――ドンっ!
新たな武器を得、恩返し的な意味合いを含めて、ルティナの家を飛び出した
スピア。
そこに残されたのは、いつもの今ごろは家族のだんらんを楽しんでいるはずの
ルティナの家族だった。
相変わらず震えが止まらない父親と、それとは正反対に腕組みして外を見詰める
母親、そして、自らがついて行かなくてスピアが本当に大丈夫なのか、心配と
ある種の後悔の複雑に絡み合った感情でテーブルの椅子に座って黙っている
ルティナ本人が望むモノはただ一つ。
それは、スピアを含めた集落が、何事もなく無事でいる事だった。
誰もが無言のまま、ただ時間だけが過ぎていく。
それは、白く新しい家が初めて包まれた、緊張と不安の空気であった。

一方、こちらはルティナの家を飛び出し、家族の期待を一心に背負ったスピア。
スピア(確か、兵士は一件一件、尋ねて回ってるんだっけ・・・。)
一見静寂に包まれた夜に抱かれた集落内部の中、彼は心の中で、自分が知り得た
敵の情報を確認し、心に留める。
その鋭い視線が、すでに彼を戦闘態勢に入らせた事を裏付けていた。
その静けさに聞き耳を立て、聞こえるかどうかも解からない物音を探るスピア。
そんなに広くはないこの集落では、それも時間をあまり要せずに済んだ。
自分から見て左側、今いる場所からそう遠くはない平屋の家から、かすかに
漏れて来た罵声。
それを察知したスピアが、誰にも気付かれぬよう、そっとその家の古びた木製の
ドアに近付き、さらにその中の様子を、音で確認しようとしていた。
中から聞こえてくる声、それは・・・。
偉そうな男「おいガキ、黙ってるとためにならんぞ?オレ様は気が短いんだ。」
ひ弱な少年「・・・ほほ、本当に、知りませんっ・・・」
なんと、明らかに弱者である子供に向かって脅しをかけている、何とも卑劣な
男のやり取りだった。
危険を察したスピアが、静かにそのドアを開ける。
古いゆえ、多少の音はしたものの、ドアに背を向けている兵士には何とか
気付かれずに済んだ。
そして、その兵士の図体が幸いしてか、少年からもスピアの姿は見えない。
そこでスピアは、兵士が少年に危害を加えそうになるまで、そのやり取りを
さらに黙って聞く事にした。

それから、小一時間ほど経った時の事。
すぐ暴力に頼りそうないでたちの兵士だったが、なぜか言葉だけで今まで通して
来ている。
だが、このひ弱そうな少年も、そのおとなしそうな見かけに依らず、意外と
「知らない」の一点張りを通していた。
偉そうな男「大人の言う事はきっちり聞くのがガキってもんだろう!?ええっ?」
その怖い顔を少年の顔に間近に迫らせ、ついに持っていた銃をちらつかせ始める
兵士。
だが、それでも少年は強情なまでに、自分の言葉を押しとおした。
ひ弱な少年「知りませんっ!!知らないものは知らないんですっ!!」
二人の後ろでじっと息を殺していたスピアだったが、いよいよ斧を持って、
兵士のすぐ後ろに近付いていった。
だが、ここから、彼が思った展開とは明らかに脱線していく事になる。
偉そうな男「けっ、体が貧弱なクセして強がったって怖くねーよ、このイカ
            野郎っ!」
兵士が使った作戦、それは「言葉の暴力」だった。
スピア(兵士よ、お前も十分ガキじゃないか・・・やれやれ。)
後ろでそっとそう呆れるスピアだったが、当然、兵士達にその表情は見えては
いない。
それをモロに食らった少年の表情が、今までの泣きそうな顔から一転、険しく
眉間にしわを寄せる。
だが、そんな事はおかまいなしに、兵士は少年に対する禁句を放ってしまった。
偉そうな男「お前みたいなへなちょこはママのおっぱいでもすすってなぁ!」
この言葉を聞いた少年の怒りが頂点に達したのは言うまでもなく・・・
ひ弱な少年「僕にはお母さんなんていないんだっ!!死んじゃったんだ!!
            もう飛び込めないんだっ!!うわぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
ついに気が狂った少年が玄関の脇から取り出したるは、何と、その体に
似合わないほど大きなハルバード(戦斧と槍の特性を組み合わせた武器)っ!
それを、兵士に向かってぶんぶんと振り回し始めたのである。
しかも、その腕前は並みの使い手のできる業ではなく、的確に兵士を追いつめ
始めていく。
焦った兵士が、急いで銃を構え、そして――
ドンッ!!
大きく鈍い音の後に広がる、何よりも大きな静寂の音。
そこに混じって小さく鳴り響く、人のうめき声。
だが、そこに立っていたのは兵士ではなかった。
スピア「探し物はぁ、何ですかぁっ!・・・ってね。大丈夫か?」
突然目の前に飛び込んで来たスピアを、ただぽかーんと見詰めている少年と、
木こりの斧を逆刃に持ち直して振り下ろした後のスピア本人であった。
しかし、今の打撲音は、この狭い家の玄関を突き抜け、外まで聞こえていた。
そして、後頭部を殴られてぶっ倒れた、今となってはマヌケとしか言えぬ顔の
兵士が、四角くて、銀の棒が伸びた謎の機械に話し掛けた事により、今まで
他の場所にいた兵士達が、この古びた家の周りに集まってしまった。
それを見とめたスピアが、自分のすぐ目の前でもがいている兵士の背中を足蹴に
した後で、ハルバードを持った少年に「こいつを見張っててくれ」と言い残し、
唐突に玄関のドアを開けて去って行った。
残されたのは、何が起こったのか、未だに把握できていない少年と、スピアに
食らったトドメの一撃で完全にノックアウトされた、大柄の兵士だけだった。

スピアが少年の家のドアを開け、外に出た瞬間、すでにそこは完全に包囲されて
いた。
鋭い兵士達の視線と、ドアの一点に集中的に向けられた、月の光に照らされて
不気味な光を放つ銃口。
いつ火を吹くかも解からぬその邪気が、スピアの表情を一瞬だけ、曇らせた。
だが、その顔は月明かりの逆光のせいで、兵士達には見えてはいない。
互いに微動だにせず、一切の言葉も発さない両者の間に流れる空気は重く、
黒い霧で覆われたかのような、湿り気を保っていた。
だが、それは、スピアの敵である兵士の一人が沈黙を破った事で、一気にその
糸が切れる。
無精ひげの兵士「撃て!」
その言葉と共に、今まで静寂に包まれた夜のポーラルが一変、激しい銃声鳴り
響く戦場と化した。
彼らの銃から放たれた弾丸が、スピアの左胸に向かって空を裂く。
その時、スピアはなんと、考えるより先に、まるで激しく回る鉄道の車輪の
ごとき速さで回転し、四方八方から押し寄せる凶弾を、端から叩き落として
しまった。
撃った兵士達はその光景を見て、ほぼ全員が我が目を疑っている。
だが、驚いていたのは兵士だけではなく、それをやってのけたスピア自身も、
その中の一人だった。
スピア「こ、これが『ガンサバイバー』の力!?」
あまりの衝撃に、スピアは思わず、言葉を発してしまった。
すでに銃声は鳴り止んでいて、その声は兵士達にもハッキリと聞こえている。
多くの兵士達が「ガンサバイバー」が何かを把握する事が出来ず、何を
言っているのかとうろたえ始めていた。
だが、その中に一人だけ、スピアに言葉を返してくる男がいた。
それは、さっき、兵士達に命令を出した、無精ひげを生やした熟年の兵士。
他の兵士と明らかに違う、豪著な衣装に身にまとった彼は何かを悟ったように
こう言う。
無精ひげの兵士「お前、分不相応にも『スキルマテリアル』を持っているのか。」
その言葉に、ざわついていた兵士達の言葉が止まる。
この様子から、スピアはある事を悟った。
それは、階級の違いを感じさせる服装に裏打ちされた事だった。
だが、スピアはそれを一切口にはせず、遠くで鳴く虫の声が静寂を際立たせる
集落の、無精ひげの兵士一点に激しい視線を浴びせる。
スピア「俺には銃は効かない。勝負!」
そしてスピアはまっすぐ、無精ひげの兵士の方へと走っていった。
スピアの言葉通り、周りの兵士達が放つ鉛弾は、標的に備わった不思議な力に
よってすべて弾き飛ばされ、あっという間に、ひげの兵士に到達、鈍い光を
反射する木こりの斧を振り上げた。
そして――
無精ひげの兵士「――ふんっ!」
スピア「・・・っ!」
なんと、その場に崩れ落ちたのは兵士ではなく、攻撃を仕掛けたスピアの方で
あった。
スピアの腹部の真ん中には、生々しい切り傷がついている。
そこから流れる血は、月明かりのみのこの場所ではどす黒く見え、それを見た
ひげの兵士は、その顔に相応しい、にやりとした不気味な笑みを浮かべた。
スピア「・・・くっ、ナイフを持ってた・・・なんて・・・っ」
スピアの意識が、夜闇に溶け込んでいくかのように薄れていく。
その周りには、ひげの兵士の指示によって集められた兵士達が、スピアの息の根
を止めんがために、死を呼ぶ銃口を突きつけていた。
薄れ行く意識の中、スピアの目には、ナイフを持った豪著な衣服の男の姿が映る。
だが、その陰は人間のモノとは思えない、だがどこか見覚えのあるバケモノの
形をしていた。

月の下の惨劇を見たくはないと、月が自らその姿を雲間に隠してしまった
丁度その頃、ルティナ達が身を潜めている白塗りの家では、皆がスピアの武運を
祈っていた。
だが、さっきまであんなに鳴り響いていた破裂音が突然ぴたりと止んだのを
聞きとめたのか、彼女らの心には言い知れぬ不安がよぎっていた。
ルティナ「・・・」
特に、なりゆきとは言え、結果的にスピアに助けられたルティナの表情が、
にわかに曇ったものからさらに暗く変わっていた。
ルティナの母親「・・・まさか、やられちまったのかい・・・?」
何気ない母親の弱気な言葉が、ルティナの表情をさらに変えてしまう。
しばらくの間、沈黙と言う名の大音響が、彼女の家を取り囲んだ。
そして、とうとうルティナは、ある決断をしてしまった。
それは――
ルティナ「やっぱり、私も戦うっ!」
ルティナはそう言うと、さっきまでずっと座っていた、真新しい椅子から
スイっと立ち上がると、両親が止めるのも聞かずに、スピアが戦っているで
あろう場所まで駆け足で向かった。
その後に残された両親は、一人娘の手によって、さらなる不安を与えられて
しまったのだった。

その頃、スピアを取り囲む兵士達は、いつスピアの体を穴だらけにしようかと、
てぐすねひいて待っている様子であった。
対してスピアは、蚊の鳴くようなうめき声をあげつつも、まだ斧から手を放そう
とはしなかった。
その様子が見えているのかいないのか、ひげの兵士は、スピアの苦痛に歪んだ
顔面に自らの醜い顔を近づけると、一つだけ質問をしてきた。
無精ひげの兵士「ルティナはどこだ?言わないと、蜂の巣だ・・・」
だが、スピアは何も答えようとはしなかった。
何度同じ質問をされても、何度「殺す」とひどい言葉をかけられても、彼は、
ルティナの居場所をまるで言おうとはしない。
その態度に、ついには業を煮やす者まで出始め、スピアはいよいよ、死の覚悟を
迫られる事になっていた。
そして、ついに、引き金に指が押し付けられる。
無精ひげの兵士「お前に聞かずとも、この集落を破壊し尽くして、それから
                女を捜す事にする。死ね、青二才。」
こうして、全てが終わりを迎える。
そんな予感が、夜の静寂に包まれた集落中に伝わっていた。

と、その時っ!
ルティナ「おいで、マーライオンっ!!」
兵士達の背後から、突然、女の子の声と共に、夜には似合わない青白い光が
射して来た。
突然の事に、一気にざわめき出す兵士達。
そして、ルティナは現れた蒼い光に、ルミナスサマナーとして命令を出した。
ルティナ「水をまとって押し流して・・・マーライオンエクスプレスっ!!」
そして、その光は、下半身が魚の蒼い獅子を形成し、どこからともなく発生
した水の球体と共に、兵士達の方をめがけて一直線に飛んでいった。
その水の塊は蒼い獅子と共に押し寄せ、スピアを取り囲んでいた兵士達を、
次々とその荒波に飲み込んでいく。
その後に残ったのは、水浸しになって使い物にならなくなった銃と、それを
手放して昇天している兵士、そして、腹を抱えて倒れたままのスピアだった。
慌てふためいて近付いていくルティナ。
それを、瀕死の状態で見とめたスピアが、本当にすまなさそうな顔をしながら、
ルティナに視線を合わせた。
スピア「ごめん・・・また、使わせてしまった、な・・・っ」
ルティナ「今は喋らないで・・・気持ちを楽にして、ね?」
途切れ途切れながらも言葉を吐くスピアを優しく制止し、ルティナは彼の傷口に、
そっと左手をかざす。
その手から溢れ出す、淡くも暖かい光が、引き裂かれたスピアの腹部を、徐々に
塞いでいった。
スピア「・・・ありがとな、ルティナ。」
口では素直に感謝の意を示すスピアだったが、彼の心の中は、少しだけ雲行きが
怪しかった。
ルティナを護るために飛び出していったのに、逆にルティナにまた救われて
しまった自分の不甲斐なさ。
それが、彼の戦いに対する自信を、少しだけ奪ってしまったのだ・・・。
そんな思いが、少しだけ表情に表れる。
暗すぎてルティナにはその顔を見られる事はなかったが、一部でも壊れた自信を
元に戻すのは容易な事ではなかった。

夜闇の最中、あまりに尋常でない戦いを見たくなかったと言うかのように、
雲間にその姿を潜めていた半月が、ようやくその姿を現したのは、それから
間もなくのことだった。
お互いの顔が月の光に照らされ、優しい目に戻ったスピアの視線と、全てが
終わった事に安心し、ほっとした様子のルティナの視線がぶつかり合う。
淡い光に照らされたお互いの顔に、少しだけ笑みがこぼれた。
が、その笑みはすぐに破壊されてしまう。
???「あれがルミナスか・・・なるほど、あのバケモノにはない力だな。」
同じ方向を向き、白い新居に足を向けた二人の背後から突然聞こえる、
しゃがれた男性の声。
その声には、多少なりとも聞き覚えがある。
びっくりして振り返った二人の目が見たものは、なんと、マーライオンの一撃
を食らってもなお平然と身構えている、無精ひげの兵士の姿があった。
両手に、柄の長いナイフを握り締め、彼は、二人から奪った笑みを不吉なものに
変え、ルティナの方へと迫って来た。
無精ひげの兵士「俺一人でも、お前を捕らえれば良い事・・・フフフ・・・」
月の光に照らされた兵士の顔の、あまりのまがまがしさに、ルティナの表情は
一変、凍りついたように引きつってしまった。
その横で、自信のカケラを寄せ集めて、再び厳しい目つきへと変化させるスピア。
そして、彼は兵士に向かって叫んだ。
スピア「目の前で恩人を連れ去られてたまるかよ、悪漢!!」
汚らしいひげに威厳を託してゆらりと近付いてくる兵士の前に、ルティナの力で
復活したスピアが立ちはだかる。
無精ひげの兵士「貴様はいらんっ!」
兵士はそう言うなり、見た目の歳には似合わない俊敏な動きで、スピアの胸を
切り裂かんと襲い掛かって来た。
その両腕に握られたナイフを斧で弾き、スピアが粗削りの我流の技を繰り出す。
スピア「シングル・スラッシュッ!!」
兵士の腰の辺りまで飛び上がったスピアは、体ごと翻した斧を兵士の体に浴びせ
付けようとする。
その斧を、弾かれたナイフでがっちりと受け止め、跳ね除けた兵士が、着地した
スピアの喉元を狙って一閃を放つ。
無精ひげの兵士「くたばれっ!」
正確なナイフさばきを間一髪、後ろに身を退く事でかわしたスピアが、
その反動を利用して上空へと舞い上がり、落ちる重力と体を丸めて回転する力を
利用して、一気に斧を叩き落とす。
スピア「くらえっ、断頭斬っ!!」
この一撃は惜しくもかわされた。
だが、その直前、体を丸めたスピアの視線が、ルティナの表情を瞬時に読み取り、
その顔に秘められたメッセージを感じ取る。
芝生の上に着地してから構え直したスピアの後ろで、ルティナが何かを念じ始め、
その体から、無精ひげが指揮していた兵士達を退ける直前に出た光が溢れ出す。
その光景に、見てくれからも解かる自信家の無精ひげの兵士の動きが止まった。
無精ひげの兵士「なっ、何をする気だっ!?」
その問いかけに応じる者はこの集落には一人としていなかった。
そして、ルティナの前に再び現れたマーライオンが、どこからともなく現れた
大津波を放ち、それと同時に巻き起こる水竜巻が、スピアを、半月と厚い雲が
漂う夜空へと押し上げた。
押し寄せる津波に飲み込まれた無精ひげの兵士が、両手に構えたナイフを放し、
水と地面との間に叩きつけられる。
そこへ、押し上げられたスピアが猛然と落下して来た。
無精ひげの兵士「ぐあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」

激闘の後にまたも広がる、夜の静寂。
そこに響く、誰の物とも知れない、荒い吐息。
紺に染められたポーラルの大地に立っていたのは、スピアとルティナだった。
ルミナスと斧の力に屈した無精ひげの兵士が、途切れ途切れの言葉を吐く。
兵士「バ、バカ、な・・・っ、何故・・・出会ったばかりの、貴様らが・・・っ
      伝説の・・・奥義、コラボレーション・アーツを・・・っ」
それが、無精ひげの兵士の、最後の言葉となった。
ひげ面の男の体から吹き出る泡が、この兵士が人間でない事を物語っている。
が、彼の口から最後に出た単語の意味を、この時まだ、二人は知らなかった。
さっきの連携攻撃は、全くの偶然だったのだから・・・。
  

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