度に、この姉が苛立たない
わけがなく、ついに夢乃は、取って置きの切り札を出して来た。
それは――
「じゃあっ!!あたしとあんた、両方が1・2の3で同時に言うってのはどう!?」
交換条件だった。
相手も知られたくない事をさらけ出す、そう言う事であれば、星乃もこれ以上、
しゃべらないわけにも行かない。
こうして、彼女はしぶしぶ、それに応じて、隠していた顔をようやく、夢乃の
両目にさらしたのだった。

いよいよ始まる、暴露大会。
一見、こういう事は慣れっこに見える夢乃も、初恋である以上、実は初めてなのである。
二人は同時に息を思い切り吸い込み――
「1っ!」
「2の・・・」
そして、次のカウントで、まるで互いが互いを撃ち合う西部劇の決闘のような、
ある種の自殺行為・・・もとい、真実をさらす。
その時間は、二人の間でゆっくりと、スローモーションで流れている。
だが、時は止まらない。止められない。
止まらない時は、いつかはその時を迎えさせてしまう。
今が、その時ッ!!
「さ」
プルルルルル・・・。
ダイニングから聞こえてくる、無機質な電話の呼び出し音が、二人の時を止めた。
止まらないはずのカウントが、あと「ん」の一言で終わる寸前に、それを制止
するかのように、その音はけたたましく鳴り続けた。
「・・・」
沈黙は続く。
電話は鳴り続けた。
「・・・私が出る・・・。」
先に声を上げたのは、星乃だった。
彼女はそう言って、今にも切れてしまいそうな電話(コール6回目)の元へと急いで
駈けていった。
その背後から、徐々に情けなくなっていくような夢乃の声が、かえって星乃を
後押ししている。
「ちょっとー、逃げるなぁぁぁぁ〜」

こうして、名残惜しそうに(?)手と声を連動させて迫る夢乃を無言で封じ込めた星乃は、
呼吸を落ち着かせる事もせずに、そのまま受話器を取った。
「もしもし、はぁ、はぁ、大空です・・・」
「何だ?もう運動できるくらいに回復していたのか。良かった。」
受話器越しに聞こえて来たその声は、まさしく保健の先生だった。

いつもは保健室と言う、聖域とも呼べる空間でしか話す事がほとんどなかった二人。
だが、今は星乃の自宅と、いつもの保健室。
自宅にいるのは、星乃ともう一人、星乃からすれば厄介な強敵である夢乃。
こんな状況で、まともに話せる方がおかしいというのもある意味正論だったようで、
星乃の言葉は、いつも以上に途切れ途切れになっていた。
それをじっと聴いていた海風先生。
そして、星乃の言葉が終わると、少しだけ間を置いてから、彼は言った。
「どうやら、好きな人ができたみたいだね。おめでとう。」
「・・・え???」
この時、星乃自身は、まるっきりそんな事を言った覚えはなく、また、そう思わせる
ような口調ではないと思っていた。
だが、いくら電話でも、聞く人が聞いてしまうと、自ずと解かってしまうのだ。
「相手が誰であれ、これも貴重な経験だよ。精一杯、頑張ってみなさい。
  学生時代は、勉強より経験。より多くの事を経験すれば、作る物語にも信憑性が
  増すから。」
「は・・・はいっ。」
一見、推測の域を出ていないような、そんなアドバイス。
でもそれは、人生をほんのちょっと長くやっている人の、暖かみと深みが同時に
入り交じった言葉だった。

そして、先生はもう一つ、星乃に重大な用件を伝えて来た。
「それで、急なんだが、明日は学校、お休みだから。年度日程の記載ミスでな、
  明日は職員研修の日なんだ。」
「・・・そう、ですか。」
その急な知らせに、星乃は正直に残念そうな口調になっていた。
学校が休みであれば、幼なじみと会う確率がぐんと低くなる。
ましてや星乃に外出を好む傾向がない以上、これはもはや、一日中会えないと言う
宣告のようなものでもあったからだ。
しかし、この時にそっと近付いてくる気配を背中に感じていた事もあり、いつまでも
トーンを低くしているわけにもいかず、星乃は思わず言った。
「年度日程の発行って入学式の時でしたよね、もっと早く修正した方が良かったと
  思いますよ?」
電話越しの先生も、その空気はおぼろげに感じ取っていたようで、「そうだな、
注意しておこう」と言うと、後はあいさつのみにして受話器を置いたのだった。

受話器を置く星乃。
そのすぐ後ろには、何やら企んでいるような、そんな気配を漂わせる姉。
恐る恐る振り向いた星乃の目前には、やはり何か言いた気な夢乃の姿があった。
「お、お姉ちゃん・・・」
不穏な空気が漂う中、星乃の声は再び引きつった。
そして、予想通り、夢乃はにやにやしながら星乃に言う。
「ねーねー、今のって噂の彼ぇ?」
夢乃がこう言う態度を取る時は、大抵、妹を詮索しようとしている前兆なのでは
あるが・・・。
「ち、違うよっ!!」
「ふぅん。じゃあ、禁断のカンケイのあのヒトかなぁ〜?」
・・・星乃、赤面。
まさか、そんな、聞き方によっては最上級にいやらしいネタで責めてくるとわ。
「そそそそそ、そんな関係じゃないもんっ!!海風先生は、相談に乗ってくれる人っ!」
「まぁ、別にいーけどねー♪三角関係はうまく行かないわよ?」
「だからぁっ!!」
夢乃のすっとんきょうなフリに、星乃は思わず声を大にしていた。
それを聞いた夢乃の表情は、さらに怪しく輝く。
「身の潔白をしょーめいしたかったらしょーじきに言いなさいっ!」
この時点で勝負有りだった。
こうなってしまえば、星乃にはどうする事もできない。
涙目になってしまう彼女だったが、これはいつもの事であった。
「わ、わかったよぉ、言うから・・・っ」
そう言う星乃は相変わらず、整った顔にはあまり似合わない、割と少女ちっくな瞳が
潤んでいる。
夢乃はと言うと、笑顔を見せつつ、確かに、さっきの無言の圧力を倍返ししていた。
「わ、私の・・・」
あぁ、四面楚歌・・・。星乃の頭には、この小難しい故事成語だけが浮かんでいた。
「好きな人は・・・」

刹那――

ぴんぽーん。

次の瞬間鳴り響いたのは、星乃の好きな人の名前ではなく、ドアホンだった。
夢乃の肩がまたもや、がっくりと落ちたのは言うまでもない。
星乃は星乃で、この窮地を救ってくれた白馬の王子様に感謝するような、何だかめちゃ
少女漫画的な感情が発動している。
気と間が揃って抜けている夢乃を尻目に、星乃は迷わず玄関へと向かった。

「ごめんくださーい。」
ドア越しから聞こえてくるのは、聞き覚えのあるあの声だった。
その声を聞いただけで、星乃の顔は、さっき以上の紅潮ぶりを見せている。
そんな事もあり、なかなか出ない声を無理矢理出して応対する星乃。
「い、い、今、開けるね・・・」
「・・・?」
静かに開いた、二人を遮る敷居。
そこにいたのは、間違いなく、大地だった。

晴天と雲が50:50の状態の空の下の高浪区の某賃貸マンションの一室での出来事。
開けられたドアの向こうにいた人物が星乃だと知った大地だったが、次に出た言葉は
コレ。
「お、星乃が出るなんて珍しいな。」
普通なら、今の星乃の表情を見ればなんとなく、特別な感情を寄せられている事に
気付いてもおかしくないのだが、やはり男と言うのは鈍感なもので、大地はいつもの
ような態度を取り続けている。
「う、うん・・・。ででで、でも、あの、その・・・」
「・・・?」
いつもはおっとりしながらも割と聞きやすい言葉づかいをする星乃が、今日に限っては
めちゃくちゃ歯切れが悪い。
「あ・・・。調子悪いみたいだなぁ、風邪、大丈夫か?」
・・・やっぱり彼は鈍かったのでス。
しかし、そんなごく自然な態度が、かえって星乃をパニック状態に陥らせていようとは、
この幼なじみが感じるわけもなく、ただただ、きょとんとするだけであった。

その頃、ようやく正気に戻った夢乃は、玄関の方から聞こえてくる声に気がつくと、
大急ぎでそこまで駆け寄っていった。
でも、夢乃だって恋なんざ初体験。
大地の顔を見るなり、その足はぴたりと止まり、星乃ほどではないが顔が赤くなって
しまう。
とことん鈍角三角形の大地は、ここまで確実な状況証拠が揃っているにも関わらず、
それに気付く事すらできていないと言った感じで、夢乃を見とめると、いつもと
同じように「おーっす」と軽いあいさつを飛ばしてくる。
「お、おはよ〜。風邪ならもーだいじょーぶだし、暇だし、あたし。地球寄ってく?」
何年前のCMをパクってんだか、夢乃はいつものかけあい漫才モードに突入させようと、
実は苦し紛れのボケを入れていた。
「いいねぇ〜・・・って、お前ん家って無○くんだったんかい。」
一方、二人が手の付けようのないボケ&ツッコミにより会話の主導権をあっさり奪われた
星乃は、もはやこの状況をどうする事もできず、ただただ、大地の顔と夢乃の顔を、
交互に見詰めるだけ。
しかし、それを見ているうちに、星乃はある事に気がついてしまった。
それは、今後起こるだろう困難を、さらに増幅させるような事。
(・・・お姉ちゃんも・・・大地くんの事が好きなの・・・!?)

その場全体の雰囲気自体は変わる事はなかったが、星乃の周りだけには、この時確かな
暗雲が立ち込めていた。
晴天の霹靂――まさに、そんな感じである。
その霹靂は音を伴わない、不思議な雷。
しかし、その晴天に突如現れた雷雲を見落とす人はまずいない。
当然、夢乃も、一瞬だけ星乃を見ると、同じ事に気がついてしまった。

それからすぐ後、大地は明日、久しぶりに3人でどこかぶらつくと言う誘いを二人に
持ち掛け、ウェーブハイツを後にした。
「3人」。星乃達にとっては、うれしいながらも、何だか言い様のない想いに
かられるには十分な一言だった。
2対1。しかも、両方とも、1人の男性に気があるのだから、それも仕方のない事。
おまけに、恋敵は双子の姉・・・。
初恋であるにも関わらず、星乃に襲いかかる難題は、今までのテストのどの問題より、
頭を悩ませる事になる。

"This is a triangle which was too hard to me."

にわかじこみの恋の三角地帯は、果たして、魔のトライアングルゾーンとなり得るので
あろうか・・・。

大地が帰路に就いた後、すぐに自分達の部屋に戻った二人だったが、その後、その中で
二人が口を開く事は、決してなかった。
  

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