無名抄 その弐拾


 ショートショート「誰かの声が」


うちらに、怖いものなんてないですよ! 
国立だってなんだってかかってこいっスよ!
・・・そうだよねぇ。
二回戦を前に明るく振る舞う後輩達に、ため息をつきながら相づちを打つ。

そうともさ、怖いものなんてない。大会は、参加することに意義がある。
今日だって、三人無事にケガもバイトもなくチームを組めたことに感謝しないとね。
的中良くない三年生副将の私、本番に強い初心者二年生・斎城さん、
経験者だけど大会慣れできてない一年生の竹本さん。
以上がうちの大学の弓道部の全女子部員です。
補欠もいなけりゃ介添えもいない。今回は男子と会場が別だから、応援だっていないのです。
慢性的女子部員不足により、レギュラー争いもできない。
競い合いがないと平和だけど、なかなか強くなれそうにない。
ないないづくしないづくしの我が部の、くじ運がない副将が私ときたものだ。
きのうのブロック分けの抽選でも、強そうな大学がかたまっているブロックをひきあててしまいました。
「じゃあ、控えに入るよ。目標は」「五割!」「ケガしない!」「了解。それでいきますか!」
一回戦目。
チーム五割に届かず。三年生の私からして一中なんて情けない結果で負けました。
二回戦目。
ため息ついてる場合ではない。気合いを入れて大前の役割を果たさねば!
「さ、一本!」
あ、第二射場の大学には応援がいるんだ。いいなぁ。
どうやら向こうで別の対戦をしている大学と、同じタイミングで打ち起こしたらしい。
会。
離れ・・・・「ぷちっ」
あれ、はじっこだけど中たったぁ〜! 内心ほっとしながら残心。
「よし!」
うしろの射場の人も中たったらしく、数名の女子の声が響いた。
しかし。
ふと気が付くと、その数名の声は、私たちのチームの的中に不思議なほど合っていた。
斎城さんの的中にも、竹本さんの的中にも、
「よし!」
うちら、応援されている? どこの皆さんだろう。
「よし!」
一緒に夏合宿している工大さんとは、違う声掛けだ。
「よし!」
工大さんは『せいやぁ!!』だもの。
「よし!」
どこの誰だか分からない声援に引っ張られるかのように、的中は伸びた。
念願の五割を超えた総的中。
でも負けた。
対戦相手は苦もなく皆中をびしばし出す。さすが強豪、かないませんでした。
介添えがいないので申し訳なくも記録席に預けていた替え弦を、礼を言って受取った。
その時、場外の観覧席をちらっと見てみたが、見覚えのある顔はなかった。

「先輩先輩! なんかうちら応援されてませんでした!?」「よしっ、て聞こえましたよね」
「あたしもそう思ったんだけど、だれ?」
高校の知りあいもいなかったし卒業した先輩でもなかったし、心当たりは・・・皆無。

結局三戦全敗で予選落ちした私たちだが、いつもより明るい気持ちで車に乗り込んだ。
あの応援は、ほんとに誰だったのだろう。
「あたしがナダレをやっちゃった大学ってことは、ないですよねぇ」
「う〜ん、あれねぇ?」
竹本さん、一回戦の直前に控えに立てかけてあった対戦相手の矢をうっかり倒してしまった。
ちょっとぶつかっただけなのだが、ジュラ矢はガシャガシャと派手な音をたててナダレと化した。
試合直前、いや〜な空気が。固まってしまう竹本さん。無言で矢をもとに戻す相手校の控え選手。
ひとまずその場は謝ったが、試合後、私は竹本さんを連れて改めて相手校に謝りに行った。
「さきほどはうちの部員が失礼をいたしまして、たいへん申し訳ありませんでした。」
「あの・・・矢の破損などなかったでしょうか?」
小さくなって謝る私たちに、笑顔で「大丈夫ですから。気にしないでください」と言ってくれた。
対戦してみたら的中も選手の数も貧弱なうちの大学に、怒る気にもなれなくなったのかもしれない。
三回戦目にも、同じ声援が聞こえた。
せめて一回くらいは勝ってよ、というあの大学からのエールだったのだろうか。
「もしかしたら、そうだったのかもしれないね」
「ったく、竹本は! 先輩に迷惑かけんじゃないよ」
「はい・・・」
「でも、なんかうれしかったねぇ」
「ほんとですねぇ」
できることならお礼を言いたかったし、こちらからも応援のお返しをしたかったな。
ため息を、もういちどついた。

 

ノンフィクションに近いショートショートでした。


2003.07.01 観

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