「梅初春五十三驛」 音羽屋の家の芸 2007.1.18

10日、国立劇場初春歌舞伎、通し狂言「梅初春五十三驛」を見てきました。

主な配役
鼠小僧次郎吉
実は清水冠者義高
猫石の精霊
小夜衣お七
神主多中
菊五郎
白井権八
吉三郎
菊之助
蒲冠者範頼
大日和尚
團蔵
根の井小弥太
所化弁長
三津五郎

頼豪阿闍梨の霊他

彦三郎
大江因幡之助
狩野之助宗茂 他
松緑
三宅坂小梅他
松也
庄屋太左衛門 田之助
茶屋娘・おくら 梅枝
大姫
小紫
時蔵

「梅初春五十三驛」(うめのはるごじゅうさんつぎ)のあらすじ
序幕
「京都」大内紫宸殿の場
時は鎌倉時代。源氏が平家を滅ぼした後、頼朝は義経や木曽義仲の命をも奪った。ここ御所では頼朝の弟・蒲冠者範頼(かばのかんじゃのりより)が権力をにぎっている。今日は新年を祝って鳥取国主の嫡男・大江因幡之助と範頼の家来・石塚玄蕃が来ている。

平家滅亡の際、海に沈んだ三種の神器のうち義経がとりもどしたのは二つで、八咫の鏡(やたのかがみ)は御所におさめられたが、天叢雲の剣(あめのむらくものつるぎ)は大江家に預けられていた。しかし剣は何者かに盗まれ、因幡之助は範頼に「剣を返す日を少し待って欲しい」と願い出る。

実は剣を盗んだのは範頼。範頼は二つの神器を手に入れ天下を覆そうという野心を抱き、大江家の家来本庄助太夫に命じて、剣を預かっている白井兵左衛門を殺して剣を盗ませたのだ。剣は現在東海道白須賀宿の助太夫の知人のもとにあるが、それを知った兵左衛門の息子・権八は助太夫を斬り、剣の探索に旅立つ。

一方御所には殺された木曽義仲の嫡男・義高と婚約していた、頼朝の娘・大姫が入内していた。そこへ百姓の次郎吉という男が一目内裏を見てみたいと入り込んでくる。大姫はその次郎吉が一年まえに鶴ヶ丘八幡の神事の夜、ひそかに契った男だと気づき、再会を喜びあう。

御所から鏡を盗み出した玄蕃の家来が、範頼の横恋慕している大姫をもついでに攫っていこうとするが、次郎吉がこれを阻止する。実はこの次郎吉は天下の盗人・鼠小僧。次郎吉は鏡を手にし、大姫を葛篭に入れて担ぎ立ち去ろうとするが、不思議な力に引き戻される。

「大津」三井寺の場
朦朧としている次郎吉の前に、朝廷に恨みを抱いて死んだ頼豪阿闍梨(らいごうあじゃり)の霊があらわれる。鼠の術を操る阿闍梨の霊は、先ごろまで義仲にとりついていたが、義仲が死んだのでその息子義高にのりかえようとしているのだ。阿闍梨の霊に「亡くなった義高は偽者でおまえこそ本物の義高だ」と知らされ、鼠の術を授けられた次郎吉=義高は天下転覆を決意する。

我にかえった次郎吉=義高は、頼豪阿闍梨をまつる祠の前で宝物を探す人々と出会い暗闇で探りあう。その結果木曽の旧臣・根の井小弥太が八咫の鏡を、義高は木曽の系図一巻を、助太夫の息子・助八は大姫の落とした十二単をそれぞれ手に入れる。

義高とはぐれてしまった大姫は小弥太に助けられ、義高は鼠の妖術を使って姿を消す。

二幕目
「池鯉鮒」街道立場茶屋(たてばじゃや)の場
「岡崎」八ツ橋無量寺(むりょうじ)の場
ここは東海道池鯉鮒(ちりゅう)の茶屋。このうちの女房・おさんはかって木曽の家中に奉公していたが、おちぶれた旧主に貢ぐために年貢の金を盗んでつかまったあげく牢内で死んだのだが、不思議なことに死体が消えてしまった。

強欲な亭主・又四郎と娘のおくらが営んでいるこの茶屋に、売り物として大姫の落とした十二単が持ち込まれると、おくらの飼っている猫がしきりに十二単にじゃれつく。そこへ小弥太と大姫が義高を探してやってきて、足を痛めた大姫のために、小弥太は顔見知りのおくらに一夜の宿を頼む。

おくらは二人を自宅へと案内するが、その途中忽然と古寺があわられる。中からなんと、死んだはずのおさんが大姫の十二単を着て出てきたので、小弥太と大姫はこの寺に泊まることにする。

やがて夜が更けると猫たちが踊りだし、おくらの持ってきた魚油をおさんがペロペロ舐めだす。おさんの正体は木曽義仲に滅ぼされた猫間中納言に飼われていた猫の霊だった。その正体をおくらに見られた化け猫は子の年生まれのおくらをさんざん嬲ったあげく、食い殺す。

駆けつけた小弥太が三井寺で手に入れた宝鏡を猫にむけると、化け猫は猫石となり、そのそばには猫間中納言愛蔵の白銀の猫の香炉がおちていた。

三幕目
「白須賀」吉祥院の場
同 裏庭の場
ここは白須賀宿の吉祥院。役人が探索にやってきたお尋ね者は、鼠小僧、それに剣を盗んだ疑いを掛けられた白井権八。実はこの寺の和尚こそ、助太夫から天叢雲の剣をあずかった人物だった。

そこへこの寺で行われる勧進芝居に出演する旅役者・三宅坂菊之助と弟子の小梅がやってくる。今日の出し物は「車引」と「五段目」だが、近所の神社の鳥居を無断拝借してきてしまったので、神主が怒って取り戻しにやってきたり、牛車かわりの葬式用の輿からは、死人がよみがえったりでてんやわんやの騒ぎになる。

役者菊之助に化けていた白井権八はこのどさくさにまぎれて剣を取り戻すが、ちょっとした隙に所化の弁長にまたもや奪われてしまう。

「新居」関所の場
新井の関所を、大姫を入れた葛篭を背負った小弥太が通ろうとする。役人の海老名軍蔵はお尋ね者と決め付けるが、交代した狩野之助宗茂は丁重に応対するので、小弥太は信頼して素性を明かす。狩野之助はかねてから頼朝からうとまれている大姫を助けたいと思っていたので、小弥太に大姫を託す。

その後からあらわれたのは女姿の白井権八。狩野之助は権八をとらえ、縄をかけて権八を関東に移送するが、あちらについたら剣の探索をするようにと温情のある言葉をかけるので、権八は深く感謝する。小弥太と大姫は浜名湖を船で渡る途中でそれとしらず義高とすれ違う。

四幕目
「油井」入早山(いるさやま)の場
吉原の宿には小夜衣お七という男勝りで評判の女郎がいて、これにほれて通っているのが、吉祥院の所化・弁長。白井家に昔奉公していたお七は弁長を丸め込んで、剣を取り戻す。

「吉原」富士ヶ根屋の場
頼朝の富士の巻狩りのため、吉原の宿では四ツには木戸が閉められる。狩場の異変を知らせる太鼓をうてば木戸は開くが、めったなことで討つと厳罰に処せられるのだ。

捕まって護送される権八の身の上を案じる白井家の旧臣・吉三郎は、生別れの姉を探して旅をしていた。

移送中の権八の駕篭がお七のいる店に滞在すると聞いたお七は、めぐりあった吉三郎が持っていた守り袋から生き別れた弟だと知り店の二階に泊める。お七は眠り薬で番人を眠らせるが、すでに遅く木戸は閉められた後。お七は覚悟を決めて櫓の太鼓を打ち鳴らし、剣を手にした権八はお七に手を合わせて落ち延びていく。

大詰
「大磯」三浦屋寮の場
「品川」鈴ヶ森の場
     御殿山の場
大磯の三浦屋では権八と恋人の傾城小紫がのんびりと正月を過ごしている。そこへ田舎大尽がやってきたが、よく見るとそれは敵の本庄助八・・・。

という夢からお七がさめるとそこは鈴が森。権八は既にここで処刑されていた。そこへ小紫が権八の首を盗み出そうと忍んでくる。それをお七がとめ、争うが、二人をとめに入ったのはなんと死んだはずの権八だった。

旧主権八を救うために、お七は実の弟吉三郎を身替りに差し出したのだった。権八は感謝しつつ剣を因幡之助に届けるために立ち去る。

桜が満開の御殿山で、権八は剣を奪おうとする玄蕃の手下に取り囲まれ玄蕃を討つが、剣は何者かの妖術で空中に飛び去る。

「江戸」日本橋の場
江戸日本橋では大江家の家来が取り囲む中、剣を手に現れたのは義高。鼠の妖術を使って鎌倉に攻め入ろうとする義高の前に、因幡之助、権八、根の井小弥太、大姫たちが姿を見せる。

猫の香炉を手にした小弥太は義高に「義仲は頼豪阿闍梨の霊にあやつられていたのだ」と言い、大姫は「頼朝が義仲の死を嘆いて寺を建立した」と話す。猫の香炉の威力で鼠の術が消えた義高は、ひとまず剣を因幡之助に返し、後日の再会を約束するのだった。

三升屋二三治(みますやにそうじ)らの合作による「梅初春五十三驛」は、1835年に三代目菊五郎初演。このお芝居は同じ三世菊五郎初演の四世鶴屋南北作「独道中五十三驛」(ひとりたびごじゅうさんつぎ)の書き換え狂言で、今回は当時の手書き台本を元に復活されたという、国立劇場開場四十周年記念にふさわしい好企画です。

紛失した三種の神器を追う人々が京都から江戸へ東海道を下る旅の途中に起こる様々な出来事を描いたお芝居で、駅伝のように話が引き継がれていくのが面白いところです。

八ツ橋無量寺の場では、今回初めて見る、音羽屋の家の芸として知られた怪談「岡崎の猫」を、楽しみにしていました。菊五郎の演じた猫石の精霊(化け猫)は、あまりおどろおどろしさを強調せず、4匹の子猫の踊る賑やかなパラパラにあわせて踊ったり、行灯に首をつっこんで魚油をなめた後も目ばりを強くする程度でした。猫にあやつられる娘・おくら(吹き替え)が逆立ちしたり猿のように天井からぶら下がったりする体操選手もどきの動きも楽しく、当代菊五郎風にアレンジされた愉快な「岡崎の猫」でした。

今回の通し狂言は、劇中の勧進芝居に取り入れられた「車引」も含めて「権八小紫」「お七吉三郎」などパロディ尽くしの楽しいお芝居。三津五郎の弁長が義太夫を聞かせるのもご愛嬌です。吉祥院の場の劇中劇では、いかにも田舎芝居らしい粗末な作りの鬘を被った田之助を初め全員が、俳優祭のように和気藹々と演じていました。この場では珍しく国立劇場の手拭もまかれました。

ところで「御存鈴ヶ森」(ごぞんじすずがもり)の「お若えのお待ちなせえやし」はほとんどの人が知っている台詞でしょうが、権八小紫の「其小唄夢廓」(そのこうたゆめのよしわら)の方はそれほど上演されていないので、鈴が森の場が「権上」のパロディだとは判りにくかったのではないかと思いました。

菊五郎は四役を演じましたが、鼠にのった義高と悪婆・小夜衣お七が印象に残りました。富士ヶ根屋の場はこの中では唯一しっとりとした雰囲気の場。一時かなり立役に傾いていた菊五郎が最近また女形も演じるようになったのは嬉しいことです。鼠の妖術を使って大鼠にまたがり花道を悠然と引っ込む菊五郎には絵草紙を見るような独特の味がありました。菊之助は美少年の権八にはぴったりのはずですが、ちょっと存在感が薄いように感じました。

少し変わった隈を取っていた範頼の團蔵は、こういう敵役にとても合っていると思います。もう一役の大日和尚のお経の節回しで言う役人替名もケッサクでした。松也の小梅は「児雷也豪傑譚」で演じたお辰を思いださせ、頼豪阿闍梨の霊の彦三郎は、怪しく幻想的な雰囲気に溶け込んでいました。松緑はどちらも似たような役でしたが、捌き役をなかなか爽やかに演じていました。

舞台の奥行き一杯に使った船だんまりや、満開の桜の場面は美しく壮観で、菊五郎劇団お得意の花吹雪の中の立ち廻りが大詰めを華やかに盛り上げ、お正月らしく晴れやかな気分にさせてくれるお芝居だったと思います。

この日の大向こう

一般の方のみ数名が声を掛けていらっしゃいましたが、パラパラと掛かっているという感じでした。しかし三津五郎さんの台詞まわしには掛け声を誘う要素があるようで、集中して良い間で声が掛かっていたのが印象的でした。

中にとてもゆっくりした声を掛ける方がいらして、時蔵さんと菊五郎さんお二人のゆったりした台詞にもろにかぶってしまったりして、役者さんたちがやりづらいだろうなと気の毒に思えました。

1月国立劇場演目メモ
●通し狂言「梅初春五十三驛」 菊五郎、菊之助、田之助、三津五郎、團蔵、権十郎、彦三郎

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「和風素材&歌舞伎It's just so so」