毛抜 風変わりなヒーロー 2004.1.26 

22日、浅草公会堂に新春浅草歌舞伎第二部を見に行きました。

主な配役
粂寺弾正 獅童
秦民部 男女蔵
巻絹 亀治郎
秀太郎 七之助
玄蕃 錦也
小野春道 門之助
春風 勘太郎
錦の前 信悟

「毛抜」までのあらすじ
時は陽成帝(ようぜいてい)の御世。100日にもおよぶ旱魃に民百姓は苦しめられていた。大内(宮廷)では北山の鳴神上人に旱魃を解消する祈りを頼もうとするが、以前皇子誕生の折の祈祷の褒賞として御堂の建立するという約束を反故にされた事を恨んでいる鳴神上人は、これを断る。

一方小野家には先祖伝来の小野小町が書いた「ことわりや」という雨乞いの歌を記した短冊があり、これを用いて雨乞いをすることになった。しかし勅使が小野家に到着すると、何者かによって短冊は奪われてしまっていた。

「毛抜」のあらすじ
そこへ小野家の姫君錦の前の婚約者、文屋豊秀からの使者として粂寺弾正がやってくる。婚約が決まったのに、さっぱり話が進まないので様子を見に来たのだ。出迎えた八剣玄蕃(やつるぎげんば)は「姫は髪の毛が逆立つという奇病にかかったのでもう嫁入りはできない」と使者を追い返そうとする。

弾正の頼みで、奥から出てきた錦の前が、かぶっている被衣をとると髪の毛がおどろおどろしく舞い上がる。

「ひとまず大殿様へお目にかかろう」と、弾正が今の不思議な有様を思案しているところへ、煙草盆をもってやってきたのは家老秦民部の弟の秀太郎。その初々しい若衆ぶりに目をつけた弾正は、馬の稽古を教えてやる振りをして、後ろから抱きつく。

気がついた秀太郎に突き飛ばされて「近頃面目次第もございません」と観客に向かってお辞儀をする弾正。

弾正が毛抜で髭をぬいていると、腰元巻絹が姫のたてたお茶を持って出てくる。すると弾正はその手をとって「このお茶よりそなたのお茶を薄う一服たべたい」と言い寄るが、振り払われてしりもちをつき、「てんと、これで二杯ふられた」と又客席に挨拶する。

そこでお茶を飲もうと毛抜をかたわらへ置くと、毛抜が宙へ浮き上がる。驚いた弾正は煙管、小柄と次々に試してみる。「こりゃ、化け物屋敷じゃないかしらん」と言っているところへ、一人の男が屋敷に怒鳴り込んでくる。

男は小原の万兵衛、この屋敷に勤めていた腰元小磯の兄だと名乗り、若殿の春風に会わせろと騒ぐ。あわてて奥から出てきた春風に「妹は春風の子を宿して、そのために死んだのだから、妹を生きて返せ」と泣き喚く。

この男の加勢をする玄蕃にかまわず、家老秦民部は二百両の金をだして話を収めようとするが万兵衛はこれを蹴る。

ここへ弾正が仲介にはいり、「妹を戻しさえすれば言い分ないな」と万兵衛に念を押す。そして地獄の閻魔大王へ宛てて「小磯をこの者と一緒に帰してくれ」と書いた書状を万兵衛に渡し、地獄へ使いに行けと言う。

これには万兵衛も度肝を抜かれて逃げ出そうとすると、弾正は小柄でこれを仕止める。

一同が驚いていると、「この男の在所小原は豊秀家の領地。小磯殺害の件は既に届けがでていて、この男は偽の万兵衛だ」といって男の懐から行方不明になっていた「ことわりや」の短冊を取り出す。実は春風は小磯へこの短冊を託し、それを知った悪者どもが小磯を殺したのだ。

そこへこの屋敷の主人春道が姫を伴って出てきて弾正に礼をいい、文屋豊秀との縁談は取り消すという。ところが弾正が姫の髪にさしてある蝶花形の櫛笄を抜くと、不思議な事に髪の毛は逆立たなくなった。

小野家の人々が喜ぶなか、弾正が槍で天井裏を突くと、大きな磁石を手にした忍びの者が転がり落ちてくる。姫の頭に挿してあった櫛笄は鉄製で、この大きな磁石がそれを吸い上げていたのだ。男に黒幕を白状させようとすると、玄蕃が切り捨ててしまう。弾正はその素早さに苦笑い。

事件が解決して、春道公が婿引き出にと刀を玄蕃に弾正へ持っていかせると、弾正は「主人豊秀から舅殿へ頼みの祝儀を差し上げる」と言って、その婿引き出の刀で玄蕃を切り捨てる。玄蕃こそ、お家転覆を狙った張本人だったのだ。

弾正の活躍で小野家の災難は解決し、弾正は花道で客席にむかって挨拶しながら、刀を担いで意気揚々と引き上げていく。

 

「毛抜」は1742年に初演された「雷神不動北山桜」(なるかみふどうきたやまざくら)の三幕目「小野春道館の場」が独立したものです。二代目團十郎が粂寺弾正を演じました。七代目團十郎によって歌舞伎十八番に取り入れられましたが、八、九代目は演じなかったため途絶えていたのを、明治42年に岡鬼太郎が補綴して二代目左團次が復活上演。

今回獅童と男女蔵がダブルキャストでそれぞれ、團十郎と左團次の指導を受けて初役で演じました。残念ながら獅童の方しか見られなかったのですが、両方比較できればなお面白かっただろうと残念に思います。

浅草歌舞伎はいつも昼夜ダブルキャストで上演され、それが刺激になって良い結果がでるようですが、昨年は「車引」がでたため、荒事で声を目一杯つかってかすれ声になった方もいました。今年は皆無事だったようでなによりです。場内は去年と同じく、若いファンで一杯で、花道のすぐそばまで補助席が出ていました。

獅童の粂寺弾正は、初めの頃はぎこちなさを感じましたが、万兵衛に「地獄へ行け」と閻魔大王への書状をやるあたりから、声も朗々と響いてのびのびと演じ、引き込まれました。

この粂寺弾正という役は前半は秀太郎や巻絹に露骨に言い寄っては手ひどく振られたりする、ただのヒーローと違うとぼけた愉快な人物で、そこが獅童のキャラクターにあっているのではと思われたのですが、古風な芝居の中では役と一致させるのがまだ難しいのか、後半の捌き役になってからのほうがきりっとしていて合っていました。

前半のゆったりした台詞の最後をちょっとのばすところ、ご自分のホームページにも書いていらっしゃるように、教えられたとおりやっているのでしょうが、未消化に感じました。なんといっても初演なので、又やるときはきっと自分のものになっているだろうと期待しています。

毛抜が天井の磁石に吸い寄せられるところでは、30センチはある大きな毛抜が黒衣によって差し金で遣われ、弾正がそれを見ながらいくつもの変化にとんだ見得をするのも、この芝居でしかみられない楽しい魅力あふれる趣向です。

春道の門之助はいかにも殿様らしい優雅な感じで好演。信悟の錦の前にも存在感がありました。

ところで以前團十郎の「毛抜」を見ましたが、ユーモラスでおおらかな持ち味がまさに粂寺弾正そのものでした。

このとき團十郎は、生涯にたった一度「毛抜」を演じた十一代目團十郎が、七代目の錦絵からとって作ったという「寿の字海老」の裃を着ていました。黒地に鮮やかな海老茶に金の縫い取りの、寿の字の形をした海老の模様は、いかにも歌舞伎らしく魅力的で、数ある歌舞伎の衣装の中でも私の一番好きな部類に属します。

今回は白の着付けに「碁盤菱」模様の裃を着て、卵色の足袋をはいています。これは二代目左團次が復活上演したとき、五代目團十郎の錦絵から意匠を借りたものという事ですが、どちらかというと知的な印象を与える衣装で、そこが男女かまわず言い寄ったりする弾正とちょっと合わない感じが、私にはします。

その他には、男女蔵の和尚吉三、勘太郎のお嬢吉三、獅童のお坊吉三で「三人吉三」。実は11月に川口で獅童の和尚吉三、七之助のお嬢吉三、勘太郎のお坊吉三でやったのを見たのですが、そのときよりはずっと良い出来でした。

川口の公演は巡業たしか2日目だったせいか、義兄弟の契りをかわすところで、先に腕の血止めしおえたお坊の勘太郎が、何気なくお嬢が和尚の腕に血止めをしてやっているところを見てしまったため、ヤキモチを焼いているように見えて場内が失笑。

何気ない一瞥が思いもかけない効果をひきだす怖さというものを目の当たりにしました。今回その場面でお坊は全く二人のほうを見なかったので、そのようなことにはなりませんでした。

勘太郎のお嬢はおとせの金を取ったときにコロッと声を男の声に変えるのですが、その変わり目が鮮やかで、いかにも不良少年といった感じのお嬢でした。しかし「月も朧に白魚の」の台詞はちょっと凄みすぎで流れが滞っていると感じました。名乗りで「八百屋お七と名を変えて」と言ったようでしたが、聞き違えでしょうか。

獅童も川口で和尚吉三をやった時は鳶の若いのにしか見えませんでしたが、お坊にはぴったりに見えました。こちらも台詞は力みすぎと感じました。男女蔵も花道の出がキッパリとしませんでしたが、三人揃ったら、その落ち着きのある感じがちょうど良い要となってバランスの良い「三人吉三」だったと思います。

最後は亀治郎の忠信、七之助の静御前、男女蔵の早見藤太で「吉野山」。亀治郎は最初のうちこそ抑え目でしたが、源平の戦いのところからはきびきびとした大きな踊り。ところで浅草公会堂にはすっぽんが設置されていないため、忠信の出は、一時真っ暗になり、再び明るくなると七三に忠信がいるという演出です。

亀治郎が前に「連獅子」を猿之助と踊った時、若武者のような、切れの良い踊りが強く印象に残りましたが、今回も素晴らしかったと思います。七之助の静も楚々としていて良かったです。

ところで亀治郎の衣装、小さい源氏車が飛んでいる柄でしたが、上半身は銀の模様、帯から下は金の模様でした。襦袢は普通は赤ですが、浅葱で、最後にぶっかえるため、鬘を途中でかけ替えていたようにも見えました。鬢はふかし鬢。というわけで静は白地の常盤衣に透けたグリーンの常盤笠でした。

澤瀉屋型の狐忠信のひっこみは狐火の衣装で、花道七三で高く飛び上がったり、えびぞりをしたり大変華やか。すでに誰もいなくなった本舞台に桜の花びらがたくさん降り続けていたのも豪勢で、一日の締めくくりとしてもとても気分の良いものだったと思います。

この日の大向こう

この日は伝統芸能放送が実況中継されていたので、ご覧なった方もいらっしゃるのではと思いますが、数人の方が掛けられていました。

中にお声の大きな方がいらして、特に「毛抜」ではツケ入りの見得がたくさんありますが、いつも早めに掛けられたり、「なんでこんなところで掛けるのかな」と思うようなところでも何度か掛けられたのには、首をひねってしまいました。

女の方でとてもタイミングよく違和感のない声を掛けられる方がいらして、良い感じだなと思いました。はっきりと聞こえたのは3回位でしたが、もうちょっと掛けていただきたいと思うような声でした。これからもぜひがんばって掛けていただきたいと思います。

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