「我々は、公家にお仕えする者。
 貴方が、ルティナ=バズライトさまですね?」
世にも素敵な夜のダンスサイトの次に待っていたのは、何とも、地方の町娘には
似つかわしくない、公家と言う国家機関のエージェント達だった。
朝日差しこむ宿の一室に現れた客人は、寝ぼけ眼のルティナに向かい、まるで、
壊れ物でも扱うかのような丁重さを持って、彼女に相対している。
一方、彼らの対象であるルティナ本人は、彼らが現れたことの意味が全くわからず、
ただ、背の高い彼らの顔を、ぽかーんと口を開けて、見つめているだけだった。
その様子から、彼女が巡らせている思考を見て取ったのか、エージェント達は、
さらに大事そうに、彼女を誘った。
「ここでは如何かと存じますので、外でお話をさせて頂けませんか?」
その言葉に、ルティナは、ちょっと困ったような顔をし、
「あ、あの・・・そ、そ、その前に・・・」
と、とても言いづらそうに、何かを言おうとしている。
「どうかなされましたか?ルティナさま」
優しいトーンでありながらも、全く隙の無い風合いで聞き返すエージェント。
ルティナが困っていることとは、すなわち、アレであるのだが。
「・・・あの・・・み、身支度・・・したいのでっ・・・」
そう、ルティナは起きたて、パジャマのままなのである。
「あっ・・・!申し訳ありませんっ、で、では、我々は宿の外で待機しておりますッ」
エージェントも、言われてハッとした様子で、少し動揺しながらドアを閉めた。
部屋に残されたのは、今尚顔を赤らめながら、パジャマを脱ぎ捨てるルティナの姿。
急いで着替えを済ませ、とりあえず、髪の毛だけでも整えて、準備は完了。
急いで、エージェントの待つ、宿の外へと降りて行く。

・・・その頃、ルティナが出て行った部屋にて、ようやく、次の人が起きあがった。
「・・・朝っぱらからあわただしいわねぇ・・・ふぅぅぅ・・・ん」
先ほどまで、おおいびきも高らかに挙げていた、ファティナだった。
もはや習慣となった、伸びと大あくびを同時に行う仕草を済ませた彼女は、次に、
ルティナが部屋からいなくなっていることに気がついた。
しかも、パジャマから、すでに着替えている。
「・・・イヤな予感がするわね・・・」
この状況から、何かを感じ取ったるは女の勘と言うヤツであろうか、ファティナは、
身支度を整えることもなく、そっと、ルティナを探し始めた。

一方、エージェントの待つ、朝の宿の外では、王都の朝早くと言う事もあってか、
人通りはほぼなく、秘密の話を行うにはもってこいの状況となっていた。
そこへ、着替えを済ませ、いつもの服装に戻ったルティナがはせ参じる。
「お待たせしましたッ・・・」
大慌てでやってきたルティナに対し、エージェント達は、意外に紳士な態度を取る。
「当方こそ、貴方さまをお急がせさせてしまい、申し訳御座いませんでした。」
「は、はぁ・・・」
放たれるオーラからは想像もつかないような紳士っぷりに、ルティナはしばし、
拍子抜けする。
「・・・では、当方の用件をお伝え致します。」
「は、はい・・・」
彼らのギャップに、尚も、ルティナは、気の抜けた返事しか出なかった。
それでも、彼らは、丁寧に、しかし淡々と、言葉を続けた。
「我らが公家のご子息であらせられる、イスリー公子様が、昨晩における、貴方さまの
  ご舞踏に、痛く感激なされまして、是非、貴方さまとお会いしたい、と申されて
  おります。お会いして頂きたく、その旨伝える為、我々ははせ参じました。」
「・・・え?」
ルティナ、またも生返事。
しかし、無理も無かった。
いくらラサ公国が、比較的民主的思想の国家であろうと、名目上、国内で一番高貴な
一族たる公家の人間が、どこぞの集落より出でた田舎娘に逢いたいなどと仰ることは、
滅多にあることではないのだ。
いくら田舎娘とて、それくらいの事は常識の範疇である。
「あ、あの、わ、私なんかが、ですか?」
何が何だか、もうルティナにはわかっていなかった。
明らかな狼狽を見せ、誰か、フォローしてくれる人を探すように、きょろきょろと
辺りを見まわしたりしている。
「・・・おいで頂けませんか?」
あくまで用件だけをこなそうとするエージェント。
言葉は丁寧だが、その視線には、一切の隙が見当たらない。
ついでに、風貌が威圧的であるため、断るにも断りきれそうに無い。
「・・・あ、え、えと・・・その・・・」
言葉に詰まるルティナ。
どう答えて良いのか。
どうすれば良いのか。
パニックの嵐が、それの判断さえも危うくしていた。

――と、その時。
「あんた達ッ!?誰だか知らないけど、朝っぱらからうちの娘をどうするつもりだいッ!?」
宿の入り口から、汗だくになり、息を切らせながら、鬼の形相で迫ってくるファティナが、
エージェントとルティナとのやり取りに割って入ってきた。
その目からは、エージェントにも負けずとも劣らない眼力が見え、それどころか、完全に
イッてしまっているかのように、目が血走っている。
まさに鬼の形相だった。
その剣幕に、エージェントも、娘であるルティナでさえも、一歩、後づさってしまう。
「あ、あのッ・・・ママッ、ち、ちが」
「ルティナッ!?あんたもあんただよッ!!」
必死で状況を説明しようとするルティナの声は、間髪いれないファティナの怒号で
掻き消された。
「全く、知らないおっさんにホイホイついていくなんて、あんた、警戒心ってものが
  ないのかい!?そんなんじゃあ、スピアと一緒に冒険なんかできやしないよッ!?」
・・・と言うより、今の彼女に、娘の言葉は耳に届いていなかった。
「ち、違うのッ聞いてよママッ」
「口答えしないのッ、さあ、さっさと戻るわよッ」
問答無用とばかりに、ルティナの襟元を片手で掴み、引きずり戻そうとするファティナ。
一方、まんま置いてけぼりになっているエージェントの頬に、一筋の汗が流れる。
そして、少し、顔を引きつらせながら、もはや野獣と化した、太めのおばさんの前に
立つと、慌てて素性を明かした。
「あの、もし・・・。私、公家の遣いの者なのですがッ・・・」
「・・・え?」
怖い兄ちゃんの、突然のカミングアウトに、ファティナは、さっきまでの形相はどこへやら、
その表情を、開いた口がふさがらないと言った形容のものに変えていた。

「・・・へえ、それはご大層なこったねえ。」
あれから場所を再び移し、宿の広間にて、エージェントから事情を聞いたファティナは、
相手が公家関係者であることにも動じず、普段の口調で頬杖をつきながら、一言もらし、
エージェントの方を、舐めるように見まわしていた。
一方、切符の良いおばさんに、そんな風に見つめられているエージェントは、
少しやりづらそうな表情を一瞬浮かべたが、相手に悟られまいと、すぐに、もとの
無表情で威圧感のある顔つきに戻ると、用件を済ませようと、話を次へと持っていく。
「一目お会いしたいとの公子様のご希望を、ルティナさまに叶えていただけますと、
  こちらとしても大変あり難いのですが。」
と、言われても困るのがルティナなのだが。
さっきから、彼女の視線が一緒に留まることがない。
「え、え、あの・・・」
やっぱり、どう答えて良いのかわからない。
と、その時、さっきまでエージェントの顔ばかり見ていたファティナが、突然、くるりと
ルティナの方に顔を向け、とんでもないことを、こともなげに言い出した。
「へえ、あんたもやるねぇ、公子さまに気に入られるとは。うまくすりゃあ、
  未来のファーストレディだよ?」
「なんでよッ!?」
あまりに突拍子の無い言葉に、我を忘れてツッコみを入れるルティナ。
この様子に、さすがのエージェントも、呆れ顔だった。
しかし、ファティナは止まらない。
ついには、ルティナの気持ちもうっちゃって「行きます行かせます」と興奮気味に
大声で叫ぶ始末である。
こうなってしまったら、もう、たとえルティナにだって止められなかった。
それはさながら、赤いものを見て興奮した闘牛が如く。
当然、ルティナに選択権が与えられる事もなく。
「さあ、早く行って来なッ!ああ、その前にドレスでも買った方が良いかねぇ?
  お金は昨日ので唸るくらいあるし・・・ルティナに似合うとしたら、どんな色かね?
  黄色・・・はダメか、フリルバリバリのモノトーンが良いねぇ、少女っぽくて!
  公子さまもそっちの方が気に入るんじゃないかしらオホホホホホ」
この、勝手に盛り上がるお母様に、ルティナは赤面、エージェントも開いた口が
ふさがらなかった。

「・・・ルティナ様、衣装は気にしなくて良いとのことです。そのままの貴方で十分だ、と」
「は、はい・・・。」
結局、ファティナの強引な奨めで、ルティナは、公子と面会することになってしまった。
ルティナとしては、一刻も早く、ポーラルに帰りたかったのだが、こうなってしまっては、
あと半日は帰ることができそうにもなく、彼女は内心、気が進まないのである。
そう・・・彼女には、マーティスでの、嫌な思い出がある。
とても、とても、嫌な思い出。
忘れてしまいたい思い出。
だが、それは、叶わぬ事。
彼女が持った能力に、自身で気付いたのが、ほかならぬ、このマーティスでの事なのである。
そして、それが、嫌な思い出と直結しているのだ・・・。
されども、こうなってしまっては、もはや後戻りはできない。
ちょっと会って話せば良いのだろう。
そう、自分に言い聞かせるしかなかった。

そして、こちらは、すっかり浮かれ気分のファティナお母様とその仲間達。
いつにも増してハイテンションな彼女とは対照的に、先ほど起きてきたルークス達は、
眠気たっぷりにファティナを見据えると、何をそんなにはしゃいでいるんだ、と問いかけた。
「あははは、これがはしゃがずにいられるかい!ルティナの玉の輿がかかってるんだよッ」
た・・・
「玉の輿ィィィィィィィッ!?」
上機嫌で答えるファティナに、一同、騒然として、さらに訊く。
ルークス「ファティナ、おまえ、そ、それは、ど、どう言う事なんだッ・・・!?」
ファティナ「どう言うって・・・。ルティナが公子さまに呼ばれてサァ、今、面会に
            行ってる所なんだよ!」
ルークス「・・・」
スピア「・・・」
天にも昇る気持ちのファティナから出てくる言葉に、ルークスは、逆に地に落とされた。
スピアも、何故だか、内心、穏やかではなかった。
そして、その横では、そのテの話には食い付きの良いはずのトーンの姿が。
何故か頭を抱えて、彼女はつぶやく。
「ハァ・・・オチ付きかあ・・・ルティナ、可哀想だわ・・・」
その小さな一言に、今度はファティナが食い付いた。
「なッ・・・オチって、どう言う事だい!?」
訊かれて、トーンは、窓際で頬杖をつきながら、ため息を一つ吐いた。
「地元人には逆に伝わってないものなのかもね・・・」

一方、こちらは、いよいよ城内に通されてしまった可哀想な(?)ルティナさん。
当然、一般人がこの中に入ることなど稀であるため、その大きさと豪華さを見た
田舎者は、まず、こう言う反応を示すだろう。
「す、すごい・・・」
そうつぶやきながら、ルティナは、辺りのものを、きょろきょろと見まわしている。
ルティナの横にいたはずのエージェントは、先ほどから、駆け寄ってきたのであろう
仲間と、なにやら小声で話をしている。
と、そこへ――
「城内はいかがですかな?」
突然かけられた、妙に滑らかな男の声に、一瞬、ルティナはびくりっ!と体を震わせた。
恐る恐る視線を投げかけると、そこには、正装して、姿勢のしっかりした、
初老と思われる男性の姿があった。
「あ、ど、どうも、こ、こんにちわっ・・・」
怯えにも似た、情けない声を挙げるルティナ。
やはり、こんな、浮世離れした空間の中にあっては、緊張を隠す事など不可能に近い。
対して、いきなり現れた正装の男性は、物腰も低く、丁重に、ルティナに接した。
「初めまして。ご機嫌麗しゅう御座います。私、公家の執事を勤めさせて頂いて
  おります、ベルナー=カズンと申す者で御座います。以後、お見知り置きをお願い
  申し上げます。」
「る、ルティナ=バズライト・・・です・・・」
執事ベルナー=カズンの、あまりにも低姿勢な応対に、ルティナは、またも萎縮してしまう。
そんな彼女に、ベルナーは、とても慣れた様子で、動じる事もなく、彼女をいさめた。
「ご安心下さいませ。確かに城内の雰囲気は浮世離れしてはおりますが、私どもは
  いたって普通の人間でございますから。」
「は、はい・・・」
そう答えるものの、ルティナは、正直、まだ狼狽していた。
それを察したのか、ベルナーは、丁度通りすがったメイド一人を呼びとめ、命じる。
「公子様がおいでになられるまで、この方とお話をして差し上げて下さい。」と。
「かしこまりました。」
丁寧な返事をしたメイドは、ルティナよりも少し大人びた感じだったが、顔つきや雰囲気に、
どこかしらの子供らしさが残っている、とても穏やかそうな女性だった。
彼女は、さっきから不安そうに辺りを見まわしているルティナに近寄ると、
先ほどまでの丁寧な言葉遣いとは打って変わって、とても乗り易そうな態度で、
ルティナに声をかけた。
「初めまして。私はプリシスって言うの。あなたのお名前は?」
「る、ルティナ・・・バズライトです・・・」
なおも緊張気味に受け答えるルティナ。
すると、プリシスは、とても驚いたような表情を浮かべ、思い出したことを言う。
「あ・・・ルティナって・・・もしかして、隣のルーちゃん?」
「え・・・あ!も、もしかして、プリシスお姉ちゃん?」
それは、突然の再会だった。
昔、ルティナがラサシティに住んでいた頃、お隣に住んでいた、仲良しのお姉ちゃん、
プリシス=カートライト。
ルティナの昔を知る人の一人である。

それから、応接室へと通されたルティナは、旧友プリシスと、互いの近況を報告し合った。
「へぇ、ルーちゃん、今はポーラルに住んでるんだ。いいなぁ・・・」
田舎暮らしのルティナに、羨望のまなざしを向けるプリシス。
「でも、何もないよ?あるのはルミナス神殿の祭壇くらいなものだし。」
何故か妙な謙遜をするルティナに、プリシスは、くすくすと笑いながら答える。
「うふふ、それが良いんじゃない。マーティスって普段から喧騒ばかりで疲れるもの。
  王城に居た方が、ずっと楽かも知れないなんて思っちゃうし、最近。」
「お姉ちゃんはメイドさんになったんだね。」
「うん。昔からお城で働くのが夢だったから、今は幸せかな。ルーちゃんは、
  今、何をしてるの?」
プリシスがこの話題を振った途端、ルティナは一瞬、言葉を詰まらせる。
「・・・あ、あの、ね・・・」
「・・・どうしたの?ルーちゃん」
「・・・ルミナスの力を集めてるの・・・」
ルミナスという言葉を聞いたその瞬間、プリシスの脳裏に、ある事件の記憶が、
鮮明によみがえるのだが・・・
「ん、とりあえず元気そうだから良かった。・・・変な事訊いちゃってごめんね?」
「ううん、あたしこそ、ごめんね・・・」
ルティナの過去の辛い記憶には、ルティナの能力そのものが関係しているようであるが・・・
それは、また、別の機会にお話するとしよう。

とん、とん。
ドアをノックする音が、2回聞こえる。
「あ、いよいよね。ルーちゃん。」
「う・・・うん・・・」
その時になって、またも狼狽するルティナ。
それに追いうちをかけるかのように、プリシスが、一言、言う。
「気をつけてね。大声じゃ言えないけど、公子様って、あまり誉められた性格じゃないの。」
・・・その言葉に、ルティナは、さらに萎縮してしまうのだった・・・。
  

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