象引 歌舞伎十八番 2009.1.19 W235

14日、国立劇場初春歌舞伎公演を見てきました。

主な配役
箕田源二猛

團十郎

弥生姫 福助
愛宕の前 家橘
葵丸 巳之助
堀河勘解由 市蔵
生津我善坊 橋之助
大伴大臣褐磨 三津五郎
 

「象引」のあらすじ
  関東守護職を務める豊島(としま)家では、家督相続をひかえた嫡男葵丸が都からの勅使の到着を待っている。しかしその時に必要な「八雲の鏡」が何者かに奪われてしまったが、どうやらそれは帝に献上されたものの逃げ出した象のしわざではないかと人々は噂している。 

勅使・大伴大臣褐磨(おおとものおとどかちまろ)は家来を連れてやってきて、危険な象を野放しにしているのは怠慢だと豊島家の人々を責める。そして自分が象を退治してやるから、かわりに当家の弥生姫をよこせと無理難題を持ち出し、弥生姫は泣く泣くこれを承知する。 

するとその時「まった」と大きな声が聞こえ、箕田源二猛(たける)という荒武者が登場する。その結果、姫は象を退治したほうへ嫁ぐこととなる。そこへ象が現れたと聞いて人々は立ち去り、一人になった弥生姫は剃髪し尼となって、祈りはじめる。 

奥庭では猛と褐磨が力のかぎり象をひっぱっていた。暴れる象を猛が静めようとすると、どこからか八雲の鏡があらわれ、象はおとなしくなる。褐磨は術をもって象を操って八雲の鏡を盗んだのだが、姫の祈祷の力の前に企みは敗れ去ったのだ。 

なおも争いを続けようとする二人を葵丸が仲裁し、葵丸には相続を許す綸旨が、猛には豊島家の後見人として象があたえられた。猛は象を連れて、ゆうゆうと引き揚げて行く。

大病から三度復帰した團十郎が、お正月に珍しい歌舞伎十八番の内「象引」を演じるということで、国立劇場は満員に近い盛況で賑わっていました。

「象引」はいわば「暫」のパロディというか、一種のヴァリエーションという感じで、登場人物などの役がらもほとんど同じ。「暫」の武衡にあたるのが大伴褐磨で、王子の鬘に公家悪の隈を取った三津五郎は、台詞も朗々としていて大変りっぱな敵役で、團十郎の猛に対して一歩もひけをとることなく渡りあって、舞台を大きくしていました。

猛の團十郎は黄色と若緑の大きな格子模様の衣装、ウエーブがかかった板鬢のように張り出した鬢に源太がかぶるような烏帽子、赤っつらに腹だしというど派手な拵え。「暫く~~」の かわりに「まて~~」と揚幕内から声が掛かって、出てきた猛は花道七三で愉快なつらねを言います。このおおらかさはまさに團十郎ならではのもの。團十郎は声も安定していてとても元気そうでした。

褐磨と象の張り子をひっぱり合ったあと、象の中に人が入って動き出すという今回の演出は愛嬌があって、最後に猛が花道を「やっとことっちゃうんとこな」と言いながら、引っ込む時一緒に引かれて入っていく姿も牧歌的でした。この象の顔はどことなく若冲の絵を思い出させました。

葵丸の巳之助(三津五郎の長男)が、敵であるはずの褐磨に「おとっつぁん、ここは成田屋のおじさんに花をもたせてひくものだ・・」と言ったりするのもお芝居と現実が交差する歌舞伎らしい味わいの一幕でした。

お琴の曲「十返りの松」は芝翫と福助、橋之助、それにいまや少年に成長した橋之助の三人の息子たちで踊られました。芝翫一家の繁栄ぶりがこのおめでたい踊りには似合っていたと思います。

最後は「誧競艶仲町」(いきじくらべはでななかちょう)。
このお芝居は「双蝶々曲輪日記」を元に大南北が書き換えたもので、登場人物はだいたい同じですが、役がらや筋が微妙に違っているのが面白いところです。

―ここは江戸の永代橋のたもと。下総八幡の郷代官・南方与兵衛(なんぽうよへい)の中間・才助は、隣の家の娘・お早からあずかってきた願いの写経と守り袋を、坊さんが善光寺に奉納するという鐘の緒に(一緒に善光寺までもっていってもらえるようにと)結びつける。

そこへ深川仲町の遊女・都が同僚のお照や店のものとやってくる。そのあとを追ってきた姉のお関が都を呼びとめる。強欲なお関は、都を千葉家の家臣・平岡郷左衛門に身請けさせて金をもうけようと企み、都をせっつく。都はお関にいくばくかの金を渡して去らせると、お照が米問屋丸屋の長男だが現在勘当中の恋人・長吉とかえって来る。

そんなところへ郷左衛門が、お照に横恋慕している丸屋の番頭・権九郎とやってきて、金の力で都をものにしようと迫るが、都は深川女郎の意地を見せ啖呵をきってつっぱねる。そこへ登場したのが丸屋出入りの鳶頭・与五郎。与五郎は都との間に子供もいる夫婦同然の仲なのだ。与五郎はこの場を収めて皆を連れて去る。

どうにもおさまらない郷左衛門と権九郎は、米問屋の丸屋が千葉家から預かった重宝、瑠璃雀の香炉を取りだす。この香炉を盗まれたために長吉は勘当されているのだ。

二人はこの香炉を売ってもうけようとたくらんでいるのだ。その時郷左衛門が、さきほど才助が鐘の緒に結びつけた鳥襷模様の守り袋に気がつく。中には丸屋の主人の字で「迷い子はや」と行方不明になった娘の名が記してあったが、実は丸屋の娘・お早と郷左衛門は許婚だった。

その様子を見ていた都の姉・お関が出てきて、都は腹違いの妹で本名をおはやといい、昔のことはまったく覚えていないので、都をその娘に仕立てて名乗り出させれば郷左衛門ははれて都を自分のものにできるではないかとけしかける。

一方吾妻屋の座敷では与兵衛が帰ってこない都をいらいらしながら待っていた。ようやく床がのべられるが、屏風をへだてた向こうには与五郎のための床もひかれている有様。

やっと帰ってきた都に与兵衛は胸のうちを語る。与兵衛は3年前都をみそめ、それを主筋の千葉家の当主に話したところ酔った勢いで「都命」と腕に刺青を入れられてしまった。それが周囲にも知られてしまい与兵衛としてはなんとしても都と添わねば男が立たなくなり、「武士として意地を通すためにせめて3日だけでも女房になってくれ」と頼む。

それを屏風の蔭で聞いていた与五郎は都に願を聞いてやるように言うが、都はいきなり与兵衛の脇差を抜いて死のうとする。都は与五郎との間に子供が生まれてからは、客に肌を許さずにきたのだが、妻にならなければ与兵衛の男がたたないとあれば自分は死ぬしかないという。

都の固い決心を知った与兵衛は都を思い切ったと言って、腕の刺青を自ら刀でえぐり取る。そうして与兵衛は与五郎と都の二人を祝福し、月宮殿摸様の印籠を与える。

米問屋・丸屋では行方不明の娘・お早が十六年ぶりに戻ってきて、許婚と結納をかわすというのでうきたっている。与五郎は、お関にいいくるめられて仕方なくお早として連れてこられた都を見て驚く。一方都は許婚が郷左衛門だと知って愕然とする。

途方にくれる与五郎の前に、一目姉の顔を見ようとしのんできた長吉があらわれ、この機会に勘当をといてくれるように口添えしてほしいと頼む。与五郎はひとまず長吉を地下の穴倉へ隠す。その後から長吉に会いにきたお照は権九郎につかまって同じ穴倉へおしこめられる。与五郎は二人を逃がしてやるが、それを見ていたお関は権九郎に二人の行先を教える。

川岸で権九郎とお関の二人につかまった長吉は、足蹴にされたくやしさから権九郎の脇差で権九郎に切りつける。駆け付けた与五郎は自分が罪をかぶると言って、権九郎にとどめをさしお関を殺す。ここへ身投げしようとやってきた都を止めて、二人は落ち延びていく。

八幡の南方与兵衛の家では、与兵衛の妹お虎が与兵衛をしたっているお早と兄との仲を取り持とうとしている。帰宅した与兵衛にお虎が腕の傷のことを尋ねると、与兵衛は都との一件を語り、自分はこの傷を女房だと思っていると言う。それをかげで聞いていたお早は簪で自らの腕を傷つけ、自分も一生結婚しないと言う。

そんなところへ与五郎と都が逃げてくる。紛失した香炉を探す間、都をかくまってほしいと頼む与五郎に、与兵衛はそれはできないと一度は断る。しかし思い直して引受け、都をかくまうからには決まりをつけるため、自分はお早と祝言を挙げるので客になってくれという。

杯事をする時に与五郎の懐から都が預けた守り袋が落ち、そのためお早こそが本物の丸屋の娘だとわかる。

行徳で郷左衛門を追いつめた与五郎は激しく争うが、与兵衛も駆けつけてとうとう香炉を取り戻す。与五郎の罪も許されることになり皆は喜びあうのだった。―

偶然同じ穴倉へ入れられた恋人たちに、それと知らずにお茶やご飯をドタバタと差し入れたりするところや、遊女屋で同じ部屋に屏風で隔てただけで二人の男のための蒲団がひいてある状況で、この芝居で最も重要な部分が演じられるところなどに、南北らしい雰囲気が濃厚にただよっています。

若干無理な辻褄合わせだと感じるところもありますが、「双蝶々曲輪日記」とはまた違う面白さがあるお芝居でした。

南方与兵衛(双蝶々の方では南与兵衛、代官になると南方十字兵衛)の三津五郎は、人生のほろ苦さを感じさせる男を好演。

与五郎の橋之助は颯爽とした二枚目という役どころがぴったりでした。福助が都とお早二役を演じていましたが、深川の遊女の威勢の良さをだそうとするのか、片足を後ろへ跳ねあげたりするのはあまり感心しません。二役目のお早も都とは違うタイプの女にしようとするわざとらしさが目立っていたのが残念でした。

与兵衛の妹・お虎を芝のぶが演じましたが、もっとこの人は使われて良いのにと思います。郷左衛門は團蔵で安定した敵役。番頭・権九郎の市蔵も軽さが役にとても似あっていました。

この日の大向こう

会の方が二人見えていて、弥生会の会長さんもいらしていました。最初は大向こうさんだけで過不足なく良い感じでかけられていました。

と思っていたら、團十郎さんが花道から登場する揚幕のチャリンという音が聞こえるやいなや、三階の中央あたりから大向こうさんより早いタイミングで「成田屋!」と気合の入った声が複数掛かり、いかにも復帰を待っていた!という気分が伝わってきました。團十郎さんもきっと嬉しかったことでしょう。

このかたたちは、團十郎さんだけにしか掛けられなかったので、まちがいなく成田屋ファンなんだと思いますが、贔屓にかける掛け声の醍醐味というものを久々に感じた次第です。

1月国立劇場演目メモ
「象引」―團十郎、三津五郎、福助、家橘、市蔵、亀三郎、亀寿
「十返りの松」―芝翫、福助、橋之助、国生、宗生、宜生
「誧競艶仲町」―三津五郎、橋之助、福助、芝のぶ、巳之助、團蔵、権十郎、市蔵、秀調、新悟

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