無名抄 その五
離れ小島へようこそ
先日、昼食に食べた盛岡冷麺にスイカがのっていました。
スイカを見れば思い出す…高校2年生のころの弓道場の思い出があります。
もちろん、スイカを的にしたなんて不届きな思い出ではありません。
◆ ◆ ◆
離れ小島のような我が道場に、10月のある日、訪問者がやってきました。
高総体を最後に引退した、3年生の先輩達、男女ともほぼ全員でした。
いつものように練習していた私達は、矢取り道に突然現れた先輩達にびっくり。
いや、正確には、先輩がもってきたものにびっくりしました。
大玉のスイカ?!
「練習終わったら食べような」
先輩のひとりが、掃除用のバケツにスイカを入れ、矢拭き用のタオルをかぶせ、
安土整備用の飲めない水道の水をざーざーかけてスイカを冷やし始めました。
その日は、新人戦県大会へ出発する前の日。関高は男女とも県大会出場を決めていました。
現在と違って、当時あまり強くなかった関高弓道部。
春の高総体は女子しか県大会に行けず、男子の先輩達のくやしさはかなりのものだったと思います。
代替わりしての新人戦で、男女とも地区予選通過と聞いて喜んだ先輩達は、
わざわざはるばる差し入れを届けに来て下さったのでした。
久々に聞く、先輩達の「よし!」の掛け声に感激しながら練習を終え、皆でスイカを食べました。
一列に並んで、道場から矢道に向かって種をペッとやりながら、
冷えたスイカをとても美味しくいただきました。
「先輩、受験勉強はいいんですか?」「聞かないでよ〜」
「矢道にスイカが生えてくっつぉ」
「これ、横から写真撮ったらおもせぇべな〜」と先輩。皆で大笑いでした。
床を汚さぬよう射場から首を出してスイカをかじり、種を飛ばす私達の図は、
残念ながら写真には残っていません。
しかし写真などなくても、こんなにありがたい激励は、忘れることができません。
◆ ◆ ◆
その日と同じ日だったか、その前の日だったかにもめずらしい訪問者がありました。
リヤカーに太鼓やら太鼓の台やら積んで、足駄を鳴らしながらやって来たのは、
関高名物・バンカラ応援団幹部のご一行。
新人戦県大会の前には壮行式があり、予選を通過した運動部の代表が壇上に呼ばれて、
全校生徒の激励を受けるのですが、どういう手違いか、弓道部は呼ばれなかったのです。
せっかく男女とも通過したのに、なんだべ、と思っていたら、
応援団幹部の皆さん、わざわざはるばる弓道部のためだけに壮行式をやりに来てくれたのでした。
幹部の伝統的(?)な口癖に「前代未聞だ」というのがありますが、
これこそ前代未聞の「出張壮行式」でした。
腕組みをして練習を見守っていた幹部のみなさん、矢道に太鼓をセッティング。
裸足のバンカラ応援団が矢道の草を踏みしめてずらりと整列。
激励される側の私達は、射場に並んで幹部さんたちと向き合い、
エールを頂いたり、一緒に応援歌を歌ったりして、不思議で贅沢な壮行式に参加したのでした。
いつもなら、となりで活動している硬式野球部の声しか聞こえないグラウンドに、
太鼓の音と幹部の野太い大声が響き渡りました。心に染み入る響きでした。
当時の応援団副団長が元弓道部員でしたので、離れ小島までは迷わず辿り着いたようです。
「わざわざありがとうございました!」
「じゃあ、がんばってな」
笑顔をのこして、幹部さんたちは重いリヤカーを何人もで押して帰っていきました。
◆ ◆ ◆
こんなにもありがたい激励をたくさんいただいたのに、新人戦県大会の結果は…
憶えていないところをみると、あまり良くなかったのかも(-_-;)
離れ小島の道場でまったく目立たない弓道部の活動ではありましたが、
それなりに頑張っていたし、応援もされていたのです。
盛岡冷麺の具から思い出す、関高弓道部の歴史の一行でした。
◆ ◆ ◆
ちょっと待てよ、10月にスイカ…? 売ってるかな。
あれは県民大会の前に持ってきて下さったのかも…7月だし、男女とも予選通過したし…
でも、新人戦の前にも、確かに先輩達が差し入れを持ってきて下さった、という記録が手許にある。
幹部さんたちが来たのも確かに新人戦のときだ。 う〜む(-_-;)
先輩方、記憶が混乱しているばかな私をお許し下さいませ。10年以上たっていますもので…
2002.06.23 観