金髪の男「ううっ・・・」
男が気が付いた時、そこは、どういうわけか、灯かりのほとんど無い鉄格子の
中だった。
その部屋はとても狭く、不衛生極まりないと言うくらいの異臭が立ち込めている。
彼はその匂いを見とめると、思わず鼻をつまんで咳き込んでしまった。
次に、辺りを見回す青年。
どこか見覚えがあるような、でも、知らない。
そんな雰囲気を醸し出す、周りの風景。
と、その時、青年は、ある事に気が付いた。
同じ牢の奥、壁に体を預けて眠っている少女が見えたのだ。
その少女の服は、青年のと比べると汚れが少しひどく、自分が入れられる前に
来た可能性がある事を、青年に思わせる。
少女の顔は、牢屋が似合わないほどにあどけなく、そして、可愛かった。
金髪の男「こんな場所で、よく眠ってられるよな。嗅覚、大丈夫なのか?」
さっきまで、自分も寝ていた事を棚に上げ、世にも不思議な光景を見たかの
ような表情を浮かべる青年。
そのまま、じっと少女を見詰めている。
すると、その熱い視線に気が付いたのか、今まで静かな寝息を立てていた少女が、
ゆっくりと目を開いた。
その目は、蒼く透き通る宝石のように、とても輝いて見えた。
一方、少女の目に飛び込んで来たのは、今までに会った覚えすらない、顔中
アザだらけの、金髪の男。
蒼い瞳の少女「キャっ・・・!」
少女は思わず、もたれかかっていた壁から背中を離し、立ち上がってしまった。
少女の体が、小刻みに震えている。
明らかに怖がっている、そんな感じだった。
それに気が付いた青年は、慌てて少女に弁解をしようとする。
金髪の男「オイオイ、いきなりそれはひどいじゃないか。確かに、顔のあちら
          こちらはなぜかバコンベコンだけどさ・・・。痛ぇっ・・・」
しかし、言葉を発すると、口の中が妙に乾いたためもあり、鋭い痛みと鈍い
痛みが交互に襲ってくる。
すると、今まで、まるで「ドゥーム」を見ているかのようにこわばった少女の
表情がゆるみ、青年の方に自ら近寄って来たのだ。
蒼い瞳の少女「・・・今、痛みをとりますから、じっとしてて下さいね。」
さすがに、まだ恐怖心が残っているのか、少女は体を震わせながらも、青年の
アザだらけの体に、両手をそっとあてた。
彼女の手のひらから、優しくて暖かい光が、そっと溢れ出し――
次の瞬間、青年の体に刻まれ、打ち付けられた傷が、ほとんど完全になくなって
しまったのだ。
その結果、青年が感じていた確かな痛みは、雲が晴れていくかのように消え去って
行った。
思わず、青年は、すっかり腫れがひいた目をぱちくりさせながら、少女に問い
かける。
金髪の男「ありがとう・・・。でも、今のは・・・なんだ?」
そう言ってすっと立ち上がった青年を、今度は逆に見上げながら、少女は笑顔
で答えた。
蒼い瞳の少女「よかった、悪い人じゃない・・・」
金髪の男(な、何ぃっ!?)
質問と答えが全く噛み合ってない二人の言葉は、ここで一旦途切れた。
だが、その時、青年は心の中で、ある事に気が付く。それは・・・。
金髪の男(げっ・・・俺は、今の今まで何をしてたんだ!?思い出せない!?)
そう、彼は記憶を失っている事に気が付いたのだ。
唯一手掛かりがあるとすれば、彼が身に付けている、あるモノだけである。
その表情の変化をつぶさに読み取った少女が、青年の顔をじっと覗き込む。
おとなしそうな顔つきのわりに、少女は積極的に、どうしたのかと青年に伺う。
だが、とうの青年はと言うと、「初対面の人にこんな事言えるか」と恥かし
がって、ただ「な、何でもないよ」と答えるに留まってしまう。
その瞬間、少女の顔は少し、横に傾いた。

それから、少しだけ時間が流れた。
理屈は分からないが、とにかく傷を癒してもらった青年は、何か、その恩返し
ができないかと考え始めていた。
この、純真無垢な瞳の少女が、こんな所で日の光も浴びられずにいるのは、
あまりにも可哀相だ。ならば・・・。
そして、ついに、青年は、ある事を決意した。
それを、さっきから、辺りをキョロキョロと見回している少女に告げる。
金髪の男「・・・なぁ、一緒に、脱出しないか?」
蒼い瞳の少女「・・・えっ・・・?」
この、青年の突拍子もない誘いに、少女は一瞬、戸惑った。
だが、彼女自身、いつまでもこんな所にいたくないと言う思いは、青年と大差
なかった。
当然、彼女が出した答えは、Yesだった。
しかし、少女の頭の中には、まだ疑問が残っている。
それは、この言葉が示す通りの事なのだが・・・。
蒼い瞳の少女「脱出するのは良いですけど・・・。どうやるんですか・・・?」
そう、口では簡単に脱出とか言っても、周りには脱出できるのに使えそうな
道具の類は見つからないのに、どうやって脱出する気なのかと言う事であった。
そんな、困惑の表情を浮かべる少女に、青年は馴れ馴れしくも、左手を少女の
肩に置き、右手でポケットをあさって、何に使うのかも解からないような、
奇妙な道具を取り出して、こう言うのだった。
金髪の男「・・・鉄格子を焼き切るのさ。」
・・・実は、青年は、少女に脱出を持ち掛ける前に、自分のポケットに入って
いたこの道具を見つけ、手にしていたのである。
記憶を失った彼でも、この道具の使い方だけは、はっきりと体が覚えている。
ちなみに、この道具の名前は、「ビームカッター」だった。
しかし、少女にとって、この道具を見るのは、生まれて初めて。
魔法が優位に立っているこの世界において、科学の産物であるこの道具を生涯
のうちで見る者の方が少ないくらいのモノなのだから、しょうがないと言えば
しょうがなかった。

ビームカッターのスイッチを入れる青年。
何も無かった小さなスティック状の棒から、赤い光の刃が、すっと伸びていく。
それを、冷たくて硬い鉄格子にあてる。
ビームの強烈な熱に打ち負けて、刃のあたる場所を中心に赤くなった鉄格子は、
徐々にやわらかくなり、切れていく。
その下、熱くない場所を、少女が支えている。
できるだけ大きな音を立てないように、金髪の青年が、蒼い瞳の少女に声を
かけた。
金髪の男「よし、もう少しで切れる。そのまま、支えてて。」
青年の声を受け、少女は、氷のように冷たい鉄格子の下の部分を、今までより
ぎゅっと強く握り締めた。
そして、一本目の鉄格子が、熱くて触れそうにない切り口から、静かに外れた。
人が十分に通れるまで、この作業は続く。
両者とも、できるだけ音を立てないよう、細心の注意を払いながらの、緊迫
した作業が延々と続いた。

蒼い瞳の少女「・・・これで、通れますね。」
脱出のための足がかりになるこの作業を終えた二人が、互いの顔を見合わせ、
静かに喜びを表情で表現した。
しかし、この後の行動が重要なのであるのは、言わずとも分かる事であった。
金髪の青年「・・・じゃ、行こう・・・!」
いよいよ、二人は、まだ見ぬ日の光の下へと降り立つための一歩を踏み出した。
足音を立てないよう、慎重に、だが、速めに歩く。
そんな中、なぜか青年は、辺りをキョロキョロと見回し、何かを探しているかの
ようなしぐさを見せていた。
それに気が付いた少女は、不思議そうな顔をせざるを得なかった。
だが、ここで、無用な言葉を吐いてしまえば、見つけて下さいと言っている
ようなもの。
なぜなら、今二人が歩いている場所は、脱出には見通しが良すぎる、奇妙な
生物が謎の液体と一緒に、とても大きなカプセルに入っている場所だったから。
今は丁度朝方なのだろうか。
警備は妙に手薄だった。
そして、さっきから何かを探していた青年の目が、カプセルとカプセルの間に
落ちている、ある物に止まった。
少女を片手で制止して、青年が、その物に手をかける。
金髪の男「とても本物には見えないな・・・でも、斧の使い方なら覚えてる。」
青年の言葉が指す通り、それは、どう見てもイミテーションにしか見えない、
だが、彼の得意な武器である戦斧(せんぷ)だった。
と、その時だった。
静寂が全体を支配していた建物が、奇妙な音で鳴り叫ぶアラームの音が、
けたたましく鳴り響いた。
それと同時に、誰もいないはずのこの部屋の扉の上、ラッパの口のような
奇妙な機械から、人の声が聞こえて来る。
その声には、まるで、人のぬくもりが感じられない。
フロア中に響き渡るこの声に、二人は思わず、その耳を塞いでしまった。
「緊急指令、緊急指令、捕獲した少女が、データベース未登録人物と共に、
  フロアコード『死の檻』より脱獄。至急、両者を捕獲せよ。なお、データ
  ベース未登録人物に限っては生死を問わない。繰り返す・・・」
耳を押さえたものの、この無機質な声は、二人の耳の中にすーっと入って来て
しまう。
だが、それが結果的に、二人が見つかった事を知る媒体となったのであった。
金髪の男「ちっ、見つかった!」
表情を険しくし、イミテーションの戦斧を構える青年。
蒼い瞳の少女「だ、誰もいないのに、どうして見つかったんでしょう?」
確かに誰もいなかった辺りを見回し、自らが口にした疑問の解明の糸口を探る
少女。
だが、今は、そんな事に時間を使っている場合ではなかった。
青年は、少女の手を強くつかむと、「俺から離れるなっ!」と、今度は大きな
声で少女に言った。

カプセルが並ぶ不気味な部屋を抜けた二人が次に見た物は、何か、円上になって
突き出し、数字が一つずつ書かれている物の隣の、分厚い大きな扉のある、一見
行き止まりの部屋であった。
科学の産物の一つである、機械がひしめくこの建物は、一体、何なのであろうか?
そんな疑問が二人の頭を過ぎるが、そんな事を考える時間も無ければ、すでに
その余裕もなかった。
蒼い瞳の少女「・・・囲まれてますっ!?」
二人が、大きな扉の前で振り向くと、そこには、すでに数人の兵士と思われる
男達が、狩猟で使うものとは違っているが、どう見ても銃だと思われる物を
二人に突きつけて立っていた。
これでは、いくら青年が戦斧を使いこなせると言っても、勝敗の行方は目に
見えていた。
じりじりと迫り来る兵士達。
銃の口が、冷たく鈍い光を反射している。
今、唯一残る疑問といえば、その銃の口が、いつ火を噴くかである。
もはや、これまでなのか。
金髪の男「・・・ジ・エンドっ!?」
いつか来る死を間近に迎えた青年のこの言葉は、いつまでもけたたましく鳴り
響くアラームにかき消される。
と、その時だった。
蒼い瞳の少女「・・・おいで、マーライオンっ!」(挿し絵)
少女が、その顔に似合わぬ大きな声で、何かに意識を集中したのと同時に、
少女の前に、さっきカプセルの中にいたバケモノとは明らかに違う、聖なる力
に満ち溢れた獣が、姿を現した!
その獣の姿は全身青色で、上半身は獅子、下半身は魚の形をしている。
そして、蒼き獅子の目が、一瞬の瞬きを放った瞬間、何も無かったはずの場所
から、人の背丈を軽々と凌駕し、天井にまで到達しようかと言わんばかりに
高く立ち上った大きな水の壁が現れ、それは大きな津波となって、兵士達を
押し流し、丁度、少女がいる場所とは反対側の壁に叩き付けた。
兵士「・・・うわぁーっ!?」
今まで、全ての音をかき消していたアラームが、今度は逆に、大津波が地面に
叩き付けられる音にかき消される。
その水と獣がその場から消えた後に残っていたのは、傷一つ負っていない青年
と少女、それとは対照的に、うめき声をあげて、立ち上がる事すらできなく
なっている兵士の姿だった。
突然の出来事に、青年は、またもや目をぱちくりとさせながら、さっきの力を
使った少女に問い掛ける。
金髪の男「・・・今のはっ!?」
それとは対照的に、丸く突き出た物の「1」を押していた少女が、今にも泣き
そうな表情で答える。
蒼い瞳の少女「・・・私・・・っ、「ルミナス」の使い手なんですっ・・・。
              みんな、私を・・・バケモノって!!」
綺麗な蒼い瞳が、涙という泉の水を浴びて、更なる光を放つように見えた。
だが、「ルミナス」と言うフレーズを聞いた青年は、さらにその疑問を深めて
しまう事になっていた。
金髪の男「ルミナス?なんだよ、それ!?」
自分の見た光景に対する疑問が頭の中で錯そうしていた青年が、思わず言って
しまったこの言葉。
しかし、少女はそれ以上、語ろうとはしない。
代わりに、蒼く澄んだ瞳から頬を伝って流れている涙が、彼女の苦悩を語って
いた。
いくら男に鈍感なヤツが多いとは言え、さすがに青年も、この涙が訴える、声
無き言葉の意味を多少は理解できた。
大きな扉が音を立てて二つに割れていく中、青年は少女の手を握り締め、完全に
開いた扉の向こうへと導きながら、彼女を慰めていた。

分厚く、大きな扉の向こう側は、これまた行き止まり。
しかも、妙に狭苦しい部屋であった。
が、何もないと二人が出ようとした時だった。
誰もいないはずのこの場所で、勝手に扉が閉まったのである。
一瞬、二人は「閉じ込められた」と肩をがっくりと落す。
だが、それは、二人を確実に外へと導く、言うなれば、かつて、星を移動する
ために作られたと言う伝説の宇宙飛行機、「ノアの箱船」のような物であった。
小さくて狭い部屋の中で、まるで重力が強まったかのように感じている二人。
天井からら降り注ぐ白い光からは想像がつかなかったが、どうやら、彼らが
閉じ込められていた階は、地下深くの場所だったようであった。
そして、その重力の変化は、天井に近いドアの上の、四角くて透き通った物
が「1」を示した時、止まったのである。
それと同時に、重く閉ざされた扉が、静かな音を立てて開いていく。
そこから広がっていたのは、さっきのような場所とはまるで違う、窓から日の
光を確認する事ができるフロアだった。
――つまり、間違いなく地上であるという事。
こうなれば、あとは、できるだけ早くこの建物から脱出し、遠く離れるだけだ。
だが、地下と同じく鳴り響くアラームが知らせる情報が、それを阻止しようと
企てている事をあらわにしていた。
当然、出入り口の周りを固めている兵士達。
だが、さっきと違い、銃は持っていなかった。
代わりに、この機械的な施設には似合わず、サーベルのような剣を持っている。
このことにより勝利を確信した青年は、少女の手を引っ張りながら、戦斧を器用
に振り回し、兵士達を蹴散らしにかかっていった。
金髪の男「おらおらぁ、どけぇ〜っ!!」
青年の、あまりの勢いと闘気に圧された兵士達は、その格好に似合わず、腰を
抜かして、その場に座り込んでしまう。
そして、二人は見事に、この謎の建物からの脱出に成功したのであった。

こうして二人は、晴れて自由の身となった。
もうすでに、二人の後ろにはさっきの建物の姿はなく、代わりに、周りが山々
で囲まれた平原であった。
抑圧されていた建物の中ではできなかった、最大限の喜びの表現を、二人は
この空気の綺麗な場所で、思いっきりしていた。
それが終わった後で、二人は今後の行動に対して、暖かい日の光のもと、話し
合いをした。
まずは、遅れてしまった自己紹介から。
ルティナ「私・・・、ルティナって言います。今は15歳です。
          ラサシティーに住んでました。」
先ほど、建物の中で見せていた涙はどこへやら、今度は日の光を反射して、
ルティナの蒼い瞳が輝いている。
金髪の男「ルティナ、か・・・。可愛い名前だね。似合ってる。」
ルティナの眩しい瞳を見詰めながら、青年は思うよりも先に言葉を発していた。
だが、次は青年の番なのだが、彼は自分の名前すらも、覚えてはいない。
金髪の男「俺は・・・えっと、その・・・あの・・・」
思わず口ごもり、どう言って良いか迷ってしまう青年。
だが、その迷いは、ルティナによってすぐに消え失せてしまう事になる。
ルティナ「隠さないでも良いですよ、記憶喪失の事・・・。私、気付いてました
          から。」
金髪の男「えっ・・・?」
ルティナが発した言葉に、青年は驚きを隠せなかった。
なぜなら、青年は自分では全然、記憶喪失である事を見せてはいないと思って
いたからである。
だが、そんな事は、人の観察力が人一倍強かったルティナには通用しなかった
というわけであるのだが。
そして、ルティナは、青年の顔を笑顔で見詰めつつ、こう言った。
ルティナ「あなたのお名前は、「スピア」ですよ。あなたの腕輪に、そう
          彫られていますから。」

同じ建物に偶然閉じ込められていたスピアとルティナ。
偶然が引き寄せた二人の出会いは、やがて、それが運命であった事を少しずつ
見せていく事になる。
  

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