山科閑居 女形の芝居 2003.1.17

15日、歌舞伎座昼の部をみてきました。

主な配役
加古川本蔵 團十郎
お石 勘九郎
戸無瀬 玉三郎
小浪 菊之助
力弥 新之助

「山科閑居」のあらすじ
主君・塩谷判官が江戸城内で高師直を相手に刃傷事件を起こしたためにお家は断絶。浪人の身となった塩谷家の国家老、大星由良之助は仇討ちの機会を狙いながら、人里はなれた山科に家族とともに暮らしていた。

ある雪の日に、加古川本蔵の妻・戸無瀬とその娘・小浪がここへ訪ねてくる。由良之助の息子・力弥と小浪は、刃傷事件が起こる前に許婚になっていたので、その約束を果たそうと義理の母である戸無瀬が連れてきたのだ。

しかし応対に出てきた由良之助の妻・お石は「約束はしたけれど、こちらはただ今浪人の身。つりあわぬは不縁の元なので、遠慮なく他へお嫁にやってくれるように」とこれを断る。

実は判官が高師直に切りかかったとき、後ろから抱きとめたのは本蔵だったのだ。そのために師直は浅い傷をうけただけですみ、判官はその日のうちに切腹を命じられたといういわくがあり、大星家としては加古川家の娘を嫁に迎えるわけにはいかなくなったのである。

へつらい武士とは心がつりあわない」とまで言われても「許婚ならば天下晴れて力弥の女房」と食い下がる戸無瀬に「女房ならばこの母が離縁する」とにべもなく、お石は二人を置き去りにして奥に引っ込んでしまう。

小浪は力弥以外のところへは嫁にはいかないと言うし、進退窮まった戸無瀬は「このままでは義理がたたない」と自害しようとする。

自分も殺して欲しいという小浪の言葉を聞いて、戸無瀬は二人で死ぬ決心をする。外から尺八の音が聞こえてくる中、手を合わせる小浪の首を討とうとすると、奥から「ご無用!」とお石の声が掛かる。

「もしや嫁入りを許されたのか」と戸無瀬が躊躇すると、あたりはひっそりと静まりかえる。「今の声は尺八に対するものだったのか」と落胆した戸無瀬は再び刀を振り上げる。そこへ又「ご無用」の声が聞こえ、お石が衣を改め三方を目八分にもって出てくる。

「二人の心根にうたれたので、嫁入りは許すが、常のものでない婿引出がいただきたい」というお石。戸無瀬が用意した家宝の名刀を三方へ載せると、お石はそれをひっくり返し、欲しいものは本蔵の首だという。

驚愕する戸無瀬と小浪。するとそこへ先ほどから尺八を吹いていた虚無僧が入ってくる。笠を取ってみると、それは本蔵その人だった。

本蔵は戸無瀬と小浪が止めるのも聞かず、「主人の仇も討たず遊興にふけるとは、日本一の阿呆の鏡だ」と由良之助を罵倒し、打ちかかるお石を足蹴にする。

そこへ息子の力弥が助けにきて、槍を構える。本蔵は力弥の顔を見ると、自らわき腹を突かせる。

力弥がとどめをさそうとすると、奥から由良之助が出てきてそれを止め、「婿の力弥の手に掛かって死ぬのは本望なのではないか」と問いかける。

すると本蔵は「判官殿を抱きとめたのは一生の不覚。あなたの身に起こったことは本来は自分の身に起こるべきことだった。」と述懐し、「忠義ならでは捨てぬ命も、子ゆえに捨つる親心」と、娘を力弥に添わせてくれるように頼む。

それを聞いて由良之助は自分たちの仇討ちの意思を示す、雪で作った五輪の塔を見せる。由良之助たちの仇討ちの決意を知った本蔵は喜びの涙を流し、改めて婿引出にと高師直の屋敷の絵図面を渡す。

これがあれば討ち入りにおおいに役立つと喜ぶ由良之助と力弥。由良之助は力弥に、一夜かぎり小浪とすごしてから後を追うように言い残し、本蔵が身に着けてきた虚無僧の笠や袈裟を借りて身につけ、江戸表へ仇討ちのため旅立つ。

 

「山科閑居の場」は「仮名手本忠臣蔵」の九段目にあたり、「格調高い場」と浄瑠璃では尊重され、紋下(もんした)と呼ばれる一座の最高位の太夫でなければ語れない場だということです。ですが他の場と比べると地味で、前にお石を勘九郎、戸無瀬を玉三郎と、同じ顔ぶれで見た時には、それほど面白いと思いませんでした。

ところが前回物言いが冷たいと感じられた玉三郎の戸無瀬が、今回はとても情があり、お石との丁々発止の詰開きにも魅了されました。

菊之助の小浪に対する気遣いも充分に感じられて、二人道成寺といい、菊之助との共演が玉三郎の新たな魅力をひきだしたように思えて、とても新鮮に感じました。

菊之助の小浪も品が良くて、かぶってきた白い帽子を脱いだ時の輝くばかりの美しさ。それを手に持って、はたはたと二度ほど振るときの頭の傾げ方などが、可憐という言葉を絵に描いたようです。許されたということがわかって母娘で喜びあうところでは、思わず私、涙がこぼれました。

勘九郎のお石は「すぐに後家にしてしまうのは可哀想だから追い返す」というより「敵の娘は嫁にいらない」という肚の方が強いようでしたが、今回は玉三郎が戸無瀬を感情豊かに演じたので、ちょうどバランスがとれていて良かったです。

女形三人の息詰まるようなやり取りは、実に見ごたえがあり、この「山科閑居」は女形の芝居なんだなぁと実感しました。

團十郎の本蔵は戸口のところで前を向いて尺八を吹く型ではなくて、下手で斜め後ろをむいて吹く仁左衛門と同じ型でした。笠を脱いだ時の顔は立派だなぁと思いましたが、手負いになってからもうじき死ぬというのに、なんだか台詞が元気すぎてあまり悲しく感じませんでした。

ところでこの場の前には「雪こかし」という端場があるのですが、最近演じられていません。以前国立劇場でやったときのビデオを見たことがありますが、廓から仲居たちに送られてほろ酔い加減で帰ってくる由良之助が、雪だるまを作るかのようにゴロゴロ大きな雪の玉を牽頭(たいこ)半助に転がさせてくるのですが、実はそれが後で雪の五輪の塔になるわけです。

この件があれば雪の五輪の塔が出てきてもあの雪の玉かと理解できるし、情緒があってとても良い場面なので、ぜひ又やって欲しいものだと思います。

他には義経千本桜の「鳥居前」。松緑の狐忠信は、勢いがあるのは良かったのですが、隈取のぼかしが足りないのが、どうしても気になります。團蔵のやんちゃな弁慶はまさに錦絵のようでした。

「高杯」では勘九郎のいかにも楽しげな余裕のある下駄のタップダンスに場内は笑いの連続。「芝浜革財布」は、東蔵の金貸しおかねや菊十郎の納豆売りなど、江戸の庶民の暮らしの雰囲気が見事にでていて、楽しめました。

この日の大向こう

最初のうちは全く声がかかりませんでした。「高杯」で下駄のタップダンスが始まる前に、女の方が「まってました〜」と声を掛けられると、勘九郎さんがニヤッとされました。

「山科閑居」でお石が本蔵にむかって「さぁ、勝負勝負」というところで、「中村屋」と掛かっただけで、本蔵が最後で手を合わせて拝むところでも掛からなかったのは本当に寂しかったです。掛けられる場所にいたら・・・と残念に思いました。しかし誰も掛ける人がいない時に思い切って掛けるのは、大変勇気がいることは確かです。

「芝浜革財布」になってようやくお一人、渋い声を掛ける方があらわれたので、やれやれ良かったと思いました。11日の夜の部を見に行った時と比べてお客さんは同じく満員なのに、掛け声はあんまりな差で驚きました。

しかもこの日はテレビが録画をしていたのに、全然大向こうさんがいないのには、何か事情があってのことなのでしょうか。不思議に感じました。

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