半分の月が輝いていた星空を背景に展開された、スピアとドゥームとの最初の
戦いから一夜明けた、朝日のまぶしいポーラルの真ん中の、石造りの古くて
簡素な舞台から伸びる一条の光の輪。
その光は真夏の陽光のごとき強さを誇り、いやがおうにも周囲を白く染めていく。
もちろん、こんなモノをまともに見詰められるものなどいない。
そのすぐ横には、黒いレンズのついたメガネのようなモノをそのゴツい顔に
装着して腕組みしているアクト。
そして、その光の中には――
ルティナ「スピアさん、な、なんですか、これっ!?」
スピア「お、俺が知るわけないだろ、ルティナっ!?」
生まれて始めての光景に、ただうろたえるだけの金髪つんつん男と蒼い目の美少女。
彼らが居るはずの光の筒の中は意外にも、それほど眩しくなく、かえって、
心地よい草原の陽だまりのような暖かささえ感じる。
まるで、なにか、大きくて優しい意志に抱かれている、そんな言葉がぴったりの
感覚が、次第に二人の動揺を消し去っていった。
だが、次の瞬間聞こえて来たのは、鳥のさえずりでも、風に揺られてこすれる
若芽のざわめきでもなく、声――いや、実際には声ではないのかもしれない。
耳を媒体にしているのではなく、頭に直接語りかけてくるような感覚を覚える
それは、慈しみさえ感じさせる、穏やかな声だった。
何かの意志「ようこそ、私をココロに宿す者よ――そして、己が記憶をなくした
            戦士よ――」
スピア「――っ!?」
まるで自分達の事を何もかも知っているような語りの声に、スピアは一瞬、
穏やかなフリして内心びっくりしていたのだが、それとは対照的に、蒼い瞳に
更なる光を映し出して、ルティナは語り掛けてくる意志に向かって言葉を返す。
ルティナ「・・・あなたは私のホームルミナス・・・マーライオンさんですね?」
遥か上空を見据えて言葉を発したルティナは、次に、光の壁に向かって、そっと
両手をかざした。
その光の壁に映し出されたのは、スピア達のピンチを何度も救った、あの蒼い
獅子――マーライオンだった。
性別すらも定義不能なマーライオンの意志は、獅子という猛々しい姿とは裏腹に、
温和――たとえるなら、そよ風吹き抜ける、澄みきった湖面の水のようである。

マーライオンを映し出すスクリーンのような光の奔流は、その周囲のざわめきや
驚きの声を、ことごとくさえぎっていた。
無音の境地にたたずむ二人の意識に直接語りかけてくるマーライオンを眼前に、
二人はしばし固まっていた。
マーライオン「・・・あなたが私を呼び出した、と言う事は・・・。
              いよいよ、遺失生命学<<ロスト・バイオロジー>>の負の遺産――
              制御装置を埋め込まれたドゥームが現れたという事ですね?」
次の言葉を告げる事ができずにいる二人をさえぎり、マーライオンは問いただす。
ルティナ「・・・」
しかし、昨晩の兵士の正体を知らないルティナに、この問いに答える事は不可能
だった。
代わって、昨日の一連の事をすべて目撃していたスピアがその言葉を肯定する。
スピア「ああ、アクトの話じゃあ、初期段階の試作品だそうだが・・・出た。」
その言葉を認め、しばし沈黙するマーライオン。
白く、辺りの景色を二人の視界からかき消している光の輪が、時が経つのを
忘れさせる中、少し間を取ってから、マーライオンが次の口を開いた。
マーライオン「・・・人間の作った装置により、意識を支配されて命令を死ぬまで
              実行させられる悲しい生命体・・・それがドゥームです。
              ですが、彼らは元々、ファリスタの生態系に反する生物・・・。
              さらには、良心を感じる事すら許されぬ、あるいは抜け殻。
              それを除去しなければ、ファリスタは混沌に包まれるでしょう。」
落ち着きながらも深刻な言霊を送り続けるマーライオンの声を、ただじっと聞き
入っている二人。
そんな二人に、光の使徒は問う。
マーライオン「・・・ドゥームの悲しい魂を解放する――すなわち、無理矢理
              生み出された彼らに転生の資格を与える事ができるのは、他でも
              なく、私たちルミナスだけです。
              しかし、私たちは自らの独断だけで動き、その力を行使する事を
              自らの戒律で禁じています。
              そして、あなた方人間が私たちの助力を得るには、各ルミナスが
              出す条件を叶えなくてはなりません。
              私の出す条件は、あなた方の意志を、言葉で私に示す事。
              あなた方は・・・私たちの力を正しく使い、己が同胞の邪悪な
              理想を打ち砕く意志をお持ちですか?」
二人「・・・」
優しくも強大な意味を持つマーライオンの言葉に、二人は深く考えた。
「答えをあせる必要はありません。ゆっくり、自分に問い掛けるのです。」
そんな言葉が、二人の心に響き渡る。
もちろん、今まで二人は、世界の平和や混乱からの救済など、考えた事もない。
10年前の混沌と恐怖を記憶に留めていないスピアと、物心ついたかつかないかの
微妙な年頃にその終結を迎えていたルティナにとって、今の世界平和はごく自然な、
当たり前の事であった。
だが、現にポーラルは襲撃された。
そして、ゾンビドゥームと化していた兵士が事切れる前に遺したあの言葉。
不安と困惑の二つ名がついた心の霧が、二人のそれぞれの意志を見えにくくする。
まるで、混沌を助長せんがために二人を迷宮に陥れるがごとく。
だが――
ルティナ「私は・・・自分なんかの力でどこまでできるか解からないです。
          でも・・・。
          生きているのに自分の意志を持つ事を許されない動物がいるのなら――
          それを使って、この集落の人達を苦しめようとしている人がいるの
          なら――」
私はやります、と、彼女は、自分と同じ色の瞳を持つマーライオンの目を、そらす事
なく見据えて宣言した。
そしてまた訪れる、しばしの沈黙。
その空気の重さは、全てのモノを押し潰すくらい、張り詰めていた。
そんな、果てのない沈黙を破ったのは――
マーライオン「・・・スピア、あなたはどうですか?」
スピア「――俺も!?」
突然のマーライオンの問いかけに、ルミナスを召喚する力を持っていないスピアは
狼狽した。
だが、問い掛けた本人の目は、あくまで真剣なままだった。
そして、言葉を発する。
マーライオン「当たり前です。あなたは気付いていないだけです。
              あなたは、ルミナスの助力を得た者とココロをシンクロさせる
              能力を持っている――
              今まであなたは一人でしたから、それに気付かないのも当然ですが。」
スピア「人とココロをシンクロさせる事なら、誰だってできるんじゃ・・・」
一見正論な抗議の声を上げるスピアを、マーライオンはさえぎって言葉を続ける。
マーライオン「そうです。人とココロをシンクロさせようと思えば、誰にでも可能。
              ですが、あなたは昨夜の戦いですでに経験しているはずです。
              出会ったばかりだというのに、ルティナをよく知らないはずの
              あなたは、彼女によって呼び出された私とココロをシンクロさせた
              ではありませんか。」
スピア「――っ!!」
マーライオン「互いをよく知り、一部も疑う事なく信頼している人間同士なら、
              互いのココロをシンクロさせる事はできます。
              ですが、通常の人間が、ルミナスサマナーを通して、精神生命体で
              ある私とココロをシンクロさせる事は容易ではありません。
              偶然だったにせよ、あなたはそれをやってのけたのです。
              それに――」
マーライオンはここまで言うと、一旦言葉を切った。
突然告げられた自分の能力を、ココロのどこかでまだ半信半疑な部分を拭い切れない
スピア。
彼のココロの霧は、未だに晴れてはいない。
だが、マーライオンはその霧を、自らの力で払い除けようとでも言うのか、スピアに
言霊を再び送り始めた。
マーライオン「合体奥義<<コラボレーション・アーツ>>は、ルミナスサマナー
              と、同調者<<シンクロナイザー>>が揃わねば成り立たないのです。
              昨晩、ルティナとあなたが見せたあの大技は、未熟ながらも立派な
              コラボレーション・アーツです。
              ドゥームや、それを操る者達を倒すには、ルミナスの力だけでは
              ダメです。」
一部の敵にはコラボレーション・アーツでなければ太刀打ちできない、だから
あなたの意志も確認しなければならないのです、と、マーライオンは結論付けた。

そして、またしばらく、沈黙の中で時が進んだ。
相変わらず、まばゆい光を放ち続ける仕切りの高さは、先ほどといくらも変わっては
いない。
今、何時なのか。
それすらも忘れさせてしまうほど、その光は強く伸びていた。

光は待ち続けた。
スピアが己の意志を、言葉で現すのを。
彼の横のルミナスサマナー、ルティナも、時折、押し黙ったままのスピアの横顔を
ちらりと確認しながら、彼の言葉を待っている。
無音の境地に立って、スピアは自分がどうしたいのかを考え続け、そして――
出て来た言葉は、決して正義の味方の言葉ではなかった。
スピア「俺は、世界が危ないとか、そんなものをいきなりつきつけられても
        わけがわからない。」
ルティナ「――えっ?」
その言葉に、ルティナの表情が驚きに曇った。
マーライオンは、スピアの言葉の続きを、ただ彼を見据えたまま待っているよう
だった。
少々のタイムラグの後、スピアは言葉を続ける。
スピア「でも、俺達をあんなクサい牢屋にぶち込んだ奴等は許せないし、
        恩人の、正しい意志をあっさり裏切るのもイヤだ。」
アクトの影響でも受けたのか、スピアは淡々と言葉を口にしている。
だが、その言葉を聞いていたルティナの方はというと、少し安心したような、
でもその言葉の続きがやっぱり怖い、そんな感情が入り乱れているような感じが
する。
そしてマーライオンは、なおも自らの沈黙を破ろうとはしなかった。
スピアの次の言葉を、ただ待っていた。
この状況からなのだろうか、スピアの顔に、さすがに照れの気配が漂い始めて
いたが、彼は思いきって言葉を出したのだった。
スピア「シンクロナイザー、だっけ?
        ルティナと俺が、二人いなきゃドゥームを倒せないのなら――
        それを作ってる連中にケンカを売っても無駄だと言うのなら――
        そして、俺がいなければ、ルティナが危険な目に遭うのなら――」

俺も、やれるだけやってみる。

彼は、マーライオンにそう伝えた。
そこに、もう張り詰めた緊張感はなかった。
光の隔たりが作り出していた閉鎖感は、いつの間にか、彼らの決意を称えるかの
ような祝福に満ちていた。
それを生み出している張本人のマーライオンも、二人の言葉を聞いて、真剣な
ブルーの瞳を和ませ、ついに自身の沈黙を破った。
マーライオン「・・・聞かせて頂きましたよ、二人とも。
              あなた方の決意を。意志を。
              最初の動機は、行動を起こすきっかけを作るに過ぎません。
              ならば、私はあなた方の力になりましょう。」
蒼い獅子はそう言うなり、自らの両腕を天高くへと突き上げた。
光の壁は空中でその幅を急速に狭め、いつしか一条の光線へと姿を変える。
その光が太陽に届いたとでも言うのか、光の壁は再び元の形状に戻った。
そして、そこから舞い下りたのは、宝石のような、エネルギーの塊とも言うべきか、
何とも言い難い光のしずくだった。
降り注いだしずくは、スピアとルティナの体の中へと吸い込まれていく。
力が湧き上がるような感覚を覚え、何が起こっているのか把握する事ができない
二人に、マーライオンは言った。
マーライオン「今ので、水のルミナスのもう一つの力を、ルティナに授けました。
              ルミナス・ロアー・・・言うなれば、ルミナスの力を魔法に転換
              したようなものです。
              私を召喚する時と同じようにすれば、属性と力に応じた望むモノが
              発動できるでしょう。」
言いながら、マーライオンの姿は徐々に、光へと溶け込んでいく。
マーライオン「そして、スピア。
              あなたには水の属性を武器へと一時的に宿す力を与えました。
              あなたの技の幅が、これで広がるでしょう。
              使う時は、自身の心に触れてください。
              そうすれば、使えますから。」
その言霊を最後に、マーライオンの姿は完全に消え去った。
同時に、今まで二人とポーラルをさえぎっていた光の壁も鎮まっていく。
二人の眼下に、見慣れた「世界」の光景が戻って来たのは、それから間もなくの
事だった。

アクト「・・・無事、身につけたようだな。」
スピア「・・・んー・・・っ」
ルティナ「・・・はにゃぁ・・・?」
二人が次にいた場所は、なぜかルティナの家の、それぞれのベッドだった。
アクトの、割と低い声で呼び起こされた二人は、さっきまでの光景が未だに脳裏
から離れず、なぜここにいるのかさえも見当がつかなかった。
窓越しから聞こえるのは、もう小鳥のさえずりではなく、夜行性の虫達の合唱。
半分よりやや欠けた月が、すでに一番高い所にまで昇っていた。
ルティナ「えっ・・・な、なんで?」
スピア「なんで夜なわけ?」
自分達が感じていた時の経過とのあまりの違いに、我が目を疑う二人に、アクトは
相変わらずの落ち着いた声で、言った。
アクト「言い忘れていたが、ルミナスとの契約には1日以上かかるケースが
        ほとんどだ。あれから3日は経ってるぞ、もう。」
二人「んな事言い忘れるなあぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」

アクトのすばらしくも単純な指摘に、すっとんきょうな声でダブルツッコミを
入れる二人の顔からは、同じところから一筋の汗が流れていたという・・・。

気を取り直して、次の朝がやって来た。
いよいよ、二人の運命の歯車が動き出した。
そして、その歯車が、噛み合ったもう一つの歯車を本格的に動かし始める。
一対の歯車が動かすのは未来への道に続く跳ね橋か、はたまた混沌への扉か。
二人が立ち向かおうと決意した者達もまた、本格的な活動を開始していたのだが、
この時二人は、その事をまだ知るよしもない。
  

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