しんと静まり返った家の中で、二人は、ほんの少しの間、
センチメンタルな時を過ごした。
集落の門の前では、二人が出てくるのを、
いまかいまかと待ちわびている夫婦の姿。
その横で、特にすることもない冒険者二人組も、便乗がてら待っていた。
もう始まっているであろう、王都での、都市をあげてのフェスティバルは、
特に急がなくてもよいわけではあるのだが、それでも、あまり長時間置くと、
待っている4人からブーイングの嵐が巻き起こることは必至だった。

「よし、行こう、ルティナ。」
そう言う騎士の手を取り、お姫様は立ちあがる。
・・・そう、これから、王都で巻き起こる、ドゥーム以外の厄介事に、
巻き込まれるとも知らずに。

二人が家を出たとき、すでに集落はもぬけのカラとなっていた。
唯一いるのが、自分たちの身内と、さっき来たばっかりの変な衣装2人組。
ある者は退屈に腕を組み、ある者はじっと家を見据え、そして、
ある者は大あくびをかましていた。
そのいずれの行動も取っていなかった者――少女冒険者トーンが、
家から出てくるスピアとルティナを見つけると、他のものもそれに気づき、
先ほどまで青春してきた二人の所へ、いそいそと駆け寄ってきた。
「みんなもう行ってしまったぞ。あんまり待たせないでくれ。」
言いながら、ルティナの父親はもう疲れたような顔を浮かべた。
そんな夫に、ファティナはジロッと怖い目を向け、にらみつけている。
「まったく、ロマンがない親父だこと。ルティナも思春期じゃないか。」
そう含みをいれた言葉を口にしながら、豪腕を振るう。
次の瞬間、静まり返った集落に響き渡る、景気の良い一発が、
親父の頬めがけて放たれいたのは言うまでも無い。
「――っ、何をイキナリッ!?ししししかも、し、し、思春期ってお前っ」
もみじが出来た頬をさすりながら、父親はもろにあせっている。
その横で、冒険者二人組は、お腹を抱えて大爆笑しているし、
笑い話の種にされた、さっきまでクサいシーンを形成していた二人の顔が、
一気に朱に染まってしまった。
スピア「ぼぼぼぼぼ僕たちはただっ」
ルティナ「な、何でそう言う話になるのよぉ!?」
そんな二人の素っ頓狂な声に、今度は夫妻が大爆笑をはじめる。
・・・祭りを前に、テンションはもうお祭り気分だったのは言うまでもなく、
なんだかもうめちゃくちゃな日になりそうなのもまた、言うまでもなかった。

そんなこんなで、ようやく王都に向けて出発した、バズライト一家御一行さま+3。
ポーラルから王都までは、以外にもそんなに離れた距離ではなく、
小一時間も歩けば、城壁が見えてくるような位置関係にある。
もっとも、晴天の時ならばの話なのであるが、今日は幸いにも、
お祭り日和とも言うべき快晴。
浮かれ気分の、他の町村からやってきたと思われる人達に混じりながら、
一行は陽気に歩いていく。

その頃・・・。

「何故だ!?大陸を落とすには、今日は絶好の日和ではないかッ!?」
機械と調度品が乱舞する部屋に、声を荒らげる、中年の男の太い声が響き渡る。
「・・・たかが小国一つを落とすくらい、いつでもできましょうぞ。
  今は、戦力増強の一手に限るとはお思いになりませんか?」
それをたしなめる声は、妙に落ち着いた、テノールとバスを足して
二で割ったような声。
異様なまでに、丁寧な口調である。
「・・・む、それもそうであったか。」
説得に納得した中年の男は、そう言うと、近くにあった、黒い線に結ばれた、
くちばしを逆に付けたような機械に、大きな声で呼びかける。
「・・・同志たちよ、此度の作戦は中止だ。繰り返す・・・」
その声は、彼らが今いる部屋を抜け、建物全体に広がった・・・。

そして、ここは、ラサ大陸の首都であり、大陸最大の人工と物量を誇る、
王都マーティス。
別名、「ラサシティ」。
この国において、都市と呼ばれる場所は王都だけと言う理由で、諸外国からは
この名前の方が通りが良い。
そして、何より、今は祭りの最中ということもあり、内外からの観光客が、
多量の品物を求め、それに見合った金額を置いていくこともあり、
この時期は特に潤っている。
そんな中に、一家総出でやってきた田舎者一家は、毎度の事ながら、
街中を埋め尽くす人だかりに、驚きを隠せずにいた。
その中でも、特に目をぱちくりさせていたのは、やはりこの男。
スピア「こんなにいるのか、人が・・・。」
彼の記憶の中で、これほどまでの人の量は見たことがなかった。
その熱気に、彼は今にもやられそうになっている。
ルティナ「だ、大丈夫ですかっ?」
具合悪そうなスピアを見とめたルティナが、慌てて彼の方に言葉をかけるも、
彼の表情は、見る見るうちに険しいものへとなっていった。
そのことを、ルティナは両親に告げる。
すると・・・。
ファティナ「ははぁ・・・さてはあんた、本当は腹が減ってて、
            しょうがないんだね?」
えっ――
雑踏の中、声にもならぬ声を挙げるスピアとルティナ。
・・・そういや、昨日の昼から、何も食べてなかった。
そのことを思い出すと、今まで平然としていたルティナも、スピアと同様、
一気に血の気が引いて、ひもじそうな顔を浮かべた。
スピア「・・・図星みたいです・・・うぅ・・・」
声を挙げると同時に、腹からも情けない音が鳴る。
そんな二人の様子に、ファティナはまたも、大笑いをしながら言った。
ファティナ「だってあんたら、あたしたちに何も告げずにどこかに
            出かけちゃったじゃないか。
            これじゃあ、メシの用意のしようもないよ。
            これからは、ちゃんと行き先を告げてからいきな?
            黙っていったら、またメシ抜きだよ?」
ちなみに、声は笑ってたが、目は笑ってなかったことを付け足しておく。
「す、すみません・・・」
その、内に秘めたひそかな怒りを察知した二人は、ただただ、
平謝りするしかないのだった・・・。

それから、少しだけ時間が経つ。
謝ったことで、「冒険の軍資金は自分たちで調達すること」と言う、
もう一つの条件と引き換えに、許しを得た二人は、ようやく、
出店で作られている、我々の世界で言うお好み焼きにも似た屋台料理
「アムル焼き」に有りつくことができた。
もっとも、客が多くて、待つのに時間がかかり、その間に、
トーンとパルスは「俺達は食い扶持探ししてくる」と、一家とは
別行動を取りに行ってしまったし、「思春期の若者」に気を使ったのか、
ファティナはファティナで、スピア達に、夕方の集合時間と場所を伝え、
「今回限りだよ」とある程度の小遣いを渡すと、街の人ごみの中に
消えてしまった。(娘を心配する夫を強引に引きつれて)
残されたるは、多感なお年頃の男女が二人。
ルティナ「・・・(冒険の時はしゃべれるのに・・・っ)」
スピア「・・・(話題が何かあれば・・・っ)」
人にセッティングされると、気まずさが余計に増すのは気のせいだろうか。
食べる手も、しばし硬直したまま、時は流れる。
店主「おい、そこの若いの、さっさと食い終わってくれ、他の客がつかえてる」
ルティナ「あっ・・・ご、ごめんなさい」
スピア「すぐ食べますんでっ」
助け舟なのか、それとも、本当に回転率アップのためなのか、店主の一言で、
ようやく活路を見出した二人は、黙々とアムル焼きをやっつける。
たしかに、この人だらけの状況では、普通に会話しながら食べるのも、
かえって難しかった。
それに、二人の間の妙な空気。
空腹もあいまって、彼らは、この方法を取るしかなかったのだった。

そして、遅い朝食も終わり、ようやく二人は、人でごった返す街並みの
探索へと乗り出すことになった。
スピア「・・・っ、どこから行こうか・・・?」
ルティナ「・・・んー・・・どこにしましょう・・・?」
・・・相変わらず、二人の間の空気はこんなもんだったが。
ルティナ「・・・と、とりあえず、あのお店に行きません?」
スピア「・・・そ、そうだな・・・っ、そうしよう・・・」
必死に言葉を出す二人の口調は、妙に片言だった。

二人が訪れた店には、どれも、手ごろな値段で買える、安物の装飾品が、
雑然と陳列されていた。
何人もの客が、品物を手にとっては眺めたのであろうそれは、
モノによっては変な位置に戻されている。
それでも、安物とは言え、一般庶民が、アクセサリーとして楽しむ分には
十分な出来の物たちは、それなりの光を放っているようにも見えた。
スピア「へぇ、アクセサリーの店だったんだ」
現物を見て、初めて店の正体を知ったスピアが、早速モノを手にとってみる。
続いて、ルティナも。
・・・そして、あることに、同時に気づいた二人。
「ペア」とか、「おそろい」とか、「2個で1個の値段ッ!!」とか。
アクセサリーの形も、妙に、ハートや、異性を意識させるようなモノが多い。
・・・そう、この店は、カップル対象のアクセサリー屋だったのである。
(ま、マジデスカ・・・)
二人の脳裏に、共通の言葉が浮かぶ。
そこへ、割と暇している、おそらく臨時店員であろう人が、二人の元へと
近づいてきた。
店員「お気に召された商品は見つかりましたか?」
その声に、二人はまたも同時にビクッとする。
ルティナ「え、え、あ、あの・・・こ、これをっ」
慌てて、とっさに目の前の商品をつかんで差し出すルティナ。
見ると、値段は、二人がもらった小遣いを足して、なんとか足りる額で、
しかも・・・
店員「この商品ですと、ペアで1つの値段にできますよ?いかがでしょう?」
その言葉を聞いたルティナの顔が、さらに赤くなってしまう。
スピアもスピアで、行動一つ一つが、周りに恋人だと誤解されていくさまに、
徐々に、変なテンションになって来ていた。
スピア「はい、ぜひそうしてくださいっ」
思わず、口にする。
その様子に嬉々とした店員は、早速、品物と引き換えの料金を徴収する。
店員「いつまでもお幸せに〜!毎度あり〜★」

そんなこんなで、結局、雰囲気に飲み込まれ、イキナリ小遣いを
使い果たしてしまった二人。
スピア「ど、どうしよう・・・」
ルティナ「ご、ごめんなさい・・・」
そんな、無計画な二人の手に残るは、冒険には無用の長物だった。
それでも、やはり貧乏人の気質なのだろうか、そのままうっちゃるのも
もったいない気がした二人は、仕方なく、その品物を、それぞれで
同じ場所につけることにした。
・・・鋳鉄に、ガラス細工をあしらった、ペアの指輪。
その裏側には、こう記されている。
「二人の思い出が、生涯の幸せを導きますように」
そんな、歯の浮くような文章、今の二人にはとても読めたものではない。
と言うか、出会ったばかりで、まだしっかりした絆があるわけでもないのに、
イキナリこんな言葉言えたら、それはそれで問題である。

無言で、指にはめ終え、二人は、当ても無くさまよい続けた。
雑踏の中を。
時には、あまりの混雑に、もみくちゃにされながら。
それでも、二人がはぐれることがなかったのは、さっきの指輪の力、
なのかもしれない。

だが、そんな二人を、二人から離れた場所から、じっと見つめるものが、
一人いた。
そこは、一般人が入る事のできない場所。
国の財の根幹を握る場所であり、同時に、公家の、終の棲家・・・
そう、そこは、城。
それも、公家の一族と、直属の執事以外の立ち入りが、
堅く禁じられている区画のベランダから。
双眼鏡らしきものを目に押し当て、二人をじっと観察している、
この悪趣味な人は・・・。
「・・・僕の、好みの子だな・・・。」
・・・正確には、ルティナしか見てない様子だったが、この人は・・・。
しばらくルティナを悪趣味に観察すると、その場で、大きな声を挙げた。
「爺ッ!!」
・・・声の主は、お偉いさんのようである。
「なんでございましょう、公子様。」
「爺」と呼ばれた、初老の男性が、礼儀正しく彼に近づく。
そんな「爺」の耳に、「公子」は双眼鏡を渡し、見る方向を指差すと、
「あの、栗色の髪の子が何者か、調べてくれ」と、そっと耳打ちする。
爺「・・・かしこまりました。」
言われた爺は、服従の言葉を残すと、去り際も礼儀正しく、その場を
後にした。
公子「・・・ふふふ・・・」
妄想でもはじめたか、公子はしばし、いやらしい目つきで双眼鏡を握り締め、
じっと、ルティナを見つづけていた・・・。

そして、こちらは、公子にいやらしい目つきで見られているとも知らず、
ただ、タダ見ができる催し物を見物している二人。
ふと見上げると、日はすでに西に傾き、徐々にだが、夕暮れが迫っていた。
スピア「・・・そろそろ、街の西口に行かなきゃ。」
その声に気がついたルティナも、同じ空を見上げながら、「そうですね」と
相槌を返す。
こうして、二人のデートは、奇妙な展開のまま終了した。

二人が西門に着いた時、両親とパルス達はすでに、その場所にいた。
スピア「すいません、待たせちゃって」
そうスピアが頭を下げると、娘が無事に帰ってきたことに安堵の表情を
見せる父親の前にずいっと出てきて、ファティナが「いや、こっちも
さっき来たところだよ」と、よくある返事を返して来た。
その傍らでは、食い扶持が見つかったのか、すでに冒険の準備を済ませている
プロ達。
トーン「初デートの感想を一言ッ!!」
・・・と思ったら、ずずいっとしゃしゃり出てきて、
気さくにとんでもない事を聞いてのけるトーンの姿が。
スピア「い、いや、そう言うつもりじゃ・・・なぁ?」
ルティナ「う、うんっ・・・」
不意に言われて、初々しすぎる反応を見せる二人。
しかし、トーンは引き下がらず。
トーン「じゃあ、そのおそろいのモノはなにかな〜?」
・・・しまった、はずすの忘れてた。
またも言われて、二人は同じ言葉を駆け巡らせた。
ファティナも、からかい半分で「・・・おや、もうそんな仲だったのかい?」と
冷やかして見せる。
そして、手前の夫の方を向くと、面の厚さに似合わぬウィンクをしながら
「あたしらもこんな時期あったじゃないか、ルークス」と、
あまりの衝撃で、怒りよりも先に真っ白になっている夫(ルークス)をたしなめた。
騒動の当事者二人「あ、あはは、あは・・・はぁ。」
なんか、スピアとルティナには、妙な疲労感が漂っていた・・・。

そして、夜。
「日帰りだ」とすっかり思い込んでいたスピアをあっさり裏切り、
「祭りの日はいつも泊り掛け」と、いじわるに言うファティナと、
ようやく落ち着きを取り戻したルークスに連れられて、一家は、
庶民向けの宿屋「マーティスINN」に入った。
ついでに、食い扶持はこの周辺なのか、一緒にチェックインする、冒険者二人組。
パルスはともかく、トーンはただ、スピアとルティナの動向が、
相当気になる様子である。
・・・こりゃあ、滅多なことはできないな、と、直感でスピアは思った。

そんな時だった。
宿の掲示板に張られている、一つの広告を発見したのは。
祭りと言うこともあり、さっきから機嫌が良いらしいファティナが、
その広告をじっと見つめて・・・。
ファティナ「何々、月夜の舞踏会・・・?初めての催し物だね・・・」
続けて、ルークスが。
ルークス「・・・今晩、10時より・・・中央公園広場にて・・・」
そのまた次に、冒険者二人組。
トーン「・・・最優秀者賞金、1万Cr・・・。」
パルス「・・・主催、ラサ公家・・・」
そして、4人は一斉に、スピアとルティナの方に目をやる。
ルティナ「えっ・・・ど、どうしたの?みんなして」
スピア「なんか・・・目がらんらんとされてますけど・・・」
突然のことで、思いっきりあせる二人。
・・・そして、返って来た答えは、ズバリこれ。
「あんた達、出場しな!」
スピア&ルティナ「えぇーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!??」
他の客の迷惑を考えるよりも先に、二人は思わず絶叫していた。
そんなにいやがる二人に、両親達は、いやでもやらせようと布石を置く。
ルークス「優勝すれば、当面は資金調達不要になるからな。冒険の。」
ファティナ「それに、ペアルックなんて大胆なことしてるのに、
            あんたら、出場しないつもりかい?」
パルス「1万はなかなかありつけないぞ!」
トーン「仲を深めるには一番の催し物よ?うふふ」
・・・しかも、みんな、ロビーに聞こえるように、大きな声で。
(余談だが、この世界の共通通貨「Cr」は、円に直すと1Cr=約100円である。)
スピア「・・・どうする?」
ルティナ「・・・どうするって・・・この状況じゃあっ・・・」
・・・もはや、ルティナは観念していた様子だった。
そして、態度を決めてないのが自分一人だと言うことを察するスピア。
スピア「・・・でも、僕、踊りなんてやったこと・・・」
まだ決め兼ねているようすだったが・・・。
ファティナ「大丈夫さね!あんたらには、舞踏の象徴でもある水のルミナス様が
            ついてるんだから!自然に踊れて賞金も手に入るわよ!」
・・・断る余地はなさそうだった。

こうして、突如として出場が決まってしまった、夜の舞踏会。
「どうしよう・・・」と、思いっきり不安がっているスピアとルティナをよそに、
淡々と、二人のエントリーを申請する両親達(悪魔だ)。
そして、意気揚々と「頑張りな!」と、それぞれの肩を叩き、自分たちは
観客席へと向かってしまう。
その様子を見ていたトーンが、追い討ちをかけるかのように、
何かを期待するような笑顔を浮かべていて、おまけに、パルスもパルスで、
スピア達を哀れむ様子もなく、逆に、そんな二人を見て面白がっているように
ほくそえんでいた。
この時、二人の心に去来するもの・・・。
それは、等しく「もうどうにでもなれ・・・」と言う、
ある種の自暴自棄にも似た気持ちだった。

「まもなく、競技が開始されます・・・エントリーされた方は、
  舞台裏にお集まり下さい・・・」
そんな声が、聞こえてくる。
時は、近い・・・。

・・・そして、観客席の、公家用のスペースには、あの公子の姿もあった・・・。
  

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