ここは夜の王都。
月明かりと、魔法仕掛けの街灯が映し出したるは、公園に突如として現れた、
即席らしからぬ造りのダンスフロア。
その周りに、出場者の踊りを見ようとひしめく、無数の眼に見つめられ、
一組、また一組と、曲に合わせて、十人十色の舞踏を披露している。

そんな中、ステージ裏にて、恐る恐る順番を待っている、一組の哀れな男女が(?)
小声でひそひそと話し合っていた。

スピア「絶対場違いじゃないか、俺達の格好。」
眉をひそめて、腕輪の青年が言う。
ルティナ「もう、なんて無茶なこと言い出すのよ・・・、お母さん達ったら・・・」
青年の、薄らと蒼く照らされた顔の横で、特異な格好の少女が呟いた。
気がつくと、同じ順番待ちのカップル達から、くすくすと笑い声がし始めている。
それと同時に、二人が抱く恥ずかしさも、ずしずしと重い物になっていった。

舞踏会の曲は、当然ながらの生演奏だった。
しかも、エントリーの時に同時に申請したジャンルの曲を、一組一組、ちゃんと
違う曲目を選択している。
さすがは公家お抱えの楽団だけはあり、その一つ一つが、丁寧に奏でられている。
その中で踊る者達にも、それが手助けをしているのか、どことなく立派に見える。
・・・無論、衣装は、舞踏に適したものへと着替えられているのだが。

一方、こちらはスピアとルティナ。
共に、本格的な踊りなど、踊ったことはない。
その上、どこからどう見ても、優雅で豪華な衣装とは縁遠い召し物と来ている。
これでは、良い恥さらしになるのが関の山・・・。
それは、誰が見たところで、結論は覆りそうに無かった。

そんな二人の心の中では、何故か微妙に違う空気が流れている。
スピアはと言うと、上手く踊れても、笑いの渦しか呼びこめない、などと、
ハナから諦めムードが漂っているのだが、もう一方の、ルティナはと言えば・・・。
「この感じ・・・。何も考えてなくても、イメージが湧いてくる・・・。
  曲に身をゆだねれば・・・体は自然に動けるかもしれない・・・。」
と、奇妙な感覚に囚われ始めていた。

と、その時。
ふとした拍子で、お互いの顔が、それぞれに向かって正面を向いた。
スピア「・・・いっ!?」
スピアの顔が一瞬、こわばる。
だが、ルティナは何故か、この状況でも落ち着いている。
スピア(・・・ルティナ・・・まさか・・・もう覚悟を決めたのか?)
戦う前からビビっている男の脳裏に、そんな言葉が浮かぶ。
だが、当の彼女は、そんな彼を見ても、その落ち着いた表情を変えることもなく、
逆に、男を、やっと聞こえるくらいの小声で諭してみせた。
ルティナ「マーライオンを頭に浮かべて、彼と心をシンクロさせればきっと、
          上手くいきますよ。」
・・・その言葉の真意は、今のスピアにはわからない。
・・・すぐに、わかる時が来るのだが。

進行役「次は、最年少カップルのお二人・・・
        スピアさん&ルティナさんの演目です。」
ついに、その時はやってきた。
照らし出されたステージに、動きもぎこちない、二人の姿が現れる。
一瞬、嘲笑とも取れるどよめきが起こるも、進行役に、すぐに制止される。
司会「演目は、水のような調和のスローダンスで有名な、
        穏やかで神聖な踊り「サン・アンド・アクア」・・・健闘を期待しましょう。」
その言葉が終わり、二人がお辞儀をし終え、向かい合って構えを作る。
タイミングを見計らって、楽団の指揮者が、流れるような動きで、タクトを構え・・・。
下に向かって振るわれると、ついに、その演奏は始まった。

スピアは、ルティナに言われた通り、頭の中に、マーライオンのイメージを浮かべた。
穏やかで、果てしない蒼の輝きを誇る、母なる水の揺らめき・・・。
するとどうだろう。
今まで、踊りなど一度もした記憶がない(記憶喪失と言うのも含めて)彼の身体が、
ルティナと共に、自然に動き始めたではないか。
清流を思い起こさせるような曲の調べに乗せられた二人の身体は、まるで、
宙に浮いているかのごとく、滞り無く、繊細な動きを、見事なまでに繰り出す。
打ち合わせたわけでもないのに、二人の息は、まるで、同じ脳を共有しているかの
ように、一糸乱れぬ流れを形成していた。

美しきは、見るものを魅了する。
そこに、外見の滑稽さなど、介入させる隙もなく。
奏でられた調べに乗せて、星の力の助力を得た二人は、最後の最後まで、
完璧に舞い続けた。
その時、二人の間に合ったものはただただ、一片のよどみも無く有り続ける、
マーライオンの清らかな波長。
混じり気のない心地よさだけが、二人を支配していた。

曲が終わった時、次に巻き起こったのは、惜しげも無い、割れんばかりの拍手喝采。
出てきたときの、ギクシャクした動きとは対照的に、とても満ち足りた表情で、
二人は滑らかなお辞儀をした。

・・・。
・・・。
終わった。
ステージを降りた直後、二人は同時に、その場にへたり込んでしまった。
まるで、今まで宿っていた何かがふっと抜けたかのように、へなへな〜・・・と。
そして、口をつくのは、情けなく響き渡るこの言葉。
「あぁ〜・・・終わったぁぁぁぁ〜・・・・」
こんな時でも、見事にハモるのが、何かいじらしい。
そんな二人のバックに流れるのは、彼らの後に出番を控えていたカップルたちの
演技を伴奏せんと響き渡る、公家公認楽団の生演奏。
踊りを始める前よりも、彼らの姿は、より際立って浮いていた。

「・・・もし、すいません、そろそろ、ステージの方へ上がって頂けますか?」
放心状態の二人に、突如として、舞踏会スタッフと思われる人物から、
声がかけられた。
その声で、此方の世界へと引き戻される、青年と少女は、突然、目の前に現れた
人間の顔のアップにたじろぐと、つい勢いで返事をしてしまう。
「さあ、立ってください。」
促されるまま、二人は再び、ステージへと上がって行った。
するとそこには、先ほどまで、華麗に舞い踊っていた参加者達が全員、
まな板の鯉にされていた。
その中の一人が、こちらに向け、とても迷惑そうな顔を浮かべている。
ルティナ「もしかして・・・待たせてしまっていたのでしょうか・・・」
はっとした様子で、ルティナが呟く。
どうやら、周りの状況からして、その見解は正しいようである。
スピア「あ、あああ、みなさんごめんなさいですあうう」
戦士のクセして気が小さいパニック男が、取り乱して謝ると、ステージ中から、
どっと笑い声の嵐が巻き起こった。
無論、これは、一度目のステージの時と同様、嘲笑である。
そして、またもや先ほどと同じく、その雰囲気を停止させたのは、
司会の一言だった。
「ええ、お静かに。」
これから始まることを援軍にして、司会は、場所と人材の制御を行った。
まさに、鶴の一声である。
また、出場者の表情にも、先ほどまでの緩んだ顔から一変、険しいものが飛来する。
いよいよ、各賞の発表が、開始されるのだ。
それに合わせて、魔法の照明が、光源の位置を、下へと下げた。

何やら、ただならぬ雰囲気。
この、戦闘にもよく似たプレッシャーが、場違いで滑稽な格好の二人の表情を
操作してから、しばらくして――

次々と発表される、各賞の受賞者の名前。
そのたびに、ステージ上の誰もが、息を飲み、自分の名前でないことを願った。
呼ばれた者は、それなりの賞金を受取ると、うれしいような、少々がっかりした
ような表情を入れ混ぜて浮かべながら、壇上を後にして行った。
・・・この中に、スピアとルティナの名前が入ることは、なかった。

司会「では、最優秀賞を発表します・・・」
優秀賞、技能賞などが発表され、ついに、最後の賞が、発表される時が来た。
場の緊張が、一気に高まる。
次に呼ばれる人が、あの、破格の賞金を手にするのだ。

運命の瞬間が、すぐそこまで来ている。
ステージ上、観客席。
そのどちらからも、騒ぎ声が消えている。
その沈黙を破り、司会が、ついに口を開いた。

司会「が、その前に、特別賞の発表を行います」

ダァァァァァァァァッ!!!

司会の思わぬフェイントに、ステージ上のあちらこちらから、
悲鳴と共に鈍い音が木霊した。
スピアたちとて、その中の例外ではなく、あまりに派手に転んだせいで、
二人が強打した部分が、ほんのちょっぴりでっぱってしまった。
この、盛大な天然っぷりに、観客からは早くも、歓喜とも馬鹿笑いとも取れる
どよめきが湧き起こったのは言うまでもない。
それに輪をかけて、司会が、トドメの一言を刺す。
司会「えー、出場者の皆様、何を転んでいらっしゃるのでしょうか、
      早急にご起立願います」
・・・アンタのせいだろ。
観客の笑い声を耳に、打った場所をさすりながら、出演者全員、
誰もが同じ事を思っていた。
しかし、当の司会は、そんなこともお構いなしに、淡々と、自分の仕事を
こなそうとする。

司会「公家特別賞・・・スピア&ルティナ、演目「サン・アンド・アクア」、
      副賞は5000Crです」

その言葉に、ステージ上から一瞬、動揺のざわめきが聞こえた。
本人達も含めて、珍妙な格好の若い二人が、まさか、突然降って湧いた
公家の特別賞を取るとは、誰一人として思ってもいなかったからだろう。
無論、その中には、「最優秀賞じゃなくてよかった」と言う、
当人以外の人間の安堵も含まれている。
かたや、観客席では、不格好で最年少の男女が、事もあろうに、公家に
気に入られると言うこの事態に、今までの受賞者には決して
送ることの無かった、割れんばかりの拍手喝采を、壇上の、
一際浮いた二人に向かって、惜しみなく送っていた。
こうなると、場慣れしていない二人にとっては、余計に動きづらくなって
しまうと言うものである。
二人はただ、ぽかんと、マヌケに口を開け、空を仰いでいた。

かくて・・・。
トーン「何、あの踊り方ッ!?アンタ達、考えてることから価値観まで、
        全部同じなんじゃないの!?」
パルス「5000Cr・・・くぅ、俺達も出場すべきだったなぁ・・・」
ルークス「冒険の資金が手に入って、良かったじゃないか。」
ファティナ「あんたたち、最高だったよ!!」
四者四様の言葉を放ちながら、有無を言わさずさらし者にされるハメに
なった二人が出した結果を賞賛する、今回のドッキリの仕掛け人(?)達の
お祭り気分を、これでもかと浴びせつけられた、今回のお祭りは、
とりあえず、幕を引くことと相成った。
明日はいよいよ、閉幕の行事の後に、いつもの暮らしへと帰って行く。
年に一度のおおはしゃぎ、これを胸に、また一年、頑張ろう。
祭りに参加した者たちは、一かけらの名残惜しさを胸にしまい、
前向きな気持ちで、それぞれの床に就いて行く。
楽しい想い出は、いつか、苦境を切り抜けるための糧となる。
想い出は、過去の栄光でもなければ、逃避する場所でもない。
そう、厳しい現実に立ち向かうための、勇気の源なのだ。

・・・。
・・。
終わらない夜はない。
この日もまた、月夜に照らされた、安らぎの夜は終演を迎え、巨大な
宝石のようにまばゆい朝日の光が、夜を支配する闇に、とって変わった。

コン、コン。
何かを叩く音が、一家の泊まる、大人数用の部屋に響き渡ったのは、
そんな、小鳥のさえずりさえまばらな、早朝での事だった。
「ん、んー・・・ふあぁぁ・・・い。」
寝ぼけた視界をごしごしして、ベッドから降り立った、一人の少女。
音のする方へ――ドアへと、足下もおぼつかずに、近づいていく。
ルティナ「どちらさまですかぁ・・・?」
寝起き特有のまったり感を抱きつつ、ルティナはドアノブを回した。
その先に立っていたのは、いかにも、お高い家柄に属する人間達。
その背の高さは、頭を上へ傾けなければ、視線を合わすことができないほど。
この、威圧的な存在感を持った男性達は、自分たちの身分を明かすと、
ルティナに用があるそぶりを見せた。
エージェント「我々は、公家にお仕えする者。
              あなたが、ルティナ=バズライト様ですね?」
ルティナ「え、ええ・・・そうです・・・けど・・・」
あまりに唐突な展開に、ルティナは思わず、返事をしていた。

これから、一体、何が起こるのだろう?
ただ、わかるのは、お祭りのままで終わりそうにない、と言う予感だけ。
ただでさえ、異質な事情を持つ、ルミナスに関る者達の性なのだろうか、
問題は、次から次へと、迷い込むのであった・・・。
  

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