【マットグロッソの神話】
【チャコの神話】
【ブラジル土着の神話】
【ブラジルの新しい神話】

【マットグロッソの神話】

 マットグロッソはブラジルの南部に位置する一地方です。ここに住むトゥパリ(トゥピ)族は、天空に住む太古の呪術師たちを精霊(キィアド-ポッド)として崇めるという信仰を持っています。精霊と交わりを持つことが出来るのは地上における呪術師たちだけです。そのためトゥパリではこの呪術師たちが社会的にも大変重要な位置付けをされています。

天空の世界の成り立ち:かつて地上にも天空にも誰もいなかった頃、美しく光り輝く滑らかな大岩が一つありました。 この岩は女で、ある時割れてそこから血を流しました。彼女の流した血が一所に溜まり、その中から一人の男が生まれたのです。 男はその名をバレジャッドと言いました。それからまた岩が割れ、血溜まりの中からもう一人男が生まれました。二番目の男の名はバブと言いました。 二人は呪術師で、妻がいないことを淋しく思い、テンジクネズミを捕まえるとそれを殺し、前歯を取りました。そしてその前歯を彫って女をつくったのでした。 他の最初の呪術師たちは水や大地から生じていきました。 後に、バレジャットはその身勝手さや悪事がもとで水や大地から生じたこの呪術師たちに拘束されてしまいます。 バレジャッドは蜜蝋によって目も鼻も口も塞がれ悪さを出来なくなってしまったのですが、それでも尚力は残っていて、今でも時々怒って雨を降らすと言われています。
 ある時、アウニャン・アという悪い呪術師が生まれ、鋭い牙で子供たちを食い殺していったのです。人々は恐れ、この怪物から逃げることにしました。 この頃、天と地は今ほど離れていませんでした。ですから人々は天から大地へ垂れ下がっている蔦を登れば天へ行くことが出来たのです。 ある日、アウニャン・アが出かけた隙に人々は急いで蔦を登っていきました。 村に戻って皆が逃げ出したことに気付いたアウニャン・アは、急いで人々の後を追いました。 アウニャン・アは出会ったオウムに皆がどこへ行ったのかを訊ねました。するとオウムは川へ行くと良いと嘘を教えました。 アウニャン・アは川へ行ってみましたが、勿論その砂浜に逃げた人々の足跡を見付けることは出来ませんでした。 オウムは笑って言いました。皆、天を目指して蔦を登っているのさ。アウニャン・アは怒ってオウムを撃ち落そうとしましたが、その弾は当たりませんでした。 それから急いで天に続く蔦をよじ登り始めました。アウニャン・アが蔦を登っていると、そこへまたオウムがやってきて蔦をかじりだしました。 蔦は切れ、アウニャン・アは大地に叩きつけられ、手足がばらばらになってしまいました。このばらばらになった腕と足はカイマンワニとイグアナに、手の指足の指は様々な種類のトカゲになりました。 最初に生じた呪術師たちはわずかな者を除いて、この時以来天上に暮らしているということです。
 尚、天空に行った最初の呪術師たちは、動物の姿をしていたそうです。 他の天空の呪術師たちは人間と同じ姿ではありましたが、鼻で喋ったり口が曲がっていたりと、人間と少し違う特徴を持っていると言います。

人類の成り立ち:昔、人類の先祖は地上ではなく地下に住んでいました。 その姿も今とは異なり、猪のような長い牙を持ち、手足の指の間には水かきがありました。 地下には痩せたヤシの実の他には食べ物がなかったので、人々はいつもひもじい思いをしていました。 しかしある時、彼らは地上に続く穴を見付けたのです。 その穴はアロテとトバポッドという二人の呪術師が住んでいるところの近くに続いていました。 穴の近くには二人の作った畑があり、ピーナッツとトウモロコシが実をつけていました。 地下の人間たちは穴から這い出すとそれを見付け、少しばかり食べるとまた穴の中に戻っていきました。 さて翌日、畑の作物が荒らされていることに気付いたアロテとトバポッドはそれをテンジクネズミの仕業だと思いました。 しかし、そのようなことは毎晩続きました。そんなある日、二人は人間の足跡があることに気付いたのです。 足跡は石と石の間に隠れた穴へ続いていました。畑を荒らす奴がそこから来るのだと分かった二人は、 長い棒でもって穴の中を引っ掻きまわし、それから入り口の石をどけました。 すると、穴の中から次から次へとたくさんの人間たちが這い出してきたのです。 人間たちの群れは、二人が穴を塞ぐまで止むことはありませんでした。 二人は牙と水かきを持ったこの人間たちを醜いと思い、それらを取り除いて今の人間のようにしました。 それから留まる者は留まり、新しく広い土地を求める者は己の土地を見付けるべく旅立ちました。
 ところで、アロテとトバポッドに穴を塞がれ飛び出すことが出来なかった残りの人間たちはと言うと、彼らはいまだに地下に住んでいるのです。 彼らはキンノと呼ばれています。いつか地上の人間たちが死に絶えたら、このキンノたちが地下から飛び出し、今度は彼らが地上に住むことになるのです。


【チャコの神話】

 チャコというのはブラジル、ボリビア、パラグアイの三国にまたがる広大な平原地帯です。 ここに住むインディオたちの神話は部族ごとに多種多様で、全く体系化されていません。 体系化されていないばかりか、断片的ですらあります。 一説によると、それは各部族がそれぞれに他の地域から物語のモチーフを借りたことによるものだということです。
 そのようなわけで、ここでは「チョコ地方に伝わる神話」ではなく、 「チャコ地方のインディオたちが部族ごとに持つ多様な神話(民話的なものも含む)の一部」を紹介していきたいと思います。

モコビ族の神話:モコビ族はコタアという善なる精霊を崇拝していました。 コタアは大地を創り、また太陽や月や星たちの運行をも司っていました。それと同時に、コタアは豊穣神としての役割も持っていて、 人々に大地の実りを授けました。
 ある時、コタアは人々に食べ物や飲み物がなる不思議な木を授けました。 しかし、コタアがいない間に悪戯者の精霊ネーペックが、この木に水差しいっぱいの涙を注ぎ、食べ物の味を塩っぽくしてしまったのです。 戻ってきてそのことを知ったコタアは人々に言いました。「塩味は肉料理に風味を添えてくれるだろう」。 この言葉により、災いは善に変わり、人々の憂いもぬぐわれました。 そしてそれ以降、コタアの人々はヨベック・マッピクという植物を燃やした灰(これは塩として使用できる)を 料理に使うようになったのでした。

チャマココ族の神話:かつて人間(どうやらチャマココ族限定)は地の下で暮らしていましたが、 その生活が嫌になってある時カラグアタの繊維で一本の長いロープを作りました。 そしてそのロープをよじ登り、地上に上がってきたのでした。 しかし地上には地の下に住む人々全てを養うだけの食べ物がなく、少数の人々が地上に到達し終えると、 一匹の犬がやってきてロープを噛み切ってしまいました。
 そうして少数で明るい地上に住むことになった人間たちでしたが、それだけでは飽き足らず、ある時一本の巨大な木の幹をつたって 天空の世界にまで行こうとしました。しかし人々は天空には辿り着けず、そればかりか多くの人々が木の幹から落下し命を落としてしまいました。 その結果、チャマココ族の人々は今そうであるように少なくなってしまったのだということです。
 もう一つ伝わっている話によると、人々は最初ケブラコという大きな木の中にいました。 その木はとても大きくまた幹も太かったので、中でボール遊びが出来るほどでした。 しかしある時、その木のところへ一人の男がやってきて、この幹を裂いて中にいる人間を木の外に出しました。 こうして人間たちは木の外の世界で暮らせることになったのでした。

トバ族の神話:かつて、地上には男しかいませんでした。 そして男たちは皆人間の姿ではなく、動物の姿をしていました。女たちはというと、人間の姿をして天空に住んでおり、 時折男たちの食べ物を奪うためにロープをつたって地上へ降りてきていました。 しかしある時、このロープは一羽の鳥によって噛み切られてしまったのです。 そのため女たちは天空へ戻ることが出来ず、地上に留まることになりました。
 もう一つの伝わっている話によると、人々は皆もとは天空で暮らしていました。 そして、地上へは狩をするために降りてきていたのです。けれどもある時、地上の罠にかかり捕らえられてしまいました。 それ以来、地上に住むことになったのだということです。


【ブラジル土着の神話】

 初めに申し上げておきますと、ここに『ブラジ土着の神話』としてまとめているのは、それが上記でブラジルと分けて載せたマットグロッソ地方のものや南アメリカの北部に分類してここにはないアマゾナス地方のものを含めているからです。 つまり、広い範囲で信仰されている民間信仰の登場人物を扱っています。日本の例に当てはめると、仏教徒だけれども河童や座敷ワラシは信じている、といった感じでしょうか。
 さて、ブラジル土着の民間信仰を『カティンボ』と言います。 自然崇拝色の濃い民間信仰にしばしば見られるように、カティンボで崇拝されている存在は神とも精霊とも、時には妖怪とも悪魔ともつかぬものです。 マットグロッソ地方で今でも盛んに崇拝され祭儀が行われているフルパリなどはその代表でしょう。 このフルパリと同じく、人々から崇拝されている存在としてはカイポラが挙げられます。 ただし、カイポラは動物達の女王でありその保護者なので、人間よりも動物に近い存在です(姿形でなくて存在が)。 この動物性が更に強調された存在だと思われるのがアンアンガです。 アンアンガは人間の姿ではなく、牡鹿の姿をしています。因みに、森に関連を持ち動物的な性質を持った存在は、 このアンアンガのように動物の姿をしている場合もあれば、体の一部が動物であることもあります。 逆に、そのような説明が全く無いにも関わらず、体の一部が動物であるがために 自然の保護者、或いは支配者であると推測されている民話の登場人物などもいるくらいです(例えばロシア民話のヤガーばあさん)。 カティンボにも、体の一部に河の象徴である蛇の性質を持った存在、ボイウナがいます。 ボイウナはこれまでのフルパリやカイポラとは異なり、無情な破壊の女神であり、人々の庇護とは無縁な様子です。 人々の不安や恐怖といったものを一手に引き受けた存在と言えるでしょう。 しかしそれでも人々の信仰対象になっていたのには訳があります。 カティンボには善と悪、その両方のための祭儀があるのです。 この世界は陰と陽、そのバランスによって成り立つという道教の思想と似通っているかも知れません。

フルパリ:集落において社会規範に反した者は、フルパリによって罰を受けます。 それと同時に、フルパリは人々の中の徳を守ってくれます。しかし、このフルパリが守っている規範や徳と言うのは、男性優位社会における規範や徳であるようです。 それに関連して以下のような話があります。かつて、地上は女性によって支配されていました。つまり女性原理の思想だったのです。 しかしある時、これを好ましくないと思った太陽は、その関係を逆にしようと乙女セウシーをククラの木の樹液で妊娠させ、地上に自分の息子フルパリを遣わしたのでした。 フルパリは、男達に知識と力とを身に付けさせるべく祭儀を催し、そうして女たちの力を奪ってしまったのでした。 力を奪われた女たちは言うことを聞かなければ殺すと脅されて男たちの命令に従わなければなりませんでした。 そのためそれ以降、女性は男性の言うことを聞かなければならず、また力をつけるための祭儀に参加することが出来なくなったしまったのだそうです。

カイポラ:カイポラは動物達の女王で、人間に殺された獣を生き返らせることが出来ます。 片手にタバコのパイプを持ち、片手にサルサと呼ばれる薬用の植物の小枝を持って、猪で森中を駆け巡っていると言われています。 彼女は、例え人間であっても自分の気に入った者に対しては恩恵を授けます。 しかし、相応しい礼儀を示さなかったりして彼女の怒りをかった者は、不幸を授けられ苦しめられると言われています。

アンアンガ:アンアンガはカイポラと同じく自然の守護者ですが、森の守護者であるカイポラとは異なり、平原の守護者です。 アンアンガは殺された平原の獣たちを霊に変えます。そうして霊に変えられた獣たちは狩人を道に迷わせてしまうのです。 道に迷った狩人は家に辿り着くことが出来ず、遂には飢え死にしてしまうのだそうです。

ボイウナ:アマゾナス地方にはたくさんの大河が流れています。それらの大河の主、それがボイウナです。 彼女はアマゾン川の本流や支流沿いの広範囲で恐れられている大蛇の女神です。 ボイウナは姿も恐ろしければその性質も恐ろしい女神で、夜になると河辺をさ迷い生肉を探します。或いは、彼女は生きるものならば何でも食べてしまうとも言われています。 暗闇でも爛々と光るこのボイウナの目に少しでも見られようものなら、女性は妊娠させられてしまうそうです。 しかし婚外交渉によって妊娠してしまっても、ボイウナに妊娠させられてしまったと言えば良いのですから、 女性にとってはなかなか味方なところがある存在だと思います。


【ブラジルの新しい神話】

 1500年にポルトガル人のカブラルが漂着してから1822年に独立宣言がなされるまで、ブラジルはポルトガルの植民地でした。ポルトガル人はブラジルにカトリックを布教し、またたくさんの黒人奴隷を連れて来ました。そのためマットグロッソやアマゾナスといった辺境地域を除いて、ブラジルの神話や民間伝承にはキリスト教徒的な要素やアフリカ的な要素が多分に取り込まれたそうです。

 そのようなわけでブラジルにはキリスト教とアフリカ文化の交じり合った神話があるみたいなのですが、まだ見付けてないので、見付けたらここに加えます。