「何やってるの、さっさとルミナス出しなさい!」
フレイドームからの帰り、突如として、スピアとルティナを閉じ込めていた施設の首領と名乗る
襲われた男が率いるゾンビに襲われた4人の冒険者。
いくら斬りつけてもびくともしないこの屍肉の塊を封じ込めたのは、突如として現れた、謎の
女性だった。
「え・・・?」
その女性の姿を見とめたルティナの額に、汗がにじむ。
ルミナスのことは、ポーラルの人間が知っている程度のはずである。
それをなぜ知っていたのか――彼女はそう思った。
だが、その疑問を解決する時間は、今の4人には残されていない。
すると、魔法をかけた女性の傍らにいたもう一人の男が、さらにルティナに声を投げかけた。
謎の男性「早くしないと魔法が破られちまうぜ、早くしろ!」
言って男性は、左手に持っていた、スピアのより小振りの斧を構えると、もしものときに備えた。
その真剣な眼差しは、ただ一点、空中高くに浮かんだ、巨大なゾンビを捉えている。
ルティナ達が迷っている暇は、なかった。

ルティナ「わかりました!」

ルティナはそう言葉を返すと、みずからの意識を、心の奥へと集中させ始めた。
彼女から放たれる燐光が、スピアの注目を、ルティナの両目へと集める。
そこから、何かを読み取ったスピアが、大振りの斧を構え直すと、地面へとしゃがみこんだ。
ルティナの光は、次第にその強さを増して行く。
同時に、スピアの目つきは、前にも増して、闘気に満ち溢れたものへと変わって行く。
それを後ろから、辛うじて目を開けて見つめているトーンには、それが何を意味しているのか、
まるで見当がつかなかった。
そして――

スピア「新しいの試そう・・・行くぞ、ルティナっ!」
ルティナ「はいっ!」

二人の頭の中には、今からやろうとしていることのイメージがはっきりと浮かんでいる。
それを、実行に移すっ!

「おいで、フェニックスっ!!」

ルティナが片手を天に掲げると、その頭上から現われたるは、先ほど契約を結んだ、あの火の巨鳥!
それが現れたのを確認したスピアも、自分の心に意識を集中させ、斧に炎に力を宿す。
しゃがんだ状態から、爆発する火のエネルギーを借りて、スピアが天高くへと飛び上がると、彼の
体は、空を切り裂く炎に包まれ、彼は、斧を自らの頭の上へと、切っ先を横にして突き上げながら、
大岩ほどもあるバケモノの体へと突き刺さった。
その直後、今度はフェニックスが舞い上がり、そのまま、ゾンビの体を焼き尽くさんと、その身を
投じた!

「コラボレーションアーツ・リニアレールツインズッ!!」

二つの炎の塊が、ホーリィウェイの結界と、ゾンビの屍肉を突き抜けたっ!!

「がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ・・・・!!」

瘴気を封じられたそれは、ルミナスとスピアの攻撃を直に受けた衝撃で、四方八方へと散っていった。

すとん。
全てが終わった後で、スピアは再び、草が生い茂る地上へと戻ってきた。
そこには、さっきまでのよどんだ空気が一変、元の澄みきった綺麗な大気と、戦いが終わったことへの
安堵感が強く漂っていた。
ついさっきまで、その場にのされていたパルスにも、ルティナとトーンの回復の力が使われ、彼は
意識を取り戻していた。
そして、起き上がった彼の視線の先にいたのは、4人の窮地を救う結果をもたらした、あの女性達。
パルス「あ・・・あ・・・、あんたたちは・・・」
見て、驚愕の表情を浮かべるパルス。
そのほおには、一筋の汗が流れている。
そして、驚かれた当人である女性は、そんな事にも動じようとはせず、ただ、こう言って笑いかけた。
「お久しぶりー、元気してたかな?パルスくん」
このやり取りをみて、今度はルティナとスピアがきょとんとしてしまう。
格好は、緑と白を基調にした、セーラー服をモチーフにしてある上半身、肩からかけられている
ポシェットと、青いプリーツスカートとその下にスパッツの、幼さがどこかしらに伺える容姿の、
ミツアミと言う、少し特異なものである。
もう一人の男性のほうは、頭はスピアと同じようにつんつんだが、つむじ付近を青く染めている。
服装も、スピアのショルダーガードやブーツを除くと、ほぼそのまんまである。

スピア「あのう・・・助けていただいて、何ですがっ・・・あなたがたは誰ですか?」
恐る恐る、スピアは訊ねた。
すると、その女性は、綺麗な髪をかきあげながら、なぜかウィンクして、自己紹介をした。
それは、なんと・・・。
マナ「あー、あたし、如月麻奈。みんなは「マナ」って呼んでるけどね。こっちがリック。」
ルティナ「えぇぇぇぇぇぇぇっ!?」
その名前を聞いたとたん、ルティナは急に、素っ頓狂な声を上げた。
その理由は・・・。
ルティナ「あ、あ、あなたが・・・「10年前の英雄」!?」
そう、この女性――如月麻奈は、10年前に訪れた、ファリスタ史上最大の危機から世界を救ったと言う、
伝説の魔法少女なのである。
しかし、記憶がないスピアにとっては、その伝説すら、自分の知るところではない。
何故、皆々がこの女性に、一様に驚愕してるのか、それさえもわからなかった。
スピア「あのー・・・盛り上がってるところ悪いケド・・・伝説ってナニ!?10年前??」
このように、何がなんだかサッパリわけがわからないスピアに、ルティナがそっと、耳打ちをする。
ルティナ「この人は・・・で・・・した、そう言う人なんです」
それに耳を傾け、スピアは理解しようと必死に、その言葉の一つ一つを、頭の中で転がしてみる。
しかし、いくら聞いても、10年前に起こった危機すら、思い出せない。
スピア「・・・だめだ、思い出せない。」
ついに、スピアの頭がショート寸前にまで追い込まれ、彼は首を横に振ると、頭を抱えてしゃがんでしまった。
それに対して、「マナ」と言う女性は、スピアの前までやってくると、「ふぅーん」と鼻で声を出しながら、
じっと彼を見詰める。
そして、おもむろにスピアの手を取ると、にっこり笑顔であいさつをし直した。
マナ「記憶喪失さん、はじめまして。私、如月麻奈って言います。」
その顔には、いくつもの修羅場をくぐってきたはずなのにも関わらず、一点の曇りも見当たらない。
まるで、子供がそのまま、大人になったと言う感じである。
スピア「あ・・・どうして、わかったんですか・・・?」
そんなマナに、スピアは、わかりきったことを聞いた。
マナ「若者が頭かかえて「思い出せない〜」なんて言ってたら、そりゃ誰だってわかるわよ♪」
ずいぶんノリノリで答えるマナ。
そして、彼女の周りはあっという間に、笑いの渦が発生した。

その後もしばらく、その笑い声は留まることを知らなかった。
そんな中、ただ一人、ルティナは、別のことを思っている。
それは、仮にも英雄と呼ばれている人が、何でこんなにフレンドリーなのか、と言う疑問。
元からの性格だと言っても、ある程度成長すれば、だんだん、生きていく術となる「作り笑い」、「険しい顔」
などを覚え、常に仮面をかぶるのが普通だ。
しかし、彼女には、それがなかった。
まるで素なのである・・・。

だが、そんなルティナの疑問は、この時、解決することはできなかった。
そう、それが、英雄の「英雄」たる証であることにも。

草原に、すがすがしい昼の風が吹きぬける。
リックとマナに呼ばれた、青いメッシュの髪の毛をふわさっ、と揺らしながら。
そのリックが、おしゃべりに夢中になっているマナの手に、肩をかけて、急に小声で何かを言い出した。
マナは、周囲のおしゃべりをいったん制止すると、その言葉に耳を傾け、うなずく。
そして・・・。
マナ「ごめん、あたし達、調べ物しに行く途中なの。」
彼女はその場から立ち上がると、風を体中に浴びながら、言った。
言って、モーリス高原を指差す彼女の視線は、ただまっすぐ、指の向こうにある、何かを見つめている。
ルティナ「調べ物・・・ですか?」
と、ルティナが問う。
マナ「うん。ある人に頼まれてね。これから、あの高原の向こう側の・・・」
リック「シーッ!!依頼はばらさない約束だろうが!」
言いかけたマナを、メッシュの男性が制止した。
慌てて、マナが口を閉じる。
そして、「じゃ、そういう事だから、また会ったらよろしくね!」
そう言うと、時々振り返って、スピア達に手を振りながら、モーリス高原のほうへと立ち去っていった。
スピア「・・・?」
しかし、スピアには、いまだに、彼女達が何をやったのか、さっぱりわからなかった。
記憶がないと言うことは、これほどまでに、不自由なものなのだろうか。
彼は、今、それを痛感している。
そう、ルティナや他の人たちと語らえる、話題と言うものが制限されてしまうのだから。

所変わって、道草をしながら、ようやく4人が辿り着いたポーラル。
帰ってきてみると、不思議と懐かしさを感じる。
しかし、今回感じたのは、そればかりではなかった。
周囲には、リュックを背負った親子連れや、珍しく家のドアに鍵をかける者の姿が見える。
その中には、ルティナの両親も混じっていた。
彼らは、帰ってきたスピア達の前まで大急ぎでやってくると、息を切らせながら、「おかえりー」と声をかけた。
それを見たルティナが、何かを思い出したように、ぽんっと片手をグーにして、もう片方の手に、軽く叩いた。
一方、この光景が何を意味しているのかが分からないのが、残りの三人。
スピア「・・・あのー・・・何かあったんですか・・・?」
置いてけぼりにされそうになるのを回避しようと、スピアはファティナに問い掛ける。
すると彼女は、丸い顔をにんまりさせながら、スピアにこう言った。
ファティナ「アハハハ、あんたは初めてだったね!もうすぐ、みんなして、ラサシティーまでいくのさ。」
スピア「・・・?」
また出た、スピアにとっては謎の言葉が、彼を少しだけ苦悩させる。
そこへ、トーンが、スピアにその地名のことを説明しだした。
トーン「ラサシティー、正式には王都マーティス。この大陸の首都よ。確か、お祭りをやるとか、なんとか・・・ね。」
スピア「そうなんだ・・・。」
住んでいながら知らなかったことを、寄りにも寄って、冒険者に教えられるとわ・・・。

突然降って沸いた、ラサシティーこと、王都マーティスへの用事。
周りの人間は、誰もが楽しそうにはしゃいでいるが、ルティナだけは、なぜか表情を曇らせた。
それに、誰よりも先に気がついたのはスピア。
彼はルティナの顔を覗き込むと、どうしたのかと、ルティナに、さりげなく聞いてみた。
しかし、ルティナは、言葉を発しようとはせず、ただ、何かにおびえるように、下を向いて震え始めてしまう。
彼女のしぐさに、困惑するスピア。
すると、ルティナの父親・・・ルークスが、ルティナのほうへ近寄ると、「あの事はもう忘れなさい」と、ルティナに
言い聞かせ始めた。
その、父親のやさしい言葉に、しばらくはうつむいたままだったルティナも、ようやく顔を上げ、両親のほうを向き直すと、
「ありがとう」と言って、そのまま、自分の家へと駆け込んでいった。

一方、このやり取りをいまいちつかめていないのが、この冒険者二人組だった。
ラサシティーでお祭りをやるのは聞いていたようだが、なぜ、それでルティナがおびえ出すのか、とか、さっぱり。
んな事、彼らより長くいるスピアでさえ知らんのに、とツッコミとか入れたくなるのだが、ここは置いておく。
すると、そんな二人にようやく気がついたファティナが、スピアに、二人を紹介するように言ってきた。
なんだかんだ言って、結局置いてけぼりを食らっていたスピアが、ようやく、きっかけを得て、しゃべり出す。
スピア「あぁ、この人たちは・・・」

説明は、本人の身分の話も含め、長々と続いていた。
その長さと言えば、まるで蛇のようである。
その言葉一つ一つに、「へぇー」と感心するルークスに、ちょっと退屈になってきたのか、適当に流そうとするファティナ。
もう知ってることばかりであくびが出そうなスピアを含めると、十人十色の反応を見せている。
そして、自己紹介が終わったころには、ポーラルの出入り口付近に、ちらほらと、ほとんど空っぽのリュックを背負った人が
見え始めていた。
とりあえず、ルティナの両親は、「ありがとう」と言って終止符を打ったが・・・。
ファティナ「それはそうと・・・スピア、あんた、服はどうしたんだい?」
あっ――
すっかり忘れていたが(作者も)、スピアの服は、フェニックスとの戦いで焼失していたのだった。
一同、それに気がついて、大爆笑。
当のスピアは、今になって、恥ずかしそうに赤面しながら、「ちょっと、服着てきますからっ!!」と、ルティナ同様、
一目散に、居候している、ルークス一家の家へと駆け込んでいった・・・。

スピア「はぁ・・・はぁ・・・ちょっと間違えばヘンタイだった・・・この格好・・・」
ドアを開け、家の中へと逃げ込んできたスピアが発した第一声は、これだった。
言って、いそいそとクローゼットを開ける。
そして、この家に初めてやってきた時に着ていた服を取り出すと、汗をかきながら、それに袖を通した。
スピア「これでよし・・・と・・・」
ようやく落ち着きを取り戻したスピアは、無意識に、ルティナの部屋のほうを見回す。
すると・・・ドアが、無防備に開いていた。
その中から聞こえる、すすり泣き。
それがルティナのものだと言うのは、状況的に、すぐに分かった。
「ルティナ・・・入って良いか・・・?」
心配になり、彼女に声をかける。
すると、しばらくしてから、彼女からの「Yes」の返事が返ってきた。
神妙な面持ちで、彼女の部屋へと入るスピア。
中の様子はと言えば、整理整頓がしっかりされていて、こじんまりとした部屋の割には、動けるスペースが取れている。
ルティナは、奥の机のところにいた。
彼女は、椅子に座り、机に伏しながら、泣いている。
彼女のすぐ近くまでやってきたスピアは、真っ直ぐにルティナのほうを見つめると、泣いている訳を聞こうと、
さらに声をかける。
スピア「な・・・なんで、泣いてるんだ・・・?よかったら、話してくれないか?」
ルティナ「・・・。」
その問いかけは、むなしく響いて、返ってくることはない。
そんなだからか、スピアも、次第に、言葉が少なくなっていく。
スピア「・・・あのさ・・・」
言いながら、スピアの目は泳ぎ始める。
言葉が、見つからない。
ルティナは、相変わらず、黙ったまま、顔を両腕で隠し、机に伏したままである。
・・・気まずい。
そんな空気が、徐々に漂い始める。
と、そこへ、不意に、ルティナが顔を上げ、スピアのほうを涙目で見つめると・・・。
ルティナ「ごめんなさい・・・ラサシティーには、いやな思い出があるんです・・・」
そう言って、目に溜まった涙を拭いた。
スピア「・・・言うのはきつい?」
きっかけを取り戻し、スピアは聞く。
すると、ルティナは、ただ黙って、縦に首を振った。
スピア「そうか・・・。じゃあ、今は聞かないよ。でも・・・」
ここまで言うと、スピアは言葉を詰まらせた。
それを、「でも?」と聞き返すルティナ。
それに、スピアは、少し間を取ってから、答えた。
スピア「ラサシティー行ったら、今度は良い思い出作ろう。それに、せっかく、両親と出かけられるんだ。だから・・・」
ルティナ「・・・。」
その言葉に、ルティナはまた、言葉を止めた。
だが、その目には、新たな涙が流れ出すことは、なかった。
それを見とめて、右手を差し伸べるスピア。
スピア「さあ、行こう。」

ルティナは、その手を取ると、腰掛けていた椅子から立ちあがり、「ありがとう」とつぶやいた。

二人が、白い家から出てくる。
出てきて、ルティナの両親の待つ、ポーラルの門まで急ぐ。
一瞬だけつながれた、二人の手と手。
これでまた、絆は少し、深まった・・・。
  

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