こんなことから書き出すのもなんだが、普通、公家と言うものは、非常に徳の高い人物に
なるように、質の高い教育が施されるものである。
自らを公僕とし、人民のため、そして、国の発展のために尽力できるだけの器にするため、
その教育法は、時に、一般家庭よりも、むしろ厳しい一面を見せるときさえある。
そう、公家とは公僕であり、国民が、安心して国の行く末を任せることのできる「首長」の
一族なのである。
ゆえに、高貴なのである。
このことを踏まえた上で、お話を再開しよう。

「気をつけてね。大声じゃ言えないけど、公子さまって、あまり誉められた性格じゃないの」
公子との面会のときがやってきてしまったルティナの胸中には、プリシスのこの言葉が、
重くのしかかっていた。
「ど、どうしよう・・・」
なんだか豪華な椅子にぽつねんと座らされた状態でつぶやく彼女の足元は、今にも崩れそうな勢いで震えている。
無論、期待なんかする余裕はない。
と言うか、ルティナに公子との玉の輿を狙うほどのがめつさはない。

こつ、こつ、こつ。
硬い靴底が、床を鳴らしてくる。
「ひっ・・・」
縮み上がるルティナ。
だが、靴底は、すぐそこまで迫ってきて・・・

がばっ。

・・・何かが、背後から抱きついてきた。
「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁッ!?」
ルティナ、絶叫。
「あははは、うら若き乙女には刺激が強すぎたかな?マイハニー」
抱きついてきた主は、ルティナから手を離すと、これまた気持ちの悪い言葉を投げかける。
「一体、な、な、何をするんですかッ!?」
怖いことされたルティナの震えは声にまで波及した。
だが、抱きつき魔は努めてクールを気取り、テーブルを挟んだルティナの向かい側の席に
向かいながら、なおも寝ぼけたことを言う。
「はははは、恋人同士なら当たり前のスキンシップじゃないか」
「え、ええッ!?」
初対面の男その言葉を言われて、素っ頓狂な声を上げないものはいないだろう。
「あ、あの、しょ、初対面、ですよねッ・・・!?こう言うときって、な、名乗りあうのが普通じゃ
  ないんですかッ!?」
ルティナは、おびえながらするツッコミにしてはずいぶんと切れ味の良い物言いをかました。
「おっと、すまないね。なんだか、初めて会う気がしなくて、ね・・・」
向かい側に座り、頬杖をつく男の年恰好は20代も前半、まだどことなく幼さを残した感じ。
顔は普通に整っており、黙っていればそれなりにモテるかもしれないと言った具合だった。
「私の名は、イスリー=ロンド=ラサ。公家の次期当主にして、極上の貴公子さ」
無意味に髪の毛を掻き揚げて答える長髪の自称貴公子。
「る、ルティナ=バズライトです・・・」
ルティナは困惑しながら答える。
「君の事は家臣に調べさせたよ。君みたいな可愛い子が、ポーラルに住んでいたとは」
そう言いながら、イスリーはルティナのひざに手を置いた。
いや・・・置いたというよりは、さすり始めたと言うほうが正しい。
「ひっ・・・」
身体を一気にこわばらせ、ルティナは小さく悲鳴を上げた。
「ふふふ・・・これから、君とは何度もお会いする事になる。そして、いずれは私の妃に・・・」
「え、え、え・・・っ」
イスリーの妄言は、この後もさらに続いた。
ルティナは、そのあまりの馬鹿っぷりに、時折顔を引きつらせながら、それでも、その場を
乗り切ろうと必死になっていた。

その頃、スピアたちと言えば。
「公子さまからお声が掛かるなんて・・・すごいことじゃないか!うふふふふ・・・」
五人とも宿屋の中で、ファティナは相変わらず盛り上がっていた。
「う、うう・・・」
それとは対照的に、明らかに狼狽しているのがルークス。
「どうしたんだい、ひょっとしたら娘が王族になるかもしれないってのに」
「だ、だがなあ・・・は、早すぎだろう、まだルティナは15歳なんだぞ」
「・・・・」
「・・・」
楽天的なファティナと、そこらにいるパパの範型の通りの反応を見せるルークスの中、
スピアは、独り、こう思っていた。
(公子・・・どんな人間なんだろう?)

こんな人間だった。
「ふふ、子供は何人がいいかね!?二人の愛の営みに回数制限なんて設けたくないが、ね!
 ふは、フハハハハーッ!!」
先ほどから、自分の妄想を熱く語り、独りで盛り上がっているのである。
「・・・。」
「ん?なんだい、私があまりに美しいから見とれているのかい?」
ルティナは、明らかに呆れているのだが、そんなこと、このナルシー貴公子には関係のないことの
ようであった。
と、そこへ――
「坊ちゃま。そろそろ、国学のお時間でございますが。」
執事、ベルナー=カズンが、イスリーに呼びかけた。
だが、イスリーは「そんなの後々!今はこの子とよろしくやるのさ」と、取り合おうとはしなかった。
「・・・。」
執事は、額に手を当てて、うつむくと、今度はルティナに「お時間は大丈夫ですか?」と聞いた。
「え、えっと・・・家族を、待たせているので・・・」
救いの手を差し出すようなベルナーの言葉に、ルティナは、おどおどしながら、その手を掴もうとした。
が、そんな手を、この馬鹿男は無粋に断ち切ろうとする。
「家族ぅ!?君の家族だって、私と君がゴールインすることを熱く願っているはずさッ!!だ・か・ら!
  そんなことは気にしない、気にしない」
「うぅ・・・っ」
冷徹で自分勝手な一言(?)。ルティナの困惑はピークに達していた。
一方、ベルナーは、すう、と一呼吸置いてから、イスリーにこう諭す。
「先方の都合を考えられないことでは、将来のお妃どころか、国さえも失いかねませんぞ。」
「・・・!」
さすがに、その一言が聞いたのか、今までずっとしゃべり通しだったイスリーが、ようやく押し黙った。
ベルナーは、続けて、こう言う。
「さあ、ここは一旦、切り上げてください。国学の時間が差し迫っております」
「・・・わ、わかった。」
イスリーは、残念そうにうつむくと、すっくと立ち上がって、ルティナに一礼した。
「では、今日のところは帰りたまえ。だが、またすぐに来てもらう事になるよ。」
そう言って、ルティナの目の前から消えていくイスリー。
「・・・は、はい。きょ、今日はありがとうございました」
つぶやくように、ルティナは返事をした。
そこへ、ベルナーがルティナに駆け寄り、一言、耳打ちをする。
「ルティナさま、今日は申し訳ありませんでした。公子様は、あのような性格の持ち主ですが、
  それはすべて、私の責任でございます・・・。お許し願えませぬか?」
「・・・そ、そんな、貴方のせいじゃないですよ・・・えっと、ベルナーさん」
ルティナは、困惑を拭い去れないまま、それでも彼の言葉に答えた。
そんなルティナに、ベルナーは一礼すると、彼女を立たせ、丁寧に言う。
「有難うございます。さあ、宿までお送りいたしますよ」
「は、はい・・・。」
こうして、ルティナは、ようやく、城から逃れることができたのだった。
彼女の心中に残るのは、一抹の不安と、どっと押し寄せる疲れだけだった・・・。

ルティナが宿に戻ってくると、皆が一目散に駆け寄って来た。
「どうだった?うまく行きそうかい?」はしゃいで、ファティナが訊いて来る。
「・・・私は・・・あの人とは・・・はあ」
「どうしたんだ?何かあったのか?」ルークスは、ルティナの反応を見て少し安堵の表情を浮かべ
ながら、それでも、ルティナを敬って訊ねる。
「公子様って・・・その・・・あの・・・」
「歯切れが悪いね。どうしたのさ?」怪訝に訊ねるファティナ。
そこへ、トーンが割ってはいる。
「やっぱり・・・公子様の性格が、アレだったとか?」
「・・・うん」
ルティナは、トーンの言葉を一言で全肯定した。
「あっちゃあ・・・やっぱり、昨日のうちに言っておくべきだったかな。」
トーンは、はあ、とため息をつきながら頭を掻いた。
パルスの表情も、なから想像がついていました、と言う顔をしている。
「どう言うことだい?」ファティナはなおも訊ねる。
トーンは、一呼吸置いてから、こう答えた。
「ラサ公国のスケベ公子。外国じゃ結構有名な話なのよね、コレが。」
「な、なんだってぇぇぇぇぇぇ!?」
トーンの、あまりの突然の言葉に、スピアとバズライト夫妻は大いに驚いた。
「スケベ公子ってアンタ、このラサ公国公家の一人息子様が!?」
唖然とした表情で、ファティナはまくし立てるように訊く。
「ええ。黙ってればカッコいいのに、スケベで、ナルシストで、傲慢で・・・最悪のぼんぼんだ、
  って評価を得ているわ」
「あ・・・あがが・・・だ、大丈夫だったか、ルティナ!?どこも何もされてないなッ!?」
ルークスは、思いっきり取り乱してルティナに訊く。
いや、もはや、それは叫びに近いものだったかもしれない。
「・・・抱きつかれたり・・・手を握られたり・・・うぅ、怖かったよぉ・・・」
先ほどの出来事が、フラッシュバックした。
ルティナの頬に、涙が伝う。
「・・・あ、ああ・・・かわいそうに・・・おのれ公子ッ!!私の娘になんて事をッ!!」
彼女の涙に、ルークスはさらに錯乱した。
その傍らで、やや落ち着いた様子で、スピアがルティナに近づく。
「ルティナ・・・辛かっただろう?」
彼女の前で、優しく声をかけた。
「うっ・・・うっ・・・スピアさぁぁんっ」
不安定になっていたのも手伝ってか、ルティナはスピアの胸を借りて、しくしくと泣き続けた。
その光景をみていたファティナが、ふとつぶやく。
「・・・あたしの、せいか、ねえ・・・。」
その傍らで、ルークスが。
「過ぎたことは仕方ないが・・・もう、玉の輿なんて浮かれていられなくなったな」
二人は、お互いの顔を見つめると、共に難しそうな顔をして沈黙した。
そして、その隣では、トーンとパルスが、「あーあ、見てられない」と言った感じで、首を横に
振るのだった。

そして、ポーラルへと戻る時刻がやってきた。
いや、とっくに過ぎていたのだが、今朝のハプニングのせいで、のびのびになっていただけだったりするのだが。
「ところで、パルスたちは?」
いつの間にか居なくなっている二人。
「ああ、あいつらなら、「仕事になりそうなものが見つかった」って言って、さっき出てったよ」
スピアの質問に答えたのは、すっかり落ち着きを取り戻したファティナだった。
「アンタたちも、何か仕事になるような依頼を受けて、こなしていくって言うスタイルで稼いだら
  どうだろう?少なくとも冒険はしていられるし、いいかも知れないわよ?」
冗談半分に、そうファティナは続けた。
「そうですね、それが一番手っ取り早い就職先かもしれません」
スピアは、真剣な面持ちで答える。
「あらら・・・まあいいや、稼ぎ方はアンタたちに任せるよ。ルティナに変な商売させる以外なら、ね」
冗談が通じなかったファティナは、少し可笑しそうに笑って、そう言った。
「・・・。」
一方、今日一番の辛い思いをしたルティナは、まだ悲しそうな表情を浮かべていた。
その隣で、ルークスが、相変わらずあたふたしている。
「る、ルティナ、ほら、今日のことは忘れるんだ、前向きになればいいこともきっとあるっ」
少々的外れな慰め方だった。
「・・・うん」
ルティナは、力なく頷いた。

そうこうしているうちに、家路に着く準備が整う。
向かうは正門。
その途中で、意外な人物にすれ違った。
その人物とは・・・
「あ、ラクシスさんの助手の人」
視線の先には、「ラクシスさんの助手の人」がいた。
「あ、スピアさん・・・でしたか?お久しぶりです」
「お久しぶりって・・・まだ数日しか経ってませんよ?」
助手の素っ頓狂な言動に面食らいながら、スピアはツッコミを入れた。
「ああ、ちょうど良いや、スピアさんに渡すようおおせつかったものがあったんだっけ」
スピアのツッコミは軽く流された。
さらに、彼に用事と言う重要な項目を出されてしまっては、それを嘆く余地もない。
「は、はあ・・・」
「こちらを、預かってきまして。」
そう言いながら、助手は、古い羊皮紙を渡してきた。
「これは?」
一見すると、ラサ大陸の地図のようである。そのうちの一箇所に、丸印が付け足されている。
「風のルミナスが存在している言われる地点を示した地図です。ご覧の通り、風のルミナスは
  大陸北部の山の頂上にあるルミナス神殿にいると言われています」
「山の上・・・ですか」
助手の説明一つ一つを、聞き漏らさないように意識を保つ。
「その山では、ルミナスとは別に、奇妙な噂が流れていまして、ヴァリス人類とは異なる人種の
  宇宙人が、空飛ぶ円盤に乗ってやってきて、ルミナス神殿を調査しているんだとか・・・」
「えっ?」
突然ずれた情報に、またもツッコミたくなるが、ここは我慢した。
「で、ついでに、そこに来た人間を連れ去って人体実験をするそうですよ・・・うふふ」
我慢できなくなった。
「それ、何の冗談ですか!?」
少々オーバーリアクション気味に身体をのけぞらせて言うスピア。
その姿を見て、にんまりとしながら答える助手。
「もちろん、冗談です。そんな素敵体験が出来る場所なんて、ラサ大陸にはありませんよ。」
「どこが素敵だぁッ!!?」
本当なら、スパーンと頭の一つでも叩いてやりたいところだったが、さすがにそれはできなかった。

「・・・と、とにかく、ありがとうございます、これで次の目的地がわかりました」
もうどうでも良いや、と、強引に話を終息させようとするスピア。
「・・・こちらこそ、買出しついでに用事を済ませることができて良かったです」
「こんなところにまで買出しを?」スピアは訊ねる。
「行商人がやってくるのは月一回程度ですからね。」助手は、ずいぶんあっさり答える。
「あ、あと」唐突に、助手は話題を切り替えた。
「はい?」
「私の名はユリウス=クラウディスです。「助手」と言う名前じゃないので、覚えて置いてくださいね」
どうやら、ユリウスは、さっきからそれが気になっていたようだった。
「では、ごきげんよう」
そう言って、ユリウスは、またも唐突にきびすを返した。
話が終わり、スピアたちも、ポーラルへ向かう歩を再開させた。

「ルティナ、ちょっと良いか?」
歩きながら、スピアはルティナに近寄る。
「・・・何?」
うつむき加減で、ルティナは応じる。
「次の目的地がわかったんだ。ほら、ここ」
「・・・。」
ルティナは、何も答えなかった。
「・・・スピア、ちょっと良いかい?」
今度はファティナがスピアを呼ぶ。
「はい?」
「今のはちょっとタイミングが悪いね。そっとして置いてやんな。」
「・・・は、はい・・・。」
ファティナの苦言に、スピアはそれ以上、ルティナに話しかけるのをやめた。
確かに、今のルティナに、何を言っても心象悪くするだけかもしれない・・・。
そう、思った。

こうして、どうして、王都でのどたばたが終わった。
途中まで良い雰囲気だったのだが、イスリーと言う馬鹿公子のおかげで、どうにもこうにも、
台無しになってしまったのだった。
だが、この馬鹿公子イスリーとの出会いが、後に、思いも依らぬ展開を生むことになろうとは・・・。
それは、また、時期が来たらお話しよう。
  

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