「籠釣瓶」 幸四郎の次郎左衛門 2008.12.10 W233  

10日、歌舞伎座夜の部を見てきました。

主な配役
佐野次郎左衛門 幸四郎
八ツ橋 福助
治六 段四郎
九重 東蔵
立花屋長兵衛 彦三郎
女房おきつ 魁春
繁山栄之丞 染五郎
釣鐘権八 市蔵

「籠釣瓶花街酔醒」のあらすじはこちらです。

夜の部の最後に上演された三世河竹新七作「籠釣瓶花街酔醒」。佐野次郎左衛門に幸四郎の持ち味が見事にはまって見ごたえのある舞台でした。いつもは気になる声のふるえや、自分自身に言い聞かせるようにぶつぶつとつぶやく台詞も、少々オーバーに感じられる台詞廻しもこの次郎左衛門の人となりにはぴったりと合っていて、少しも違和感がありませんでした。

幸四郎はこの役を平成9年以来どういうわけか演じていず、吉右衛門と勘三郎の二人が演じてきました。どちらも立派な次郎左衛門でしたが、なんとなく前半の人の良さと、妖刀籠釣瓶のたたりとはいえ最後に気が狂ったように人を斬るところの間にはギャップがあるなぁと感じていました。

ところが幸四郎の次郎左衛門にはそのギャップが感じられず、すんなりと納得させてくれたわけです。なぜかというと幸四郎の次郎左衛門には最初から親の悪行の因果を背負わされた男の暗い翳が見てとれたからではないかと思います。

八ツ橋の福助もよくする歌右衛門もどきのしかめ面もせず、昔は侍の娘だったという品を保ちつつ最後まで美しく演じていて、こんなにきれいな人だったんだと改めて思いました。

今回縁切りの思いっきりが悪く、部屋の外にでてから後悔する様子を見せる場面と、あまり変化がつかなかったのだけは残念でした。

ところで八ツ橋がどうして花魁道中の途中で次郎左衛門をわざわざ見たのかと、いつも疑問に思っていたのですが、戸板康二著「女形のすべて」に「この八ツ橋が花道を引っ込む時に、振り返ってニッコリ笑う。これを田舎の大尽である男をあざ笑うのだと思う観客もいるようだが、じつはこれは道中で太夫が振り返って群衆に愛嬌を振り撒く習慣があったので、表情で投げキッスをしているようなものなのである。清元「北州」の「松の位の見返りの」のことだ。」という一文をおそまきながら発見。(^^ゞ

そうやって振り返ったときに、次郎左衛門がポカーンと口をあけて自分に見とれているのに気がついて、思わず笑ってしまったということなら理解できます。

治六の段四郎はいかにも純朴な田舎者で主人思いという人柄が出ていて、八ツ橋にくってかかるところがもうちょっとテンポよくいけばさらに良かったと思います。

染五郎初役の栄之丞は姿がよく、八ツ橋のひもといういかがわしさが感じられたことや、八ツ橋に次郎左衛門とすぐに縁切りしろと迫る時の冷たさが新鮮で、釣鐘権八の市蔵とともにはまり役。初菊の児太郎はちょうど声変わりなのか、可愛らしい姿にそぐわないガラガラ声には客席から笑い声がおこり、こんな時には舞台に立たないほうが本人にとっても良いのではないかと思いました。

夜の部の最初は富十郎の「名鷹誉石切」(なもたかしほまれのいしきり)。「梶原平三誉石切」を十五代目羽左衛門は「名橘誉石切」(なもたちばなほまれのいしきり)という外題で上演したそうで、上演記録によると橘屋系の役者が何度かその外題で演じ、富十郎自身も鶴之助時代に一度だけその外題で演じたことがあります。今回の外題は初登場で、富十郎の紋「鷹の羽八つ矢車」に因んでつけられたと筋書きにありましたが、幼い鷹之資くんをよろしくという親の気持ちが感じられました。

富十郎は膝をいためているのか、いつもなら座る緋もうせんの上に高めの合引を置いて腰かけ、大庭の梅玉や俣野の染五郎もつきあって腰かけていましたが、仕方がないとはいえ奇妙な光景でした。

けれども富十郎の声はあいかわらず若々しく、凛々と響き渡って羽左衛門型の華やかで颯爽とした梶原によく似合っていて、ほれぼれさせます。六郎太夫の段四郎には情があり、梶原に身元を明かすのをこばむ件のきっぱりと性根のすわったところなど、とても存在感がある六郎太夫でした。

梢の魁春は、娘にしては声のかすれが気になり、「籠釣瓶」の立花屋の女将のほうがしっくり合っていました。大庭の梅玉は善人すぎて、こんな人が罪もない人間を刀の切れ味を試すだけに殺そうとするだろうか?と疑問に思え、これは梅玉の解釈(baigyoku.comのひとりごと12月8日)によるもののようですが、お芝居に溶け込んでいるとは言えませんでした。

二幕目が舞踊「高杯」。染五郎が次郎冠者を踊りました。滑稽な役もなかなか上手い染五郎ですが、下駄のタップダンスにかかるところは、なんで踊りだすのかわからないと感じました。しかし下駄のつま先をカタカタ鳴らすのには苦労していたものの、その他はなかなか見事に踊っていました。染五郎は夜の部はすべての演目に出ていて、大奮闘でした。

この日の大向こう

二人大向こうさんをお見かけしましたが、控え目に掛けておられ、全体を通して3~4人の方が掛けていて、女性もおひとり果敢に掛けていらっしゃいました。

「石切梶原」で平三が石の手水鉢をまっぷたつにした後、六郎太夫が「切り手も切り手」ついで平三が「剣も剣」と言った後の間は、三味線の掛け声で埋められていて、声が掛からないようにされていたようです。

「籠釣瓶」では次郎左衛門の「宿へ帰るが・・(チョン)・・いやになった」の間などで、いきなりどっと大勢の声が掛かり、驚きました。

最後の次郎左衛門のセリフ「籠釣瓶は・・・切れるなぁ」の間には、あまり掛かっていませんでしたが、この台詞にこめられた尋常でない緊張感を壊さないためには、言い終わった後で掛けた方が良いのかもしれないと感じました。

歌舞伎座夜の部演目メモ

「名鷹誉石切」 富十郎、梅玉、染五郎、段四郎、魁春、家橘、鷹之資、松江、男女蔵、巳之助
「高杯」 染五郎、彌十郎、友右衛門、高麗蔵
「籠釣瓶花街酔醒」 幸四郎、福助、段四郎、染五郎、彦三郎、東蔵、魁春、鐵之助、市蔵、高麗蔵、児太郎

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