ふじみ湖裁判(仮処分)について

2004.7.17                  弁護士 坂 本 博 之

 

水戸地方裁判所民事第1部平成14()181
廃棄物最終処分場等建設差止仮処分命令申立事件  平成16621日決定
・債権者 茨城県笠間市、水戸市等の住民318
代理人 安江祐、五來則夫、佐藤大志、椎名聡、中田直人、谷萩陽一、梶山正三、今村英子、坂本博之、広田次男、原正治、関本立美、伊藤明子、樋渡俊一、名倉実徳、中西達也、中嶋弘、増田隆男、河田英正、高橋敬一、虻川高範、南雲芳夫、宮原貞喜、清水善朗、鵜川隆明、籠橋隆明、田中由美子、中島宏治、三浦宏之、出牛徹郎、津田浩克、小笠原忠彦、小宮和彦、馬奈木昭雄、高橋謙一、長倉智弘
   安江祐複代理人 井口博、鈴木延枝、越智敏裕
・債務者 財団法人茨城県環境保全事業団(代表者理事 角田芳夫)
代理人 片桐章典、小泉尚義、木島千華夫、後藤直樹、篠崎和則、伴義聖
・裁判官 仙波英躬、中川正充、木村匡彦
   (主任だった山口さんという女性裁判官は、決定文には加わらなかった)
・住民らが訴えた権利(被保全権利)
@ 人格権(人間であることによって当然に持っている権利)
a. 身体権 生命・身体・健康に対する権利
b. 平穏生活権 平穏な生活を営む権利。質量共に生存・健康を損なうことのない水を確保する権利(浄水享受権)も含まれる。
c. 人格権を侵害するおそれのある施設の建設の手続に対する権利

この裁判で初めて主張してみた。

A 環境権(良好な環境を享受する権利)
・施設の概要 管理型産業廃棄物最終処分場及び廃棄物溶融処理施設

 

1 裁判所の判断
 主文1 債権者らの申立てをいずれも却下する。
   2 申立費用は債権者らの負担とする。
2 決定の理由
T. 人格権等侵害の具体的内容について
※裁判所は、人格権の中で、身体権だけを認めた。平穏生活権や手続に対する権利は、判断の中で一言も触れなかった。以下でいう「人格権」とは、身体権のことである。
@〔人格権について〕現代社会においては、産業廃棄物の発生は避けられず、現時点において本件処分場のような埋立処理施設の社会的必要性を認めざるを得ない。他方、埋立処理施設が建設され、操業が開始されると、何らかの措置を講じない限り、環境汚染を招き、周辺住民の健康に害を及ぼすことになる。埋立施設の操業が開始されることにより、周辺住民らの健康が害される具体的危険性が認められる場合には、人格権に基づき、当該処理施設の建設、操業自体を差し止めることができる。
本件申し立ては、債権者らの健康が害される具体的危険性があることを理由として請求されるものだから、具体的危険性があることについてはその合理的根拠を持って、債権者らにおいて主張・立証すべきである。しかし、設置者である債務者、一般住民に過ぎない債権者らの立場関係と、一度有害物質が流出した場合には、人の生命・健康という最も尊重すべき権利に対する侵害行為となり、一度生じた環境汚染を除去することの困難さ等の事情にかんがみ、債権者らにおいて有害物質が持ち込まれる具体的可能性を立証した場合には、債務者において、本件処分場の安全性を高度の蓋然性を持って立証すべきであり、これが尽くされない限り、債権者らにおいて人格権に基づく差し止め請求権が認められる。
A〔環境権について〕本件において、債権者らは差止めを求める根拠として環境権も主張しているが、環境は多くの要素から構成されるものであり、個人の権利の対象となる環境の範囲は極めて漠然としており、差止めを許容すべき侵害の程度も明確でなく、権利者の範囲も限定しがたいことなどから、環境権を根拠に差止めを求めることはできない。
 
U 本件処分場に搬入・埋立される廃棄物の危険性について
債務者は、本件処分場に受け入れる廃棄物の基準として土壌環境基準を採用しているが、受け入れる廃棄物が全く安全無害ということはない。また、債務者は廃棄物受け入れの際、全数目視検査をするとしているが、異物やほかの産業廃棄物が混入していないかをそれによって判断できるかは疑問であり、受入基準に反する廃棄物が混入する可能性は否定できず、よって土壌環境基準を上回る有害物質が漏洩する可能性は否定できない。したがって、本件処分場内に有害物質が持ち込まれる可能性は否定できない。また、有害産業廃棄物にあたらない産廃物であっても人体に有害な影響をおよぼす物質を含む可能性は皆無ではない。
 
V 本件処分場建設地内に豊富な湧水・地下水が存在するかどうか
※この論点は、本件処分場の最大の特徴の一つであった。
証拠などにより、本件処分場内に発生する水は、降雨が直接流れ込んだり、堆積土や岩石表面の風化部分へしみこんで保水されたものが徐々に排出されることによるものと認められるが、ふじみ湖が採石場跡地の底部岩盤からの豊富な湧水により形成されたものと認めるに足りる疎明資料はない。債権者らは本件処分場周辺の井戸と本件処分場内の地下水はつながっていると主張するが、周辺井戸の井戸水は、本件処分場内の水質よりは涸沼川の水質に近いと認められるから、その水源は本件処分場内の水源とは異なると認められる。よって、本件処分場内には少量の地下水があるとしても、地盤を不安定化させ、遮水工に影響をあたえるような豊富な湧水・地下水があるとはいえない。また、遮水工敷設後、遮水工の下の地下水は少量となり、地下水集排施設の設置により、遮水工に影響を与えるような量の地下水が存在する可能性は非常に低くなるといえる。

 

W 遮水工の破損等による地下水等の汚染が生じないか
.埋立地盤の安定性について
証拠などより、品質管理基準を満たした盛土は、埋立完成後の廃棄物及び盛土の荷重に耐えうる十分な強度を有し、上記のとおり、本件処分場内に地下水はほとんどないこと、遮水工の設置により本件処分場内で発生する地下水は、完成・操業開始後にはさらに少なくなるものとみとめられる。仮に地下水が盛土部分に浸透してきたとしても、盛土が不当沈下等することはないと一応認められる。
.その他について
遮水シート、GCL、ベンナイト混合土、水密アスコン、漏水検知システムについて、債権者らの主張することはいずれも可能性が低い・疎明資料がないなどの理由により認めることはできない。証拠などから、これらのものは、十分に遮水機能を果たすことができるものと認められる。また漏水検知システムについては、本件処分場において遮水工が破損した場合にその個所を的確に探知する方法と認められる電気的漏水探知システム、また地下水のモニタリングによって漏水検知が十分になされるものと一応認められる。

 

X 浸出水処理施設の欠陥による地下水等の汚染が生じないか
債権者らは、本件浸出水処理施設はダイオキシン類等に対し有効な除去手段が講じられていないと主張する。しかし、環境省の平成10年度最終処分場環境保全対策調査によれば、生物処理、凝集沈殿法、砂ろ過処理の過程を経ることにより、浸出水中のダイオキシン類がほぼ100%除去されることが一応認められ、また重金属類についても、受け入れ管理が行われる等の理由から、浸出水に多量に含まれるものとは考えられず、本件処理施設により除去することが可能であると一応認められる。
また、本件浸出水処理施設において設定されている流入水質は廃棄物最終処分場指針解説などに基づいて設定されたごうりてきなものであり、BODおよびCODについては本件処分場に埋め立てられる廃棄物は無機物が主体であるからその値は低くなると認められる。よって、本件処分場に設置される浸出水処理施設は、十分にその機能を果たすことができる。

 

Y 溶融施設等から排出されるダイオキシン等による大気汚染が生じないか
本件処分場周辺の大気がダイオキシン等の有害物質によって汚染された場合、債権者らの健康被害を引き起こす可能性は否定できない。しかし、ダイオキシン類の沸点は300ないし500度、融点は100ないし300度であり、低温であるほど蒸気圧は低くなり、固体微粒子やミスト状で存在するため、バグフィルター方式で200度以下において95%以上を除去できる。また、重金属類は沸点が低いため、ほとんどがバグフィルターで捕集され、水銀についても、バグフィルター入口で蒋介石とともに粉末活性炭を添加することで除去が可能である。債権者らは、ガス化溶融炉技術がまだ実績の少ない新しい技術であることなどを主張するが、本件溶融炉については安全性等が確保されているものと一応認められ、本件溶融炉のメーカーであるJFEエンジニアリングが技術評価を受けていることなどからして、必ずしも事故等が発生する可能性が高いとまで認めることはできない。よって、本件溶融施設から発生するダイオキシン類等によって債権者らに対する健康被害が生じる具体的危険性が高いとまでは認められない。

 

Z 交通量の増加による交通被害の危険性について
本件処分場等の操業により、周辺道路の交通量が増加するであろうことは容易に予測することができる。しかし、交通事情の変化に対しては交通整理員の配置など何らかの方法によって対処することが可能である。また、各債権者らが、」日常生活においてそれぞれどの道路をいかなる様態で利用しているのかは不明であるから、債権者らの主張は、その余について検討するまでもなく是認できない。
 
☆ 総評
@           多くの論点について議論を闘わせたにも係わらず、上っ面しかなぞっていないような、理解不足の感を免れない決定である。また、平穏生活権についての判断をしていない点などに端的に現れているように、これまでの裁判で積み重ねられてきた理論についての理解すら不十分である。
A      湧水の存在をはじめ、殆どの論点について、事業団の言い分を鵜呑みにした内容であり、裁判所の公平性を疑わせる(もっとも、日本の裁判所に対して、行政相手の裁判において、公平性を期待してはいけない)。
B      住民側は、処分場事業を遂行するに当たっての、事業団及び茨城県の適格性の問題(情報公開を不十分にしか行っていないこと、住民無視の建設を進めてきたこと、従って今後の運営においてもまともな運営をしない可能性が高いことなど)を追及したが、決定では一言も触れなかった。このあたりにも本決定が偏っていることがよく顕れている。
C      住民側が提起した多くの処分場の事故例については、「本件処分場と同じ構造ではない」などとして排斥する一方、事業団側が出したしゃ水シート等の実験結果については無条件で受け入れている。しかし、事業団側が出した様々な実験は、本件処分場と同一の条件のもとで行われたものは一つもない。事故を起こした処分場の方が、様々な点で、遥かに本件処分場と同じ条件を持っている。本決定は、このような矛盾に全く気づいていない。

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