「助六」 南座顔見世 2009.12.8 W260

11月30日に京都南座顔見世の夜の部を、1日に昼の部を見てきました。

主な配役
助六 仁左衛門
揚巻 玉三郎
意休 我當
くわんぺら門兵衛 左團次
朝顔仙平 愛之助
福山のかつぎ 松緑
満江 東蔵
若衆 團蔵
通人 翫雀
白玉 菊之助

「助六」のあらすじはこちらです。

昨年の暮れは体調が悪くて行くことができなかった南座の顔見世を、今年は初日から見てきました。この3か月続けてあちこちで顔見世を見てきましたが、南座の顔見世には特別に華やかなハレの日という雰囲気が感じられます。

仁左衛門が「助六曲輪初花桜」(すけろくくるわのはつざくら」という本外題で助六を演じるのは襲名以来11年ぶり。松嶋屋の助六は河東節ではなくて長唄で演じられ、後半は紙衣に着替えます。

今回時間短縮のためか、浅葱幕の前で夜回りが上手と花道からでてすれ違って入ると幕が振り落とされて、揚巻、意休、白玉が板つきですでに居るという幕開き。というわけで道中はカットされてしまい、玉三郎の花魁道中はさぞ美しかっただろうにと残念に思いました。

しかし揚巻の玉三郎の悪態の初音は、ゆったりと唄うような台詞廻でも大変迫力があり、廓の女の意気地がきっぱりと出ていてとても素敵で、円熟した味を感じさせました。意休は今回我當が演じましたが、小柄ですし足の悪さのために動作が少し緩慢でしたが、癇の強い声がなかなか意休に合っていて、良かったと思います。

白玉の菊之助は道中がないので、揚巻を引きとめる件しか見せ場がなくて気の毒でしたが、声の良い人だなぁと改めて思いました。揚巻と比べて顔の描き方がきつく見えるのは損ではないかという気がしました。

仁左衛門の助六は花道を出てきた時の姿が素晴らしく、背中を反らせた様子は刀の反りを思わせる格好よさ。兄・十郎に喧嘩の仕方を教えるところで「こりゃまたな~んのこった」というナンセンスな台詞が、仁左衛門にかかるとごく自然に聞こえます。啖呵も新鮮で生き生きとしているのが、仁左衛門の助六の最大の長所かと思いました。

しかしながら仁左衛門の声はもともと荒事に向いているとは言えないと私は思います。甲高い声は良いけれど、低い声にはかなり無理が感じられるからです。しかしその無理を押して演じられる助六にはそれを上回る魅力がありました。

初日だったので何もかもがまだこなれていなかったからかと思いますが、着物をきっちりと着すぎていて花道で足を大きく割って見得をする時、着物を手で引っ張り上げていたのはちょっとみっともないと思いました。着物の裾が最初から割って止めつけてあるのが、落っこちそうで形が良くなかったのも工夫して欲しいと思います。

福山のかつぎを演じた松緑はいきの良さがぴったりでした。朝顔仙平の愛之助は台詞の間があまりよくなく、若い二枚目の役者がこういう役をするのは気の毒だとは思いますが、今ひとつ面白さが出ていませんでした。

夜の部の最初は並木五瓶作で1777年に初演された「時平の七笑」。昭和初期に演じられて以来上演が途絶えていたのを、先代仁左衛門が復活したお芝居です。

本外題を天満宮菜種御供(てんまんぐうなたねのごくう)というこのお芝居は、平成13年から6回も演じられてきた我當の当たり役です。道真に同情してよよと泣く時平が、道真が去って一人になると一変して憎々しげに本心をさらけ出す場面は、声と目の鋭さが合っていてまさにはまり役と思えます。これは幕がしまった後までも聞こえる時平の哄笑が見せ場という一風変わった味のお芝居です。時平が花道で、道真が「道明寺」でするのと同じように袖を腕にくるくると巻きつける「時平巻」をするのが面白く思えます。

我當は足がかなり悪くて、階段を下りる時は小姓が手を貸し、昇る時は一人でゆっくりと昇っていましたが、やはりそれまでの勢いがかなりそがれてしまうのも確かで、そのことは残念に思いました。道真の彦三郎は生真面目な持ち味が道真にあっていて、裏切り者の希世の竹三郎もあくの強さがぴったりでした。

次が菊五郎の「土蜘」。花道の出はすごみがあって良かったです。しかし土蜘の精になってからは隈取の中に見える目がぱっちりと愛嬌があって、あまり恐ろしくないのが菊五郎らしいといえます。

頼光の時蔵は、意外に似合っていましたが、僧・智籌に影がないと知らされて素襖の袖を竜神巻きにするところがやはり上手くいかず、斜めにつっこんだものですから最後には完全に水平まで倒れてしまって無残でした。無残な竜神巻きを見るたびに思いだすのが芝のぶの後見の見事さで、コツを教えてもらえば良いのにとため息が出てしまいます。

胡蝶を踊った菊之助は清楚な美しさが際立っていました。太刀持ちの梅丸はきちんと背を伸ばした姿勢の良い美少年で長袴の捌き方も綺麗でした。大きくなったらどんな役者になるのか楽しみです。今回は間狂言があり、お人形のようにじっとしていた石神が黒いお面をとるとその下から幼く可愛らしい子役の顔があらわれた時はどっと拍手がきました。

夜の部の最後は舞踊で「石橋」。雪景色の舞台で翫雀と愛之助が白と赤の毛を振って勇壮に踊りました。これは捕り手相手の殺陣が多い踊りで、衣装は上から下までラメがキラキラと目立つようなもので、最後をぱっと華やかにというのは賛成ですが、もう少し品格があればと思いました。

昼の部は岡本綺堂の新歌舞伎「佐々木高綱」で幕を開けました。

―ここは近江の国の佐々木高綱の屋敷。庭では頼朝から拝領し宇治川の先陣争いで功を立てた生月という名馬を馬飼いの子之介が世話をしている。

10年前、高綱は戦にいそぐ途中で馬子の紀之介を殺して馬を奪い、頼朝の命を救う大手柄をたてたことがあった。しかし罪のない紀之介を殺したことを深く悔いた高綱は、その息子・子之介を探し出して面倒を見、毎月の命日には紀之介の回向を弔っている。今日も高野山の僧・智山を呼びいれて供養を取り行っている高綱を子之介は理解しているが、訪ねてきた姉・おみのは恨みを忘れられず高綱を親の敵と狙っている。

だが手柄を立てたのにもかかわらず、いっこうに約束の報賞をくれようとしない頼朝に腹を立てた高綱は、頼朝一行が近くを通るので出迎えにいくべきだと意見されるが、がんとして聞こうとしない。

ついに悟らないまま世を捨てる決心をし髪をおろした高綱に子之介の姉おみのは切りかかる。おみのを軽くあしらった高綱は「此処にも悟られぬ人が居るのう」と言い放ち、生月に僧・智山を乗せ、出家するためともに高野山へと旅立つのだった。―

二世左團次によって初演されたこのお芝居は、日清日露の戦争後の日本人の複雑な心境を表しているということですが、梅玉は高綱のいらだちをよく出していたと思います。全体に地味な御芝居ですが、梅玉にはよくあっている役だと思いました。

次ぎは菊五郎の「一条大蔵譚」。菊五郎の大蔵卿は阿呆ぶりがほどよく、御公家さんらしいはんなりとした品がありました。松緑の鬼次郎は力強くはありましたが、台詞を言おうとする度に首をしゃくる癖がまた出ていたのが惜しかったです。お京の菊之助はきっぱりとしたところは良かったです。

常盤御前の時蔵は何人もの男に愛され、流されながら生きていく女の、柳のようなしなやかさを感じさせました。

次が仁左衛門の舞踊「お祭」。鯔背な鳶頭のすっきりとした男ぶりと愛嬌を的確に表現する力は群を抜いていると納得させられました。

最後が藤十郎の忠兵衛で「封印切」。藤十郎は最初の花道の出がよく、金もないのにすぐ調子にのる忠兵衛の性格がよくわかります。台詞のリズムが音楽のようで面白く、さすがに上手いものだと感じました。

後半八右衛門に散々悪口を言われて、かっとなって二階から駈け下りてくるあたりからは、興奮した口調が何を言っているのかさっぱり分からず、自分は忠兵衛になりきっているのかもしれませんが、見物には不親切だと思えます。

花道も一人で引っ込むのが藤十郎のやり方ですが、七三から呆然としてなかなか動けないというところを見せる場面では観客はおきざり。以前は少し進んでは立ち止まりしていたと記憶していますが、今回はほとんど同じところで延々と演じていたのは揚げ幕に近づくと見えなくなる観客が多いからかなと思います。そのためほとんど意味がわからなくなってしまった花道のひっこみでした。

相手の梅川は秀太郎が演じていましたが、梅川はいわゆる高級な花魁ではなく、ごく庶民的な遊女の匂いが醸し出されていて、好演。おえんを玉三郎が演じていたのは御馳走という感じで、いつもながら渋い着物の着方が何とも垢ぬけていて素敵でした。

八右衛門の仁左衛門は、水を得た魚のように生き生きとこの敵役を愉しんでいるように見えました。藤十郎との掛け合いも上方の役者同士だと、とてもスムースでこのお芝居の魅力が倍増します。

今回の南座の顔見世は演目の取り合わせも良く、珍しいものも、華やかなものもありで十二分に楽しめました。

この日の大向こう

30日夜の部は、初日とあってたくさんの声が掛かっていました。初音会の会員の方も4人みえていたそうです。

玉三郎さんの揚巻が意休に「さあ、すっぱりと~切らしゃんせ」という台詞の~に、高めの声の方がぴったりの間で「大和屋!」と掛けていらっしゃいました。大向こうの好みがとてもはっきりしている玉三郎さんに台詞の間で掛けるとは勇気があるなぁと思いましたが、台詞の気分に呼応するような気持ちの良い声でした。

ところで「土蜘」で明かりのつかない暗い花道へ音もなく僧の蜘籌がでてきた時、花道のすぐそばから「音羽屋」と声が掛かってしまい拍手がわきおこりましたが、わざわざ目立たないように出てくるわけですから、ここで掛けるのは野暮というもの。

1日昼の部には「お祭」が出たので、どんなふうになるかと思ってみていました。仁左衛門さんが花笠をかついでまわり始めると、早速お一人が「まってました」と掛けられ、続いてもう一人。周り終わって止まるちょうど良いところで掛かったのは、初音会の会長さんと思われるお声と、その後に続いて掛けた女性の方がお一人だけでちょっとさびしい感じでした。

「まってました」はあまり早すぎると間がぬけてしまっておかしく感じますので、ぜひ良いところで掛けていただきたいものです。会の方は3人みえていたそうです。

この日はちょうど先斗町の舞妓さんや芸妓さんの総見でしたが、花道を気分良く引っ込んでいく仁左衛門さんに東桟敷から芸妓さんが「松嶋屋~」と思い切りよく声を掛けていらしたのが、顔見世らしい華やかな雰囲気を一層盛り上げていました。

12月南座演目メモ
昼の部
「佐々木高綱」―梅玉、梅枝、愛之助、東蔵、翫雀、秀太郎、薪車
「一条大蔵譚」―菊五郎、時蔵、團蔵、吉弥、菊之助、松緑
「お祭」―仁左衛門
「封印切」―藤十郎、仁左衛門、秀太郎、玉三郎、左團次
夜の部
「時平の七笑い」―我當、彦三郎、亀三郎、亀寿、進之介、薪車、亀鶴、竹三郎
「土蜘」―菊五郎、時蔵、菊之助、梅枝、梅丸、翫雀、團蔵、松緑、梅玉
「助六」―仁左衛門、玉三郎、菊之助、我當、左團次、松緑、市蔵、團蔵、愛之助、藤十郎、東蔵、竹三郎、亀鶴、
「石橋」―翫雀、愛之助

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