女殺油地獄 二人の与兵衛 2007.7.23 W190

突然の海老蔵休演にともない、配役が変更されたので18日夜のと19日昼の部、再び松竹座へ行ってきました。

主な配役
河内屋与兵衛 仁左衛門
義父・徳兵衛 歌六
母・おさわ 竹三郎
妹・おかち 壱太郎
兄・太兵衛 家橘
叔父・森右衛門 市蔵
小栗八弥 薪車
豊嶋屋七左衛門 愛之助
女房・お吉 孝太郎

「女殺油地獄」(おんなごろしあぶらのじごく)のあらすじはこちらです。

13日に海老蔵が楽屋で足の裏を15針も縫う怪我を負って休演したため、松竹座では海老蔵の演じた役を3人に割り振り替わって演じることになりました。なかでも仁左衛門が替わった与兵衛は仁左衛門の出世役にもかかわらず9年前襲名の年に雀右衛門と演じて以来一度も演じられておらず、肉体的にハードな役だけにもっぱら若い役者へ引き継ぐことに専念し、もう演じることはないのかと思われていました。

しかしこのたびの事態で、与兵衛を演じたことがある愛之助が鳴神の代役を勤め、しかも全ての演目へ出演するということになったため、二度とみられないと思っていた仁左衛門の与兵衛が思いがけず見られることになったわけです。

序幕・徳庵堤茶店の場で花道を駆け出してきた仁左衛門は、自身がこの役を初演した二十歳に戻ったように瑞々しく驚くほど自然に与兵衛を演じていました。他の役者さんたちも先日見た時よりつっこんだ演技をしていたように感じました。特に妹おかちを演じた壱太郎や、父親の歌六の演技が違ったように思います。与兵衛が喧嘩の最中で投げた石が本当に馬上の小栗八弥の顔にあたりそうになったり、先日よりも細かいところがリアルだなぁと感じました。

河内屋の場で油の桶を天秤棒でかつぎながらヘトヘトになって花道を出てきた与兵衛は、以前見た浮世絵の嵐璃寛のように労働で汚れ汗をかいているように見えました。ここの海老蔵の与兵衛にはちょっとすし屋の弥助のようなひ弱さがかんじられました。しかしながらこうしてみると海老蔵は忠実にきちんと教えられたとおりに立派に演じていたなぁと途中降板が本当に残念に思われます。

仁左衛門の与兵衛は、家の中をうろうろ歩き回る時に大立者らしい貫録が出てしまったのはご愛嬌でしたが、どこからみても手のつけられないドラ息子という感じで、父親の徳兵衛が涙ながらに説教している間も、うつぶせにねっころがって算盤をはじくふてぶてしい目つきがきいていました。

豊嶋屋の場で「いっそ不義になって貸してくだされ」とお吉に借金を頼む台詞には与兵衛の性格や、必死な気持ちが全て出ていてなんとも言えず上手いと思いました。お吉が貸してくれないと判った時、焦点の定まらなくなったおかしな目つきでうすら笑いを浮かべたその顔は、今まで普通の不良少年だった男の子から一変して気味の悪い殺人者へと変貌をとげます。

その後の殺しの場ではお吉を演じた孝太郎とぴったりといきのあった激しい立ち廻りを存分に見せてくれました。お吉をなぶり殺した後、またもとのおどおどした不良少年に戻る様子には、近頃よくある少年の殺人事件を目の前で見るような恐ろしいほどの臨場感がありました。

花道へころがりでてきたところで、あちこちから犬にほえられ、途方にくれる仁左衛門の与兵衛には殺しの場との振幅の大きさがまざまざと感じられました。

海老蔵初役の与兵衛が見られた上に、思いがけなく仁左衛門の与兵衛まで見られたのは私にとって望外の幸せでしたが、仁左衛門は右の足をあきらかにかばっている様子で、「身替座禅」でも立ち上がるのにちょっと苦労していましたし、「油地獄」では正座しないように右足をずらしていたのが、痛々しく感じられました。昼の部の知盛もハードな役だけに千穐楽まで後4日、なんとか無事に勤めることができますようにと今はただ祈るばかりです。

昼の部の最初の鳴神で、鳴神上人を演じた愛之助は予想を上回る上出来でした。上演記録にないので一体いつ勉強したのだろうと不思議に思いましたが、台詞を丁寧に言い、歌舞伎十八番の格調を維持しつつ演じようという意気ごみが感じられ私はとても好感を持ちました。

出だしは硬さが感じられ、絶間姫が思い出せない和歌の下の句を、鳴神が言うという場面では、高僧がこんな歌も知っていたという意外性に欠けていると思ったりしましたが、独特の口跡のねばりも気にならず、荒れになってからの隈取した顔も立派で、最後の飛び六方も生き生きとしていて満場の喝采を浴びていました。良い低声を持っている愛之助にはこういう線の太い役がよく似合います。

「渡海屋・大物浦」の義経を替わった薪車は、多少控えめな義経ではありましたが、品があって充分に代役の任を果たしていたと思います。先日ハプニングがあった安徳帝の子役さんは、やはり続けられなかったようで、もう少し大きな子に替わっていました。知盛が入水する大詰めでは、安徳帝は義経の後から雑兵に抱かれて登場し、そのままずっと同じ人に抱かれたまま、花道を義経の後に続いてひっこんでいきました。

というわけで義経が安徳帝を抱いて引っ込むやり方は取られていず、先日の安徳帝の子役さんがまるで義経に抱かれるのがいやで泣いたように見えたのは私の早とちりでした。お詫びして訂正いたします。

この日の大向こう

両日とも会の方はおひとりずついらしていました。一般の方も数名かけられていて、19日昼の部には愛之助さん贔屓の女性の方がさかんに声を掛けていらっしゃいました。

18日夜の部には先日と同じ大向こうさんがいらしていましたが「油地獄」の最後の花道の引っ込みでは、今回は七三にへたりこんだ与兵衛がきっと顔をあげたときに掛けられていて、日によって役者さんによってやはり違うんだなぁと思いました。


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