私設軍隊とは言え、徹底的に訓練された軍人との無謀な戦いに、何とか終止符を
打つ事ができたスピアとルティナ。
だが、その表情は、何とも気が抜けてしまうほどにきょとんとしていた。
しばらくの間、夜の沈黙と彼らの沈黙が手を組んで、更なる静けさを、月明かり
のみが照らし続けるポーラルを包む。
一方、今の今まで、まるでどこかの戦地のような轟音を立てていた家の外が、
急に、水を打ったかのように静まり返った事で、二人の事が余計に心配に
なって来ているルティナの両親。
そして、この白い家の中でも、天然の沈黙と人工の沈黙が手を組んでいた。
が、その沈黙は、意外にも外から打ち破られたのだった。
集落中の家の中から、次々と飛び出してくる住人達。
そして挙がる、歓喜の叫び声。
その声にようやく我を取り戻し、普通の表情に戻ったスピアとルティナの周りに、
彼らが続々と集まって来たのは言うまでもなかった。
筋肉野郎「おうっ、やりやがったな、若造っ!」
気弱の少年「すごいねー、つよいねー!」
次々とかけられる歓喜の声に、二人は少し戸惑いながらも、勝ちどきを上げる。
スピア&ルティナ「いえーいっ!」
・・・この時、二人の声が見事にハモって、二人の間に妙な感情が発動していた
のは言うまでもなく、月明かりと、ポーラルの住人が持つ灯かりの二つに照らされて
ほんのり赤く火照ったお互いの顔を見合わせたのだった。

と、その時だった。
夜だというのに、集落の入り口辺りから、何やら体格の大きな人が、灯かりも
なしに歩いてやって来たのは。
さっきまでの浮かれ気分が一変、一気に緊張感に包まれる夜の集落。
近付いてくるにつれ、その緊張はだんだん、強く張り詰めてくる。
だが、それは、気弱そうな少年の一言で、一気に打ち砕かれる事になった。
気弱の少年「アクトさんだっ!」
アクトと呼ばれたその男性は、その声を受けて、木の幹のように太く大きい腕を
天にかざし、大きく振ってみせた。
そのことで、集落の人間全てが安心しきったのは言うまでもない。
そして、その男が次に近寄って来たのが、スピア達の所だった。
アクト「無事だったようだな。」
アクトにそう言われて、「ええ、何とかっ」と返事をしてみせたルティナに
対し、スピアはというと、灯かりに照らされたその顔を見て、びっくり仰天
していた。
スピア「あっ、あんたっ、さっき助けてくれた人っ!?」
スピアのこの狼狽ぶりに、周りの者達は皆、きょとんとしてしまう。
だが、当のアクトは、そんな事は全然気にする様子もなく、ただ、「そうだ」
と言って、目が真ん丸になって動けないスピアの横を通り過ぎた。
そして、ここが集落化する以前からすでに有ったとされる舞台、通称「祈りの
舞台」に昇ると、さっきの落ち着いた声から一変、大きな声で、その場にいる
全員にこう呼びかけた。
アクト「いよいよ、奴等が動き出したっ!
        人工種は、すでに身近な脅威となりつつ有るっ!
        今こそ、救世主となるルミナスサマナーを育て上げ、
        この地を――ファリスタを守る時だっ!
        グリシアナの血塗られた過去を繰り返させてはならないっ!!」
突然アクトが口にした言葉。その内容は少々堅いが、誰にでも解かるような内容。
だが、記憶を無くしたスピアにとっては、あちらこちらで出てくる専門用語を
理解するのに、大量の知力と精神力を強いられる結果となる。
しかし、その中で、たった一つだけ、聞き覚えのある単語があった。
スピア「・・・何だ・・・?この言葉に感じる、妙な懐かしさは・・・?」
そのか細い言葉を隣でかすかに聞いていたルティナ。
だが、スピアがつぶやいた言葉の意味を理解できずに、またもきょとんとして
しまうのだった。

それからしばらくの時間が経ってからの事。
ルティナの家で、疲れきった体を癒すためにそれぞれのシングルベッドに
横になっている二人は、この一連のドタバタが持つインパクトの強さのせいか、
なかなか寝付く事ができなかった。
それでも、時はゆるりと、だが確実に進んでいく。
その時間に導かれ、二人の目には、次第に映像をぼかす要素が現れ始め、
いよいよそれぞれの夢の世界へと足を踏み入れる・・・
はずだった。
外からの声「うわぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
突然聞こえて来た、断末魔の叫び声に、眠りの誘惑をかき消されたスピアは、
急いで、窓越しに状況を確認しようとする。
すると、集落の入り口で、夜を好んで侵入してくるならず者連中を見張っていた
門番が、まるで小さな地震で震える家具みたいに小刻みに震えているのが見えた。
スピアの目つきが、死地へと赴く時の形になるのは、これで何度目だろうか。
とにかく、彼は大急ぎで、暗闇の中から斧を拾い上げると、何も言わずにその
場所へと向かっていった。
それとはやや遅れて、ようやく起き出したルティナだったが、なぜか、体が
思うように動かない。
ルティナ「――痛っ・・・痛いっ・・・」
それどころか、ちょっとでも手足を動かすと、猛烈な痛みが彼女を襲う。
――極度の疲労と、それによる各所の筋肉痛だった。

一方、ルティナを起こそうともせずに新築の家を飛び出したスピアは、
行き着いた集落の入り口付近で、信じられないものを目の当たりにした。
スピア「こ、こいつは!?」
それは、今し方倒されて、泡となって消滅したはずの無精ひげの兵士が、
雄叫びともうめきとも取れないような不気味な声を発しつつ、門番を破竹の
勢いで攻撃している光景だった。
門番「ひぃぃぃぃっ、た、助けて、誰か、助け――ぎひゃぁぁぁぁぁっ!?」
情けない声を上げて助けを請っていた門番の口が、狂暴な兵士のゾンビによって、
身も凍るような激痛により、沈黙と言う名の死を与えられてしまった。
その場に倒れた門番は、あまりの激痛に声を発する事ができなくなってしまって
いた。
スピア「こ、この野郎っ・・・許さないっ!」
言うが先か、傷つけた門番の体から流れる血液を舐めまわしているゾンビに
向かって、スピアは渾身の力を込めて斧を振り下ろした。
ところが、月明かりを反射して勢いよく振り下ろされたはずのスピアの斧が、
ゾンビの体を捕らえる前に、ぴたりと止まってしまう。
スピア「なっ・・・、嘘だろ・・・っ」
怒りの刃となるはずだった斧を止めたのは、何と、体の制御さえおぼつかない
はずの兵士のゾンビの左手だった。
ゾンビ「がぁぁぁぁぁぁっ・・・」
気味の悪い咆哮を轟かせつつ、余った右腕を振りかぶるゾンビ。
次の瞬間に鳴り響く、痛烈な打撲音。
スピア「がっ!!??」
強烈な打撃を受け、スピアは、大人の体一つ分の距離を吹き飛ばされてしまった。
やわらかい、それでいて鋭いポーラルの芝生が彼を優しく受け止める。
そのおかげもあって、スピアが受けたダメージは、ゾンビの右手より繰り出された、
およそ普通のアンデッドのものとは思えない強烈な拳によるものだけで済んだ。
腹を抑えつつ、なおも立ち上がるスピアだったが、そのすぐ側には、すでに、
ゾンビの生暖かく、独特のにおいを放つ吐息が漏れている。
スピア(今から斧を振りかぶっても、こいつには勝てないっ・・・!)
信じる事ができないほどの強靭な力を持つ目の前の敵に、スピアはどう
立ち向かえば良いのかを模索し始めた。
しかし、相手の攻撃は留まる事を知らず、執拗に生ある者を駆逐しようと、
その豪腕を振るってくる。
このままでは、スピアの体力が尽きてしまうのは見るよりも明らか。
スピア「くっ、これじゃあ・・・っ」

と、その時だった。
目の前の脅威に押し潰されそうになっているスピアの後ろから、落ち着きのある、
あの声がしたのは。
「今のお前ではこいつには勝てない、どけっ!」
スピアにそう指示してきたその声の主を確認しようと、スピアはゾンビの猛攻
を受けない距離まで移動し、後ろを振り向いた。
するとそこには、大きな岩とも比喩できるような、静かな闘気に満ち溢れた
男の姿が。
アクト「こいつはただのゾンビではない。見ていろ。」
アクトだった。
彼はそう言うなり、雲が晴れて満点の星空となった空に、その巨体に相応しい
巨大な剣を突き上げると、その意識を剣先に集中させ始める。
その間にも、ゾンビはゆっくりではあるが、確実にスピア達に近付いてくる。
そして、血に飢えたゾンビの腕がアクトを捕らえそうになった瞬間、アクトの
姿がどこにも見当たらなくなった。
だが、それは一瞬だけ。
彼はおぞましいゾンビの遥か後方に、突き上げていた剣を横に向けて立って
いた。
アクト「奥義、滅殺剣・崩鬼!!」
アクトが言葉を発した瞬間、無数の強烈な朱の光を放つ閃きが、ゾンビの体を
瞬く間に切り裂いていく。
ゾンビの体は見るも無残にバラバラになり、その場にぼとぼとと落ちていった。
その光景の一部始終を、ただあ然と見ているスピア。
それに反して、アクトは早速、自分が切り裂いたゾンビがいた場所まで近寄ると、
そこに落ちていた、奇妙な形の金属片を拾い上げた。
その金属片は、正方形の黒い物体の周りを、何とも面妖な形の金属が無数に、
だが規則正しく配列された、ムカデを思わせるような形をしている。
それを確認したアクトが、未だに呆然と立ち尽くしてるスピアの方へと歩み寄り、
その金属片を見せた。
それにようやく気が付き、正気に戻るスピア。
スピア「・・・これ、なんだ・・・?」
科学技術単体を必要としないこの星の者なら誰でも聞いてしまうであろう質問を、
当然のようにするスピア。
それに対しアクトは、まるで何事もなかったかのような冷静さで、その問いに
答えた。
アクト「CPUと呼ばれる、機械の「頭脳」の役割を果たすものだ。」
スピア「じゃ、今のは、機械なのか・・・?」
アクト「・・・いや、生命体だ。」
このアクトの矛盾した発言に、スピアの肩はがっくりと落ち込む。
スピア「じゃあ・・・何なんだよ・・・」
笑えない漫才にも聞こえてしまうようなこのやりとりだったが、それに終止符を
打ったのは、言い出しっぺのアクト本人であった。
アクト「これは、人工種「ドゥーム」を操作、支配するためのCPUだ。
        古代グリシアナの負の遺産、「災厄の運び手」・・・
        今のゾンビは、人の手で作り出された、「人工種」だ。」
アクトが放ったこの言葉に、記憶喪失なはずのスピアの顔が、にわかに凍りついた。
大脳の中にある「海馬」に蓄積された彼の過去にアクセスする事は彼自身には
できない事ではあったが、それ以外の、なんとなく感じる、言うなれば第六感の
ようなものが、それを引き出したのである。
スピア「何だって・・・っ!?」
先ほどまで猛威を振るっていたバケモノの正体を知って狼狽する彼に対し、この男は
やはり、全くと言って良いほど表情を変えずに、さらに言葉を続ける。
アクト「ただし、こいつは人工種の中でも初期のプロトタイプ、言うなれば実験用
        の試作体だ。
        当時の技術では、生きている生命体の意識を完全に制御下に置く術が
        なかったため、死したる後にプログラムが起動、ドゥームとして運用が
        可能になる仕組みだったようだ。」
アクトはこの言葉の後、この手のタイプのドゥームの分類名をさらっと口にした。
それによれば、その名前は「絶命型覚醒種」らしい。

月が西の地平線へと沈みかけるポーラルに、乾いた風が優しく吹きつける。
つい先ほどまで行われていたおぞましい戦いの傷痕を癒すかのごとく。
だが、その風に吹かれて癒されるはずのスピアの心は、それとは対照的に、まるで
竜巻吹き荒れる大地のように、恐怖でいっぱいになっていた。
過去と言う結界に守られたはずの負の遺産と、本来なら有り得ないはずの邂逅を
果たしてしまったのだから――

長かった夜がようやく白み始め、小鳥の鳴き声があちらこちらから聞こえ始める
集落。
あまりにも激し過ぎた心の揺れ動きが災いして眠れなかったスピアと、体が痛いと
言う、異なる事情で、あれから再び眠りに着く事を許されなかったルティナの顔には、
いくらカッコよかろうがそれを台無しにしてしまうような目のクマができていた。
ルティナ「お、おはようございますぅ・・・ふあぁぁぁ・・・」
スピア「おはよぅ・・・」
彼も彼女も、本当は「おはよう」なんていうレベルの睡眠時間ではなかったが、
ここは一日の通過儀礼として、あいさつをせざるを得なかった。
あまりに重く塞がろうとするまぶたを何とかこじ開けるべく、さわやかな朝の風を
浴びに外に出た二人。
そこに広がっていたのは、深夜の激闘がまるでなかったかのように、何もかもが
生命力に溢れていた。
周りを見渡すと、こんな朝早くから、早速仕事に出かける集落の男共の姿が。
通りすがりにあいさつをしてみた二人に、彼らはさわやかな(?)表情で言葉を返す。
木こり「おっす、二人とも、昨日はごくろうさん。」
牧場主「お早いお目覚めで。若いっていいねぇ〜」
・・・このおっさんども、二人の「眠れなかった証」を完全に無視していた。
不眠男「は、ははは、ぐっすり眠ったものですから、あははは・・・っ」
目のクマ女「う、うん、寝たら疲れも吹っ飛んじゃったですぅ・・・」
眠すぎる今の自分を何とか誤魔化しながら、二人はいそいそと家の中へと戻って
行った。

白くて綺麗な家に入ったスピアとルティナ。
しかし、本当は眠くて眠くて、今にも立ったまま御就寝してしまう所。
そんな二人を見たルティナの母親の豪腕が、しゃきっとしない二人の顔を一発、
ぱしーんと叩いて気合を入れた。
ルティナの母親「あれだけの事があったからわかるけどさぁ、そーんな締まりの
                ない顔じゃあ、見てるこっちが腑抜けちまうよ。アハハハ」
そういう母親の顔をよく見ると、自分達と同じような場所にクマができている。
二人は顔を見合わせると、一斉に同じ事を思っていた。
「人の事言えないじゃん・・・」

と、そんなわけの解からないやり取りをしている所へ、朝だと言うのに、ドアを
ノックする音が聞こえて来た。
ルティナの母親「はいはい、今開けるよ」
田舎だからなのか、そんな非常識には全然警戒心を持たずに、母親は、家の外壁
同様に白塗りされた木製のドアを開けた。
するとそこには、おそらく眠っていないであろうはずなのにも関わらず、そんな
素振りを一切見せようとしない、表情があるのかすら不可解な大男の姿があった。
アクト「ファティナさん。朝なのにすまない。そこの二人に、話しておきたい事が
        あるのだが、お邪魔させてはいただけないだろうか?」
アクトだった。
ずいぶん馴れ馴れしいが、この牧歌的な集落の事だ、顔見知りと言う事で許されて
いるのだろう。
それはそうとして、ここで初めて本名が明らかになったルティナの母親だが、
客人がアクトだという事を認めると、こちらもお返しとばかりに砕けた表現で
アクトを中へとお通ししたのだった。

新品のテーブルに、相対す形で座ったスピア達とアクト。
テーブルの上には、朝に相応しくさわやかな香りを漂わせるハーブティーが人数分、
整然と置かれている。
スピア「話って、何ですか?」
慣れない敬語を使って、ようやく言葉を吐き出すスピア。
それを受けてアクトは、次のような事を持ち掛けて来た。
「ルミナスの助力を得、ドゥームに立ち向かう力を身に付けて欲しい」と。
突然の事に、当の二人は目をぱちくりさせてしまう。
ルティナ「・・・意味がわからないですけど?」
もう一度正面を向き、困惑した顔で答えるルティナ。
アクトに詳しい説明を催促する。
いとも簡単にそれに応じたアクトによれば、ドゥームと言う生物兵器の身体能力は
尋常のモノではなく、普通の人間はまず立ち向かう事ができないという。
それを打破するため、この大陸の各地に存在する「ルミナス神殿」に赴き、各地の
ルミナスの助力を得て欲しいという事だった。
アクト「ルミナス神殿の所在地については、集落の外れに住んでいる考古学者に
        尋ねた方が正確だろう。彼の名はラクシス=アルフレッド。ルミナスと
        グリシアナ文明を専門分野とする学者だ。」
彼はそれを伝えると、二人に、家の外まで来るように促した。
それに従って外に連れ出された二人が案内された場所は、昨日アクトが演説(?)を
した、あの舞台だった。
なんのためにこんな場所に連れてこられたのか、その意味がさっぱり解からずに
またも困惑している二人を背に、再びアクトの説明が始まる。
アクト「この地には水のルミナスが祭られている。彼を呼び出す呪文をここで
        唱え、彼を呼び出すのだ。」
彼はそういうと、ルティナにそっと、耳打ちをした。
そして、ルティナは黙ってその舞台の中心に立つと、両手を頭の上に持っていき、
先ほど耳打ちされた呪文を説き始める。
ルティナ「天にまします光の使徒よ、願わくば我が声を受け、その御姿を示さん
          事を。我が名はルティナ=バズライト・・・」
その言葉が終わった瞬間、ルティナが立つ舞台に、とても朝日とは思えない強い
光が一直線に降り注ぎ、その中がまるで見えなくなってしまった。
何事が起こったのかと、仕事の準備をしていた集落の者達の視線が、光に包まれた
舞台に釘付けになる。
舞台の中を覆い隠した光の壁は、さらにスピアの方へも伸び始め、彼を取り込むと、
その中へと迎え入れる。

光の中で、彼らは見覚えのある、半身魚の、蒼き獅子に出会う事となった。
  

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