無名抄 その八


 審査の思い出


段級審査の係員が、最後の気力をふりしぼって集中しないといけないのが登録料の集金です。
緊張感から解放された皆さんの様子は、私達の高校時代と全く変わりません。
でも、テーブルのこちらがわでは、お釣りを間違えまいと
必死なのです。
最後に集計して、100円でも足りなかったり多かったりしては一大事!
 ◆ ◆ ◆
審査結果が貼り出されるとワッと人垣ができ、あちこちで歓声や悲鳴があがります。
さっきまで神妙な顔つきで審査を受けていたのがうそのような
大騒ぎ
「結果を見た人はとうろくりょうを払ってくださ〜い!!」
「無指定で一級だった人も、払わないと次回も無指定になりますよ〜!!」
「各段ごとに並んでくださ〜い!」
騒ぎに向かって、係員たちが大声で叫びます。それでもしばらく騒ぎは続きます。
ようやく列ができはじめ、財布をにぎりしめた高校生のいろいろな表情が見られます。
登録料を受け取って「おめでとうございます」と言うと、「ありがとうございますぅ〜!」と
ぴょんぴょん飛び跳ねながら帰っていく生徒さんがいたり、
「一級なのにオメデトウかよ」とぶつぶつふてくされて帰っていく生徒さんがいたり、
顔見知りの生徒さんが満面の笑みで「合格でした!」と報告に来たり、
残念な結果に涙を流している人がいたり。なぐさめている友達がいたり。
皆さんの姿には、
「高校で弓道部を選んだ人」の不変の典型のようなものが見えます。
一生懸命練習してきたんですね、あの頃の私達と同じように。
 ◆ ◆ ◆
私が最初に受けた審査(当時は無指定ではなく査定といいました)でいただいたのは、一級でした。
1年生の秋の審査で、同じ代の部員のうち、半分は初段を認許されたと思います。
後日届いた一級の免状を顧問の先生から渡された時は、なんだか嬉しかったものです。
「あなたも弓道をやっていいですよ」と認めてもらえたような気がして。
当時初めて座射を習って、跪座では足の指が痛くて大変な思いをしました。
今では長時間でなければ足の指などなんともないのが不思議です。
それから次の年の春初段に挑戦し、合格。秋に弐段を目指して最初の不合格。
3年の春、花巻まで遠征して受審したものの、またしても不合格。
この時一緒に受けに行った仲間は、
私以外みんな合格でした。かなりショック。
みんなが登録料を払いに行っている間、一人で荷物番をしていた時の気持ちを今も覚えています。
高校時代の審査はここまで。6月の高総体を最後に、3年生は引退です。
 ◆ ◆ ◆
それからの審査歴も書いてしまいますと、
他県の大学に進学して弓道部に入り、弐段挑戦3回目にしてやっと合格。
参段は6回挑戦しての合格、四段は2回目に合格、現段位は1回で認許していただきました。
参段は、いくらなんでもひっかかりすぎです(-_-;)
私は
永遠に参段になれないのではないか、と思ったこともあります。
「不合格」に慣れてしまいそうでした。
その段位にふさわしい射が身に付いていなかったのに受審したことも原因ですが、
参段からは「的中」が合格条件のひとつなのに、
審査では一度も中たったことがなかったのです。
弐段の頃、ある講習会で他県の先生に言われました。
「なに、審査で中たらない?緊張しすぎではないですか。度胸試しにここで引いてみたら」
受講生がたくさんいる前で1本引いたところ、的中でした。
「いまのように引けばいいじゃないですか。次は合格しますよ」
先生は笑顔で励まして下さいました。
弓道会の先生や先輩たちも、なんとか合格させようと熱心に指導して下さいました。
なんともありがたいことです。
おかげ様で、地元の道場での審査で合格。五年間の弐段時代から脱出です。
このときの嬉しさは、何にも例えようがありません。
私が受けた14回の審査のなかで、最も「合格した!」感が強かった審査です。
 ◆ ◆ ◆
反面、現段位については「○段です!」と声を大にしては言えません。
私が大会等で引いている姿を見たら、誰もこの段位に相応しいとは思われないでしょう。
「私は十段になったけれども、まだまだやっと十段の入口に立ったにすぎない。
これから十段になっていくのです。
弓道は『道』ですよ。自分で歩いて前へ進んで行く道です。
道は進んで行かなければ道ではない。
あなたもこれから、本当の五段になれるよう頑張りなさい」
昇段の挨拶に行った私に、審査委員長だった範士十段大沢万治先生が下さった言葉です。
それまでなんだか恐れ多くて一度もお話したことのなかった先生に、温かい励ましを頂戴しました。
この言葉を決して忘れず、修練を重ねて行きたいと思います。
 ◆ ◆ ◆
こうして私は、
たくさんの方々に励まされながら弓道を続けて来ました。
審査にしろ試合にしろ、失敗ばかりを山のように積み重ねているのですが、一歩づつ、いや
半足づつでも歩を進めていきたいものです。
いつもご指導下さる先生方に「こいつもようやく弓引きらしくなった」と思われるように。
そしていつかは、
見知らぬ人に「あの人はいい弓を引いているね」と言われるような弓人に。


2002.07.19 観

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