謎帯一寸徳兵衛 前進座公演 2006.5.26 | ||||||||||||||||||
24日、国立劇場で前進座五月公演昼の部を見てきました。
「謎帯一寸徳兵衛」(なぞのおびちょっととくべえ)のあらすじ 三吉は実家の蔵から盗みだした「浮牡丹の香炉」を懐に持っていて、なんとかこれを売ってお磯を身請けしたいと思っているのだ。ここへ香炉を売ってくれるという浪人・大島団七が娘・お市の手をひいてやってくる。 団七はわずか三両の手付け金で三吉をだまし香炉をせしめる。 三吉が去った後へやってきたのは因業な金貸し・三河屋義平次。義平次の娘・芸者のお辰にほれている団七は、「百両はするこの香炉を帯代にするからお辰を嫁にくれないか」と頼みこむ。しかし義平次は団七に貸してある五十両の抵当だと言って香炉を取り上げ、その上お辰はすでに吾妻屋徳兵衛の女房にやったとせせら笑う。 失望する団七の前を、団七と佐賀右衛門のかつての上役・玉島兵太夫が娘のお梶を連れて通りかかる。団七はお梶がお辰に瓜二つなのを見て驚き、下心を抱く。兵太夫にはお辰という幼い時にさらわれて以来行方の知れない娘がいるという。 兵太夫がこれから主家の宝・千寿院力王という刀を刀鍛冶へ受け取りに行くところだと聞いて、団七は仲間の佐賀右衛門と組んで悪事を企む。 本所石原の場 団七が佐賀右衛門の死体を川へ落としたところへ、兵太夫の娘・お梶とその叔母・琴浦たちが兵太夫を捜しにくる。お梶たちが兵太夫の無残な死体をみつけ嘆き悲しんでいると、隠れていた団七が後から駆けつけたように装って姿をあらわす。 お梶は叔母・琴浦の勧めで、父の仇を討ってもらうのを条件に団七とその場で三々九度を挙げ夫婦になる。 具合が悪くて奥の部屋で寝ているお梶を義理の娘・お市が優しく世話をしている。お市はすっかり義理の母・お梶になついて、お梶を邪険に扱う団七にくってかかるので、団七はうんざりしている。貸物屋が損料を払ってくれないからと蚊帳を持っていこうとするのを、団七は病人のために持って行かないでくれと頼む。 ところが貸物屋が帰るやいなや、団七は飲み代にしようと蚊帳をはずし、往診に来ていた医者・道庵の脇差まで盗んで仲間と一緒に出て行く。 ちょうどこの日は兵太夫の命日。墓参の帰りに訪ねてきた琴浦が語るには、団七は琴浦にもたびたび金を無心しているという。 琴浦が帰ったあとへ、三吉が騙りとられた香炉を返せと怒鳴り込んでくる。そこへ義平次もやってきて、実家から香炉を盗んだ罪で三吉を代官所へ突き出そうとする。あわてた三吉は自分の雪駄と義平次の雪駄の片方を取り違えて履いて逃げ去る。 帰ってきた団七は、義平次に借金の残りを返せと迫られ、お梶を女郎に売ろうとするが、お梶はそれでは仇討ができないからと承知しない。もみあっているうちに団七の振り上げた熱く焼けた鉄弓がお梶の頬に当たる。 義平次は傷物になったお梶などもういらないと、かわりに幼い娘のお市を廓に売ろうと籠にのせて連れ去る。お梶はこれを止めようと駕籠を追いかけ、そのあとから団七がお梶をひきとめようと追う。 そこへ通りかかった徳兵衛と女房のお辰は、お梶の落とした「兵太夫の形見の血染めの片袖」を拾う。一方団七は義平次が落とした三吉の雪駄を拾う。 大詰 お辰は押入れに三吉を匿っていて、だれもいなくなるのを見はからってお磯とあわせてやる。徳兵衛が帰宅したところへ姿を現した団七は、入り口で三吉の雪駄の片われを見つけ「人殺しの三吉を渡せ」と因縁をつけ、入谷の田圃で拾った三吉の雪駄の片方を証拠に、お梶殺しの罪を三吉にかぶせようとする。 しかし「田圃で団七を見た」というお辰の言葉に、あわてて団七は奥へ引っ込むが、入れ替わりに出てきた義平次は徳兵衛に、人殺しの三吉を匿ったお辰を離縁しろと迫る。 すると戸口に巡礼の老婆が姿を現す。偶然にもそれは義平次が14年前に捨てて逃げた女房・張子のお虎だった。お虎は義平次が玉島兵太夫の妹娘・お辰をさらって逃げたことを暴露する。徳兵衛が義平次夫婦を店から追い出したあとに、落ちていたのは「浮牡丹の香炉」。三吉はこれで家の難儀が救われたと喜ぶ。 激しい雷雨の中を徳兵衛が出かけると、雷が嫌いなお辰は蚊帳の中に逃げ込む。雷が苦手な団七も奥から飛び出してきて、これ幸いと同じ蚊帳へ逃げ込む。 それを待っていたように徳兵衛が現れ、同じ蚊帳に入っていた二人を不義者と決め付け、刀を抜いて団七と切り合いになる。 徳兵衛が団七の刀を見ると、それはまぎれもな殺されたく兵太夫が盗まれた「千寿院力王」。これを確かめたいばかりに、徳兵衛はわざと不義者の嫌疑をかけたのだった。 1811年に初演された鶴屋南北と福森久助合作「謎帯一寸徳兵衛」はちょうど今月演舞場で上演されている「夏祭浪花鑑」の書き換え狂言で、「夏祭」の世界と同じ名前でありながら違う人物設定が面白く楽しめました。 夏祭の団七は主家のことを思う正義感あふれる男達(おとこだて)ですが、こちらの大島団七は自分勝手で冷酷非道な浪人。徳兵衛も「夏祭」では男達ですが、こちらでは今は町人だけれど元は侍で、それぞれの女房・お梶とお辰が、実は幼いこと生別れた姉妹という奇抜な趣向にはおもわず引きこまれます。 「夏祭」といえばすぐ思い出す、「切りあう団七と徳兵衛の間にお梶がとめに入る三人の見得」なども取り入れられられています。団七内の場面などでは冷酷にも蚊帳をはぎとっていくところとか、お梶が薬を飲むところ、父を殺した相手と仇討のために夫婦になるところなどが、南北の「四谷怪談」を連想させます。 妻が夫に殺され井戸に落ちるところは「霊験亀山鉾」、やぶれ傘を使った二人の見得や足をひきずって歩くお梶には「累」など、いくつもの芝居が重なって見えるのがこの芝居の興味深いところです。 圭史の団七はいかつくて色悪とは違いましたが、敵役のふてぶてしさが似合っていました。「四谷怪談」のお岩と妹・お袖をあわせたような姉・お梶を国太郎がはかなげに、一人二役の妹・お辰を気風よく粋に演じていました。 「四谷怪談」に似ていると思ったのもどうりで、この芝居の初演が同月に施行された法令にひっかかりすぐに中止されたりして不評だったために、後年この芝居の前半の骨組が「東海道四谷怪談」に流用されたのだそうです。(平凡社:歌舞伎事典) タイトルロールの徳兵衛を演じた梅雀は、この芝居が始まってから2時間もたってからやっと登場。しかしきりっとした芯の通った男ぶりで、「謎帯一寸徳兵衛」の名題どおり、名探偵のようにこんがらがった筋を見事に解きほぐしていく姿が、颯爽としていました。梅雀は前に演じた「髪結新三」のような小悪党より、こういう役の方があっていると思います。 ところでこの殺しの場には本水の雨が降っていましたが、役者がぐっしょり濡れるわけでもなく、いささか物足りなく感じました。 大詰では団七はお約束の団七縞(白に朱の格子柄)、徳兵衛はちょっともじって白に青の太い縦縞、お辰は首抜という粋な姿で現れ、最後に団七が傘を手にした大勢の捕り方を相手に大立ち廻りを演じました。その傘に圭史の屋号「てしまや」ではなくて「ぜん志んざ」と書いてあったのがいかにも前進座公演らしいと思いました。 柝頭で後ろの幕が落ちてパッと明りがつき、木場の景色のような遠見になると新緑の柳?のつり枝が降りてきて全員で絵面の見得。すっきりと華やかな終わり方でした。 このお芝居は南北の中期のお芝居ということですが、後年の作品のもとになった趣向があちこちに見られ、一つの芝居でありながらいくつかのお芝居を同時に見ているような不思議な感じを覚えました。同じパロディでも「黒手組曲輪達引」とは全く趣の違うお芝居でした。 もう一つは梅之助の「魚屋宗五郎」。時間の関係なのか、宗五郎内だけの上演でした。「謎帯一寸徳兵衛」の序幕と二幕目との間に一人で述べた「75周年記念の口上」でも感じましたが、梅之助は声量がだいぶ落ちていて聞き取りにくいところもありました。しかし年輪を感じさせる渋い味のある芸を見せてくれました。 見慣れた菊五郎型とはちょっと違ったところもあり、こぼした酒を畳を四つんばいでなめたのにはびっくりしました。お弔いにきている茶屋の女将が娘をつれていないのは、すっきりしていました。おはまの菊之丞も魚屋のおかみさんにしっくりとなじんでいました。 |
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この日の大向こう | ||||||||||||||||||
最初のうち、声を掛ける方はほとんどいませんでした。途中にはさまれた梅之助さんの口上あたりから少しずつ増えて、「魚屋宗五郎」では大向こうさんも二人見えていたそうで、良い具合に声が掛かっていました。 団七がお梶のあとを追って花道を引っ込む時、「たっぷり」と声が掛かりました。こう掛けた方は宗五郎の長台詞の前にも、他の方が「まってました」と掛けられたあとに又「たっぷり」と掛けていらっしゃいました。けれどこの掛け声に笑いが起こるのには閉口しました。 「一寸徳兵衛」のときは、なぜか掛けられる方皆さんがいそいで掛けられてしまい、見得が極まった瞬間には何も聞こえないという寂しい状態でした。どうせ掛けられるなら、ぜひ極まった時に掛けていただきたいなと思いました。 |
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前進座公演の演目メモ | ||||||||||||||||||
●謎帯一寸徳兵衛 圭史、梅雀、国太郎、杏佳、菊之丞、矢之輔 ●魚屋宗五郎 梅之助、菊之丞、靖之介、杏佳、竜之介 |
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