河内山と直侍 大人の恋愛 2003.11.30

21日、国立劇場に「天衣紛上野初花」を見に行きました。

主な配役
河内山
直次郎
幸四郎
三千歳 魁春
暗闇の丑松 弥十郎
金子市之丞
按摩・丈賀
芦燕
北村大膳 幸右衛門
高木左衛門 錦吾
松江出雲守
寮番・喜兵衛
彦三郎
上州屋おまき 歌江

「天衣紛上野初花」(くもにまごううえののはつはな)のあらすじ
後半の三千歳直侍の件だけ上演される時は「雪暮夜入谷畦道」となります。


序幕
上州屋見世先の場 あらすじはこちら

二幕目
吉原大口屋三千歳部屋の場
吉原の大見世、大口屋の三千歳(みちとせ)は五町町で一二を争う評判の花魁。その三千歳をなんとかものにしようと剣術使いの金子市之丞が今日もやってきているが、三千歳は憂い顔。

そんな三千歳を市之丞は急に身請けすると言い出す。しかし三千歳には二世を言い交わした片岡直次郎という情人がいるので、この話をきっぱりと断る。すると、先日三千歳が直次郎のために遣り手のお熊から借りた100両は、実は市之丞の金だったと聞かされ、愕然とする。

市之丞は直次郎の悪口を言いたい放題。「金を返すか、身請けされるか」と三千歳に迫る。するとそこへ直次郎の弟分、暗闇の丑松が飛び込んできて、乱闘になる。

ここに割って入った当の本人直次郎。丁重に丑松の非礼を詫び、百両を耳をそろえて差し出す。まわりは驚くが、恥をかかされた市之丞はさりげなく「根岸で一緒に飲み直そう」と直次郎をさそい、出て行く。

「どこでこの金を調達したのか?」と皆が不思議がっていると隣の部屋から、「俺が貸したんだ」と河内山宗俊がのっそりと出てくる。直次郎と丑松が親分と慕う河内山は、たった今この話を聞き、上州屋から前金として受け取った金を貸してやったのだ。河内山は「松江邸から上州屋の娘を取り返す算段に半口乗れ」と直次郎を誘う。

そして直次郎は約束の根岸へといそぎ、河内山も籠で根岸へと向かう。

吉原田圃根岸道の場
だれも通らない根岸への道の物陰に隠れて、市之丞は直次郎を切ろうと待ち伏せしている。これを察した直次郎は藪の中に隠れる。

そこへ通りかかった一丁の籠。市之丞は直次郎が乗っていると思い、切りかかる。しかし籠の中にいたのは河内山。あわてて刀を隠す市之丞に、「星がとんだか」と余裕綽綽の河内山であった。

三幕目
松江邸書院の場・同玄関先の場 あらすじはこちら

大詰(ここから後だけ上演する場合は「雪暮夜入谷畦道」となる)
入谷蕎麦屋の場
ここは入谷の寂しい田圃の中の蕎麦屋。春だというのに雪がちらつく寒い日、二人の客がそばを食べながら、となりの大口屋の寮へ養生にきている、三千歳花魁のことをあれこれ聞いていく。

二人と入れ違いに頬かむりをした男が店に入ってくる。世間をはばかるその男こそ、松江邸から河内山と共に金を騙し取った罪で岡引に追われている直次郎。彼も蕎麦屋の亭主に三千歳のことを訊ねる。

「さっきも同じ事を聞かれた」と言われ、直次郎は追っ手が近くまで迫っている事を知る。そこへやってきたのは三千歳や直次郎と顔見知りの按摩、丈賀。

直次郎がいることに気がつかない丈賀は、蕎麦を食べながら「三千歳が直次郎恋しさに臥せっている」とうわさする。それを聞いて直次郎は矢も盾もたまらず三千歳に会いたくてたまらなくなり、手紙を書いて丈賀を店の外で待ち伏せし、それを三千歳へ渡してくれるように頼む。いつ捕まるかわからない身だから、一目愛しい三千歳に会っていきたかったのだ。

三千歳のところへ向かう直次郎は弟分の暗闇の丑松に出会う。互いの身の上を心配しながら「達者でいろよ」と別れるが、その後丑松は自分の罪を軽くするため、直次郎の居場所を役人に訴えようと悪心する。

入谷大口屋寮の場
三千歳花魁が療養している入谷の大口屋の寮。外には雪がしんしんとふっている。ここへやってきた直次郎。危険が迫っているのにも気がつかず、三千歳と直次郎は久々に会えた事を喜び合う。今まで三日と会えないことはなかったのに、20日も会えなかったので三千歳は「会いとうござんした」と縋り付く。

しかし直次郎は別れ話を持ち出す。三千歳がうらんで泣くので、直次郎は自分の悪行の数々を思い切って打ち明け、別れてくれと頼む。しかし三千歳はとうにその事を市之丞から聞かされて知っていた。

「いっそお前の手に掛かって死にたい」と訴える三千歳に困惑する直次郎。この様子を外で聞いていた寮番の喜兵衛が「二人でいっしょに逃げろ」というので直次郎は迷う。

そのときなだれ込んできた捕手たち。丑松の密告ですでに寮は取り囲まれていた。直次郎はかろうじて追手から身をかわし、「三千歳、もうこの世ではあわれねえぞ」と叫びながら、走り去っていく。

三千歳は障子を開けて直次郎をいつまでも見送り、いつの間にかやって来た、河内山も心配げに直次郎が去っていった後を見送るのだった。

 

1881年に初演された河竹黙阿弥晩年の最高傑作「天衣紛上野初花」の通し上演。講談「天保六歌仙」を題材にした狂言で、九代目團十郎の河内山、五代目菊五郎の直次郎、初代左團次の市之丞、八代目半四郎の三千歳という顔合わせで大当りをとったのだそうです。

いつもは「河内山」と「直侍」は別々に演ることが多く、金子市之丞が出てくる場が上演されるのはとても珍しいのだとか。原作では後でこの市之丞は三千歳の腹違いの兄ということが判るのですが、今回はそのことは最後まで明かされませんでした。

幸四郎が河内山と直侍の二役を演じ、なかなか面白い舞台になりました。幸四郎の河内山は以前に見たことがありましたが直次郎の方がはたしてどんなものかと思っていました。

その直侍、どちらかといえば「宇都谷峠」の提婆の仁三を思わせる地味な悪党といった感じでした。入谷の寮の場では寂しげな風情の魁春との色模様が、酸いも甘いもかみ分けた大人の恋愛と言う感じで私は良かったと思います。

魁春の三千歳は、花魁と言う華やかさには少々欠けるけれども、いじらしくてひたむきな「直はん一筋」の三千歳に見えました。

河内山の方は名台詞「悪に強けりゃ善にもと」のところで、たっぷりやりすぎてリズムが狂ったせいか「星を指されてみだされちゃ」のはずが「水をさされてみだされちゃ」になっていました。最後の「馬鹿め」の極め台詞は、思い切って調子を張っていたのにはびっくり。以前聞いたときは地味めに短くはき捨てるように言っていたと記憶しています。

ちょっと気になったのは蕎麦屋で直次郎がかぶっている手拭で、細くたたんだ部分が止めてあるのがわかるのは興ざめでした。又結ぶ時に扱いやすいからかと思いますが、あれはかっこうが良くありません。

最後の直次郎の立ち回りで吹き替えに替わった幸四郎、下手から河内山で出てきて花道を駆けていった直次郎を見送るという趣向でした。早替わりは三千歳の部屋、吉原田圃、それとこの最後の場にありましたが、一瞬で替わるようなものはありませんでした。

丈賀の芦燕、お蕎麦をいかにも嬉しそうに食べている笑顔が記憶に残りました。

この日の大向こう

序幕と二幕目は下手で壽会の田中さん、上手にお一人の方の声のほかは、ほとんど掛からなくて、皆さん遠慮なさっていらっしゃるのかなと思いました。

ところが三幕目の「松江邸書院の場」になったら、田中さんがどこかへ行かれたのか、お声が聞こえなくなったので、ますます寂しくなって上手の方お一人に。玄関先の場で、襖が開いたとたん、「まってました!」と声が掛かったので、「え、もう掛けちゃうの?」と内心あせりました。

「悪に強きは善にもと」の前には絶対「まってました!」を聞きたいと思っていたのですが、この分では掛からないかもしれないと思い、「こういうわけだ、聞いてくれ、よ〜」が終わった少しあと下手で私「まってました!」と掛けました。

そうしたらすぐあとから「まってました。たっぷり」とお一人上手で掛けられた方がいらして、「たっぷり」というのに、なぜか客席からくすくす笑い。聞きなれない掛け声ということなんでしょうか。

最後の「馬鹿め」の後「九代目」と掛けたかったのですが、幸四郎さんが膝をぽんぽんとはたいて「次の一歩」がはっきりわからなかったので掛け損なってしまいました。

このままだれも掛けないまま引っ込んでしまうのかと思ったとき、つんざくような「高麗屋」という掛け声が聞こえ、堰を切ったように「高麗屋」「九代目」と数人の方が掛けられ、「良かった!」とほっとしました。

大詰めになったら、田中さんが戻っていらして、また掛け始められたので上手のお一方のほかは再び沈黙。「大口屋の寮」のところで清元の御簾があがると「志佐雄太夫」(しさおだゆう)、清元の名文句「一日会わねば」の前には「まってました」と田中さんが掛けられたのが、とてもいい感じでした。

いよいよ最も有名な場面、「いとど思いの増鏡」の直侍と三千歳の極まり。田中さんは早めに、魁春さんが幸四郎さんのほうへ身体をひねり始めたころ「加賀屋」と掛けられました。ところがその後に皆さん遠慮なさったのか、どなたも声をかけられません。

私はこの場面ほど「ご両人」と言う掛け声がふさわしい場面はないと以前から考えていたので、完全に極まった時に「ご両人」と思い切ってかけました。

バランス的にみれば「高麗屋」と掛けたほうが良かったのかなと思いますが、やはりあそこは「ご両人」しか私には考えられませんでした。

最後は柝頭のあと「高麗屋」と掛けましたが、こちらは拍手に埋没してしまったようです。

他の掛けどころとして「かっこう良い!」と思ったのは、おまき、河内山、直侍、三千歳が長台詞にかかる前や、河内山が上州屋から帰る途中、花道七三で手をポンとうつところ。

丑松が笠をとって「おれだよ」というところや、蕎麦屋を出た直次郎が傘をぱっと開いた時などでした。

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