ぢいさんばあさん 二人の年輪 2010.2.14 W267

4日歌舞伎座二月大歌舞伎昼の部を見てきました。

主な配役
美濃部伊織 仁左衛門
妻・るん 玉三郎
下嶋甚右衛門 勘三郎
宮重久右衛門 翫雀
宮重久弥 橋之助
妻・きく 孝太郎

「ぢいさんばあさん」のあらすじ
序幕 江戸番町美濃部伊織の屋敷

ここは江戸番町の美濃部伊織の屋敷。伊織の妻るんが訪ねてきた弟の久右衛門に意見している。短気な久右衛門は先日ささいなことで友人とけんかをして怪我をし、そのため京都二条城在番の勤務へ行くことができなくなったので、義兄の伊織が代わりに一年間京都へ単身赴任することになったのだ。

いよいよ出発が明日に迫ってきたので、久右衛門は伊織に挨拶にきたのだが、伊織は一緒に京へ上る碁敵の下嶋甚右衛門にしつこく誘われて断り切れず、碁をうちに行っていると言う。

そこへ伊織が追いすがる甚右衛門を振り切るようにして帰ってくる。甚右衛門は未練たらたらで嫌味を言いながら帰っていく。

久右衛門は自分のために、伊織が自分の代わりに相思相愛の妻・るんと生まれたばかりの息子を置いて京へ行かねばならなくなったことを心から詫びる。

久右衛門が帰った後、伊織は来年まで庭の桜が咲くのが見られないと、愛する妻子と別れて京へ行かねばならないことを悲しむ。

二幕目 京都鴨川口に近い料亭
伊織たちが京へ来て3か月がたった。伊織は気にいった刀を買った祝いに、友を数人招いて酒宴を開いている。しかしその刀を買うために足りない30両を下嶋から借りたと聞いた友人たちは、嫌われ者の下嶋などに借りるべきではなかったと伊織をたしなめ、すぐに金を返すよう忠告する。

酒が飲めない伊織が、江戸のるんから送られてきた庭の桜の花びらを良い気分で舞い散らせてなつかしんでいる時、突然したたか酒に酔った下嶋がこの席にやってきて、刀を入手した祝いの席になぜ自分を呼ばないのだと難癖をつける。

売り言葉に買い言葉で「おれはお前が好きではない」と言ってしまった伊織に、ますます激昂する下嶋。足蹴にされてもじっとがまんをする伊織だったが、入手した刀を手に暴れる下嶋をとめようとするうち、はずみで伊織は下嶋を切ってしまう。思いもかけないなりゆきに呆然と立ち尽くす伊織だった。

大詰 江戸番町美濃部伊織の屋敷
それから37年の月日がたった。番町の伊織の屋敷に住んでいる、先年亡くなった宮重久右衛門の息子・久弥ときくの夫婦は、留守をあずかっていたこの家を今日、引っ越そうとしている。というのも下嶋を死なせた罪で長年、越前有馬家にお預けの身だった叔父美濃部伊織が許されてこの家に帰ってくることになったからだ。それに合わせて子供を亡くした後、黒田家で奥女中として勤めていたるんも帰ってきて、この家で再会する手はずになっていた。

久弥夫婦は自分の父のために長年苦労した叔父と叔母を思い、新しいひと組の座布団を用意し、歌を読んで今では大木となった満開の桜の枝に結び付け、立ち去る。

待ち切れず約束の時間より早くやってきた伊織、その後から立派な駕籠へ乗ってやってきたるん。だが長い歳月は二人の外観をすっかり変えてしまって、すぐにはお互いに気付かない。しかし伊織が昔からの癖で、鼻を片手で覆うのを見て、るんはその白髪の老人が夫だと気付く。

甥夫婦の心づくしの座布団に座り、伊織はこんなにも長い間妻に苦労をかけたことを心から詫び、るんは息子を病気で死なせてしまったことを涙ながらに詫びる。そして黒田家の当主に三代にわたって仕えたるんは、褒美として生涯二人扶持をもらうことになったと伊織に報告し喜びあう。

過ぎ去った日を語りあいながら、二人は見かけは変わってもお互いの気持ちは少しも変わっていないことを知り、今日から新しい生活を始めようと誓いあうのだった。

今月は先代勘三郎の23回忌追善公演ということで、先代が得意とした演目が当代勘三郎を中心にして演じられました。昼の部はまず舞踊劇「爪王」、そして当代が俊寛を勤める「俊寛」、次いで先代所縁の役者たちによる「追善口上」、最後が仁左衛門、玉三郎が演じる「ぢいさんばあさん」でした。

森鴎外原作、宇野信夫作・演出の新作歌舞伎「ぢいさんばあさん」は1951年7月に歌舞伎座では伊織を二世猿之助、るんを三世時蔵、大阪歌舞伎座では伊織を十三世仁左衛門、るんを二世鴈治郎という配役で同時に初演。

仁左衛門の伊織は非常に愛情深く優しい夫で、妻と生まれたばかりの息子を置いて一年も京へ行かなくてはならない悲しみが身体からほとばしり出るようでした。

ところがその伊織が赴任先の京で高価な刀に執心し、皆から問題がある人間だと嫌われている下嶋から金をかりてまで、刀を手に入れてしまうのみか、その下嶋を仲間はずれにして刀を手に入れた祝いの酒宴を開き、酔って文句をつけにきた下嶋に、「本当はおまえが好きではない」と言い、さらにもみあっているうちに下嶋を切ってしまう。遠く京にあっても妻を想い続ける愛情深い男とこの子供じみた愚かな行動とがちょっと結びつきにくいように感じました。

37年後、ようやく許されて懐かしい我が家へ帰ってきた白髪の老人・伊織が子供のように無邪気に喜ぶ様が涙を誘い、すっかり外見の変わってしまったるんと二人、それぞれの過去を語りあい、たがいの愛情は一つも変わっていないことを知る場面では、長い間のコンビである仁左衛門、玉三郎のしみじみとした語り口が、二人が重ねてきた芸の年輪を感じさせました。

るんの玉三郎は新妻時代には桜の花びらを思わせるはんなりとした美しさ。老女となったるんは、いくら現代とは違うとはいえ、67歳くらいのはずが100歳位に見えて、顔も色ムラが目立ちもうちょっと綺麗なおばあさんでも良いのではと思いました。玉三郎は縁側から座敷に上がる時に、ことさら「どっこいしょ」という感じを強調して笑わせたりせず、あくまで大名家の奥女中という品を保っていました。

二人の甥宮重久弥の橋之助は、特に叔父夫婦の帰ってくる前の部に自然な情が感じられ好演。孝太郎は若さを出そうとしたのか、ちょっと声がきつくてヒステリックに感じました。るんの弟・宮重久右衛門の翫雀は人は良いが、いかにもおっちょこちょいな若者という雰囲気を上手く出していました。

つきあって演じた勘三郎の下嶋は、こういう時にしか見られない配役ですが、常軌を逸したしつこさや嫌味な感じがあまり強くなく、伊織の仕打ちに怒るのも当然に思え、切られて死ぬのがかわいそうという感じでした。敵役はやはり思いっきり厭な奴でいて欲しいと思いました。

発端でつぼみをつけた若木だった庭の桜が37年後の再会の場では見事にたくさんの花を咲かせた老木となって登場するのが、二人が離れ離れに暮らしていた長い年月はけっして空しいものではなかったと暗示しているように見えました。

昼の部の最初は戸川幸夫作舞踊劇「爪王」。先代の鷹匠が長女久里子と歌舞伎座で上演してから39年上演されていなかったというこの踊りですが、七之助の鷹がきりっとした気高さを表現。勘太郎の狐は、小気味のよい切れのある踊りで、鷹と狐が激しく戦う場面はとても魅力がありました。

最初の闘いでは負けて行方が知れなくなった鷹が、ぼろぼろになって鷹匠のもとへ帰りつき、次の春には元気になって、再度狐に挑んでついに退治する。狐に打ち勝った鷹がぶっかえって、金と銀の毛縫の衣装になるところは、この鷹が今までとは違う次元の素晴らしい鷹に脱皮したように見え爽快、かつ華やかな雰囲気につつまれました。鷹匠は彌十郎、村の長は錦之助。

次が勘三郎の「俊寛」。先代の最後の舞台となったのが俊寛です。幕が開くとほのかに磯の香りがしてくる舞台。竹本が、よく共演する清太夫でなく東太夫だったのにはちょっと驚きましたが、若手を積極的に起用するのも意義のあることだと思います。(と思っておりましたら、清太夫さんは昨年半ばから御病気で入院しておられるとのこと、一日も早く回復され、また舞台に戻ってこられるよう心よりお祈りいたします。)

勘三郎の俊寛は、瀬尾とのやりとりでちょっとだれたように感じましたが、前半ことに動きの少ないこの役を品格を崩さずにきっちりと演じていました。船が出て行ってから最後まで、息づまるような迫力がありました。岩の上ですでに声も届かないほど遠ざかった船を呆然と見つめ、これで良かったのだというようなかすかな笑みを浮かべる俊寛が印象に残りました。見事なまでにボロボロな俊寛の衣装は先代が使用していたものということで、夜の部では二階のギャラリーに展示してありました。七之助が演じた海女千鳥は、素朴さがちょっと足りない気がしました。丹左衛門の梅玉が颯爽としていてはまり役。

その後に追善口上。勘三郎、勘太郎、七之助親子を初め、仁左衛門、玉三郎、魁春、三津五郎、左團次、梅玉、我當、秀太郎、福助、橋之助、錦之助が口上を述べました。当代の岳父・芝翫は病気のために休演。

なかでも玉三郎が語った「歌右衛門から女暫を教えてもらっていた時、先代勘三郎から鬘のシケを出すべきだと言われ、歌右衛門からはそんな必要はないと言われて大変困ったことがあった。初日に揚げ幕の中まで注意しにやってきた先代の熱意に根負けしてシケを出したので、歌右衛門にさぞ怒られるだろうと思ったが、歌右衛門は勘三郎のやり方も認めたようで、しかられなかった」という(ちょっと不確かですが^^;)エピソードが一番記憶に残りました。

昼の部は中村屋一門はもとより、他の役者さんたちも大変熱が入った舞台で見ごたえがあり、楽しめました。客席もほぼ満員の盛況で、さよなら公演としても引き締まった良い舞台だと思いました。

この日の大向う

十七代目勘三郎の二十三回忌追善公演の口上がある昼の部には、たくさんの方が声を掛けておられ華やかで、がっくりくるような声は全く聞こえませんでした。大向うの会の方たちも3人ほど見えていました。

2月歌舞伎座演目メモ

昼の部
爪王―七之助、勘太郎、彌十郎、錦之助
俊寛―勘三郎、七之助、勘太郎、左團次、扇雀、梅玉
口上―勘三郎、七之助、勘太郎、仁左衛門、玉三郎、三津五郎、魁春、左團次、梅玉、我當、秀太郎、福助、橋之助、錦之助、
仁左衛門、玉三郎、勘三郎、翫雀、橋之助、孝太郎

目次 トップページ 掲示板

壁紙:「まさん房」 ライン:「和風素材&歌舞伎It's just so so」