吉田屋 仁左衛門の和事 2003.12.11

12月6日、南座の顔見世夜の部を見てきました。

主な配役
藤屋伊左衛門
仁左衛門
夕霧太夫 玉三郎
吉田屋喜左衛門 段四郎
おきさ 秀太郎
太鼓もち 愛之助

「廓文章」(くるわぶんしょう)通称「吉田屋」のあらすじ
もうすぐ正月という大阪新町吉田屋の店先。夕霧太夫を待ちくたびれた阿波の平大尽が帰ろうとするので、仲居や太鼓もちたちがなだめて、にぎやかに餅つきを始める。機嫌を直した大尽は再び店の中にはいっていく。

そこへ紙衣姿に編み笠のみすぼらしい身なりの男がやってきて、吉田屋の玄関から主の喜左衛門の名を呼ぶ。この声を聞いて店の中から若い者が出てくるが、男のあまりのみすぼらしさに竹箒を振り上げて追い払おうとする。

騒ぎを聞きつけた喜左衛門が出てきて、若い者をいさめ、編み笠の中の顔を覗き見ると、それは藤屋伊左衛門だった。

伊左衛門は豪商藤屋の若旦那だったが、傾城夕霧太夫に入れあげて今では700貫という借金を背負って勘当の身となっている。恋しい夕霧が病気だと聞いて、落ちぶれた身も省みずに会いにやってきたのだ。

喜左衛門は以前と変わらずに暖かく伊左衛門を迎え、鼻緒の切れた草履の代わりに自分の下駄をはかせ、店の中に案内する。

華やかにお正月の飾りつけがすんだ座敷にあがると、仲居たちも口々に歓迎の挨拶をする。伊左衛門が着ている紙衣が寒いだろうと喜左衛門は自分の着ている羽織を脱いで着せ掛ける。

すると伊左衛門がありがたがるので喜左衛門は昔の境遇と引き比べ涙を流すが、伊左衛門は「このような紙衣一枚で700貫目の借金負うてびくともせぬ伊左衛門、日本に一人の男。総身が金じゃ。それゆえにこう冷える」と若旦那らしい気概を見せる。

喜左衛門は女房のおきさも呼びよせて、昔話に花を咲かせる。だが夕霧のことを知りたくてたまらない伊左衛門は、なかなかそのことを切り出せない。

ようやく今日この吉田屋へ夕霧が来ていることを聞き出し、喜んで夕霧の様子を見に行く伊左衛門。しかし夕霧が平大尽の相手をしているのですっかり臍をまげて帰ると言い出す。喜左衛門とおきさがなだめると、伊左衛門はコタツに入って狸寝入り。

一人になった伊左衛門は酒を飲みながら聞こえてきた唄に、去年夕霧と楽しく月見をしながら連れ弾きしたことを思い出す。おちぶれた今の境遇を想うと、夕霧はやはり心変わりしたのではないかと心配しつつも、夕霧を待つ。

すると平大尽の座敷を抜け出した夕霧がやってきて、伊左衛門に駆け寄り揺り起こす。待ちかねていた心とは裏腹に伊左衛門はつれなくあたる。あげくのはてに他の客の相手をする夕霧を「万歳傾城」だとなじる。

夕霧も又、「会えぬ苦しみゆえ病んでしまった」と涙ながらにかきくどく。そこへ太鼓もちの豊作がやってきて二人の仲を取り持とうとする。

そうこうするうちに喜左衛門とおきさが、「伊左衛門の勘当が解けて、夕霧を身請けするための金が届いた」と嬉しい知らせを持ってくる。

藤屋の番頭たちが千両箱を運び込んできて、伊左衛門と夕霧は晴れて夫婦となってお正月を迎えるのだった。

 

上方和事の「廓文章」は現存するなかでも最も古い狂言の一つです。伊左衛門は「つっころばし」というなんとも頼りない役柄。私が初めて仁左衛門の伊左衛門を見たのは、平成11年の巡業でのことで、夕霧は時蔵、喜左衛門は左團次、おきさは田之助というメンバーでした。

その時の印象は、「継がなくてはいけない芸だといってもこんなヘンテコリンなものをやらなくちゃいけないなんて、仁左衛門が気の毒だ」というものでした。

けれど次の年にNHKホールの伝統芸能鑑賞会で鴈治郎の夕霧でやった時は、とてもしっくりとしていて「いいものを見たなぁ」と感銘を受けました。なんでこの芝居を何度もやるのかようやく判ってきた感じがしたのです。

それから平成13年に歌舞伎座で玉三郎の夕霧、喜左衛門とおきさを我當、秀太郎の松嶋屋兄弟で演じたのを見た時、やわらかなムードが感じられてほっとしたのを覚えています。

そして今度が4回目。花道を出てきた仁左衛門は笠をかぶって顔はみえませんが、糸にのってでてきた姿の美しさはやはり他の人では出せないものです。それにしても恋文を接ぎ合せたという紙衣の衣装、立役の衣装の中でも最高に美しいものだなと改めて見とれました。

和事でもちいられる声は「例えば江戸のお芝居が山登りで心持よく『ヤッホー』と叫ぶような声とすれば、上方和事は下山する時に足を滑らせて墜落する時の『助けてくれ〜っ』と絶叫するようなものだ」と小山観翁氏の「歌舞伎通になる本」(グラフ社)に書かれていましたが、本当に素っ頓狂です。

初めて見たとき、ものすごく違和感を感じたのは考えてみるとこの声の要素も大きかったかもしれません。それとやはり相手役や脇を固める役者さんたちに和事の雰囲気が乏しいと、伊左衛門ひとりが妙に浮いてしまうわけです。

今回の「吉田屋」、仁左衛門が役にすっぽりとはまりこんでいて、憂愁の面持ちでいながらも、そこはかとない可笑しみに客席からしょっちゅう笑いが起こり、暖かい雰囲気がただよっていました。

玉三郎の夕霧が登場すると、その姿のあまりの優美さにジワがきます。病気になるほど想っていた伊左衛門に不実を責められ、「あんまりだ」と泣きだすはかなげな様子が秀逸。後ろ姿で極まるのも本当に美しくて、最後に着た「赤に孔雀の羽と牡丹の模様の打掛」を格調高く見せました。

段四郎の喜左衛門、おきさの秀太郎も柔らかい雰囲気で良かったと思います。

他の演目は、仁左衛門が猿之助の代役にたった「一条大蔵譚」。りりしい大蔵卿でしたが、その前の場の阿呆ぶりがカットされてしまったので、「つくり阿呆」に戻ったところが、まるで伊左衛門のようだと感じました。

ぶっかえりも一本上手く抜けなかったようでちょっと残念。前を向いたままの格好で後の階段を上がり、ぶっかえりになるので、後見もさぞ大変だろうと思います。

鴈治郎の「英執着獅子」(はなぶさしゅうちゃくじし)は後ジテで獅子になったとき、馬簾のついた四天を着ていたのが珍しかったです。

「華果西遊記」は歌舞伎座で見たときよりバージョンアップ。洗われてきて良い出し物になったと思いました。右近の孫悟空、段治郎の沙悟浄、猿弥の猪八戒の三人が同時に宙乗りするのが見もので、きんと雲の形の履物をそれぞれ片足にはいた三人が、花道上空でハラハラするような宙乗りを見せました。

笑也の三蔵法師も以前見た時より品格が備わってきたように感じました。

この日の大向こう

上手と下手でお一人ずつ声をかけていらっしゃいましたが、掛けて欲しいなと思ううところにちゃんと掛かったので、安心してお芝居を見ていられました。

「吉田屋」で仁左衛門と玉三郎に「御両人」とかかり、柝頭では今まで掛けていらっしゃらなかった方も参加なさったようで、ドッと掛かりました。

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