裏表先代萩 勘三郎の三役 2007.8.11 W192 | ||||||||||||||||||||||||
11日、歌舞伎座八月大歌舞伎第三部「裏表先代萩」を見てきました。
「裏表先代萩」のあらすじ 頼兼がこの闇討ちを軽くいなしていると、相撲取り絹川谷蔵が駆けつけ官蔵たちをやっつけて頼兼をひとまず自分の義兄のもとへと逃がす。 お竹が頼まれた薬を取りにくると道益は無理にお竹を家に上げ、妾になってくれとかきくどくが、家主・茂九兵衛たちが訪ねてきた隙にお竹は逃げ出す。 そこへ道益の弟・宗益が下男の小助を伴って帰ってくる。皆が奥へ入り、小助が出かけようとしているとお竹の父・花売りの佐五兵衛がやってきて、小助に隣家のお竹を呼び出してくれないかと頼む。 佐五兵衛はお竹に、甥の佐五七が奉公先で20両使いこんでしまったが、佐五七の主人は慈悲から2両もってきたら許してやろうといってくれたのだと話し、給料の前借をしてその2両を用立ててもらえないかと頼む。お竹は下駄屋の女房と折り合いが悪いのでそんなことを頼めばまた折檻されるだろうと困りはてるが、なんとかしようと言う。 樫蔵が呼びにきてお竹は連れ戻され、佐五兵衛は下駄屋に詫びをいれようと商売道具の花かごを塀の傍に残して立ち去る。案の上下駄屋からお竹が折檻されている音が聞こえ、家主・茂九兵衛は仲裁するために立ち去る。 その後だれもいないのをたしかめてから、宗益とひそかに話合う道益。実は道益は管領・山名宗全から足利家の鶴千代君を亡き者にするための毒薬を頼まれていたのだ。宗全から預かってきた足利家の刻印のある200両の金を見せられた道益は、毒薬の調合を宗全に教え、宗全は早速山名家へ出かけていく。その様子を下男の小助がすっかり聞いていた。 そこへお竹がやってきて父親から頼まれた2両の金を道益に借りられないものかと、小助に相談する。悪事を企む小助は、その願いをまずは手紙に書くようにとすすめるので、お竹は手紙をしたためる。それをたしかめた小助は油を買いに行くと出かけるふりをして、物陰に隠れ様子を伺う。 お竹が書いた手紙を酔って寝ている道益の枕元へ置こうとすると、目をさました道益は手紙を読んですぐに2両の金を懐に入れたさきほどの200両から出してお竹に貸してやるが、これ幸いとお竹に抱きつこうとするのでびっくりしたお竹は下駄の片方を道益のと間違えて履き逃げかえる。 その後へ忍びこんだ小助は道益を殺して懐の金を盗みとる。しかし疑われることを恐れ、盗んだ金をひとまず自分の破れた襦袢の袖に包んで縁の下へ隠す。だがそれを見つけた犬がその金を佐五兵衛の花かごへ隠してしまう。 帰ってきた宗全は兄道益の死体を発見するが、そこへ買い物から帰ってきたように装って小助が現れる。小助は床下の金を持ってにげようとするが、ないので慌てる。 三幕目 管領夫人からの拝領の菓子を断ることができない政岡と鶴千代が進退きわまったところへ、物陰から千松がとびだしてその菓子を食べる。思ったとおり菓子には毒が仕込まれていて、千松が苦しみ始めるが、仁木の妹・八汐は毒が入っていたことを知られないように、拝領の菓子を蹴散らすとは無礼だと千松を短刀で嬲り殺す。 周りの者は八汐のあまりの非道に驚き騒ぐが、政岡は鶴千代を守って顔色一つ変えない。苦しんだ末にとうとう千松は息絶える。この一部始終を見ていた栄御前は、政岡が千松と鶴千代を取り替えて育てたのだろうと思い込む。そして二人だけになったとき、悪事の一味に加担するようにと政岡に持ちかけ、連判状を政岡にあずけて帰っていく。 政岡は我が子千松の遺体を抱きしめ、主君の代わりに毒を試した千松を涙ながらにほめてやる。それを見た八汐は短刀を抜いて政岡に向かってくるが、政岡は反撃して息子の仇を討つ。するとどこからか大きな鼠があらわれ、政岡が栄御前から預かった連判状を咥えて逃げ出す。 床下の場 大詰 山名宗全の家臣である角左衛門は、この吟味で鶴千代毒殺の企てが公にならないよう、現場に残されたお竹の借金を頼む手紙の切れ端と下駄を証拠に、お竹が犯人だと決め付ける。お竹は2両は借りたが道益を殺してはいないと必死で訴える。 そこへ吟味役の一人で細川勝元の家臣・倉橋弥十郎が遅れて出てくる。お竹はもう一度吟味をやり直してほしいと頼むが、角左衛門はもう裁きは終わったとにべもない。 するとお竹の父・佐五兵衛が今朝花かごから血のついた198両を見つけたからと、お竹の借りた2両とともに持参する。弥十郎は小判の刻印を確認し、なぜ一介の町医者だった道益がこのような大金をもっていたのかと言う。 角左衛門はこれこそ親子ぐるみで金をうばった証拠とばかりに佐五兵衛にも縄をうつように命じる。思うとおりに運んだのを見て小助は、よくぞ主人の仇をうってくれたと角左衛門をもちあげる。弥十郎はそう思うならなぜ主人を死なせた不忠をわびて自害しなかったのだと小助をとがめる。 そして証拠の一つである渋紙をとりだし、血のついた足あとを調べ小助の足をのせてみるように言うが、小助はのらりくらりと逃げる。角左衛門は小助の忠義をはめたたえ、戻ってきた金子を与えると言い、喜んだ小助が受け取ろうとした時、弥十郎の部下が小助を捕らえ襦袢を調べる。小助の襦袢は片袖がなく、それは金が包まれていたものと同じものだった。小助はとうとう罪を認め、お竹親子は弥十郎の裁きに感謝する。 控所仁木刃傷の場 そこへ現れた細川勝元は外記左衛門の働きをねぎらい薬湯と、鶴千代が家督を相続し何のお咎めもうけないこと書いたお墨付を与える。そして自分の駕篭を外記左衛門のために用意し、ひとさし舞っていくように言う。外記左衛門は最後の力の振り絞って舞い、勝元は外記左衛門の忠臣ぶりを褒め称えるのだった。
「裏表先代萩」は「伽羅先代萩」の書き換え狂言で、花水橋と御殿と床下、それに大詰めの刃傷はほとんど「伽羅先代萩」がそのまま演じられています。そこへ大場道益という「伽羅先代萩」では名前だけしか出てこない人物を登場させ、その人物を中心に話を世話物へと拡張させているのが面白いところで、重厚な時代物の「伽羅先代萩」とはまた違った魅力があります。 筋書きによると三世菊五郎の「仁木を世話物でやりたい」という希望に応えて、大南北が書いた「桜舞台幕伊達染」(さくらぶたいまくのだてぞめ)が小助対決の始まり。現在の台本は黙阿弥が手を加え1868年に上演された「梅照葉錦伊達織」(うめもみじにしきのだており)によるもので、12年前に菊五郎がこの題で国立劇場で通し上演しています。 今回勘三郎が悪徳医者の下男で悪党の小助、初役で演じる女形の大役・政岡、さらに仁木弾正と三役を演じるのが注目の的。小助はかつて勘三郎が演じた「宇都谷峠」の堤婆の仁三を思い出させる、みるからに一癖ありそうなあくの強いつらがまえでぴったりでした。 一転「御殿の場」で膳を手に凛と立つ姿で現れた政岡は、片はずしの鬘が見慣れないためか少々違和感を覚えたものの、鶴千代君や千松の言うことをしっかりと受け止めてやる懐の深い政岡という感じがしました。無残にも殺された千松を前にして、男勝りで忠義な家臣から母親に戻った政岡の嘆きは血がにじむような熱演でしたが、イトにのるところで三味線とテンポが合わずやりにくそうでした。 八汐の扇雀は、ことさら憎憎しげではなく自然に演じていましたが、扇雀の持ち味はこういう役に合っていると思いました。沖の井の孝太郎はしっくりとはまり、秀太郎の栄御前も風格が感じられました。 「床下」では勘太郎が荒獅子男之助に挑戦。とてもエネルギッシュな男之助で荒事の魅力はありましたが、声に無理があるようで限界まで張り上げるのが大丈夫かと心配になりました。顔も赤っ面の隈取りがこじんまりしすぎているようで、もっと荒々しく奔放で良いのではないかと思いました。 「床下」で鼠の着ぐるみを着た役者さんが花道のすっぽんに頭から逃げ込むと掛煙硝の中からぬ〜っと浮かびあがってくる妖術遣い仁木弾正の勘三郎。政岡から仁木へ替わるここが全体の中でも一番大変な早替わりだと思いますがちょっと柄に合わないかなぁというところ。 雲の上を歩くようにという引っ込みもまだ初日のせいか、長袴のさばき具合もなめらかというわけには行きませんでしたがせっかくの仁木ですから、千穐楽までにもう一度見てみたいと思っています。 しかし最後の「刃傷の場」での仁木弾正には大変に迫力があり、脚本が「床下」と違うために「普通の人」になってしまっている仁木弾正ですが、妖気がただよっているような凄みがありました。 場としておもしろかったのは、二幕目の「道益宅の場」で、彌十郎の道益はあまり悪人らしく見えなかったですが、お竹を演じた福助が悲鳴のような声や低い地声を使わず、普通の音域の声で初々しく演じていたのには好感が持てました。 「問注所小助対決の場」は他の場とちがってめったにやらないので、初日にはプロンプターがあちこちで活躍していましたが、お竹の父親で台詞の多かった菊十郎には教えてあげる人がいなくて、完全にお芝居がとまってしまったのにはドキッとしました。脇役にはプロンプターがつかないものなのかしらと不思議に思いました。 問注所訊問の場では、本家の仁木弾正と渡辺外記左衛門らの対決を下敷きにして、小助とお竹親子に置き換えてあり、それが面白いところですが、弥十郎が小助に「もし主人が殺されたら召使としてどう責任をとるのか」と聞くとところは、町人の小助に武士の理屈を押し付けたようで、少々無理を感じました。弥十郎役の三津五郎は口跡も爽やかにこの捌き役を気持ちよさそうに演じていました。 なかなか新鮮な「裏表先代萩」でしたが、初日だったためか予定時間がオーバーし、出てくる第二部のお客さんの流れを横に見ながら会場予定の10分前に入場するといういそがしさ。食事時間も25分と短く、その後の休憩も5分が二回で、終了が9:40というのは、ちょっとスケジュール的に無理がありすぎて、ずっとせわしなく走りまわっているような印象でした。 しかしながら政岡も床下の仁木弾正もそれ一役しかしないほどの大役。三役替わるのも面白いけれど、勘三郎にはまず「伽羅先代萩」の政岡を演じてほしいものだと思いました。 |
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この日の大向こう | ||||||||||||||||||||||||
初日だったので、会の方も10人ほどみえていました。「裏表先代萩」は珍しい演目ですが、人気のある「先代萩」の書き換え狂言ということで、一般の方も大勢声を掛けられ、一番多いときはその倍くらいの声がいっせいに聞こえ、大迫力でした。けれども声が多い時の常で、皆さん掛けるタイミングが早めでした。 栄御前が立ち去ったあと、政岡が立ち上がり、花道付け根に行ってくずおれるように座りこむところで、物音一つしない中で政岡がよろよろと立ち上がろうとした時「中村屋!」と大きな声が聞こえたのにはギクッとしました。 その後政岡が花道に座り込んで後ろに手をついた瞬間、大向こうさんたちがいっせいに声を掛けられたので、やはり役者さんがこの瞬間まで緊張を保てるように、途中の声は控えたほうが良いのではないかしらと思いました。 |
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八月歌舞伎座演目メモ | ||||||||||||||||||||||||
●「裏表先代萩」 勘三郎、福助、七之助、勘太郎、彌十郎、市蔵、亀蔵、 彌十郎、三津五郎、秀太郎、扇雀、孝太郎、高麗蔵、松也、新吾 |