「道明寺」 充実した舞台  2010.3.18 W269

歌舞伎座「御名残三月大歌舞伎」の第一部を4日、第二部を8日、第三部を13日に見てきました。

主な配役
菅丞相 仁左衛門
覚寿 玉三郎
苅屋姫 孝太郎
宿禰太郎 彌十郎
立田の前 秀太郎
土師兵衛 歌六
弥藤次 市蔵
奴・宅内 錦之助
判官輝国 我當

「菅原伝授手習鑑」より「道明寺」のあらすじはこちらです。

歌舞伎座のさよなら公演も後二カ月を残すだけとなった今月は、3部制という変則的な公演となったため「菅原伝授手習鑑」(すがわらでんじゅてならいかがみ)の前半、二幕目「加茂堤」、三幕目「筆法伝授」、四幕目「道明寺」を、三部それぞれの初めに振り分け、その後に別な演目を上演するという以前「桜姫東文章」でやったようなやり方で演じられました。その結果、場の関連性は薄れて「半通し」というよりは見どりに近い感じでした。

十三代目仁左衛門の十七回忌と十四代目勘弥の三十七回忌追悼狂言として上演された「道明寺」は、そういう状況にもかかわらず大変見ごたえのある充実した舞台で、歌舞伎の底力を感じさせました。

仁左衛門の菅丞相は木像が丞相に成り替わる場面では品格のある人形振り、目立たないけれども木像と生身の丞相との早替わりの巧みさ、自分がここへ来なかったら立田の前が死ぬような不幸は起こらなかっただろうと嘆き悲しむ情の深さ、帝への遠慮から最愛の娘と別れを惜しむことができない心の葛藤、無実の罪をきせられた無念の想いを胸に、ついに一目だけ姫の姿を見て瞼に焼き永遠の別れを告げるクライマックス。仁左衛門の菅丞相にはきわめて人間的で豊かな感情が感じられ、悲劇ではあるものの観た後に爽やかなものを残しました。

玉三郎初役の覚寿も素晴らしく、菅丞相に申し訳ないと心を鬼にして杖で愛する娘たちを打ちすえ、殺された立田の前がくわえている布から立田の夫の宿禰太郎が犯人だと悟り自ら敵を討つ聡明で気丈な老女に正面から挑み、見事に演じきりました。ただ変に顔を汚さない方が良いのにとは思います。

秀太郎の立田の前は成熟した女形の実力を遺憾なく発揮。輝国の我當は凛とした口跡がこの役にぴったりとあっていました。苅屋姫の孝太郎は丞相との別れの場面で、少女と言ってよいほどのあどけなさが良くでていました。

宿禰太郎(すくねのたろう)の彌十郎は、父・土師兵衛(はじのひょうえ)の野望にひきずられて嫌っているわけでもない自分の妻の立田の前を殺してしまう愚かさがちょっと哀れに感じました。土師兵衛の歌六は色濃く骨太く、ドラマを盛り上げていました。裸で池に飛び込み立田の前を発見する奴・宅内の錦之助はいかにも頼りない三枚目を軽妙に演じて、役の広がりを感じさせました。

この「道明寺」というお芝居には、気のきいた台詞があちこちに散りばめられていて、それがまた効果的なスパイスの役目をはたしているのがとても面白く思われます。土師兵衛の「そりゃこそ鳴いたわ東天紅」などは「殺され池に投げ込まれた立田の前の遺骸の上で鶏が鳴く」という陰惨な場面での台詞にもかかわらず、この台詞の調子の良さ、面白さを感じました。歌六がまた小気味よくこの台詞をうたっていました。

贋迎えの弥藤次の台詞や、立田の前の遺骸を探しに池に飛び込む宅内の台詞もリズミカルで面白く、深刻な悲劇の中にうまく織り込んで重苦しい空気をガス抜きしているのが上手いと思いました。一見地味な芝居かと思える「道明寺」ですがそれぞれが役にかなっていて、二時間近い長丁場にもかかわらず一瞬も目をはなすことができないようなスリルのある面白さを味わわせてくれました。

夜の部の二幕目は富十郎、鷹之資親子の「石橋」。御所人形のように可愛らしい鷹之資は、まだ小さいためでしょう、腰がぐらぐらとするのがちょっと気になりましたが、生真面目なところや遠く山々を見るような目が良いと思いました。

後ジテでは鷹之資が文殊菩薩に、富十郎が菩薩のお使いの獅子になり花四天との立ち廻りで、毛振りの代わりとしていました。幸四郎の寂昭法師は渋くて格調がありました。

第一部の最初は「加茂堤」
―春の景色もうららかな加茂堤にとまっている一台の御所車に乗っているのは、帝の病気平癒祈願しにきている帝の弟・斎世親王(ときよしんのう)。

そこへ親王の舎人の桜丸がやってきてだれもいないのを確かめると、妻の八重と菅丞相の養女・苅屋姫を密かに呼び寄せる。まだうら若い斎世親王と苅屋姫はお互いに思いを寄せているのだがなかなか会うことができないため、桜丸夫婦が手助けして仲を取り持つことになったのだ。

桜丸たちの配慮で斎世親王は、苅屋姫と二人きりで睦まじい時間を過ごす。ところが八重が水を汲みにいった間に、菅丞相のライバル・藤原時平の家来・三好清行たちが神事の途中で姿を消した斎世親王を探しにやってくる。

時平は菅丞相の失脚を狙っているので、斎世親王と苅屋姫の逢瀬が知れると一大事になると、桜丸は車の内を見ようとする時平の家来たちから必死で車を守る。桜丸が時平の家来たちを追って行ってしまうと「見つけられて辱めを受けるよりは、立ち退く」という書き置きを残して斎世親王と苅屋姫は車を降りいずこへか落ちのびる。

戻ってきた八重と桜丸は大変なことになったと青ざめるが、桜丸は八重に牛車をまかせてすぐに二人を探しに苅屋姫の実母が住む河内国土師(はじ)の里へと旅立つ。八重は夫の白帳を肩にかけ梅のを手に持ち、なれない牛を追いつつ牛車をひいていく。

桜丸の梅玉と八重の時蔵がほのぼのとした牧歌的な雰囲気を醸しだしていました。文楽だとこの前に梅王丸と松王丸の二人が土手で寝そべって話をする場面があり、元は仲の良い兄弟なのだということがよくわかりますが、歌舞伎ではここだけ松王と梅王が出るのが大変だからでしょう、他の舎人たちの会話に置き換えられています。

次は吉右衛門の「楼門五三桐」(さんもんごさんのきり)。

―ここは京の都、南禅寺の山門の上。さきごろ真柴久吉の千鳥の香炉を盗んだ大泥棒の石川五右衛門は迫る追っ手からこの山門に身を隠し、ゆうゆうと煙管を吸いながら満開の桜を楽しんでいる。

そこへ一羽の白い布を咥えて白鷹がとんでくる。その布に血で書かれてのは大民国・宋蘇卿の遺書だった。それを読むうちに五右衛門は、自分が久吉によって命を落とした宋蘇卿の子だということを知る。五右衛門は幼いころから武智光秀に育てられたが、光秀もまた久吉によって滅ぼされたのだ。

久吉は二重に恨み重なる敵だったということがわかり、五右衛門は父と恩ある光秀の仇を討とうと決心する。そこへ手下の右忠太と左忠太の二人がかかってくる。実はこの二人は久吉の家来で、五右衛門の手下として潜入していたのだ。

すると山門の下を巡礼が通りかかり、山門の柱に書いてある歌を見つけ五右衛門に声を掛ける。五右衛門はこの男こそ久吉だと悟って小柄を投げつけるが、久吉はこれを柄杓で受け止める。そうして二人は又の再会を誓って別れる。―

五右衛門の吉右衛門は、舞台を圧する大きさで「絶景かな、絶景かな」という名台詞をたっぷりと聞かせてくれました。この五右衛門に対して久吉の菊五郎は柔らかでゆったりとした風格があり、短いながら二人の対決は魅力に富んでいました。

第一部の最後は玉三郎の「女暫」。歌舞伎十八番の内「暫」を女形が演じる趣向で、1745年に二世吉沢あやめが初演したといわれ、その後絶えていたのを1901年にのちの五世歌右衛門が復活して以来上演を重ねているそうです。

玉三郎は若干口跡のもちゃつきが気になるものの花道七三でのつらねの声も凛々と響き、堂々たる役者ぶりでした。終わって幕が引かれた後、花道で恥ずかしそうに見せる愛嬌も可愛らしく、吉右衛門の舞台番はいささか歯切れが悪いものの懐の深さが感じられて、良い取り合わせ。明るく楽しい幕切れでした。我當の範頼もきりっとひきしまった台詞で存在感がありました。

第二部の最初は「筆法伝授」。
―ここは菅丞相の館。筆法の大家である菅丞相はすでに五十二歳。このほど帝の命をうけ筆法を伝授することになったため、ひとり館にこもって精進潔斎し準備をしている。

弟子の左中弁希世(さちゅうべんまれよ)は筆法を伝授されるのは自分だと勝手に思い込み、清書しては師に取り次いでもらっているものの、何度持っていっても返されるだけ。それもそのはず、希世は素行が悪くとても伝授される器ではないのだ。

そこへこの館へ昔から仕えていた武部源蔵と戸浪夫婦が到着する。源蔵は4年前に戸浪と不義の仲となって勘当の身となり、今は子供たちに書を教える寺子屋を開いて日々の暮らしをたてている。菅丞相の突然の呼び出しを受けて二人は久しぶりに館へやってきたのだった。みすぼらしい身なりに恐縮する二人だが、戸浪はかつて園生の前から拝領した小袖を今でも大事にしていてそれを着ている。

菅丞相から呼ばれて学問所へ入った源蔵は、「真字と仮名の手本を写すように」と命じられ、源蔵は希世の妨害にもめげず見事に書き上げる。それを見た菅丞相は満足して、源蔵に筆法を伝授すると告げる。源蔵は感謝し、どうか勘当を許して欲しいと頼むが菅丞相は「伝授は伝授、勘当は勘当」とあくまで許さない。

そこへ宮中から菅丞相へ急いで参内するようにと知らせがくる。突然の呼び出しをいぶかしく思いながら冠装束に身を整え菅丞相が参内しようとすると、ふいにかぶっていた冠が落ちる。不吉なものを感じながら菅丞相は出かけていく。

しばらくすると前ぶれとともに菅丞相は、時平の讒言で「斎世親王を帝にし自分の娘の苅屋姫を妃にしようとしている」との謀反の疑いをかけられ、罪人として冠も太刀もとりあげられた姿で帰宅し、館内に幽閉される。

かけつけた源蔵と戸浪は邸内の梅王丸に、今や命さえ危なくなった若君・菅秀才を預かると告げ、塀越しに菅秀才を受け取って背負い、わが子としてかくまうために連れ帰るのだった。

「筆法伝授」で一番印象に残ったのは園生の前の魁春でした。菅丞相の奥方としての品格があり、高貴な女性のはかなげで優雅な雰囲気が際立っていました。

今回の舞台を見て菅丞相が筆法を伝授するほど信頼しているにもかかわらず源蔵夫婦を追い返すのは、自分の身に迫ってくる危険に源蔵たちがまきこまれないようにという配慮だったのかと改めて納得しました。

この場の主役は源蔵で、源蔵の梅玉は独特のためらうような口跡の癖が源蔵に似合わないと感じますが、誠実な人柄はよく出ていました。菅丞相の顔さえ拝むことができなかった戸浪の芝雀、夫にむかって「あなたはお褒めにあずかって幸せだったでしょうけど、同じ罪でも女は罪が深いのかしら。なんで女なんかに生まれたんだろう」と「男泣き」^^;して訴えるところにしっかりした男勝りな気性と、菅丞相に対する忠誠心が見てとれ、これが「寺子屋」の伏線になっているんだなと感じました。

第二部の最後は「弁天娘女男白浪」。
菊五郎の武家の娘・お浪はさすがにちょっと苦しいと思いましたが、見顕されて弁天小僧になってからは吉右衛門の南郷とのやりとりが滅法面白く、二人の芸にすっかり魅了されました。弁天小僧の長台詞も素敵でしたし片肌脱ぎになるところも実に良い間できまっていました。その上ぴったりとイキのあった二人の会話は、こういうところこそさよなら公演の魅力なのだ!と思わせてくれました。幸四郎の玉島逸当は、本当は二人の親分ですからもう少し声に重みがあった方が良いように感じました。

勢ぞろいの場ではまた傘の字が、「志ら浪志ら」と右から並ぶはずが、やっている人もありやらない人もありで、だれも「みんなでこうやりましょうね」と言わないのが歌舞伎のやり方なのでしょう。しかし思いがけず新鮮な魅力を味わうことができた「弁天娘女男白浪」でした。

この日の大向う

4日は4人、8日は2~3人、13日は3人大向うの会の方が見えていて、一般の方も多い時は7人位掛けておられ、気になるような声も聞こえず、ちょうど良いと思われる程度に声がかかっていました。

「道明寺」では菅丞相が苅屋姫の姿を一目なりとも見たいと池に移った姫の姿を見るところで、「御両人」と声が掛かりましたが、ここは万感の思いをいだきつつお互いの影を見つめあう父子の気持ちをくんで黙って見守るか、掛けるとしても屋号にとどめておいた方が良いように感じました。

ついにこらえきれなくなって振り返って苅屋姫を見つめ別れを惜しんだ菅丞相が、花道七三から揚げ幕へと足を踏み出した時、「大当たり」という声が聞こえましたが、もう少し後で掛けて欲しかったという気がします。

3月歌舞伎座演目メモ

第一部
加茂堤―梅玉、時蔵、孝太郎、友右衛門、秀調
楼門五三桐―吉右衛門、歌六、歌昇、菊五郎
女暫―玉三郎、我當、松緑、菊之助、團蔵、彌十郎、市蔵、権十郎、家橘、寿猿、隼人、萬太郎、梅枝、松江、進之介、錦之助、左團次、吉右衛門、
第二部

筆法伝授―仁左衛門、魁春、梅玉、芝雀、秀調、吉之丞、新悟、松江、歌昇、東蔵
弁天娘女男白浪―菊五郎、吉右衛門、幸四郎、左團次、團蔵、東蔵、菊之助、橘太郎、梅玉
第三部
道明寺―仁左衛門、玉三郎、孝太郎、秀太郎、彌十郎、歌六、我當、錦之助、市蔵
石橋―富十郎、鷹之資、幸四郎、松緑、錦之助

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